閑静な住宅街にポツンと [2008年11月03日(月)]
今日はお昼を外食も兼ねて美術館へ行ってきました。先日から職場の方の薦めを受けて興味を持ち足を運んでみたのは品川にある原美術館です。

駅から道路沿いに進んでいくと閑静で立派な建物が立ち並んでいる住宅街へと入って行きます・・・するとその中に突然美術の看板が。こんなところにあるなんてちょっと驚きです。どうやらこちらは以前個人の邸宅だったそうで、それを改築して美術館にしているのだとか。たしかにそんな事情が頷ける敷地と建物でした。
今回鑑賞したのは『米田知子展−終わりは始まり』。初めて知るこの米田さんとゆう方はロンドンを拠点に活動中の写真家だそう。1965年兵庫県明石市生まれで、イリノイ大学シカゴ校とロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートで写真を学んだ後、世界各国に被写体を求めて廻り、独自の世界を確立するに至ったのだそうです。

面白かったのは米田さんの特徴である「見えないものを見る」視線で、代表作のSceneシリーズをはじめ、一見何気ない風景であるのだけれど、実は昔の戦場跡だったり、すぐ目の前が地雷原だったりするんですね。ふと何気なく写真を見て漠然と感じたことが、タイトルを確認してみると「あ〜そうか!」とハッと気づかされ、納得してしまう。なかなか楽しませてくれる作風です、アイディアの勝利でしょうかね。一番良かったのが歴史的著名人の目を通して本や手紙だったりを写した作品群。これがこの方の特徴を一番端的に表しているのではないでしょうかね。俄然この方に対して興味を持ちました。
意外に作品が少なくてあっとゆう間に観終わってしまったので何だか物足りなったのが残念です。是非もっと大きな場所で沢山の作品を観てみたいものですね。ただ、こちらの美術館自体があまり知られていない穴場な美術館のようで、連休中とはいえ思った以上にゆっくり鑑賞出来たのは自分的には嬉しかったです。こじんまりとしていますが、他の常設展示物や館の内外の雰囲気を含め結構気に入ってしまった次第。また機会があれば来たいですねぇ♪
途中館内から通ずるカフェレストランで食事もしましたけど、味も雰囲気も上々でした。注文したパスタも量も結構あったし、ゆったりした空気の流れる中庭に面したローケーションもグ〜でした。ただ来客のほとんどが女性の為周りは女性だらけで居心地が悪く、値段も高め。オッサン一人には少々キツイ環境ですねぇ・・・今度は店内の状況を窺ってから決めたほうが良さそうですね。
ひょんな事から訪れることになったこの原美術館。結構自分なりに楽しめる結果となりました。これから美術館の選択肢の一つとして頭に入れておこう思います。

駅から道路沿いに進んでいくと閑静で立派な建物が立ち並んでいる住宅街へと入って行きます・・・するとその中に突然美術の看板が。こんなところにあるなんてちょっと驚きです。どうやらこちらは以前個人の邸宅だったそうで、それを改築して美術館にしているのだとか。たしかにそんな事情が頷ける敷地と建物でした。今回鑑賞したのは『米田知子展−終わりは始まり』。初めて知るこの米田さんとゆう方はロンドンを拠点に活動中の写真家だそう。1965年兵庫県明石市生まれで、イリノイ大学シカゴ校とロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートで写真を学んだ後、世界各国に被写体を求めて廻り、独自の世界を確立するに至ったのだそうです。

面白かったのは米田さんの特徴である「見えないものを見る」視線で、代表作のSceneシリーズをはじめ、一見何気ない風景であるのだけれど、実は昔の戦場跡だったり、すぐ目の前が地雷原だったりするんですね。ふと何気なく写真を見て漠然と感じたことが、タイトルを確認してみると「あ〜そうか!」とハッと気づかされ、納得してしまう。なかなか楽しませてくれる作風です、アイディアの勝利でしょうかね。一番良かったのが歴史的著名人の目を通して本や手紙だったりを写した作品群。これがこの方の特徴を一番端的に表しているのではないでしょうかね。俄然この方に対して興味を持ちました。
意外に作品が少なくてあっとゆう間に観終わってしまったので何だか物足りなったのが残念です。是非もっと大きな場所で沢山の作品を観てみたいものですね。ただ、こちらの美術館自体があまり知られていない穴場な美術館のようで、連休中とはいえ思った以上にゆっくり鑑賞出来たのは自分的には嬉しかったです。こじんまりとしていますが、他の常設展示物や館の内外の雰囲気を含め結構気に入ってしまった次第。また機会があれば来たいですねぇ♪
途中館内から通ずるカフェレストランで食事もしましたけど、味も雰囲気も上々でした。注文したパスタも量も結構あったし、ゆったりした空気の流れる中庭に面したローケーションもグ〜でした。ただ来客のほとんどが女性の為周りは女性だらけで居心地が悪く、値段も高め。オッサン一人には少々キツイ環境ですねぇ・・・今度は店内の状況を窺ってから決めたほうが良さそうですね。ひょんな事から訪れることになったこの原美術館。結構自分なりに楽しめる結果となりました。これから美術館の選択肢の一つとして頭に入れておこう思います。







歴史的に世界を巻き込んだ大きな争い、第1次世界大戦の後に思わぬチャンスを得、一躍世界のトップへと躍進した流れを背に、他国には無いアメリカ独自の写真表現へと意欲的に取り組んでいこととなります。これ以前に勃興した【ピクトリアリズム】とゆう遺志はテクノロジー時代の到来を向かえるにあたり、そこから脱却し新たな表現形式へと突き進んでいきます。【ピクトリアリズム】の特徴であったぼやけた様だけれど温か味のあったソフト・フォーカスを捨てて、鮮明でクリアな画質によってエッジが浮き立つようなシャープな線を浮かび上がらせ、土台である印画紙が持っている特色、黒・白・グレーの美しい諧調を活かしていく、それは力強くも被写体をもっともストレートに写真へと落とし込む新表現、【ニューヴィジョン】。前時代とはまったく真逆の方法論が主流となり実践されていきました。それはピクトリアリズムの祖、スティーグリッツ自身の意向とキッカケによって新時代の旗手達へと引き継がれ、後もメンター的役割を果たしていたとゆう事実は、自然に必然的に行なわれていた結果なんですね。時代の先端を行く若き旗手達は、各地で同時発生し、近代都市(ニューヨーク)の息吹を捉え、一方では西海岸を拠点にグループを結成してアメリカの広大な自然に視点を向け、それは広告写真にも飛び火します。また、1937年にはドイツで閉校になったあのバウハウスがシカゴに再建され、中西部に新たな写真の文化圏を展開するほか、50年代には廃れていたと思われていたスティーグリッツやウェストン、アダムスらの表現スタイルを継承し、そこに東洋思想などの精神的な暗喩を持たせた独自の活動など、アメリカの写真表現は制約も束縛も存在しない“可能性無限大”の歴史上で最もヴァラエティに富んでいた時代のようでした。事実20年代のアメリカは写真に限らず、いろんな分野で“黄金の10年間”と呼ばれる幸福な時期であったそうです。
先ほどの記述の通り、写真とゆう技術は単なるポートレイトの枠をはみ出し、広告やファッションなど出版業界に浸透していきます。1936年にメディアの影響力をいち早く見抜いていたヘンリー・ルースによってあの『ライフ』が創刊されます。これを契機にアメリカでグラフ誌ブームが起こり、世界中を巻き込んでいくのです。『ライフ』が『ライフ』である最もたる特徴は、今では普通に実践されている、何点かの写真によって記事内容をストーリーで伝えるフォト・エッセイで、それを前面に押し出し質の高い写真を提供して今の地位についたのだそうで、この雑誌が原点だったとゆう事実に驚かされました。錚々たる名を残した掲載カメラマン達はフォトジャーナリストとして先駆者的存在であり、歴史に大きく名を残された人達ばかりだそうです。その結果、世界中で急速に広がり始めた良質な写真への大量なニーズに応えるべく、1947年に写真エージェンシー「マグナム」が設立されるのは必然であったでしょう。一方、ファッション雑誌においても『ハーパース・バザー』や『ヴォーグ』などに、優れたアート・ディレクターや有能で才気溢れる写真家達が登場し、両者の関わりによって新たな写真スタイルがつくりだされ、印刷メディアは黄金期と呼ばれる盛り上がりを見せるのでありました。ある意味、この時代によってほぼあらゆるスタイルの写真が作り出され、ほぼ出尽くしたほどの発展だったそうです。素晴らしいですね。
1929年に起こった世界恐慌による失業者対策として政府が打ち出したものにニューディール政策がありました。そのプロジェクトのひとつであるFSA(農業安定局)によって奇しくもアメリカではドキュメンタリー写真としても活発になっていきます。主に困窮する小規模農業者達を生活可能な土地に移動させたり、生活の資金援助を行うのが主な目的であったことで、予算を確保する為に農民の惨状を写真として克明に記録し、有権者に伝える必要があったのです。説得力ある写真を得る為に政府は写真家を起用し、その撮られた写真はグラフ誌や展覧会などを通して発表されました。社会的問題意識を国民と共有するのには美意識の高い作品が効果的であることを政府は理解していて、FSAによるドキュメンタリー写真は優れたものが残される結果となりました。出発点としては大義名分はありつつも不純な部分も無くはないですが、それが結果的に素晴らしい作品として後続に影響を及ぼしたのですね。リアルに克明に記録された写真には真に迫る様相を見て取れました。それは信奉者達の手によって「フォト・リーグ」なるものが設立され、社会的出来事などの対象に対する自分の見解を視覚的な表現によって示そうとする活動も興ることになります。短期間での解散を余儀なくされますが、それもまた違う形となって影響を与え続けていったのです。
無知なもので知らなかったんですけど1839年にフランスで写真の技術が発表されたんだそうです。その一年後には新世界への移民が加速していたアメリカにさっそくその技術が海を渡ってきます。それを初めて使用したのはあの船舶などの通信手段でおなじみのモールス信号でおなじみの画家で発明家のサムエル・F・B・モールス氏だったんですね。驚きです!しかもその後の功績から“アメリカでの写真界の父”とも讃えられているそうで、二度びっくり!!うーん、勉強になるなぁ。
まだ未開拓の、まったく人の手の付いていない自然(フロンティア)。それが様々な場所で撮影されています。この時期を『アメリカの風景写真の黄金時代』と称されているそうですが、実際は軍の調査記録として同行した写真家によって撮られた記録にしか過ぎないのです。ですがそんな事実を抜きにしても、この雄大で人智を超えた素晴らしい大自然は圧巻であり、素晴らしいの一言。「人間なんて小さいもんだなぁ・・・」なんてため息が出ます。
写真の進歩は、単なる人の肖像を映し出すものから社会を突き動かすほどのメディアとして力を発揮するようになります。その時代時代の空気や世情を問題提起し、多くの人に考えさえる機会を与えることとなったのです。資本主義により工業化と都市化を加速させたアメリカは沢山の問題を抱え込むようになりました。過剰な移民による治安の悪化や児童労働など・・・それをありのまま記録すると同時に、実情を雄弁に訴えかける手段として確立されていくのでした。
仕事中、テレビの特集、そして再び広告と忘れた頃に目にするこの展覧会に興味を惹かれていたんですが、ふとまた期間を置いて急に思い出したようにHPで調べてみると来週で終了とのアナウンス。危うく見逃す過ちをおこしそうでしたね。ふぅ〜くわばらくわばら・・・
案の定、生誕100年を記念するこの展覧会だけあって総計154点を展示した大掛かりな規模の鑑賞道程は、人の渦でまったくゆっくりとも注意深くも魅力に浸ることも叶わない惨状。
シンプルで平面的な構図ながらも、絶妙な濃淡を活かしたタッチに静寂さを湛えながらも溢れ出る力を感じました。でも何だか包み込むような優しさが滲み出てるんですよね。すごく癒されます。




でも女性達にはかなり好評なようで熱心に見入っていた光景が見受けられました。それは中央のスペースで設けられていた『少女マンガ図書館』として自由に読める単行本で思い出をかみしめる様に読み耽っていた人を見れば一目瞭然です。
今日は友人と連れ立って初詣も兼ねて何故か大宮の鉄道博物館へ行って来ましたぁ〜っ!
さすが本物は違います。一階の本物の車両が展示された広場から2階の鉄道の歴史年表、コレクションギャラリーに鉄道の仕組みなどが分かる体験コーナーなどで常に知識を披露しまくり、その話を「ふーむ、ふーむ」と理解した振りをしていたほどです(笑)。
年明け最初の開館だけあってなかなかの盛況ぶり。意外にそれらしい人達がいなかったのには驚きましたが、家族連れが一番多かったように思えます。子供にも良いでしょうね、すごく楽しめると思いますよ♪

お目当ては前回の展覧会で気に入ってしまった『【昭和】写真の1945-1989』。その最終章の第4部を鑑賞です。今日が最終日とゆうことを前日に知り、慌てて足を運んだ次第です。
それと今回も同時展覧されていた『東松照明「Tokyo曼陀羅」』もついでに鑑賞。この写真家さんは前回の昭和の展覧会にも作品が取り上げられていましたね。自分はこちらの世界は無知に等しいので存じませんでしたが有名な方なんですね。
その後、せっかくなので周囲を散策。見てみたい場所を探しつつも色々な発見もあって良かったです。あんなところに某ワイン女優の旦那さんのお店だったり、洋服屋だったり、依然人気のとんかつ屋さんだったり・・・最後に締めでスタンプを押して帰路につくのでありました。

場所は港区虎ノ門、新橋で降りて進んでいくとビル群の中へ・・・。周りを見渡せば有名な“森ビル”が・・・「すげぇ・・・全部に番号ふってある・・・っていくつあるんだよ!」。そして目的地の美術館の隣りはかの有名な“ホテル・オークラ”、由緒正しき気品とその規模の大きさに思わず「デカ・・・」。
気後れ気味で恐る恐る美術展を鑑賞しましたが、今回初めて知ることとなった【芹沢けい介】とゆう方。84年に亡くなられた染色工芸家で、『型絵染』(かたえせん)とゆう独自の手法を確立された人間国宝(重要無形文化財保持者)。その他にも数々の賞を受けている人物で、今も尚国内外で高く評価されているそうです。
その仕事は着物・帯・夜具・暖簾・屏風・壁掛け・本の装丁・カレンダー・ガラス絵・書・建築設計などの多岐にわたっていて、その懐の深い創作活動に感心しきりでした。
昨日は1日家で掃除や片付けなどの用事に追われつつ体を休め、今日は我慢しきれず外へ。ふと思い立って、「久しぶりに美術鑑賞にでも!」と勇んで恵比寿まで足を運んでみました。


意外にあっという間に終わってしまったのは予想外。なのでついでにと周辺を散策をして帰るのでありました。



