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スパイダー・パニック [2008年07月11日(金)]

●スパイダー・パニック

製作総指揮:
ローランド・エメリッヒ(『インデペンデンス・デイ』)
監督・原案・脚本:
エロリー・エルカイェム(『バタリアン4&5』)
出演:
デビッド.アークエット(『スクリーム』)
カリ・ウーラー(『アナコンダ』)
スコット・テラ(『デアデビル』
ダグ・E・ダグ(『クール・ランニング』)
スカーレット・ヨハンソン(『ロスト・イン・トランスレーション』)


物語は運搬中の有毒廃棄物がアクシデントで川に落ちたことから始まる。近くで飼育されていた蜘蛛農場の蜘蛛たちがその影響で巨大化。その事実を1人の少年が気付くが周りの大人たちは信用してくれない。その間に蜘蛛たちはどんどん成長し、遂に田舎の町を巨大蜘蛛の大群が襲い始める……!


うわぁ、めちゃくちゃ面白いやん、コレ!
面白いB級映画っていいなぁ。

先日の地上波放送で観たわけですが、前述した映画内容やTVCMの作りからマトモな巨大生物パニック映画と思っていたのに、どうも雰囲気がおかしい。

副保安官宅の飼い猫が壁の中で襲われ、壁面に顔跡を残す描写を目にしたところで、ああ、これはコメディテイストなのだと理解し、そこからもう加速度的に楽しくなっていきました。


これは『グレムリン』です。
それが理解できない人は観ちゃ駄目だし評価しちゃ駄目です。

それに実は構成がとても巧み。
蜘蛛の生態説明から登場人物の紹介、町が置かれている状況説明まで一切無駄がありません。

この辺り、その後の展開が全てが読めるほどのお約束な設定&描写なので、この手の映画を見下している輩だと「ありきたりでよく見る話」などと評して終わってしまうところですが、本作はそのお約束を逆手に取った上でベタとコメディを絶妙に配置している点が素晴らしい。

ボーイフレンドが突然エクストリームアクションを繰り出すところや、バスタオル姿の娘がゆっくり襲われるところなどは、わざとやっている馬鹿ですからね(笑)。


いよいよ町全体に巨大蜘蛛の大群が襲いかかってからは完全に突き抜けてます。蜘蛛は完全にヤムヤム喋ってるし、ハシゴを使って蜘蛛の上を無事渡る場面でかかるBGMの大仰さとか、マウント取ってタコ殴りする蜘蛛とか、もう笑いが止まりません。

細かい段取りよりもテンポ重視。

生存者の確認の大雑把さなんかツッコミどころ満載ですけど、主人公がそう言ってるんだからそうなんです。物語がめでたしめでたしと言えばオールOKなんです。


録画しといたけど、これはDVD欲しいかも。

でも、以前は690円キャンペーンにラインナップされてただけに1500円でも高く感じるのが……(汗)。廉価の星だったワーナーも駄目になったなぁ。

チャンプ [2008年05月27日(火)]

●チャンプ

監督:
フランコ・ゼフィレッリ(『ムッソリーニとお茶を』)
出演:
ジョン・ボイト(『暴走機関車』)
フェイ・ダナウェイ(『タワーリング・インフェルノ』)
リッキー・シュローダー(『傷だらけのランナー』)


かつてボクシング世界チャンピオンだったビリーは、防衛戦で惨敗したことからリングを去り、今は競走馬の厩舎に勤める貧乏暮らし。一人息子の貯金箱から金をくすねてギャンブルに走ったりも。そんなある日、息子には死んだと教えていた元妻と再会。母親と名乗らないことを条件に息子と会う許可をするが……。そして、この再会を発端にして、ビリーは再びリングに立つ決意をする──。


以前、スマステ「大人が選ぶ泣ける洋画ベスト30」の感想時でも触れたことですが、この映画はとても悲しくて泣いた記憶が強く、その後、一切、観返してこなかった作品でした。

ただ、大人になった今の目で観てもそれでも泣けるのか?と、常に頭に残り続けている作品でもありました。

それが先日、テレ東「午後のロードショー」で放送です。
吹替洋画ファンとしては当然録画するわけですが、私のダビング手順では鑑賞の必要性が生まれるわけでして。

ええい、だったらきちんと鑑賞してやるさ、と、ウン十年ぶりに観る決心をした次第(まあ30分ほどカットされてますけど)。


結論から言えば……泣きました。

涙が頬を伝うとかそんなレベルではなく泣き崩れましたよ。
最後の息子の悲痛な姿に嗚咽を漏らすほどに。

あのラストは当時自分がまだ子供だったから単純に悲しいと感じただけなのでは?などと思ったりもしたものですが、そんな単純なお涙頂戴シーンなどではありませんでした。

悲しいのではなく心が痛い。


もちろん当時はそれほど印象に残っていなくても、今観ると心の機微を感じられて切なくなる場面などもあり、今の自分が観た意味は十分ありました。

例えば中盤、父親が警察に厄介になる時に息子を元妻(母親)の元に向かわせるため、わざときつい言葉を浴びせる姿や、それでも父親を慕う息子の切なさには当時はそれほど気付いていなかった気がします。

成功した元妻との再会により、落ちぶれた自分と向き合い、息子を想い、そのために必死に奮い立つ……。大人の目で観たらどうなのかと思い続けていた作品は、それ以上に大人のドラマしていました。


さて、そんなこんなでDVDに残した本作ですが、今はやっぱり二度と観たくないと思ってしまっています。いやはや、ダビングした意味もありませんな。まあ、今回のようにまたいつか観返す日が来るかも……?

余談。
ちなみに主演がジョン・ボイトだとは今回まで知らずにいました(当然、共演がフェイ・ダナウェイだったことも)。いや〜、本当に私はこの作品に再び触れないように生きてきたんですねぇ(苦笑)。

パニッシャー [2008年03月05日(水)]

●パニッシャー

監督/脚本:
ジョナサン・ヘンズリー(『ダイ・ハード3』脚本)
出演:
トム・ジェーン(『ドリームキャッチャー』)
ジョン・トラボルタ(『フェイス/オフ』)
ウィル・パットン(『プロフェシー』)
ローラ・ハリング(『マルホランド・ドライブ』)
レベッカ・ローミン=ステイモス(『X-MEN』)
ジョン・ピネット
ベン・フォスター(『ホステージ』)


FBI捜査官・キャッスルが潜入していた武器取引現場で起こった銃撃戦で裏社会の大物・セイントの息子が死亡した。セイントは息子の死の責任はキャッスルにあるとして家族もろとも虐殺する。だが、キャッスルは死ななかった。私刑執行人"パニッシャー"の復讐が始まる……!


……根本的に作りを間違えた凡作かと。

マーベルコミックのアンチヒーロー「パニッシャー」が昨今のアメコミヒーロー映画ブームに乗っかって再映画化(※'89年にドルフ・ラングレン主演で映画化)。

私は先日の地上波放送で観たので、30分ほどカットされたバージョン(元は120分強)での感想になりますのであしからず。

序盤で瀕死の主人公を助ける男の唐突な登場などは、本編カットに起因してそうなので仕方ないですが、主人公が元同僚らの前に現れるだけという無意味なシーンなどはどうやらそれだけの問題ではなさそうな。

物語全体の流れに対してエピソードが少なく、しかもただ羅列するばかりなのも本編カットの影響というよりも、分かりやすいアメコミヒーロー映画にしようとした大味さに起因してそうな感じがします。


そもそも妻子を殺された男の復讐劇という設定はヒーロー誕生エピソードとしては定番ですが、しかし、本作の主人公は瀕死の重傷を負ったことで超能力を得るわけでも悪魔と契約するわけでも身体を改造されるわけでもなく、ただの人間のままです。

人が人のまま復讐心に取り憑かれる物語をアメコミ的ヒロイックさで描こうとすることに無理があります。

画面は明るく、主人公のアパート仲間はちょっとコミカルな奴らで、襲ってくる敵との攻防があっけらかんとしているお子様仕様。

それなら序盤の妻子殺害〜パニッシャー誕生までをもっと通過儀礼的にシンプルなものにしてしまえばいいのに、逆に原作よりも複雑な怨恨エピソードにし、あまつさえ長々と妻子殺害を見せるアンバランスさ。


セイントがキャッスル(の家族)のみに復讐するというのも強引な話で、セイントの息子の死はどちらかといえば捜査本部の「ウソ射殺作戦」が引き金でしょうに。

キャッスルにしても、セイントへの恨みは当然としても、事件の元凶でありながらもその後の捜査をしようとしないFBIというものにほとんど固執しないのもおかしな話ですし。

まあ、そこは警察機構を見限るきっかけとして──「生還した足で古巣FBIに向かうが、そこで法の無力さを痛感させられ、私刑執行人パニッシャーとしての武装化を始める」──という流れで見せてくれていれば納得なんですけどね。


主人公の復讐の方法も、金庫の金をばらまいたり燃やしたり、妻と部下が浮気していると思わせるための仕込みなど実に地味なもの。

これが陰鬱とした作風で作られているなら良かったかもしれませんが、実際に作られたのは明るいヒーロー映像。もはや観る者を脱力させようとしているとしか思えませんて。

主人公のドクロTシャツ姿も、現実と虚構をごっちゃにして暴走したFPSゲームオタクか何かにしか見えないのが痛い。さすがに最後までその姿ではヤバイと思ったのか、ラスト直前、息子の復讐名義で葬っちゃってますが(苦笑)。

最後の爆炎で浮かび上がるマークも、主人公はわざわざ計算して爆弾を仕掛け回ったのかヨ!と舞台裏を想像すると笑けてきちゃいます。


監督は脚本業が主なようなので、どうにも今回監督したはいいけれどスタジオ側の要望通りに作らされて……てな感じっぽいですな。

でも、コレ続編決定してるんですよね。
アメリカ人の感覚は分からん。

マスク2 [2008年02月23日(土)]

●マスク2

監督:
ローレンス・ガターマン(『キャッツ&ドッグス』)
出演:
ジェイミー・ケネディ(声:ココリコ 田中直樹)
アラン・カミング(声:ココリコ 遠藤章造)
トレイラー・ハワード(声:ベッキー)
ボブ・ホスキンス


仕事のないアニメーター・ティム。妻のトーニャは子供を欲しがっていたが、ティムは友人宅の子供の騒々しさから子供をあまり欲しいと思えなかった。そんなある日、飼い犬が拾ってきたマスクを着けたら人格が一変。その夜、勢いで子供を授かることに。そうして生まれた赤ん坊は、なんとマスクを着けなくてもスーパーパワーを発揮するマスクベイビーだった……!


前作から10年も経って作られた続編。

公開当時、内容は絶対ハズしていると思ったので劇場には足を運ばず、ココリコ&ベッキーという芸能人吹替も絶対酷かろうとDVDもスルーし、TV用新規吹替に期待して待っていましたが、音源はそのまま流用ですかそうですか。

DVDをそのまま放送しているかのような音声ボリューム&吹替用字幕の小ささや、CM挿入箇所の中途半端な位置など、随分と雑な放送でガッカリ。こういう駄作こそ吹替で見れるものにすべきなのに。

こうしてTV放送されてしまっては、こんなC級映画の新規吹替なんてまず作られることはないわけで。TBSさん、この手の映画はテレビ東京にまかせて下さいな。


さて、本編の出来ですがやはり酷い。

前作はジム・キャリーという個性あっての面白さだったものを、ただ別の俳優を当てはめただけではスケールダウンは当然。TVシリーズ化されたらこんなノリだよな〜って感じ。

中途半端な主人公のサクセスドラマ部分は外し、普通の家庭を舞台に、赤ん坊が来たことで疎外された犬(※マスク着用)とマスクベイビーとが人知れず戦う部分を映画の中心に据えた方が続編としてまとまったと思います。

犬VS猫の『キャッツ&ドッグス』みたいにさ……と思ったら監督が同じでした。うわぁ、向こうは面白かったのに本作はなんでこんなに面白くないの? 脚本のせいか?


子供をあまり欲しがっていなかった主人公が徐々に家族愛に目覚めていく物語自体は良いと思いますが、その筋道を作るために妻が主人公に赤ん坊を押し付けて出張に行ってしまう展開はいただけません。

あれが米コメディーの王道なのかもしれませんが、旦那の仕事を無視して、ただ押し付けていくだけのキャラには私は感情移入できません。これはやはり脚本が悪いのか?

アンタが赤ん坊を欲しがったんでしょうが!とか、アンタは旦那の仕事を応援してたんじゃないのか!というムカムカ感が募り、ベッキー声がさらに嫌悪感を増してくれました。


CG部分はそこそこのソフトを使ってそこそこのものが出来てしまう現在では、センスもなくただ前作の映像をなぞるだけの代物を見せられても驚きも面白さも感じません。


1作目のヒットによって企画された続編の俗っぽさって私は意外と好きなんですが(『102』『ベイブ都会へ行く』『スチュアートリトル2』などなど)、本作はただの駄作に成り下がっていて残念。

さすが第26回ラジー賞続編賞受賞はダテじゃありません。
ま、金を出さずに観る分には暇つぶしにはなるかも…?

アルタード・ステーツ [2007年09月14日(金)]

●アルタード・ステーツ

監督:
ケン・ラッセル(『チャタレイ夫人の恋人』)
出演:
ウィリアム・ハート(『白いドレスの女』)
ブレア・ブラウン(『ノイズ』)
アーサー・ローゼンバーグ
メイソン・バリッシ
ボブ・バラバン(『ゴスフォードパーク』)
ドリュー・バリモア(『チャーリーズエンジェル』)


外界と遮断された水槽に長時間浸かる実験でトリップ感を覚えた学生が多かったことから、自らの体で実験に臨む学者エリック。そこでは過去のトラウマ等が強烈なイメージとして襲いかかってきた。エリックは心の更なる奥──人間の細胞にある太古の記憶を探ろうと実験に傾倒していく。だが実験は彼の体に影響を及ぼし始めるのだった……。


1979年作品。
幻覚イメージを並べることを楽しんでいるかのような内容。

水槽実験描写で走りきっていればSFマインドは維持していたと思いますが、中盤、メキシコのインディアンがキノコを使ってトリップしていることを耳にした主人公が彼らの地を訪ね、その力によって幻覚を見る段に至っては、ただの麻薬中毒者の心的物語に過ぎなくなっています。

一応、人間の細胞一つ一つには原始(から進化の全て)の記憶が刻み込まれている、という前提が劇中で語られてはいますが、その描写自体が精神に問題がある人間の戯言としか映っていないため、科学的アプローチとは認識しにくい。

結局、全体的にSF的な理詰め描写に欠けるので、麻薬患者の妄想(精神)が肉体に影響を与えているだけというレベルのお話になってしまっているのがもったいない。


異形の物への変身など、実にクローネンバーグ的なモチーフで、『ザ・フライ』などに近いものを感じます。

終盤で、SFなのかホラー(オカルト)なのか境界線が曖昧になってしまっているのはご愛嬌。精神が肉体に影響を与えた結果であれば、それは本人の意思の発露以外で元に戻れるはずもないけれど、そこは愛の力とかなんとか。

マーベルヒーローが誕生しそうな勢いの最後の大オチは正直困っちゃいますが、まあそれも含めて本作の味ってことで(それに問題点はそこだけじゃないですし)。


完成度は高いとは言えないけど(多分に監督のSFマインドの欠如に起因すると思いますが)、とりあえず70年代らしいちょっと変わったB級SFを観たいならどうぞ。

Shall we Dance? シャル・ウィ・ダンス? [2007年09月13日(木)]

●Shall we Dance? シャル・ウィ・ダンス?

監督:
ピーター・チェルソム(『マイ・フレンド・メモリー』)
出演:
リチャード・ギア(『プリティウーマン』)
ジャニファー・ロペス(『アウト・オブ・サイト』)
スーザン・サランドン(『依頼人』)
リサ・アン・ウォルター(『ブルース・オールマイティ』)
スタンリー・トゥッチ(『ターミナル』
アニタ・ジレット(『小さな贈り物』)
オマー・ミラー(『8Mile』)
ボビー・カナヴェイル(『スネーク・フライト』
リチャード・ジェンキンス(『ディック&ジェーン復讐は最高!』)
ニック・キャノン(『ドラムライン』)


遺言書専門の弁護士ジョン・クラークは高級デパートに勤める妻と子供2人と何不自由のない暮らしをしていた。しかし単調な毎日に何か物足りなさを感じていた。そんなある日、電車の窓から見えた社交ダンス教室の窓に佇む女性に心引かれ、教室の扉を叩くのだった……。


(※この感想は随分前に書いてたんですが、何故かUPするのをすっかり忘れてました)

言うまでもなく周防正行監督『Shall we ダンス?』('96年)のハリウッドリメイク版。

おおまかな人物配置、物語、演出加減などはきちんとオリジナル版を踏襲しています。それらはオリジナル版へのリスペクトの賜物なのでしょう……が、しかし、文化的意味合いが伴わなければそれはやはり別物でしかありませんでした。

男性がダンスをすることが気恥ずかしい日本文化の上でこそ成り立つ物語は、卒業ダンスパーティ等が当然の欧米文化の中でそのまま機能するはずもなく。

主人公設定もサラリーマン→弁護士に変更してしまっては、ただの金持ち男の退屈話。家族のコミュニケーションも至って正常な富裕層カップルのちょっとした倦怠期からくる浮気心なんぞに感情移入なんてできやしません。


上っ面をそっくりにするばかりで肝心の中身が疎かな印象。だったら、ハリウッド流のコテコテなコメディ仕立てにしてしまった方がよっぽど面白いのに……と思うのは私が日本人だから?

結局、本作はオリジナル版のニュアンスそのままをアメリカ人に伝えるべく、しかし、アメリカ人の嗜好に合わせて作られた作品──といったところでしょうか。まあ、日本人が観てああだこうだ言うのはお門違いではあるんでしょうな。

終盤に付け足された「妻への気配りエピソード」もエピローグの流れを滞らせるばかりなのに、ああいう「妻を第一に考える旦那」でなければアメリカ人の共感は得られないのでしょう。

(でも、離婚しようという部下(女性)の目の前でイチャイチャする人間なんて嫌だけどなぁ。アメリカ人ってわからんわぁ)


最後に「Shall we dance?」と口にする場面に溜めが無いのも、下手に溜めると「妻を大事にする旦那」という図式が揺らぐからでしょうか。私はそうでも解釈しないと終盤の感情曲線無視な展開は理解しがたいです。

ま、オリジナル版を観れば本作は観なくていいですね。

それにしてもバラ一輪たずさえてエスカレーターを上がってくるリチャード・ギアは『愛と青春の旅立ち』まんまですな。


【オリジナル版とのキャスト比較】
リチャード・ギア 役所広司
ジャニファー・ロペス 草刈民代
スーザン・サランドン 原日出子
リサ・アン・ウォルター 渡辺えり子
スタンリー・トゥッチ 竹中直人
アニタ・ジレット 草村礼子
オマー・ミラー 田口浩正
ボビー・カナヴェイル 徳井優
リチャード・ジェンキンス 柄本明

ナイト・オブ・ザ・リビングデッド最終版 [2007年06月19日(火)]

●ナイト・オブ・ザ・リビングデッド最終版

追加シーン監督/脚本:
ジョン・A・ルッソ(オリジナル版脚本)
追加シーン撮影:
ビル・ハインツマン(オリジナル版墓場ゾンビ)
追加シーン出演:
スコット・ウラジミール・リシナ
グラント・クレイマー
アダム・ノックス
デビー・ロコン
ハイディ・ハインツマン
ビル・ハインツマン


その日、幼い少女に性的暴行をし殺害した男が死刑となった。少女の両親は男が埋められるところを見たいと墓場まで死体を運ぶよう頼んだ。両親と牧師が死体を後にした直後のことだった。穴を掘ろうとしたマイクとダニーの前で死体が動き出したのだ。そして男の死体は時を同じくして墓参りにきていた兄妹に襲いかかった……。


『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』に脚本で参加していたジョン・A・ルッソが『30周年記念バージョン』([最終版])と銘打ち、新たなプロローグとエピローグを付け加えた代物。

>>「オリジナル版と最終版の違い」

確か、オリジナル版で使用されたのと同じフィルムが見つかったのでそれを使って新撮したとかなんとか当時聞いた気がします。

付け加えられたのは主に「ビル・ハインツマン演じる墓場ゾンビの背景」「死体運搬役のマイクとダニーと食堂のロージーの物語」「ゾンビと信仰の関係について自説を説く牧師」の3点。


しかし当然ながらこれがまったくの蛇足。

バーバラたちを襲うゾンビは無個性な集団性こそが恐怖だというのに、墓場ゾンビに特殊な背景を付け加えてはバーバラを襲うことにまるで意味があるかのように映ってしまいます。

マイクとダニーの物語は新しいゾンビシーンのためだけ。

牧師にいたっては、死体をただの物質として扱うオリジナルの良さを完全にスポイルし、ゾンビを再びオカルト世界に連れていこうとしています。


15分間の新撮を加えても上映時間は変わらず96分。

つまり15分間分オリジナルをカットしているという事実。前後にエピソードを付け加えるだけならまだ許せますが、本編にまでハサミを入れるとは愚行としか言い様がありません。

ちなみに1998年に[リマスター版]という音楽の大部分が差し替えられたバージョンが作られていますが、その音楽を担当したのが本作で牧師を演じているスコット・ウラジミール・リシナ。

差し替わった音楽はどうにもB級ホラーチックな音色で映像の緊迫感を台無しにしてくれていますが、この[最終版]も[リマスター版]をベースにしているため同様に台無しです。

私はどう酷いのかが気になって観てしまいましたが、普通の映画ファンなら絶対にオリジナル版を観るように。


【余談】
本作のDVDは唯一、日本語吹替音声が収録されている点が吹替好きには欠かせないアイテムでして。パッケージのどこにも声優表記がないので自分の耳でヒアリングした結果──

バーバラ:篠原恵美
ベン:大塚芳忠
ジョニー:堀内賢雄
ハリー:石塚運昇
トム:高木渉

──といった豪華キャスティング。あぁ、改悪版には勿体ないったらありゃしない(女性の声の聞き分けが苦手なので間違ってたらごめんなさい)。


2004年の廉価版発売に気付かず、本DVDを手に入れそびれていたんですが、先日たまたま通りかかった店で1枚発見。とうとう我が家には3種類(+α)が揃った次第で。

>>「DVD内容比較」

さらに最近、関西中心に流通している500円DVDシリーズに字幕を新しくした[新訳版]というものがあるらしく、それもちょっと気になっている私です(苦笑)。

ナイト・オブ・ザ・リビングデッド [2007年06月18日(月)]

●ナイト・オブ・ザ・リビングデッド

監督/原案/撮影:
ジョージ・A・ロメロ(『ランド・オブ・ザ・デッド』
出演:
ジュディス・オディア
デュアン・ジョーンズ
ラッセル・ストライナー
カール・ハードマン/マリリン・イーストマン
カイラ・ショーン
キース・ウェイン/ジュディス・リドリー
ジョージ・コサナ
ビル・ハインツマン


その日、バーバラとジョニーは墓参りに来ていた。そこへ近付いてきた1人の男が急に2人に襲いかかる。無我夢中で逃げるバーバラは郊外の一軒家に逃げ込み、同じように逃げ込んできた黒人青年ベンと共に一軒家に立てこもることになるが……。


言わずもがなのゾンビサーガの記念すべき1作目。

視点を一軒家に限定する作りはこうした低予算ホラーでは定石ですが(『死霊のはらわた』等々)、ロメロは徹底的にリアルな描写で物語を紡ぎ、これが本作を本作たらしめるポイントになっています。

放心のバーバラは急にヒロインに目覚めることもなく、リーダーシップを発揮するベンは仲間を救うことがないばかりか混乱を生み、迫りくる生ける屍に対して人の心は何の力もない。

そして生き残った者の最後すら……。

ちなみにこうした登場人物の性格設定は脚本段階ではずいぶん違ったものだったのが(バーバラは活発な女性、ベンは粗野なトラックドライバー)、キャスティングの段階で俳優に合わせて変更したとのことで、奇跡的な巡り合わせで本作は出来上がった模様です。


1968年製作のモノクロ作品ということで、今の目で見るともっさりと感じる部分がないとは言えませんが、その底流に流れる恐怖の本質は色褪せることはありません。

いや、むしろモノクロで最大の効果が得られるように作られているのだとカラー着色版などを見ると感じます。近年『ドーン・オブ・ザ・デッド』などでゾンビに興味を持ったならその原点も是非。

古臭さがどうしても駄目な人は、ロメロ自身が脚本を手掛けたリメイク作『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド/死霊創世記』を観ることをお勧めします。


さて、この後、ロメロは『ゾンビ』『死霊のえじき』とリビングデッドシリーズを手掛けていくことになるわけですが、脚本のジョン・A・ルッソもまた独自にリビングデッドを商売にしていきます。

一番有名なのが1985年にダン・オバノン監督の手で『バタリアン』として映画化された原作小説を書いたことでしょうか。

この辺りは「〜リビングデッド」というタイトルの使用でちょっとロメロと揉めたぐらいでまだまだ可愛いものでしたが、問題は1999年に本作に新たなフッテージを"勝手に"付け加えた「30周年記念バージョン」なるものを作ったこと。

その出来は……。

NOLD:内容の違い [2007年06月17日(日)]

オリジナル版と最終版の違い

オリジナル版 最終版
最初のゾンビが甦るまで(7:35)
墓場にジョニーとバーバラの車が到着

物音がして窓の外を見ると墓場ゾンビが
繋がらない電話に焦るバーバラ(0:27)
隣の部屋から外を見るバーバラ

2階から血が滴り落ちてくる
手の血を拭うバーバラ/家捜しするベン(0:36)
車のヘッドライトを割るゾンビ

部屋の明かりをつけるベン
工具を探すベン/バーバラに板きれを探すよう指示(1:48)
オルゴールに触れるバーバラ
台所中の板きれをかき集めるベンと暖炉の薪を抱えるだけのバーバラ(0:48)
薪を抱えて台所に戻るバーバラ

窓に板を打ち付けるベン
「長い釘を探してくれ」(0:05)
居間でここにたどり着くまでの経緯を語るベン

「父の墓に花を供えようとして…」
兄が墓場で襲われた経緯を話すバーバラ(2:11)
兄を助けてと懇願するバーバラ
※ラジオ内容の変更(食堂絡みのニュースを伝える)

たばこに火をつけ一服するベン
ゾンビの群れ(1:34)
戸棚から靴と銃を見つけるベン

ベンが2階の死体を片付けにいき1人になるバーバラ
階段上の死体をかたすベン(0:29)
死体を引きずって奥に運ぶベン

窓から銃で頭を撃たれ倒れるゾンビ
家に歩み寄るゾンビの群れ(0:43)
板を張り直そうというベンと地下室へ入ろうというハリー

地下室の扉を内側からかんぬきをかけるハリー
地下室の扉越しにハリーを説得するトム(0:24)
「地下室に閉じこもるなんてバカげている」とベン

「今に泣きついてくる」と強がるハリー
ラジオの存在を知り夫を責めるヘレン(1:15)
テレビが見つかったと言うトムの声
娘のそばにジュディをお願いするヘレン(0:14)
ジュディを説得するトム

椅子に腰をおろすヘレン
放心のバーバラを横目にヘレンとハリーがタバコを吸う(1:23)
テレビを運んでくるベンとトム
政府やマスコミが最初の通報を信じなかったことを伝えるキャスター(0:33)
ワシントンの民間警備隊本部からの報告を伝えるキャスター
金星探査衛星の概要を伝えるキャスター(0:36)
屋外でののインタビュー映像
屋外でのインタビュー映像後半(0:46)
避難所に向かう話をする
医者のコメント後半(0:14)
火炎瓶の準備

トムとジュディのキス
バーバラを地下室へとうながす(0:33)
ドアに打ち付けた板をはがすベンとトム

焼けたトラックの死体を食べるゾンビたち
ゾンビの群れに新メンバー(0:22)
外の様子を確認してほっとするベン

バーバラに車の場所を聞いている最中、呻き声が
腸を奪い合うゾンビ(0:05) 新ゾンビ映像と差し替え(0:06)
慌てて外を確認するベンとハリー

森の向こうから飛来するヘリ
ゾンビ掃討に向かう列(0:10) 牧師へのインタビュー/墓場でのゾンビ掃討/牧師VSゾンビVS父親(2:09)
ヘリが着陸する

「今の奴もたき火で燃やそう」と保安官
1年後、医療センターでの牧師へのインタビュー(3:51)
エンドクレジット→炎 炎→エンドクレジット

ザ・チャイルド [2007年06月09日(土)]

●ザ・チャイルド

監督:
ナルシソ・イバニエス・セラドール(『象牙色のアイドル』)
出演:
ルイス・フィアンダー(『合言葉は勇気』)
プルネラ・ランサム(『荒野に生きる』)


バカンスを楽しむ人々で溢れかえるスペインの海岸に女性の死体が打ち上げられた。時を同じくして生物学者のトムは妊娠中の妻と旅行に来ていた。2人は街の喧騒から逃れて沖の小島へと向かうが、そこには港に子供がいるだけで町のどこにも大人の姿が見えなかった……。


※今回は全体的にネタバレ注意で。

「WHO CAN KILL A CHILD?(誰が子供を殺せるか?)」

子供たちが理由もなく大人たちを殺す不条理スリラー。
オープニングのこれでもかというぐらいの残酷な記録映像のオンパレードは、これから自分は嫌なものを観るのだという覚悟を容易にさせてくれます。う〜ん、いかにも70年代的。

実に淡々と時間は流れ、派手なショック描写もスプラッター描写もありませんが、その静けさは観ている者を登場人物同様の視点に置き、精神的な不安を駆り立てます。

子供の無邪気さの暴力性。
集団性の恐怖。

本作の語り口は、大人の世界の犠牲になるのはいつも子供たちであり、まるでそんな大人たちにこの世界が復讐を開始したのかもしれないと揶揄しているようでもあり。

それを今の世に観てみると、これがまったくの絵空事にも感じられない恐怖。まるで映画の子供たちの遊びが徐々に流行っていったかのようにこの世界はどこかズレてしまったようにも思えたり。

ホラー映画の隠れた逸品(いや、その筋では有名なんですけど)。
この手の70年代の映画は独特のパワーを持っているので、未見の方は是非一度お試しを。


閑話休題。


本作は『情婦』同様、私にとっては「あれは何という作品だったのだろうか?」と長らく考えていた作品の1つだったりします。

正確には本作のコミカライズ作品の記憶が主で(昔は洋画のコミカライズというものが雑誌の定番企画としてあったのです)、本作も確か桜多吾作氏の手で描かれていたと記憶してます。

そのインパクトは強烈で、内容も夫婦が無人の町を訪れる所から子供が襲ってくるまでがよく整理されていたとおぼろげながら覚えていますが、特筆すべきは「赤ん坊が母親の腹を内側から破って出てくる」という漫画ならではの演出でしょう。夫の死に方も実際の映画では表現したくても予算や技術的問題で出来なかったであろう「額を打ち抜かれる」という効果的な見せ方で、ラストのやるせなさも倍増でした。

そして大人になってからはず〜っと元ネタの映画を探す日々。

一応、題名に「チャイルド」が付いていたような気はしていたので、スティーヴン・キング原作の『ザ・チャイルド』とか『チルドレン・オブ・ザ・コーン』などを観てはガッカリといった感じでした。

そしてある日、映画秘宝「悪趣味洋画劇場」と出会い、ハッキリと内容を確認。映像ソフト化されていないため実物は観れませんでしたが、長年の思いが晴れてスッキリ。

そして2001年に待望のDVDリリース情報です。

世界で日本だけです。

発売日に即ゲットです。

それで満足してそのまま棚の肥やしです(笑)。

今回、同じく記憶から引きずり出した『情婦』の感想を書くにあたり、せっかくなのでこちらもちゃんと観たという次第でした。


ちなみにこの監督、劇場作品は2本しか撮っていなくて、その後は主にTVで活躍していたらしく、ぱったり名前を見ていませんでしたが、最近《スパニッシュ・ホラー・プロジェクト》というオムニバスTVシリーズを企画、『産婦人科』というエピソードを監督したらしく、発売されたDVDパッケージに久しぶりにその名前を見かけてビックリしたという後日談もあったりして。

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