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必殺仕事人2007 [2007年07月23日(月)]

●必殺仕事人2007

監督:
石原興(『必殺!三味線屋・勇次』)
出演:
東山紀之 松岡昌宏 大倉忠義(関ジャニ∞)
和久井映見 水川あさみ 原沙知絵
野際陽子 中越典子 星野真里 宇梶剛士
伊武雅刀 佐野史郎 石橋蓮司 団時朗
藤田まこと 菅井きん 白木万里


「金は天下のまわりもの。ところがどっこい近頃は天下が金のまわし者。金さえありゃとは申しませんが、情けがありゃとも申せません。綺麗ごとばかりじゃとどのつまりの堂々めぐり。どうやらどの世に生まれてもこいつだけは許せねぇってな輩がおりますもので……」

南町奉行同心・渡辺小五郎は書庫番へと移動となった中村主水の後任に就く。そんなある日、米問屋から火が出て、たまたま難を逃れた娘からそれが火付け強盗だと仕事人への依頼が来た。仕事人2人の手で商売敵とそれとつるむ勘定組頭を始末したが、この事件にはまだ裏があった……。


ま、キャスティングを知った時から期待はしてませんでしたが、やっぱりただのジャニーズ興行で終わりましたね。

東山紀之、松岡昌宏、大倉忠義の芝居は舞台芝居そのまま。いや、いいんですよ、ジャニーズのライブかなんかでやる分には。でもTVというものはジャニーズファンじゃない人間だって『必殺』を見ようと思って見るわけでして。

芸能界の勢力図を見せられても困ります。


とにかく若い。江戸に生きる生活感など微塵も感じられません。人という生き物が抱く恨みつらみをどれだけ感じているか甚だ疑問で、どうにも暴走する若者にありがちな「自分たちのルール」で行動しているようにしか見えません。

そんな中で「必殺」であることをなんとか取り繕えたのは中村主水=藤田まことの存在。

本来、こうした歴戦の人間が数人いる中に、新参者として若造が1〜2人入るという図式でこそ「人を殺す重み」というものを感じさせることができると思うのですが。

話は定番で面白味は皆無。まあ、スペシャル1本勝負では仕方ないところですが、なおのこと仕事シーン=ジャニーズプロモーションビデオの様相を呈しています。


最初の依頼の受け方はまるで脅し。この辺も若者の自分勝手なルール的で気分が悪くなります。

クライマックスで報酬を受け取った後、そのまま仕事に向かわないのは緊張感が途切れます。別に《経師屋の涼次》の料理の下ごしらえシーンはいらないよね。帰宅後に食ってるシーンだけで十分。

そもそも松岡=料理というキーワードが設定を邪魔してます。だったら表の仕事も料理人にして料理にまつわる道具で毒を盛ればいいのに。フグの針を飛ばして相手の顔中を針の山にするとかさ。

《からくり屋の源太》があっさりと仕事人になってしまうのも脱力。素人がいきなり凄腕の殺し屋ですか。しかも、殺す相手が仇の佐野史郎じゃないときては感情移入効果もなし。だからプロモーションビデオだと言いたくなるわけで。

エピローグに源太が子供と暮らしている(であろう)映像が無いというのも酷い。涼次の食事シーンなんてチョロっと見せれば十分なのに延々見せられるし。その分こっちを見せるべきでしょ。


あと中村主水にあんな小者をあてがうくらいなら無理に仕事させなくてもいいんじゃない?


正直、もう中村主水頼みの企画はやめて欲しいところ。私のフェイバリット必殺は『必殺必中仕事屋稼業』なので主水はいなくても問題なし。まあ、一般的には主水=必殺なんでしょうが、結果、それがシリーズを縛ってもいますし。

こういうジャニーズ企画との連動でもない限り、新作が製作されることがない現状は残念ですが、でもだからこそ製作陣はこれ幸いと開き直り、プライドある「これぞ時代劇」という仕事をしてほしかったものです。

こんなんだったらTVシリーズ化なんてやめてね。
実現しても絶対見ないから。

怪奇大作戦セカンドファイル [2007年07月22日(日)]

●怪奇大作戦セカンドファイル(全3話)

シリーズ構成/題字:
実相寺昭雄(『怪奇大作戦』)
企画プロデューサー:
北浦嗣巳(『ウルトラマンコスモスVSジャスティス』
出演:
西島秀俊 田中直樹 青山草太
岸部一徳 寺田農 美波


SRI──特殊科学捜査研究所。彼らは高度化する科学犯罪や原因不明の怪事件に対処すべく設立されたスペシャルチームである。

本作は1968〜69年にかけて放送されたTVシリーズ(全26話)のリメイク続編。オープニングには過去シリーズのサブタイトルが記されたファイルがズラッと並んでたりして芸が細かいです。

2004年に一度『怪奇事件特捜チームS・R・I/嗤う火だるま男』というメンバー刷新した新作が作られたそうです(未見)が、今回はオリジナルメンバー設定そのままの続編として作られています。


SRIメンバーのキャスティングはオリジナル版のイメージに無理に合わせることなく、現代的な人物像で選んでいて好印象。

無理に比較すれば、そりゃ岸田森さんの方がとなるけれど、そんなことを感じさせないほど作品世界をきちんと構築しているので、これはこれで有りです。ここまで好感が持てるリメイクも珍しいですね。

冒頭のテーマ曲も同じでワクワクしちゃうし。

個人的にはエンディング曲が「恐怖の町」じゃないのが残念。好きなんですよね、あの歌。まあ、今時の魂のないアレンジバージョンにされちゃうよりかマシですかね。



第1話「ゼウスの銃爪」
演出:清水崇(『呪怨』

「育児放棄をしていた若い母親が路上で人体発火現象で焼け死んだ。SRIが調査を進めるうちに10年前に起こった未成年者によるカップル殺害事件との関係が明らかになるが……」

「怪奇」と謳いながらも、あくまでも科学的アプローチで事件の闇を暴いていくのが『怪奇大作戦』。この第1話はそのフォーマットをしっかりと守り、なおかつ事件の背景に現代性を盛り込んでいて完成度が高い。

人体発火ネタはオリジナル版でもありましたが(「恐怖の電話」もしくは「死を呼ぶ電波」か)、今回のツールや犯人像など、現代でリメイクする意義をちゃんと感じられるものになっていました。

まあ、ラストで犯人が殺人行為を理解する部分がいかにもな紋切り型で、見ているこっちがピンとこなかったり、決着のつけ方も事件の大きさに対して甘かったりしますが、放送されたのがNHKじゃ仕方ないかな。


第2話「昭和幻燈小路」
脚本:実相寺昭雄/演出:北浦嗣巳

「とある一帯で電波障害や電子機器の誤作動が起こっていた。その調査に出ていた牧、三沢、野村は町の住民とともに謎の壁によって町に閉じ込められてしまう。その頃、現実世界では町の人間が消えたと大騒ぎになっていた……」

これは『怪奇大作戦』からは少し外れてしまったかな。パラレルワールドとか、そこまでいってしまうと『ウルトラQ』的。科学的側面があまりにも欠けています。

演出が北浦嗣巳ということで、映像的にも「ウルトラマンの出ない平成ウルトラ」という雰囲気。

脚本の実相寺昭雄本人の手による演出が予定されていたらしいですが、それでもこのネタをどれだけ地に足をつけられたかは疑問ですね。映像的には「京都買います」的な位置づけにはなったかもしれませんが。


第3話「人喰い樹」
演出:中田秀夫(『リング』)

「さおりは友人と山奥の温泉にきていた。しかし、そこで友人はまるで体中の皮膚の下を植物が這っているかのような姿で死亡した。同様の事件が他にも起こっていることからSRIは調査に赴く。そこでは10数年前に森林保護を訴えていた青年が自殺したことが明らかになるが……」

タイトル的には「人喰い蛾」に近いけどまるで別物。
植物関係で「美女と花粉」辺りの展開かと思えばそうでもない。

演出が中田秀夫ということで実にホラー映画的な見せ方で物語が進む。これもまた「怪奇」らしさですけど、しかし、どうにも事件の真相への迫り方がホラーから先に進みません。

最終的な解決策がアレというのもオカルトチックな印象を深める原因でしょうが、そこにもっと牧たちSRIメンバーが科学的アプローチを行っている描写が挿入されていればそうはならなかったかも。

この辺、1話限りのゲスト演出の限界ですかね。



全3話ということで「SF」「ファンタジー」「ホラー」と、各話バラエティ豊かにしたのは計算なんでしょうけど、第2話と第3話はもう一歩『怪奇』らしさに踏み止まって欲しかったかなぁ。

中でも第3話は演出でなんとかなる話だっただけにもったいない。そして第2話が実相寺昭雄作品として仕上がっていたら、ファンもそれはそれで納得したミニシリーズになったんじゃないでしょうか。

とりあえず現代を舞台にした『怪奇大作戦』としては成功していたと思うので、今度は是非、1時間1クールドラマという形で新作を作ってほしいですね。

犬神家の一族 [2007年04月04日(水)]

●犬神家の一族

監督/脚本:
市川崑(『犬神家の一族』('76))
原作:
横溝正史
出演:
石坂浩二 松嶋菜々子
深田恭子 加藤武 中村敦夫
富司純子 松坂慶子 萬田久子
尾上菊之助 葛山信吾 池内万作 奥菜恵
岸部一徳 蛍雪次朗 大滝秀治 三谷幸喜


私立探偵・金田一耕助は信州にいた。犬神財閥創始者・犬神佐兵衛が亡くなり、遺言状を預かる法律事務所の人間が"何か"が起こることを不安に思い調査を依頼したのだ。しかし、その依頼人は金田一に会う前に毒殺される。そして公表された遺言状──「佐清、佐武、佐智のいずれかとの結婚を条件に全財産を珠世に譲る」──その内容に一族の者は騒然となり、そして程なく菊人形の首が佐武の生首となって発見された……。


──あ、いやまあ楽しめましたよ。
リメイク作とはいえ、まさか石坂金田一を再びスクリーンで観れようとは思いませんでしたからね。

脚本は'76年のオリジナル版の物を使っているらしいので、そりゃ余程のことがなければ逸脱はしないでしょう('76年版との直接比較をするのは別問題)。

オリジナルキャストは石坂浩二、加藤武、大滝秀治の3人のみですが、新しいキャスト陣は見事に馴染んでます。

ただ、個人的には深田恭子だけは深田恭子のままでした。まるで昔の映像に深田恭子を合成しているかのような錯覚に陥りましたから(笑)。

'76年版はもっとおどろおどろしい印象があったのに、今回は意外とマイルドな感じ。何故だろう?と思ったら、どうやら過去の因縁部分の描写を大幅に削ったとのこと。なるほど。

確かにああいう時代的な部分って今の観客には伝わりにくいかも。今回はミステリーに特化させようとしたということでしょうか(それにしてはマッタリと時間が流れてましたが)。

例えば"生首"なんかも今の技術ならもっと生々しい表現ができるのに、昔と変わらず作り物っぽいままなのも、即物的な猟奇性は作品の邪魔になると踏んでのことでしょう、きっと、たぶん、おそらく。


ただ、「何故、今、本作をリメイクしたのか?」という疑問は当然のように抱くわけで。

しかも、オリジナル版の市川崑監督自らのセルフリメイクで、前述したように脚本も同じものを使ったとなると、一体、本作を作る意義がどこにあるのか、正直分かりません。

そりゃ、リバイバル公開じゃ客は入らないだろうから(ていうか今の映画界はリバイバル公開をしない)、再び劇場のスクリーンで観るための手段=リメイクなんでしょうが……。

やっぱり金田一耕助は石坂浩二だよなぁ、という感慨もひとしおなだけに、石坂金田一で映像化されていない作品を作ってくれてもいいんじゃなかろうかと。


まあ、90歳を越える市川崑監督にゼロから新しい金田一を撮らせるには不安があったとか、市川崑自らの手によるリメイクという話題性にすがった企画物でしかないとか、本作の裏事情をかんがみると色々と想像に難くないわけですが。

でも、監督は(たとえどんな意図の元にある企画だったとしても)もう一度、金田一を手掛ける好機と見たんでしょう。実際、ラストシーンのアレンジこそが監督にとっての「新作」であったのでしょうから。

監督は要望のままにきちんと"Re.犬神家"というものを仕上げたのだから、角川はせめて本作を起点とした金田一の新シリーズを監督に撮らせてあげてほしいものです(──というか金田一ファンとして石坂金田一の新作を観たい!)。

企画としては"3部作"ぐらいなら話題性も兼ね備えるから何とかなると思うんですけど。


とりあえず観て損はしないかと。

確かに本作の価値は「劇場のスクリーンで観れること」が大部分であり、これからDVD化されたのちは「'76年版」が同列に並ぶことで、本作の存在意義はかすんでしまうかもしれません。

しかし、金田一耕助というパーソナリティを監督が捉え直した上で帰結したラストシーンの変化には十分価値があると思いますし、それに観比べてみても面白いですしね。

龍が如く 劇場版 [2007年03月29日(木)]

●龍が如く 劇場版

監督:
三池崇史(『妖怪大戦争』
出演:
北村一輝(『ゴジラ FINAL WARS』
岸谷五朗(『リターナー』)
塩谷瞬(『忍風戦隊ハリケンジャー』
サエコ(『バックダンサーズ』)
夏緒 加藤晴彦 高岡早紀 真木蔵人
哀川翔 松重豊 コン・ユ 名越稔洋


「堂島の龍」と呼ばれた伝説の極道・桐生一馬が10年の刑期を終えて新宿・神室町に戻ってきた。時を同じくするように東城会の金100億が消えた。その夜、新宿は荒れていた。強盗に走るカップル。金の無い銀行に籠城する銀行強盗。謎の韓国人の暗躍。母を探す少女・遥と行動を共にする桐生を元兄貴分の真島が執拗に狙う……。


面白い。
映画の方程式は完全に無視してるけど。

原作ゲームの数日間の話を、一夜の、それも舞台を新宿に限定することで見事に成立させてます。まあ、その分、割りを食った人物も多いですが、そこはそれ、メディアの違いという奴です。

しかし、真島おいしすぎ。
岸谷五朗も実に楽しそうに演じてます。
対する桐生を演じる北村一輝は今までにない押さえた役柄で、原作キャラとは別物ながらも良い感じでしたね。

ちなみに北村一輝本人や三池監督も言うように、北村一輝は錦山の方がハマるとは私も思いました。ただ変則的なキャスティングだからこそ立つキャラというものもあるので、今回はそれがうまくいったんじゃないでしょうか。


内容で気になる箇所は色々と。

まず冒頭、神室町を走り回る桐生に主人公としての"見栄"が足りないため、原作ゲームを知らない人にはとっかかりが悪い。全身を見せずに走り回らせ、いざタイトルが出る段には、この人物が主人公だとハッキリ判別させる溜め演出が欲しいところ。

100億の行方に関わる物語のぞんざいさ。風間のおやっさんの存在意義は皆無だし、錦山の物語参入の唐突さや、遥の母の秘密の披露など、いかにも取ってつけた感が強い。本来なら桐生の10年前の回想シーンを用意し、こうした面々を配して伏線を作っておくべきところですが。

……でもねぇ、そんなことはハナから放棄してる節があって、それはそれで強引に成立させられちゃうと、こっちもそれでいいんじゃないかと思わせられてしまいます。三池監督ならではかな。

これは私が原作ゲームをプレイして物語を知っているから、ということではなく、原作ゲームを知らない観客も、別に100億に絡む物語を理解できなくとも構わないという作り方です。

とある街で繰り広げられる様々な登場人物たちの生き様をのみ目に焼付けさえすれば、それで十分だと。


「100億の行方のバックボーンはゲームをプレイしてね」という作りは、メディアミックス作品では禁じ手だと私は常々思っていますが、本作では映画というメディアの"切り取り方"を心得、あえてそれを行うことで、逆に映画をそれ単体で成立させることに成功していると思います。

そりゃ純粋に映画として見ると不十分なのは百も承知。
でもゲームの映画化としてはこれ以上ない魅力溢れる作品に仕上がっているので、機会があれば是非!

アガサ・クリスティ原作/予告殺人 [2007年03月27日(火)]

●アガサ・クリスティ原作/予告殺人

原作:
アガサ・クリスティー
演出:
楠田泰之
脚本:
渡辺雄介 山崎愛里幸
出演:
岸恵子 高橋恵子 森久美子
はしのえみ 永井大 細川茂樹 秋本奈緒美
鈴木砂羽 上原さくら 光石研


推理マニア・馬淵淳子の片腕でもあるハウスキーパーの漆原ルリ子は、かつてのバイト仲間との"同窓会"で山奥の旅館を訪れていた。参加者全員に届いていた「2月17日午後6時30分。黒田旅館にて殺人予告申し上げます」という殺人予告メール。しかし、その差出し人と思われる「朋美」は、当時、ルリ子が辞めてすぐ自殺していた。彼女の家族の恨みか、ただのイタズラか。そして6時30分──暗闇に包まれた旅館に銃声が響き渡った。明かりがついた時、そこに倒れていたのは旅館の女将と見知らぬ男。女将は身に付けていたブローチに弾丸が当たり九死に一生をえていたが、男は既に死んでいた……。


2007年3月6日に日本テレビ・火曜ドラマゴールドで放送されたシリーズ第3弾。

ついこの間、第2弾が放送されたばかりだというのに、このペースは3か月に1作ぐらいで続けるつもりなのかな? それならそれで楽しみですが(でも火曜ドラマゴールドという枠は無くなっちゃうのよね)。

冒頭のダイジェストは今回も俗っぽかったですが、もはやそういうものと認識していたので楽しく拝見させていただきました(笑)。

人里離れた温泉宿で十数年ぶりの同窓会を開いた男女5人。
そこに一通の殺人予告メールが…
同窓会の楽しい宴は血塗られた殺人現場に早変わりし、
吹雪で孤立した旅館を殺人鬼が徘徊する!
アガサ・クリスティーの傑作密室サスペンス『予告殺人』の幕が開く!!


今回、題名はいじらずに原題のまま。

内容も大筋は変わりませんが、同窓会だの、雪で孤立する旅館だのという舞台設定はまるでミス・マープルっぽくないアレンジ具合。どちらかというとドラマ版『金田一少年の事件簿』を観ているような錯覚に陥りますな(展開的に七瀬美雪が金田一に電話で助力を求める「異人館ホテル殺人事件」みたいな)。

まあでも、それがこのシリーズの味なのでそこは否定せず楽しみましょう。私は楽しみました。

私は原作の記憶は曖昧でしたが、犯人が誰かはすんなりと把握できちゃうぐらいな内容(動機だけは情報が提示される終盤までは判りませんが)。とはいえ複数の思惑の交差でそれなりに惑わせているので、火サスドラマとしては及第点でしょう。


前述したように火曜ドラマゴールドという枠は無くなりますが、そもそも1作目『嘘をつく死体』(「パディントン発4時50分」)はドラマコンプレックス枠で放送してたことですし、次回作も次のドラマ枠で期待したいですね。

アガサ・クリスティ原作/大女優殺人事件 [2007年01月22日(月)]

●アガサ・クリスティ原作/大女優殺人事件

原作:
アガサ・クリスティー
演出:
楠田泰之
脚本:
寺田敏雄
出演:
岸恵子 浅丘ルリ子 水前寺清子
はしのえみ 永井大 松坂慶子 櫻井淳子
草刈正雄 井上順 谷隼人


2007年1月9日に日本テレビ・火曜ドラマゴールドで放送。
もちろん「アガサ・クリスティー原作」に惹かれて観たわけですが、番組冒頭のダイジェストは「火曜サスペンス」のノリでちょっと俗っぽすぎです。

大女優の復帰パーティで惨劇が発生!
世界一有名な女探偵が帰ってきたっ!
渦巻く愛憎……
笑顔に秘めた欲望……
映画の世界を舞台に繰り広げられる女たちのバトル!
アガサ・クリスティー原作『大女優殺人事件』!!

……どの作品を下敷きにしたかの情報がないままでしたが「女優」で「パーティ」で「殺人」とくれば、まあ『鏡は横にひび割れて』しかないですね(映画なら『クリスタル殺人事件』ね)。テレビ欄に「推理好きの老婦人が事件を追う」と書いてあったのでミス・マープル物だろうとは思っていましたが。

しかし、このタイトルは分かりやすいけど安っぽいなぁ。それに『"大女優"殺人事件』じゃまるで女優が死んじゃってるみたいです(一応、タイトルバックに原題『鏡は〜』の文字も出ますけど)。


大女優・真里奈の銀幕復帰パーティ。今回の映画には真里奈のかつての夫たちが関わっている。最初の夫は映画に出資、2番目の夫はプロデューサー、そして現在の夫が監督。そんなパーティ会場には映画の主役を奪おうと画策する若手女優もいた。そんな中、真里奈の大ファンという女性客が倒れる。数日後にこの女性客は死亡したというが、実はパーティの最中、真里奈が飲むはずだったカクテルをこの女性客が飲み死んだのだった。そこへ届く「復帰をするな」という内容の脅迫状。狙われていたのは真里奈だったのだ……。


内容は、少々の泥臭さは現代日本を舞台にした時点で仕方ないですけど、人間関係などまあまあ上手くアレンジしてたと思います。それより画面が光で飛ばし過ぎなことの方が気になります(笑)。

どうアレンジしてるかで引っ張られて最後まで観てしまいましたが、全体的には所詮2時間ドラマな出来。やっぱりミス・マープルを楽しむなら当然だけど英BBC製作のドラマ版を観た方がいいかな?

ちなみに、はしのえみが登場したところで、以前にもこのキャストでミス・マープル物をやってたのを思い出しました(確か『パディントン発4時50分』原作の)。はしのえみの役回りがそれ以前にNHKで放送していたアニメ『名探偵ポワロとマープル』のアニメオリジナルキャラ・メイベル(マープルの甥の娘という設定)っぽいなぁと感じたので印象に残ってたんですよね。


まあ、こういう和訳ドラマってそれはそれで1ジャンルだと思うので、こうなったら全12作分、作って欲しいものです。

明智光秀・神に愛されなかった男 [2007年01月20日(土)]

●明智光秀・神に愛されなかった男

演出:
西谷弘
脚本:
十川誠志
出演:
唐沢寿明 柳葉敏郎
長澤まさみ 小西真奈美
大泉洋 谷原章介 上川隆也


2007年1月3日フジテレビで放送された時代劇。
何故、明智光秀は《本能寺の変》を起こしたのか?──という切り口が面白そうだったので観たくなった次第。

そんなに時代劇などで見ているわけじゃないけれど、私が今まで抱いていた明智光秀のイメージはやっぱり「主君に弓引いた小猾い人間」でした。世間的にも「三日天下」という言葉が使われる時は「やっぱり悪は滅びる」的な感じだし。

そこを本作では光秀を「まじめで実直」な人物像に設定。まじめな性格で、民のために平和を望んでいたからこそ、光秀は信長を討つ決意をしたのだという解釈には説得力十分でした。

また、出世を争う羽柴秀吉(豊臣秀吉)とのライバル関係も、陰鬱としたものではなく、互いを知る内に良き友、良き理解者となるものとして描かれており、その上で、光秀が信長を討つ理由とそれを理解しているはずの秀吉が光秀を討つ理由が1本の線で繋がった時には唸りましたね。


勿体ないのが、これを2人の男の友情物語として昇華していたら傑作になったかもしれないということ。

タイトルこそ明智光秀ですが、着地点を見る限り、羽柴秀吉も対になる主人公の1人であるべき。それなのに物語全体における秀吉の比重が今ひとつ足りてません。

その原因は物語の骨格があくまでも「光秀とその妻・ひろ子」であるため(義理の息子を含めて「明智家物語」という感じか)。

冒頭ナレーションこそ石坂浩二ですが、劇中では長澤まさみによる光秀の妻・ひろ子のモノローグのようなナレーションになっていて、この物語が誰目線なのかを曖昧にしてしまってます(しかも長澤まさみがナレーションに向いてない)。

いや、エンドロール後ろの映像が「在りし日の光秀とひろ子」という点から、そもそもはひろ子主観で物語を構築しようとしていた節もなきにしもあらず。長澤まさみ人気の割り振りと『大奥』的な味付けであやかるつもりだったのか。そういう中途半端な企画主義でドラマを作るなってんだ。


あと大泉さんのキャスティングも謎。私、大泉さんのこと大好きですけど、何故、彼が唐沢寿明の息子役? 養子ということなので史実でも同じぐらいの年齢差だったのかもしれないけど、見た目は弟ぐらいが関の山。もっと普通にパッと見、息子だと感じられる人をキャスティングしてもいいんじゃなかろうか。

そもそも役者の年齢なんて実際の人物とは掛け離れてるんだから、ドラマとして不自然に感じさせないことこそがフィクションの中のリアルなんじゃないんでしょうか。

今からじゃ映像はどうしようもないけど、もしDVD化とかするつもりだったら、せめてナレーションを全て石坂浩二に変更しましょう。そうすれば長澤まさみの色が薄まって少しはバランスが良くなると思いますよ。


今までにない光秀像は一見の価値あり。
機会があったら是非。

工藤新一への挑戦状 [2006年10月28日(土)]

●工藤新一への挑戦状 〜さよならまでの序章〜

演出:
岡村浩一
脚本:
渡邉睦月
出演:
小栗旬 黒川智花 陣内孝則
西村雅彦 伊武雅刀 岩佐真悠子
ふかわりょう 水川あさみ 西村和彦 松重豊


高校生探偵・工藤新一の元に"KIDNAPPER"と名乗る人物から挑戦状が届いた。その内容は修学旅行の最中にクラスメートの誰かを誘拐するというものだった。幼なじみの毛利蘭にもその事実を隠し、その挑戦を受けた新一。しかし予告通り、遊覧船で船酔いして寝ていた園子が船内から消えた。容疑者は担任代理、添乗員、船長、船員の4人。一体、犯人は誰だ……?


冒頭、高山みなみの声=江戸川コナンのナレーションで始まり、アニメキャラから俳優に変化するオープニングという作りで、あくまでもアニメファン向けのスペシャルドラマという様相。

BGMがアニメ版そのままってのも構わないんだけど、微妙にかくし芸大会のパロディドラマのようにも感じたり。まあ、作品の前提がアニメとのリンクのようだし、実写ドラマならではの切り口というものを期待しても仕方ないのかな。

新一役の小栗旬は原作の青山剛昌の推薦みたいだけど、それほどイメージじゃないなぁ。亀梨金田一よりはアリだけど。

蘭ちゃん役の黒川智花は違うよなぁ。蘭ちゃんはただ可愛いだけの女の子じゃないのに。もう少し姉貴気質が欲しいところ。空手も様になってないし。私的には若き日の水野美紀がイメージかな。まあ『亀梨金田一』の上野樹里も含めて、この手のヒロインのキャスティングは難しいので多くは望みませんが。

対して園子役の岩佐真悠子は意外にハマってた。カチューシャというアイテム効果もあるけど、それ抜きでも悪くないと思います。

陣内孝則の毛利小五郎はGOOD。ちょい前に放送された『探偵学園Q』の団守彦より抜群にハマってました。

西村雅彦の目暮警部は見る前から疑問だったけど、実際見たら体だけ太った衣装で違和感バリバリ(演技も変な誇張芝居だし)。だったら最初からふくよかな人をキャスティングしようよ。


アニメの再現が中心なら目暮警部をはじめ、もっと徹底しないと。

蘭ちゃんの空手も冒頭ではコンクリートの壁にヒビを入れるという漫画的描写があるのに、終盤での蹴りにはまるで威力が無い違和感。

かと思えば、最後のトロピカルランドの3人の子供たちの声が高木渉、岩居由希子、大谷育江で吹き替えてあるというおかしな再現の仕方をしてたり。まあ、吹き替えてなかったら3人を判別出来なかったろうけど、それって演出が悪いのでは?

まあ、最後の新一と蘭ちゃんの私服はよく似た物を用意したなぁと感心したけどね(笑)。


で、内容だけど……えっとね、トリック雑すぎ。
以下、完全なネタバレなのでご注意を。

【第1の誘拐】
最初の誘拐トリックでは水音はトリックだと容易に分かる。
となると犯人バレバレ。
酔い止め薬は実は睡眠薬だろうってことがすぐ推理できる。
ここで犯人決定。あとは共犯者がいるかどうか。
しかし、誰も船酔いしなかったらどうするつもりだったのだろう?

(ちなみに第2の誘拐の時の「彼女」発言も耳に思いっきり飛び込みすぎ。こういう推理モノは犯人が何かしら物事に積極的に関わっていることを演出がカモフラージュしてくれないとっ)

警察が船内を調べても何も見つからなかったことでトリックが読めなかったけど、密室トリックが「密かに作っておいた合鍵」ってのは反則じゃないかい?

それに箱の鏡のトリックはたまたま蘭ちゃんが見たから誤魔化せたかもしれないけど、新一が見てたらバレてたろうし、警察が船内を捜索したなら箱類は二重底を疑って調べるはずだからバレるでしょ?

水音を作るための仕掛けも遊覧船に前もって仕掛けておいたら、いくらなんでも翌朝とかに船員らに見つかるでしょ?
湖畔に置いた酸素ボンベやライフジャケットも夜が明けて明るくなったら犯行を実行する前に見つかる可能性大でしょ?

【第2の誘拐】
蘭ちゃん誘拐トリックの原理は簡単に分かったけど、確実に成功させることを考えるとどうしても解けない部分があって頭を悩ませたけど、全てが杞憂に終わるとは……。

内側から鍵を閉めるというので、蘭ちゃんが外に出た後に内側で鍵を閉める人間が必要だなと思ったら外から鍵をかけられるとは。蘭ちゃんに渡された鍵は閉める用だったのね。わかりにくっ。

でも、それって意味あるの? だってドアの鍵が開いてたって鍵を持った外部犯の仕業になるだけじゃん。警部が持っているのはあくまでもマスターキーでしかないわけだし。蘭ちゃんが手間どる場合を想定したら、そんな危険を冒す必要はないわけだし。

現場が暗闇になったとしてもドア前に警官が立っていればドアからの人の出入りに気付くはず。しかし警官は見事にあたふたと持ち場を離れてくれて犯行は成功。でも、蘭ちゃんが暗闇の中で慣れない館内を素早く移動できるとは思えないのだが?

そもそも犯行予告時間前に「各自自室に戻り、準備が出来次第、大広間に集合」という警察の指示も不自然。それって犯人を信用しすぎじゃない? ていうかそのまま大広間で待機が普通じゃない?

それに蘭ちゃんが自室に用事が無いからと他の友人と行動を共にしてたら、彼女の手には鍵は渡ってないわけだし。

……と、まあ、犯人がコントロール出来ない要素が多すぎる。
こんなものを計画とは言いません。


最後のドラマの流れもおかしい。
犯人の行動からは、今回の目的が新一本人なのか、新一の大事なものを奪うためなのかが読み取れない。

のこのこと犯人が現れるから、最初から新一をおびき寄せることが目的かと思いきや、自分は犯人じゃないと否認。でも、新一の推理ショーによって自分が犯人だと認めると、今度は拳銃を突き付けて爆弾のある部屋に移動。自分ともども閉じ込める。……どういうこと?

だったら──「新一が蘭の元に駆けつけた時に背後に人影。それは犯人だけど、たまたま見かけたから追いかけてきたと言う。そこで推理ショー。犯人は拳銃を突き付けながら扉を閉めて……」──という流れにすればまだ矛盾は少ないのでは?

最後にサッカーボールで2回、危機を回避するけど、見せ場は1回でいいんじゃない? 都合良く天窓なんか用意しないで、せっかく蘭ちゃんが開けた穴があるんだから、そこから爆弾を「おっちゃんパス!」とか言って小五郎にパスして、小五郎は「ば、爆弾っ!?」と焦りながら海に投げるとそこで爆発!って方がおっちゃんの汗も報われると思うんだけど。


正直、推理モノとしてはイマイチ。
でも、アニメを実写化した面白さは楽しめたかな?

タッチ [2006年09月20日(水)]

●タッチ

監督:
犬童一心(『メゾン・ド・ヒミコ』)
出演:
長澤まさみ 斉藤祥太 斉藤慶太
RIKIYA 平塚真介 上原風馬
安藤希 若槻千夏 福士誠治
風吹ジュン 小日向文世 宅間伸


双子の兄弟・上杉達也と上杉和也、隣の家の浅倉南の3人は幼なじみ。幼い頃の約束である好きな南を甲子園に連れていくため和也は野球部のエースとして頑張っていた。そんな和也の気持ちを察して身を引く達也。でも南の気持ちは……。しかし、県大会決勝戦当日、球場に向かう途中、和也は交通事故で亡くなってしまう……。


つまらない。

今回、『ラフ』公開に合わせてテレビ放送されたものを観ました(金出してまで観たいと思えなかったので)。元が116分の作品だから、エンドロール含め正味20分ほどカットされていることになるので、それを踏まえて考えます。

でないと和也の死後、野球部に入った達也に南が「鏡見てみなさいよ!たっちゃんの気まぐれで皆がどれだけ動揺すると思ってるの!」と自分の感情をすりかえて言葉をぶつけていたのに、直後のシーンで喫茶南風店内で達也に優しい視線を送る意味が分かりませんからね(もし、ここにカットが無いなら最悪ですが)。


とりあえず長澤まさみの南はどこの南か分からないほどにただの長澤まさみでした。

斉藤兄弟もどこが達也だか和也だか分からないほどにただの双子でした。

登場人物らは同じ名前、同じシチュエーションのただの人ばかりです。でも、それはそれでありです。「甲子園を目指していた双子の片割れが死んで、残った者がその死を乗り越える」という骨子だけ借りた別の青春映画にしてしまっても問題ありません。それが映画です。

でも、実際は中途半端に原作の影を引きずるような作りに終始していて、生身の登場人物らがシナリオの上を歩かされているようにしか見えません。原作で印象的だった「鉄橋下で号泣する南」の無理な再現には呆れます。

中盤以降でそこかしこに見られる、原作キャラクターの再現ではない、生身の人間としての描写が良かっただけに残念です。

やはり印象は原作のエピソードを羅列しているのみ。
そもそも2時間弱で「三角関係→和也の死→野球を始める達也→新田との決勝戦」を描いた上に人物描写にまで踏み込めるはずがありません。無駄なキャラも多いし(若槻千夏とか安藤希とか)。


『タッチ』を映画化する場合、「和也の死」という最大の事件をどう扱うかがポイント。

1986年の劇場版アニメ『タッチ/背番号のないエース』は、大胆にもTVアニメ版(=原作)とまるで違う展開を用意しました。
それは決勝戦当日、和也の死を隠したまま、達也が和也のフリをしてマウンドに立つという仰天のラストです。
しかし、それは「和也の死」をクライマックスに持ってきたことからの当然の選択とも言え、しかも「双子」というファクターを実に有効的かつ効果的に利用しています。もはや見事としか言い様がありません。

本作が目指すべき場所は原作の実写映像化ではなく、この劇場版アニメに勝つことだったのです。


本作で和也の死まではただの段取りでしかありませんが、それ以降の人物描写には一筋の光を感じられたので、だったら思いきって和也の死から物語を始めてみても面白かったんじゃないでしょうか。

達也の「……和也が死んだ」というモノローグから入って、それが双子の弟で、甲子園を目指していて、という描写を残された者たちの生活に織りまぜながら、2時間をフルに使って達也の成長を描けば、新田との決勝戦をクライマックスに用意できます。

どうでしょう?


あと細かいところをダラダラと。
ユンナがカバーした「タッチ」は挿入歌として使い方が中途半端。南が球場にたどり着くまでを一気に描写して使って欲しかった。南が家を飛び出す流れも不満。頭で考えずに体が反応して、その瞬間に和也の硬球が目の前に転がり「一緒に」の気持ちでそれを握りしめ走り出して欲しかった。そもそも達也が「甲子園に連れていく」の手紙を置いてから決勝戦までの間、南は何してたの? 放送でカットされただけか? 試合終了時の大仰なBGMは白ける。最後、あの告白の言葉を安易に使って欲しくなかった。

人気作品の映画化企画で、それ以上でもそれ以下でもない。
長澤まさみプロモーションドラマ「タッチ」。
それを観たい人はどうぞ。

電車男 [2006年09月18日(月)]

●電車男

監督:
村上正典
出演:
山田孝之 中谷美紀
国仲涼子 瑛太
佐々木蔵之介 木村多江
岡田義徳 三宅弘城 坂本真
西田尚美 大杉漣


電車で酔っ払いに絡まれている女性を助けたオタク青年が、彼女にひと目惚れをしたけれど、恋愛経験ゼロなために、ネット掲示板の住人たちに助けを求め、その応援を背に奮闘する物語。

……などと今さら説明する必要もないほどにブームになったタイトルですね。実際のネット掲示板「2ちゃんねる」に綴られた真実の物語……を元にしたフィクション。


当時、私は劇場鑑賞をスルー。
理由はブームを敬遠しがちな自分の性格が第一。
あとは山田孝之らキャスティングへの違和感でした。

だって、山田孝之は元々がそれなりにかっこよくて、オタク装束を脱げばかっこよくなるのは当たり前。「眼鏡を外したら実は美少女」という往年の少女漫画のヒロインです(まあ、それを言ったらほとんどのドラマのモテないヒロイン(を演じる女優)が嘘くさくなりますけど)。

対して、ドラマ版の伊藤淳史くんが「お世辞にもかっこよくはないけれど身だしなみを整えてオタクを脱却する」というタイプで好印象だったので、当時は余計に気になってしまった次第。


で、鑑賞。

山田孝之のオタク姿はやはり無理にコスプレしている感が拭えてはいませんが、演技でカバー。なので脱オタク姿の時の方がオタクらしく見えます。表情もくしゃくしゃにする場面が多く、別段、かっこよくありません。思ってたより全然嫌味がないです。エルメスも顔で電車男を選ばないし。

そんなエルメスもとりわけ美人とか萌えキャラということもなく、1人の等身大な女性。ネット住人たちも等身大な人物で、限られた時間の中で、数もうまく絞り込んでます。

終盤、駅のホームを挟んでネット住人たちと電車男が言葉を交わす見せ方なども実に映画的演出で、字面でのコミュニケーションの奥にある「心のコミュニケーション」をネット門外漢の一般の人にも直感的に理解させます。

私は原作を未読なので人物描写などの比較はできませんが、本作は原作の物語をそのままシンプルなラブストーリーに仕上げたものだと思います。映画という「2時間1本勝負」のメディアならではでしょう。


なのでドラマ版を嫌う人は、原作を無視したような「派手なキャラクター性」「派手なエピソードの羅列」が嫌なのでしょうね。しかし、そこはメディアの特性の差というもの。

ドラマ版は、電車男の物語ではなく、カルチャーとしての「電車男」を、突出したキャラクター造形でバラエティ豊かなコメディ仕立てにした一種の寓話的物語です。1話1時間で起承転結をつけ、それを10数話積み重ねて見せるメディアとしては決して間違いではありません。

同じ原作へのアプローチの違いの妙。好き嫌いは当然ありますが、どちらが正解か、などと決めるものではないでしょう。映画版があったからドラマ版の方向もおのずと定まったのです。

私はドラマ版が好きです。
でもこの映画版のストレートな物語も好きになりました。


結論。
ブームが過ぎた今、先入観なしに観たら意外に面白かった。食わず嫌いを久々に反省。でもまあ、ブームの最中に観てたらやっぱり穿った見方になっちゃってたのかな?

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