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黄泉がえり [2005年07月31日(日)]

●黄泉がえり

監督:
塩田明彦(『害虫』)
出演:
草ナギ剛(『メッセンジャー』)
竹内結子(『リング』)
石田ゆり子 哀川翔 山本圭壱
寺門ジモン 柴咲コウ 田中邦衛


うん……泣きました。
この作品を「黄泉がえらせたいと思う人がいるかどうかがキモ」と言ってしまうのは簡単です、けど……。

今作は、描写がかなりゆったりとしており、間延びしていると感じた人も多いかもしれません。カット割りや編集でテンポを上げることは容易ですが、それでは『トワイライトゾーン』や『世にも奇妙な物語』の様な「良く出来た作り話」で終わりでしょう(それが悪いと言っている訳ではありませんよ、念のため)。

映画の文法で作れば、観る側の資質を問わない感動映画にすることも出来たでしょう。しかし、そうはしたくなかった。

病院で葵(竹内結子)に向ける平太(草ナギ剛)の感情の動きも、幼いままの姿で現れた兄への弟(山本圭壱)の甘えたい心も、自殺した少年からの言葉にうずくまるイジメた側の少年の安堵にも似た気持ちも、そのどれをも観客各々の人生と共に感じて欲しかったのだろうと思うのです。


それにしても哀川翔の凄さよ。自分がいない年月の家族ビデオを見ている時に見せた一瞬の眼差しといい、時期が来た時の見事な倒れっぷりには息を呑みました。

中盤、黄泉がえりの原因が隕石と分かるくだりは、まるで小松左京作品のようでしたが、あれはあくまでもオカルト話にしない方便としてのリアリティに過ぎないので、もしも、そこを評価しているのなら今作を見誤っているので注意です。


また、黄泉がえった歌手・RUIのライブシーンの長尺が気になる人も多いようですが、確かに普通の文法で作るならば2曲をフルに聞かせる必要はないでしょう。

「主題歌になっている歌をメインに歌い上げさえすれば」
「その場面に合わせて平太の必死な姿をかぶせれば」
「クライマックスにサビのフレーズを合わせれば」

主人公のドラマを引き立てる存在としてだけならそれで十分でしょう。でも……。

登場場面が少ないので勘違いしてしまう所ですが、RUIは黄泉がえりの1人として同等に扱われた存在です。過剰に見えるライブシーンも、彼女の言葉は歌であり、ライブは人生の表現として、全てがそこに集約されていたと見るべきだと思うのです。


《ある要素》に関しては、監督のインタビュー記事で「情報を提示した上で気付かない人にはサプライズ、気付いた人にはサスペンスになるように」作ったとのことなのでネタバレは避けときます(ちなみに私は気付いたクチなもので、そのあまりの分かりやすさに書いちゃってもいいかなぁとも思ってたんですが)。


人を失った経験だけではありません。
自分の隣りにいる人を失いたくないと思う気持ち。
それを持ち合わせているかどうか。

自己とは己だけのものと思いがちです(特に若い時ほど)。しかし、他者というピースこそが自己を形成します。よく恋人を魂の半身などと比喩しますが、家族や友人、ペットの犬でも同じこと。失った時にそれまでの自分から変化してしまう存在。それを持たない人は人としてまだ未熟なのです。

経験値うんぬんなんて映画の評価とは無関係という意見も聞こえてきそうですが、人は自己経験との比較以外に評価など出来るハズもないのですから(常々、私が口にする「同じ作品でも接した年齢で評価が変わる」は本当ですからね)。

今作は観る側に委ねられた部分が大きい作品です。もし、何も感じなかったのなら10年後にもう1度観ることをお勧めします。

妖怪大戦争 [2005年07月30日(土)]

●妖怪大戦争

監督:
三池崇史(『ゼブラーマン』)
出演:
神木隆之介(『ハウルの動く城』
高橋真唯(『スカイハイ2』)
豊川悦司(『丹下左膳 百万両の壺』)
栗山千明(『キル・ビル』
宮迫博之(『CASSHERN』
阿部サダヲ(『タイガー&ドラゴン』)
岡村隆史(『無問題2』


10歳になるタダシは両親の離婚で祖父のいる田舎に引っ越してきた少年。ちょっと弱虫でいじめられっ子。そんなタダシが神社の祭りで《麒麟送子》に選ばれてしまった。「麒麟送子は世界に平和をもたらす正義の味方。大天狗が守る伝説の聖剣を取りに山の洞窟に行かなくてはならない」のだという。勇気を振り絞って山に向かうが……。


楽しめました。
少年のひと夏の冒険譚。
まさに夏休み映画に相応しい中身に満足満足。

妖怪は戦わない。でも大戦争。

妖怪とは人間なのだというコンセプトには頷きます。いわゆる幽霊的な人外の存在ではない。あくまでも物質として存在する者で、単に人里から離れて生きている生き物にすぎないという捉え方は私が思い描いていた妖怪像そのものなので、作品世界に入りやすかったです。

妖怪は戦わない。けど解決。

悪は圧倒的に戦闘力を持ち、主人公らに襲いかかってきます。しかし、妖怪たちは普通の人間。戦闘力なんかあるはずもない。得意なことが1つあるだけ。でもその行動が問題を解決してしまう。そんなゆる〜い映画。


無論、主人公の少年は選ばれし勇者として頑張るハメになるんだけれど、彼と共にお供の妖怪が戦ったりなどはしない。監督は、少年が力を得て(成長して)ボスキャラを退治するような映画にはしたくなかったとのこと。実に的を射た思いです。

確かに最近のジャ○プ系漫画のようなご都合主義的な成長なんて簡単に出来るわけがない。それに現実には成長したようでも意外と同じ階段を行ったり来たりしてるもんで。成長ではない、身の丈からのちょっとした背伸び、その頑張りが少年を成長させる糧になる、そういう映画。

主人公の少年目線で観れないほどに大人になってしまった方でも、幼き日に妖怪に出会ったことが忘れられない雑誌記者目線があるから多分大丈夫。ちょっとHだし(笑)。

キーマンは小豆洗い(演:岡村隆史)。最後の「小豆の唄」には大笑いさせてもらいましたよ。阿呆やなぁ(笑)。


エピローグはちょっとしんみり。私も忘れてしまった出会いがあったのかもしれないのかなぁ、なんて思ったりして。そういや、たまに足に何かが触れているような……。

別に一生懸命に薦める気もないけど、前述の「ひと夏の冒険譚」というキーワードに惹かれるなら観て損はなし。
ゆるゆる〜と見て見て〜って感じ。

模倣犯 [2005年07月29日(金)]

●模倣犯

監督/脚本:
森田芳光(『阿修羅のごとく』)
出演:
中居正広 山崎努
木村佳乃 藤井隆
津田寛治(『仮面ライダー龍騎』)


ある日、豆腐屋を営む有馬善男の孫娘が謎の失踪をした。それはメディアを巻き込む連続女性拉致監禁殺人事件の始まりだった。犯人はまるでゲームのように人を殺し、警察やメディアを挑発する。しかし、事件の発端と犯人の目的はとんでもない自分勝手な話だった……。


……つまらない。私、原作は読んでないんですけど、まさかこんな内容じゃないんですよね? 以下、原作うんぬんではなく映画としての評価になるのでご了承のほどを。

基本的に画面がうるさい。無駄な効果は正直、意図が分かりません。劇場型犯罪を取り巻くメディア批判がしたいなら中途半端。更にそれを受け取る側の民衆のリアクションを切り取りたいとしても中途半端。

演出も構成ばかりが先走る頭でっかちな作り。前半は犯罪被害者の立場のみで物語を進め、敢えて説明不足部分を作り、その後、中盤で時間を戻し犯罪加害者の視点で説明不足部分を補完するようにザッピング展開させてますが、無駄な情報の入れ込みには正直辟易しました。

この作品ってそんな小手先のテクニックで遊ぶ題材なんですか? 人物描写は表面的で感情移入できる人間ゼロ。状況を並べるためだけのコマとしての登場人物。その結果の終盤の真犯人への迫り方のあっけなさに唖然。


特に致命的なのが「模倣犯」というキーワードの扱い。劇中でブラフでしかないというのはアリだと思いますが、物語の中心に置かれずじまいでは取ってつけたようにしか見えませんね。

最期のCGは笑かし? 逃げ? まさか映画全体を寓話的に語ろうとした?(だとしたら最悪) あそこは特殊メイクでリアルに見せるべき……とはいえ、他が現状のままじゃあまり意味ないかぁ。

ラストの赤ん坊を見つけた山崎努(が演じる男)の気持ちはあのBGM的だと? それが監督の考え? 山崎努があの域に辿り着くまでの経過を描写せずに何の断定か。描かないなら描かないなりに、せめて人の気持ちのやり切れなさで観客にモヤモヤしたものを感じさせるぐらいはして下さいな。

題材は面白いのになぁ……原作を読むべき?

モー娘。サスペンスドラマSP [2005年07月28日(木)]

●モー娘。サスペンスドラマSP

2002年12月28日に放送されたものですが、ビデオに録りっぱで、やっとこさ最近観た次第。前回のオムニバスドラマ『新春!LOVEストーリーズ』の時も感想を書いていたので、今回も折角なので書いてみました。

前回が3本のオムニバス構成で1本辺りの内容が薄くなっていたことを踏まえてか、今回は2本に絞って密度を上げようとしたみたいです……が、やはり、安倍なつみ主演の『三毛猫ホームズ』がマシな仕上がりで、吉澤ひとみ主演の『おれがあいつであいつがおれで』の方はかなり脱力な出来でした(そもそも『おれがあいつであいつがおれで』ってサスペンスじゃないじゃん!)。


『三毛猫ホームズ』は、なっち主演とは言ってますが、本来の主役は刑事役の原田龍二。モー娘メンバー以外との絡みシーンも多く、脇を固める俳優陣とも相まってドラマが締まってました。

なっちは、演じる女の子が感情を表すようになる後半はいい感じでしたが、いかんせん序盤の冷たい権力者っぷりがイマイチだったのが惜しいトコロ(つまり彼女の演技は等身大の女の子までならOKということですかね)。

飯田圭織は前回『時をかける少女』の同級生役が良かったので安心していたら今回はコケてしまい残念。台詞が多いとダメとは……まあ、普通のアイドルということで。

これからこのドラマを観る人間もいないでしょうから、ネタバレもナニもないと思うので書いちゃいますけど(もし、これから観ようという人はご注意を……って、いないと思いますけど)、保田圭の犯人役はハマりすぎ! 悪役商会の役者さんが犯人を演じるぐらいバレバレですってば(笑)。

とはいえ、他のメンバーであれだけの犯人を演じられる人間がいないのも確かなので、あれで正解でしょうね。モー娘卒業後も頑張れ、保田。

出演メンバーの割り振りの軽減案としてミニモニをミニモニ役で出すというアイドル映画によくある手法をとっていたのも正解。前回の『はいからさんが通る』レベルの作品を見せられてはたまりませんからね(いや、ファンならそんな事は関係ないのかな?)。


さて、『おれがあいつであいつがおれで』は大林宣彦監督で映画化された『転校生』と言えば通りがいいですかね。

前回『時をかける少女』をなっち主演でとても上手いアレンジで作っていたので今回もちょっと期待したのですが、あまりにもシオシオな出来でガッカリ。心が入れ替わる描写のちゃちさ加減や、男の子の方の妹が元に戻る機械を造ってしまう等、まともなドラマを期待した私が馬鹿でした。

吉澤ひとみは元から男顔なので中身が男の子になっている時のハマり具合は抜群でしたが、その分、元の女の子に戻った時の違和感が強いという矛盾も。幼なじみの男の子より男っぽい顔を、その彼と突き合わせる場面では私は思わず今はどっちが男の子だっけ?と混乱しちゃいました(笑)。

あと、前回『はいからさんが通る』が担っていた無理やりな出演メンバー調整は今作が受け持つ事となり、メンバーの無意味なクラスメート描写が入る事で更に間を悪くしていたのもダメポイントですな。


次回があるのなら、逆にオムニバスになどしないで2時間ドラマ1本にメンバー全員を出す形にするといいと思うのですが。それも無理に全員をフォローしないで、ヒッチコックばりに何処に誰が出ていたかを見つける楽しみ方というのも面白いのでは?

モー娘。新春!LOVEストーリーズ [2005年07月28日(木)]

●モー娘。新春!LOVEストーリーズ

2002年1月2日に放送されたモー娘主演のオムニバスドラマですが見た人はいますか? 全体的には、とにかくモー娘ファン向けの意味合いが強い…というかそれが企画の全てでした。ですからファンでない人間が冷静に評価しちゃダメなんでしょうねぇ。

後藤真希主演の『伊豆の踊子』
石川梨華主演の『はいからさんが通る』
安部なつみ主演の『時をかける少女』

これらに他メンバーが配される作りでしたが、『はいからさん〜』は出演メンバーの帳尻合わせ用に作られたとしか思えない内容&放送時間でしたね(30分で何を描けましょう)。なまじ昔アニメを見ていたもので期待したのが間違いでした。

思い出したのは「ヤンヤン歌うスタジオ」等でやっていたアイドルドラマ(歳がバレますね)。気合い入れて見て肩透かしを食らってもそういう代物なんですから怒っちゃいけませんな。


最たる物は前述の『はいからさん〜』なわけですが、それに負けない脱力作が『伊豆の踊子』。ゴマキの演技は見れたものではありませんでしたが、それを補うべきスタッフの力が足りなさ過ぎです。

モー娘のスケジュール確保の厳しさが無意味なカット割に現れていましたから現場は大変だったとは思いますけど……ねぇ。まあ「最善の妥協」を迫られるこの手のドラマ制作の中では女優を育てる余裕なんかあるはずもないでしょうしね。


唯一まともなドラマだったのが『時をかける少女』。
アレンジも上手く昔の映画版に引けを取りません。なっちの演技は流石に一日の長という感じでしたし。意外だったのが加護亜依の自然な演技(というか地?)。子役でこういう演技する子っているよなぁと感心しちゃいました。

ま、企画物として見た上で『時をかける少女』をいい拾い物をしたと感じるのが正しい見方ですかね。

壬生義士伝 [2005年07月27日(水)]

●壬生義士伝

監督:
滝田洋二郎
出演:
中井貴一(『梟の城』)
佐藤浩市(『忠臣蔵外伝 四谷怪談』)
中谷美紀 夏川結衣 村田雄浩
三宅裕司 伊藤淳史 藤間宇宙 大平奈津美
塩見三省 堺雅人 野村裕人


新選組に入隊した1人の男・吉村貫一郎は、剣の腕は一流だが何とも田舎くさい男だった。斎藤一は貫一郎の田舎者ぶりをとにかく嫌悪していた。そんな貫一郎は何かにつけ金に執着する素振りを見せる。なぜ彼はそれほど金に執着するのか? そして時代は幕末の混迷に突入していく……。


面白くない。これが実に面白くない。どうしてこう大作として作られる邦画は面白味がなくなるんでしょう?(市川崑監督作品とか)

主人公は斎藤一(佐藤浩市)で通すべき。
なので冒頭の病院内の事細かな描写はいらない。
酒飲む描写に何の意味が?
斎藤一の孫の芝居は段取りだけなのでいらない。
過去と現代を行ったり来たりしすぎ。
吉村貫一郎(中井貴一)の死際が冗長過ぎ。
息子世代の後日談は現代の医者(村田雄浩)のナレーションベースで十分。
斎藤一が「おもさげなござんした」をあっさり言い過ぎ。
医者と奥さんの寝床のエピローグいらない。

あと全体的に長い。撮っただけ全部つなぎましたって作り。素人じゃないんだから。如何に物語の骨子をえぐりだせるかは編集が命でしょうに。


てなわけで、以上を踏まえた修正案を以下に(※ネタバレも含んでますが、大層な事ではないので問題はないかと)。

明治32年。個人病院に孫を担いで入ってくる斎藤一。応対する医者。子供の診療担当の奥さんの元に連れていく。その姿を追う斎藤一の視線に1枚の写真が飛び込む。それは新選組で出会った男・吉村貫一郎。

ここで斎藤一が出会いの場面を回想し、舞台を幕末に移行、新選組の物語を繰り広げる。そして吉村貫一郎と別れた場面で、病院の待合室にいる斎藤一の元に医者が戻り舞台が現代に戻る。

そこで斎藤一は写真のことを医者に問いかける。あれは父上なのか?と。医者が吉村貫一郎の話を語り始める。そこで新選組に入った理由、新選組離脱後の行く末が回想される。

最後に診療が終わり孫を連れてくる医者の奥さんが実は吉村貫一郎の娘だったと分かる。思わず奥さんが口にした吉村貫一郎の口癖「おもさげなござんした」にハッとする斎藤一。その姿に亡き吉村貫一郎を重ね見る。そして斎藤一は孫に昔話をしながら家路につくのだった。

……これでいいでしょ?


あと気になったのは、新選組の読み解き方があまり好意的ではないということ。大河でハマった人には不快かも。役者もかぶってるし。佐藤浩市もそうですが、堺雅人は山南さんのイメージが強いです。でもその上での沖田総司役は別の意味で面白かったですけどね。

ま、こんなもんでしょ。新選組物だし観たいって人はどうぞって感じ。映画としての出来は保証しかねます。こんなんで日本アカデミー賞最優秀作品賞とはねぇ。

P.S. テレビ放送時の冒頭、中井貴一が「時代劇でありながら現代の人間が考えてる要素もたくさん含まれてますし……」ってコメントしてたけど、だから、それは作劇の基本だってば。しかも作品のどこがといった具体性ゼロ。そもそも本作の描く世界のどこが現代っぽい? それとも単に『たそがれ』にあやかりたかった?

ミスター・ルーキー [2005年07月26日(火)]

●ミスター・ルーキー

監督:
井坂聡(『破線のマリス』)
出演:
長嶋一茂 鶴田真由 橋爪功
竹中直人 駒田徳広 さとう珠緒
吹越満 宅麻伸 山本未来


いやぁ、泣きました。私は別に虎ファンでもなんでもありませんが素直に感動しました。

甲子園にしか現れない謎の覆面ストッパー。その正体は高校時代に怪我で野球を断念した男が再び掴んだ夢の姿。

昼間は普通のサラリーマンが掛け持ちでプロ野球選手をするという奇想天外な設定(しかも覆面)ですが、違和感はありませんでした。むしろリリーフ登場の演出などは現実の野球でも是非やって欲しい位の盛り上げ方です。

野球のシーンがしっかりしていて試合を本当に楽しめましたし、その蓄積があるからこそラストでは本当に手に汗を握るほどでした。

長嶋一茂の少々トボけた雰囲気もこのキャラクターにぴったりです。確かに演技は甘い部分がありますが、なにより元選手という要素は説得力十分です(投球フォームがピッチャーのそれではなかったですけどね)。

そして元選手といえば駒田がとてもいいです。ライバル役としてあそこまで演技が成立するとは観る前には想像出来ませんでした。ゴメンナサイ。

あと、鶴田真由演じる奥さんが、旦那がミスター・ルーキーだと知った時の夫婦喧嘩で口にする「家族を考えて欲しい《現実》」から「旦那の《夢》への想い」へとスライドする部分がとても自然。いいです。


野球映画の決定版です。どこチームファンでも関係ありません。野球ファンなら見逃さないように!(ファンで無い人ももちろん楽しめます)

ヒーローインタビュー [2005年07月25日(月)]

●ヒーローインタビュー

監督:
光野道夫(『101回目のプロポーズ』)
出演:
真田広之(『眠らない街・新宿鮫』)
鈴木保奈美(『刑事物語5/山びこの詩』)
武田鉄矢 いしだ壱成 安達祐実
武田真治 鶴見辰吾


1994年当時、その最低さに腹が立った作品。

デッドボール以来まともにバッターボックスに立てないロートル選手と、不本意にスポーツ部に移動させられた敏腕女性記者のトレンディードラマ系恋愛物。


まず鈴木保奈美が婚約者を振る理由がわかりません。確かに婚約者は仕事を止めるよう根回しをしましたが、それは海外赴任に一緒に来て欲しいから。仕事を続けたいなら話し合えばいいでしょう? 鈴木保奈美の行動は単に浮気であり心変わりでしょう。

真田広之にも疑問です。
ロートル選手の復活劇としての目標が曖昧。

(1)子供とのドラマ「ホームランボール」
昔は子供(安達祐実)の誕生日のプレゼントは真田のホームランボールだった。それが今は……って話。

(2)無謀な走塁「100分の1に掛ける」
コーチのストップも聞かず無理に走りアウトに。「100分の1に掛けるのがプロじゃないのか?」とのたまう。また若手の選手とダイヤモンド一周で走り負ける。

さてラストはどちらを使うのでしょう? 答…両方。
最後の打席。ホームランか?と思ったボールはフェンスに阻まれ、暴走でホームスチールするもアウト。何それ?って感じです。


例えば「走り」を削る。削りたくないなら守備時に変更。以前は追い付けなかった球を走ってダイビングキャッチすることで最後の打席に弾みを付ける要素にする。
そして最後はもちろんホームランで決着に変更。
「ヒーローインタビュー中に安達祐実が客席でキャッチしたホームランボールを持って現れる。その場でサインを入れて「遅くなったけど誕生日プレゼントだ」と渡す」……こうでしょ?

一番の問題点は野球シーンが草野球レベルにしか見えないってトコか。中身の薄さは元々トレンディードラマ企画だったものを映画に変更したせいでしょうが、それって映画をナメてるでしょう?フジテレビさん。

バトル・ロワイアルII/鎮魂歌 [2005年07月24日(日)]

●バトル・ロワイアルII/鎮魂歌《レクイエム》

監督:
深作欣二(『蒲田行進曲』)
深作健太
出演:
藤原竜也(『仮面学園』)
忍成修吾(『青い春』)
酒井彩名(『新宿少年探偵団』)
前田愛(『ガメラ3/邪神降臨』)
加藤夏希(『燃えろ!!ロボコン』)
柴木丈瑠(『百獣戦隊ガオレンジャー』)
竹内力(『ミナミの帝王』)


前作でBR法から逃れた七原秋也(=藤原竜也)は逃亡の末、テロリストとなり「全ての大人に宣戦布告」をし、戦いを続けていた。そんなテロリスト組織に手を焼いた日本政府は新たな法律《BRII》を制定。「子供は子供同士で殺し合って下さい」と、1クラスの落ちこぼれ42人を強制的にテロリストのアジトへと送り込んだ……。


今回はさすがにちょっと設定に無理を感じました。
だって本気でテロリスト組織をなんとかしたいなら「2人ペア」「禁止地域」「物資の当たり外れ」なんてのはマイナス要因でしょう? とはいえ、大人たちは既に壊れていて完全にゲームをしているのだと解釈すれば、まあまあOKではありますけどね。

物語もBRII による殺し合いは序盤までで、中盤以降はこの日本社会、ひいては世界情勢を如何に若者たちが理解し、変わっていくかに費やされているので、タイトルに『バトル・ロワイアル』と冠していながらもその中身は似て非なるものでした。

劇中では七原秋也の口を借りて、かなり直接的にメッセージを訴えていますが、まさに今作は故・深作欣二監督がバトル・ロワイアル世界を借りて作ったオリジナル作品と言えるでしょう。

ただ、その余りにも台詞で語り過ぎる物語運びは少々冗長に感じます。でもまあ、あの冗長さは若い観客にきちんと理解してもらいたかった現れと言えなくもないですけどね(『ボウリング・フォー・コロンバイン』のように基礎知識の差が出るような形にしたくなかったとか)。


映画の規模は日本映画としては頑張っていると思います。序盤の上陸作戦は『プライベートライアン』の縮小版にしか見えない点はちょっと残念ですが、終盤の戦闘シーンなど、よくやってると思いますよ、ホント。

でも、やはりもう少しを期待してしまうのも事実。
これが深作健太という新人監督が一から作り上げたのなら、もう1ランク上の評価を持つ所ですが、故・深作欣二監督だったらもっと面白かったのでは?と、どうしても考えてしまうレベルなんですよね。

気になった点は、アメリカに空爆された国々の名は具体的に羅列しているのに、肝心な所でアメリカ自体は「あの国」としか言わないこと。まさか洒落ているつもりではないでしょうが、あそこはアメリカと言い切った方がいいと思うのですがね。メッセージが非常にハッキリしているのに言い回しが曖昧だと少々骨抜きに感じます。


この作品の日本は絵空事ですが、中にある大人社会は作品に沿った誇張はあるものの現実を映していると言えるでしょう。この国のシステムは駄目になろうとしているのです。

「勝ち組」と「負け組」……劇中でも引き合いに出されていますが、そもそも勝ち組、負け組って何なのでしょう? 私たちの社会とは、その2つで区切る物なのでしょうか? そのどちらでもない処にこそ社会の本質、根幹があるのではないでしょうか?

特別の意味を忘れてしまった日本。日常を失くした日本。アメリカ式の幻を追いかけて道に迷った国、日本。そろそろ我が家への帰路を探す時なのかもしれません(……なんて、仮にも大人となった自分への戒めも込めつつ)。


今作は映画としてはそれなりな出来ですが、考えるキッカケには使えるかと。故・深作欣二監督は前作時から「若者にこそ観て欲しい」と言ってましたが、この作品のメッセージを読み取れる人ならきっと大丈夫。でも、難点はR−15指定……意味無いじゃん。

NIN×NIN 忍者ハットリくん THE MOVIE [2005年07月23日(土)]

●NIN×NIN 忍者ハットリくん THE MOVIE

監督:
鈴木雅之(『世にも奇妙な物語』)
出演:
香取慎吾(『ジュブナイル』)
知念侑李(『ほんとにあった恐い話』)
田中麗奈(『ドラッグストア・ガール』)
ゴリ(『ちゅらさん』)
戸田恵子 浅野和之 伊東四郎
升毅 宇梶剛士 東幹久
カメオ出演:
草ナギ剛 瀬戸朝香 乙葉 村上ショージ
酒井敏也 大杉蓮 西村雅彦
ガレッジセール川田


伊賀の里で修行をする忍者《服部カンゾウ》ハットリくん。最後の修行は江戸で1人の主に仕えること。ただし「主以外の者に姿を見せてはならない」という掟を守らなければ破門となる。現代の江戸=東京にやってきたハットリくんは少年ケンイチを主と決め居候生活を始める。時を同じくして世間では外傷のないまま意識不明になる連続傷害(?)事件が起きていた。そこには謎の忍者の影があった……。


う〜む、味薄い料理を食わされた気分。
不味くはないんだけどなんとも物足りない。

オープニングのCGアクションは頑張っていたけど、綱一本で東京の街の空を滑空する部分で急速にパワーダウン。『スパイダーマン』後にそれはないでしょ。

姿を見られないようにする一連のドタバタも適当にこなしているだけって感じ。その先にある「人目にさらされることをかえりみないハットリ」で盛り上げるには弱い。その堂々と町中を走るハットリの姿で感動させる見せ方もあまりに強引。ハットリくんの世界観では本気で走ればシュタタタタって感じで人には見えにくいレベルじゃないの?

ケンイチがイジメを克服した《空蝉の術》……おいおい、あれじゃ逆にいじめられるって。ケンイチが憧れる盲目の少女(=田中麗奈)もいらない。目の見えない彼女が外へ飛び出す勇気とケンイチがイジメに立ち向かう勇気をリンクさせるでもなし。クライマックスの、たかが子供の必死な姿を見ただけで心変わりをする犯人の安っぽさ。あ〜あ、なんと緩い脚本だこと(※脚本はタレントのマギー)。

演出も酷い。例えば、繰り返される無表情キャスターの無意味さ。監督は「リアルな現代とは少し違うハットリくん的な世界観を作りたかった」そうですが、ふざけるな。だったらもっと漫画的に作り上げるべき。たかが子供向け作品と馬鹿にしてるでしょ?


香取慎吾のハットリくんのハマり具合がいいだけになんとももったいない作品。ま、テレビ放送時に観れば十分。金払うと痛い目を見ますよ。

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