合掌 [2008年08月02日(土)]
自分の漫画の原点だった赤塚不二夫先生が亡くなられました。
もうほんとに原初も原初な存在で万年筆描きですが絵柄を真似てペン描き漫画を描くに当たってもっとも最初に影響を受けた人でした。
TVアニメとかで『天才バカボン』とか『おそ松くん』とか見てましたが、紙媒体として初めて接したのは小学5年の頃、病気で入院中暇つぶしに読むために買った『天才バカボン』の単行本だったでしょうか。
初めて買った漫画の本でした。
で時は流れ、中学生の頃に学研から出ていた『少年チャレンジ』という月刊漫画誌があって、4コマ漫画の読者投稿コーナーてのがありまして看板師範が赤塚先生でした。
興味本位で画用紙に万年筆で描いた4コマ漫画を応募したら銀賞なるものを頂きまして。賞品図書券3千円を頂きました。
思えば、それが何かを描いて報酬を頂くという最初であったか。
残念なのはその賞を頂いた掲載号の『少年チャレンジ』を現在に至るまで見ていないというこの事実・・・。
赤塚先生が僕の4コマ作品にどのような評価をされていたのか気になるところでありますが。
国会図書館にでも行かないと見れらないかねぇ。
手塚・石の森・藤子Fと名だたる天才達が皆60歳で他界されたのを考えると72歳は長寿と言わざるを得ませんが、晩年の酒がらみの無茶な生活振りを考えると赤塚先生は先立った巨匠達を追いかけて早く逝きたかったのかなぁ、などと勘ぐってみたり。
ご冥福をお祈りいたします。
もうほんとに原初も原初な存在で万年筆描きですが絵柄を真似てペン描き漫画を描くに当たってもっとも最初に影響を受けた人でした。
TVアニメとかで『天才バカボン』とか『おそ松くん』とか見てましたが、紙媒体として初めて接したのは小学5年の頃、病気で入院中暇つぶしに読むために買った『天才バカボン』の単行本だったでしょうか。
初めて買った漫画の本でした。
で時は流れ、中学生の頃に学研から出ていた『少年チャレンジ』という月刊漫画誌があって、4コマ漫画の読者投稿コーナーてのがありまして看板師範が赤塚先生でした。
興味本位で画用紙に万年筆で描いた4コマ漫画を応募したら銀賞なるものを頂きまして。賞品図書券3千円を頂きました。
思えば、それが何かを描いて報酬を頂くという最初であったか。
残念なのはその賞を頂いた掲載号の『少年チャレンジ』を現在に至るまで見ていないというこの事実・・・。
赤塚先生が僕の4コマ作品にどのような評価をされていたのか気になるところでありますが。
国会図書館にでも行かないと見れらないかねぇ。
手塚・石の森・藤子Fと名だたる天才達が皆60歳で他界されたのを考えると72歳は長寿と言わざるを得ませんが、晩年の酒がらみの無茶な生活振りを考えると赤塚先生は先立った巨匠達を追いかけて早く逝きたかったのかなぁ、などと勘ぐってみたり。
ご冥福をお祈りいたします。






