知識値 [2008年08月21日(木)]
きっと1%も知らずに死んでいく。
何度か書いたように、万物は「言語化・文字化」ではまかない切れない部分の方が多い。
「言語化・文字化」の範囲内ですら、1%も知らないままで生きていくだろう。
なんだけど、そもそもパーセンテージで表す事自体が無意味だ。
100%がどれぐらいを表すかを知ってるからこそ、パーセントで表記できる。
例えば、10個の内の5個無くなったから、50%って言える、というように。
そして、どれだけ知ってるか、どれだけ知らない事が多いか、などと考えるのは、おそらく無駄だ。
例え話のために便宜上あえて数値化します。
2000ポイント分知ってる人と、2200ポイント分知ってる人がいるとします。
でもどっちがすごいかは測れない。
当然「ポイントが高い方の勝ち」という基準があればわかるが、ここからわかる通り、基準次第で勝ち負けはすぐに変動する。
何が言いたいかと言うと、勝ち負けってくだらないって事。
勝ち負けにこだわって、純粋な知識吸収欲に従えないのはもったいない。
「好きこそ物の上手なれ」と言いますが、好きだからって理由だけで良いじゃないの。
どうでもいい知識を自慢げに披露する奴っていますよね。
知らねぇよ馬鹿野郎、って感じだ。
どうして人は「自分こそが正しい」と思わずにいられないのか。
何度か書いたように、万物は「言語化・文字化」ではまかない切れない部分の方が多い。
「言語化・文字化」の範囲内ですら、1%も知らないままで生きていくだろう。
なんだけど、そもそもパーセンテージで表す事自体が無意味だ。
100%がどれぐらいを表すかを知ってるからこそ、パーセントで表記できる。
例えば、10個の内の5個無くなったから、50%って言える、というように。
そして、どれだけ知ってるか、どれだけ知らない事が多いか、などと考えるのは、おそらく無駄だ。
例え話のために便宜上あえて数値化します。
2000ポイント分知ってる人と、2200ポイント分知ってる人がいるとします。
でもどっちがすごいかは測れない。
当然「ポイントが高い方の勝ち」という基準があればわかるが、ここからわかる通り、基準次第で勝ち負けはすぐに変動する。
何が言いたいかと言うと、勝ち負けってくだらないって事。
勝ち負けにこだわって、純粋な知識吸収欲に従えないのはもったいない。
「好きこそ物の上手なれ」と言いますが、好きだからって理由だけで良いじゃないの。
どうでもいい知識を自慢げに披露する奴っていますよね。
知らねぇよ馬鹿野郎、って感じだ。
どうして人は「自分こそが正しい」と思わずにいられないのか。






