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諸星大二郎「復讐クラブ」から幸福な社会を運営する術を読み解く [2010年01月13日(水)]

■ 諸星大二郎「復讐クラブ」から幸福な社会を運営する術を読み解く


諸星大二郎自選短編集「汝、神になれ鬼になれ」を読みました。

「マトリックス」にも通じる「夢みる機械」や、子供の成長を哲学的に描いた「子供の遊び」など、かなり読み応えがある短編集です。
今後諸星大二郎を集めます。


さて、今回は「復讐クラブ」という短編を取り上げたいと思います。
「世にも奇妙な物語」で映像化されそうな作品だな、と思ったら、やっぱり映像化されてました。


■ 「復讐クラブ」のストーリー


さえない会社員平野。
何をされても怒らない平野は、毎週復讐クラブに通っていた。
同僚や通行人への不満を提出すると、翌週に復讐報告書が来る。
レベルに応じて復讐ランクがあり、「バナナの皮ですべって転ぶ」など些細なものもある。
平野の上限は10人。
そして「復讐クラブ」を成立させる条件として、参加者は「復讐クラブ」から指令された人物に「復讐の代理をする」というのがある。
自分の復讐をクラブ員の誰かがしてくれ、クラブ員の復讐を平野がする。

上限10人の平野は、10人の身近で疑われない誰かに復讐代理をする。


やがて身近な人を疑い出した平野は、上限を15人まで増やす。
当然復讐指令も増え、仕事がおろそかになってくる。
「復讐クラブ」の上映会でますます疑心暗鬼になる平野。
自分に起こったことと同じ内容の復讐が、別の誰かの復讐として上映されていた。
家で起きたあのことが、実は妻の復讐?

上限30件にした平野。復讐クラブの存在がうっとうしくなってきていた。
上司への復讐指令が出た平野。
運良く上司から酒の誘いが。
上司を酔わせ帰路につく。
夜道の上司を襲おうと来た道を戻ると、上司も平野に襲い掛かってきた。
「復讐クラブ」の手違いで、お互いの復讐をお互いにする、という事態になっていたのだ。
上司も妻も通行人も、みなが「復讐クラブ」に入っていた。
誰もが誰かに恨みを抱いている。
「復讐クラブ」のシステムは崩れない。


■ 「復讐クラブ」に対する「親切クラブ」


「復讐クラブ」のすごいところは、自分ができないことを他人にしてもらい、他人ができないことを自分がする、というのが不備無く運営されているところだ。

恨みという「負の感情」が発生し、それを晴らすために他人が動く。

人のために行動する、というのがうまく回っています。

つまり「復讐クラブ」に習って「良き社会」を作れるということです。
「親切クラブ」というのはどうか。

自分が大事に想う人を10人申請する。
すると「親切クラブ」から指令が来ます。
「電車に乗って前に立った女性に席を譲れ」
「飲食店のレジ打ちにおいしかったですと言え」
「3丁目のパン屋の前に落ちているゴミを拾え」
などなど。


さて、「親切クラブ」はうまく運営できるでしょうか。


■ 「親切クラブ」の存在不可能性を打破する


どうやら「親切クラブ」はうまく回らないようです。
なぜか。
「復讐クラブ」との対比をするとわかりやすいです。
「復讐クラブ」の成立条件は、「自分ができないことを他人にしてもらう」という点にあります。
一方「親切クラブ」はどうか。
自分が大切に想う人への親切を他人にしてもらうのってどう思いますか?
「んなもん自分でしたいよ」って思いませんか?
好きな人に対する親切は自分でしたいもんでしょう。

わざわざ「親切クラブ」に頼むまでもなく、自分がしたい親切は自分でしてしまいます。

では「親切クラブ」を作るにはどうすればいいでしょう。

答えは簡単です。
1週間で行った親切を報告すると、次の週に同じ分だけ親切が返ってくる。

これだとクラブ会員はますます親切への動機付けがなされます。


短編「復讐クラブ」のラストは、主人公の身の破滅というわかりやすいオチが用意されてます。
みんなが「復讐クラブ」に加入している。
そんな社会は生きられない。
なぜなら、すべての不幸は自らが加入しているクラブのせいなんですから。
クラブのせいで自分が不幸になるにも関わらず、自分がクラブを脱退することもままならない。
なぜなら自分の不満の解消をしてくれるものがそんざいしないんですから。
その意味でも「復讐クラブ」のシステムは秀逸です。


では優秀な「親切クラブ」システムとはどんなものでしょう。


■ 優秀な「親切クラブ」システムを構築し、「良き社会」を目指す


「復讐クラブ」の秀逸なところは、「極悪な宗教のように抜け出せない」という部分にありました。

では「親切クラブ」を秀逸なものにするにはどうすればいいのか。
それは「親切クラブ」という存在を不可視なものにすることです。
どういうことか。
例えば、1週間自分にいろいろな良いことが起こります。
そしてクラブに行って報告書を読む。
すると、すごい印象に残っていた親切が、実は「親切クラブ」からの報酬でなかったと知ります。
次の週もいつも通りクラブからの指令を受け見知らぬ人に親切をする。
そして自分自身も誰かから親切を受ける。
「親切クラブ」に行くと、また受け取った親切が記載されていない。
そうです。命令に関係無く親切を受けたんだ、という今までよりランクの高い多幸感を得ます。
そして自分自身も、クラブからの指令じゃない親切を施している。いつの間にか。
こうすることで、受けた親切プラス1の親切を社会に還元していることになる。

つまり「親切クラブ」の存在・比重を軽くしていくのです。
乱暴に言うと「洗脳」ということになります。
なんのことはない。「親切クラブ」側は報告書漏れをあえてしただけです。
11個の親切指令を出し、10個しかその本人に教えない。
これを順繰りで回します。
するとクラブ会員はかなり得した気分になる。
「自分も指令じゃない親切をしよう」という動機付けを得られる。

これが僕の構想する「優秀な親切クラブシステム」です。


僕は「良き社会」を目指す。
自分の行動が回りまわって遠くの誰かを幸せにするシステム。
そしてその幸せが、長い時間・遠い空間を経て自分と関わりがある大切な人に戻ってくるシステム。
それが僕の目指す「良き社会」です。


多くの人に諸星大二郎の「復讐クラブ」を読んでもらい、「優秀な親切クラブシステム」について想いを馳せて欲しいです。

新年に憂国 [2010年01月01日(金)]

新年一発目に会った人は、キリスト教の勧誘みたいな人でした。
エホバ?
よくわかりませんが。


キリスト教はあまり好きじゃありません。
今日来た人は、キリストが世界を救ってくれた、みたいに言ってましたが、キリスト教ってそんな話だったっけ。
キリスト教の神って何?


世界を救った存在に対して感謝する。
でも「感謝しましょう」と言われて感謝するのは間違ってる気がする。
感謝しろ、という脅迫に似た行為は感謝から遠ざかる。
そもそも、すごい存在は感謝を求めて行動してないだろう。

すごい人って言うのは、明らかに自分の不利(に見える)にも関わらず、自分以外のものの為に行動する。

良い社会とは何か。
少なくとも、自分とは関係無い者はどうなってもいいと思うような人たちが居る社会ではない。

日本は最低な国だ。
仲間を守る気持ちは人一倍強いのに(というか身内の視線に病的なほどおびえるのに)、少し離れると怖いほど見殺しにする。
他人が子供を産むことに無関心。
勝手に長生きをする老人たちに無関心。
すぐ病気になる人たちにも無関心。

遠くの見えない人なんかどうなったっていいと思っている。
最低な国だ。

結果的に自分や自分の大事な人を、取り返しのつかない事態に陥れる可能性が見えていない。
子供が増えないとやがて社会が回らなくなる。
当たり前の話だ。
さらに。
優秀な子供が育たないとやがて社会が崩壊する。
当たり前の話だ。

なんだけど、民度が低い日本人は目先の利益にしか興味が無い。
目先の自分の利益だけにしか興味がない。
自分が損をして、他の人がうまい汁吸ってる、ということに対して過剰に攻撃的になる。
政治に対してもそうだ。
バカなマスコミに煽動されて、上から引き摺り下ろすことに必死になる。


今年も言い続けますけど、日本は終わってます。
民度が低い国民。
チェック機能をまったく果たさず、部数ばかり追ってしまうマスコミ。
バカたちに右往左往する政府。


かなり特殊な国ニッポン。
自殺者も減らない。
毎年30000人自殺し続ける。
国も救えないし、家族や友達も救えない。
かなりハードボイルド。
見えない戦争だと表現した詩人がいた。
まさにそうだ。
運悪く見えない銃弾や地雷に当たって死んでしまう。
それを手当てしたり地雷除去してくれる存在がない。


日本は終わってる。
日本は特殊だ。

僕は愛国の士なので、どんな日本になろうとも、最期まで見届ける覚悟はできてますが。

鉄パイプには世界がどのように見えている? [2009年12月23日(水)]

いろいろな人の「世界の見え方」が気になる。

人との付き合い方であるとか、言葉の選び方であるとか、青空の色であるとか、そういったものをひっくるめて、世界がどのように見えているのか気になる。
つまるところ、僕が見えてる世界とのギャップを知りたいだけです。

例えば、僕と考えがまったく違う人と、僕と、「世界の見え方」ってどれぐらい違うんだろう。

僕はほとんど文章で内面を伝達しているので、文盲にはそもそも僕の世界の見え方が読み取れない。


この前女の子とお話してて、人間関係の話題になった。
僕はそもそも人を信じてません。
親友だろうが家族だろうが信じられません。
話を進める前に誤解を解いておきます。
一般的な「信じる・信じない」のレベルではなく、もう少し大きな意味での「信じられない」です。
僕は元々この社会を信頼していません。
どっかの大統領が交代したごときで。どっかの国が戦争で勝ったごときで。昨日と今日が激変するような社会です。
お金の数字で人の性格が激変するし、肉体の部位が欠損したことでも性格が激変する。相手も自分も含めて。


時間は流れる。
牛乳だって時間が経てば腐るんだ。
人だって時間が経てば変わるに決まってる。


だから僕は何も信じられません。
僕自身もそうです。
松沢呉一先生が「勃起すると正常な判断力を失う」という格言を放ってます。誰でも何かのきっかけで判断力を失います。
昨日の僕と今日の僕と明日の僕が同一かすら判別できないってのに、社会や家族や親友を信じられるわけがありません。

だからと言って、常に手を切れるように振舞うわけがない。
当たり前の話です。
相手は家族であり親友です。
その時の最良の選択をしながら関係を続けていくに決まってる。
当然だ。

ただその「最良の選択」が常に変動する可能性がある、ということを言いたい。
状況によって何が最良かは変わります。
相手にとっての最良と自分にとっての最良も違うし、相手何パーセントで自分は何パーセント最良にするか、という妥協点を見つけるのでも変わってきます。


ここで女の子との会話に戻りましょう。
その娘は人間関係で悩んでました。
でも僕からすると、その悩みの意味がわかりません。
僕の場合、その一瞬一瞬を大事に全力で楽しんでいくだけの話なので、この先離れ離れになるかどうかなんてどうだっていいことです。
むしろ離れ離れになる可能性があるんだから、ますます全力で楽しみたくなります。
数年後には日本が無くなってるかも知れない。
それほど不安定な世界を生きています。
見下してるマイノリティがマジョリティになる可能性もある。
信頼できない自分が思考する範疇なんて高が知れてる。
だからこそ安易に信じられません。
すべて自分の脳で判断してることなんですから。
永久に不完全なままの脳で。


僕以外の人の「世界の見え方」はどうなんだろう。
気になる。

しんせつ [2009年12月12日(土)]

街で友達と待ち合わせをして合流し、程なくするとおばあちゃんが道をたずねてきた。
割と道をたずねられやすい僕。

「かに道楽わかりますか?」

一切興味ないものって目に入りません。
かなり目立つカニの看板があるにも関わらず、僕は場所を知らなかった。
駅からすぐのとこにあったのに。


僕のiPhone 3GSの機能を使って探しだし、おばあちゃんをナビゲートする。
すぐ目の前にあった。
しかも僕がよく通る道だった。
おばあちゃんがペコリペコリと頭を下げる。
いんすいんす。
僕のスーパーiPhoneの能力を見せ付けたかっただけっす。

でも僕がiPhoneを操っていると、ぐいぐい顔を近づけて画面を覗き込むのはやめていただきたい。
僕が超絶的技巧を持つスリ師だったらどうすんだ。


覚えてるだけでも今年で4回ぐらい道をたずねられた。
数えると少ないですけどね。
警備員とか僕より道知ってそうな人がいるにも関わらず、あえて僕に来る、ってところを強調しときたいです。


僕はできるだけ知らない人に親切に接したい。
その人が別の誰かに親切な行いをする。
するとまた別の誰かに親切が感染していく。

回りまわって僕の大事な人にその親切が帰ってくる、かもしれない。

社会とはそういうものだ。
目先の損得に右往左往するのではなく、遠くの予測不可能な物事に対して働きかける。


相変わらず鳩山政権を批判している人がいる。
馬鹿なんじゃないだろうか。
自民党政権が何年あったのかよくわかりませんが、その長い歴史でこんな日本になった。
それをほんの数ヶ月で全部改善するなんて不可能に決まってる。
それほどすぐれた政党なら、とっくの昔に自民党をぶっつぶしてるだろう。

そしてこんなダメな日本になるまで自民党に任せてたのは、我々有権者だ。
それを棚に上げて、やっぱり鳩山はダメだ、などとほざいてるようじゃあ、いつまで経っても日本は良くならない。

自分の欠点を見ないで他人ばっか批判してる奴ってイヤな奴ですよね。

日本にはイヤな奴ばっかなのか。


自分の利益かどうか。自分が不快に思うかどうかで行動してると、そのうち先細りのどん詰まりに行き着き、身動きが取れなくなるだろう。

ミルグラムの「六次の隔たり」を思い出そう。
6人経由することで世界中の誰とでもつながることができる。
あなたの親切は、6人経由することで、地球の裏側に住む見知らぬ少女を笑顔にしているのだ。

「我々は自由か」問題 [2009年11月28日(土)]

我々は自由か。

インターネットを利用していると、親切におすすめの情報を教えてくれる場面に出くわす。

僕はよく「amazon」で買い物するんですけど、「この商品を買った人は他にこんな商品も買ってますよ」とか、「これを検索した人は他にこれも検索してますよ」とかすすめられる。

へぇ、って思いながらいろいろ商品をながめてます。


映画でも音楽でもそうでしょう。
あなたの好みだとこういうのも好きじゃない? と、まるで世話好きの友達かコンシェルジュのように、いろいろ情報をくれる。

確かに、自分でやっと探し出した喜びみたいのは薄れるでしょう。
僕の場合だと、筋肉少女帯を聴いてRIP SLYMEも聴くんだけど、たぶん筋肉少女帯を検索してもRIP SLYMEをすすめられることはない。
だからある傾向から類推されるのは特化してても、雑食的にいろいろ好きな人に「これだ!!」というのを提供するのは難しいんじゃないかなぁ、とは思います。

でも好きなものを突き詰めていくには、これほど便利なものは無いんじゃないかな、と思います。


わざわざ自分でいろいろ探さなくても、多くの人が選んでくれたものの中から、何個か気になるものをのぞいて見ればいい。


「その数学が戦略を決める」では、さらに魅力的なケースが載っています。

あるカジノでは、顧客データの中に「どれだけすったらスロットをやめるか」という項目があるらしい。
大体何ドルぐらい使ったら台を離れるか。

だから店側としては、その一歩手前ぐらいでフィーバーさせてやったり、台を離れそうになったら人を仕向け「ちょっと負けが込んでるようだね。おごるから一杯どうだい?」などと話しかけさせたりできる。
客としては嫌な気分を少しでも減らすことができる。


生活していて監視カメラに映らない日はほぼ無いと言っていいと思いますが、これとネットワークがつながったらどうか。
我々の行動はすべてデータ化され、我々にとって最適な情報や出会いが演出されるのだ。


再び問う。
我々は自由か。


確かにカジノ側も効率よく搾取でき、客も不快な思いを軽減できる。
お互いにとって良いことだろう。

好みの選出にしてもそうだ。
わざわざ探す手間が省けて楽になった。

でもそのことと「自由であること」とは別問題だ。
明らかに我々は不自由だ。

マキシマムザホルモンを聴いててもゴーギャンの画集を買うチャンスに恵まれず、ギャンブルの運試しすら操作される。

相手は我々が行動すればするほどデータの精密度を上げていくのだ。

監視カメラを「防犯カメラ」と名を変えて、どこにでも設置しまくっている怖さを、以前ここで書いたことがあるが、さらに怖い現実が待ち構えている。
(「防犯カメラ問題」をざっと説明すると、カメラがあっても防犯にならない。犯人が捕まった時の決定的証拠になるだけだ。それに犯罪をおかしてない我々の行動すら監視されている)


社会学の考え方だと、ひとつのものにこだわるのはよくない、とされる。
もっと言うと、できるだけ観察者の想いが入らない方がいい。
昨今の環境問題のように、自分の利権や利潤のためにデータを操作・提供することになりかねない。


「我々は自由か」

この問いの前に、ある質問をしなければならない。

「自由であることと幸福であることとは両立が可能なのか」と。

わからないわからない [2009年11月16日(月)]

自分のことや他人のことがわかるって言う人は信用なりません。

信用ならないって言うか、なんか底が浅い気がする。


自分のことがわからないのに他人のことなんかわかるはずがありません。

なぜそのような行動をするのか。
なぜあの娘が好きなのか。
そもそもなぜ今この瞬間に生きているのか。

突き詰めていくと我々は何もわかっていないことに気付きます。
なぜ電車に乗れば目的地に着くのかすらわかってない。
なぜ100円硬貨で100円相当の物が買えるのかすらわかってません。


よくわかってないのになぜか不都合が無く運営されているからすごい。
もしかしたら、不都合と感じさせないシステム。不都合と気付けなくしているシステムにとらわれているのかもしれない。
でもそれが気付けないんだから考えたって無駄ですね。
(正確に言うと無駄じゃない。無駄じゃないけどそもそも考えられない)


だから、相手の事を理解してあげる、というのは傲慢でしかない。
大事なのは「相手の事を理解したい」という気持ちです。
理解できたかどうかは問題じゃない。

社会に対しても一緒です。
社会のことがわかってると思い込んでると痛い目に遭います。
今まで数え切れないほどの人が地球に生まれ、世界について、哲学について、心理について、それこそ膨大な時間を使って考えてきたのに、一向に世界は良くなりません。

それをだ。たった数十年生きたぐらいで何がわかるってんだ。

でも、どうせわかんないんだからって探求心を失ったらますます愚かです。
「無知であることを知っている」という地点で停止してたら馬鹿です。


じぶんとは何か。
この大問題だけでも一生時間をつぶせます。

離婚率増加の原因を証明 [2009年06月29日(月)]

社会問題とされている「離婚率の増加」ですけど、それにはあるものが密接に関わっていたのです。

社会学を志す者としては社会の動向に目を向けているのです。
そこである関連を発見しました。

「離婚率の増加」と密接に関係するもの。
それは。
「クーラーの増加」です。


クーラーが増える事で室温が快適に保たれます。
すると汗をかかないので新陳代謝が落ちます。
すると性欲も落ちます。
すると夫婦の関係性も失墜します。

なんて恐ろしいクーラー増加問題。

データを調べたところ、クーラーの増加と離婚率の増加はきれいに相関します。



社会問題とされている「離婚率の増加」ですけど、それにはあるものが密接に関わっていたのです。

社会学を志す者としては社会の動向に目を向けているのです。
そこである関連を発見しました。

「離婚率の増加」と密接に関係するもの。
それは。
「コンビニ店の増加」です。


コンビニ店が増える事で生活が便利になります。
夫婦ともに行動する必要が減り、それぞれ単独で行動します。
すると夫婦の関係性が失墜します。

データを調べたところ、コンビニ店の増加と離婚率の増加はきれいに相関します。



社会問題とされている「離婚率の増加」ですけど、それにはあるものが密接に関わっていたのです。

<中略>

それは。
「世襲議員の増加」です。

<後略>



このすべての仮説に反論する事は不可能です。
「そんなわけない」とは思えるけど、完璧に反論することなど不可能。
どちらも増加していることは間違いありません。


何が言いたいかと言うと、データをもとにした仮説なんか意味ねぇ、って事です。
「僕の年齢」と「離婚率」だってどちらも上がる一方じゃないですか。
これが、「ケータイメール」と「離婚率」だったら安易に信じちゃう人がいるでしょう。
ケータイメールを一日に40通以上する人が増加している。
それとともに離婚率も増えている。
これは、面と向かって言葉を交わすコミュニケーションが低下しているので、いざ夫婦生活を始めた時に言うべき言葉を持たないからだ。
だから今すぐケータイメールをやめるべきだ。
うんぬんかんぬん。


「風が吹けば桶屋が儲かる」
何がどんな事態を呼び込むかは誰も想像できません。

誰が何を信じようと勝手だけど、仮説には発見者の想いが紛れ込んでる事に自覚的じゃなきゃダメです。
というかどんな発言も、発言者の意図が反映している。
疑心暗鬼が得意なくせに、変なところで純粋というかバカというか。
頭良さげな奴がなんか言っても安易に信じないことですね。
その人の不利益になる事なのに発表してたら聴く耳持っていいです。

パスモ問題 [2009年06月25日(木)]

プリペイド式のICカード「suica」とか「PASMO」とか(関東圏の場合)ありますけど、持ってないです。
現金を持ってたいっつーか。

確かに、いちいち切符を買う手間が省けますけど、その1,2分に一体何の得があるのかいまいちわかりません。
どうせプラットホームで待つんだしさ。

みんながプリペイド式ICカードを使ってくれるので、切符売り場で並ぶ事も無くなりました。
人を分散させるのはとても良い事です。


ICカードがクレジットカードと一体になってるやつはチャージがいらないけど、一般的なsuicaとかPASMOは切符売り場とかでチャージする必要があります。
数千円を専用機に入れて、代わりにICカードの使用限度額を増やす。

コンビニとか自動販売機とかでもICカードが使えるので、小銭を持つ必要が無くて便利。
これが一般的な考えでしょう。

でも、
・紙幣や貨幣ほどの流通性は当然無い
・行動を制限される
というデメリットが思い浮かぶ。

例えばsuicaに2千円チャージしたとしましょう。
極端な話、この時点で2千円借りたがってる友達を救う事はできなくなりました。
ICカードが使えるお店で2千円分おごる事は可能ですが、「2千円分のデータ」ではなく「2千円」が欲しい人は排除されてしまう。

それともつながっているけど、2千円の使い道がエリア内に限定されてしまいます。
ICカードにチャージしてなければ、その2千円で今までに無い何かを体験できたかも知れない。
でも2千円チャージして手元に2千円が無くなった時、行動できる範囲が限定されます。
ICカードが使える公共機関を利用し、ICカードが使える店に行きがちだ。


サイクルが早いからわかりづらいけど、このシステムは鉄道会社にお金を預けるというシステムです。
鉄道会社はまったく損をしない。
(システム維持費などはここでは考えません。よく知らないし)

先にお金をもらって、その人は電車を利用していない。
そのままカードを紛失するかも知れないし、全額使い切れずにやめるかも知れない。
つまりカード利用者だけが損をします。

例えばICカードに10円だけ残ってるとしましょう。
10円では電車に乗れないし、ICカードももう使わない。
となると、鉄道会社は10円丸儲けですね。
こういう人が1万人居たら、10万円も儲けます。

これが悔しいからと、常にチャージし続けるとなると、これまた先ほど書いたように鉄道会社が常にお金を儲けられます。
10円残高に2千円チャージして、使われない2010円が鉄道会社に預けられる。
常に預け続け、鉄道会社が常に特をし続ける。

ユーザーに料金先払いのメリットがあればいいんですけどね。
さっきも書いたように、小銭を持たなくて良いのと、いちいち切符を買わなくて済むぐらいで、ユーザーに還元されるものはありません。

よく改札で通れない人もいるじゃないですか。
残高不足で。
迷惑ですけど、金銭感覚を失わせるんですよね、きっと。
どれぐらいの距離をいくらで移動したのか。
思考しなくて済む。その余剰を別の何かに使えるから良いですが、便利になるって事は何かを失っているって事も自覚してた方が良いと思います。


お金について考えるのは大事です。
自分がどういう事に対してお金を使ってるかをしっかり考えると楽しいと思うんですけどね。
「いかにお金をつかわないか」って事ばっかり考えてる気がします。しかもそれなのに自分がこうむってるデメリットに鈍感なんですよ。

まぁ早い話がいろいろ考えた方良いょ、って事なんですけどね。

その手に何をつかむ [2009年06月11日(木)]

エコ批判をする武田邦彦。社会学者の宮台真司。経済学者の小幡績。

彼らはいろいろ批判したり指摘するが、最終的には同じ事を言う。
「自分の大事な人の為に生きよ」

武田邦彦がエコ批判をするのは、エコの名の下に利権をむさぼる奴がいて、そいつらに搾取される人々に気付かせるためです。
無駄な事に力を注ぐより、大事な人のために力を使え。
武田邦彦はこう言います。


宮台真司も言います。
社会が崩壊しても持続できる関係性を築けているかと。

小幡績も言う。
経済が破綻しても最終的には人と人とのつながりが重要になると。


その中でも宮台真司の発言はわかりやすい。
場が壊れても人々を包摂する社会システム。
どんな事態に陥っても包摂する人間関係。

「包摂」とは、抱え込むとか救い上げるとか言う意味合いとして受け取ってください。


だからこそ彼は、家族のくだらなさや恋愛の不確かさや社会のありえなさを突きつけてくる。
なぜならその先に進まないと「包摂」に到達できないからだ。

戸籍があるから「家族」なのか。
婚姻届を提出するから「夫婦」なのか。
生活できてるから「社会」なのか。

魂があるか無いかが重要だ。
例え彼らの発言が大間違いだったとしても構わない。
なぜなら彼らの発言には魂がこもっている。
僕の魂が共振する。

彼らがいるから楽観的でいられるし、彼らが言った事に反して社会が崩壊したとしても別に構わないとも思える。

酒飲んでレイプとAV見てレイプ [2009年06月04日(木)]

酒に酔って女性を犯した大学生たちがいる。

酒に酔って女性を電車のホームから突き落とした奴がいる。

酒に酔ったまま車を運転し、子供をひき殺した奴がいる。


三つのお話から、何が一番悪いかを抜き出しなさい。

正解は「酒」だ。
誰にでもわかる。

なのに、誰も酒を非難しない。
酒をこの世から根絶せよ、という動きが一切無い。

一方で、アダルトメディアの影響を受けたらしい犯罪者が登場すると、途端に「アダルトメディアを根絶せよ」とわめき散らす人達がわいて出る。

酒絡みで死んだ人の数と、アダルトメディアの影響らしい犯罪で死んだ人の数を比べたらどうなるだろう。
まさに比じゃないだろう。

酒はこんだけ人を死なせてきた。健康にも悪いし。
なのに酒を排除しようとする動きは無い。
酒は二十歳からで、アダルトメディアは日本では18歳以上じゃないとアクセスできない。
どちらも年齢規制がある。

だったら酒を排除しようとしない以上、アダルトメディアにぎゃーぎゃー言うのもやめていただきたい。


それとも何か。
酒に酔って女性を集団で犯すのは構わないが、集団レイプもののアダルトメディアを見た後で集団で女性を犯すのだけはダメ、って事か?
馬鹿も休み休み言え。そしてその休んでる間は腕立て伏せを50回しろ。


酒には多くの税金がかかってるが、アダルトメディアはそうでもない。
酒は多くの人が飲むが、アダルトメディアは男ばかりだし人数もそんなでもない。

そう。僕らは気付かなきゃならない。
人が何人死のうが。どれだけの女性が被害に遭おうが。我々が望む社会はおとずれない。
「税金をいかに巧妙に国民から搾取できるかどうか」が問題であって、徴収元である酒などでどんな被害が出ても知ったこっちゃない。
みんなそう思ってるんだ。

被害者数よりも、どれぐらいの税収が見込めるか、の方が大切なんだから。
さらに。それに気付かないフリをして、「酒で犯罪に走るのは納得しやすいけど、アダルトメディアで犯罪に走るのは納得できない」と、自らの快不快でしか判断できない人達も大問題だ。

つまり。
日本人は日本を良くしようとする気なんかひとつも無いってことさ。
エコだなんだと言って金が回りゃあ良い国だと思ってんだ。
こんな国は早々に無くなっちゃうだろうね。
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