2008年10月
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生い立ち

19××年〜六人兄弟の長子として生まれる。
貧乏生活の為、小〜高校までを近所の公立で済ませる。
なので、小4の時に、美大を諦め、安定した公務員になることにした。
貧乏な為、大学進学を母親に反対される。
でも、青春を謳歌(?)したかったので、
奨学金とバイトで学費をまかなえる、
公立短大へ・・
しかも手に職就けようともくろみ、
看護短大に行き、無事卒業。
正看護師の免許をGET
近くの某市民病院に就職。
念願の公務員に!
小児(NICU併設)・内科混合、ICU、外科病棟に勤務。
だが、この病院は野戦病院状態の忙しさと、地元では有名な所だったので、
まさに仕事に忙殺された・・
だが、念願の(?)公務員になれたためか、何故か使命感に燃えて、バリバリ仕事をこなした。
研修医を人ではなく、「犬」と呼び足蹴にし、Drにも平気で突っかかり、
自分の「正義」と共に闇雲に突っ走った・・
でも、さすがに、
名古屋空港の旅客機墜落事故のときは、
ちょうど夜勤で、このときばかりは、
ほんとに戦場に投げ出されたようだった・・
そんなこんなで、「燃え尽き症候群」になってしまい、退職・・
(でも、人に言う時は面倒なので、結婚退職と答えている・・)
2002年某市民病院での後輩と結婚。
お互いに実は外見が好みではなかったのに、
不思議なもので、今でも結婚生活は続いている。
結婚して半年足らずで、実父急死・・
親孝行する暇がなかったのが、
今でも、後悔・・
2003年この頃から旦那のうつ病が始まる・・
色々薬を変えたり、治療も試みたけど、
未だに、「三歩進んで、二歩下がる」状態。
旦那の両親からは、うつ病の理解が得られず、
ほとんど一人で、旦那を支えてきたつもり・・
2004年「燃え尽き症候群」の症状も落ち着き、
専業主婦にも飽きてきたので、
近くの某総合病院にパート就職。
でも、Drが、じじい&ヤブだった為、
いつ医療事故が起きてもおかしくない所だった。
医療事故がおきた時、その責任を押し付けられてくび&免許剥奪を恐れ、一年半で退職。

2006年旦那の両親からは、相変らず、うつ病の理解が得られず、
今介護疲れからの「慢性疲労」状態で、私も薬漬けだったりする・・
なので、のんびり&免許剥奪の恐れのなさそうなディサービスにパート就職。
でも私、ジジ、ババ嫌いだった・・
チョット失敗と思いつつ、まっいいかと在職。
2007年8/1から、旦那の鬱による退職に対応すべく、給料のいい(でも、評判は悪い)某病院へ就職。
でも、この病院は、中身は昔の病院のままで、
教育システムも、事務処理もいい加減で、
仕事覚えようにも昔の職人のように、
目で見て盗む感じで、覚えなくてはいけない所だった・・
・・なので、只でさえ磨り減っていた神経が、
遂に切れてしまい、半月で、鬱症状による病欠となって、9月いっぱいで退職。
その後、無職生活(&闘病生活)へ突入。
11/30から、「躁鬱病」と診断され、治療方針を変更。「リーマス」が追加になったのだが、これの副作用の「口渇」が酷く、今では2リットルオーバーの水分を取っている状態・・
2008年2人とも病状は上向き。
あと一息が進まない感じ・・
でも、何とかやってます・・
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