光市母子殺害事件 [2008年04月28日(月)]
チョット古い話題なのですが・・
・・しかも、重めの話題連発ですみません・・
・・やっと、チマチマ書いてた記事出来たのですが、
重いの連発ではチョット・・と思い、日にちずらして
UPしようかとも思ったのですが・・
書きたい記事溜まってるので、暗めになっちゃいますけど、
UPさせてもらいます・・
すみません・・
4/22、判決が出ましたね・・「待望」の「死刑判決」・・
最も、弁護団は上告したようですけど・・
この事件はあまりの残虐さと身勝手な犯行である事、
18歳の「少年」がそれを犯したと言う衝撃性、
また、被害者家族の本村さんが被害者救済を強く求めた事などから
御存知の方も多いと思います・・
以下は私見です・・
本来ならば人の命を救う職業に就いている者としては
不謹慎かと思います・・
また、私は法律に詳しくなく、事件についても報道された部分しか
知りません・・
なので、解釈が間違っていたり、論理の飛躍など
あるかと思うのですが、御了承ください・・
当時、この事件が起こったときから、わたしはこの「少年」には
「死刑」以外相当する刑罰が無いと思っていました・・
ですが、「18歳」の「少年」の起こした犯行ということで、
司法は「精神的に未熟」および「更生の可能性を否定できない」として
1・2審では求刑死刑を退け、「無期懲役」になりました・・
アメリカなどではいわゆる終身刑(絶対的終身刑)が可能なので、
本当の意味での「無期懲役」に処す事も出来るのですが、
日本の法律だと「死刑」の次に重罰なのが「無期懲役(相対的終身刑)」で
そして、この「無期懲役」は10年チョットで社会復帰できる可能性が
あるものなのです・・
チョット余談ですが、「終身刑」は、刑の満期が存在せず、
受刑者が死亡するまで刑の執行が続く刑罰で、
仮釈放の可能性のあるタイプと仮釈放の可能性のないタイプが
あります。
このうち、終生という刑期の途中で、仮釈放による社会復帰の
可能性があるものを「相対的終身刑(日本では「無期懲役」)」と呼び、
「相対的終身刑」は、仮釈放を許されても、刑自体は終了せず、
終生または一定期間、保護観察などに付せられる形態を取っており、
日本では恩赦などの措置がない限り、原則として、
終生保護観察という形で刑の執行が続くこととなっています。
それに対し、仮釈放による社会復帰の可能性がなく、
終生に渡って身体の自由を拘束されるものを
「絶対的終身刑(いわゆる終身刑)」と呼びます。
そして、この「少年」は「無期懲役」なら社会復帰できる事を
知っていたフシがあり、また、謝罪も反省もずっと無いままでした・
被害者家族の本村さんが、あれだけマスコミに露出したのを
嫌悪する人もいるでしょう・・
ですが、考えて見てください・・
もし、自分の大切な人が理不尽な理由である日突然
殺されてしまったら・・と・・
「悲しみ」「痛み」「怒り」「憎しみ」「喪失感」など、もう様々な感情が
入り混じり、自身を見失うかもしれないと思いませんか?
これらの感情を何とか制御しつつ、本村さんは加害者の人権を
尊重するかのような司法に対し、被害者こそ尊重されるべきと
訴えたのです・・
今の日本では、あれだけ、いやもっと行動しないと
世論を変える事も、司法を動かす事も出来ないのです・・
その甲斐あって、最高裁により異例の差し戻し審議をするよう
指示が出たのです。
そして、その差し戻し審議が広島高裁で行われました。
ですが、この時ついた弁護団が、「死刑廃止論者」たちで
固められ、一般には考え付かない、荒唐無稽な弁護を展開し、
それに同調するかのように「少年」の言動も180度変わるかの様な
物になりました・・
チョット蛇足ですが、この弁護団の一人は、オウムの松本智津夫、
和歌山毒入りカレー事件の林真須美、名古屋アベック殺人の
「少年」たち、耐震強度偽装のヒューザーの小嶋進など、
普通「負けるから」と弁護士が嫌がる事件をよく担当しています・・
また、橋本大阪知事が懲戒請求を呼びかけ、多数の請求が合ったにも
関わらず、それらは悉く退けられています。
この弁護団は、「少年」を救う為というよりは、自身の主義主張を
死刑が確定しそうな「少年」を利用して、提示しているように
しか見えません・・
・・それは、被害者を冒涜する行為としか言いようがありません・・
・・弁護士なら、弁護士らしく、真実に乗っ取って、その上で
情状酌量の余地があるのならそこで争うべきです・・
事実を捻じ曲げてまで得た減刑に何の意味があるのでしょうか・・
彼らは、資格を持っていても、もう弁護士ではありません・・
「少年」の弁護の形をとった、自身の主義を主張するという
弁護士にあるまじき行為がそれを表しています・・
また、「少年」に対しても、その御家族には申し訳ないのですが、
彼は、精神的にほぼ正常だった上での犯行と言わざるを得ません・・
「18歳」となると、医学的にも、ほぼ成人としてみなします。
つまり、肉体的にはほぼ成長を遂げ、精神的には経験の少なさや
自身を抑制する訓練が少ない事などから来る「未熟さ」はありますが、
善悪の区別がつき、自身で状況判断し、他者とコミュニケーションが
取れ、社会の中で許される行動を選択して取れると言う事です・・
トラウマが多少人格形成に影響したかもしれませんが、
精神鑑定を見てないので、絶対とはいえませんが、
この「少年」の場合は、通常の精神状態と見ていいと思いますし、
弁護団の言うような「精神状態は12歳」と言うような精神遅滞は
見受けられません・・
なので、「少年」はいわゆる「精神疾患」の病状から来る行動、
もしくは、この弁護団が繰り広げた母親の喪失から来るトラウマで
被害者に甘えたくてとった行動では無いという事は明白なのです・・
この「少年」が犯した罪は重く、また、反省・謝罪の念も
見受けられず、被害者を冒涜するような行為もあったという事、
いわゆる「精神障害」から起こした「病的」な犯罪でない事、
こうした「性犯罪」は再犯率が非常に高く、行動がエスカレート
しやすい事と「初犯」でありながら「殺人」まで起こしている事、
また、日本には「終身刑」が無く、「無期懲役」か「死刑」かと問われた場合、
「無期懲役」ではあまりに罪を償うにしては軽すぎる事などにより、
「死刑」を選択せざるを得ないと考えます・・
この「死刑」を宣告する際に、「永山基準」と言うものがあるのですが、
これは、「永山則夫連続射殺事件」という、当時19歳の「少年」が
1968年10月から11月にかけて、東京都区部・京都市・函館市・
名古屋市において発生した、ピストルによる連続射殺事件から
きています。
この事件は、横須賀のアメリカ海軍基地から盗んだピストルにより、
短期間のうちに僅な金銭を得るため、4名を殺害した極めて卑劣な
事件です。
そのため、育児放棄(ネグレストという虐待の一種)や
学校教育を受けさせてもらえなかったなどの家庭環境や
生育歴には同情するとしつつも、凶悪な犯罪だった為、
死刑判決が下り、死刑執行されました。
この事件以降殺人事件において死刑判決を宣告する際は、
永山判決の死刑適用基準の判例を参考にしている場合が多く、
「永山基準」と呼ばれます。
この「永山基準」は、1983年に第1次上告審判決では基準として
以下の9項目を提示、そのそれぞれを総合的に考察したとき、
刑事責任が極めて重大で、罪と罰の均衡や犯罪予防の観点からも
やむを得ない場合に「死刑」が許されるとしたものです。
・犯罪の性質
・犯行の動機
・犯行態様、特に殺害方法の執拗性、残虐性
・結果の重大性、特に殺害された被害者の数
・遺族の被害感情
・社会的影響
・犯人の年齢
・前科
・犯行後の情状
「永山基準」の枠組みでは当該事件について誰が見ても
死刑以外に選択肢がない場合だけ死刑が出来るという基準に
よっていましたが、「光市母子殺害事件」の判決は
「特に酌量すべき事情がない限り死刑の選択をするほかない」とし、
このような重大かつ悪質な場合は原則・死刑適用、
例外・死刑回避という判断の枠組みを示しました。
そのため、今回の事件で、「刑罰の厳罰化」が進んだとも
言われますが、今の日本の状況では、致し方ない部分も
あるかと思います・・
今後、司法がどのような判断をなされるか分かりませんが、
被害者、加害者双方を「司法」と言う名の「公正な天秤」によって
鑑み、判断して欲しく思います・・
また、このような事件がおきない事を願います・・
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すみません・・
4/22、判決が出ましたね・・「待望」の「死刑判決」・・
最も、弁護団は上告したようですけど・・
この事件はあまりの残虐さと身勝手な犯行である事、
18歳の「少年」がそれを犯したと言う衝撃性、
また、被害者家族の本村さんが被害者救済を強く求めた事などから
御存知の方も多いと思います・・
以下は私見です・・
本来ならば人の命を救う職業に就いている者としては
不謹慎かと思います・・
また、私は法律に詳しくなく、事件についても報道された部分しか
知りません・・
なので、解釈が間違っていたり、論理の飛躍など
あるかと思うのですが、御了承ください・・
当時、この事件が起こったときから、わたしはこの「少年」には
「死刑」以外相当する刑罰が無いと思っていました・・
ですが、「18歳」の「少年」の起こした犯行ということで、
司法は「精神的に未熟」および「更生の可能性を否定できない」として
1・2審では求刑死刑を退け、「無期懲役」になりました・・
アメリカなどではいわゆる終身刑(絶対的終身刑)が可能なので、
本当の意味での「無期懲役」に処す事も出来るのですが、
日本の法律だと「死刑」の次に重罰なのが「無期懲役(相対的終身刑)」で
そして、この「無期懲役」は10年チョットで社会復帰できる可能性が
あるものなのです・・
チョット余談ですが、「終身刑」は、刑の満期が存在せず、
受刑者が死亡するまで刑の執行が続く刑罰で、
仮釈放の可能性のあるタイプと仮釈放の可能性のないタイプが
あります。
このうち、終生という刑期の途中で、仮釈放による社会復帰の
可能性があるものを「相対的終身刑(日本では「無期懲役」)」と呼び、
「相対的終身刑」は、仮釈放を許されても、刑自体は終了せず、
終生または一定期間、保護観察などに付せられる形態を取っており、
日本では恩赦などの措置がない限り、原則として、
終生保護観察という形で刑の執行が続くこととなっています。
それに対し、仮釈放による社会復帰の可能性がなく、
終生に渡って身体の自由を拘束されるものを
「絶対的終身刑(いわゆる終身刑)」と呼びます。
そして、この「少年」は「無期懲役」なら社会復帰できる事を
知っていたフシがあり、また、謝罪も反省もずっと無いままでした・
被害者家族の本村さんが、あれだけマスコミに露出したのを
嫌悪する人もいるでしょう・・
ですが、考えて見てください・・
もし、自分の大切な人が理不尽な理由である日突然
殺されてしまったら・・と・・
「悲しみ」「痛み」「怒り」「憎しみ」「喪失感」など、もう様々な感情が
入り混じり、自身を見失うかもしれないと思いませんか?
これらの感情を何とか制御しつつ、本村さんは加害者の人権を
尊重するかのような司法に対し、被害者こそ尊重されるべきと
訴えたのです・・
今の日本では、あれだけ、いやもっと行動しないと
世論を変える事も、司法を動かす事も出来ないのです・・
その甲斐あって、最高裁により異例の差し戻し審議をするよう
指示が出たのです。
そして、その差し戻し審議が広島高裁で行われました。
ですが、この時ついた弁護団が、「死刑廃止論者」たちで
固められ、一般には考え付かない、荒唐無稽な弁護を展開し、
それに同調するかのように「少年」の言動も180度変わるかの様な
物になりました・・
チョット蛇足ですが、この弁護団の一人は、オウムの松本智津夫、
和歌山毒入りカレー事件の林真須美、名古屋アベック殺人の
「少年」たち、耐震強度偽装のヒューザーの小嶋進など、
普通「負けるから」と弁護士が嫌がる事件をよく担当しています・・
また、橋本大阪知事が懲戒請求を呼びかけ、多数の請求が合ったにも
関わらず、それらは悉く退けられています。
この弁護団は、「少年」を救う為というよりは、自身の主義主張を
死刑が確定しそうな「少年」を利用して、提示しているように
しか見えません・・
・・それは、被害者を冒涜する行為としか言いようがありません・・
・・弁護士なら、弁護士らしく、真実に乗っ取って、その上で
情状酌量の余地があるのならそこで争うべきです・・
事実を捻じ曲げてまで得た減刑に何の意味があるのでしょうか・・
彼らは、資格を持っていても、もう弁護士ではありません・・
「少年」の弁護の形をとった、自身の主義を主張するという
弁護士にあるまじき行為がそれを表しています・・
また、「少年」に対しても、その御家族には申し訳ないのですが、
彼は、精神的にほぼ正常だった上での犯行と言わざるを得ません・・
「18歳」となると、医学的にも、ほぼ成人としてみなします。
つまり、肉体的にはほぼ成長を遂げ、精神的には経験の少なさや
自身を抑制する訓練が少ない事などから来る「未熟さ」はありますが、
善悪の区別がつき、自身で状況判断し、他者とコミュニケーションが
取れ、社会の中で許される行動を選択して取れると言う事です・・
トラウマが多少人格形成に影響したかもしれませんが、
精神鑑定を見てないので、絶対とはいえませんが、
この「少年」の場合は、通常の精神状態と見ていいと思いますし、
弁護団の言うような「精神状態は12歳」と言うような精神遅滞は
見受けられません・・
なので、「少年」はいわゆる「精神疾患」の病状から来る行動、
もしくは、この弁護団が繰り広げた母親の喪失から来るトラウマで
被害者に甘えたくてとった行動では無いという事は明白なのです・・
この「少年」が犯した罪は重く、また、反省・謝罪の念も
見受けられず、被害者を冒涜するような行為もあったという事、
いわゆる「精神障害」から起こした「病的」な犯罪でない事、
こうした「性犯罪」は再犯率が非常に高く、行動がエスカレート
しやすい事と「初犯」でありながら「殺人」まで起こしている事、
また、日本には「終身刑」が無く、「無期懲役」か「死刑」かと問われた場合、
「無期懲役」ではあまりに罪を償うにしては軽すぎる事などにより、
「死刑」を選択せざるを得ないと考えます・・
この「死刑」を宣告する際に、「永山基準」と言うものがあるのですが、
これは、「永山則夫連続射殺事件」という、当時19歳の「少年」が
1968年10月から11月にかけて、東京都区部・京都市・函館市・
名古屋市において発生した、ピストルによる連続射殺事件から
きています。
この事件は、横須賀のアメリカ海軍基地から盗んだピストルにより、
短期間のうちに僅な金銭を得るため、4名を殺害した極めて卑劣な
事件です。
そのため、育児放棄(ネグレストという虐待の一種)や
学校教育を受けさせてもらえなかったなどの家庭環境や
生育歴には同情するとしつつも、凶悪な犯罪だった為、
死刑判決が下り、死刑執行されました。
この事件以降殺人事件において死刑判決を宣告する際は、
永山判決の死刑適用基準の判例を参考にしている場合が多く、
「永山基準」と呼ばれます。
この「永山基準」は、1983年に第1次上告審判決では基準として
以下の9項目を提示、そのそれぞれを総合的に考察したとき、
刑事責任が極めて重大で、罪と罰の均衡や犯罪予防の観点からも
やむを得ない場合に「死刑」が許されるとしたものです。
・犯罪の性質
・犯行の動機
・犯行態様、特に殺害方法の執拗性、残虐性
・結果の重大性、特に殺害された被害者の数
・遺族の被害感情
・社会的影響
・犯人の年齢
・前科
・犯行後の情状
「永山基準」の枠組みでは当該事件について誰が見ても
死刑以外に選択肢がない場合だけ死刑が出来るという基準に
よっていましたが、「光市母子殺害事件」の判決は
「特に酌量すべき事情がない限り死刑の選択をするほかない」とし、
このような重大かつ悪質な場合は原則・死刑適用、
例外・死刑回避という判断の枠組みを示しました。
そのため、今回の事件で、「刑罰の厳罰化」が進んだとも
言われますが、今の日本の状況では、致し方ない部分も
あるかと思います・・
今後、司法がどのような判断をなされるか分かりませんが、
被害者、加害者双方を「司法」と言う名の「公正な天秤」によって
鑑み、判断して欲しく思います・・
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