休みだし、最近動物の記事を読んだので動物の話でも…
犬が好きであります。
過去2度飼い、1度目は色々あって他所様に譲渡しましたが、2度目はそりゃもう生後間もなくから貰ってきて、犬にしては長く15年だか16年生きました。雑種の女の子で、甘えん坊で怖がりな可愛い奴でした。
貰って来た時は妹で、逝った時は姉でおばあさん。
過去形です。もうこの世には居ません。
そして今日見たこの記事
訃報 by
おこさま夫婦さん
>>まだ、信じられない。
そう、この一文に凄い共感を覚えます。
私は自宅で飼っていたのですが、前日何時もと同じで、特にこれはもう危ないかもという振りも見せなかったのに、朝起きたら既に死んでいました。
朝、えらく早くに母親に起こされました。そして、樹里(犬の名前)が死んだと、告げられました。寝起きですよ、何かの悪い夢かと、寝坊常習犯に対する何かの冗談かと…でも母親の目に涙を確認して、信じられないけど、それは起きたことなんだと理解できてしまいました。
死体を見ました。当然の事ながら触っても動きませんでした。まだ暖かさが残るそれに触ると、動かないのに、生きてるように思えました。理性の部分では死を認めていましたが、感情の方がそれを認めないといった感じだったのでしょう。
家に居ながら、その死を看取ってあげる事ができませんでした。
小さい頃から一緒だったのに、気がついてあげられませんでした。
だから、余計に信じたくなかったのだと、思います。
信じたくなかったから、涙も出ませんでした。
だって、死んではいないんですから。
お気に入りだった裏庭のパンジーや鈴蘭の花壇の下に埋めました。
残されたのは、大きな喪失感。空いた胸に去来するのは一緒に過ごした思い出ばかり。
数週間が過ぎ、ふと、いつもいた所にその姿を見ようとして、出来なかった時、自然と涙が出ました。止まりませんでした。
その時やっと、もう死んでしまったのだと、自分の中で決着が付いたのでしょう。
数年経った今でも、その声や姿を思い浮かべます。
しかし、喪失感はもう無く、懐かしい良き思い出として受け止める事が出来ます。
誰しも、突然大事なものが失われれば、信じられないと思います。
特に命は奇跡でもないと戻りえないので尚更です。
残された方はたまったもんじゃありませんが、どうにもならない事でもあります。
そのどうにもならない感情に決着をつけられた時が、きっと本当の意味での死なのかなと、思ったり思わなかったり…。
おこさま夫婦さんの愛犬のご冥福を祈ります。
次の話
猫も好きであります。
ただし上の通り犬を飼っている期間が長かったために、自分で飼った事はありません。しかし…なんだかうちの近所には野良猫が多いのです。
歩いて1分な駐車場には昼には大抵1,2匹ねっころがっています。
(5匹位確認してます、ローテーション?で1,2匹居るみたいです)
うちの塀もよく通り道に使われています。
発情期になると赤ん坊の泣き声みたいな例の声で夜煩くて敵いません。
あと夜中喧嘩しだしてフギャー!って声が響いたり…。
よく家を通る白猫なんかは飼ってしまおうかと考えた事もありますが、
今日見たと思ったら1週間位見なくなるとかなので断念しました。
なもんで、私の猫観?といえば、自分勝手・気さく気まま・縛られるの嫌い・放浪癖という感じの気位高いめな自由人という感じなのですが…
散歩 by
きろんさん
猫を連れて…散歩?!
猫も犬と同じように散歩できると結んでいますが、成るほど、
>・・・たまにどこかに勝手に行ったりもしますが・・・
>でも、先にもどってても後から帰ってくるので><。
うちの樹里も脱走したら、人寂しいんだか腹が減ったのかいつの間にか帰ってくるとかしてました。
流石にうちの樹里は散歩の最中に木登りはしませんでしたが、犬も猫も同じなんですかねぇ…?盲点というか、意外な事実というか…。
少々私の猫観を変更しなければなりませんね。