ちょっと重い話題。
結構きつい文章かもしれないので、どんな状況であれ命を奪った側が全面的に悪いという考えの方は、今日の所はお引取り下さい。
割り箸事故、なんて呼ばれたある事件の判決が明日出ます。
実に事故から6年と8ヶ月、私もあーあったあった、って感じの事件です。
事件は簡単で、
「わたあめの割り箸くわえて子供が走ってこけて喉に刺さって、救急車で病院に連れて行ったらCTスキャンとかしないで塗り薬とかで返され、次の日その子供は死んでた」というもの。
死因は、
割り箸が運悪く頭蓋を貫通して大脳を損傷していた、だそうです。
論ずる部分は
2つあると思います。
まず
1つめは医者の方の問題。
とりあえず、問題として
救命できたか?が争点になるそうですが、なんでも運び込まれた時点では嘔吐等の外に出る症状はなく、また、割り箸が頭蓋を貫通して大脳に達し損傷せしめるというのは、前例が見受けられないかなりのレアケースなんだそうです(医師弁護側の話)。
で、何で病院に運び込まれた時にCTで確認しなかったのか?という話が出ていたりするんですが、何でもCTは
何か起きてるっぽいけど、こりゃCTでも取らないと分からないよ、という時でもないと普通は使わないそうで、何でCTを使わなかったのか?と問う場合、異常は見受けられるがCTでもしないと原因がさっぱり分からないという状態だったか?という問いが発生します。
(ちなみに、医師が不要に思っても強引にごり押しすればやってくれると思います。手術なんかがそうですが、それが必要であろうとなかろうと、最終的にやるやらないを決めるのは医師ではなく患者側です。事に至る前段階において、医師は手段を提示してくるだけです)
遺族側はヒステリックに医師を責め立ててますが、しかし、医師にそれが予見できたのでしょうか?私は出来たとは思えません。外に異常が出ていないという証言が確かであるならという前提ではありますが、そういった状態でCT等のいわゆる、平時においてそんな大げさな!という検査方法をやるのが当然と判断すべき材料が揃っていたかというと…甚だ疑問です。
もっとも、そこまでしてでも、大脳の損傷をどうにかしないといけない、という大問題が控えているわけですが…。脳が半分吹き飛ばされても奇跡的に生還したなんていう戦争系の記事を見た事がありますが、さてどうなんでしょうかね…。分の悪い賭け…生還しても後遺症付きだと思いますが…(それでも生きているなら確かに、親としては0と1の間にある無限の隔たり以上の価値があるでしょう、それは認めます)。
2つめは遺族側家族の問題
不幸なその子供は、わたあめの割り箸を口に咥えて走り回っていたそうです。当時4歳だったそうです。
まずここで私は"?"と思いました。
私がチビでガキだった頃、もう幼稚園入る前から、やっていい事悪い事でよく怒られたものです。そして、危ない事はしないように見張られていた記憶があります(詳しい内容は覚えて無くても、悪い事をすると怒られるという、恐怖を伴う形で光景を覚えてる感じです)。
特に、親曰く、私は子供の頃なんでも口にいれてしまう子供だったそうで、危ないものを口に入れないか?変なものを飲んでしまわないかと、何時も気が気じゃなかったんだそうです。
歩道は道路側が親で子供は道路から遠い方とか、子供の時分でも時分が庇われていると感じたものです。
しかして…そんな有難くも怖かった親の躾と愛を振り返るに…
わたあめの割り箸を口に咥えたまま(しかも頭蓋にいかずとも喉を突き通す恐れのある咥え方で)で、しかも走り回る?有り得ません。
盆踊りの会場で?そんな大勢の居る所だからこそ、親は子供を見ていないと危険でしょう。変な人に浚われるかもしれませんしね。
観てればそんな危険な事をしてる我が子を放置なんてしないでしょう。
観てなかったんでしょうか?4歳の幼子ほっておいて?
それとも危機感0で「はははこやつめ!よく走りおるわ!」とでも元気な姿を見守っていたのでしょうか?
CTをとってくれなかったと言う話も気になります。
医師というのは色々と説明しますが、最終的にするしないを決めるのは患者です。引き下がらずに、土下座でも何でもして縋れば、医師側としては立場的にも情緒的にも検査するしかない状態になったでしょう。
その病院が当てにならない、というのならば他の病院に行くというもっと単純な方法もありますが…それをしたとは記事にない。
うーん…医師<患者なんて私でも知ってるんですが、高校の先生で50前後の人がそんな事も知らないんでしょうか?
まぁ、何が言いたいかというと、親としてどうなのよ。って事です。
私の親が私にしてくれた事を思い返しても理解不能です。
更に、「医師は潔く過ちを認め、患者や遺族を傷つけることが今後は起こらないでほしい」との事ですが…
自分たちの管理不行き届きで我が子を失った事に関しては言及なしですか?
それは拭えない失点を作った親の態度としてどうなんですか?
医師の問題と、親の問題。
これらの問題は子供の死という同じ結果に繋がっていますが、この双方の問題が密接な関係にあるかというと、そうではないのはここまでお付き合いしてくれたような方はお気づきかと思います。
罪を問われているのは医師側の問題ですので、正直、医師が負けようと勝とうと、親側に罪がどうこうとかいう話にはなりません、ですが…。
医師は過ちを犯したかもしれない。
しかし、では全ての責任は医師にあるのか?
子供が危険な事にならないのか守るのは親の仕事です。
そもそも、親がきちんとしていれば起き得ない事件です。
自分達が子供を守れなかった事を棚に上げ、全ては医師の責任とヒステリックに喚きたてるのが正しい親のあり方なのでしょうか?
私はそうは思いたくありません。
皆さんはどうでしょうか?