2008年映画 [2009年01月05日(月)]

 2008年に、私が劇場で観た映画です。DVD、TV、ビデオ等で観た映画は一切含まれていません。何度も申しますが、私は“極右の劇場至上主義者”であります。劇場以外の場所で映画を観るのは基本的にキライなんです。

 私は特殊な職場で働いているため、日本未公開の映画も含まれていますが、ちゃんと劇場で観た作品です、念のため。

 後日発表のベスト&ワーストは、この中から選ばれます。あくまで参考資料ということで。

 邦画
 『犯人に告ぐ』『呉清源極みの棋譜』『ネガティブ・ハッピー・チェンソー・エッジ』『M』『結婚しようよ』『L Change The World』『チームバチスタの栄光』『全然大丈夫』『人のセックスを笑うな』『Sweet Rain死神の精度』『カンフーくん』『ぼくたちと駐在さんの700日戦争』『リアル鬼ごっこ』
『少林少女』『隠し砦の三悪人』『実録連合赤軍あさま山荘への道程』

 『アフタースクール』『ひぐらしのなく頃』『ザ・マジックアワー』『神様のパズル』『秘密結社鷹の爪THE MOVIE私を愛した黒烏龍茶』『クライマーズ・ハイ』『カメレオン』『崖の上のポニョ』『東京オリンピック』『スカイクロラ』『ギララの逆襲洞爺湖サミット危機一髪』『デトロイトメタルシティ』『20世紀少年』『グーグーだって猫である』『ネコナデ』『接吻』『大決戰!ウルトラ8兄弟』『おろち』『純情喫茶磯辺』『赤んぼ少女』『トウキョウソナタ』

 『たみおのしあわせ』『次郎長三国志/大馬鹿者にござんす』『ジャージの二人』『パコと魔法の絵本』『闇の子供たち』『ICHI』『GSワンダーランド』『ハッピーフライト』『東南角部屋二階の女』『Happyダーツ』『緋牡丹博徒お竜参上』『沓掛時次郎遊侠一匹』『鴛鴦歌合戦』『昭和残侠伝死んで貰います』『おしどり駕籠』『K-20怪人二十面相伝』『252生存者あり』『飢餓海峡』

 アジア
 『黒い瞳のオペラ』『私の胸の思い出』『ラストコーション』『王妃の紋章』『靖国』『ミラクル7号』『カンフー・ダンク』『ブレス』『宿命』『言えない秘密』『レッドクリフPart1』『D-WARS』『僕は君のために蝶になる』

 欧米
 『Fuck』『いのちの食べ方』『スウィーニー・トッド/フリート街の悪魔の理髪師』『アース』『ベティ・ペイジ』『ミスト』『クローバーフィールド』『ヒルズ・ハブ・アイズ2』『アメリカン・ギャングスター』『エリザベス/ゴールデンエイジ』『チャプター27』『ジャンパー』『ライラの冒険黄金の羅針盤』『ジェシー・ジェームスの暗殺』『ゾンビーノ』『バンテージ・ポイント』
 
 『エンジェル』『ダーウィン・アワード』『ノーカントリー』『魔法にかかけられて』『ダージリン急行』『ブラックサイト』『マイブルーベリーナイツ』『大いなる陰謀』『ヒットマン』『フィクサー』『ぜんぶフィデルのせい』『ゼロ時間の謎』『紀元前1万年』『NEXT』『スパイダーウィックの謎』『ヒトラーの贋札』『ハンティングパーティ』『アイムノットゼア』『ゼアウィルビーブラッド』

 『アイアンマン』『スピードレーサー』『ランボー最後の戦場』『ナルニア国物語/第2章カスピアン王子の角笛』『アニーリーヴォヴィッツ/レンズの向こう側』『チャーリーウィルソンズ・ウォー』『ラスベガスをぶっつぶせ』『スルース』『88ミニッツ』『ドラゴン・キングダム』『インディ・ジョーンズ/クリスタルスカルの王国』『JUNO』『Street Kings(日本未公開)』『Baby Mama(日本未公開)』

 『カンフーパンダ』『インクレディブル・ハルク』『You Don't Mess with the Zohan(日本未公開)』『ゲットスマート』『幻影師アイゼンハイム』『ハプニング』『テネイシャスD運命のピック』『ワン・ミス・コール』『ウォンテッド』『The Love Guru(日本未公開)』『告発のとき』『THEM』『トロピックサンダー』『スターウォーズ/クローン大戦』『ハムナプトラ3呪われた皇帝の秘宝』『イースタンプロミス』『ハンコック』『パラノイド・パーク』

 『屋敷女』『シャッター』『リボルバー』『マンデラの名もなき看守』『イン・トゥ・ザ・ワイルド』『宮廷画家ゴヤは見た』『ナイトメア・ビフォア・クリスマス3D』『俺たちダンクシューター』『イーグル・アイ』『Hot Fuzz俺たちスーパーポリスメン』『アクロス・ザ・ユニバース』『センター・オブ・ジ・アース3D』『彼が二度愛したS』『Xファイル真実を求めて』『僕らのミライへ逆回転』『落下の王国』『P2』『チェンジリング(09年2月公開予定)』

 『1408号室』『ブラインドネス』『ヤング@ハート』『デイ・オブ・ザ・デッド』『SAW5』『デスレース』『ワイルドバレット』『ブロードウェイ・ブロードウェイ』『ザ・ローリング・ストーンズ/シャイン・ア・ライト』『ワールド・オブ・ライズ』『その土曜日、7時58分』『地球が静止する日』『ミラーズ』

 その他
 『迷子の警察音楽隊』『ストリート・レーサー』『シティ・オブ・メン』『12人の怒れる男』

DVD-BOX詳細・追撃篇 [2008年12月31日(水)]

 前回、“ブルース・リーBOXについては書くこと無い”と書いたら、お叱りのメールを戴いた。

 なるほど・・・、確かに何も書かないというのも片手落ちである。

 よって「ブルース・リー レジェンド・オブ・ドラゴンDVD-BOX」(ttp://www.universalpictures.jp/sp/Brucelee_dvdbox/)について幾つか書いておきます。

 収録されているのは以下の6作品。

 『燃えよドラゴン/ディレクターズ・カット』英語版
 『ドラゴン危機一発』広東語版
 『ドラゴン怒りの鉄拳』広東語版
 『ドラゴンへの道』広東語版
 『死亡遊戯』英語版
 『死亡の塔』英語版

 これに特典としてドキュメント『マーシャルアーツ・マスター』と、公開当時のパンフ縮刷版がつく。

 こうして並べて書いてみて気がついた・・・。

 “ブルース・リー作品って、日本での劇場公開版って一本も商品化されてねぇじゃん!!”

 である。

 『燃えよ』に関して言えば、古いVHSやLDでかろうじて劇場公開版が観れるはずだが、現行のディレクターズ・カットは、喬宏との会話や鏡の間の追加シーンだけでなく、BGMもいじったマイナー・チェンジ版だ。

 『危機』の劇場公開版は、英語音声、怪鳥音無し、マイク・メレディオスであるべきだし、『怒り』は、英語音声、マイク・メレディオス、芸者シーン・カットが当時の姿だ。
 『道』も英語音声、マイク・メレディオスの定番要素に加え、現行ソフトの怪鳥音はヘタレ・バージョンであることが多い、『遊戯』も怪鳥音がクリス・ケントだし、『塔』にはブルート・イースト・ファミリーがいない!

 『怒り』と『危機』には更にややこしい問題がある。

 それは83年のリヴァイバル版の存在だ!

 通称・リターン・オブ・ザ・ドラゴン(以下ROTD)と呼ばれるリヴァイバル版は、Ryo Kuniyoshi氏により全面的に音楽が差し替えられた新版だった。

 当時の公開版を観ていない人は聞いたことないかもしれませんが、意外に格好良い曲で、このROTDも捨てがたい味わいがあるのだ。

 今回のBOXには未収録の『グリーン・ホーネット』と『電光石火』だって、現行ソフトはただ気合を発するだけの米版オリジナル音声だけど、日本劇場公開版は怪鳥音入りだったぞ!

 ひでぇ・・・。迂闊にも今まで気が付かなかったけど、ブルース・リー作品を巡るソフト化の状況って、ジャッキーよりもずっと悪いじゃんか!

 ジャッキーはそれでも東映の旧VHSやポニーの旧VHS作品の一部で、今ではソフト化されていない劇場公開版がリリースされていたし、最近では『ファースト・ミッション』なんかが、当時の宣伝担当者の手によって劇場公開版が復元されたばかりだ。

 確かに綺麗な画面で見るブルース・リーは素晴らしいが、当時の公開版を知る者にとっては、いかにも不完全なことこの上ないBOX-SETではある。

 今後、日本劇場公開版の復活は有り得るんでしょうかねぇ・・?

DVD-BOX詳細 [2008年12月20日(土)]

 「ジャッキー・チェン アクション・ヒストリーDVD-BOX」の詳細です。
 ttp://www.universalpictures.jp/sp/jackiechan_dvdbox/
 
 
 『新精武門』 82分版 何故か広東語版で、オリジナル北京語版は収録されず。削除シーンは特典。

 『龍拳』 96分版

 『師弟出馬』 香港版

 『龍少爺』 通称大陸版

 『Battle Creek Brawl』 英語版

 『The Cannonball Run』 英語版(但し日本劇場公開版に非ず、米国版) 
  吹替有り、許冠文、RムーアのW広川です。

 『快餐車』 広東語版

 『奇謀妙計五福星』 香港版 108分

 『福星高照』 香港版 96分

 『警察故事』 100分(旧VHSは103分 ポリストBOXは108分 中身は未確認)

 『The Protector』 英語版(グリッケンハウス版) 日本劇場版予告有り。

 『龍兄虎弟』 広東語版

 『飛龍猛将』 94分 削除シーンは特典 メイキングやNG有り。

 『奇蹟』 127分(旧VHSは118分 メガスター版は122分) 吹替有り。

 『飛鷹計劃』 106分(旧VHSは108分 中身は未確認)

 BOXは豪華仕様(取っ手は房付き、扉はマグネット開閉)、DVDは薄いケースで統一され、既発売の作品も一部はジャケ一新(『ドラゴン・ロード』のデザインは当時のパンフと同じ!)。
 背表紙は順番に並べると龍の絵になります。特典のインタヴュー・ディスクと、主題歌CDもDVDと同じ仕様のケース。縮刷パンフもトールケースサイズでBOXに収まるようになっていました。

 実はVHS&VCD派だったんで、今回のDVD-BOXに収録の作品はほとんど持ってなかったのですが、他の作品は既発売のものと同じだと思います。

 インタヴュー・ディスクの詳細につきましては、買った人に悪いのでご容赦を。

 特典CDなんですが、一部OSTでなくカヴァーも含まれていました。「CRAZY MONKEY」「プロテクター序曲」「キャノンボールのテーマ」「さすらいのカンフー」「ジャッキー・チェンのテーマ(バトルクリーク・ブロー)」なんかがそうです。
 印象としては、以前に良く出ていたコンピレーション・アルバム(それもビクター版ではなく、日コロ版の方)みたいなCDですな。

 どうでしょうか?私はこういうBOXが欲しかったので十分満足のいくものでしたが、まあ買ってから文句を言うのはその人それぞれの価値観もありますから。

 ブルース・リーの方は特に付け加えることも無いです。それこそ既発売を揃えたBOXですので。ただ、私はこちらも一部の作品以外VHSしか持ってなかったので、発売してくれて感謝!感謝!なのであります。

DVD-BOX [2008年12月07日(日)]

 12月19日に以下のようなDVD-BOXが発売される。

 「ジャッキー・チェン アクション・ヒストリーDVD-BOX」
 ttp://www.universalpictures.jp/sp/jackiechan_dvdbox/

 「ブルース・リー レジェンド・オブ・ドラゴンDVD-BOX」
 ttp://www.universalpictures.jp/sp/Brucelee_dvdbox/

 ブルース・リーの方は、『燃えよドラゴン』から『危機』『怒り』『道』『遊戯』『塔』までの6作品が収録されて2万790円。

 ジャッキーの方は、発売元のユニバーサルに権利のないいくつかの作品を除いた全33作品。値段も10万円といささか高価だ。

 このDVD-BOXのリリースが予告されてから、まあ出るわ出るわ・・・まるでネガティブ・キャンペーンのような悪評の嵐だ。

 悪評の理由はいくつか考えられる。

 既に小分けにしたDVD-BOXが過去に発売されていること、ジャッキーもブルースも全作品収録ではなく中途半端であること、ジャッキーの方は今回のDVD-BOXにだけ収録される単体売りの無い作品が含まれること等が主な理由だ。もちろんジャッキーのDVD-BOXは高いというのもあるだろう。

 だが、待って欲しい。この手の悪評を書いている手合に共通しているのは、彼らが「買わない」ということだ。

 そりゃ、いろいろ商品の仕様その他に不満はあろう。それを理由にあなた方が買わないのも個人の判断である。だが、悪評を振り撒く必要はないんじゃないの?

 買った人間が商品に不満を言うのは当然の権利であるが、買いもしない人間から何もここまで言われたくはない。仮にもあなた達もファンの一員でしょうが。物を言うのは個人の自由かもしれないが、買わないことを宣言するだけのために、ついでに商品の価値まで貶める必要があるのでしょうか?

 このDVD-BOXを買う人間の中には、こういうのが発売されることを本当に楽しみにしていた人間もいるだろうし、既に予約して到着するのを今かと待っていることでしょう。
 みんながみんな過去のDVD-BOXを買ったわけではないし、単品売りの物もほとんど持っていなかったから、これを機会に買い揃えようという理由で購入する人達もいるはずです。

 そういう人達にとっては必要なDVD-BOXなんですよ!

 今後のジャッキーやブルースの商品化のためには、こういう商品のセールスも上がった方があと後の為であることはいうまでもない。自分は買わないけど、売れてくれたらいいなあ・・・という話をする方が、今回のDVD-BOXを買わない人にとっても翻って自分の為にもなる。

 そのくらいのことがわからないなんて、実に情けない・・・。

 買わないのは勝手だ、でも買わない人間に、買ってもいない商品の文句を言う資格はない!

 私? もちろん、今回の発売を楽しみにしていますし、ブルース・リー&ジャッキー・チェン両DVD-BOXを既に予約済みですよ!

『十大弟子』 [2008年10月18日(土)]

『十大弟子』'77年製作、監督:丁重、主演:王道

 一部資料には製作年度'79年と書いてあるものもあるが'77年が正解。'76年暮れから撮影が始められ、'77年1月29日には香港で公開されている。

 少林寺に匿われていた明朝の遺臣・劉立祖を迎えに使者・嘉凌が現れる。明朝再興を目指して活動を始める劉立祖を支援すべく、管長の柯佑民は俗家弟子・王道を護衛として指名。
 事を察知した清朝将軍・張翼は、手下に命じて劉立祖襲撃計画を実行、護衛の王道を助けるため、少林十大弟子たちが立ちあがった・・・。

 共演は他に梁家仁、高飛、黄飛龍、董[王韋](トン・ワイ)、龍方、陸一龍、嘉凱、黄冠雄など。この顔ぶれで、王道一行を待ち受ける刺客と、それを守って闘う少林十大弟子の攻防戦を一本道のストーリーで描けば、この映画は間違いなく面白くなるはずだった。

 監督の丁重は、林大超と共に郭南宏門下で修業し、助監督を経て一本立ちした人物で、この映画でも郭南宏タッチを意識して演出しているのは判る。OPの少林僧たちの演武に将軍令をかける場面から、張翼、柯佑民、黄冠雄ら郭南宏映画の役者を投入した点からも、この映画が師匠にあやかろうとしているのは間違いない。

 先に紹介した登場人物からも、この映画がオールスター映画なのは一目瞭然だろうが、それぞれを刺客側と十大弟子に振り分けたとしても、ストーリーを一本道にしさえすればそれなりの映画になったことだろう。
 ところがこの映画は、途中に張翼とトン・ワイの親子関係のエピソードや、少林寺管長の跡目争いを巡る邵羅輝のエピソード、嘉凌と陸一龍のあまり関係ないエピソードなどを挟むため、肝心の王道一行の攻防戦という本筋が停滞してしまう。

 オールスター映画であることの弊害が一番出てしまった形で、それぞれに中途半端な見せ場を与えたがために、映画そのものが中途半端に仕上がったという典型的な失敗例なのである。
 それこそ師匠の郭南宏ならば、本筋と関係のないエピソードなんかバッサリとカットし、それぞれの見せ場を最低限度に抑えた上で、オールスター映画に仕上げたことだろう。

 失敗作の烙印を押してしまったが、この顔ぶれならばアクションの方はやはりそれなりの出来で、武術指導の金銘はさすがに上手い。
 王道VS黄飛龍や、王道VS梁家仁は、高飛がまだ敵か味方か解らない状態での宿屋の乱戦で、ちょっと胡金銓の映画を思わせる。
 高飛が十大弟子の側で、最後は王道・何明暁と共に張翼に立ち向かうというラストも珍しく、そこだけでも見る価値はある。

『拳門/血門』 [2008年10月12日(日)]

『拳門/血門』'72年製作(?)、監督:呉天池、主演:ケ光榮

 この映画は決して手放しで傑作と誉めたたえられるほどの映画ではないが、色々な意味で語りどころ満載の映画なのです。ストーリー紹介がてら、順を追って解説していきます。

 冒頭、スプリットスクリーンによる出演者の紹介場面が格好いい。本編の主役であるケ光榮、唐菁、胡菌菌、劉蘭英が順次に登場し、それぞれが演武をみせる。

 横暴な日本軍の侵攻が僻地の農村まで影響を及ぼしていたことは、香港功夫ファンならお馴染みすぎる展開だろう。日本人役の唐迪を片付ける謝家莊は、顧文宗率いる武術集団。何故かタイ人ボクサーまで居候しているこの地に、顧文宗の息子・ケ光榮が帰って来た。

 その頃、白鷹率いる(子分に陳觀泰、高雄)日本人武術家が、揚武武館を標的に策動を開始していた。白鷹は殺された唐迪の仇を探していて、誰かれ構わず中国人武術家を血祭りに上げていた。

 ここでまず驚くのは陳觀泰の存在だろう。

 『拳門/血門』の香港公開は72/4/13ということになっている。陳觀泰をブレイクさせた邵氏(ショウブラザース)の『馬永貞』公開は72/2/11である。
 同年には邵氏で『水滸傳』、『仇連環』、『四騎士』を撮っている以上、72年中は邵氏の契約下にあるはずだ。
 69年に映画界入り、邵氏と独立プロを行き来していた陳觀泰だが、この72年に限って言えば、邵氏が手放すはずはない。ましてや『馬永貞』の後、こんな端役で映画に出るとは考え難い。

 この映画の製作年度にはもうひとつの点で疑問符がつく。

 実際に映画をご覧になった方ならお分かりだと思うが、独立プロ(光明電影製片公司)のB級功夫片にしては、豊富なロケーションと豪華なセットが登場する。ロケーションはさておき、セットの方は嘉禾(ゴールデンハーベスト)のものだから豪華なのは当たり前なのだ。

 嘉禾の旗揚げは71年である。72年といえば3/22に『精武門/ドラゴン怒りの鉄拳』が公開されたばかり、旗揚げ間際は会社に金が無かったにせよ、この時期に独立プロにスタジオやセットを貸し出すとは思えない。

 陳觀泰とセット問題、ここから考えうる合理的な理由はたったひとつ、『拳門/血門』は72年以前に製作されていたが、公開時期が72/4/13までズレ込んでしまったということだ。白鷹、胡菌菌、ケ光榮らが頻繁に共演していた時期も兼ね合わせると、71年中の製作というのが妥当であろう。

 それ以外の理由があったのなら、逆にそれこそ知りたいと思うが・・・。

 嘉禾のセット問題だが、こちらの方は別な可能性もないではない。当時の状況をまとめておく。

 國泰電影(キャセイ)が首脳陣の飛行機事故により経営不振に陥ったのは64年のこと。台北で行われた「アジア太平洋映画祭」に向かっていた國泰の社長・陸運濤以下、会社幹部、映画スタッフ全員がこの悲劇に見舞われた。当時、國泰とライバルの邵氏の間には合併の話が持ち上がり、協議が物別れに終わったばかりだった。
 これによりアジアでの邵氏大躍進が始まったのだが、邵氏にとっては何とも都合の良い事故であった。

 その後、國泰を引き継いだのは陸運濤の妹婿・朱國良だったが、映画には素人であったためますます経営は傾き、もともとシンガポールの映画会社としてスタートした國泰は、シンガポールの政治局面の変化にも悩まされる。
 70年に嘉禾旗揚げを控えた鄒文懷(レイモンド・チョウ)との間に合意が纏まり、嘉禾と國泰の間に提携が結ばれる。
 72年には両社で新会社が発足、國泰は新会社を東南アジアでの配給会社として展開。嘉禾作品の独占配給権を得る。

 74年に國泰は映画製作を停止、最後の作品は『大賊王』であったといわれているが、実はこの時期まで公開されていた國泰作品は全て70年までに製作された作品であった。
 ただし、マレーシアで展開していた系列会社・國泰克里斯のみ73年まで自社製作していた。

 77年、提携会社であった嘉禾にスタジオの売却が成立。

 つまり72年頃の時点では、スタジオやオープンセットは嘉禾のものではなく、國泰に所有権があったということだ。これなら独立プロに貸出しが行われていても筋は通る。

 話を映画に戻そう。

 揚武武館を潰され父を殺された胡菌菌は、父の最後の言葉を胸に叔父である顧文宗の元へ身を寄せる。
 白鷹たちも謝家莊へと狙いを定め挑戦状を送りつけ、顧文宗に重症を負わせて立ち去った。両者の決闘を見ていた町のゴロツキ・唐菁は、何やら言いたげに見守っていたが・・・。

 タイ人を指導者に迎え、仇討のため実戦特訓に入るケ光榮たち。『方世玉』映画に始まる練功小子片の萌芽がここにある。
 かつてはそれなりに鳴らした武芸者だった唐菁、ゴロツキ仲間に煽られ、酔いの勢いも手伝って白鷹に挑戦。酔っぱらったままの唐菁、その闘い方はまるで『酔拳』そのまま。練功小子片の現代版である『神打』が劉家良によって発表されたのは、75年であることは忘れてはならない。

 白鷹にはとても勝てないと悟った唐菁、逃げ出したもののケ光榮たちの様子は気になって仕方がない。実はかつて彼も揚武武館で学んだ門弟であったのだが、師匠とのちょっとした諍いから武館を飛び出し、身を持ち崩していただけだった。

 練習の様子を盗み見ていた唐菁はケ光榮に見つかり、胡菌菌によってその正体が知れる。打倒!白鷹に燃える一門は結束し、再び訓練の日々が始まる。
 白鷹の得意技である投げ技に翻弄され続けてきたが、子どもの羽根突きをみて秘策を思いつく。ここら辺りも後の練功小子片を思わせる。

 特訓の末、秘策を物にしたケ光榮と唐菁、胡菌菌と劉蘭英を連れて白鷹一味を倒すべく、今は振威武館と名を変えた揚武武館へと向かうのだった・・・。

 監督の呉天池は後に『拳門/血門』と同じ「光明電影製片公司」製作で、傑作『二龍爭珠/激突!ドラゴン対ジャガー』を撮る。

 この会社は侮れない!

格闘技大戦争 [2008年10月02日(木)]

 佐藤戦における魔裟斗のダウンは、そのラウンドが始まった直前のローキックが効いていたからでしょう。丁度、前からのローが入った時、魔裟斗は思わず脚を後ろに引いてましたから。
 これで魔裟斗の出足が止まり、打ち合いで足が揃ったところからダウンになったというのが本当のところでしょう。

 それにしてもここからの盛り返しは凄かった。とにかくリーチのある相手に対して、最初からパンチは伸びていましたけど、足が出なくなってからでもよく前に出ましたよ。
 決勝のキシェンコ戦と合わせれば8Rの激戦を闘い抜いたのですから、今回に限っては魔裟斗にケチを付ける人もいないのでは?

 そのキシェンコ戦ですが、キシェンコ自身が準決勝のサワー戦でローキックのダメージを相当に貰っていました。これがあったから、佐藤戦での激闘というハンデが、魔裟斗にとって深刻なものにならなかったのは幸いでした。
 キシェンコ戦でも魔裟斗はダウンをしてしまいましたが、正直に言ってあそこまで無理して打ち合いをしなくても、ロー主体にいけばもう少し楽に勝てたと思います。
 何が魔裟斗をあそこまでの打ち合いに駆り立てたのか、それは魔裟斗本人しか知る由もないことですけど、とにかくこの準決勝・決勝の二試合は、格闘技史上に残る素晴らしい闘いでした。

 K-1が行っている子供の大会には私は反対です。体も出来上がっていない選手に、二ヶ月に一回試合をさせ、準決勝からはワン・デイ・トーナメントで二試合もするなんて、将来的に傷害の残る子供でも出たらどうするつもりなんでしょうか。
 たしかに、2KO制で5カウントと、ある程度の配慮はされていますが、本来ならヘッドギアくらいは付けさせるべきですよ!
 スター候補のHIROYA選手は、タイへ留学して修行付けの毎日ですから、ある程度体が出来ていましたが、そうなると他の選手との差があり過ぎて、こんなマッチメイクは世界基準なら絶対に通らないものだということは、ファンも理解しておくべきです。

 こんなの放送するべきではありませんよ。

 しかしこの秋は正に“格闘技大戦争”と呼ぶに相応しいほどの興行ラッシュでした。

 9月に入って大相撲の秋場所、23日にはDREAM.6、9月27日にK-1ソウル大会、9月28日には戦國.5、昨日がk-1 MAXで、アマですが10月5日には世界柔道団体戦もあります。

 実は大相撲とDREAM.6は実際に現地で観ました。相撲はDREAM.6の前日、朝青龍の休場前になった取組です。このまま引退ということはないのでしょうが、もしかするともしかするので、貴重な取組を観れて良かったですよ。

 旧PRIDEの流れを色濃く残すDREAMですけど、かつてのPRIDE全盛期の会場の熱気を知る者から見れば、やっぱり別モノなんだという確認をした大会でもありました。
 昔はあんなに観客の集中力が途切れるようなことはありませんでしたけどね。PRIDE崩壊から2年以上が経過し、ブームのファンと様変わりがしてしまったというのが現実のようです。

 ちょうど2年前のPRIDE無差別級GP決勝は、同じさいたまスーパー・アリーナでの観戦でした。一試合も見逃すまいとする観客の視線に支配された会場は、嫌が上でもリング上の熱気を高めたものですよ。
 それがどうです、たしかにミドル級GPのベスト4に残った選手は知名度が低かった、しかしメルヴィン・マヌーフ、ゲガール・ムサシ、ホナウド・ジャカレイ、ゼルグ・弁慶・ガレシックの四選手は、いずれも劣らぬ素晴らしい選手ですよ。

 当日はGPのトーナメント三試合に、リザーブマッチを含む全12試合というラインナップで、実際のところこれも集中力が途切れる原因でもありました。主催者側としては知名度の劣るGPの参加選手をカバーするため、スーパーマッチを並べてサービスしたつもりなんでしょうけど、興行のベストは絶対に8〜9試合までです。事実、2年前のPRIDEミドル級GPでは9試合しか行われませんでした。

 昔のPRIDEファンは随分と減ってしまったという現実を突き付けられたのが、11試合目のアリスターVSミルコが終わった直後でした。
 このカードが知名度のあるカードであることは否定しませんが、旬の過ぎたミルコの試合にそもそも多くは望めません。結果はご存じのようにアリスターの急所攻撃により、ミルコが試合不能となったためノーコンテスト。
 さあ、ここから決勝戦が始まるという段になって、ぞろぞろと帰り支度を始める観客たち。かなりの人数がミルコの試合が終わった後、決勝戦も観ずに帰ってしまうなんて、興行としては失敗でしょう。

 戦國は回を重ねる毎に良くなってはいるのですが、目玉のホジャー・グレイシーが来日中止でボルテージを落としてしまったのは残念です。K-1ソウル大会も、MAXに比べて低調だったヘビー級戦線にしては好勝負の連続で楽しめました。

 本来ならばこの10月にもアメリカでジュシュ・バーネットとアンドレイ・アロフスキーの試合が行われる予定でしたが、主催者側の都合により興行がキャンセル。
 実は私、この8月にアロフスキーが来日した折に本人と会ってるんですよ。その時にはジョシュ戦のことや、予定されているヒョードルとの試合(アロフスキーはヒョードルに最も近い男と呼ばれている)、そして年末にも日本で試合する交渉をしているとの極秘情報を本人の口から聞いていたのですが、どうやら全ての計画が狂ってしまいそうで残念です。
 
 体形こそ大柄なアロフスキーでしたが、握手した手が随分と小ぶりだったのがちょっと気に掛かりました。せっかくだからヒョードルを倒してくれるよう願っているのですけどね・・・。

 視聴率も客入りも、興行の数ほど人気が無いというのが現状の格闘技界。つくづくPRIDEショックが尾を引いていると言わざるを得ない。石井館長も出所したし、年末に向けて仕掛けていくのでしょうけど、03年頃のピーク時の熱気は当分戻ってこないんでしょうね。昨日の魔裟斗の試合なんか、格闘技ファンとしては視聴率20%を上げたい位の熱戦だったんだけど。

『少林少女』興『カンフーくん』 [2008年09月21日(日)]

 思い返せば、『少林足球/少林サッカー』の日本公開は、サッカー・ワールドカップ開催に合わせて一年遅らされたものだった。
 関係者の誰もがその面白さを認めていたのにも関わらず、あまりタイアップにもならないタイアップのおかげで、公開されないのかと思って、こっちはブートVCDで公開前に観てしまったじゃんか!全くどうしてくれる!

 今年公開された『少林少女』と『カンフーくん』も、北京オリンピックに合わせて、相乗効果を狙った製作だったのであるが、そもそもサッカー繋がりだった『少林足球/少林サッカー』ならともかく、功夫と五輪には大して繋がりも無く、中国という括りだけで製作するには無謀だったのではあるまいか?

 北京オリンピックそのものも、四川大地震やチベット問題もあって、はなはだ事前の盛り上がりを欠いた。結果、興行的には何ら反映されず、相乗効果は無いに等しいものだった。

 その『少林足球/少林サッカー』正式な姉妹編である『少林少女』から話を始めよう。

 周星馳をアドバイザー兼プロデューサーに迎えた作品ではありますが、少林の達人がスポーツをやるということ、本家のメンバーだった田啓文と林子聡が出ていること以外に繋がりはない。

 そもそも『少林足球/少林サッカー』という映画は、完璧な形で完結している映画なのだ。その続編を作るという行為自体が、勘違いも甚だしい。
 周星馳本人はリップ・サービスで続編の存在を匂わせたこともあったが、『少林足球/少林サッカー』以降、7年がたっても続編など作られはしていない。
 本人は一本、一本時間をかけて別の作品を作りたいはずで、その証拠に功夫片へのオマージュ『功夫/カンフーハッスル』と、古き良き広東語映画へのオマージュだった『長江七號/ミラクル7号』の二本しか製作していないのが、『少林足球/少林サッカー』以降の七年だ。

 どんな作品として完成していたとしても、最初から『少林少女』は続編のジレンマからは逃れられない運命にあった。

 そのままサッカーの続きをやっても二番煎じ、スポーツの種目を変えてラクロスにしたところで、展開が同じならやはり二番煎じ。ではいっそのことスポーツをやらずにバトルに徹すれば、『少林足球/少林サッカー』の続編を名乗る資格は無いと非難を受ける。これがこの作品に科せられた続編のジレンマというやつだ。
 『少林少女』の問題点は正にこの点にあり、会社とトラブっていたにせよ、結局は周星馳によってすらも続編が作られなかったことの意味もここにある。

 『少林少女』が酷いのは、上に述べた問題点の全てをプチ込んでしまった上に、製作者が『少林足球/少林サッカー』の本質も、功夫映画とは何かも理解していなかったことにある。正直に言って、公開前はこれほど酷い映画になるとは思わなかった。失敗するとは、思っていましたけど・・・。

 中国で修業した柴咲コウは、帰国後に故郷の街(祖父が町道場をやっていた)を訪ねるが、道場は閉鎖、弟子たちはバラバラになっていたのを知る。一番弟子だった江口洋介が経営する中華料理屋でラクロス部の少女・張雨綺と出会い、少林拳を広めるためラクロス部に入部。
 少林の心(?)を普及させたい柴咲だったが、単独プレーの果てに部を追い出され、学園を支配する仲村トオルにに目をつけられる。

 この学園と仲村トオルが、いったい何をやりたいのかが不明で、どこかにスポーツ選手を売っていることは点描されるものの、それが具体的には何を示しているのか描かれる気配すらないのは、端から脚本が破綻していたとしか思えない。
 悪事の本質が不明慮な悪役と戦うことほど、活劇の本来あるべき姿からかけ離れたことはないと思うが、この映画はその点で続編のジレンマ以前の問題点を提示してみせる。

 何故か柴咲を自陣に引き込みたい仲村は、彼女の周囲に無差別攻撃を展開。やがては決戦へとなだれ込む。

 ここからはもうラクロスもへったくれも無くなってしまい、この映画を製作するにあたって周星馳がアドバイスした「バトルものにしてはいけない・・」という禁を破ってしまう。これでは『少林足球/少林サッカー』として始まった作品が途中から『功夫/カンフーハッスル』になってしまうのだが。

 終盤は、仲村の支配する学園中枢に乗り込む柴咲が、張徹的黒服の集団を蹴散らし、塔をひとつずつ登りながら強敵を倒していくという『死亡遊戯』そのままの展開。途中、李小龍モドキを柴咲が一発で倒すという、功夫映画ファンが観たら、およそ受け入れられない場面を挟み、最後は仲村トオルを抱きしめて御仕舞いという、スーパー脱力系エンディング。

 この映画のスタッフは、功夫映画の何たるかを全く解っておらず、周星馳が『少林足球/少林サッカー』や『功夫/カンフーハッスル』に込めた思いや、その作品が持つ意味も、これっぽっちも理解していない。

 ヒット作品の上っ面だけを真似た、最低最悪映画である。

 劇中、柴咲を始め多くの人間が口にする「少林の心」というやつにも困ったものだ。この映画では事あるごとにセリフで語られるが、それを映像で示すのが映画でしょーが!それが何か?すら具体的に演出されることがないのだから、劇中人物はおろか、観客の誰一人として「少林の心」なぞ理解できるものか!

 それらしい演出といえば、ラクロス部を追い出された柴咲が、子どもとのサッカーでチームワークを学び、改心してひとりで練習しているのを見た部員たちに許され、一緒になって太極拳を練習する場面くらい。
 こんなのは「少林の心」でも何でもないぞ!ただの友情を示すだけの演出じゃないか!
 それにだ、そもそも少林寺で少林拳を学び、「少林の心」を広めたい人間が武當派太極拳を教えるとは何事か!少林寺映画の悪役は、方世玉映画の昔から武當派と決まっているのが常識だ。
 『少林足球/少林サッカー』が素晴らしかったのは、主人公がかつての功夫片でのライバルである太極拳を流派として認め、和解の果てに協力して強敵を倒すという、伝統を踏まえた上でのストーリーだったからだ!

 『少林少女』があまりにも酷かったからか、『カンフーくん』はもう少しマシな映画だった。

 冒頭、河南省の少林寺で修業しているカンフーくんが、修行の総仕上げに三十六房に挑む姿が紹介される。河南省で三十六房・・・・もうこの辺でコケそうになったが、まあいい(苦笑)。
 最後に老師のところに行き、そこで倒すべき最強の敵を探して日本へ行くよう命じられる。この老師の姿が、有髪で白眉道人みたいで更に萎えるのだ。

 日本に着いたカンフーくんは、泉ピン子が経営する中華料理屋「幸楽」に住み込み、最強の敵を求めて近所のイジメっ子とかと闘うのだ。

 地元の少年たちとのヌルい交流やギャグなど、大人の鑑賞は考慮に入れられていない感じだが、悪の教材で子供たちを洗脳しようと企む悪役に悲しい過去があったり、ピン子の実家の問題がストーリーに直結していたりと、『少林少女』よりはずっとマシなのである。

 この映画でも度々「最強の敵」なる言葉が出てくるのだが、『少林少女』とは違い、ちゃんと具体的に映像で示す点だけでも映画としては『カンフーくん』の方が格段に上だ。
 この映画における「最強の敵」とは、己自身の乗り越えるべき心の強さであり、仲間を思う優しさこそ真の強さであることなどが、闘いを通じて描かれており、言葉だけで何も描かなかった『少林少女』のスタッフに見せてやりたいくらいだ。

 試練を乗り越えたカンフーくんは、老師の元へと帰って行ったところで映画は終わり、エンド・クレジットにはNG集も流れます。
 土日の昼とかにテレビで放送していたら、子どもにはウケそうな映画で、その点では評価してもいい。

 とにかく『少林少女』の酷さがあまりにもだったせいで、相対的に『カンフーくん』の評価が上がりましたが、どちらの作品も無理して観るには及ばないですな。

 どうしても!という方のみ、『カンフーくん』はレンタル旧作落ち、『少林少女』は地上波があるうちにTV放送された場合で、もの凄く暇があって、人生を二時間くらいなら無駄にしても良いという奇特な方のみ鑑賞されてはいかがでしょう? 

キネマ旬報 [2008年09月14日(日)]

 ちょいと古い話題で恐縮なのですが、「キネマ旬報」8月下旬号は、“ブルース・リー没後35年の今、クンフー映画が熱い!!”と題して、功夫片の特集を組んでおりました。

 表紙も『燃えよドラゴン』の李小龍、特集の第一部が“再考ブルース・リー”、第二部が“クンフー映画再熱”となっていて、日本における功夫片の歴史を辿りつつ、新作映画を取り上げて現在のクンフー映画ブームを検証している構成となっています。

 特集で取り上げられた作品は、

 『ドラゴン・キングダム』
 『カンフー・パンダ』
 『インビジブル・ターゲット』
 『カンフー・ダンク!』
 『ハムナプトラ3』の五本。

 先に公開された『少林少女』から『カンフーくん』にまで範囲を広げて、今回のブームが、世界的な流れであることを強調しています。

 だが、ちよっと待てよ、と。

 まあ、執筆陣の方々は解っていて書いたんだろうと思います。恐らくはそういう論調で書いてくれと、編集側から依頼があって、その要請に従って書いたのであろうことは、私も大人ですから想像はつきます。

 ブーム(今回のがブームだとは思わないけれど)にならなければ功夫片が語られないというのが、日本における功夫片の問題点のひとつで、今回以前だと『マトリックス』『グリーン・デスティニー』の時をブームと呼んで以来のことになりますか。

 実際のところ、欧米で最後にブームだったのは80年代のことで、それ以降は確実に文化として定着したものが、『マトリックス』へと花開いたというのが現実で、いつまでたってもアクション映画が正当に評価されないまま、いつまでもブーム頼りになってしまっている問題点を指摘されることがないまま、今回の特集本が出てしまった感があります。

 今年、各国で功夫を題材にしたり中国を取り上げた映画が多かったのは、単に北京オリンピックがあったから、中国ブーム(功夫ブームではない)がくるかもと思って足並みを揃えたにすぎない。
 そんなことは各ライター陣もお解りだったのでしょうけどね・・・。ちょっと残念な仕上がりの特集でした。

 今回ちょっと気になったのは、映画のタイトル以外“クンフー”と統一で表記されていたこと。

 手元にキネマ旬報'85年3月下旬号の功夫特集があるのですが、この頃はまだ“クンフー”と“カンフー”の表記が両方使われていて、当時の映画雑誌はみんなそうだったのですが、むしろ“カンフー”の方が多いくらいでした。

 最近は映画雑誌なんて見ることすらしなくなったため、いつ頃から“クンフー”表記で統一され始めたのか解りませんが、外国語の発音なんて絶対日本語化不可能なんだから、漢字表記出来るものは漢字にすればいいと思うのですけどね。同じ漢字文化圏なんだし。

 それにしても、かつてキネマ旬報といえば、1980年に關徳興の『黄飛鴻』シリーズや、胡金銓、劉家良の映画を紹介した香港映画特集を組んだこともあったのですが、同じ雑誌とは思えない、それほど低レベルの特集だったな。

 '80年の特集時(80年ですよ!、同じ号で『拳精』の公開情報が載っている時期!)には、“功夫映画”として統一表記、香港における『黄飛鴻』シリーズの意味や、“功夫映画”の武術指導の重要性について取り上げたことすらあるというのに!

 嗚呼、あのキネマ旬報は何処へ行ってしまったんでしょうね?

四次元殺法 [2008年09月07日(日)]

 9月3日にポニーキャニオンより「初代タイガーマスク大全集」というDVD-BOXが発売されました。

 ttp://www.ponycanyon.co.jp/tigermask/

 昭和56年4月23日のデヴュー戦から、昭和58年8月4日の最後の試合までおよそ2年4ヶ月、総試合数385試合、うちTV収録された試合は89試合。

 以前にも「猛虎伝説」というBOXが出ていて、初代タイガーの有名な試合はほとんど全部これに入っているんですよ(56試合収録)。
 今回発売のBOXは、残り33試合のうちの31試合が収録されていますが、まあ名勝負の残りみたいなもんですから、消化試合みたいなタッグマッチばっかり。

 とはいえ、いくつかの試合はマニア心をくすぐる顔合わせの試合もあり、その辺を見所として紹介しておきます。

 お薦めの試合第一位は、昭和57年1月8日に行われた“タイガーマスク&藤波辰巳&アントニオ猪木VSアブドーラ・ザ・ブッチャー&ダイナマイト・キッド&ベビーフェイス”。
 実はこの試合、fake的にはもう一度観たくて観たくてしょうがなかった試合。以前のBOXには収録されていなくて、随分とがっかりしたもんです。

 当時の背景を話しますと、この試合がタイガーのメインイベント初登場試合となります。当時の新日本プロレス(以下、新日)には、絶対的メインの猪木、No.2の藤波(長州力のかませ犬発言は昭和58年10月8日)がいましたし、タイガーの試合は視聴者を引き付けるため、番組開始時に合わせて組まれていましたから、メインに登場することはなかった。
 初のメイン、猪木とのタッグも初、ましてや相手はヘビー級のブッチャーという状況は今観ても新鮮なはず。

 プロレスはショーなのですが、やはり人間がやっている以上、感情が先走ってしまうことが多々あります。行き過ぎると、俗に言うセメント・マッチとかに発展するのですが、そこまでは行かなくても、時折見え隠れする選手の感情が爆発する瞬間に、プロレスの醍醐味があると思っています。なまじなガチの試合なんかより、こっちの方が面白い場合がありますからね。

 今回の注目点はやはりタイガーとブッチャーの絡みでしょう。実はブッチャーは新日移籍後初の猪木とのシングルマッチを28日に控えており、子ども騙しのJrの選手になんか構っていられないという態度がアリアリなんですよ。ドロップキックは片手で払いのけるは、フライング・クロスチョップはまともに受けないは、場外乱闘ではタイガーをボコボコ。タイガー側から見ればいいとこなしの試合なんですが、ちょいと緊張感の漂ういい場面満載の試合。一瞬だけど猪木とキッドという珍しい絡みも実現するし、この試合だけで“買い”なんですよこのDVD。

 同様のタッグでタイガーがメインに登場した例は他にもありますが、以前のBOXに収録されていた“タイガー&藤波&猪木VSスティーブ・ライト&ドン・ムラコ&マスクド・スーパースター”や、惜しくもTV収録されなかった“タイガー&長州(!)&猪木VSブレット・ハート&ビリー・グラハム&ワフー・マクダニエル”なんて試合も記録に残っています。

 お薦めの試合第二位は、昭和57年3月4日のスティーブ・ライト戦。

 ライトとの試合は同年4月1日のものが以前のBOXに収録済みでしたが、今回は前哨戦の試合。
 タイガーマスクといえば、メキシコのレスラーと派手な空中戦ばっかりしていたようなイメージもあるかもしれませんが、現役時代から「メキシカンとはもう試合したくない・・・」とこぼしていたものです。
 タイガーが手が合ったのは実はヨーロッパ系の選手が多く、小林邦明や寺西勇などの日本人対決を除けば、ヨーロッパ系の選手との間に名勝負が多い。

 そもそも最大のライバルであった爆弾小僧ダイナマイト・キッド、暗闇の虎ブラックタイガー(“ローラー・ボール”マーク・ロコ)は共に英国系ですし、ピート・ロバーツ、クリス・アダムス、デイブ・フィンレー、マーティ・ジョーンズらも英国マット組。
 ドイツ圏からの刺客、カズウェル・マーチン、ボビー・ガエタノ(出身はバハマ)なんかもタイガーと好勝負を繰り広げました。

 そんな中、タイガーと合わなかったヨーロッパ系レスラーが三人(もう二人は後述)いるのですが、それがスティーブ・ライトなんですね。
 スティーブ・ライトといえば、“蛇の穴(スネーク・ピット)”出身で、ランカシャー・スタイルのキャッチ・アズ・キャッチ・キャンの申し子みたいな存在。同じく“蛇の穴”出身のピート・ロバーツはタイガーの好ライバルだったのに、どこがどう違ったのか?

 “蛇の穴”というのは、イギリス北部はランカシャー州ウィガンにあるキャッチの道場。炭鉱夫の集まる街ウィガンで、坑道のような狭い道場はいつしか“蛇の穴(スネーク・ピット)”と呼ばれるようになったという。
 創設者のビリー・ライレーによるこの地獄の道場からは、ジョー・ロビンソン、ビリー・ジョイス、カール・ゴッチ、ビル・ロビンソンから、バート・アズラティ、ブルーノ・アーリントン、ロイ・ウッドなどの欧州名レスラーを排出。タイガーのライバル達、キッド、ロコ、ロバーツ、そしてスティーブ・ライトもここの出身だ。

 この“蛇の穴”という語感が、後に梶原一騎によって漫画「タイガーマスク」の修行場“虎の穴”に使われた訳だから、本家本元の“蛇の穴”からの刺客はタイガーマスクにとって必要不可欠な存在だった。

 なのに何故かスティーブ・ライトに対するタイガー本人の評価は低くて、試合がし難かったものか、凡戦に終わっています。当時のTV放送でもこの試合はダイジェスト放送でした。その辺を今回のBOXでは確認したい。

 お薦めの第三位は、昭和57年5月21日の“タイガー&木戸修VSカルロス・ホセ・エストラーダ&ホセ・ゴンサレス戰”。

 これはもう顔合わせの妙に尽きます。栄光のディファジオ・メモリアル&ブルーザー・ブロディ刺殺犯というタッグは、二度と観れない組み合わせ。
 エストラーダがいなければ、日本におけるJrヘビー級の歴史はなかった訳ですから、タイガーとの対決は歴史の結点だったな。

 お薦め第四位は、昭和57年10月15日の“タイガー&木戸VSレス・ソントン&ジョニー・ロンドス戰”。マニア的にはこれが一番観たいのではないか?

 レス・ソントンといえば、タイガー曰くワースト試合の相手。何も出来ないしょっぱいレスラーの代表格で、タイガーにNWA.Jrのタイトルを渡しにきただけの人物といわれています。以前のBOXにその時のタイトル戦が収録されていました。
 一説には、試合前にかなりゴネてタイガーに負けるブックを嫌がった為、タイガーの中の人が随分とキレたなんて話もありますが・・・。こいつがタイガーと合わなかったもう一人の欧州系レスラー。タイガーにタイトルを奪われた後も、勝手にチャンピオンとして防衛戦を行っていた不届き者。

 ソントンなんてどうでもいいんですが、今回の目玉はジョニー・ロンドス。カール・ゴッチのライバルとして名を馳せた伝説のシューターは、外人選手が手薄な旗揚げ期の新日プロにゴッチの引きで来日。無名の外人ばっかりのシリーズで猪木がシリーズ・ノーフォール宣言をしたところ、これに怒ったロンドスは見事に猪木をフォールしてみせた。
 タイガーとの対戦時はもう50歳近い大ベテランなんですが、そのグラウンドの動きの凄さといったら・・・!必見!

 長くなったんだけど、もうひとつだけどうしても取り上げておきたいのが、昭和58年3月4日の“タイガー&星野勘太郎VSアブドーラ・タンバ&ミレ・ツルノ戰”。

 タイガーが合わなかった欧州系レスラー最後の一人が、“ユーゴの鷹”ミレ・ツルノ。
 WWU世界ジュニア王座として、国際プロレスで繰り広げられた阿修羅原との試合は、国際末期に残された永遠の名勝負のひとつ。
 この実力者が何故かタイガーとは手が合わなかった。シングルでも五回くらい闘っているんですが、タイガーが怪我で不調だったこともあって、タイトル戦はTV放映されなかったんじゃないかな?
 BOXには新旧を通じてもこの試合しか対ツルノ戰は収録されておらず、貴重な絡みとなっています。

 初代タイガーマスクの凄さは、何といっても技の安定感だった。今では、タイガー以上の難易度の技をする選手ならいくらでもいますが、みんな失敗が多い。難易度が高いから失敗するというのでは技としては失格ですよ。
 今観返しても、初代はほとんど技の失敗をしなかったし、たとえ若干のミスがあったとしても、その後のリカバリーで帳消しにしてしまえる動きが出来た。だから今観ても初代タイガーマスクの試合は綺麗なんですよ。

 後はアクロバティックな動きの後の、タイガーの目線に注目して欲しいです。回転系や飛び技の後に着地後、タイガーは必ずすぐに相手を視認しているんですよね。いくらショーといっても、プロレスは戦いを演出しているのですから、戦う相手から目を離してはいけないんですよ。今の選手はここが出来ていない。

 日本のプロレスの歴史の中で、スーパースターだったのは、力道山、ジャイアント馬場、アントニオ猪木と、初代タイガーマスクだけ。

 今回のBOXはそれを証明する、貴重な歴史の資料だと思います。
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