旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

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周星馳(9)『唐伯虎點秋香/詩人の大冒険』 [2005年01月31日(月)]

周星馳(9)『唐伯虎點秋香/詩人の大冒険』'93年製作、監督:李力持、主演:周星馳ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『審死官』に続く周星馳古典劇シリーズ第二弾だ。第二弾とはいってもスタッフも製作会社も違うのだが、『審死官』の成功あっての企画なのは間違いない。その意味においてはやはり外国人にとって最も敷居の高い周星馳映画の筆頭で、この映画の真の面白さは広東人にしか解からないのが本当のところだろう。まあ、そこで投げ出しても何なので、ちょいとばかり解読を試みてみましょうか。 唐伯虎は実在の人物で、秋香とのロマンスは民間伝承として長らく伝えられてきた。それを粤劇にしたものが「三笑姻縁」という演目で、香港で映画化された唐伯虎ものは、基本的に粤劇「三笑姻縁」を元にしている。一番古い映画化は37年の[廣+おおざと]山笑&梁雪霏(左が唐伯虎役、右が點秋香役、以下も同)版、唐伯虎ものが大流行した50年代には、53年に何非凡&芳艶芬、54年に司馬緑郎&鄭碧影、56年に劉[王奇]&葛蘭、満を持して登場した57年の任劍輝&白雪山は、粤劇の名優ふたりによって演じられ決定版となった。69年にはショウブラによってカラー版が作られ、黄梅調映画として公開。凌波&李菁のカップルはその時考えうる最高の組み合わせであった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー江南第一風流才子として名を馳せ、明朝を代表する画家・詩人のひとり唐伯虎は、八人の妻を持ちながらも、金持ち夫人の召使い秋香に一目惚れ。その家の書生として入り込み、見事、秋香の心を射止めるというのが、良く知られた伝承で、映画『唐伯虎點秋香/詩人の大冒険』のストーリー。 本当の唐伯虎は、当たり前だがいささか違う。唐寅が本名だが、格好をつけて唐伯虎なんて名乗っているし、六如居士なんて号も持つ。1470年江蘇の生まれで、桃花庵という屋敷に住んでいた。30才の時、科挙の試験に主席で合格、解元となる。科挙の試験にも段階があり、県試−府試−院試−歳試−科試−郷試−挙人−覆試−会試−会試覆試−殿試−朝考で、朝考を超えると制科になる。会試を首席で合格すると会元と呼ばれ、殿試を首席で合格すると状元と呼ばれる。(時代によって違う場合もある) 唐伯虎が合格したのは郷試で、この首席合格者が解元なのだ。唐伯虎の住んでいた江蘇は教育熱の盛んなところだったとか。 この科挙の試験に絡んだ不正事件に関与したとして入獄、無実の訴えを起こして闘うが、この頃から通常の出世コースを歩くのが嫌になったようだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー詩人仲間の祝枝山、文壁、張靈(もうひとりは徐禎卿とする説有り)と共に"江南四才子"として持て囃されたが、唐伯虎は地方を遊歴しながら見聞を広め、貧しい人々のために画や書を切り売りして歩いたと言われている。画は始め周臣という人に学び、後年は沈周に入門。山水、人物画を得意とし、花鳥画はあまり得意ではなかったとも。 映画で見られる様に秋香を加えて九人の妻を持った、なんてことは無いが、結婚生活が不幸だったのは本当のようだ。最初の妻・徐氏娘(字は不明)との結婚中、相次いで両親に死なれ、妹夫婦にも不幸が相次ぎ、あげくには妻は流産。徐氏娘とは後に離婚し、何氏娘(字は不明)と再婚したが、入獄したのはこの直後のこと。 落魄し落ち込んだ唐伯虎は何氏娘とも離婚するが、彼を精神的に支えた友人の女性・九娘と結ばれる。この九娘が九人の娘と曲解されたもので、これに祝枝山と賭けをして書いた時の「九美圖」という絵が、後世の彼にプレイボーイというイメージを与えたのだ。九娘との間に一女を授かったが、疲労がたたったのか1524年に54才で唐伯虎は無くなった。その時九娘は37才だったと伝えられている。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーここからはギャグ解説。冒頭、唐伯虎(周星馳)を訪ねてくる友人・祝枝山(陳百祥)との会話は、セリフ回しから仕草までまるで"黄梅調"で、祝枝山が金に困って絵を書いてくれと頼み込んでから急に現代語になって笑わせる。 絵を書く方法はまるで武侠片タッチで、祝枝山の体に墨を塗りつけ、体の一部分をモチーフにして書き上げる。「乳首は花に、手足は岩木に・・・鷹は何?」問われた唐伯虎「用的是閣下的命根子(閣下のチンコを用いました)」それを聞いた祝枝山「雄壮にして熱情、伝うること神の極みだ」と喜ぶ。唐伯虎呆れて「我説的是鷹咀上吻的那修小蠱(私が説明したのは鷹が咥えているミミズの方でございます)」 不幸な結婚生活でいつも憂鬱そうな唐伯虎、八人の妻から「何でいっつもそんな顔してんの?あたし達に何か不満があんの?」と詰め寄られ、何も無いなら笑顔を見せろ!と要求される。笑いたくもないのに無理に笑顔を作った唐伯虎、もっと!と言われて、自分の指で頬の筋肉を持ち上げて見せる。 これの元ネタはバスター・キートン。笑わぬコメディアンとして有名だったキートンには、その売りとなる無表情を守るため映画の中で笑ってはいけないという契約条項があった。これを逆手にとったのが『キートンの西部成金』で、ガンマンに銃を突きつけられたキートンは、自分の指で頬を持ち上げ無理やり笑顔を作るのである。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー寧皇派の使者が自派への勧誘にきて仮病を使う場面。ここも"黄梅調"です。医者に聞かせる脈の音は、密かに修行した内功によって脈拍を操り誤魔化す。"ウイリアム・テル序曲"から"将軍令"までテクノ調なのが可笑しい。 実は唐家には仇敵がおり、その一人がその名も"奪命書生"(劉家輝)!回想場面で着ている服はまるで50年代の神怪武侠片のよう。この"奪命書生"に父が殺された為、武林武器名鑑には唐家の秘伝・覇王槍は三位として載っていると母から聞かされる。ちなみに二位は奪命書生、四位は李尋歡の飛刀、一位は李尋歡の母の飛刀だとか。李尋歡は古龍の武侠小説の有名主人公。武林武器名鑑云々・・という設定も李尋歡の登場する小説「多情劍客無情劍」(01/7/26日記参照)より。 回想場面で母の使う技・霹靂雷珠はありそうなネーミングだが恐らく周星馳オリジナル。この"有りそうな"というところがセンスの良さで、奪命書生が使う"面目全非脚"やそれに対抗する唐伯虎の"還我漂亮拳"などもそう。ただし秋香(鞏俐)の部屋に忍び込んだ唐伯虎に、秋香が見舞う棒術"十字追魂棍"は「水滸傳」の盧俊義の得意技。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーお参りにきた華夫人(鄭佩佩)のお供で寺院に現れた秋香に一目惚れ、御神籤を引いている秋香に唐伯虎が話し掛ける場面は粤劇の名場面。ここで粤劇なら歌になるのだが、唐伯虎が歌おうとすると僧侶の物凄いローリングソバットが。"寺院ではお静かに"だって、そりゃーそうだ!(笑) 門前で父が死んだと泣いて書生にして貰う場面は、これも粤劇にある場面から。もう少しで就職できそう・・・というところで更に不幸な人物が登場するあたりが笑わせるのだ。 雇われた唐伯虎が武状元(梁家仁)という書生頭に番号を付けられ、シゴかれる場面はスタンリー・キューブリックの『フルメタル・ジャケット』から。"ジェリー・ドーナツが好きであります!"とは言わされなかったけど。 屋敷に忍び込んだ盗賊たちは自称"江南四大淫侠"その頭目格は"小淫蠱・周伯通"。金庸先生が怒ってきそうなこのネーミングは、「射G英雄傳」より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー忍び込んだ部屋で実は秋香が唐伯虎に憬れていたことを知る場面、秋香が思わず口ずさんだ詩に唐伯虎が続ける。「桃花塢裏桃花庵」「桃花庵裏桃花仙」これは唐伯虎の"桃花庵歌"より。 ここで秋香に何で私を追いまわすの?と問われ「あなたの三笑に情を感じた」運命の出会いを強調。これは唐伯虎が「九美圖」を書いていた時、町で見かけた豆腐屋の娘・阿娃が何気に微笑んだのを見て、九人目の美女として後を追った故事からきている。この"三笑留情"が、秋香が三度微笑んだ話から結婚に結びつく粤劇「三笑姻縁」になるのだ。 息子の家庭教師に昇進した唐伯虎が、バカ息子たちに何が出来ると問われて答える場面も「三笑姻縁」から。ショウブラ版だと「弾琴、焚香、對奔、做文章、吟絶首風花雪月、弾一曲鳳求凰、畫幾筆山水人物、奏一套簫管管黌、未卜占地、風流自明、竊玉偸香」となっているが、これが周星馳版では「吹口琴、玩玉簫、泡泡紐、看情、占卜相観人眉字、風流個償、竊玉偸香」となる。吹口琴とか玩玉簫とか、全然いい加減じゃん!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー替わりに元の家庭教師は首になるんですが、オリジナルだと唐伯虎の方が有能なため老齢にして追い出されるちょっと可哀相な場面。"回歸田園養天年"とかいって歌もあるんですよ。周星馳版だと刺青だらけのヤクザで刃物を持ち出した上に勝手に死んでしまうんですがね。 鄭佩佩の華夫人と劉家輝の奪命書生が闘う場面は功夫ファンお待ちかねのところ。ショウブラの先輩後輩ですが、ショウブラ時代に共演はないレア対戦。唐伯虎が書生として雇われると華家のしきたりに従い"華"の字をつけた名前を拝命する。結局は"華安"に落ち着くものの、当初与えられそうになった名前は"華勝"。「その名前は・・・」といって固辞する唐伯虎だが、それもそのはずで、この映画を製作した「永盛娯楽」は向華勝と向華強の兄弟による経営。このふたりは・・・まあ、ヤクザ・・以下自主規制。 その華夫人、唐伯虎の父に振られたことをいつまでも怨んでいた。唐家のものは皆殺しとばかりに劇毒・一日喪命散を使う。それに対抗して唐伯虎も家伝の劇薬・含笑半歩癩を使用。このネーミング・センスは武侠小説の手段。七種類の毒虫が混合されるという一日喪命散だが、一緒に混ぜるのは"鶴頂紅"。普通、蓮の花のことだが、中国では丹頂という種類の金魚のことでもある。でもオイラはこれ古龍の小説「絶代雙驕」に出てくる秘丹・鶴頂紅のことだと思うんだが。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー谷徳昭との対詩合戦。「一郷二里三共夫子、不識四書五径六義」この後「意敢教七八九子、十分大胆」と続くことから、最初の一、二から数字を数えている語呂合わせだと解かる。意味があるのは"不識四書五径六義"のところ、"不識四書五径(四書五径を知らず)"というのは良くある詩文だが、そこに"六義"とつくところが捻ってある。四書五径というのは中国人にとって勉強をするならまず習わなければならないもので、四書=大学・中庸・論語・孟子、五径=書経・易経・詩経・春秋・礼記のことだ。"五径六義"は武侠小説のタイトルでよく使われる「三侠五義」とかの言い回しを真似たもの。 唐伯虎が四回目に詠む詩「賞花賞月賞秋香」というのは似たようなものはオリジナルにも多々あり。「思秋香愛秋香、日日夜夜想秋香」とか、これもショウブラ版から。 ついに結婚を許された唐伯虎だったが、華夫人の嫌がらせは続く。使用人としての契約書を持ち出し、最初に騙したのは唐伯虎の方だという。「契約書の行の頭文字を並べて読め」という唐伯虎に従って見れば"我為秋香"の文字が!これも粤劇に原点があって、戯れに書いた唐伯虎の絵を華夫人に詰問され、書き直しを命じられる。そこで絵の上に載せた詩文の頭文字を並べると"我為秋香屈居僮僕(秋香のために僕は書生になった)"と読めるように書き入れるのです。 ラストの花嫁選びで唐伯虎が使うのは"如来神掌・一式"でも何で"一式"かな?とどめは"萬佛朝宗"ではなく"カメハメ波"。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこれ日本語化不能でしょ?どうやったのかなークロックワークス?ということで、周星馳特集これにておしまい!  

周星馳(8)『審死官』 [2005年01月30日(日)]

周星馳(8)『審死官』'92年製作、監督:杜h峰、主演:周星馳ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『少林足球/少林サッカー』登場までの周星馳最大のヒット作。90年『賭聖/ゴッドギャンブラー外伝』で突如ブレイクした周星馳は、それまでの香港映画界の興行記録を更新。前人未到の4千万香港ドルという記録を打ち立てる。91年には『逃學威龍/ファイト・バック・トゥ・スクール』で記録更新の4千3百万香港ドル、そして『審死官』での4千9百万香港ドルという、途轍もない記録を歴史に刻んだ。(これは94年に5千2百万香港ドルという興收で周潤發の『賭神2/ゴッドギャンブラー完結篇』に破られるまで、もう抜けないのではないか?とまで考えられていた) 単に一本あたりの収入の問題だけではない。90年には『賭侠/ゴッドギャンブラー2』『無敵幸運星』の2本、91年には『整蠱専家』『賭侠2上海灘賭聖/ゴッドギャンブラー3』の2本、92年に至っては『家有[喜喜]事』『鹿鼎記/ロイヤルトランプ』『鹿鼎記2神龍教/ロイヤルトランプ2』『逃學威龍2/ファイト・バック・トゥ・スクール2』の4本が興收ベスト10にランクイン。92年は『審死官』を含めてベスト10中半分を独占するという異常人気であった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーその『審死官』であるが、今に至るまで劇場公開もビデオ発売もされたことがない。更につけ加えるならば、今をときめく杜h峰(ジョニー・トゥ)作品でもありながら、である。 この『審死官』ほど外国人にとって敷居の高い作品もない。確かに良く出来ているし、実際に面白いのだが、他の作品に比べてこの映画だけが何故それほどまでに大ヒットをしたのかは正直いって解からない。 ヒットの要因だけなら推察できる。当時流行の古装片に初めて挑戦した作品であり、粤劇として良く知られた題材を選んだことが挙げられる。喜劇は本来生活や文化に密接して初めて面白いものであるから、良く出来た喜劇ほど外国人には理解し難いものである。それを香港ローカルに純化したところに『審死官』の面白さがある、という点だけは理解出来るのだ。 だがこれでは作品そのものを理解したことにはならないし、話し言葉としての広東語の面白さを縦横に駆使したこの作品では、たとえ日本語字幕がついたとしてもネイティブ以外には理解不能である。例えば、ずっと時代劇口調で喋っていた周星馳が突然現代語調で喋り始める面白さは、字幕でも吹き替えでも表現は出来ない。この映画の真の面白さは、我々には永遠に不明なのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー粤劇「審死官」はもともと京劇「四進士」を翻案したものである。京劇も粤劇も地方演劇である点は同じであり、中国各地には他にも越劇、崑劇、川劇、呂劇など様々な地方演劇がある。これは中国語が各地方語によって声調に違いがあるからで、声調の変化によって歌の表現方法が異なってくるからなのだ。 京劇はその物語内容によって幾つかのジャンルに別けられるが、裁判ものである「四進士」は「捜孤求孤」や「法揚換子」となどと同じ"公案劇"というジャンルに属する。だが、親子・夫婦の情愛を描いたり、主人公が知恵と才覚で苦難を乗り切ったりという"人情劇"や"知謀劇"の側面も持つ複雑な作品なのである。 粤劇は乾隆年間(1736〜1795)に佛山を中心に興ったといわれている。元は桂林語で演じられていたというし、後の"紅船戯班"の発達を見るにおいて、広西省から珠江を辿って広東省へと流れ着いたのではないか? 19世紀末に広まったといわれている"紅船戯班"は、元彪の『敗家仔/ドラ息子カンフー』や劉家良の『洪熙官』で見ることが出来る、船で移動する劇団のことだ。反清復明の闘士が役者に身をやつして参加していたといわれ、弾圧を受けたりもしたのは映画だけの話ではない。大戦と文革を逃れて香港へと多くの役者が移住。ブルース・リーの父・李海泉もそのひとりだ。香港を経て海外の華僑文化圏へと広まったが、現在、後継者不足は深刻で存亡の危機に瀕している。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『審死官』は48年にも映画化されている。粤劇の名優・馬師曾と紅泉女(周星馳版の梅艶芳と同じ役、当時は実際に夫婦であった)による主演で、粤劇「審死官」はもともと馬師曾の代表作であった。事実、馬師曾の死後「審死官」を演じるものはいなかったといわれ、十年の歳月を経て馬師曾の劇団にいたこともある梁醒波によって演じられるまで後継者のいない演目なのであった。 それほどの題材に挑戦するのは周星馳にとって実験ともいえる大冒険であったはずで、この映画の成功はこの辺りのことも押さえておかなければ理解できない。 この映画の成功が彼を真の意味での香港No.1スターにしたのは確かだが、あまりにも香港ローカルに特化してしまったため、広東語文化圏以外への進出が閉ざされてしまったのは皮肉である。 ストーリーは、状師の(弁護士みたいなもの、もちろん悪徳弁護士である)周星馳が、夫殺しの嫌疑をかけられている呉家麗を弁護して、その地方の役人たちの不正を暴くというもの。弁護士という口八丁の職業は正に周星馳にピッタリで、立て板に水のごとくまくし立て、相手を言いくるめて行く姿は痛快である。それだけに言葉の問題が大きく立ちはだかるのだが。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー自分より背も高く、武術の達人である妻・梅艶芳(アニタ・ムイ)に頭が上がらないが、その梅艶芳の方も、学が無いため字もロクに書けず、インテリの夫を心から尊敬している。 この"書く"という行為は劇中において度々笑の種になっているのだ。子宝に恵まれず(といってもその数1ダース以上死なせている)、風水によって子供のために絶筆することになった周星馳は、召使の黄一飛が字を書くのを見ていて下手糞で手が動いてしまう。「子供が欲しくないんですか?」と止められた周星馳、掃除用のモップを水に浸し地面に見事な字を書いてみせる。この時の周星馳の顔と動きは關徳興版・黄飛鴻の物真似で、黄飛鴻ものの定番"筆戰"の再現である。 呉家麗の身の上に同情した梅艶芳は、勝手に訴状を書き裁判所へと突貫をかける。字が書けないため、判らないところは"〇×"で済ませているのだ。訴状を読み上げる秘書官と判事のやりとりが笑わせる。あきれた判事は「あんたの身内には字の書ける人はいないのかね?」と問う。「えーっ五百里向こうになら居ますけど・・・夫は状師なんです、駄目ですか?」結局、平手打ち三十回で放免される梅艶芳。裁判所を出てきた梅艶芳に周星馳が一言「濟公みたいだ」。"濟公"は翌年『濟公/マッドモンク』として映画化、その"濟公"を導く観音様役でゲスト出演したのが梅艶芳。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー冒頭、金持ちの犬に噛まれた露天商の男が、犬を殴って逃がしてしまう。言いがかりをつける金持ちのところへ颯爽と登場した周星馳、最初「五百両は払うのは当然だ」として金持ちの肩を持つ。ところが召使の黄一飛がその金持ちに噛み付き、金持ちもまた黄一飛を殴ってしまう。走り去る黄一飛。「あなた私の召使を逃がしてしまいましたね?犬に五百両なら召使には千両は払って貰わないと」「あの犬はアメリカ産でこの辺には一匹しかいないぞ」「私の召使もフランス生まれで、この辺にはひとりしかいませんよ」結局金持ちは周星馳に言い包められてしまう。 続いて裁判の場面。前日に買収されている周星馳は、明らかな殺人事件をも無罪にしてしまう。阿片窟の息子と喧嘩して死なせてしまった両替商の息子を弁護「殴った時に出来た傷でこんなに腫れています」と周星馳。「でも私の息子は死にました」「ひとは誰でも死にます。彼は短命だったのです・・・」「そんな!短命だったなんてどうしてわかる!」「では何故?短命ではなかったといえるんです?」 この論旨のすり替えがこの映画の真骨頂で、それは最後の裁判でも応用される。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー呉家麗の夫を殺したのは義兄夫婦で、義姉には山西省の役人・梁家仁がついている。梅艶芳が法廷で侮辱されたのに発奮した周星馳は弁護に立ち上がるが、梁家仁に買収されている新任の呉孟達判事によって逆に投獄されてしまう。 買収に来た役人の手紙をこっそり書き写した周星馳、それを裁判の場で持ち出す。「私が写したものが判事に渡りました、本物はこれです」「それが証明できるのか?」「筆跡を鑑定して下さい」「しかし公文書の盗み見は重罪だ」「判事あなたにそれが出来ますか?」そこで梅艶芳の懐から銀塊が転がり出る。「これは?」「呉孟達判事の奥さんから貰ったものです、私は不動産をやっていますから家の代金で貰いました」「どこにそんな金が?」と呉孟達。「梁家仁に買収された時の金でしょ」「俺は使っていないぞ!」「私もよ!」語るに落ちるふたり。周星馳は畳み掛ける「私の言っていることは仮説かもしれません、法廷侮辱罪で罰を受ける覚悟はあります。しかしこの手紙を読みさえすれば全てが明らかになるのですよ。さあ!さあ!」全員が尻込みして手紙を受け取らない。周星馳の言うとおり読んで本物なら梁家仁らは罰せられるし、公文書を盗み見の罪も逃れられない。かといって読まないと本物かどうかもわからない。立場の悪くなった役人たちは、殺人罪で義兄夫婦を死刑にし、呉家麗の無実を晴らすことで妥協案を提示。自分たちの保身を図る彼らに散々嫌がらせをした周星馳は、当初の目的である呉家麗の無実を証明して、爽やかに法廷を去っていくのだ。(次回へ)

周星馳(7)『逃學威龍三之龍過鶏年/ファイト・バック・トゥ・スクール3』 [2005年01月23日(日)]

周星馳(7)『逃學威龍三之龍過鶏年/ファイト・バック・トゥ・スクール3』'93年製作、監督:王晶、主演:周星馳ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー前二作とは代わって監督は王晶。きちんとしたストーリー作りで"脱・周星馳"映画を目指した陳嘉上は、結果的にコメディアン周星馳の役者としての可能性を広げ、周星馳を名実共に90年代の香港を代表するスターへと押し上げた。周星馳を世に出したという功績では『賭侠/ゴッドギャンブラー2』など監督した王晶も同じかもしれないが、"面白ければ何でもあり"な王晶の姿勢は、このシリーズ全体の流れにはそぐわないものであった。 90〜93年というのは周星馳にとって最も大衆的人気のあった時期で、『賭聖』ブレイクの90年、『逃學威龍』で評価を高めた91年、『審死官』で当時の興行記録を打ちたて天下を取った92年、ディフェンディング・チャンピオンとして興行記録を守り抜いた94年の『唐伯虎興點秋香/詩人の大冒険』。香港映画界にとっても返還前の最後のバブル景気、古装片ブームと共にそれを牽引したのが周星馳であったというのが歴史の真実だ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー翌年の94年は『賭神2/ゴッドギャンブラー完結篇』と『酔拳2』で、周潤發とジャッキーがベスト1,2を争うデッドヒート。それぞれがビッグカムバックを果たした。この年、周星馳は『國産凌凌漆/0061北京より愛をこめて!?』で3位が最高。95年の『和平飯店』を最後に香港映画を離れる周潤發はともかく、ハリウッド映画に押され始めた香港映画界で、唯一の対抗馬としてジャッキーが再評価される。95(『紅蕃區/レッドブロンクス』),96(『警察故事4簡單任務/ファイナルプロジェクト』),そして返還イヤーの97年(『一個好人/ナイスガイ』)と、周星馳は1位の座を奪い返すことは出来なかった。 『審死官』と『唐伯虎興點秋香/詩人の大冒険』の間に製作された映画は2本、それが『濟公/マッドモンク』と『逃學威龍三之龍過鶏年』で、王座に居た時の周星馳の映画としては低調だったこの2本の成績が、94年から『少林足球/少林サッカー』でのビッグカムバックまでのスランプの前兆であった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『逃學威龍三之龍過鶏年』は出来としてはそこそこのレベルにはある。世界的大ヒット映画『氷の微笑』のパロディを主軸に、視覚的で分かりやすいギャグを満載。我々外国の人間が観賞するにはこのくらいの方がありがたいとも言える。 だがこの映画が当時の周星馳ファンの求めていたものであったかどうかというと疑問符は付く。さすがに三本目ともなると三たび学校へとはいかなかったのかもしれないが、タイトルの"逃學"は最早何も意味をなさないものとなった。シリーズの流れを継承するのは張敏の存在だけで、呉孟達、黄一山らレギュラーメンバーの顔が無いのは寂しい。洋画のパロディをメインにしたとはいえ、レズビアンの横行する猟奇殺人事件という題材はこのシリーズに相応しいものであったのか? 容疑者の妻に扮した梅艶芳(アニタ・ムイ)の熱演に救われたため、映画の後味こそ救われたものの、このシリーズ自体がこれで打ち止めになってしまったのは製作・脚本・監督を兼任した王晶の責任であろう。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー視覚的なギャグが多いためあまり解説するほどでもないと思うが、冒頭の病院で刺客を仕留めるキック(実は足のギブスをつけた手)のアングルは、『燃えよドラゴン』でオハラに"出て行け!"という場面。 署長の梁家仁に潜入捜査を命じられた周星馳、前二回の件もあって張敏からは潜入捜査だけはしないよう約束させられている。膝まづいて哀願し、マドンナ風に色仕掛け、それでも駄目なら壁に叩きつけ「俺は"虎鶴雙形拳"冠軍にして"鬼仔無影手"の使い手だ、"九陰白骨脚"を幾十年学び・・・云々」と脅し。周星馳には本当にこういうセリフが多い。 死んだ梅艶芳の夫に成り済まして屋敷へと帰ってきた周星馳、取り合えず記憶喪失ということにしてあるが屋敷の使用人と対面し珍妙なやりとりを繰り返す。感激のあまり泣いている婦人を母かと思えば、実は日本人の家政婦・[ロ尼]巻廁子。意味は"トイレットペイパ子"。 飼い犬が現れ襲い掛かるが、名前を思い出せといって梅艶芳は逃げてしまう。適当に名前を連呼してみるが、その中に"王晶・呉孟達・陳嘉上!"の名前が。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 夫は偽者だと言い張る梅艶芳、警察に苦情を言うため梁家仁に電話。取り合って貰えないと「あんた本当に警察?」と文句。ここで梁家仁「ああ、俺は本当は黎明(レオン・ライ)だよ」と電話を切る。張家仁の役名は"黎Sir"だった。続いて直接乗り込んできた梅艶芳、別の警官・陳欣健(フィリップ・チェン)にも文句。ここでも埒が明かず「あの人もあなたも警官なの?」、それに対して陳欣健「俺も実は劉徳華(アンディ・ラウ)なんだ」。 もうひとりの容疑者・黄秋生(アンソニー・ウォン)登場。テイラーという名前で呼ぶと「いつもはそう呼ばなかったじゃないか!」と詰め寄る。あきれて"この野郎"と言うと、「そうそう"この野郎"だよ、なあ"バカ野郎"」と黄秋生。「えっ"ばか野郎"だって?」と言えば梅艶芳がすかさず「それは私のことよ、"マヌケ"」。「誰が"マヌケ"だよ、"この野郎"」「"この野郎"は俺(黄秋生)、"ばか野郎"は彼女(梅艶芳)、"マヌケ"はお前(周星馳)だ"ばか野郎"」「えっ!誰が"ばか野郎"だって?」これが延々と繰り返される。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー黄秋生に誘われポーカーへ、掛け金のレートが恐ろしく高く、捜査費用と称して梁家仁から調達。調達して帰ってくるまでに負けてしまい、再び金を調達に。取調べを先に手伝えと言われて容疑者を見れば、洪爺(秦沛)と大軍(程東)。『賭侠』シリーズからの客演のふたりの力を借りて、"賭聖"へと変身した周星馳、黄秋生をまる裸に。 事件の経過を尋ねる梁家仁、一番怪しい容疑者は犯人ではないとの持論を力説。「私がロンドンに留学していた頃扱った事件には"オリエント急行殺人事件"、"ナイル殺人事件"、"危険な情事"等々・・・」これ以外にもうひとつ出てくるの"香港[火土]底藏案"というのは、当時流行していた"奇案片"からか?ちょっと元ネタ不明だが、実在の事件を材にとった猟奇事件の映画化が流行するのはこの93年。前年から序々にその兆しは現れていたが、黄秋生の『八仙飯店之人肉饅頭』で完全にブームとなる。"オリエント"、"ナイル"はそれぞれ映画化もされたアガサ・クリスティの小説。『危険な情事』は87年のマイケル・ダグラス主演作品から。うん、こうして書き並べるとギャグもいまいち不発だなぁ。(次回へ)  

周星馳(6)『逃學威龍2/ファイト・バック・トゥ・スクール2』 [2005年01月21日(金)]

周星馳(6)『逃學威龍2/ファイト・バック・トゥ・スクール2』'92年製作、監督:陳嘉上、主演:周星馳ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーまずは前作のおさらいから。拳銃を盗まれた署長・黄炳燿(脚本家のバリー・ウォン)の依頼で学校に潜入することになった周星馳。もともとの一匹狼的性格が災いしての左遷人事でもあった。集団にも馴染めず勉強も出来ない周星馳は、変な転校生として先生のイビリや不良の的になる。用務員として先に潜入していた呉孟達(役名:曹達華)は、周星馳の叔父として身元引受人になる。『唐山大兄/ドラゴン危機一発』のように不良を倒したことから虐められていた生徒たちの信頼を勝ち取り、駄目生徒の黄一山という友達も出来た。優しくて美しい張敏先生の助けで学力もUP。嫌味な刑事の恋人との仲に悩んでいる張敏に恋心を抱く。拳銃を盗んだのは不良グループの一味で、彼らは黒社会のボス・張燿揚の手下であった。身分を隠しての捜査だったが、学生生活をエンジョイしつつも事件を解決。最後には張敏のハートも射止めるのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー冒頭、飛虎隊の訓練場面に素早いカットバックで周星馳の姿がインサートされる。前作同様、ひとりだけまるで関係無いことをしていて笑わせる。取調室での柯受良とのプロレス・チックなやりとりを挟んで署長の葉徳嫻(ディニー・イップ)登場。前作の署長・黄炳燿が撮影後死去したための変更だ。呉孟達に惚れている葉徳嫻は呉孟達を優遇して重案組へと配置換え。「じゃ俺は?交通課じゃないでしょうねー・・・・」慣れないバイクに乗せられる周星馳。猛スピードの車を止めたら(というか撥ねられたら)乗っていたのは黄一山。「なんだ卒業して免許取ったのか」「星哥!」「いや懐かしいね」再会を喜びながらしっかりと切符を切る。 やる気の無いネズミ捕りをしている周星馳のところへ、デカイ事件を追っている呉孟達が。呉孟達と一緒に踏み込む周星馳だったが、潜入捜査官の周文健を犯人と間違えてしまう。テロリスト組織のマーク・ホートンらは、別の潜入捜査官を殺して逃げてしまう。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーホートンはロンドンから来たテロリスト一味で、香港の学校をターゲットに大規模なテロを計画しているという。潜入捜査課を怒らせてしまった周星馳は、再びターゲットの学校に潜入して独自の捜査を試みることに。 前作で恋人になった張敏とは婚約中、今日は張敏の両親・譚倩虹&黄新にご挨拶。「結婚はいいけどお金は?」「まあ・・・その、色々ありまして・・・無いんです」それを聞いた譚倩虹「無い?警官でしょ、警官やってたら五億は儲かるって言うけど」「お前、それは随分と昔の話だよ」と黄新。警官汚職の激しかった60年代、香港では大規模なデモや組織の粛清が行われた。実在した汚職警官を演じた劉徳華(アンディ・ラウ)の『五億探長雷洛傳/リー・ロック伝』が公開され話題になったのは、この映画の前年。譚倩虹のセリフはそれを意識してのもの。 汚名挽回で再び高校生に、今回は手下に黄一山ほか前作の生徒たちも動員。先に潜入していた周文健とはここでもライバルだ。呉孟達も生活指導で潜入、お互いの身分を隠すためトイレでの密談(といいつつ周星馳にド突きまわされる呉孟達)。このトイレのやり取りは周潤發の『龍虎風雲/友は風の彼方に』から。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー図書館で本を読んでいる美少女・朱菌(アテナ・チュウ)に教室の場所を聞く。「"浪"を読んでいるの?それは悲劇に終わるからもっと明るい話にしたら」「例えば?」「亦舒の"春之夢幻"はいいよ」「他には?」「北条司の"城市獵人"、鳥山明の"IQ博士"、もちろん黄玉郎の"龍虎鬥"は必須だ」亦舒は武侠小説の金庸、科幻(SF)小説の倪匡と並び賞される言情小説(又名:愛情小説、要するに恋愛物)の第一人者。北条司の"城市獵人"は「シティハンター」の中国題。鳥山明の"IQ博士"は「Dr.スランプ」の中国題。黄玉郎は90年代に確立された武侠漫画の元祖、"龍虎鬥"はその代表作だ。 そんなこととは知らない朱菌、周星馳のインテリ・トークにすっかり魅せられてしまう。この後『逃學威龍』のパチもん『逃學外傳』にも出演する朱菌、この時期はまだ新人である。後に新人の青田買いで名を成す周星馳の審美眼が、そろそろ出始めた頃だ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー前作のようにまず学生と黒社会の繋がりを探る周星馳。"Big Brother(大哥)"を探せと言われた黄一山、連れてきたのは背丈が"Big"な林尚義。「お前がBig Brotherか?」「へいそうです」「では"B"字頭についての情報は?」ここで周星馳が尋ねているのは"Big Brother(大哥)"=黒社会("B"字頭)のことだが、林尚義が指差したのは黒人"Black Brother"留学生。「"C"字頭もいますよ」と林尚義。「"C"?」って何?状態の周星馳に、「CALI FRA GA LISTIC EXPEALA DOLIOUSですよ」と答える。会話そのものに意味はないが、よほどの映画ファンじゃなきゃ意味分かんないでしょ、これ?元ネタはジュリー・アンドリュースの『メリー・ポピンズ』から。頭にSuperが付くのが本当で、世界一長い単語に関する歌として登場します。しかしこの辺は日本語字幕ではどうなっているのか?ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー学校は不良学生の溜まり場で、黄霑(作曲家ジェームス・ウォン、昨年お亡くなりになりました。合掌)の神父はマタイの福音書を読んで伝道の授業。香港でセクハラ大王として知られている黄霑が神父というのもなんだか・・・。同じクラスになった朱菌は周星馳が気になって仕方がない。ここで周星馳の神に関するジョークが。「ユダは中々の奴だな」「どうして?裏切り者だぞ」「だって彼がチクったからあんたがつけてるネックレスが出来たんだよ」十字架を背負わされ、鞭打たれて歩かされる周星馳。ピラトの邸宅からゴルゴダの丘へと続く、ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)を歩くキリストの最後を再現。 周文健のトイレでの会話から朱菌に目をつけるが、周文健は朱菌のことが好きなだけだったりする。バスケット・コートで朱菌を監視する周星馳だが、見つめられている!乙女の心はドキドキだ。バスケ中の周文健、周星馳に向かってボールをぶつけるが、『バトルクリークブロー』におけるマコ岩松とのボールの特訓で、ジャッキーが見せたポーズそっくりの構えでボールをブロック。格好いい!乙女はますますドキドキである。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーテロリスト一味マイク・チェンに関する情報を得ようとするが、思春期を迎えた朱菌は憧れの周星馳の誘いを完全に勘違い。仕方なくキスするが、放課後デートに訪れたファーストフード店に何と張敏が!「こっちに行こうね」と振り返れば周文健、「やっぱこっち」と振り返れば張敏と両親の譚倩虹&黄新が会食中。絶体絶命の周星馳はカバンからお面を出して被った。ここで周星馳が被るお面は、米アニメ『ザ・シンプソンズ』の主人公・ホーマー・シンプソン。結局、呉孟達が現れ映画史上に残るもの凄い丁寧な説明の暴露。「結婚するにも金はありませんし・・・また潜入捜査やらされてるんですよ・・・この女は学校の生徒で情報を得るために利用しているだけで・・・云々」ショックの朱菌、怒る張敏、「なー、そうだよなー!」ひとり上機嫌の呉孟達。 このままではいけないと朱菌の気持ちを断ち切るためにわざと遊び人の振りをする周星馳。可愛そうだが仕方ない・・・。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー校長に呼び出されて見れば親代わりの叔母さんなる女性が面会に。実は署長の葉徳嫻で、「呉孟達が叔父の曹達華、私は于素秋よ」于素秋はジャッキー、サモハンら七小福を育てた于占元の娘で、女性武侠スターの草分け。名前を聞いた校長「ほう、あなたが于素秋?」、葉徳嫻は一言「そう"青春玉女"は私よ」わははははっ!いやー今回ネタが細かいが、日本語字幕で伝えられてるんでしょうかねー?学校も追い出され、捜査からも外された周星馳だったが、クリスマスを狙ってホートン一味が学校を占拠。朱菌を慰めていた周文健は撃たれて負傷、黄一山の通報で飛虎隊を動かした周星馳は、ターミネーターに扮装した呉孟達が、暴れながら時間を稼いでいる間に現場に急行。ここからは陳嘉上得意のアクション描写により、本格派の対テロリスト人質救出作戦が展開されていく。陳嘉上が『飛虎雄心』や『飛虎』を撮るのはこの作品より後のことだったりする。事件は無事解決、人質も無事解放、朱菌もどうやら周文健と結ばれそう。 そうだ!愛しの張敏は?何と腹いせに浮気の真最中。てめぇ俺の女に!というところで劇終、この続きは『逃學威龍三之龍過鶏年/ファイト・バック・トゥ・スクール3』へ。

周星馳(5)『逃學威龍/ファイト・バック・トゥ・スクール』 [2005年01月20日(木)]

周星馳(5)『逃學威龍/ファイト・バック・トゥ・スクール』'91年製作、監督:陳嘉上、主演:周星馳ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー全てはロドニー・デンジャーフィールドから始まった。このマニアックな老コメディアンが、突然ブレイクしたのは86年のこと。大金持ちが大学に入ってキャンパス・ライフをやり直すコメディ『バック・トゥ・スクール』は、80年代後半のコメディシーンに立場の逆転する"入れ替え"コメディというジャンルを現出させた。 このジャンルの代表作で最も有名なものは、永遠に子供のような大人スティーブン・スピルバーグを兄に持つ妹、アン・スピルバーグが脚本を書いた『ビッグ』である。とある魔術により突然大人になってしまった少年の経験するストーリーは、少年の感性で大人を批判すると同時に、いつかは通らなければならない大人への通過儀礼をも描くという手法を確立。この"入れ替え"コメディは、ジャッジ・ラインホルドが父親と入れ替わる『バイス・バーサ』など同工異曲の作品を多量に生んだが、その真打として登場したのが、大人の生活が高校生と入れ替わるジョン・クライヤー主演の『ウォンテッド・ハイスクール』であった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーージョン・クライヤー、我々ジョン・ヒューズ世代には忘れられないこの俳優にとって、唯一の主演ヒット作品である『ウォンテッド・ハイスクール』は、マフィアに追われた証券マンが、高校に生徒として逃げ込み身を隠すというストーリーだ。学生生活をやり直し帰ってこない青春を取り戻すという縦軸に、マフィアとの追っかけというサスペンスを横軸として絡め、大人が高校生になることで巻き起こる笑いを散りばめた傑作なのだ。 これがアメリカで大ヒットした。これに触発されて製作されたTVシリーズが、日本では若き日のジョニー・デップが出演していたことでのみ知られている『21 Jump Street/ハイスクール・コップ』である。87〜92年に渡って放送されたこのシリーズは、タイトルからもお分かりの通り、高校に潜入する警官を主人公にしたストーリーだったのだ。 この『21 Jump Street/ハイスクール・コップ』の設定は、日本を除く他の国ではウケたのである。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー香港とて例外ではない。周星馳が盗まれた拳銃を探して、学園に高校生として潜入する『逃學威龍/ファイト・バック・トゥ・スクール』は、この設定の延長線上に存在していたものだ。更に付け加えるならば、これが"入れ替え"コメディの後継者である証として、同ジャンルのパイオニアである『バック・トゥ・スクール』を英語タイトルに冠せていることでも明白であろう。この『逃學威龍/ファイト・バック・トゥ・スクール』は91年度の香港興収第一位になる大ヒットを記録。香港人はこの設定をいたく気に入ったらしく、更なる同工異曲の作品を生み出すまでにいたった。『逃學威龍』自体がシリーズ化され三作まで作られたし、郭富城(アーロン・クォック)が同じ設定の中活躍する『逃學英雄傳』、林志穎(ジミー・リン)の『逃學外傳』、金城武の『逃學戰警/危険な天使たち』、タイムスリップものとゲームキャラを合体させた『超級學校覇王』など、全て『逃學威龍』の影響下にある。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『逃學威龍/ファイト・バック・トゥ・スクール』は『賭聖』ブレイクの翌年の作品だ。"どうせあんなものはすぐ消える・・・・"実際、周星馳には業界関係者のほとんどがそう思ったという。『賭聖』シリーズは周潤發的世界のパロディであったし、続いて登場した『無敵幸運星』『整蠱専家』『龍的傳人』『新精武門一九九一』などは、コメディアン周星馳の鋳型の方に作品を合わせたものである。そんな中で登場した『逃學威龍』は、俳優としての周星馳の可能性を広げたと共に、"今(90年代当時の香港)"の観客が望む形の新しいスターを誕生させた記念碑的作品であった。 端から"従来の周星馳作品にはしない"という決意のもとに監督を引き受けた陳嘉上は、きちんとしたドラマの上に喜劇的状況を持ち込み、ギャグはあくまでシチュエーションの中で展開するように抑えたのである。それによって無厘頭的なギャグが暴走することもなく、時にシリアスな感情表現から唐突にギャグに持ち込むという、もうひとつの周星馳スタイルが確立された。この系譜は後に『濟公/マッドモンク』『審死官』『喜劇之王/喜劇王』『功夫/カンフーハッスル』などに継承される。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『逃學威龍』は他の作品のように香港ローカルなパロディや、言葉遊びなどに頼っていない分、もっと早い段階で日本に紹介して欲しかった作品だ。正直に言って、『濟公/マッドモンク』や『西遊記第壹百零壹回之月光寶盒/西遊記大結局之仙履奇縁/チャイニーズオデッセイPart1月光の恋, 同Part2永遠の恋』を劇場公開するならば、『逃學威龍』や武侠片としてのバランスも優れた『鹿鼎記/ロイヤルトランプ』を公開して欲しいと、当時の周星馳ファンは皆思っていたものだ。 『逃學威龍』はその設定そのものが『ウォンテッド・ハイスクール』と『21 Jump Street/ハイスクール・コップ』をパクっていることもあってか、他のパロディなどはあまり見られないのだが、校則だらけの学校を刑務所に見立てたパロディは、周潤發の『監獄風雲/プリズン・オン・ファイヤー』からであることは押さえておきたい。ちなみにだが、日本版は見ていないため不明なのですが、呉孟達の役名が曹達華であることは付け加えておきます。(次回へ)

周星馳(4)『龍的傳人/レジェンド・オブ・ドラゴン』 [2005年01月19日(水)]

周星馳(4)『龍的傳人/レジェンド・オブ・ドラゴン』'91年製作、監督:李修賢、李力持、主演:周星馳ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画こそ日本における周星馳上陸第一弾である。91年の5月3日に「第三回・香港電影博」で上映されたものだが、前年の『賭聖/ゴッドギャンブラー外伝(映画博タイトル:オール・フォー・ザ・ウィナー)』ブレイクの熱をそのまま持ち込んだことになるが、この『龍的傳人』は、地元香港でも3月7日に公開されたばかりのホヤホヤの新作なのであった。今の目で見直すと『功夫/カンフーハッスル』との共通項(元華との絡み、元秀と良く似たキャラの毛舜[竹/均]など)も多く、この映画を叩き台に、ショウブラタッチを盛り込み、功夫片へと変貌させたものが『功夫/カンフーハッスル』であったのではないかと伺わせる。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーランタオ島・大澳、李小龍の弟子・元華(役名は周飛鴻、わかりますよね?)の武館が旧正月の祝いに獅子舞を舞っている。(この場面で趙志凌登場) 取材に訪れた外国のプレスは、物珍しい異国の文化に関心することしきり。彼らの依頼で功夫を披露することになった元華は、息子の周星馳(役名は周小龍、わかるっしょ!)と、弟弟子の娘・毛舜[竹/均](表記し難いので以下テレサ・モウ)を呼びにやった。 スチャラカな息子の周星馳はTV写りばかり気にして功夫の演武に身が入らない。怪力の持ち主で突貫ねーちゃんのテレサ(実は幼馴染の周星馳にラブラブ)に怒られた。 CNNの取材クルーからも「もっとハードに!」と注文をつけられるが、ハードをブッダと聞き違えた周星馳は、"如来神掌・九式"を披露する。(ここでテレサとふたりで曹達華版『如来神掌』第四集のクライマックスを完コピ再現。いつまでも止めない周星馳が最高に笑える) 結局、テレサの怪力が発動し祭壇ごとふっ飛ばして祭りはグチャグチャに。倒れてきた祭壇をバスター・キートンのように立ち尽くしてすり抜ける(ようするに『A計劃續集/プロジェクトA2』のジャッキーのように)元華。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー怒り心頭の元華は、黄飛鴻ばりの鐵傘功で息子を叱るが、ビリヤードのような技でそれを防ぐ周星馳。そこへ何年も音沙汰の無かった弟弟子の梁家仁が久しぶりに帰ってきた。元華と久闊を暖めている間、表で練習をしている周星馳とテレサ。突如、ブルース・リーっぽい動きで笑わせるが、結局はテレサの怪力で星になった。 師弟揃っての食事、都会で洗練されて帰ってきた梁家仁に驚く田舎者のバカ親子。とても90年代の文明人には見えない点がポイント。こぼれた食事も嘗め尽くして食べる姿は無厘頭の真骨頂だ。 風光明媚なランタオ島に土地を有する元華だが、ここにも開発の嵐が押し寄せようとしていた。(91年の映画です、念のため) 開発業者に睨みを利かせている元華だが、都会かぶれの梁家仁は内心その話がしたくてしょうがない。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー田舎の駄菓子屋(兼村唯一の娯楽センター)でビリヤードの腕前を披露する周星馳。ガキ相手に駄菓子を巻き上げ店主と記念写真。その腕前を見た梁家仁、賭け試合で試そうとするがビリヤード台ごとひっくり返すテレサに止められてしまう。「賭けは駄目って師父に言われているでしょ!」周星馳が気になって仕方が無いテレサだが、とても女の子には見えない・・・というか女の子のような暮らしをしたことが無いため、感情を素直に表す事が出来ない。ふたりのやり取りはやがて功夫へと発展、詠春拳の動きを盲目の李海生が音で判断して関心しているほど。偶然手を握ってきた周星馳に、突然顔を赤らめるテレサ。不審がる周星馳に李海生は「惚れてるんじゃよ」死に物狂いで驚く周星馳であった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー実は借金を抱えているらしい梁家仁、周星馳を香港に連れて行き一儲けしたいのだが、親父の元華は断固として反対。「都会なんてトラブルのもとだ」それでも若者らしく都会へ行きたがる息子は、中山装でおめかし。ここで怒った元華が斬り込んでくるが、ふたりの服装はまるで民初功夫片。ショウブラから独立した呉思遠が、初期の作品をランタオ島ロケで作っていたことから、この場面はその時代の作品を再現する動きに。元華の分銅ヌンチャク(珍しい!)を棒術で防ぐ周星馳、その動きに息子の成長を感じ、可愛い子に旅をさせようと決意するのだった。「息子よ、都会は危険だぞ・・・気を抜くな。奴らは鎖や棒や、包丁でだって襲ってくるぞ」「父ちゃん、でもTVとかだとみんな鉄砲持ってるけど・・・」驚く親父、この場面の元華は完全に武侠片タッチのセリフ回し。時代錯誤な親父に比べ、息子の方は実はマックが食べたいだけだったりするのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー田舎者の周星馳は都会で奇矯な行動を取り続けて梁家仁の手を焼く。実は借金を払って回っているだけの梁家仁だが、そんなこともつゆ知らない。家に帰るとヤクザが取り立てに、寝てしまって起きない周星馳を置き去りにして逃げる梁家仁。ヤクザのボス成奎安は寝ている周星馳を起こそうとド突きまわすが・・・。目覚めた周星馳は功夫で対抗するが、銃を突きつけられてしまう。困った時に開けろと、父から送られたお守りの中には"打!"の文字が!傘を取り出し、将軍令のBGMをバックに黄飛鴻タッチの立回り。(でも決めはブルース・リー) 最後は手榴弾を投げられ、80年代風動作片的スタントでビルからジャンプ。金を取り立てに行ったビリヤード場で見事な腕前を披露し金を稼いだ。賭け試合だと知らない周星馳を騙し、金を稼ぎまくる梁家仁。周星馳は相変わらず駄菓子の景品に喜んでいる。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー勝ち続ける周星馳だったが、物質社会の都会暮らしにも飽き、ホームシックにかかってしまう。梁家仁が賭け試合を組んでいたカラクリを知ってしまったのを契機に、ひとりランタオ島へと帰る周星馳。成奎安に借金を返した梁家仁、羽振りの良いところを開発業者に見つかってしまった。成奎安とつるむ業者のボス・龍方は、先祖伝来の土地を巻き上げる算段を巡らしていた・・・。島に帰った周星馳は、"ローマの休日"ならぬ"ランタオの休日"をテレサと楽しんだ。ただし男女の役割が代わっているのだが。成奎安に脅され、周星馳を連れ戻しにくる梁家仁。洋鬼をやっつけるんだ!と外人嫌いの元華を炊きつけ、本物のスヌーカ・チャンピオン・ジミー・ホワイトとの最後の決選へと向かう。周星馳の背中にはブルース・リー正統後継者の証である"龍的傳人"の刺青が!(一度失敗して"龍的全人"になったのを×にして書き直した) だが、先祖の土地の権利が賭けられていることを知ってプレッシャーに潰されてしまう。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー権利を取り上げられてしまった元華親子は、島民から追い立てをくらい香港へと逃れる。波止場に見送りにきた周星馳とテレサはついにお互いの愛を確認して口付けを交わす。「駄目よ妊娠してしまうわっ!」「すまない、つい焦ってしまって・・・・責任はきっと取るから」「あっ!でも大丈夫よ、唾は飲み込まなかったから」「そうか!それでは菩薩様に感謝を捧げよう」バカップルのバカな会話に首を振る元華であった。香港で大道芸をして食い扶持を稼ぐ親子。たちまち警察に引っ張られるが、「私はブルース・リーの映画でスタントをしたこともあるんだぞっ!」「凄いな、それは何の映画?」と警官。「外人と闘うやつだ」「あ"龍争虎鬥"!」警官がファンで助かった。 業者が島の土地を更に買い漁っていることを知ったテレサは、その権利を賭けて再度闘うことを主張。ランタオ島を賭けた最後の大勝負がついに始まる。映画の筋立ては『賭聖』をスヌーカに変えただけのものだが、ブレイク直後だけに乗っている周星馳の姿が見られる。(プレイ中に賭聖の超能力ポーズ有り) 功夫ネタが随分と増えているのも発言権を増したからか。最後は周星馳、元華、テレサ、梁家仁が一列に並び、龍方一味にJKDスタイルでキックして、劇終。(次回へ)

周星馳(3)『功夫/カンフーハッスル』 [2005年01月13日(木)]

周星馳(3)『功夫/カンフーハッスル』'04年製作、監督、主演:周星馳ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「もうサッカーなんかやめだーーーっ!」転がってきたボールを叩き潰した周星馳はこう叫ぶ。彼にとって世界的な成功をもたらした『少林足球/少林サッカー』だが、周星馳にとってこの完成度の高い娯楽作品は遺憾な大ヒットであったとしたら?これは案外と本音のこぼれた場面だったのかもしれないのだ。 正直にいって『功夫/カンフーハッスル』は『少林足球/少林サッカー』ほどの出来ではない。張り巡らせた細かい伏線をきちんと回収し、個性豊かな脇役たちのエピソードを描き分けた前作とは雲泥の差がある。相棒の林子聰は居ても居なくても同じ存在だし、唖の黄聖依のエピソードも中途半端だ。豚小屋砦の住人たちのキャラは立ちまくっているが、それであるが故に主人公との係わり合いの密度は薄い。 だがやはりこの『功夫/カンフーハッスル』は『少林足球/少林サッカー』を経ているからこそ作られたものなのである。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『少林足球/少林サッカー』以前の周星馳映画は、基本的に全て"オレ映画"であった。だからかつての映画は"周星馳+ヒロイン+ライバル+呉孟達"これだけで成り立っていたものである。もちろん他にも個性的な脇役も出てはきたが、ギャグとして機能するかどうかだけが最優先されていた。 『少林足球/少林サッカー』という映画の魅力のひとつ、というか成功の要因が、少林隊というチームそのものにあったのは間違いないところだ。主役が"チーム"である、というのは、実に周星馳にとって初めての試みであった。『少林足球/少林サッカー』以前の"オレ映画"では、そのいびつさを正当化するために"無厘頭"と呼ばれるナンセンス・ギャグが使われていたと言ってもいい。チームとして役割の大小を心得た上で映画の成功に貢献するアンサンブル演技は、『喜劇之王/喜劇王』で"オレ映画"に限界を感じた周星馳の模索した方向転換でもあった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそれが成功したことは周星馳にとって、新たな発見であると同時に、"オレ映画"との決別も意味していた。そこに迷いは無かったか? これを踏まえて『功夫/カンフーハッスル』を見れば、必要以上にエピソードが盛り込まれた豚小屋砦だが、そこには周星馳があまり絡まないという現象も、キャラが描ききれていない、ギャグにさえなっていない相棒・林子聰の立ち位置の中途半端さも理解出来てくるではないか。 自分が一歩下がることで脇役に出番を与え、それを魅力的に描くことで映画に深みを与えるというのは、娯楽映画における当たり前の方程式である。『少林足球/少林サッカー』においては"チーム"であった為、キャラを描き過ぎるという事も、逆に描き無さ過ぎるという事もなく、過不足無く纏まっていたものが、『功夫/カンフーハッスル』では完全にその匙加減を間違えるという結果になってしまったのだ。むしろこの映画の場合"オレ映画"である方が良かったのだが、『少林足球/少林サッカー』の世界的成功によって読み違えを起こしたのだとしたら皮肉である。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画のもうひとつの批判点は、周星馳覚醒までの展開にある。しかしここは功夫映画史の観点から、私は彼を弁護しておこう。 やはり多く聞こえる批判は、強くなるのが遅く唐突である、という点だ。功夫映画であるなら途中で特訓は欲しいという意見も多く目にするが、この映画の場合それは無い。いや、あってはならない。 ひとくちに言ってこの映画は、神怪武侠片から、胡金銓による武侠片の新世紀、張徹を代表するショウブラ暴力路線、李小龍フィーバー、独立プロ乱立、新派武侠片ブームという、60年代から70年代半ばまでの功夫・武侠片の歴史を包括しているものである。それは62年生まれの周星馳が、少年期に見た映画の総決算ということなのだ。 特訓場面が欲しいと言っているのは、日本の、それも第二次功夫ブーム世代、いわゆるジャッキー世代である。第一次功夫ブーム世代にとっては、特訓場面が無いことはあまり違和感のあることではない。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『蛇拳』『酔拳』に代表される特訓物は、正しくは「練功小子片」という。功夫映画史における「練功小子片」の原イメージは、武侠小説の元祖「聖朝鼎盛万年青」における方世玉にある。方世玉を映画化した際の特訓場面を独立させたのは張徹であり、その映画で武術指導を担当した劉家良によって、特訓場面の写実的描写というモダニズムが登場したのは76年『陸阿采興黄飛鴻』によってであった。ようするに功夫映画史に於いてこのジャンルは新しいものなのだ。 ジャッキーの『蛇拳』『酔拳』が、劉家良のストイックさに対する精神的アンチテーゼとしてパロディの役割を担っていたことは、公開当時から指摘されていたものだ。 今回『功夫/カンフーハッスル』で周星馳が総括しているのは、この「練功小子片」登場以前の世界観である。それ以前の映画ではあまり見られることの無い特訓場面を、入念に描いてしまってはブチ壊しではないか!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそのために引っ張り出されたのが「如来神掌」という秘伝であろう。少年時代の回想場面で如来神掌・三式を使用していた周星馳は、第一の覚醒場面では見事に究極奥義である九式の刻印を残してみせる。これは主人公が死に物狂いで如来神掌を会得していたことを示す省略法だ。技は会得しているが、彼はその使用方法が解からないだけで、古臭い武侠片的作劇法を持ち出すことによって、覚醒という形で達人になることを納得させ得る記憶装置が、如来神掌という超有名な秘伝なのである。 秘伝の覚醒という線に沿って話を進める方法が、達人たちの危機的状況で、そこにシンパシーを覚える主人公の心象描写の方こそ旨くはいっていないものの、豚小屋砦のエピソードは恐ろしく魅力的に描かれるという結果は生んだ。この映画に特訓場面が描かれなかった理由はお分かり頂けたであろうか。(次回へ)  

周星馳(2)『功夫/カンフーハッスル』 [2005年01月06日(木)]

周星馳(2)『功夫/カンフーハッスル』'04年製作、監督、主演:周星馳ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「如来神掌」少年時代の周星馳が袁祥仁から買わされる秘伝書がコレ。上官虹の同名武侠小説を映画化した曹達華の代表作はあまりにも有名。映画については当HPで特集したものをご参考下さい。(03/1/20以降の日記) 回想場面で周星馳がイジメっ子に放つ技は"如来神掌・三式"。如来神掌を習い始めて最初に実用的になるのがこの技で、ちゃんとコレをやってくれるところが泣かせる。八式までだった如来神掌を、究極奥義"如来神掌・九式"別名"萬佛朝宗"にまでしたのは創始者の"火雲邪神"古漢魂。同作の『第三集』において、瀕死の古漢魂が曹達華演じる主人公・龍劍飛に九式を伝えるべく、"鼎"に九式の刻印を残す名場面がある。コブラの毒にやられた周星馳が、最初の覚醒を見せる場面で信号機に手形を残す場面は、オリジナル『如来神掌・第三集』の名場面からだろう。82年にショウブラでもリメイクされているが、こちらは三式も九式も出てこないんですよ。オリジナルを見るべし!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「火雲邪神」如来神掌を編み出した古漢魂の異名だが、他の武侠小説や武侠片にも登場する。初出の出典は不明で、よくある異名なのか?やはり繋がりとしては如来神掌からとするべきなのが自然だろう。その火雲邪神を演じているのは梁小龍。倉田曰く、ブルース・リーを除けば香港映画界で一番強かったという梁小龍、戦神を演じるには充分なキャスティングだ。その火雲邪神の得意技が蝦蟇功。もとは金庸の小説「射G英雄傳」に登場する"西毒"欧陽鋒の得意技。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「琴」馮克安と賈康煕の演じる殺し屋"天地殘"の武器は波動を飛ばす"琴"。これは香港映画の名脚本家・倪匡が発表した武侠小説「六指琴魔」から。ペンネームとして原振侠や衛子理なども使い分ける倪匡だが、「六指琴魔」は倪匡名義の代表作。林霞と元彪の共演した同名映画は日本でも見ることが出来る。過去に何度も映画化されているが、いちばん有名なのは65年版『六指琴魔』だろう。これは陳寶珠と李居安が主演、石堅共演で、タイトルロールの"六指琴魔"を演じるのは雷鳴。 馮克安の雄姿を再びスクリーンで見られたことも驚きだが、元華との本格的なタイマン勝負はありそうでなかったレア対戦。賈康煕の方は馴染みはないかもしれませんが、彼も張徹の「長河」出身組。デヴューは張徹最晩年の傑作『西安殺戮』。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「タイトル」当初この映画のタイトルは功夫に対する誤解を招く恐れがあるとして中国政府に受け入れられなかった。それで周星馳が仮に提出していたのが『高手、又見高手』。これは古龍の武侠小説「飛刀、又見飛刀」のもじり。「飛刀、又見飛刀」の映画化版『飛刀、又見飛刀/激突!少林拳対忍者』には梁小龍も出演してますね。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「李小龍」ラストの決闘で周星馳が身に纏うのは『龍争虎鬥/燃えよドラゴン』のVSオハラ(ボブ・ウォール)でブルースが着ていた功夫服と同じデザインの物。『燃えよ』のビッグバトルから地下牢ファイト、『精武門/ドラゴン怒りの鉄拳』の虹口道場殴り込みを再現する動きで闘う周星馳。さぞかし気持ち良かったことでしょう。そのVSオハラでサマーソルトのスタントをやったのは元華でしたな。李小龍ネタはもうひとつ。車の中で斧頭会のボスを脅す元秋の仕草は『猛龍過江/ドラゴンへの道』でローマ料理店を乗っ取りに来た外人に脅しをかけるブルースそっくり。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「最後の闘い」如来神掌を会得した李小龍が、ショウブラの象徴・斧頭会を引き連れた、金庸小説の技を使う独立プロの雄・梁小龍と闘うという構図は、それだけで"神怪武侠片〜新派武侠片ブーム・ショウブラ・張徹・李小龍〜独立プロ時代"という功夫・武侠片の歴史そのものである。これを見事に一枚の絵の中に収めたのは、周星馳の限りのない愛情の成せる技だろう。後光の差す周星馳にひれ伏す梁小龍に、喬宏の姿に涅槃を見た韓英傑が倒れる胡金銓の『侠女』を見たのは俺だけか?ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「秘伝」ラストに再び現れた袁祥仁は、その辺の少年にまた如来神掌の秘伝を売りつけようとする。少年が興味が無いと見るや、懐から取り出したのは"獨孤九劍"や"降龍十八掌"などの秘伝書。いずれも金庸の小説主人公が使う得意技です。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーさあ、みんなも『功夫/カンフーハッスル』を観てハッスルしよう!次回へ

周星馳(1)『功夫/カンフーハッスル』 [2005年01月05日(水)]

周星馳(1)『功夫/カンフーハッスル』'04年製作、監督、主演:周星馳ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー今回は『功夫/カンフーハッスル』公開記念、周星馳特集です。今回は作品個別に取り上げたいので、周星馳その人につきましては前回の特集を参考にして下さい。第一回は現在公開中の『功夫/カンフーハッスル』を取り上げますが、当然ネタバレありです。では『功夫/カンフーハッスル』をより"ハッスル"するための小ネタ集、お楽しみ下さい。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「時代設定」1940年代とある。当時の中国は日本軍の占領下にあるはずだがその影は見えない。そろそろ毛沢東率いる共産党の力が増してくる(共産党による整風運動の開始は1942年)頃であるが、この影も見えない。国共内戦(1945〜49)に敗れた国民党が台湾に逃れるのもこの時期なのだ。映画のイメージは時期を特定するものではなく、馬永貞の活躍した1877,8年頃から、杜月笙らが暗躍した1920〜1940年代の上海のトータルイメージであろう。どちらかというとTV『上海灘』に近いもので、これはあくまで周星馳の脳内"上海"なのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「斧頭会」実在したギャング団だが、彼らが活躍したのは馬永貞の時代。ショウブラ、特に初期の張徹作品では彼らがよく登場する。張徹映画においては、主人公に襲い掛かる社会の理不尽の象徴として斧を携えた黒服の男達は存在している。当時の香港映画界では、多数の武師を同時に登場させてアクションシーンを撮影できるのはショウブラしかなく、ショウブラはその威容を証明するためにこういったシーンを色々な映画で撮った。したがってこの黒服の男達はショウブラ映画の象徴でもあるのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「猪籠城寨」字幕では"豚小屋砦"。70年代くらいまでは存在していたボロアパートの象徴だ。広東語映画を復活させた『七十二家房客』が元ネタといわれているが、そもそも『七十二家房客』は53年の名作広東語映画『危樓春暁』を下敷きにしている。この『危樓春暁』は少年時代のブルース・リーの出演作であることは忘れてはならない。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「馬永貞」周星馳と林子聰が上海にやってくる場面は張徹版『馬永貞』と『仇連環』のイメージ。撮影当初に発表されたバイクにまたがる周星馳のスチールは、まったく『仇連環』の陳觀泰そのままで、この場面が実際に撮影されて使われなかったものか、ただのスチールであったのかは不明。当初、陳觀泰にも出演依頼していたという噂もあるし、この映画が『仇連環』を意識していたのは間違いない。もちろん敵役の斧頭会と闘う場面は『馬永貞』『仇連環』へのオマージュ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「達人」豚小屋砦に隠れ住む達人が斧頭会に立ち上がる場面は、この映画最初の名場面。十二路譚腿の行宇は『少林足球/少林サッカー』のパロディ『武林足球』に出演していたこともある。実は本物の少林僧なのだ。五郎八卦棍の董志華は張徹最晩年の「長河」時代のスター。杜月笙もの『大上海1937』でデヴューしているが、まさにこの映画こそ『功夫/カンフーハッスル』が描いた時代の上海だ。洪家拳の趙志凌は日本における第二次功夫ブーム世代(俗に言うジャッキー世代)にはお馴染みの人。実は林世榮の弟子で黄飛鴻直系の本物・洪家拳使い。兄・趙威は戚冠軍の師匠にして香港に黄飛鴻の技を伝える名門武館の館長。彼が洪拳鐵環を装着する場面に感涙した人も多いのでは?ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「洪金寶」全体の武術指導は袁和平だが、上の名場面の武術指導はサモハン。だからこの場面のみアクションのトーンが違うのだ。ふたりの武術指導観の違いが良く分かりますね。サモハンの降板理由は残念ながら周星馳との意見の相違によるもの。まあ、ふたりとも"お殿様"ですから。しかしこの場面を見る限り全編サモハンによる指導も見てみたかった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「大家さん」大家夫婦を演じているのは元華と元秋(=甘家鳳)の七小福コンビ。さすがに同じ釜の飯を食っただけあって、実際に何年も夫婦であったかのような佇まいだ。ちなみに二人の役名は"楊過"と"小龍女"。いわずとしれた金庸原作『神G侠侶』の主人公。劇中、"長い間の戦乱を乗り越えて"というようなセリフがありますが、彼らの話は1200年代のこと。いったい何年生きとんねん!と突っ込みを入れてやりましょう。飄々とした元華の芸風はTV『男人四十打功夫』で開花したもの。元秋は『龍争虎鬥精武魂』で仕事した魯俊谷と結婚、引退。早くに引退したのであまり映画には出ていないが、食えないジャッキーに仕事を世話したりもした。学院時代そんな姐さんの風呂を覗いたジャッキーは・・・いや、昔は美人だったのですよ、この人。撮影のために15キロも体重を増やしたそーです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『功夫/カンフーハッスル』の項つづく

「喜劇の王:周星馳」その9<最終回>龍的傳人 [2002年05月31日(金)]

「喜劇の王:周星馳」その9<最終回>龍的傳人ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー意外な結果が周星馳を待ち受けていた、これまで支持してきてくれたはずの観客からの冷たい反応がそれだ。この笑うに笑えないといわれた大作コメディは、特定の客層からは猛烈な拒否反応を示され、さらには一部の観客からは上映中にブーイングを飛ばされるという事態にまで発展した。移民も出来ず、海外での活躍もおぼつかない、主演女優とのスキャンダルネタも引っ切り無しに報道された。あげくの果ては大衆の支持まで失ってしまうのか?このまま周星馳は堕ちた英雄と化していくのか?八方塞がりの周星馳だが転機の芽はあった。『喜劇之王/喜劇王』撮影中に隣の撮影所で『玻璃樽/ゴージャス』を撮影していた成龍(ジャッキー・チェン)と、お互いの作品にワンシーンづつカメオ出演したのだが、肩の力を抜いて笑わせるだけに徹したこの出演場面は(本人には)意外にもけっこうウケたのだった。それから周星馳の沈黙が始まった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(注意:ここから『少林サッカー』ネタバレ!)'99年には『千王之王2000』に客串出演したのみで'00年にはとうとう一本の出演作品も無かった。皆がこの時期の周星馳の挙動に注目していたが、次回作として始動しはじめた『少林足球/少林サッカー』がまさかあれほどの大ヒット作になるとは、当の周星馳を含めてファンも業界関係者の誰もが予想出来なかった。話そのものはいたってシンプルだ。かつて"黄金右脚"明鋒(呉孟達:ン・マンタ)と呼ばれた名サッカープレイヤーがいたが、チームメイトの強雄(謝賢)の裏切りにより選手生命を断たれた。その後サッカー協会の顔役にして魔鬼隊の監督となった強雄に、へつらいながらも自分のチームを持つ夢を諦めない明鋒。その明鋒が町で少林功夫の素晴らしさを説く青年・星(周星馳)に出会い、彼の兄弟子らと少林隊を結成、サッカー大会を勝ち進み宿敵・魔鬼隊と対戦するというもの。映画の見せ場は少林功夫を駆使して大会を勝ち進む場面にあるのは無論だが、この映画の真骨頂は入念に張り巡らされた伏線にある。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー脚本に一年かけたというのも伊達ではないと伺わせるその出来栄えは、日本語字幕だけではフォローし兼ねるところもあるので少し説明をしておく。選手探しに町に出たマンタおっちゃんが周星馳に出会う、そのピュアな志は素晴らしいが只のクズ拾いの周星馳が泣かせる。町での様々なトラブルを見て、ここで功夫が使えればと実例を挙げて説明するが、植木屋の動きに"独弧九剣"が使えればといったところ、すかさずマンタから「それは華山派の剣法だ」とツッコミをくらう。"独弧九剣"というのは金庸の小説「笑傲江湖」で主人公の令狐冲が会得する技。(だから誰でも少林派の技ではないことを知っている。)ツッコまれた周星馳、「すべての武術の元は少林寺だ」とこともなげにいってみせる。ここで周星馳が流派にはこだわりのないところをさりげなく見せ後へと続くようにしてある。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーその後、マンタと別れた周星馳は路上の饅頭売り・阿梅(趙薇:ヴィッキー・チャオ)が見事な技で饅頭作りをしているのを見て屈託なげに褒めるのだが、前段のやりとりがあるのでここでも星というキャラクターがそういう人物だと印象つけるようにしている。なぜなら阿梅の使っている技は武當派の太極拳で、武當派と少林派が仲が悪いのは功夫映画のお約束だからだ。さらにここでのやりとりがラストへの伏線にもなっているのだが、それと気づかせないようにすぐ唐突なミュージカル・シーンや阿梅との饅頭を巡る珍妙なやりとりをはさんで観客をミス・リードしている。そして周星馳演じる星がそういう屈託のない人物だからこそ、ありのままの阿梅を受け入れることが出来るのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー少林隊を結成することになった周星馳とマンタは、周星馳の兄弟弟子達を訪ねていく。いうまでもなく『七人の侍』を踏襲している。大師兄・無敵鐵頭功(黄一飛)、二師兄・旋風地堂腿(莫美林)、三師兄・金鐘罩鐵布衫(田啓文)、四師兄・鬼影擒拿手(陳國坤)、五師兄/弟・少林正宗大力金剛腿(周星馳)、六師弟・軽功水上瓢(林子聰)の六人が少林隊だ。鐵頭功は『少林寺への道』や『少林寺三十六房』などでも見られる頭突きの技。鐵布衫については01/10/4日記の『鷹爪鐵布衫』を参照して下さい。他の技は解りやすいと思うが説明しておかなければならないのは四師兄と擒拿手についてだ。四師兄はその登場時から、アメリカ時代のリクルート・カットのブルース・リーという凝った出立だが、ペラペラと早口でまくしたてるわりに人のいうことは聞いていないというのもブルース・リーっぽくていい。さらには擒拿手という技は、ブルース・リーのソックリさん俳優として名高い何宗道(ホー・チョンタオ/ブルース・ライ)の得意技なのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこれで彼のキャラクターが正統的にパチモン・ブルース・リーの系譜に繋がるキャラであることが判る。少林隊でGKを務める四師兄がひとりだけトラックスーツなのもGKであるからには当然で、『死亡遊戯』のトラックスーツを着た彼が志半ばに決勝の途中で姿を消すのもまた当然なのだ。GKを失った少林隊の守りを買って出るのは三師兄だ。鉄壁の防御技である鐵布衫を駆使する三師兄は、その鍛え上げた鋼鉄の体で少林隊のゴールを死守する。しかし魔鬼隊ドーピングファイターの殺人ゴールを食らい続けた三師兄は内功が破れて負傷してしまう。またもやGKを失い他の選手にも逃げられた少林隊にはもう控えの選手がいない!絶対絶命のピンチに駆けつけたのは頭をマルコメに剃りあげた阿梅だった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーここで全ての伏線が繋がるのだ。圧倒的にディフェンス寄りの展開だったことも、執ようにGKを退場させたことも(ひとりはブルース・リーなのだから消えてもしょうがないと思わせておく。)、阿梅登場の伏線であると同時に、阿梅登場の必然を感じさせないための仕掛けでもあった。阿梅の使う技を思い出して欲しい、そう武當派・太極拳である。太極拳とは相手の力をそのまま応用して闘う攻防一体の拳法だ。ということは阿梅が最初に饅頭を作っている段階でクライマックスまでが合理的に説明出来ていた、ということだ。魔鬼隊の恐るべきキック力も太極拳に受け止められてしまった、そのままの力を利用しパスした阿梅のボールを受けてシュートした周星馳は、魔鬼隊ごと吹っ飛ばす豪快なゴールを決めて勝利を飾った。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー言葉のギャグよりもビジュアルを重視、ストーリーは極力余分を廃して大団円にまで持っていった。名コンビを復活した周星馳とマンタのおっちゃんが、個性豊かな少林隊の面々を率いて勝ち上がっていく痛快さこそ、観客の求めていたものでもあった。前人未踏の6千万香港ドル突破はその表れだ。そしてこの映画は長らく無冠の帝王といわれ、賞レースなどには無縁だった周星馳に「香港金像奨七冠」という栄誉も与えた。壇上プレセンテーターとして舞台に立った張國榮(レスリー・チャン)らは、「香港人はどんなに苦しい時でもあなたの映画に助けられてきました。これからもどんなことがあってもあなたの映画があれば乗り越えていけます。」と最大級の賛辞を送った。そして賞を受け取った周星馳はこうコメントした、「ブルース・リーにお礼をいいたい、彼の映画があるから今の僕があるんだ。」 周星馳・・・世界中のボンクラが望んで果たせなかった、"ドラゴン"を職業にした唯一の男。それは『少林サッカー』という映画を貫くテーマでもあったのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーおしまい! 特集トップへ
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