旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
 なお日記に記載の内容は、無断転載、転用はお断りいたしております。ご理解下さい。(by fake)

 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

『龍形刀手金鐘罩』 [2008年03月31日(月)]

『龍形刀手金鐘罩』'79年製作、監督:陳少鵬、主演:黄家達

 雪原を馬で疾駆する陳星にナレーションが被る。

 清朝が倒れ、中華民国となったが、清朝復古を目指して暗躍する一部勢力が存在する。その中心人物が清朝八旗軍を握る陳星将軍だ。

 韓国ロケの大雪原が非常に効果的で、雪原で陳星が刺客に襲われる秀抜なOPからこの映画への期待が高まる。
 刺客をひとり、またひとりと倒す陳星、最後の刺客として登場するのは[上/下]薩伐(カサノヴァ)・王虎。激しい死闘の末、陳星が王虎を倒したところでOPが終わる。

 この映画最大の魅力は、その顔合わせにある。

 悪の将軍役に陳星、国民党政府の役人に黄家達、清朝の血をひく王女に龍君兒、OPの時点では生死不明の王虎は黄家達の同志。ジャッキーのそっくりさん陳少龍と、ブルース・リーのそっくりさん巨龍が他の同志で、陳星派の敵キャラには劉鶴年、陳燦華、湯錦棠、李發源、林克明、元徳など。
 敵か、味方か?両陣営のスパイとして暗躍する何誌強、他に鄭眞化や 崔旻奎も登場。ちょっとこれだけバラエティにとんだ顔合わせは珍しい。

 顔合わせだけで終わる映画ではない。武術指導も担当した監督の陳少鵬にとってはベストに近い仕事と言ってもいい。

 王虎を倒した陳星は、清朝皇帝の血をひく魯鴻の元へ。皇帝への意欲を見せる魯鴻に対し、現実派の娘・龍君兒は父を嗜めるが・・・。陳星との密約により蜂起を約束する魯鴻の元には、国民党政府の密偵が忍び込んでおり、彼らを監視する黄家達にもその報告はもたらされる。
 すぐさま駆けつける黄家達、「よもや良からぬことをお考えでは?」問い詰める黄家達だったが、素っ惚ける魯鴻。

 屋敷の囲いを破って侵入する王虎と陳少龍との間にひと悶着あったが、共に同志と知り行動を共に。王虎の報告では、間違いなく当地に陳星が潜伏していると言うが・・・。

 父の行動を監視する政府のやり方に反発を覚える龍君兒、ひそかに親衛隊を組織するが、腹心の劉鶴年や陳燦華は何やら企む様子。
 陳星の動向を探る政府の密偵・巨龍と崔旻奎は、魯鴻の外出に同行する情報を掴み陳星を襲う。“金鐘罩”という鐡布杉のような技を使う陳星は無敵で、崔旻奎は返り討ちにあい、巨龍の行動を嗜める黄家達。

 武術指導を兼任する陳少鵬の仕事が素晴らしく、ロケーション効果とカメラアングルを考え、バリエーション豊かなアクションを構築しているのだ。例えば、陳星と黄家達、陳少龍、王虎が対戦する場面では、手技の黄家達、足技の王虎、オールラウンド・プレイヤーの陳少龍と動きを振り分け、陳星には金鐘罩という防御技を使わせることで、同一の動きで演者が被らないように心掛けているなど、手抜かりがない。
 更に武術顧問として“大聖劈掛門”の大家・陳秀中が名を連ねており、そのせいかいつもの陳少鵬の表演的殺陣に比べて、ずっと実戦的なのである。

 黄家達は陳星を追うが、金鐘罩の秘技を破れずに取り逃がす。その間に魯鴻も監視の目を潜り脱出するが、何誌強や劉鶴年らの裏切りにあい囚われの身に。

 陳星を問いただす魯鴻だったが、清朝復興など興味は無いとうそぶく陳星は、八旗軍を動かすための印章が欲しいだけだった。騙されたと知った魯鴻は、あくまで印章の在り処を黙秘するが・・・。

 陳星と魯鴻の行方を追う黄家達と王虎。刀術軍団、槍術軍団などを蹴散らし、二手に分かれても王虎には龍君兒の親衛隊、黄家達には龍君兒その人が迫る。黄家達と龍君兒の対戦をセッティングした劉鶴年は、ふたりを船倉に閉じ込め火を放つ。
 罠と知った龍君兒は、黄家達と協力して虎口を脱出、父の行方不明に陳星の陰謀を見抜く。

 「陳星は恐るべき使い手だ、彼の技の秘密が解れば・・・あれは鐡布杉か?」問いかける黄家達に「あれは確か金鐘罩という技よ」と教える龍君兒。正直言ってどっちでも似たようなもんだが(笑)、金鐘罩破りの技を二人で特訓。
 ここで黄家達の修得する技が“龍形”、龍君兒の技が“刀手”となり、龍形と刀手で金鐘罩を討つ!という題名であることがわかる。

 かつて鐡布杉を操る無敵の銀魔王として君臨した黄家達が、今度は同じような技を破るために特訓するのだが、ここのバックで流れる音楽が何と『ドラゴン太極拳/太極元功/太極氣功』のテーマ曲と同じ!音楽担当は曾廣華、センスいいぞ!

 この特訓場面、黄家達が特訓に励む場面と、陳星が金鐘罩の演武をしている場面がカットバックで描かれ、黄家達の成長に合わせ、陳星の金鐘罩の弱点も判るようになっている演出が出色で、最低でも二人ひと組でないと陳星は倒せないことが観客には伝わるのだ。

 一通り技を会得した黄家達と龍君兒、いったんは役所に帰るが、長きの不在に裏切りの不信を抱かれ、陳少龍と仲たがい。役所を出た陳少龍を利用しようと企む陳星一派だったが、これは黄家達の芝居でスパイとして送り込んだのだった。
 魯鴻の居所を探るためだったが、これを逆手にとって龍君兒らをおびき出す陳星、どこまでも悪辣だ。
 ひとりでは危ないと王虎も同行するが、陳星にやられ、人質となる龍君兒。

 娘の命と引き換えに印章の引き渡しを企む陳星は、要塞に立てこもり魯鴻を拷問にかける。ついには印章の在り処を白状して息耐える魯鴻。黄家達がひとりで要塞に乗り込んできたが、龍君兒は囚われのまま。

 さて如何にして黄家達は陳星の金鐘罩を破るのであろうか?ここからは観てのお楽しみなのであります!

 製作の通用影業は台湾で立ち上げられた会社(香港にも支社はあるが)で、「AN ASSO ASIA FILM」という名前の方が通りがいいか。
 プロデューサーのケ格恩(トーマス・タン)は黎幸麟(ジョセフ・ライ)と共に活動していた、一説には韓国人だとの噂もあるが・・・。初期には『黒豹飛客』などのちゃんとした韓国産功夫片をたくさん作っているが、後に「通用=AN ASSO ASIA FILM」は「IFD」や「フィルマーク」を立ち上げ、怪しい映画作りに手を染めていく。
 そのせいか、王虎、巨龍を筆頭に韓国系スターが大量に投入されていますが、テコンドー映画にありがちな一本調子にならなかったのは、やはり陳少鵬の構成力のおかげか。

 この映画、かなりお薦めです。

『怪拳小子』 [2008年03月19日(水)]

『怪拳小子』'79年製作、監督:唐迪、主演:李藝民

 『師徒出馬』について書かれた部分をもう一度読み返して欲しい。要約すると『師徒出馬』は再編集作品であろう・・・ということであった。
 『師徒出馬』が再編集作品であるならば、元になった作品が存在する訳で、それが今回取り上げる『怪拳小子』なのだ。

 それにしても『師徒出馬』は不思議な作品だ。私は中文クレジットの作品を持っているのだが、監督は袁正義(袁信義のことだと思われるが)、武術指導は袁家班とハッキリ書かれているし、『怪拳小子』という作品が再編集されて『師徒出馬』になったとしても、『師徒出馬』名義でロビーカードが存在する以上、何らかの形で『師徒出馬』として公開されたことだけは間違いない。

 今回、オリジナルである『怪拳小子』と見比べて判ったことは、羅烈フッテージとOPを変えてある以外は、まったく変わりがないということが判明した。『師徒出馬』を取り上げた時には李藝民の髪形などから、もっと別パートが存在するのでは?という推察だったが、これは間違いであった(ただこの理由については概ね説明出来るので後述)。
 しかしそうなると、羅烈フッテージの付け足しだけで監督&武術指導を名乗るとは袁家班にとっても汚点ではないだろうか?それも羅烈フッテージが袁家班が撮影した新撮ならともかく、全然別の映画(おそらく韓国映画)から持ってきた場面ならなおさらだ。オリジナルの監督・唐迪と、武術指導の李小明に申し訳が立たないだろう。

 ストーリー的には大差ないので割愛するが、李藝民の髪形が場面によって変化する理由は、考えられる限りふたつある。

 ひとつは李藝民自身の問題だ。台湾映画界でキャリアをスタートさせた彼は、「長弓電影」時代の張徹に目をつけられ邵氏と契約する。
 それなりの人気を得て台湾に凱旋した李藝民に、新たな契約を持ちかけた人物が郭南宏だ。これがトラブルの始まりだった。
 邵氏との契約を残して台湾に帰った李藝民に、邵氏側が難癖をつけ、李藝民はトラブル回避のため台湾−香港間を奔走する羽目に。

 更には新しく契約した郭南宏との間にも金銭トラブルが持ち上がり、この時期に撮影された映画は、度々中断の憂き目にあっているのだ。
 実際のところはどの作品が中断になったのかは不明ながら、邵氏の『射G英雄傳續集』が終わり、郭南宏映画『虎豹龍蛇鷹絶拳』を撮影、契約履行のため邵氏に復帰して『生死鬥』を撮影する間の作品が『怪拳小子』であることだけは間違いがない。

 もうひとつこの映画が中断になった可能性を持つ要素がある。それは袁小田の健康状態だ。

 『蛇拳』のヒット後、一躍人気スターとなった袁小田の元には、40本からの契約が舞い込み、彼はそのほとんどと契約をしてしまったらしい。『酔拳』公開後の79年10月5日から、袁小田が逝去する80年12月17日の間はおよそ1年。さすがに40本もの作品は消化しきれていないが、それでも18本の映画に出演しているのだから驚くばかりだ。

 実は79年5月頃から体調を崩し始めており、その後は入退院を繰り返し、6月には一度手術を行っている。作品によって急激に体重を増加させているのは、今にして思えばこのせいだったのだろう。
 企画されていた作品のうち、生前に降板したものに『林世榮』、『癲螳螂』、撮影途中で降板したものが『酒仙十八跌』(これの出来にも納得だ)。

 袁小田の死によって残された企画かどうかは不明だが、生きていれば『蛇猫鶴混形拳』や『龍形魔橋』の石堅は袁小田だったような気がする。郭南宏は『酒仙十八跌』以降も契約を望んでおり、彼の死によって構想が狂ったので『師父出馬』には于占元を担ぎ出したと語っている。共にジャッキーの師匠という連想からの代役だったそうで、袁小田が死ななければ于占元が映画に出ることも無かった訳だ。

 しかし直接の死因こそ癌だったかもしれないが、これは明らかに働き過ぎではないだろうか?

 『怪拳小子』でも、後半の出番は茂みの中から李藝民の活躍を見守っているだけで、他の出演者との絡みが無くなってしまうことから、李藝民と袁小田どちらかの理由(もしくは二人とも)で、撮影が中断されていたことが窺える。

 『酔拳』以降、無数に作られた練功小子片の象徴こそ袁小田だ。その彼が残した大量の作品群も、健康を害した70歳近い老人が、老体に鞭打って残した作品であったということだ。昨今続く芸能人の訃報の前に、今一度この事実を考えておきたい。

『大惡客/上海灘』 [2008年03月04日(火)]

『大惡客/上海灘』'79年製作、監督、主演:戚冠軍

 製作は79年だが、公開は80年6月説がある。この映画が“上海灘”という別題名を持つ以上、80年公開説の方が自然だ。というのも、周潤發主演でTV「上海灘」が始まったのは80年3月のことだからだ。後の周潤發のイメージを決定付けた大ヒットTV番組に便乗したと考える方が、この妙な映画にはしっくりくるのである。

 青幇らしき組織を立ち上げたと思しい人物(杜月笙ではない)というナレーションの後、赤バックに戚冠軍の洪拳演武からスタート。ここは中々の出来で期待させる。
 江青霞の組織する賭博場乗っ取りを企む金剛一派は、全面戦争の末に縄張りを掠め取る。残された江青霞一味は番頭格の唐迪を中心として、出直しを図る。娘の王眞だけは復讐を誓うが・・・。

 港湾労働者の戚冠軍と弟分の張泰倫は、賃金上げ要求のもつれから港を支配する唐迪と顔見知りになり、その腕を見込まれて組織の用心棒になる。
 慎重な戚冠軍とは違い、いっぱしの顔役気取りの張泰倫を利用し、揉め事を起こさせては勢力の拡大を図る唐迪。
 金剛一味は、六戈、劉文彬、助っ人の彭剛らがやられ、徐々に追い詰められていくが、江青霞との闘いで負傷した金剛自らは乗り出さない。

 この映画が奇妙なのはここからだ。

 負傷を理由に闘おうとしない金剛は、更なる助っ人・馬金谷を呼び寄せる。物語も終盤に差し掛かり、ほとんど物語の進行からは忘れ去られていた王眞と、唐迪にいいように利用されてきた張泰倫との間に婚約が纏まり、大慌てで婚礼を向かえる。
 婚礼当日、馬金谷が連れて来た殺し屋・蘇國[木梁]、宏興の襲撃により、張泰倫ほか唐迪らも皆殺しに。

 この映画は一部で『洪拳小子』のリメイクではないかと言われている。なるほど、暗黒街に憧れる弟分とその兄貴、二人を利用しようとする人物も登場する。おまけにその人物はどちらも唐迪が演じており、貧しい張泰倫が金時計を出世のアイコンとして見ている場面など共通点は多い。初監督の戚冠軍が、師匠・張徹の作品を巧みに取り入れたことだけは間違いなさそうだ。

 そうであるならば、尚更この映画の展開には首を傾げざるを得ない。この場合、散々伏線を張ってある訳だし、戚冠軍らは金剛一味との闘いが終わったら用済みとして使い捨てられ、唐迪のみが漁夫の利を占めるという展開であるべきだ。
 だが驚くのはまだ早い。更に映画は混迷の度を増してくるのだから。組織を潰され、新郎を殺されたた王眞は、怒り火の玉と化して金剛一家に乗り込み、一撃で金剛を倒すのである。文章上、ある種の表現として“一撃”と書いたのではない、文字通りの一撃なのだ。

 ラスボスが一撃で倒されるという前代未聞の展開後、物語の決着を担うのは、終盤になって助っ人参戦した馬金谷。確かに殺し屋を連れてきたのは馬金谷だが、王眞や戚冠軍との絡みは無に等しい人物に、これまで散々尺を費やした物語を預けてしまうというのは、どうにも肯けない。それにだ、一撃で殺してしまうのなら、何も最初から金剛なんて大物を引っ張ってくる必要もないだろう。

 それまで一緒に葬式をしていながら、王眞の危機になってやっと現れた戚冠軍は、馬金谷を倒して自らも息耐える・・・・ラストだけちゃんと張徹風にしてあるんだ(笑)。
 いや、全体的にアクションは悪くない映画(武術指導は阿材、黎根、福洲)だが、とりわけ馬金谷のアクションが素晴らしく、ラストの王眞から続く二連戦だけは見ものである。

 これはこの映画の後半の展開からの想像だが、恐らくは金剛が本当に何らかのアクシデントでアクションが出来なくなってしまったのではないだろうか?
そのため金剛に代わってストーリーを担う人物が必要となり、唐突に登場しただけの人物では闘う理由が見いだせないことから、伏線も素っ飛ばして唐迪達まで殺し、馬金谷の悪辣さを印象付けるという作業が必要になったのでは?

 こう考えるとこの映画も随分とスッキリするのだが・・・・。

 監督はおろか脚本も務めた戚冠軍は、78年の『身形拳法興歩法』撮影時に自社公司「冠軍影業公司」を設立。この『大惡客/上海灘』がその第二弾にあたる。『大惡客/上海灘』以後、「冠軍影業公司」が映画を作ったとは聞こえてこない。

『十二潭腿』 [2007年11月23日(金)]

『十二潭腿』'79年製作、監督:杜魯波、主演:梁小龍

 かつて端役時代のジャッキーをこき使ったという梁小龍も、時代の波には逆らえず、ジャッキー・モドキの練功小子片に主演することになった。

 この映画の製作された'79年は、『蛇拳』('78)のヒット後に訪れた練功小子片の大ブーム真っただ中にあった。この'79年がブームのピークで、同時期に製作された功夫映画のほとんどが練功小子片だったといっても過言ではない。
 呉思遠と共に一大ブームを巻き起こしたこともある梁小龍であったが、黒社会とのトラブルや、私生活の乱れからスターの座を追われていた。'51年生まれというから『十二潭腿』出演時にはまだ28才で、練功小子片の立役者ジャッキー・チェンとは3才しか違わない年齢だ。かつてのシャープさは見る影もなく、太った体に不摂生が伺える。

 OPに“十二潭腿”の説明があり、江正による演武(スタジオではなく野外)がある。この場面における江正の動きは素晴らしいが、彼はOPのみの出演。

 スリの梁小龍は潘耀坤の縄張りで仕事をして一味(“大細眼”こと宋錦成、山怪、林克明、魚頭雲、祁浩サ)に袋叩きにあう。賭場を経営する潘耀坤に借金がある梁小龍、万年貧乏暮らしからは抜けられない。怪我をした梁小龍を助けたのは娼館の下働き韓國材。梁小龍が住みかにしている廃寺に運ぶと、そこには車夫の谷峰も住み着いていた。

 李海生はこの地方のボスで、一帯の武館を倒して名を挙げていた。残るは周江、陳嶺威、何漢洲の三人で、腹心の劉尼と計略を練る。鐡布杉を使う李海生は挑戦状を叩き付け、周江は眼を、陳嶺威は脚を、何漢洲は腕を潰して制圧した。この様子を見ていた梁小龍は、倒れた周江らを大八車に乗せ、廃寺に匿い面倒を見る。ヘンなオヤジだと思っていた谷峰も薬の調合に酒を分けてくれた。

 潘耀坤の借金を返せない劉一帆、娘の李通明を借金のカタに売り飛ばす。金露の経営する娼館も、潘耀坤の系列で、果ては李海生にまで繋がっている。見事な悪事の構図である。
 李通明を不憫に思った韓國材、彼女を助けて梁小龍のところへ。迷惑がる梁小龍であったが、結局は面倒を見ることに。怪我をした三人の師匠たちは、そんな梁小龍にそれぞれの武術を教え、いずれは李海生に復讐して欲しいと頼む。「復讐は馬鹿らしい・・・」という梁小龍だったが、「今まで誰にも恨みはに思ったことはないのか?」と問われ、かつて潘耀坤一味に受けた屈辱を思い出す。

 特訓が始まり、周江の蔡家拳、陳嶺威の李家拳、何漢洲の莫家拳を教えられる。途中の演武が蔡李佛拳の手技をアレンジしたものに見えるが、何故素直に蔡李佛にせず莫家拳としたのか?

 腕の上がった梁小龍、街で猛威を振るう潘耀坤一味に抑えられず、一味を懲らしめる。面白いのは、この場面のロケ地が『生龍活虎小英雄/必殺ドラゴン鉄の爪』や『神龍小虎闖江湖/帰って来たドラゴン』と同じ場所で、追われた梁小龍が、相手の追跡をかわすため逃げ込んだ路地で、壁虎功を見せる場面も同じ所で撮影されている点だ。

 「先生やりましたよ!」喜び勇んで帰宅した梁小龍を鼻で笑う谷峰。そんな腕で何が出来る?と笑う谷峰に挑んだが、練功小子片お馴染みの、壺の取り合いや椅子の攻防であしらわれる。そのやりとりを見ていた三師匠、谷峰の動きに十二潭腿を見て彼が達人であることを知る。
 その技を教えて下さいと頼む梁小龍に、代わりに車夫として働くことを提案する谷峰。実はこれが足腰の鍛錬になっているのだが・・・。

 潘耀坤から梁小龍のことを聞いた劉尼、その様子から周江たちが生きていて技を教えたらしいことを知る。

 上達した梁小龍に満足し、最終仕上げに入る谷峰。紙を吊るして打つ訓練や、綿の塊をバラさずに蹴り上げるという、いつかどこかで見たような場面。
 紙を打つ場面はちょいと1インチ・パンチを思わせるが、サモの映画でも同様の場面がありましたな。ここら辺、非常に詠春拳モノっぽいが、足技ばっかりクローズアップされる梁小龍も、元々は詠春拳出身だ。

 潘耀坤一味の探索は続き、廃寺に李通明もいることがバレる。外出時に襲われ、元の娼館に連れ戻されるた李通明、金露から執拗な折檻を受け死んでしまうが、物語上殺す必要あったのか?というのも、この後、梁小龍が彼女の死を知ることはないからだ。

 娼館に助けにきた梁小龍だったが、李海生の鐡布杉に歯が立たない。韓國材の機転で神打術までは破ったが、危ういところは谷峰に救われた。鐡布杉を破るには正午に奴の気が中心に集まるまで待つことだと説く谷峰。劉家良の『洪熙官』そのままじゃん! 

 真昼の決闘を迎える梁小龍、韓國材も助っ人だ。二人の連携プレーで急所を的確に突いていく。さすがにこのラストは見ごたえがあるが、梁小龍のジャンプ力は明らかに落ちている。うまくカメラアングルで誤魔化しているか、カットを変えてトランポリンを使っているが、かつての姿を知る者には寂しいなぁ・・・。

 どの映画でも素晴らしい動きを見せる李海生は、ショウブラの養成所「南國實験劇團」で拳術指導をしていた。同所で、スタント他一般の武術指導やアクションの基礎を教えていたのは徐蝦だが、李海生はもう少しちゃんとした武術を教える係だった。
 葉問門下の詠春拳高手・招允(香港に来る以前からやっていたが、改めて葉問に入門した)から詠春拳を学び、自らも道場を主宰する本格派中の本格派である。この招允門下に狄龍がいたことから、その繋がりで映画界入り、映画出演も狄龍や、李海生に武術を学んでいた姜大衛たっての頼みで、彼らが初監督した『電單車』『吸毒者』に頼まれて出演したことから、その長い役者人生が始まった。

 ちなみにだが、狄龍や李海生がいたからかどうか、招允の武館には映画関係者が多く出入りした。張權、黎應就、楊金凌、楊澤霖は熱心な方で、李家鼎、梁家仁、林正英なども顔を出していたという。監督、俳優の区別なく学んだが、正式に弟子入りと認められているのは李海生と狄龍の二人のみである。

 ショウブラから独立プロ、デブゴン映画の常連を経てジャッキーの'80年代作品にまでまんべんなく顔を出したが、その腕前もさることながら、彼の人柄によるところも大であったろう。凄みを利かせたラスボスから、お笑い担当の三下まで、幅広い活躍を見せたが、やはり印象的なのは『少林三十六房/少林寺三十六房』の少林寺師範代役。劉家輝扮する三徳を厳しく鍛える場面では、武術と演技が一体化して、少ない言葉で全てを現した名場面に仕上がっていた。

 現在映画からは遠ざかっているが、電視劇ではまだまだ活躍していると聞く。消息不明になる人も多い中、彼のような役者ががんばっていてくれると、我々ファンもうれしいのだ。この映画の出来はそこそこだが、李海生全盛期の仕事として語り継がれるべきだろう。

『火鳳凰』 [2007年11月18日(日)]

『火鳳凰』'77年製作、監督:徐天榮、主演:姜大衛、上官靈鳳

 姜大衛と王雄が、来客の出迎えに出ているが、おっちょこちょいの王雄は相手を間違えてばかり。二叔というだけで相手の顔が判らないからからなのだが、同じ二叔ということで返事をした別人の若い男・李洪道は何やら謎の雰囲気。
 今日は護國会という武術家兼革命派の集まりで、姜大衛が探していたのは一門の二叔・王侠だった。

 一応、セリフの中に「打倒、軍閥!」とか「国民党革命云々・・」なんてセリフが出るところをみると、どうやら辛亥革命後、袁世凱の軍閥時代が背景のよう。今イチ定かではないのは、所有するバージョンが北京語中文字幕のもので、やはり英語字幕の無い作品は物語が把握しづらい。
 もっとも、時代背景として語られるほど大した関わりがある物語にも見えませんが。

 この護國会、一門が勢揃いすると中々圧巻である。

 王侠を筆頭に、長老・高飛(フィリップではない、同名異人)、姜大衛、岳華、羅烈、龍世家、楊烈、黄國柱、王圻生など。一門と繋がりのある葛天のおてんば娘に上官靈鳳。ここの息子で護國会メンバーの柯受良、上官靈鳳の二叔が李洪道ということになり、謎の人物も正体が割れる。

 かなり豪華な出演陣だが、実際のところ岳華や羅烈はゲストに近い。だがこの映画は、彼らの短い出番を巧く利用し物語を作っているところに工夫がなされており、B級ながら豪華感を醸し出すことに成功している。おそらくは、先に岳華たちのスケジュールを抑え、使える拘束期間から物語と配役を割り振ったのではないか?

 一門衆は打倒軍閥を叫び、結束を高めようと集まった訳だが、書生上がりの李洪道は軟弱で皆の嘲笑をかう。羅烈との練習試合でも散々なところを披露するが、一瞬素早い動きを見せたことを見逃さない者も何人かいた。このことが後に彼を窮地に陥れるのだが・・・・。

 謎の赤覆面が暗躍し、護國会一門に挑戦を叩きつけるところから物語は大きく動き出す。

 この赤覆面、何が目的かは不明ながら、護國会一門に深い恨みを抱いており、一門衆ひとりひとりを血祭りに上げていく。先ほど巧い作りだといったのはこの部分で、岳華、羅烈、黄國柱、王侠、柯受良と、ギャラの高そうな順(黄國柱のみ武術指導兼任であることが理由で)に画面から姿を消していくのだ。

 このVS赤覆面の場面が、同じようなシチュエーションや殺陣を避け、それぞれに工夫を凝らしたアクションになっているところも素晴らしい。VS岳華は、岳華が手刀の連続技という珍しいアクションをみせるかと思えば、VS羅烈は土砂降りの雨の中という功夫映画には珍しいシチュエーションを用意。あえて足もとが滑る状況を設定するとは、よほど演出(含む武術指導)に自信があったとしか思えない。
 そしてこの方法なら、ゲスト出演陣に見せ場を与えつつ、短い出番で速やかに退場願えるという、製作の実利面からもリーズナブルな方法なのだ。

 VS黄國柱は壁虎功対決、王侠暗殺場面で赤覆面の正体に疑問が持たれ、李洪道が疑われるようになるのだ。

 姜大衛と仲の良い上官靈鳳は、親戚の李洪道が疑われることに腹を立てるが、彼女も一門の悲劇には頭を痛めており、自身の得意技である“火鳳凰”を赤覆面退治に提供する。この“火鳳凰”というのが、動力源不明の鳳凰型飛行武器で、毒を噴出したり、爆発したりとオプションも付け放題のスグレ物。
 一門の世話役、龍世家と赤覆面退治の計画を練るが、何故か赤覆面は全ての作戦をことごとく見破るのだった。

 強いのだか弱いのだか判らない李洪道は、それ故に数々の疑問を招き、その間にも柯受良が犠牲になる。いよいよ姜大衛に危機が迫った時、彼を助けたのが李洪道で、国民党側の護國会一門を倒すべく送られた軍閥派の刺客・赤覆面の動向を探るため、わざと弱い振りをしていたという。

 どうも王侠の死も偽装、それを手伝ったのが彼の召使だった楊烈、彼らは日本軍から送られた軍閥派の助っ人で、彼らを指揮していたのが赤覆面だったのである。

 いまこそ一門の結集を見せる必要があり、姜大衛と上官靈鳳は共同で特訓に入る。実はこの場面こそ、この映画最大のウリとなる場面であり、わざわざこの映画を紹介する理由なのだ。

 姜大衛VS上官靈鳳! 共演もこれ一本なら、対戦もこの場面のみ!

 どうです、レア対戦マニアにはたまらんでしょうが。

 裏切り者の楊烈、王侠を倒し、ついに赤覆面との決戦を迎えるが、果たしてその正体は・・・・?! なーんて言うまでもなく、消去法で龍世家しか残っておりませんがな。

 編集が若干雑なきらいはあるが、立体的でダイナミックな殺陣はかなり好感持てる。龍世家のアクロバットも素晴らしく、功夫映画にありがちな、倒した瞬間に劇終というエンディングでもない。ちょっとしたエピローグを加えるなど、最初から最後までこの映画ならではの工夫が加えられている。B級映画であることは否定しないが、観るべき価値ある作品と言えよう。

『K龍/激突!ドラゴン稲妻の対決』 [2007年11月15日(木)]

『K龍/激突!ドラゴン稲妻の対決』'73年製作、監督:羅熾、主演:TONY FERRER

 フィリピン功夫映画の大スター、トニー・フェラーを迎えて、香港とフィリピンの合作で作られた作品。香港側プロデューサーは王世立、フィリピン側プロデューサーはBOBBY A SUAREZ。製作公司は不明(フィリピン側はインターナショナルなんとか)ながら、同社は同じような方式で『ASIA COSA NOSTRA』なる映画も製作している。主演はやはりトニー・フェラーで、『K龍/激突!ドラゴン稲妻の対決』もそうだが、香港側にほとんど資料が存在しないところをみると、フィリピン資本の方が大きな映画だったのかも。

 日本でも'74年6月15日、第一次ブームの真っただ中に公開されており、観たことある方もおられるだろう。一部資料には'76年7月24日にテレビ朝日系列で放送されたとある。こちらのバージョンでご覧の方もいるのかも。

 監督は呂奇説もあったが、『天殘地缺/ミラクルカンフー阿修羅』や『五雷轟頂』を撮った羅熾で間違いない。
 英題が『The Black Dragon』ということになっているが、こちらで探しては永久に見つからない可能性も。香港映画に『The Black Dragon』という英題の映画は何本もあるのだ。香港での英題は『Great Dragon Boxer』の方がポピュラー。これはフィリピンでのタイトルが『O Grade Dragao Kick-Boxer/Bandeirantes』というところから来ている。

 ちゃんとストーリーが紹介されたことの無い映画だと思うので、この際だからきちんと書いておきます。

 黒龍団なるギャングに潜入捜査を試みた刑事・齊琳が殺された。実は今しも彼の誕生パーティが行われる予定で、妻の王莱は久しぶりに帰郷する三人の息子と共に夫の帰りを待ちわびていた。
 父の死を知らされ現場に駆け付ける息子たち(トニー・フェラー、ジミー・リー、劉江)、現場を指揮する喬宏警視に黒龍団の存在を知らされる。
 葬儀が執り行われ、友人の唐菁もお悔やみを言いに現れた。「まるで私にとって師も同然の方でした・・・・犯人逮捕に出来ることがあればどんな協力も惜しみません」唐菁の言葉に喬宏も肯く。

 兄弟たちは父の仇を討とうと独自の調査を開始。それぞれが黒龍団の縄張りに潜入する。密輸の噂を聞き付けた劉江は港湾に、ショバ代を荒らしている噂を聞いたジミーは飲食店に、そしてトニーは売春組織に潜入するためポン引きの馬劍棠に近づいた。

 劉江やジミーがそれぞれに成果を挙げていく中、ひとりトニーのみは明らかに目的が違っていた・・・・としか思えない行動に走っていた。

 初めに紹介された娼婦のミス・ワンを散々に抱いた後「君はどうしてこんなことをやっているんだ ?!」と説教。風俗嬢に嫌われる客No.1の行為である。帰ろうとした所へ悲鳴が聞こえ、別の娼婦ミス・アローナ(トニーと共にフィリピンから来たと思しい女優アローナ・アレグラ)が客に酷い暴行を受けている所を目撃。ミス・アローナを助けたのはいいが、そのままミス・アローナも抱いてしまうトニー。指名替えは風俗嬢に嫌われる客No.1の・・・・以下、略。

 ジミーと劉江は暴走し、度々組織と揉め事を起こすが、その都度喬宏に助けられる。組織と繋がっている汚職警官の何柏光からの注進で、劉江たちが死んだ齊琳の息子だと知る黒龍団。謎のボスは姿を見せず、組織のNo.2である李文泰が報告に現れるのみだ。

 弟たちの活躍を他所に、ミス・アローナにドップリのトニー。「こんな関係を続けてはダメだ・・・」自嘲するトニーに、「あなた真面目なのよ、もっと楽しまなきゃ」と娼婦の鏡のような発言をするミス・アローナ。金払いはいいかもしれんが、風俗嬢には間違いなく嫌われるぞトニー!

 まあ、あまり出来のいい映画でもなかったが、ここから加速度的にグタグダになっていくのだ。

 トニーはミス・アローナとミス・ワンを連れて足抜けの準備。父の仇討ちはどうした!追われるトニーだったが、無線で劉江に状況を連絡、その無線は喬宏にも通じており、全てはトニーの計画(そんなものが欠片でもあったとしてだが・・)通りに進む。
 船で二人を逃がそうとするが、そこは待ち伏せされており、ボートの上で闘いが始まる。ジミーと劉江も助っ人に現れ、とりあえず状況を脱するが、どうみても行き当たりばったりの有り様としか思えない展開。またジミーと劉江は姿を消し、「俺たちの正体がバレた以上、母さんが危ない!」と自宅へ急行する。

 案の定、王莱は連れ去られており、現場には黒龍団の証である翡翠の指輪が落ちていた。
 「兄貴と合流しよう!」ふたりが相談している頃、警察は売春宿を一斉捜査、喬宏は着々と組織を壊滅に追い込んでいく。
 ミス・アローナを発見したジミー、「このクソアマ、母さんを何処へやった!」と詰め寄る。知らないわと答えるミス・アローナに対し、売春婦の言うことなんか信じられるかと暴言を飛ばす。
 そこでミス・アローナ、実は私は婦人警官なのとバッジを見せるが、あんたずっと客取ってたんかい!

 ミス・アローナの手引きで母の行方を追うジミーと劉江。ミス・アローナはミス・ワンを逃すため再びボートへ。やっぱり待ち伏せされ、ミス・アローナは馬劍棠と相討ちで海にドボン。
 王莱を人質にとった組織は、いよいよ謎のボスが姿を現した。実は・・・というか、この配役ならやっぱりというか、唐菁が組織のボスで、姿を現したはいいが、組織の命はもはや風前の灯であった。

 一方のトニー、もはや目的もなく(彼は母の誘拐を知らないし、ミス・アローナたちや兄弟とも別行動)ただ暴れているだけにしか見えない。どこぞで組織の末端構成員をド突き廻しているその時、劉江はひとりで車を運転し、組織を追っていた。最初に潜入していた港の倉庫に現れ、車やジミーはどうなった?という疑問もほったらかして、周小來他(劉鶴年、任浩、黄國良、湛少雄)の武師軍団と闘う。どこからともなくジミーやトニーも合流し、セスナで上空から警官隊を組織する喬宏も応援に現れ、ダラダラと闘いが続きながらボス・唐菁を追い詰めて行く。
 野原で追い回された揚句にタコ殴りにされ、やっぱり倉庫へ戻ってきた唐菁。クレーンでコンテナを持ち上げ、ボスの応援をしようとした李文泰が喬宏に撃たれ、コンテナを唐菁の上に落して全て決着。

 誰一人としてミス・アローナのことを話題にしないラストが、この映画のダメ具合だけを物語っているのだった・・・。

『借刀殺人/忍無可忍』 [2006年01月29日(日)]

『借刀殺人/忍無可忍』'81年製作、監督:黄正利(韓国版:朴充教)、主演:黄正利

 黄正利の監督・主演作だが、この映画にはいくつかの奇妙な点がある。大まかに言って三つのパートから成り立っているのだが、韓国野外ロケ・フッテージ(以下ロケFT)、寺修行フッテージ(以下寺FT)、香港スタジオ・フッテージ(以下香港FT)がそれだ。 このうち、ロケFTと香港FTにおける黄正利の体型や髪型は同一のものであるが、寺FTは明らかに別物だ。だいいち、フィルムの質感や演出の感覚が異なる。 ここから推察出来る事は、寺FTは韓国時代の黄正利主演作ではないか?ということである。恐らくだが、韓国版の監督である朴充教の手による別作品だろう。 そこに後からロケFTと香港FTを追加し、再編集して仕上がったのが『借刀殺人/忍無可忍』ということになるのではないか?香港FTへの黄正利の出演場面の短さ(実はほとんど出ていない)も、この推察を後押しするのだ。

 なお香港版である『借刀殺人/忍無可忍』には黄正利以外にも、監督として呉石、楊威がクレジットされている。楊威は演者としての方が有名だが、『波牛/チャンピオン鷹』などで助監督の経験がある。 ベテランの呉石はショウブラ出身。井上梅次のショウブラ時代に助手としてキャリアをスタート、『釣金龜』などを手がける。黄楓に付いてハーベストでも仕事をし、その縁から洪金寶作品にも関わるようになる。 こうしてキャリアを振り返ってみると、実際の監督は呉石だったのではないかとも思えてくるが、全体の演出感の統一の無さからみても、それぞれのパートを別の人間が撮ったのではないだろうか。 武術指導には元奎、孟海、錢月笙の3人がクレジットされており、それぞれ絡みやスタントでもその姿が確認出来る。当然のことながらアクション場面は彼らが演出するのだから、この映画が黄正利監督作とは言い難い。

 十中八九、再編集ツギハギ作品だろうが、映画そのものの出来はそれほど悪くはない。特にアクション場面の出来は素晴らしく、他の黄正利主演作(韓国作品『天龍蘭』『廣東Salmusa』)と比較しても抜群に勝っている。ストーリーは驚くほど単純で、逆にここまで単純でいいのか?と心配になるほどだ(苦笑)。 両替商が元奎ら盗賊に追われているのを見た黄正利。両替商から金を奪い取ると(この時点では正義か悪かは不明)、元奎たちを"文字通り"蹴散らす。気をつけろよ、そう言って金を両替商に返すが、とても正義の人には見えないから不思議だ。 街中でスリの子供に財布をすられ、追って行ったところがスリの巣窟。子供たちを束ねる樊梅生とやり合って懲らしめる黄正利。 杜少明は米屋の手代、ライバルの米屋がプライズ商戦でセールを展開していることを主人に注進。杜少明がライバル米屋を偵察に出かけてトラブルに巻き込まれている頃、杜少明に嫁いだ妹・胡燕燕を訪ねて黄正利がやって来た。 杜少明を助けて悪徳米屋を叩きのめす黄正利だったが、これがこの物語の長い発端・・・・・というか、本筋もこんだけというか・・・・(笑)。

 腹の虫が収まらないのは悪徳米屋。米屋の意地にかけても奴だけは許せん!怒りに燃える悪徳米屋は、町一番の使い手を捜して奴を始末しろ!と号令を掛ける。たかが米屋の争いだったはずなのだが、話はここから米屋の刺客VS黄正利という、行き当たりばったりとしか思えない展開に。 自称町一番の楊威を雇うが、これが中国一の殺し屋・高雄の名を騙ったニセ者で、高雄を知る王將に懲らしめられる。王將からの食事の招待(見ず知らずなのだが)を受けた黄正利、箸や茶碗を使ったジャッキー映画チックなアクションで王將を倒す。 子供が掏ってきた品物に高雄のものがあるのを発見した樊梅生、気づかれずに品物を返そうとするが・・・・取り敢えず二人の間に遺恨が出来た。王將がやられたことを知った高雄、自分のケツは自分で拭け!とハッパをかける。 杜少明宅を襲った王將、黄正利がいないと知るや胡燕燕をレイプ。何も出来ない杜少明の前で自害して果てる胡燕燕。 帰宅途中の黄正利に狙いをつけた高雄、隙を突かれた黄正利は苦戦するが、樊梅生に助けられた。 今のままでは勝てんと寺での修行を勧められ、紹介状片手に寺へ。

 この寺の管長・張莽はその昔、高雄のライバルだった。回想場面の張莽と寺FTの張莽の姿に物凄いギャップが!別撮り間違いなし! ここでの修行は結構長く、元の韓国映画は果たしてどんなものであったのか?80年に朴充教監督、黄正利主演作『飛天拳』というのがあるが、この作品との関係や如何に? 黄正利が修行している間に杜少明が殺され、修行を終えた黄正利は樊梅生から聞かされる。王將をなぶりものにして高雄の居所を白状させる黄正利。いよいよ高雄との決戦ということになるが、この場面の一部は『死闘伝説TURBO!トップファイター』でも確認出来ますので、本編をお持ちで無い方はそちらの方で! 杜少明のドタバタや、樊梅生の場面には黄正利はほとんど絡んでおらず、王將や高雄が出演する場面も新撮の別撮りだろう。寺での修行場面のみが旧作の使い回しだろうが、再編集作品とはいえ呂小龍映画なんかよりはずっーーと良心的なのである。(香港電影日記:第一期終り。以降は新ブログへ!)

『佛掌羅漢拳』 [2006年01月09日(月)]

『佛掌羅漢拳』'79年製作、監督:袁和平、徐小明、主演:袁信義

 あまり話題に上らない袁和平監督作品。共同監督として『海市蜃樓/天山回廊 ザ・シルクロード』の徐小明がクレジットされているのがミソで、子役から映画界で活躍している彼にとって初監督作でもある。 
 徐小明は5才の時から粤劇を学び、映画界でも子役として早くから活動している。9才から始めた武術では詠春拳を手始めに、11才で螳螂拳を学んだ以後は、洪家拳、蔡李佛拳、意拳を習得。スタントマンから武術指導とキャリアアップを重ね、この映画で監督デヴューを飾った訳だ。

 袁和平にとっては『林世榮/燃えよデブゴン7』と『勇者無懼/ツーフィンガー鷹』の間に監督した作品で、自身で設立した「和平電影製片公司」の第一回製作作品なのだ。このプロダクションでは他に、『巡城馬』『奇門遁甲』『波牛/チャンピオン鷹』『詠春』などを製作している。このように色々とウリは多い映画なのだが、何故か日本ではほとんど紹介されることはなかった。男泣き必死のストーリーと、手を替え品を替えするアクション満載の傑作なんだけど。

 少年(袁信義の少年時代という設定の子役)が川で魚とりをしていると、焼芋を持った小坊主(徐小明の少年時代という設定の子役)が走ってきた。何かに追われているらしい小坊主は、それでも知り合った少年に焼芋を分けると逃げ出した。 
 小坊主は別の少年グループから焼芋を盗んで逃げている途中で、焼芋を握って突っ立っている魚とりの少年はまんまと追手の標的に。見捨てて逃げようとした小坊主だったが、タコ殴りになっている少年を見捨てられず加勢に加わった。 
 ふたりしてしこたま殴られたが小坊主と少年には友情が芽生える。「なんで坊さんになったの?」素朴な少年の疑問に、「知らん、オイラ孤児で師匠が坊さんだから、そのまま寺で育ったんだ・・・」「じゃ何で僕は坊さんじゃないんだろ?」という少年に、「そりゃ君のとこは普通の家じゃん!」と笑う小坊主。
 武術を教えてという少年に、一緒に練習しよう!と約束。やがて月日は流れ、ふたりは無二の親友として成長していった。このオープニング・シークエンスがこの映画の肝なのだ。

 今日も変わらず武術の研鑚に励む袁信義と徐小明。ふたりが学んだのは佛掌羅漢拳。かなりの上達を見せるが、腕はやや徐小明が上か。対練の特訓中、袁信義のペンダントをもぎ取った徐小明に、「それあげるよ」という袁信義。  「明日から町へ出て働かなくっちゃいけないんだ、しばらくお別れだよ」と告げる。ふたりに武術を教えた陳少鵬に、袁信義と養父である張照が挨拶に訪れる。見送る徐小明も寂しげだ。 

 怪しげな売春宿でひとりの僧侶が娼婦と褥を共にしている。僧侶が就寝したのを見計らい帽子の男が部屋へと滑り込んだ。娼婦と帽子の男は知り合いらしく、僧侶を誘い込んだことを話し合っている。「この計画の仕上げをしなくてはな・・・」そう言うと帽子の男は娼婦を絞め殺した。 売春宿に居た事だけでも問題だが、僧侶はそのまま娼婦殺しの罪まで押し付けられてしまい、帽子の男は寺から翡翠の仏像を盗み出すよう命令される。その仏像には宝の在り処が隠されているという伝説があった。 僧侶(帽子の男と同じくここまで顔は晒していない)は黒覆面で寺へと侵入、仏像を狙うが警護の僧侶・袁小田に計画を阻止されてしまうのだ。

 僧侶は奪取に失敗したことを帽子の男に告げるが、その時の現場を張照に目撃されてしまう。帽子の男は足の大きさが不揃いで、張照はその男が誰かを知っていた。目撃されたことを悟ったふたりは張照を襲撃。
 場面変わって町で働く袁信義の様子。何柏光の散髪屋で働く袁信義は、うるさい客・魚頭雲のヒゲを剃り落としてしまい、イチャモンをつけられた。一緒に働く陳龍の加勢で魚頭雲を撃退するが、散髪屋は滅茶苦茶、何柏光はふたりに弁償を要求。そんなら辞めてやるとふたり揃って店を飛び出した。

 「行く当てがあんの?」と訪ねる陳龍に、「故郷に帰れば何とかなるよ」と楽観的な袁信義。 家に帰るともぬけの殻、警察に問い合わせると「張照さんはここ二年見かけない、旅にでも出たんじゃないの?」と聞かされる。「俺に黙って?それに二年も?」おかしいと感じた袁信義、張照の行方を追い始めた。人の良い陳龍は行きがかり上手伝うことに。 幼馴染の唐晶が勤める呉服屋で聞いても、唐晶も呉服屋の主人・李海生も知らないという。 だが袁信義が探索を開始してから、彼の周りでは事件が続発し始めた。

 町のならず者(袁祥仁&楊世鈎)が露天の親父・袁振洋を虐めている。ところがこの袁振洋が意外と強く、袁祥仁&楊世鈎が逆襲されるのが面白い。が、多勢に無勢、危ないところを徐小明に助けられた。町をふら付いていた袁信義と陳龍、徐小明と再会し張照のことで相談を持ち掛ける。 
 師匠に聞こうという徐小明に連れられ寺へと訪れた。陳少鵬は樊梅生と囲碁の真っ最中、邪魔してしまった袁信義は、樊梅生が師叔だと教えられるのだ。 陳少鵬から取り敢えず落ち着くことが先決と諭された袁信義、改めて佛掌羅漢拳の習得に励む。しかし袁信義には次々と刺客が送られてくるのだ。全て例の帽子の男が裏で手を引いているとは知る由もない。 占い師に化けた宋錦城は箸を使った攻撃、張照の行方を知っていると晩餐に招待した山怪は毒使い。それぞれの攻撃を樊梅生や陳龍の助けで切り抜ける。ちょいと抜けているが友達思いの陳龍、今回は美味しい儲け役だ。 深夜、家を黒覆面に急襲されるが、同時に両刀ナイフ使いの覆面男にも襲われる。敵対していた黒覆面だったが、ナイフ使いを代りに撃退、姿を消した。

 捕まえたナイフ使いの覆面を剥げば、それは露天の功夫親父・袁振洋。そこで初めて寺への侵入事件と、張照失踪が関連していること、それを調べ始めたから狙われたことを知る。 呉服屋を追えとの情報を得た袁信義は、呉服屋の蔵を探索。蔵の中で舌を切り取られて監禁されていた張照を発見。 帽子の男の正体は李海生で、事露見したことを感じた李海生は口封じに関係者(袁振洋、唐晶)を次々と殺し始める。止めに入った陳龍もやられ、張照と一緒のところへ李海生がやってきた。 真犯人を告げようとした張照を殺し、大刀を振るって袁信義に襲い掛かる。李海生を倒した袁信義は、今際の際に教えられた手がかりを元に真犯人に迫る。舌を切り取られた張照は、地面に"田"と書き残したのだった。それは師匠・陳少鵬の名前の一部(英語版で不明なのだが、どうやら"田××"という役名らしい)で、疑いながらも陳少鵬に挑む。 
 袁信義の攻撃をかわした陳少鵬は、懐からある物を取り出した。「あの侵入事件の時、護衛の袁小田が犯人から剥ぎ取ったものだ・・・」それは旅立ちの日に親友に贈ったあのペンダントだった。

 「そうか"田"は師匠ではなく徐小明(弟子である徐小明も"田××"という役名)のことだったのか・・・・」つらい真相に愕然とする袁信義。

 罠を仕掛けて徐小明をおびき出し、ペンダントを突きつけ問い詰める。 「仕方なかったんだ・・・李海生に騙され、娼婦殺しまで・・・・言うことを聞くほかなかったんだよ!」悔い改める様子の無い徐小明に復讐の拳を向ける袁信義。
 技では一枚上の徐小明にボロボロにされていく袁信義を、陳少鵬が身を犠牲にして庇う。「徐小明よ、仏の御心を忘れたのか・・・・」動きの鈍った徐小明に、最後の力で立ち向かう袁信義。それでも袁信義を上回る徐小明だったが、最後の瞬間にとどめを刺せない。 

 その一瞬の隙を突き逆転した袁信義は徐小明を倒して立ち尽くす。袁信義の服は激闘で剥がれてしまい、半裸になった袁信義の身体には死闘を示す傷が刻まれている。
 「その傷をよく見なさい」陳少鵬の言葉に改めて身体を見れば、急所には一切傷が付いていないことに気がついた。 悪の道に足を踏み入れた徐小明だったが、親友の命をとるほどに堕てはいなかったのだ。 少年の日の記憶を繋ぐ友情のペンダント、泣き崩れる袁信義の手に残されたのは哀しい思い出だけだった・・・・。  

『三鬥鶴觀音』 [2005年10月06日(木)]

『三鬥鶴觀音』'79年製作、監督:雷成功、主演:嘉凌ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー嘉凌主演作品で、彼女が引退間近に撮られたもの。晩年の代表作のひとつで、やはり激しい立ち回りがウリ。ジャッキー・ブレイク以後の練功小子片ブームに便乗した作品だが、同時期に女性功夫スターとして、このブームに最も積極的に取り組んだのが彼女。 監督を務める雷成功は、ショウブラ『血符門』でデヴュー後、早くから成功電影という独立プロダクションを興し、監督の他に脚本、武術指導、主演もこなす。この映画でも嘉凌を助ける少林拳士で主演しているが、役者としてはあまり成功した人とはいえない。 もっとも本人もそれは分っていたのか、裏方に廻ることが多く、役者として出ずっぱりの主演というのも『奇拳怪腿掃把星』以外にあまり多くない。監督としての代表作は陳星が二刀流"血滴子"を振り回す怪作『陰陽血滴子』。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーお話は、お馴染み乾隆帝による少林寺焼き討ち事件から幕を開ける。焼き討ち実行部隊の金剛将軍は福建少林寺を襲撃。情け容赦のない攻撃で皆殺しの大殺戮。辛くも難を逃れた川原、豆腐屋に身をやつしそのまま10数年が過ぎた。 豆腐屋・川原のひとり娘・嘉凌は豆腐の配達ついでに寺で知り合いの叔父さん・余松照が教えている鶴拳を盗み見。夜な夜な店の小僧・丁華寵を相手に練習を繰り返した。 町にやって来た乞食坊主・程清を懲らしめた嘉凌だったが、程清は宦官・洪化郎の召使・高振鵬に訴え出る。流しの娘・陳婉がゴロツキ・林光榮に絡まれているのを助けようとした嘉凌だったが、そこに現れた謎の男・雷成功が陳婉を助けるのを見て淡い恋心を抱く。この時の雷成功の出で立ちは、白い長包に身を包み、おかっぱスタイルの辮髪、大きな白扇を振り回す"方世玉"もどき。話の背景からいって"方世玉"であってもおかしくない為、てっきりそうなのかと邪推したが・・・・。英語版であるためはっきりとは確認出来ないが、単に"方世玉"に似せてあるだけのようだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー復讐を企む程清は、宦官の狂った息子・曽超を挑戦させた。この男、傴でチック症で言語障害の上、完全に頭もイカレているという、日本では100%放送コードに引っかかるキャラだが武術の達人だ。 この曽超が一目惚れしてしまったことから、困り果てた川原は娘を先に嫁がせることに。雷成功に惚れている嘉凌は、立て看板の挑戦状を出し"自分を倒せたものに嫁ぐ"と宣言。 挑戦にきた曽超に手を焼く嘉凌に助け舟を出したのは雷成功、一旦痛み分けとし、嘉凌の弱点を指摘してやり必殺の手を教えた。雷成功に教わった技で曽超を倒したが、これに激怒したのは宦官・洪化郎。そこへ、少林子弟の残党狩りに町を訪れた金剛が。 雷成功も実は少林派であることが分り、川原たちはこれを迎えたが、嘉凌との間は妙にギクシャクしたままだ。"私のことが嫌い?"と精一杯の背伸びをする嘉凌に、"君はまだ子供だよ"と笑う雷成功。 洪化郎から話を聞いた金剛は、少林派ではないか?と睨み捜査を開始。腹心の張紀平を先行させる。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー雷成功が嘉凌の鶴拳を磨き上げている頃、惨劇は起こった。豆腐屋は襲撃され、川原、余松照は逮捕、残りの従業員や家族は全員惨殺。逃げ延びた丁華寵の知らせで事を知った時は既に遅し!であった。 雷成功の面が割れていないことを利用し、丁華寵を捕まえたといって懸賞金を貰いに屋敷へと潜入。だがそこで、いつか助けた陳婉が召使として働いていたのを知る。恩人に潜入路を教える陳婉、金剛はその微妙な感情の動きに気がついたようだが・・・。 嘉凌と共に救出作戦を決行するが、案の定、金剛に待ち伏せされていた。陳婉という犠牲を出しながらも逃れた一行、一度捜した所は二度は探すまいとの川原の案で再び豆腐屋に潜伏。 若い男女はいつしか結ばれていったが、金剛たちが捜索の手を緩める訳がなかった。再び襲撃され、川原以下全員屍を晒し、一旦は逃げ延びた丁華寵も最後は金剛の魔の手に。 雷成功が張紀平と闘っている間、待ち受ける金剛に立ち向かう嘉凌。珍しい金剛の捧術アクションが見られるが、真骨頂は"鐵布杉"だ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー金剛と"鐵布杉"といえば嫌でもジャッキーの『蛇鶴八歩/蛇鶴八拳』を思い出す。事実、その影響下で作られた殺陣だろう。この映画では鶴拳メインだが、嘉凌を助けに現れた雷成功とのダブル鶴拳という殺陣で"鐵布杉"と闘わせているのだ。 無敵モードの金剛の弱点は足の裏。一番狙い難い所だし、ピンポイントでそこを狙わせる殺陣を作るのも難しい。 闘いの最中に靴が脱げた金剛は、河原の石で足を痛め場所を移動しようとする。弱点に気づいた雷成功との位置取りが、闘いの基本となる殺陣は丁寧だ。嘉凌もそれに気づき、ふたりで足の裏を狙う作戦に出るが、ここで京劇出身の嘉凌が本領を発揮。京劇のアクロバティックで柔軟な動作を、縦横に殺陣に生かした演出構成も光る。 途中の構成にもたつく点もあるが、複雑な女心の変化を演じきる嘉凌にも助けられて佳作として仕上がっている。

『上海灘馬素貞/上海灘/十面威風』 [2005年09月24日(土)]

『上海灘馬素貞/上海灘/十面威風』'72(74年説有り)年製作、監督:傅清華、余漢祥、主演:龍君兒ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいわゆる"馬素貞"ものである。馬素貞や兄・馬永貞に関しては過去の日記(02/7/18,199/1504/2/1)を参照にして貰うとして、ここでは本作の独自な点を検証してみたい。 本作は、殺された兄の仇を討つべく上海に来た馬素貞(龍君兒)が、斧頭会と白癩痢が犯人であることを掴み、復讐するという基本的な骨子は他の馬素貞ものと同じである。 上海に到着した馬素貞に協力する若者(聞江龍)、彼は馬永貞の舎弟で、殺された兄貴分の仇を討とうと密かに情熱を燃やしていたのだ。 賭場で聞き込みをする馬素貞と聞江龍だったが、馬永貞殺しを掴まれたくない真犯人は二人の行く手を邪魔立てする。 賭場の客分で正体不明の男(楊洋)が登場。敵か味方か分らぬ楊洋は、賭場(翁小虎、易原)に協力して二人を追い詰めたり、時に逃がしたりする。 斧頭会が登場し、馬素貞に情報を与えた武館の館長・邵羅輝とその門弟を皆殺しに。やがて事件の黒幕として白癩痢(陳鴻烈)が浮かび上がり、謎の男・楊洋との関係も明らかになる。 最後は、白癩痢と斧頭会(呉東橋、顔玉龍)に殴り込みをかける馬素貞を、聞江龍と楊洋がバックアップ。 追い詰められた白癩痢は"馬永貞殺しの実行犯は楊洋だ!"と言い残して死ぬ。恩人に復讐の牙を向けられず躊躇う馬素貞、その一瞬を突いて聞江龍が楊洋に止めを刺した。一人取り残された馬素貞は悲しみにくれるのだった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画が独自なのは楊洋のキャラクターだ。敵か味方か判らぬままに登場し、その後もミステリアスな立場をとり続ける。馬永貞には憧れていたと告白し、馬素貞を助ける側に廻るが、その奥でかつて白癩痢に協力して馬永貞を手に掛けてしまった事に懊悩する。 仇討ちを躊躇う馬素貞に、止めを刺せと言うのだが、恩を感じていた馬素貞は手を下せない・・・・。 兄の殺害場面は回想でも現れないし、斧で復讐を遂げるということもない。白癩痢は黒幕だが、実行犯は別に・・・という具合にこの映画は馬素貞を主人公にしていながら、馬素貞ものの定番を排している。 とここまで書いて、この映画に見る既視感に行き当たった。これは東映の女侠客ものだ!それも藤純子の『緋牡丹博徒』シリーズだ。 父の仇を捜して"緋牡丹のお竜"こと矢野竜子(藤純子)は、付き従う若い衆・不死身の藤松(待田京介)と共に全国の賭場をさすらう。土地の悪い親分(天津敏、水島道太郎ら)と悶着を起こし、老侠客(嵐寛寿、片岡千恵蔵ら)の死を乗り越え、賭場の客分(高倉健、菅原文太ら)の力を借りて仇を討つ。 このシリーズが特筆すべきは、客分たちが殴りこみに行った緋牡丹のお竜を助けるため、文字通り身体を張って命を捨てたり、身代わりに出頭して刑務所に行く点だ。 これを『上海灘馬素貞/上海灘/十面威風』に当て嵌めてみよう。お竜=馬素貞、藤松=聞江龍、悪い親分=白癩痢、老侠客=邵羅輝、賭場の客分=楊洋と見事に当て嵌まるではないか!この場合、楊洋が命を捨てるのは『緋牡丹博徒』世界の論法から言っても真っ当なものだった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー主演の龍君兒は51年生まれ、71年に『鐵腿降魔/鐵沙掌決鬥空手道』でデヴュー。この映画が資料通り72年作だとなると、デヴュー二作目にして大抜擢を受けたことになる。 この72年は陳觀泰の『馬永貞』、ジミーの『覇王拳』の二本の馬永貞ものに、嘉凌の『仇/地獄から来た女ドラゴン』、燕南希の『馬素貞報兄仇』と本作『上海灘馬素貞/上海灘/十面威風』が競作した。馬素貞ものとしての代表作は『仇/地獄から来た女ドラゴン』だと思うが、本作は龍君兒のがんばりもあって、他の二作品に負けない仕上がりとなっている。 その愛らしい顔立ちから人気を博した龍君兒は、日本でもジャッキー作品『少林木人巷/少林寺木人拳』などでお馴染みだ。71〜75年頃は年間4,5本だったが、76年から飛躍的に出演作品が増え始める。 その人気の最盛期は77〜79年で、77年は12本、78年は8本、79年は11本と功夫・武侠片を中心に数多くの作品で活躍した。 同じような仕事ばかりで悩んでいたともいうが、80年は3本、81年は0本、82年は2本、83年は2本とその出演作品は徐々に減ってしまい、ついには83年の『邪撞邪』を最後に銀幕から姿を消す。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー香港の古い映画雑誌「銀色世界」に一枚のスナップが載っている。龍君兒の出演した『大武士興小[金票]客』を監督した張旗とのツーショットだ。 映画撮影合間のものか、一見すると監督と主演女優の和やかな写真と見える。だが、この写真にこそ龍君兒の女優生命を消してしまった"女の業"が隠されているのだ。 龍君兒はこの機会に張旗と男女の関係となった、激しく結婚を望む女と、そこまでは踏み切れなかった男との間には何時の間にか温度差が生じ始めていた。 龍君兒という女性は非常に業が深く、情の密度が濃い女性だった。張旗との関係に悩んだ挙句、度々自殺騒ぎを繰り返した。こうなると男は逃げて行くばかりなのだが、更に追い駆け、追いすがった。 結局三度に渡って自殺を敢行、全て未遂に終わったものの、撮影には穴を空け、情緒不安定な彼女を使うスタジオはやがて皆無となった。 こうして龍君兒という女優は映画界から姿を消した・・・・・。銀幕に残る彼女のあどけない笑顔には痛々しい思い出が残るばかりだが、現在の彼女は台湾でも有数の芸術家として一名を成している。 石を使った工芸品や絵画、家のデザイン等、女優・龍君兒の面影は無い。今は彼女の再起を心から祝福するのみである。
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