旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
 なお日記に記載の内容は、無断転載、転用はお断りいたしております。ご理解下さい。(by fake)

 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

『雍正興年羹堯』 [2007年12月20日(木)]

『雍正興年羹堯』'80年製作、監督:方翔、主演:龍方

 1972年、『精武門/ドラゴン怒りの鉄拳』を撮り終えたブルース・リーは、ゴールデン・ハーベスト(嘉禾)との二本契約を満了。

 嘉禾の鄒文懷(レイモンド・チョウ)は、続いての契約を求めたが、この頃からブルース・リーは独立に向けた動きを見せ始める。ショウブラザース(邵氏)のスタジオを訪問、『刺馬』撮影中の張徹を親友の小麒麟と共に訪ねたり、小麒麟の初主演作の製作発表会に駆けつけたりと、この無契約期間を有効に利用した。

 次作として打診された『冷面虎』を蹴ったブルースに、鄒文懷はひとつのアイディアを出した。それは、ブルースが嘉禾と共同出資で独立プロを設立するというもので、ブルースは製作面にも関わり、最終的には興行収入から直接製作費を差し引いた収益を折半するのだ。独立志向が強く、映画のイニシアティプを握りたいブルースの自尊心を突いた格好だったが、これにより独立プロ・協和公司が設立された。後にジャッキーやサモも続くことになるスター・プロの走りであることは記憶に新しい。

 次回作としてブルースが提出した企画が『細鳳』と『猛龍過江/ドラゴンへの道』。時代劇の『細鳳』を敬遠した嘉禾側が『猛龍過江』を選択、ローマ・ロケも交えて完成後、新たな企画『死亡的遊戯(仮題)』がスタートされた。それでも伝統的な時代劇を諦め切れなかったブルースは、『猛龍過江』用のスタジオ・セットで『細鳳』の衣装合わせを行っている。時代モノ武侠片の経験がないブルースに懸念を示すスタジオに、イメージを説明するために行われたらしいが、映画ではなくTVシリーズだったとの説もある。

 ブルースが武侠片を撮りたがったことは業界周知の事実(胡金銓や李翰祥とも接触したと言われる)だったからか、先の無契約期間を狙って邵氏が接触した際、張徹監督、倪匡脚本の『年羹堯』という作品がオファーされた。大胆にも邵氏のスタジオを訪れて『年羹堯』用の衣装合わせを行い、その時残されたスチールが白夜書房「ブルース・リー ドラゴン伝説」カラー・ページの写真である。

 ブルース・リーの死によってなのか、他の理由でなのかは不明だが、結果として『年羹堯』は製作されなかった。

 時は'70年代末期、自社のスター・ジャッキー・チェンをスターとするべく羅維(ロー・ウェイ)が選んだ企画が同じく『年羹堯』であった。一部にはブルース・リー用の企画がスライドしたとも言うが、そもそも邵氏版には羅維は関わっていない。羅維が嫌で『冷面虎』の出演を蹴ったブルースが、彼が関わる企画に出るとは思えない。
 ブルース・リーで企画されていた『年羹堯』という作品のことが羅維の頭をかすめた可能性までは否定できないが、歴史上の実在人物である“年羹堯”を選んだのは偶然だったのではないか?(非常に奇妙な偶然だが)

 羅維が狙っていたのは『精武門』的シチュエーションの再現だったように思われる。それは実際に完成した『雍正興年羹堯』を見ての判断であるが、悲劇の将軍・年羹堯の闘死を悲劇的に描くことで、陳眞の夢をもう一度狙ったのだろう。
 今にして思えばだが、ジャッキー主演で見たかったとも思うが、当時のジャッキーにこれをやらそうとしていた羅維のセンスの無さは、もはや神がかり的だ。わざとスターを作り出す気が無かったのではないか?とすら思えてくる。
 結局、ジャッキーも出演せずに嘉禾へと移籍、龍方主演で完成した。ジャッキーに去られた羅維は、龍方を第二のジャッキーとして売り出そうとしたらしいが、この映画を見る限りそれは微塵も感じられない。

 映画の話もしておこう。

 タイトルからも察せられるが『雍正興年羹堯』とあるからには、この映画も雍正帝モノだ。康煕帝の皇位継承問題を描いているからには『功夫皇帝/カンフーエンペラー』と同じ内容であると思っていただいて構わない。

 実在の年羹堯はこの映画のように闘死はしない。雍正帝即位後に疎まれて、失脚・自決を命ぜられるものの、誅殺はされなかったのである。長年の功に報いる雍正帝せめてもの温情だったと言われている。
 年羹堯はもうひとりの忠臣・隆科多と共に、雍正帝擁立に動いた重要人物で、年羹堯の妹は雍正帝の妃、隆科多は康煕帝の皇后の兄という非常に近い関係である。川陝総督としてジュンガル討伐を行った大将軍・年羹堯と、宮廷内部に深く食い込む隆科多は、共に漢軍[金襄]黄旗軍に属していた竹馬の友だ。
 雍正帝の皇位継承には疑問があるが、年羹堯と隆科多の二人に支えられての即位であったことは間違いない。

 即位後の雍正帝が、身近な政敵を片っ端から始末したのは有名な話で、皇位を狙う肉親の弟たちは無論、年羹堯、隆科多も処断された。忠臣二人ですら処断されたことで、雍正帝の独裁政治は確立されましたが、皇位継承に関する不正の噂にも尾ひれが付いてしまった。こんなところから、武侠片の悪役・雍正帝が誕生したといえるでしょうね。

 映画は寄る年波も近くなった康煕帝(葛天)の皇位を巡って、第四皇子(後の雍正帝・徐少強)と、第十四皇子(陳軍堡)の争いに年羹堯(龍方)が巻き込まれるところから始まる。
 この映画の年羹堯は、漢民族にして紅花会、少林寺で修業(師匠役に陳慧樓)したという人物だ。実は反清複明の野望を抱いており、清朝に食い込むことで内からの革命を狙っているというキャラクタライズがなされている。
 
 雍正帝モノに付き物の“江南八大侠”も勿論登場する。名前が判別するのは白泰官(徐忠信)と呂四娘(武文秀)。一応ちゃんと八人登場するものの、金世玉(甘鳳池?)、朱客、王慶良くらいしか顔も判別しない。

 年羹堯と出会った白泰官は、お互い同門で志を同じくすることを知ると、後日の協力を約し別れた。年羹堯は第四皇子の人物を見込んで近づき、腹心となると、もうひとりの忠臣・隆科多(李昆)と共に第四皇子を押し立てて行く。第十四皇子には鄭富雄や徐元(実字はさんずいに元)らが付いているが、数々の策謀の果てに第四皇子が即位する。

 雍正帝となった第四皇子は、かつての側近・年羹堯と江南八大侠の抹殺を目論み刺客・權永文を送る。清朝の軍勢に取り囲まれた年羹堯と江南八大侠は、雍正帝の目の前で壮絶な死を遂げる。

 映画は堂々とした武侠片で、同題材の『功夫皇帝』と比較しても些かも格落ちはしない。羅維がジャッキー主演作を製作していた頃より遥かに大作で、衣装やモブシーンにも格段に金が掛っている。
 雍正帝の即位後から、年羹堯失脚までがあっさりし過ぎの感もあるが、映画内では失脚の描かれない隆科多も、やがては同じ運命が訪れるであろうことを匂わせる演出など心憎い。
 徐忠信の武術指導によるアクション場面は素晴らしく、ジャッキー主演ならどうであったろうかを想像する楽しみもあるだろう。

 『拳精』の“鳳子”を演じた武文秀が呂四娘に大抜擢されており、案外と羅維は彼女を売り出すつもりだったのか・・・。数少ない出演作しか残さなかっただけに、気になるところだ。

『五鬼奪魂』 [2007年12月14日(金)]

『五鬼奪魂』'70年製作、監督:江冰涵、主演:江南

 江湖を騒がす悪漢・五鬼奪魂一味を倒すため、剣士・江南が苦難の道を歩む武侠片だ。

 五鬼奪魂とは、鏡使いの何維雄、鎖使いの李敏郎、黄金の義手を駆使する蘇金龍、斧使いの岳峰に、一味の首領で軽功の達人・大飛龍と呼ばれる呉炳南のこと。

 彼らの動向を探っていた江南が手傷を負い、上官府の将軍・邵羅輝宅に逃げ延びてくるOPから、上官府が五鬼奪魂に襲われ、邵羅輝の犠牲で江南のみ逃げ落ちるところまでは非常にスピーディで秀抜だ。映画のテンポはここからガクっと落ちてしまうのだが、全体的に'60年代の旧派武侠片の名残りを濃厚に漂わせており、'70年代作品らしからぬ出来に仕上がっている。

 逃げ落ちた江南は、手傷もあってか非常に弱々しく、旅の途次で様々な人間の助けを借りなければ生きられない。そこで登場するのが御転婆な江青霞と従者の蘇真平、凛々しい女剣士・李[王旋]、大飛龍のかつての師匠で、今は隠棲している柯佑民と娘の華戀、それに江南の従者・陳國鈞が従う。

 とにかく闘いの度に更に傷つく江南、あまりに弱々しくて段々と腹が立ってくるのであるが(苦笑)、何故か女性陣には大モテ。それなのに全ての女性につれない江南には、まだ見ぬ許婚と交わした約束があるからなのだった。それでも江青霞は身代りに命を落とし、華戀は涙で見送り、李[王旋]は最後まで共に闘ってくれる。

 道中の敵は五鬼奪魂だけではない。余松照を首領とする二刀流門派(王若平、金萬希など。武術指導で游天龍、龍飛の名前が見えるため、絡みのどこかにいるはず)や、大飛龍・呉炳南の近衛兵(江島、王秋雄)、毒使いの女など様々。ちなみにこの毒使い、西毒・欧陽美と名乗るのだが、このネーミングは金庸先生から苦情はでなかったのか?更にこの西毒・欧陽美、江南たちを騙す手口が「水滸傳」第十六回“呉用 生辰綱を智取す”そっくりなのだ。

 傷ついた江南はひとりはぐれ、柯佑民に助けられ養生に専念する。大飛龍・呉炳南の横暴を苦々しく思っていた柯佑民だったが、呉炳南の軽功術を破る技は授けない。堕ちたりとも呉炳南は弟子である、そんな頼みは聞けん!
 罰として大木に吊るされた江南に父の眼を忍んでそっと近寄る華戀。江南への恋心が為せる技だが、下ろしてあげるから一緒にと懇願する華戀の姿は、これまた吉川英治作「宮本武蔵」の“お通さん”そっくり。
 彼女の恋情を振り切る江南だが、それでも恋する人の為にと、呉炳南を倒す技を教えてくれる華戀であった。

 最後は李[王旋]と合流し、五鬼奪魂一味と決戦。結局は許婚も李[王旋]だったと判明してオチがつく。
 とにかく女に助けられてばかりで弱っちい江南に腹が立ち、大飛龍と呼ばれている割にデブで動きももたつく呉炳南の姿に不満はあるのだが、何となく見れてしまう映画でもある。なんでだろう?若き日の大川橋蔵の映画がこんな感じだったからかな?・・・・そうか、それでか!(笑)

 監督の江冰涵は、『鬼見愁』を監督している。その時も書いたが、郭南宏のプロデュースを受けていたり、郭南宏映画の脚本を手掛けるなど、江冰涵と郭南宏は濃厚な繋がりを見せている。

 監督作は以下の五本、

 '70
 『鬼見愁』(脚本も)
 '71
 『五鬼奪魂』
 『百忍道場』
 『獨覇天下』
 『惡報』(脚本も)

 だが、これらの作品は時に郭南宏名義としての資料が散見されたりしていたため、江冰涵は非常に謎の多い人物とされていた。

 この度、台湾映画の資料を当たっていて発見したのだが、“江冰涵”とは郭南宏と辛奇という二人の監督の共同名義であることが判明したのだ。

 ということは江冰涵名義で発表された五本の作品は、共同監督とはいえ郭南宏の作品リストに入れるべき作品であったのだ。こうなると江冰涵名義の脚本作品『育安勾魂劍』、『草上飛』、『鬼門太極』(原案も)、『鐡三角』、『中國鐡人』、『雙馬連環』、『五爪十八翻』
 同じく江冰涵名義のストーリー原案作品『劍王之王』、『廣東好漢』、『少林功夫』、『K手金剛』、『火焼少林寺』、『迷拳三十六招/連拳三十六招』、『五爪十八翻』、『五月櫻唇』、そしてプロデューサー名義でクレジットされた『姦殺О娘』も郭南宏&辛奇の共同作業だったということになる。

 郭南宏についてはクドクドしく紹介するに当たらないだろうが、ここではもう一人の辛奇について紹介しておこう。

 1924年台湾生まれ、本名・辛金傳は、日本軍統治時代の台湾で学生生活を送り、日本大学芸術学部で映画を学んだ。帰国後は「台湾省電影製片廠」の前身機関で幹事を務めたり、「台湾省地方演劇協會」の秘書を兼任する傍ら、雑誌「地方演劇」の編集に携わる。辛奇のペンネームはその時に生まれたらしく、以後彼の表舞台での活動全般で使われるようになる。

 映画界入りは'56年と、後にパートナーシップを組むことになる郭南宏よりも二年早く、最初は脚本家としてのスタートだった。
 監督デヴューも同年で、初監督作品は『甘國寶過台灣』。郭南宏のデヴューが'58年の『鬼湖/鬼湖探検記』であるから、ふたりの共同作業は先輩(年齢も11歳年上)の辛奇がイニシアティブを取っていたのではないだろうか?

 2005年に出版された黄仁の著による「辛奇的傳奇」によれば、『育安勾魂劍(“盲女勾魂劍”とあるが同じ作品だろう)』と『鬼見愁』の二本は、辛奇の作品と書かれており、共同名義ではあっても辛奇作品とするのが正しいのかもしれない。
 郭南宏とは違い台湾映画の重鎮としての活動がメインだった辛奇は、香港映画界ではほとんど作品を残していないが、ジミーの『大殺星/大殺成』や、ショウブラ武侠片『隠身女侠』を手掛けている。

 『童子功』でも触れたが、丁善璽の肝入りで台湾映画界の底上げのため、ショウブラへの留学が進められた。郭南宏、李作楠、朱延平など、後の台湾映画界を背負って立つ人材の多くが、'70年代初めにショウブラの門を叩いたのだ。もちろん辛奇もその中のメンバーだった。

 郭南宏とのコラボは'69年の『劍王之王』から、'92年の『五月櫻唇』まで続いた。二人にとって『五月櫻唇』が最後の共同作業となったのだが、同時に二人の映画界でのキャリアにとっても最後の作品となった。

 戦後の台湾映画界復興と同時に映画界入りし、台語片から國語片の変遷、ショウブラ留学を経て、台湾映画界発展に尽くした二人の関係が、つい近年まで続いていたことに嬉しい驚きを禁じ得ない。『五月櫻唇』は残念ながら未見の作品だが、二人の映画人生の集大成的作品であることを願ってやまないのだ。

『浪子一招』 [2005年04月30日(土)]

『浪子一招』'78(77年説有り)年製作、監督:黄楓、主演:朱江、茅瑛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー主演は珍しく朱江だが、黄楓がゴールデンハーベスト時代に育てた茅瑛(アンジェラ・マオ)、黄家達(カーター・ワン)が、それぞれヒロインとボス敵として出演。(ふたりは『合気道/アンジェラ・マオの女活殺拳』で同時デヴュー) 他にもハーベスト黄楓作品『四大門派』で香港デヴューを飾った卞薩伐・王虎(正字は上/下、以下カサノヴァ・ウォン)、同じく黄楓作品『四大門派』や『密宗聖手』などに出演した陳星も出演。黄楓作品ではないがハーベスト作品『北地虎/北少林』でデヴューした卜千軍も登場し、さながら70年代ハーベスト功夫片同窓会の趣き。みな揃って黄楓の監督引退作品に花を添えた。 脚本家としても抜群のストーリーテリング能力を誇る黄楓だが、今回の脚本は武侠小説家・古龍が担当。裏切りと謀略が錯綜する複雑な物語に、ニヒルな主人公を配するのは古龍お得意の展開だ。 劇中BGMは陳勲奇だが、羅文の歌う主題歌"浪子一招"を作曲したのはブルース・リー映画の音楽で有名な顧嘉W(ジョセフ・クー)。なかなかスタッフも豪華な布陣である。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー皇帝・黄家達と日本の使節・楊威が会談。皇帝の部下・陳星から楊威に対し仏教の秘宝である"ブッダの聖骨"が送られた。秘宝を受け取った楊威は部屋に帰ってそれを髷の中に隠すが、何故か隙間から黄家達皇帝が様子を伺っていた。 帰国の途についた楊威を待ち受ける坊主姿の火星。もともとは少林寺の秘宝であったものを返して欲しいと詰め寄る。楊威を倒して秘宝を奪った火星の前に現れたのはもう一人の坊主・金剛。「お前は誰だ?何処のものだ?」とお互いに誰何しあうが、お互いに少林派だと言い張るコントのような展開を制したのは金剛。「楊威を倒すのは構わんが、少林派は日本刀など使わぬものだ。だいいち、殺生はいかんよ」正体のバレた火星と金剛が闘い、最早これまで!と悟った火星は、秘宝を飲み込み息絶えた。 皇帝の衛兵(陳龍、林克明)が駆けつけた為、一旦は身を隠したが、その隙に火星の死体を盗んで逃亡する謎の剣士・朱江。金剛は朱江の後を追った。 スパイからの報告を伝書鳩で受けた黄家達は、やはり朱江の後を保安隊長のカサノヴァ・ウォンと陳星に追わせた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー棺桶を担いで旅を続ける朱江。何かと接触を試みる金剛だがはぐらかされるばかり。李盈盈の経営する宿に朱江が泊まったことから事件は動き出す。 楊威との連絡が途切れた仲間の日本人・卜千軍、陳星一行、金剛、それぞれの思惑が交錯しつつ、緊張を孕んだまま一同は李盈盈の宿へ。朱江の旅立ちを待って積荷の検閲を始めた陳星、棺桶の中身は楊威の死体だった。「坊主の死体は何処へ?」知らぬと答えたものの、朱江も内心は驚いた。カサノヴァからの報告で別の人間がやはり棺桶を担いできたことを知らされる。「それだ!」 楊威の死体を弔うべく帰国を急ぐ卜千軍。こちらも棺桶持参だったが、金剛は最初からこっちを追っていた。というのも昨夜のうちに火星と楊威の死体を入れ替えておいたからだ。「もし日本の方、棺桶を間違いましたよ」親切そうな振りで近づくが、金剛の言うことを信じられない卜千軍が開けてみると、棺桶にいたのは茅瑛。「坊主の死体など無いではないか!」怒る卜千軍に促されて覗いてみると、死体のはずの女の子が動き出した!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそこへ陳星一行も駆けつけてきた。身分を明かして事情を問いただす陳星。茅瑛は「私とお坊さんは駆け落ちしているのよ、坊主と女の子が並んでは歩けないでしょ」いけしゃあしゃあと嘘をつく茅瑛。 業を煮やしたカサノヴァが茅瑛に襲い掛かりる。アンジェラVSカサノヴァ!珍しい顔合わせは、カサノヴァの暗器から出た毒針にやられた茅瑛が逃げ出していったん終了。八つ当たりの矛先は金剛へ。物陰から様子を伺っていた朱江は負傷の茅瑛を助け姿を消した。 どうやら革命軍を率いているらしい朱江は、何としても秘宝の奪取を目論んでいるが、火星の死体を隠してしまった茅瑛は在り処を吐かない。「どうして必要なの?ちゃんと理由を話してくれたら協力するけど・・・」秘密の多い朱江に幾分か苛立ちながらも協力的姿勢を示す茅瑛だったが、「お前などの言うことは信じられない!」と取り合わない朱江。 ここまででも十分錯綜しているが、この映画が一番描き足りないのは肝心の朱江の動機だろう。セリフなどから革命軍であることは判るものの、何故頑なに茅瑛の協力を拒むのか、そして茅瑛もどうやら別の革命軍らしいのだが、彼女が何故秘宝を隠してしまうのかは説明されない。 謎が謎を呼ぶのだが、謎が多すぎてドツボにはまる古龍脚本の欠点がこの映画の完成度を下げている。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー宿に戻った陳星は村人を集め、火星の死体が見つからない時は皆殺しにすると宣言。革命軍との協議で死体を引き渡すことにした茅瑛だったが、三日の猶予をくれと言い残し朱江は姿を消す。 黄家達も到着し深夜スパイからこれまでの経過報告を受け取る。スパイは金剛だった!卜千軍もその事情を聞いてしまったが・・・。 総攻撃の準備が整い、朱江の帰りを待てなくなった茅瑛は死体を引き渡す。腹を捌いてみたが出てきたのは偽者の秘宝だった。本物は一体何処へ!?金剛を問い詰める黄家達、だが金剛も火星が飲み込んだところしか見ていない。そして驚くことに金剛は本物の少林僧だった!皇帝の少林攻撃を防ぐため協力していただけだったのだ。罠と知って怒る金剛だったが、黄家達の技に仕留められてしまう。 革命軍と段取りをつけて朱江が帰ってきた。茅瑛から死体の秘宝は偽者だったと聞かされ、更には彼女たちも仲間だったと知る。「罠だ!」気づいた時には既に遅し、黄家達の軍勢に囲まれていた。朱江たちを救ったのは日本人の卜千軍、実は彼も日本人ではなく少林僧だった!・・・・って、どうしたもんかなこりゃ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー負傷した朱江を連れトンネルで脱出する茅瑛。朱江の傷も癒えた頃、隠れ家をカサノヴァに発見され茅瑛と共に対戦。カサノヴァの暗器に対抗して楊威の日本刀を振り回していると、柄の部分から秘宝が転がり出た。万が一を考え、髷に隠す振りをして柄に仕込んでいたのだった。さすがは日本人だ! 秘宝が発見され黄家達、陳星も加わって最終決戦へ。茅瑛VS黄家達の同期生対決は、秘宝を持った茅瑛が河に飛び込んで逃げおおせたところで終了。皇帝(英語版なので定かではないが、雍正帝か乾隆帝なのではないか?)を殺すわけにはいかないので、メインは朱江VS陳星だ。 革命軍は?茅瑛は?皇帝は?全ての疑問には全く答えないまま、陳星を倒した朱江が去っていくところで、劇終。 面白くない訳ではないのだが、非常に中途半端でカタルシスは低い。しかしながらアクション面は、カサノヴァVS茅瑛、金剛、卜千軍VS陳星など面白い顔合わせが実現しレア度は高いのだ。やっぱあくまでマニア向けだな、この映画は。

『離別鈎』 [2005年02月20日(日)]

『離別鈎』'78年製作、監督:方豪、主演:衛子雲ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画、とあるデータベースによれば何志強(ゴッドフリー・ホー)監督作品ということになっていた。何志強が巨龍(ドラゴン・リー)の韓国映画を再編集してせっせと海外に売っていたのは80年代なので、ついにこの映画で監督としての何志強の実力が判明すると思っていたのだ。ところが、オープニングのクレジット・タイトルには監督・方豪とあるではないか! それで調べてみて判ったのだが、どうやら81年に何志強が再編集作品と一緒に海外に売る際、自分名義で売ったようなんですよ。だから欧米版のビデオとかでは何志強名義になっているんですな。 本当の監督・方豪は、尤少嵐(ソニー・ユー)主演の『少林廿四溜馬/少林寺疾風黄金拳』なんかを撮っています。多分、台湾人だな。『離別鈎』は役者の面子は台湾寄りだが、ロケは香港と台湾が半々。プロデューサーが五人(五武天、伍東麟、周銘秀、李清源、饒杏丹)もいることから、香港と台湾の合作だった可能性はある。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー原作は古龍で、78年に書かれた同名の武侠小説が原作。74年から始められた「七種武器」という連作小説のひとつである。タイトルに付けられた種々様々な武器を巡る剣譚となっているようで、以下順に「長生劍」「碧玉劍」「孔雀[令羽]」「多情環」(以上74年)「覇王槍」(75年)「拳頭」(76年)ときて、最後が「離別鈎」となる。映画化されたのはこの「離別鈎」だけだが、これには理由がある。76年『流星・胡蝶・劍』の成功から始まった古龍武侠片ブームの最盛期が78年頃までで、その最中に発表された小説ということで映画化された。もっともこの時期の古龍名義の小説が、本人の手によるものかどうかは定かではない。酒、女、博打に大金をつぎ込み、身を持ち崩し85年に49才で亡くなった彼は、弟子や友人に代筆させていたこともしばしばであったという。そんな古龍だったが、豪快な彼の性格は多くの人に愛され、生活に窮した彼を助けるため古龍名義の作品が発表されていたのも事実だ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー主演は台湾産古龍武侠片の常連・衛子雲。彼が、一度抜けば抜いた人間もその相手も生きてはいないという、江湖に伝わる伝説の名剣・離別鈎の持ち主。何でそんな無茶な名剣が存在するかというと、それが古龍の作品だからだ。 名警官として名高い衛子雲だが、銀塊輸送の警護を引き受けたところその銀塊は消えうせ石と化していたことから、強奪犯として疑いをかけられてしまう。10日の間に真犯人を探すと宣言して旅に出た衛子雲に襲い掛かる刺客たち。いったい誰が何のために? それと平行して、江湖の覇権を握るべく暗躍する謎の組織と、非情な殺し屋・凌雲の活動が描かれる。古龍作品にありがちな、多くの人物が入り乱れて繰り返される謀略劇は、裏切りにつく裏切りで、ややこしい話を更にややこしくするばかりである。はっきりいって英語版で見ても細部はあまり良く解からないストーリーで、その雰囲気を楽しむだけの映画である。 香港からショウブラ古龍武侠片で人気の凌雲と余安安を迎え、台湾からは馬驥、田野、陳慧樓、龍宣、張鵬などが出演。主題歌「難忍別離涙」を、台湾で"楚留香"を演じて人気を博した鄭少秋が歌っている。

『七十二殺星』 [2004年12月12日(日)]

『七十二殺星』'76年製作、監督:林兵、主演:衛小雲ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこれは一応オールスター映画で、陳星、宗華、白鷹の主役級から、萬山、蔡弘、薛漢、苗天、龍飛、蕭錦などが顔を見せる。一応と断りを入れたのは、台湾物に良くある顔見世興行のような映画だからです。(『追蝋』とかと同じタイプ) メイン悪役の白鷹は別として、冒頭にしか登場しない陳星や、終盤まで姿を現さない宗華のように極端なタイプもいるし、龍飛や苗天もあまり出番は多くない。名前だけ並べると豪華なのだが、この辺を楽しめるかどうかでこの映画の評価も変わるだろう。主演の衛小雲は、このHPでは台湾の"宅麻伸"といった方が通りが良いか。英語名バリー・チャン、晩年は衛子雲という表記の方が多かった。タイトルにある"殺"の文字は、本当は旧字体なんですが、変換不能のため"殺"で表記してあります。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー明朝中期、絶大な権力を有した宦官・白鷹は、独自の暗殺部隊"七十二殺星"を組織。その権力は皇帝をも凌ぐと恐れられた。事を重く見た明朝政府、将軍・薛漢に"七十二殺星"の撲滅を厳命。薛漢は組織に潜入しているスパイと連絡をとりながら、決死の覚悟で望んだ。只ならぬ父の様子を察した娘・魏海敏は、父とスパイの会話を立ち聞きしたことから、父の死を予感するのだった。明朝政府からの使者として白鷹への面会を求めた薛漢、白鷹側もこの日の来る事を予見してか、大巨人・蕭錦と鉄の爪三人衆に薛漢を暗殺させる。 白鷹の組織は得意技によっていくつかの部門別に分かれており、それぞれに小隊長がつく。この小隊長に苗天、蔡弘が扮している。側近の近衛兵といえるのが蕭錦と鉄の爪三人衆だ。 部隊の中での昇進試験が行われ、陳星がそれに挑戦した。捕虜の兵士と闘い、残酷に殺して見せることが昇進の条件である。捕虜の歐陽鐘は果敢に闘うが歯が立たない。隙を見て逃げ出そうと試みた歐陽鐘、思わず潜入中のスパイに合図を送ってしまう。正体のバレたスパイ・衛小雲は歐陽鐘を逃がし、自身も逃亡した。(陳星の登場はここだけ) 白鷹はその卓越した腕を惜しみ、彼の娘・楊秀娟が恋心を抱いていたことを知る。 衛小雲が組織に潜入出来たのは楊秀娟の危機を救ったからで、父の悪行を嘆いていた彼女には、常識人の衛小雲が心の支えであった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー薛漢の墓前に復讐を誓う衛小雲、あの日コンタクトをとっていたスパイも衛小雲だった。組織のユニフォームを着ていたため魏海敏から仇と間違われるが、当日彼女が聞いた会話を復唱し信用を得る。 町に出たふたりはゴーストキラーと呼ばれる殺し屋が"七十二殺星"への挑戦を表明したことを聞き込む。いったい何者なのか? 侵入口を熟知している衛小雲は白鷹に近づき暗殺を試みるも、発見され魏海敏共々捕らえられてしまう。"七十二殺星"へ挑戦し生き残れば許してやろうという白鷹によって、二人は試されることになった。 棒術軍団、金の鎧をつけた羅漢拳軍団を打ち破って行く二人。この場面は少林寺物の卒業試験のパターンそのままである。 二人のピンチを救ったのは謎の男、彼こそがゴーストキラー・萬山であった。金が目的であるとうそぶく萬山だが、彼にも何かの事情がありそうだ・・・。 多勢に無勢の包囲網を取り敢えず突破、彼らの脱出を陰ながら助ける楊秀娟。「これで貸し借りは無しよ!」衛小雲への恋情を断ち切った楊秀娟は、父の側につくことを宣言。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー体勢を立て直し再び侵入する三人だったが、苗天、蔡弘、そして楊秀娟が立ちふさがる。音や光によって目晦ましをする部屋のトリックを破れない三人は、一旦はその場を逃れた。 萬山の発案で盲目の剣士・龍飛の助けを借りることに。世俗を離れて暮らす龍飛は協力を断るが、龍飛の弟子は以前に衛小雲が助けた歐陽鐘であったことから、三人は視覚に頼らない闘い方を学ぶ。 龍飛も加わり苗天たちを倒したが、楊秀娟は倒せない。その楊秀娟もやはり衛小雲を殺すことは出来ないのだった。「父を許して・・・」愛する人と肉親の間で苦悩する彼女に、皇帝はもはや白鷹を許さないだろうと告げる。 全ての部屋を突破したが今度は蕭錦と鉄の爪三人衆が登場。大巨人・蕭錦の力技と、素早い動きで撹乱する鉄の爪三人衆に歯が立たない。彼らを倒せるのは"獨臂刀"だけだ、彼を探そう!再び離脱して町へと向かう四人。居所の分からない"獨臂刀"を挑発し、龍飛を挑戦者としておびき出す。姿を現した"獨臂刀"宗華、ちゃんとジミー版"獨臂刀"必須アイテムである折れた刀を所持しているのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー鉄の爪を宗華に任せ、大巨人・蕭錦に立ち向かう萬山。「奴は俺が長年追い求めた仇なんだ!」いささか唐突だが、まあ香港・台湾映画では良くあるパターンだ。(笑) 死闘の末に大巨人を断崖絶壁から突き落とし、衛小雲、魏海敏、萬山、龍飛は最終決戦に挑む。 待ち受ける白鷹は一撃で萬山を殺し、続いて龍飛も一撃で倒すのだ。話を引っ張り過ぎたのか本当に一撃で、もう上映時間が残ってないんだと知らされるのだ。 白鷹の魔の手が衛小雲に向いたその時、彼を庇って飛び出したのは楊秀娟だった。「父さん、もう悪事はやめて・・・」自らの手で殺してしまった娘の願いに応える白鷹。甦って立ち上がる蕭錦も白鷹が一撃で倒し、衛小雲に連行されて行く。 オールスター映画にありがちな作りだが、ストーリー自体は決して悪くはない。ただ、話を引っ張りすぎで、そのせいで最後の闘いが一撃だけでついてしまうのは盛り上がらないのだ。 見せ場の連続だが、演出は凡庸で各場面の繋がりが悪くブツ切りの感は否めない。もうちょっと何とかならんかったかなぁ・・・。

『關東五大侠』 [2004年08月19日(木)]

『關東五大侠』'77年製作、監督:申江、主演:孟飛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画のオリジナルポスターが近代映画社発刊の「香港映画スペシャル」P.77左下段に載っている。その頃から見たいと思っていた映画だが、なぜか製品化されておらず、中々入手出来なかった。ところでこの映画、「南海電影」の制作なのだ。「南海電影」といえばショウブラが初期に設立した下請けの会社で、「長弓」を設立する以前の張徹も出資者として絡んでいた。'80年代には映画制作は中止し、配給だけの会社になってしまったようだが、'97年の返還以前までは活動していた。(今はどうなっているのか不明) 以前香港で映画会社を片っ端から訪問した時、この「南海電影」はショウブラの敷地内にあることを知って驚いたことがある。100%下請けだったんですね。そんな訳でこの映画の出演者もショウブラからの出向組が多い。岳華、高飛、梁家仁、羅烈など、勝手知ったる顔触ればかりだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー主演の孟飛は大陸から香港へ渡った直後に、19才で映画界からスカウトされ『小拳王』でデヴュー。その後も「南海電影」のエースとして、『方世玉/武道大連合 復讐のドラゴン』『小老虎』などに主演。目を掛けていた張徹の引きで、ショウブラ・オールスター作品『少林五祖』に抜擢を受けたりもした。ショウブラとはいえこの時の作品は台湾「長弓」で、以後彼は台湾をメインに活動するようになる。最初の当たり役"方世玉"が持ち役で、同役では西の傳聲か?東の孟飛か?といわれた。古龍武侠片の"楚留香"なども得意とし、白扇を持つ"佳人"的イメージを持ち続けた。この映画は孟飛の映画人生の中でも脂の乗った時期の作品で、ショウブラ出向組に台湾で築いた人脈(金剛、游天龍、李中堅)を従え、「南海電影」のエースとしての貫禄を見せている。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画は、英語版であるため定かではないのだが、どうやら康熙帝時代にロシアと締結された「ネルチンスク条約」に関係あるようだ。康熙帝の時代(1662〜1722)に入ってようやく落ち着きを見せ始めた清国と、シベリアを占領して南下の動きを見せ始めたロシアとは、共に長い国境線で接している両国には国境の確認は切実な問題でした。当初ロシア側は北京に使節を送り、国交と通商に関しての話し合いを求めました。しかし黒龍江方面の国境線がはっきりとしていなかった為、ヌルハチの一族にとって出自に近い土地"黒龍江"は絶対死守せねばならなかったのです。アイグン城を築き、ロシアより強力な常設軍を置くことで、何とか均衡を保っていました。もうひとつの問題は清国朝廷の慣例にあります。清国こそが"天下の国家"であるとの考え方に乗っ取っているので、朝廷が特別の計らいでもって商取引の権利を与える(要するに臣下の礼をとる)というのでなければならず、これをロシア側が受け入れることはなかったからだ。だが辺境の安定を求めた両国によって、1689年に「ネルチンスク条約」が締結。清国はロシアからアルバジン城を奪還、アルグン河と大興安嶺南東を清国の領土として認定させました。一方のロシアは、"国と国"として通商を結び、清国にロシアを対等の国家として認めさせたのですから、清国は"名"をロシアは"実"を取ったといえるでしょう。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーストーリーは、条約をロシア側に有利に展開させるために、暗躍している売国奴を探し出し、国家を守るために派遣された孟飛と游天龍が活躍する活劇だ。条約の内容如何によっては死活問題になる辺境の少数部族(金剛、李中堅、高飛)らも協力し、反清の闘士・岳華も大同団結して売国奴を炙り出す。売国奴を演じているのは、この顔触れなら言うまでもなく羅烈と梁家仁で、No,2の馬金谷が続く。鐵人、張宗貴、何維雄、林仲の鉄の爪護衛団を率いる羅烈の野望を砕くため、虚々実々の駆引きが展開される。武術指導も務めた游天龍は各人の見せ場にも気を配りつつ、集団戦のクライマックスまで緊張感のあるアクションを展開する。制作の時期的にそろそろコメディ調のものが求められていたのか、途中途中に軽いお笑いが挿入されているのだが、あまり成功はしていない。とはいえ、総督府を射程距離に治めた大砲陣地を巡る攻防戦は、サスペンスもたっぷりで、ちょっと往年の『ナバロンの要塞』を思わせる。未だ入手困難な作品であるが、機会があったら見て欲しい佳作である。

片腕ドラゴンズ・7thイニング・ストレッチ『盲劍・血滴子』 [2004年05月29日(土)]

片腕ドラゴンズ・7thイニング・ストレッチ『盲劍・血滴子』製作年度不明、監督:屠忠訓、主演:勝利太郎ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー♪ていく・みー・あうと・とぅ・ざ・ぼーる・げーむ♪という訳で、7thイニング・ストレッチなので今回はインターミッションとして片腕ドラゴンは登場しませんが、そのライバルたちについての映画です。ジミー片腕ドラゴン最大のライバルは、『獨臂刀大戦盲侠/新座頭市破れ!唐人剣』に登場した"座頭市"と、『獨臂拳王大戦血滴子/片腕カンフー対空とぶギロチン』に登場した"血滴子(空とぶギロチン)"でありましょう。演じていた俳優も破格で、"座頭市"は我等が勝新太郎、"血滴子"使いは金剛でした。いつも龍飛とか、山茅とか、・・・龍飛しかと闘わないジミーさんにとって、勝新や金剛との対戦はそれ自体がユニークでレアなものでした。片腕ドラゴンを苦しめた強敵としても記憶に留められている存在で、今回の映画はそんなライバルの"座頭市"と"血滴子"を、if(もし)闘わせれば?という発想で生まれたに違いない、台湾(香港)イズムに溢れた素晴らしい作品なのであります。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー"血滴子"に関しては先月の雍正帝特集を参照して貰うとして、"座頭市"であります。『獨臂刀大戦盲侠/新座頭市破れ!唐人剣』には勝新演じる本物の"座頭市"が登場しましたが、この映画に登場するのは"本物のニセ者"、その名も勝利太郎である。この映画のクレジットには"勝新太郎"と表記され、その横に括弧付きで"そっくりショー"と書かれている。これは一体いかなる訳が・・・?この勝利太郎という男、本名を酒巻輝男といい、新宿でレストラン経営を続ける傍ら、売れない役者として大部屋暮らしをしていたのであった。そんな彼がブレイクしたのは、60年代後半に読売テレビ系列で放送されていた「そっくりショー」(もしくは「スターそっくりショー」)で"座頭市"の物まねを演じてからだ。彼を発掘したのは、同番組の司会者・小野栄一。トニー谷と並ぶ日本屈指のボードビリアン・小野栄一は、スキャンダラスなトニーほどの知名度こそ無いものの、戦後日本の芸能を彩る個性派芸人のひとりであり、70歳を越えても舞台に挙がり続けた"板芸人"の鑑の人である。(ちなみにこの人の娘は、ジャズシンガーの小野ひとみであったりする)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーその小野栄一自体が、物まねを得意とする芸人であったからか、同番組には単なるそっくりさんだけではなく、それなりの"芸"を持った人物が集められたのだ。番組でスターになった何人かは、小野栄一主宰の「小野プロ」に所属、全国を営業して回った。酒巻輝男もそんなひとりの芸人だったのだか、渥美清の『喜劇・急行列車』や、三波伸介主演のカルト映画『谷岡ヤスジのメッタメタガキ道講座』などで、そっくりショーではない俳優活動もこなしていた。日本ポルノ黎明期の69年、酒巻輝男主演で作られた一本のピンク映画が、彼の"その後"を決定付けたのではあるまいか。日本ピンク映画の母・白川和子共演のこの映画は『好色坊主四十八手斬り』という"座頭市"のパロディ・ポルノであったのだ。(申し訳ないっ!偉そうに書いていてなんだが、いかに私とてこの映画は未見であります。そもそもこんな映画のプリントが残っているかどうかも疑わしいぞ)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「小野プロ」の台湾遠征で"座頭市"のそっくり振りを認められた酒巻輝男は、以後の俳優活動を台湾で過ごすことになる。香港・台湾における"座頭市"の人気は抜群であり、そうした経緯で製作されたのが『獨臂刀大戦盲侠/新座頭市破れ!唐人剣』であるが、そうそう勝新を呼んでくる訳にはいかない。第一、その勝新だって色々事件を・・・・以下自主規制。そこで白羽の矢が立てられたのが酒巻のそっくりショーで、"ブルース・なんとか"が大量に発生した香港・台湾に於いて、自他共に認める酒巻の"座頭市"で商売したことは、むしろ良心的であったといえる。この映画『盲劍・血滴子』は、取り敢えず"座頭市"的体裁は保っている。何故か(笑)中国に渡った"座頭市"は、尊敬する剣士・易原の死を知らされる。易原のライバルだった康凱との確執があったり、ジミーの代わりに龍飛や山茅と闘ったりもする。(かれらの戦法が"音"なのがいい!) ゴーゴーボールを振り回す田野を制した陳鴻烈の剣士(ちょっとジミーを思わせる)との対決を迎え、映画としてはそれなりの水準は見せてくれるのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーあれっ!?"血滴子"は・・・・・?そうなのだ。北京語オンリーで中文英字幕も無いビデオからでは詳細は不明なのだが、冒頭と最後にチョロッと登場する江島が、その"血滴子"使いとして酒巻、いや、"座頭市"と対決してくれます。酒巻輝男の"座頭市"は、顔や表情は似ているのだが、いかんせん"天才"勝新の殺陣までは似せられず、そこでこの映画がクオリティを落としていることは否めない。その為の苦肉の策が、ジミー映画のライバル同士による対戦、というギミックで在った様な気がしてならないのだが。ま、最後に全くの余談になりますが・・・・自分のような関西以西の人間にとっては、"座頭市"のそっくりさんといえば、「シーサイドホテル淡州」のCMに出てくる"座頭市"が一番有名であることを、是が非でも付け加えておきたいのである。(この地方CMに登場する"座頭市"はホテルのご主人さんが趣味でやっていたものです。もちろん勝利太郎とは何の関係もありません)次回は、ジミー再び片腕に!『獨臂雙雄』登場!

片腕ドラゴンズ・5thイニングス『獨臂空手刀』 [2004年05月26日(水)]

片腕ドラゴンズ・5thイニングス『獨臂空手刀』製作年度不明('70,'71年説有り)、監督:不明(董今狐、巫敏雄、候錚説有り)、主演:陳鴻烈ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー今回紹介する片腕モノでもレア中のレア作品だ。海外の功夫サイトでもレア作品に指定されており、作品そのものの入手も難しいが、その内容も十分レアなものとなっている。今回"片腕ドラゴン"特集ということで取り上げるが、ジミーさんの独断場であったこのジャンルに、クサビを打ち込んだ一本として記憶に残る映画である。[金票]局の護衛を襲う謎の剣士。突然の襲撃にうろたえる護衛を撹乱し、護衛隊長をおびき出すと一騎打ちを申し込む。笠を上げて顔を見せた襲撃者・陳鴻烈を、「二師弟!」と呼ぶ護衛隊長。隊長は不思議な力を持つ陳鴻烈の前に倒れ、乱戦の中はぐれた隊長を探して途方に暮れる弟子の江彬たち。その江彬たちが帰宅する前に[金票]局を訪れた陳鴻烈、自分で殺しておきながら悠々と夫人に対面した。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー夫人はかつての妹弟子で、護衛隊長、陳鴻烈の三人は同門の兄弟弟子であった。夫の悲劇を知らない夫人は、兄弟子の陳鴻烈と久闊をあたため合う。酒を過ごして泊ることを勧められた陳鴻烈、夜半寝床の中で過去の悪夢を思い出す。陳鴻烈は同門の妹弟子に惚れていた。現在は人妻の夫人に愛の告白をするのだが、陳鴻烈のファナティックな性格を見取った夫人はそれを拒絶。兄弟子と結婚してこの地に[金票]局を開いた。これが陳鴻烈の全ての動機であった。同地を出奔後、不思議な力を身につけた陳鴻烈は、兄弟子を殺し、夫人を思い通りにするため現れたのである。酒に酔った夫人に襲い掛かり陵辱の限りを尽くすが、卑劣な陳鴻烈から夫の最後を聞かされた夫人に逆襲を食らった。反射的に剣を抜き、彼女の左腕を切り落とし、さらに左目を潰してしまう。ここでこの映画の全貌が見えてきたかな。これは只の"片腕ドラゴン"ではなく、張清清の『女獨臂刀』と同じく"女片腕ドラゴン"であり、さらには"丹下左膳"でもあるのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー実質この"片腕ドラゴン"というジャンルは、ジミーが開拓し(最初は張徹の企画だったとしても)、ジミーが育てたジャンルであり、他のスターの食い込む余地はなかった。しかし、果敢にもこのジャンルに挑戦した人々はいたのだ。片腕モノの基本は、主人公が片腕になる→片腕で闘う特訓をする→片腕で仇を討つ、というのが基本的な流れである。ジミーが独断場足りえたのは、最初に片腕の経緯を描いた後、いつもジミーが片腕で登場しても、観客におかしいと思わせない世界観を確立したことにある。翻って他の片腕モノだ。『女獨臂刀』、徐克の『刀/ブレード』など、やはり最初は片腕までの経緯を描き、特訓、仇討ちというストーリー展開にならざるを得ない。この『獨臂空手刀』が内容面でもレアなのは、本来主役であるべき"片腕ドラゴン"を最初と最後にしか登場しない狂言回しとして設定した点にある。この映画の実質上の主役は悪役の陳鴻烈なのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー陳鴻烈は、悪に走った動機から丹念に描かれ、やがては師匠から破門され出奔する。追い詰められた陳鴻烈が呪いの妖剣を手にし、無敵の力を得た後、復讐戦を開始。師匠や一門を殺され、片腕を残して行方不明となった夫人の変わりに、復讐に立ち上がるのは江彬ら生き残りの護衛隊だ。江彬以外にさして有名でない台湾の俳優たち(李[王旋]、金蓮、游天龍)が、挑んでは殺されていく展開は、黄家達(カーター・ワン)の銀魔王に決死の挑戦を試みて殺されていく『太極元功/ドラゴン太極拳』の龍世家らを思い起こさせる。次々と門弟達を失う江彬らは、陳鴻烈の師匠だった馬驥に相談。その間、夫人も女丹下左膳として姚小章の下で空手の訓練を積んでいた・・・・。最後には決戦の場に突然登場した夫人が、空手の一撃で陳鴻烈を倒すのだが、名前も定かではない女優に出ずっぱりで主役を貼らせる訳にはいかなかったにせよ、逆転の発想がこの映画の独創性を高める結果となっている。最後に、この映画の英題は『One Armed Boxer(もしくはSwordsman) VS Karate/aka Unparalleled Judo Knife/aka Heavenly Sword』というのだが、"One Armed Boxer"が"Karate"と闘うのではなく、"One Armed Boxer"が"Karate"で闘う映画であるのは言うまでも無い。片腕ドラゴンズ・・・まだまだ続くのだ!

『江南八大侠』 [2004年04月22日(木)]

『江南八大侠』'82(?)年製作、監督:歐陽俊、主演:徐楓、岳華ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー前回に引き続いて今回も"雍正帝"物だ。これこそ正真正銘の"雍正帝"物と言っても良かろう。タイトルは『江南八大侠』でありながら、肝心の江南八大侠はほとんど出てこない。その替わりと言っては何だが、雍正帝即位から彼が死ぬまでを丁寧に描いている。伝説も含めての雍正帝に関する有名なエピソードはほとんど出てくるのではないか?その雍正帝を演じるのはショウブラから出向の岳華。(ちなみにこれ台湾映画です) さすがの貫禄と言っておきましょう。この映画82年製作となっておりますが、一部の資料では製作年度不明だったりもします。実際のところ、もうちょっと早い時期の作品なのではないでしょうか。というのも徐楓が痩せてて顔が若いんですよ。岳華がショウブラ以外に出演し始めるのが80年頃からなので、この映画もその頃の映画なんじゃないでしょうか?ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー勇壮なオリジナル主題歌に乗せて、荒野を駆ける江南八大侠の姿が点描される。呂四娘(徐楓)、甘鳳池(董力)、白太官(李降暴)、以下二名。(劉國忠、李強) はなから八人に足りてないところがご愛嬌だが、劉國忠の役名は司馬高、李強は王春剛となっており、彼らは江南八大侠ですらない!(笑) 江南八大侠は康熙帝の時期後継者問題にひとりの皇子を選び、共に漢人の世を作り上げることを誓い合った上で、これを帝位につける。これが雍正帝(岳華)となり、江南八大侠、腹心の部下・隆科多(魯平)、年羹堯(羅烈)将軍の力を借り、対立する政敵や兄弟達を次々と粛清していく。権力を掌中に収めた雍正帝は、手始めに江南八大侠を始末にかかる。ここまでで既に『功夫皇帝/カンフーエンペラー』『酔猴女』の要素が含まれている。辛くも逃げ延びた呂四娘、甘鳳池、白太官(他は皆殺しにされた)らは、雍正帝と対立する公子の助けを借りて復讐の機会を待つ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーここからこの映画は雍正帝の話になるのだ。血滴子を操る暗殺組織を馬場、田野、唐龍(羅鋭の兄の方)に任せ、清朝人民に血の雨を降らせる。年羹堯は優秀かつ忠実な部下であった。しかし、雍正帝が強大になるのに比例して、年羹堯の権力も肥大していった。多年の功をひけらかすのも雍正帝の癇に障った。辺境の守備を任された年羹堯が旅立つと、その行く手に待ち構えていたのは、彼を謀反人として罷免する雍正帝の使者であった。あくまで帝を信じる年羹堯は、これは己の忠誠心を試されているのだと解釈。辺境に落ち延びて下級役人として暮らしていた。だが雍正帝は年羹堯が生きていることすら許さなかったのだ。帝から差し向けられた血滴子軍団に命を狙われ、やっと自分の運命を悟る年羹堯。間一髪を助けたのは呂四娘たちであったが、世を儚んだ年羹堯は、呂四娘らに圓明園にある"萬字宇和"という雍正帝逢引の場所を伝えると、自らの命を絶った。「文字の獄」が起こり、これに連座して呂留良の一族が岳鍾h(李敏郎)に誅殺される。この呂留良の娘が呂四娘で、彼女の復讐心は更に燃え上がった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー了因和尚(柯佑民)に弟子入りした呂四娘らは、"萬字宇和"に潜入して雍正帝の命を狙うも、奇怪な仕掛けの施された"萬字宇和"の罠に翻弄され、逆に了因和尚が犠牲となる。雍正帝が即位して早10年が過ぎた。あくまで雍正帝の命を狙う呂四娘は、帝の弱点が女好きという点にあり、やはり"萬字宇和"にて勝負を決するのが一番だとの結論を得る。知り合いの娘を宮廷に忍び込ませ、帝の寵愛を得てから更に3年の時を待った・・・・。すっかり信頼を得た娘の侍女として雍正帝に近づいたが、寸前のところで露見してしまう。甘鳳池らも駆けつけ"萬字宇和"の仕掛けに挑戦するも、哀れ白太官は石臼でミンチにされ、甘鳳池は腹を裂かれて絶命。呂四娘もボロボロになって闘うが、雍正帝は強く容易には致命傷を与えられない。だが、やはり唯一の弱点は"女"だったのだ。3年の時を経て完全に信頼されていた娘は、"萬字宇和"の仕掛けを逆に応用、雍正帝を追い詰める。寵愛を裏切られたショックで棒立ちとなった雍正帝に、決死の斬り込みをみせる呂四娘。----「清史遺聞・雍正外傳」は今にこう伝えている。五十八歳で急死した雍正帝の遺体には何故か頭がついていなかった、と。『血滴子』へ

『呂四娘闖少林』 [2004年04月16日(金)]

『呂四娘闖少林』'77年製作、監督:陳少鵬、主演:上官靈鳳ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーータイトルからも分かる通り"呂四娘"物である。江南八大侠と呂四娘といえば、敵は雍正帝に決まっているっ!という訳で、"呂四娘"物は"雍正帝"物という言い方も出来るのだ。この"雍正帝"物というジャンル(そう呼んでしまおう)も多くの作品が作られており、この日記で紹介した中でも『功夫皇帝/カンフーエンペラー』や、『酔猴女』がある。有名なところでは『雍正大破十八銅人/少林寺への道2』や、『雍正命喪少林門』があるし、陳觀泰の『血滴子』もそうだろう。雍正帝その人については『功夫皇帝/カンフーエンペラー』を参考にして貰うとして、今回の映画で登場する江南八大侠を演じているのは、呂四娘に上官靈鳳、白太官が古龍(現:金童)、了因を演じるのは龍飛である。(江南八大侠の中でも悪キャラの了因を龍飛に演じさせているのが憎い) ・・・・後は?えー、えー、出てきますよ。取り敢えずですけど。でもある程度顔が映るのは龍方くらいで、彼は劇中名前で呼ばれることもありません。龍方の役は恐らく"甘鳳地"だろうが、残りの周崑來、曹仁父、呂元、路民瞻はほとんどエキストラ同然で、この映画、やっぱり"雍正帝"物といった方が良さそう。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーその肝心の雍正帝を演じるのは我等が黄家達(カーター・ワン)。この人、『雍正大破十八銅人/少林寺への道2』でも雍正帝を演じている他、『雍正命喪少林門』では白太官として雍正帝と闘う側に回ったりもするのだ。案外、このジャンルには欠かせない人です。映画は『功夫皇帝/カンフーエンペラー』の後日談的に話が始まります。見事に皇帝の座を射止めた雍正帝だったが、皇帝としての彼が成した事はかつての協力者たちに対する粛清の嵐だった。自分を擁立してくれた功労者の年羹堯(楊威)に謀反者の汚名を着せ、江南八大侠にその誅殺を命じた。年羹堯の裏切りを俄かには信じられない呂四娘たちであったが、雍正帝と共に理想の社会を作ると信じている江南八大侠たちは追手を差し向けた。追手に選ばれたのは了因と甘鳳地で、追い詰めるものの覆面をした謎の集団に行く手を阻まれる。覆面の男たち(高飛、馬場、李發源、杜偉和)少林寺からの使いで、年羹堯を助けるために遣わされたのだ。あくまで清朝への忠誠を貫こうとする年羹堯であったが、情け容赦のない雍正帝に愛想を尽かし、少林寺へと逃げ込んだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー雍正帝の計略は正にこの一点にあった。追われた年羹堯を匿うものは、叛乱の拠点たる少林寺以外になく、これに追手の江南八大侠が挑んで共に倒れてくれれば、手を汚すことなく粛清は成功するのである。了因から報告を受けた呂四娘らは少林寺へと赴いた・・・・。ここからはタイトル通り、少林寺に闖入しようとする呂四娘、という展開になるのだ。塔に匿われた年羹堯を倒すため、呂四娘と白太官が挑むのは少林寺の試練の数々。十八羅漢を突破し、刀術層を斬り抜け、棒術層をクリア、仏掌拳を点穴で封じ込め、羅漢拳を倒すと最上階に辿り着く。『死亡遊戯』という見方もあろうが、これの元ネタはやはり金庸の『書剣恩仇録』(01/6/24,03/7/10日記参照)だろうな。「雍正帝も話せば分かってくれます。帰りましょう・・」甘い考えの呂四娘をせせら笑ったのは年羹堯だ。「奴がしたことは何だ?粛清ではないか!お前たちもいずれは使い捨てにされるぞ」その言葉も終わらぬうちに、雍正帝の軍隊が少林寺を取り囲む。これ以上は少林寺に迷惑をかけられない。年羹堯は雍正帝の裏切りを悟った呂四娘らに、自分の首を差し出せと言い残して自ら首を撥ねた。その時が復讐の最大のチャンスであると。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー無事に大役を務めた江南八大侠を招いて祝賀が開かれた。酒に毒が仕込まれていることを知った呂四娘らは、ついに立ち上がるが、雍正帝の準備は万端であった。江南八大侠を地下に閉じ込めるとそこを爆破、江南八大侠は爆死を遂げたかと思われた。もちろん主人公が死ぬわけはないが、呂四娘は片腕を吹っ飛ばされ、白太官も半身が焼けただれる。残りのメンバーは全員爆死、すげぇ展開である。生き残った白太官は復讐に燃え、片腕女ドラゴンと化した呂四娘に猛特訓を開始。『獨臂拳王大戦血滴子/片腕カンフー対空とぶギロチン』のジミーのような仕掛けを施した決戦の場を用意してその日に備えた。まんまと雍正帝をおびき出した呂四娘らは、血ダルマのボロボロになりながらもこれを倒す。満足気に息を引き取った白太官に駆け寄る呂四娘。ラストは張徹映画やなぁ、まるで。江南八大侠物として始まり、少林寺映画のお約束を盛り込み、ジミー映画から張徹まで。詰め込み過ぎの感がしないでもないが、全編アクションまたアクションの展開は、功夫ファンとしてはゲップが出るほどの満足度なのも確か。日本で発売しませんかね?キングレコードさん。『江南八大侠』へ
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