旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
 なお日記に記載の内容は、無断転載、転用はお断りいたしております。ご理解下さい。(by fake)

 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

『決殺令』 [2006年01月21日(土)]

『決殺令』'77年製作、監督:孫仲、主演:姜大衛

 金斧門総帥・楊志卿が、その生命の最後を前にして決死の思いで語りかける。「江湖の平和が続いて有余年・・・・その平和を乱さんとする貴公は一体誰だ?その目的は?・・・・今わの際の最後の頼みだ・・・・せめて教えては貰えまいか?」問われた男は覆面姿でこう答える。「仙霞派・余保だ!」楊志卿を殺した覆面の"余保"と名乗る男は、女子供も引きずり出し、金斧門皆殺しを実行。 殺戮の夜は更けて、早や金斧門壊滅と、惨殺の実行犯"仙霞派・余保"の名前が江湖を駆け巡った・・・・。この秀抜なオープニング・シークエンスから幕を開ける本作は、ショウブラ職人監督第三の男・孫仲の、ストーリーテラーの語り口と、ダイナミズム溢れる演出テクニックで魅せる傑作武侠片である!・・・・のだが、如何せん人物関係が入り組んでおり、輸入版でボケっと見るには向かない作品なのだ。

 "仙霞派・余保"こと顧冠忠は、旅の途中で立ち寄った酒場で、百毒派・・森に捕えられる。金斧門21人殺しとして、江湖でその恐名を轟かしたが、本人はその関与を否定するも、・森は問答無用で内側に釘が打ち込まれた棺桶にぶち込んだ。近く行われる江湖の党派集会に引きずり出し、顧冠忠は裁きを受けさされるのだ。 その百毒派総帥・韋弘、情婦である劉慧玲と馬車で帰路を急いでいた。党派集会に隠遁していたさる大物を引っ張り出すことで、現在の江湖での己の地位を確固たるものにしようと企んでいる。「それにしても何故、仙霞派は金斧門を?」旅の間も劉慧玲から疑問が提示される。現在、仙霞派は平和協定を破り江湖で殺し屋を集めているという噂は根強く広まっていた。 「顧冠忠は掴まったが用心はせんとな・・・」と韋弘。「次回の党派集会に花家荘の王莱を引っ張り出せたなんて凄いわ!」「それもこちらの誠意が通じたからだろうな」「仙霞派の噂が本当だとして、彼らを止めるだけの使い手はいるの?」「現在の江湖でそれを出来るのは・・・・」韋弘が挙げたのは、共に一匹狼の殺し屋で、剣の使い手・姜大衛と、九節鞭使いの宗華だった。

 帰宅した韋弘と劉慧玲を出迎え、経過報告をする・森。No.3各の艾飛は、劉慧玲と何やら目配せ。森の報告には姜大衛と宗華が町に現れたことも含まれていた。 宗華は町の居酒屋で女剣客・井莉と意地の張り合い。たまたまその場に居合わせた姜大衛は巻き込まれまいと必死。そこへ艾飛が百毒派の招待を持って、宗華のところへやってきた。 「何をするにしても金の話が先だな・・・」とうそぶく宗華だが、「金斧派事件のことでなら別だぞ!」と事件への関心を見せる。商談の成立した宗華、仙霞派が集めたという殺し屋を退治に出向く。 百毒派の屋敷へと侵入した姜大衛、棺桶に入れられた顧冠忠と接触を試みる。無実を訴える顧冠忠は、「罠に嵌められたんだ!全ては百毒派が江湖で伸し上がるために仕組んだことだ。武林江湖に争いを起こし、金斧門を潰し、その罪を仙霞派に押し付けることで覇権を握る気なんだ!」 仙霞派総帥・顧文忠とは知人の、天山派総帥・井森の弟子であることを明かした姜大衛。すぐにも顧冠忠を助けようとするが、「俺はこのままでいい。党派集会で全てを暴くつもりだ」と助けを断った。「花家荘の王莱が百毒派に買収されたとの噂だ・・・気をつけろ」と注意を促すが、果たして顧冠忠の証言は本当なのか?

 艾飛と劉慧玲が密会を重ねている。一門総帥・韋弘の情婦だが、百毒派の実権は自分たちが握ろうとの野望もあった。だが、劉慧玲には男の存在が少々疎ましくなり始めていたところだ。ひとおもいに艾飛を始末する劉慧玲。その現場を謎の僧侶・陳惠敏がじっと見詰めていた・・・。 仙霞派では戦々恐々の状態で会議が続いていた。総帥・顧文忠に井莉も加わり、百毒派の軍門に下るか?否か?が議論されている。 百毒派の依頼を受けて黙々と任務を遂行する宗華と、あくまで事の真相を明らかにしようと活動する姜大衛。天山派総帥・井森と合流しようとする姜大衛の前に、ふたりの人物が現れる。ひとりは奇矯な老人・谷峰で、もうひとりは謎の僧侶・陳惠敏。どちらも恐るべき使い手だが、とりわけ恐ろしいのは陳惠敏。井森はどうやら心当たりがあるようだが・・・。 谷峰は花家荘を訪ね、女主人・王莱に面会を求める。かつては江湖最強の夫婦であったが、偏屈な武術家カップルは長続きせずに別れ、いつしか共に白髪の身に。百毒派に請われて党派集会へ参加を表明した王莱を諌めにやってきたのだが、この婆さん、てんで言うことを聞かない。

 とにかく、谷峰の言うことすることが気に入らない王莱は、あくまで党派集会への参加を宣言。そんな王莱に対し「すでに江湖を退いて何年になる?老いた耳鼻では何が正邪か区別もつくまい。老いの晩節を汚すような真似は慎むのじゃ」谷峰の言うことは最もなのであるが、それを谷峰から聞くことが我慢出来ないのだから仕方がない。 いよいよ間近に迫った党派集会に赴く韋弘と劉慧玲。その前に姿を現したのは陳惠敏。その陳惠敏に傅く韋弘の口から、陳惠敏が百毒派に絶大な力を有していることが窺える。 王莱を動かしたことを確認するや、その鋭い眼は劉慧玲に向けられ、「お前の一門で行方不明の人間がいる・・・」そう言って陳惠敏が示したのは艾飛の死体。驚く韋弘に劉慧玲の本性を見せると、殺してしまえと指示を飛ばす。 手はず通りに動けと言い残し、宗華も始末して後顧の憂いを断つと語る陳惠敏。一体この男の真の狙いは? 宗華を狙う陳惠敏、ここで彼の異名が"血閻王"であること、それを聞いた姜大衛は井森から江湖の因縁話を聞かされる。

 かつて江湖を騒がせた"血閻王"陳惠敏は、王莱、谷峰、井森の3人によって退治された。そのまま死んだと思われていたのだが、どうやら復讐の機会をじっと窺っていたようだ。「奴は恐るべき鐵布衫を使います」という姜大衛に、「なに、あんなものは弱点を見つければ良いのだ」と楽天的に答える井森。 党派集会に備え、各派の党首を迎える花家荘では、やはり王莱を思いとどまらせようとする谷峰が争っていた。屋敷に侵入して機会を窺う姜大衛も見つかるが、井莉の部屋へ隠れて救われる。 再び宗華を狙う陳惠敏「金を受け取り、仕事を済ませたお前が何故に党派集会へと向う?」実は宗華は花家荘から送られた情報屋というのが、その真の姿だったのだ。最後の仕上げにと宗華を血祭りに挙げる陳惠敏。死ぬ前に九節鞭で額に傷を残したが・・・。 大会当日、証言台に引きずり出された顧冠忠、衆人観衆の見守る中「俺が金斧門を皆殺しにした!仙霞派がやれと命令したんだ!」と、以前と全く食い違う証言を。

 証言を聞いた党首たちは驚き、そして猜疑の眼差しを仙霞派・顧文忠に向ける。もはや疑いを晴らす術は無いと悟った顧文忠は、その命を自ら絶った。 党派集会を仕切っていた王莱の面子は丸つぶれである。そしてこれこそが百毒派と陳惠敏が仕組んだ陰謀であったのだ。金斧門を殺し、その疑いを仙霞派に向ける。江湖には再び争いが起こり、かつて自分を江湖から抹殺した王莱は面子を潰し、その影響力を無くす。そのために顧冠忠も買収してそう証言させたのだ。今こそ我々の天下である! 王莱は老いていた己の不明を恥じた。そう、これが老いということなのだ。それを認めたくなかったからこそ、谷峰の忠告に逆らい、もう一度江湖で華々しい栄光を取り戻そうとしたのであった。老いはその眼を曇らせ、本来なら見えていたはずの陰謀も見抜けなかったし、もはや闘いの腕もかつてのようにはいかず衰えてしまっている現実を知らされる。「谷峰・・・あなた御免なさい。愚かな女を許して・・・」百毒派に切り込んで力尽きる王莱、谷峰も最後まで彼女を救おうとしたが共に倒れた。 全ての元凶・百毒派と陳惠敏の野望から江湖を救う為、姜大衛、井森、井莉らが最後の決戦を挑む!果たして無敵の鐵布衫を破ることは出来るのであろうか?

『童子功』 [2005年11月30日(水)]

『童子功』'72年製作、監督:郭南宏、主演:凌波ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー秘伝・童子功は、いわゆる"鐵布杉"ものに属する。元は少林七十二芸のひとつとして伝説に登場する技だ。映画における用法は"鐵布杉"と同じであり、技名が違うだけだと思ってもらって差し支えない。 傍若無人な"龍谷五鬼(邵羅輝、龍飛、高鳴、謝興、張義貴)"からアベックを救った謎の剣士・凌雲。その腕前に驚いた彼らのボス・魯平は彼を仲間に誘うが、凌雲は姿を消す。呉司の"撃天武館"を襲った"龍谷五鬼"と魯平、呉司はかつての兄弟弟子で魯平は決着をつけにきたのだ。恐るべし"童子功"の使い手・魯平は呉司を追い込むが、再び現れた凌雲に邪魔をされる。凌雲も"童子功"で負傷させられるが、それを救ったのは男装の女剣士・凌波だった。 陳又新の定遠[金票]局を襲撃する"龍谷五鬼"の狙いは、失われた秘伝・"童子功"の第四、第五式。魯平が身につけたのは第三式までであり、彼は残りの行方を追っていた。 三度、凌雲に邪魔されたが、やはりここでも凌雲を救ったのは凌波だ。負傷した凌雲を世話する凌波の脳裏に、幼い頃の記憶が甦る。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー両親の住む山荘を襲った"龍谷五鬼"に、山荘を皆殺しにされたが生き延びた凌波は、生き別れた兄弟子と仇である魯平を追っていた。凌雲はもしかして・・・・それならば彼の手にはあの時の傷があるはずだが?目覚めた凌雲に不審がられた凌波は全てを打ち明ける。 小妹!お前だったのか!再会を喜ぶ二人。兄妹弟子手を取り合って復讐を誓う。太極派の凌波に恨まれる覚えの無い魯平だったが、秘伝の残りを求めて原森の屋敷へ。娘を人質に秘伝を要求する"龍谷五鬼"に、救出に現れた凌波は高鳴を倒し娘を解放。秘伝の行方なら私が知っている、明日山塞で会おうぞ! 待ち受ける"龍谷五鬼"を倒し、魯平との決戦を向える二人。無敵の"童子功"を駆使する魯平の前に苦戦を強いられるが、魯平の耳が弱点であることを見て取った凌波は決死の突撃を敢行。なおも食い下がる魯平に止めを刺した凌波と凌雲は、江湖に平和を取り戻すのだった。 ストーリーを見てお解りだと思うが、これが郭南宏後期の傑作『太極元功/ドラゴン太極拳』の原型だ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー"鐵布杉"ものの原点は「聖朝鼎盛萬年青」に登場する方世玉にある。伝説に登場する少林寺の秘伝のほとんどは「聖朝鼎盛萬年青」を経て「少林演義」などに受け継がれた。やがて武侠小説が登場するに及んで、伝説の秘伝は更なる荒唐無稽な変化を遂げていった。これらが映像化されていく過程で、最初に"鐵布杉"が登場する映画が何であったかは不明であるが、香港映画創世記の初期"方世玉"モノに登場していた可能性は高い。上海映画時代の'28年作品『方世玉打擂台』、'38年の香港映画『方世玉打擂台』、'48年から始まった石燕子の方世玉シリーズなどにその原型が存在しているだろう。これを持ってして"鐵布杉"モノの原点といっても構わないのではないか!? この流れは傅聲のショウブラ方世玉に受け継がれたが、悪役が"鐵布杉"の使い手で、主人公側がそれを打ち破る映画の原点は今のところ不明である。古い映画雑誌にはこの『童子功』を"過去に例が無い"と評しているが、それでもこれが最初ということではあるまい。 ただ、現代功夫片に繋がる分岐点的役割は果たしたであろうし、郭南宏は間違いなくそれを自作に取り入れている。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画にはもうひとつ語っておかなければならないことがある。それはこの映画がショウブラ作品である、ということだ。 郭南宏inショウブラ!この事実だけでファンにはマストアイテム化間違いなしだろう。この間の経緯については些か説明を要する。ショウブラに日本人監督たちが渡ってきたのは60年代中期のこと。井上梅次、中平康ら監督から、西本正、宮木幸雄らカメラマン、照明技師の傍士延雄、録音技師の中井喜八郎、その他、美術、メイク、音楽に至るまで日本映画のスタッフが香港で技術指導を始めたのだ。これにより香港映画(当時は=ショウブラのこと)の技術レベルは飛躍的に向上した。折からの"陽剛"ブームと相まって、ショウブラの映画は東南アジアを席捲。 台湾映画人にとって更に事態は深刻な状況を向える。ショウブラと契約や制作の問題で揉めた李翰祥、胡金銓が相次いで台湾入りしたのが'65年過ぎのこと。 当時の台湾映画界はまだまだ規模も技術レベルも低く、映画会社は政府、国民党、軍部が管理するもので、独自の映画作りは映画人に認められていなかったのである。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー当時の台湾には国民党管理の「中央電影企業股[イ分]有限公司」、国防省管理の「中國電影製片廠」、政府管理の「台湾省政府新聞處電影攝影場」くらいしか映画製作所はなかったが、李翰祥は嚴俊と共同で「新國聯公司」を、胡金銓は「聯邦影業公司」を設立。台湾映画界の発展と活性化に勤めたのだ。 だが、この事態に危機感を抱いた台湾映画人もいた。台湾娯楽映画の重鎮・丁善璽その人である。"このままでは香港映画に乗っ取られてしまう・・・・かといって現状の台湾映画界のレベルでは太刀打ちも出来ない"そこで丁善璽は同様の思いを持つ有志を集め、ひとつの提案を切り出した。"諸君、残念だが我々の技術では今の台湾映画界を救うことは出来ない、ここはひとつ会稽の恥を承知で香港映画界で技術を学んではどうであろう?" これに賛同した郭南宏、李作楠(助監督時代の朱延平も共に)、そして丁善璽も自らショウブラの門を叩いたのである。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー丁善璽は73年に『盗皇凌』『馬蘭飛人』、75年に『吃人井』を、トップバッターとして乗り込んだ郭南宏は71年に『劍女幽魂』、72年に『童子功』、74年には李作楠が『鬼馬兩金剛』をショウブラで制作した。(未確認情報では巫敏雄が『龍虎地頭蛇/子連れドラゴン女人拳』を台湾と共同で制作したという) この経験を元に台湾映画界へ帰った彼らは、台湾娯楽映画のレベルを押し上げ、台湾映画界の牽引車として君臨したのだ。 70年代に起こった未曾有の功夫・武侠片ブーム、香港と連動して台湾でそのムーブメントの中心人物だった郭南宏、丁善璽、李作楠、そして80年代以降の台湾娯楽映画を支えた朱延平。彼らは一時の恥を忍んで香港映画界で修行したが、それがなければ今の華流ブームもF4人気も存在し得なかったであろう。彼らの成し遂げたことは、台湾映画界にとってそれほど大きな出来事だったのである。

『邪』 [2005年11月25日(金)]

『邪』'80年製作、監督:桂治洪、主演:恬[女尼]、陳思佳ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画は前回紹介した『邪鬥邪』の前編なんですが・・・・とはいってもストーリー上の繋がりは全くない。が、香港でも三本目の『邪完再邪』を含めて"桂治洪「邪」之三部曲"と、シリーズ扱いされてもいる。 ちなみにだが、『邪鬥邪』と『邪完再邪』は一応話しに繋がりはあるため、この第一作のみが別物なのだ。コメディ・タッチの二、三作目に比べて、本格ホラーなのもこれだけであり、三部作とはいえ、最初の作品だけが番外っぽい。 クライマックスの除霊場面で、全裸の体中に呪文を書いた陳思佳が登場するが、このヌードは巧みに吹き替えの全裸と編集で繋いだもの。あんまり編集が良く出来ているので、一瞬、本人か?!と見間違えそうだが、やはりこれは吹き替えなのだ。古いショウブラの機関紙「南國電影」に、吹き替えの女優に呪文を書いているスナップが残されています。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画、ネタバレをしないことには何も解説が出来ない為、オチの部分も含めて完全にネタバレしています。バレは嫌だ!という方は以下の文章は読まないように! 恬[女尼]の実家はかつて威容を誇ったかつての旧家。今は落ちぶれて見る影もないが、それなりの格式は保っている。財産目当てで結婚した入り婿の王戎は穀潰しの上、病弱な恬[女尼]にドメスティック・バイオレンスの嵐。 町の人たち(沈勞、韓國才ら)は総じて恬[女尼]に同情的だが・・・・。召使がいびり出され、出入りの商人・韓國才に遠くに住む妹への言付けを頼む恬[女尼]。 そんなところへ表れたのが、かつて恬[女尼]の家に旧恩を得た娘・陳思佳。恬[女尼]の姿に同情した彼女、王戎の暴力にも耐え、女主人に甲斐甲斐しく使える。 財産を売り払い、夜な夜な散財して歩く王戎。反抗的な陳思佳を追い出す為、暴力で彼女を征服。恬[女尼]の目の前で犯される陳思佳だが、恬[女尼]を置いて出て行くことは出来ないと歯をくいしばる。 金目の物を探していた王戎が目をつけたのが母の形見の腕輪、それを巡って嵐の夜に揉み合いとなり、瓶に落ちた王戎をそのまま溺死させる女ふたり。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこのままではいけないと腹を括った陳思佳、尻込みする恬[女尼]を叱咤し、布団に包んで家の向かいにある水路に死体を投げ入れる。全ては豪雨が押し流してしまうはずだった・・・・。 元々気の弱い恬[女尼]、翌日から罪の意識に苛まれ水路にお供えをしたりと奇矯な行動を取りはじめる。その都度庇う陳思佳だったが、恬[女尼]の周りには更に奇怪な出来事が続発するのだ。彼女が狂っているのか、本当に幽霊が現れたのか・・・判別しないまま狂気だけが肥大していく。 王戎の幽霊に復讐される!との妄想を振り切れない恬[女尼]を襲う怪人。病に臥せって身体も心も衰えていた彼女は、その恐怖の重圧に押しつぶされるようにこの世を去った。 葬儀の客で溢れかえる屋敷、亡き女主人を偲ぶ陳思佳の横には、死んだはずの王戎が!恬[女尼]の財産を受け継ぎほくそ笑む王戎と陳思佳。そう、ふたりは最初から共謀して病弱な恬[女尼]を死に追い込んでいったのだ。 すっかり女主人気取りで屋敷の采配を振るう陳思佳。だが今度は彼女の身の回りに恬[女尼]の影が!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー恬[女尼]の姿を見たものは陳思佳だけではなかった。恬[女尼]の遺品を始末させるために雇った人夫たちは、屋敷の主人と名乗る女から荷物を元通りにするよう命令を受ける。混乱する人夫たち、「しかし、あの女の人は確かにここに・・・・」振り返った彼らの目に映るのは恬[女尼]の遺影! 今度は逆に王戎と陳思佳が恬[女尼]の幽霊に怯える日々を送ることに。奇怪な現象は続き、その都度恬[女尼]の存在が示唆されるが、果たして本当に彼女の幽霊なのか?恬[女尼]が死んだことだけは間違いないが、ならばあれは本当に・・・・? 徐々に姿を現してくる恬[女尼]に追い詰められ、不要な殺人(恬[女尼]の死に疑問を持った韓國才)を犯し、精神も立場も弱まっていく王戎。 或る夜、寝所に入った王戎を待っていたのは陳思佳ではなく恬[女尼]だった!恐怖のあまり二階から足を滑らせ転落死してしまう王戎。ひとり残された陳思佳はもはや精神の限界に達し、霊媒の陳立品にすがる。体中に呪文を書き祈り続ける陳思佳だったが、耳のところだけ書き忘れた(というより故意)ため、恬[女尼]の幽霊に耳を千切られてしまうのだった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー全ては恬[女尼]の妹(二役)の犯行だった。姉からの便りを韓國才より貰い窮状を知った彼女は、姉を助けるために駆けつけたが、屋敷で彼女が見たものは、病気の姉が幽霊に化けた王戎に狂い死にさせられる瞬間だった。 双子の姉妹で顔がそっくりであることを生かした彼女は、姉の幽霊を演じることで復讐を果たしたのだった。 耳のところだけ呪文を書いていない・・・・という場面は、嫌でも「耳無し芳一」を思い起こさせる。小泉八雲ことラフカディオ・ハーンが日本の民間伝承を集めて構成した作品集「怪談」に収められた有名な一編は、実際に読んだことは無い人でも大抵は聞いたことあるだろう。 実際のところ怪談の多くは中国からきたものの翻案であることが多く、どれが日本原案かは不明だ。ハーンの作品は中国でも翻訳されているし、「聊斎志異」との絡みも含めて、似たような話が混合している感はある。本作は「廣州西關奇案」という実話の翻案であるとの説も有り、そうだとすると実録路線の側面もあるが・・・。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー設定が民国初であるため、その時代性を背景とした怪奇ムードは満点であり、結局本物の幽霊は最後まで登場しないものの、ホラー映画としての密度も完成度も高い。 香港の映画評には、映像的に中川信夫の『東海道四谷怪談』('59)の影響がある、と書かれている。確かに雨の中の場面や、王戎を水路に流す場面などにその影響が感じられるが、全体のテイストにはヨーロッパ・ホラーの影響が見て取れるのだ。 王戎の暴力に追い詰められた女二人の狂気が爆発し、ついには殺人に至る場面の迫力は出色で、恬[女尼]、陳思佳の熱演も相まって背筋を凍りつかせる。 この暴力にさらされる女ふたりの殺人という設定は嫌でも『悪魔のような女』('55仏)を思い起こさせるし、ふたりが狂気に走る場面では『地獄の貴婦人』('74仏=伊=独合作)の影響も見えるのだ。二段、三段のオチ構成や、殺人者が過去の犯罪の影に追い詰められていく展開は『生きていた男』('58英)そのままだ。 いい加減幽霊話で引っ張っておきながら、途中までがどれほど有得ない展開であっても、合理的な推理オチを付け加えてスリラーにしてしまうという演出も、イタリアン・ホラーの雄・ダリオ・アルジェントを連想させるのだ。 映画としては非常に良く出来た作品で、桂治洪の代表作の一本であろう。ファンにとってはこのホラーの習作に、桂治洪が何を手本としていたのかが垣間見えて、楽しめることも請け合いであります。

『邪鬥邪』 [2005年11月17日(木)]

『邪鬥邪』'80年製作、監督:桂治洪、主演:伊雷ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー桂治洪監督の"邪"三部作の一編だが、純粋な恐怖片だったのはシリーズ一作目の『邪』のみ。二作目の本作、三作目の『邪完再邪』と、徐々にコメディ色を濃くしていく。南洋邪術片『魔』を成功させた桂治洪が、それ以前に挑んだ中国的幽霊話の先駆けだったが、ギャンブルもの的要素や、艶情片的趣向を盛り込み、より娯楽性を増した作りへと方向転換。同時期に始まったサモの道教系作品に対する対抗策だったのか・・・・。この映画が持つもうひとつの謎と共に、真相は闇の中である。この謎の核心部分は後述しているが、ショウブラザースという会社が持つ暗い闇に触れることになる、極めて重要な謎なのである。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー伊雷演じる主人公はボンクラのギャンブル狂。何をやってもついていないし、ギャンブルにも負け続け。賭場の元締・・森に借りを作り、女を世話するといって女房の梁珍[女尼]を差し出した。 酔わせたつもりだったが、正気に還った梁珍[女尼]に股間を蹴り上げられ、玉を潰してしまった・森に、「1.自分で死ぬ、2.酷い殺され方をする、3.竿を切る」と選択肢を突きつけられる。 1の自分で死ぬを選んだ伊雷だが、ついてない男はことごとく自殺にも失敗。飛び降りたビルの隙間で宝石の入ったバッグを発見し、金持ちになった!と大喜び。ところが、そのバッグに入っていた位牌の持ち主・楊志卿から奇妙な依頼を受けることになり、人生は一転する。 位牌は楊志卿の娘のもので、香港へ出てきて強盗に遭い、レイプされたあげく無残に殺されたのだという。不憫な娘の為、幽霊として彷徨う娘に婿を捜しているのだと説明を受ける。大金の契約金に釣られた伊雷だったが、頭のおかしな親父だと話半分でOKしたのだった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそこから伊雷の身の回りには奇妙な現象が相次ぎ、何人かの霊媒を雇って除霊を試みる。伊雷の訴えでアパートの住人に取り付いた幽霊とコンタクトに成功。セクシーな貝如花とは一夜を共にし、すっかり上機嫌の伊雷だったが、幽霊は見境無く取り付いて、掃除の婆さんや魚頭雲ともセックスをする羽目に。 ・森の追求こそ逃れさせてくれたものの、相変わらずついていない伊雷は、「一度でいいからギャンブルで儲けさせてくれ!」と幽霊に頼み込む。賭場に乗り込んだ伊雷を待ち受けていたのは、霊能力のある女賭博士・金莎莉だった。今正に"邪"と"邪"の"鬥(闘い)"の火蓋が切って落とされるのであった。ラストは、ギャンブルにも勝利し、幽霊もマッチョ男(羅莽:カメオ出演)に乗り換え、貝如花をモノにした伊雷が「こんなラッキー信じられる?」とカメラに語りかけたところで劇終。 と、ストーリーを紹介したが、これは現在発売されている天映娯楽版のこと。実は天映娯楽版は編集バージョンで、このバージョンは『邪鬥邪』の真実の姿をまるで伝えていないのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーオリジナル『邪鬥邪』の基本ストーリーは同じだが、今後も永久にオリジナル版が日の目をみることは無いと断言出来る。何故ならこの映画はハードコアポルノなのだから。 オリジナル『邪鬥邪』最大の変更点は、セックス・シーンが全て男女の性器が結合するところまで撮影されたハードコアであるという一点につきる。最初は梁珍[女尼]が森の股間を蹴り上げるまでが違っており、天映娯楽版では・森が梁珍[女尼]にのしかかろうとするところで終わるが、オリジナルは暗闇で犯してしまうまでがハードコア描写で描かれる。伊雷が自殺しようとして薬で発情し露出狂となってしまう場面も、オリジナルはモチロン性器の露出がある。 天映娯楽版には全く無い場面もある。楊志卿との契約で金持ちになった伊雷が娼婦を買う場面で、ここもハードコアであるのは言うまでもあるまい。オリジナル版はこの後幽霊の嫌がらせが始まっており、幽霊が焼きもちを焼いたから霊媒を雇うことになるのだ。その代わりといっては何だが、悪友の林輝煌に相談してインチキ霊媒を紹介される場面は無い。後半に出てくる貝如花との場面にハードコア描写はなく、その後の展開は同じだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこれは一体どうしたことなのだろうか?香港ではハードコア描写はご法度のはずで、ポルノは全てソフトコアであったと全ての映画関係の歴史書に書かれてきた。ハードコアも存在はしたが、アンダーグラウンドであったというのがこれまでの定説であり、ましてや香港イチのメジャー会社であるショウブラザースの手によって、ハードコアが制作されていたなどとは、この作品に出会うまで完全に歴史の闇に葬り去られていたといっていい。 ハードコア部分は編集次第でカット出きる用に撮られており、事実、天映娯楽版をご覧の方は編集に違和感は感じないはずである。そうしたことをつき合わせてみても、このハードコア部分は輸出用に撮られたものである可能性は高い。そしてこの読みは十中八九正しいとも思っているが、輸出用とはいえ、ショウブラがハードコアを制作していたということには変わりはない。ゲテモノ監督のレッテルを捺されていたとはいえ、桂治洪の心中察するに余りあるばかりで、この映画はこのまま闇に葬り去られていた方が幸せだったのかもしれないのだ。 だが、ここで新たな疑問が沸いて来るのを押さえきれないのも事実である。他のショウブラ・ポルノはどうだったのか?現在発売中のいくつかの作品にも、この『邪鬥邪』と同様のケースがなかったかと、誰が否定できる?

『馬哥波羅』 [2005年11月10日(木)]

『馬哥波羅』'75年製作、監督:張徹、主演:傅聲ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー馬哥波羅=マルコ・ポーロと読む。当たり前かもしれないが、一応。という訳で、この映画はマルコ・ポーロなのだ。 「東方見聞録」で有名なマルコ・ポーロは1254年にヴェネツィアで生まれた。商人だった父の後を継ぎ、シルクロードを越え、当時"元"が支配する中国へとたどり着く。"元"のフビライ(クビライ)・カーン(ハン)からの信任を得たマルコは、通行手形を貰いフビライの使節として、雲南からミャンマー、モンゴル各地を旅して廻った。 その旅の途中で日本にも訪れ、黄金の国ジパングとして「東方見聞録」でヨーロッパに紹介された。17年もフビライに使えたが、1295年に帰国。ヴェネツィアが隣国のジェノヴァと戦争を始めマルコも参戦。その戦いで捕虜となったマルコが、獄中で作家のルスティケロに語った話が「東方見聞録」になったのである。 ところで、17年もの長きに渡って仕えたマルコの名前は"元"の正史には見当たらなかったりする。それを持ってマルコ・ポーロは実はインチキだったのではないか?という説がある。が、「東方見聞録」に書かれたアジアの事象や風俗描写は、実際に体験したものでなければ書けないものとも。 マルコ・ポーロがアジアを廻ったのは嘘ではないだろう。だが実際には西アジアの一部に滞在しただけで、そこを通る交易商人より聞いた話をまとめたものが、「東方見聞録」として残されたのではなかろうか。実は"見聞録"ならぬ、"伝聞録"であったというのが、歴史の真実であろう。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー映画はフビライ(李桐春)の元へと訪れたマルコ(リチャード・ハリスン)が、"元"の使節としてモンゴル人の使い手、王龍威、梁家仁、劉家輝らと反・元朝の刺客と闘うところから始まる。 暗殺騒ぎの下手人を探る旅で、反・元朝を志す若者たち(傅聲、戚冠軍、郭追、唐炎燦)と出会い、彼らが王龍威らを倒すまでを見届ける。 お話としては何がマルコ・ポーロなのか皆目意味不明なドラマだが、元朝を倒す為、傅聲たちが修行をする場面が『洪拳興詠春』で試みた練功描写を一歩進める段階に達しているのが興味深い。 怪力を有するモンゴル人に対抗するため、それぞれが無敵の鐵布杉を習うのだが、速成修行の彼らは部分的にピンポイントで技を学ぶ。師匠とのやりとりや、修行の方法に後の"練功小子片"にみられるものの初期段階が見て取れ、とりわけ傅聲のキャラクター造形や演技は、間違いなくジャッキー・チェンに影響を与えている。 ブルース・リー二世を押し付けられそうだったジャッキーは、更に似合わない古龍武侠片の二枚目役をやらされていく中で、傅聲的アプローチに映画界で生き抜く活路を見出した。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー張徹作品としては物足りない出来の映画だが、この映画は三つの点で歴史に残るのだ。 そのひとつがフビライを演じる李桐春の出演だ。台湾京劇界にその名を残す名優中の名優・李桐春が映画出演することは非常に稀で、この映画の他はジャッキーと共演した『拳精』くらいしかない。この『馬哥波羅』では堂々のフビライ役で特別出演を果たし、『拳精』では悪の少林寺管長としてジャッキーと対戦。その存在感を示した。 もうひとつはタイトル・ロールのマルコを演じたリチャード・ハリスンの存在だろう。マカロニ・アクションがブームになった60年代、アメリカの売れない俳優たちは海の向こうイタリアで己の可能性に賭けた。クリント・イーストウッド、リー・ヴァン・クリーフという成功例も生んだが、このリチャード・ハリスンのようにブームに埋没した人間もいる。 当時の香港映画では格上の方の西洋スターだが、面白いのはここからのハリスンの人生だ。彼が演じたマルコ・ポーロは、東洋に魅せられその地に長居してしまったが、後ろ髪を引かれつつ西洋に帰っていく男だ。だが実際のハリスンは違う。アメリカから裸一貫でイタリアへと出稼ぎに訪れ、夢破れたにも関わらずアジアの果てに流れ着き、更にはその場に居付いてしまったのだ。香港に限らず、フィリピンやタイの映画で時折再会するリチャード・ハリスンの雄姿には、男の覚悟とはどういうものか?を、まざまざと見せ付けられるのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー最後は功夫映画ファン狂喜のサプライズ、黄家達(カーター・ワン)の出演だ。冒頭、フビライを狙った刺客としてノンクレジットで登場。ゴールデンハーベスト生え抜きの黄家達が、ショウブラ生え抜きの王龍威、劉家輝、梁家仁らと拳を交える場面は、ファンにとっては無条件の"買い"要素であろう。 後に台湾独立プロの雄として君臨する黄家達は、ハーベストへの復帰も、ショウブラへの再登場も無かった。これぞ正真正銘のレア対戦というやつである。 先ごろ来日しインタヴューに答えたところによれば、ちょうどハーベストとは契約が切れたところで、その隙をついた張徹の誘いに旨く応じられたことで実現したものだったそうだ。 敵として傅聲や戚冠軍に立ちはだかる役どころも見たかったが、ここは歴史の偶然がもたらした邂逅を素直に喜びたいものである。

『男興女』 [2005年09月14日(水)]

『男興女』'83年製作、監督:蔡繼光、主演:鍾楚紅、萬梓良ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー鍾楚紅(チェリー・チェン)はショウブラ出身の女優ではない。張曼玉(マギー・チャン)などと同じくミスコン(コンテストは落選)からスカウトで女優になった口だ。デヴューは「銀都機構」作品『碧水山奪命金』、監督は杜峰(ジョニー・トゥ)だった。 続いて選んだ作品が許鞍華(アン・ホイ)の『胡越的故事/獣たちの熱い夜 ある帰還兵の記録』で、この時期にニューウェイブを代表する作品と接したことが、彼女に普通の香港女優とは違う独自の路線を歩ませることになったのではないか。 この時代ではまだ非常に珍しいことながら、ハーベスト(『人嚇人』『巡城馬』)にも出たし、シネマシティ(『難兄難弟』)にも出た。ショウブラと契約したのは83年だが専属契約ではなく、同時期に他社作品にも出演している。 そろそろ各会社の壁はなくなりつつある頃だったにせよ、安易に専属契約を結ばなかった彼女の生き方に強い意志を感じる。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの演技力もあるコケティッシュな女優を、ショウブラはなぜかセクシー路線で売り出した。ショウブラと契約した最初の作品『星際鈍胎』では、マリリン・モンローもどきの役柄を振られている。 『男興女』はショウブラでの彼女の代表作だが、濡れ場の連続で彼女も全裸でラブ・シーンを演じている。ニューウェイブ派の蔡繼光(クリフォード・チョイ)作品で、この時期に社会問題となっていた大陸からの不法移民を題材として取り上げているが、これが社会派のドラマであったから脱いだという訳でもない。続く『窺情』は他愛も無いサイコ・スリラーながら、必要以上に全裸になってみせる鍾楚紅の女優魂には感服させられる。バストトップまで見せている訳ではないとはいえ、メジャーな大物女優はセクシー路線とは程遠いことが多い香港の女優の中で、稀有な存在といえるだろう。 とりわけこの『男興女』は、大ヒット作『奇謀妙計五福星/五福星』の次に出演した映画だけに、単に売れるだけの女優を目指してはいなかったことがハッキリと浮かび上がってくるのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー大陸からの不法移民・鍾楚紅は、他の不法移民達とバラックス(『警察故事/ポリスストーリー』でジャッキーがブチ壊すバラックス)で共同生活をしている。正規の仕事を貰えないその日暮らしの彼等は、老若男女スシ詰めのバラックスで、明日を夢見て暮らしている。しかしすることもロクに無いため、博打に高じるか、フリーセックスで快楽を貪るかのどちらかだ。 親戚を頼って町へ出た鍾楚紅だったが、不法移民はお断りと追い返されてしまう。バラックスの博打場へと現れた萬梓良は、賭場荒らしとして追われるが、シャワー室に飛び込み裸の鍾楚紅と遭遇。何故か鍾楚紅は萬梓良を見逃してやった。 街で移民狩りが行われていた。一人歩きの鍾楚紅は窮地に陥るが、そこを通りかかった萬梓良に救われるのだった。賭けボクシングで金を得た萬梓良は、正装して鍾楚紅を誘いに来るが、傷だらけの顔を見た鍾楚紅は彼を拒否するのだった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーバラックスから這い出るには身体を売って店からIDを取得して貰うか、結婚して国籍を取得するしかない。花嫁を捜している中年の男やもめ・關海山に紹介された鍾楚紅、相手に魅力は感じないながらも結婚を承諾してしまう。若く美しい女を貰った關海山、中年男特有のネットリとしたSEXで身体を求めるが、愛を感じない鍾楚紅には満たされない思いが残った。 賭けボクシングからキックボクサーとして伸し上がった萬梓良は、ギャンブル仲間の羅烈をトレーナーにチャンピオン・シップを目指していた。生まれて初めての安定した暮らしは、それなりの幸せを鍾楚紅にもたらしていた。夫に連れられてキックボクシングの試合を見さえしなければ・・・・。ふたりの再会が破滅へのカウントダウンを鳴らしてしまったのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー最初のバラックスの描写が非常に強烈で、あそこから抜け出すには男も女も犯罪に手を染める以外方法が無いことを窺わせる。不法移民による犯罪"省港人問題"が世間を賑わし始めるのが82年で、傑作『省港旗兵/九龍の獅子』が登場するのは84年である。この映画はその狭間にいち早く不法移民を取り上げている点は高く評価されても良い。 男はチャンピオンとして大金を手にして米国に移住しようとするが、そこで待ち受けているのはやはり移民として受ける苦渋であるだろうという皮肉。それでも今よりマシだと思って大陸から移住してきた点は女も同じであった。女が受けた苦労と、男が受けるであろう苦労は一対であり、これでまだチャンピオンになっていればこのドラマも救われるのだが、蔡繼光は決して陽の当ることのない"男と女"には、ただ悲劇のドラマしか残してはいなかったのだ。

『大哥成』 [2005年04月27日(水)]

『大哥成』'75年製作、監督:桂治洪、主演:陳觀泰ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー前作のクライマックスから始まる。打ち壊される成記茶樓、引退を決意する陳觀泰・・・・そして運命の二又路へ。74年の興收第10位をあげる大ヒットとなった『成記茶樓』は、その印象深いラストの余韻から続編を望まれての登場となった。しかし前作からおよそ一年(『成記茶樓』は74/10/19、『大哥成』は75/7/16公開)を経ての登場となった『大哥成』を取り囲む状況は、一年前とは一変してしまっていた。 社会風俗と現実社会の問題を、ギリギリにまで削り込んで娯楽作品の枠に収めた桂治洪の前作は、それ故にこそ高い評価とヒットをもたらしたのだが、なまじ出来が良かったばっかりに方向転換を迫られたのであった。まずはそのストーリーの変貌振りから見てもらいたい。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー陳觀泰は去っても成記茶樓への攻撃の手は緩まない。度重なる襲撃についには死傷者も現れ、田舎に引っ込んでいた陳觀泰も再度出てこざるを得ない状況に追い込まれた。 陳觀泰と成記茶樓の心情を察する警察の[イ冬]林は自重を促すが、"もうがまん出来ない!"と完全に武闘派へ変貌した陳觀泰の反撃が始まる。敵組織の末端構成員を次から次へと死に追いやる陳觀泰。もはや誰も彼を止められない。 勢力を盛り返した成記茶樓は通常営業を再開。常連客の沈勞も息子の劉陸華を連れて通い始めた。そんな折、かつて刑務所へと送られていた汪禹が出所してきた。暖かく迎える陳觀泰と成記茶樓の面々。 働き手のウエイトレス・陳美華が結婚して店をやめると言い出したが、孤児の陳美華は陳觀泰に親代わりとして相手の両親に会って欲しいと頼む。婚約者の林偉圖はお金持ちのインテリ学生、父親の王克はふたりの結婚を反対し学費を打ち切られてしまう。夜の女として働き林偉圖の学費を支える陳美華だったが・・・・。ある日、古手のウエイトレス・呂紅から、林偉圖が別の女を連れている姿を目撃したとの報告が。調べてみると林偉圖は結婚詐欺師で、父親だと思われた王克も含めて全て芝居であったことが判明。信じない陳美華の前でその正体を暴く陳觀泰。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー深夜、成記茶樓に泥棒が侵入。すんでの所で捕まえられたが犯人のひとりは常連客・沈勞の息子だった。警察沙汰になる前に沈勞を呼び出し、息子・劉陸華に仕事を世話してカタをつけたが、もうひとりの犯人・黄志強は陳觀泰を深く怨んだ。 従業員を殺した連中を炙り出してみれば、前回遺恨の生まれた宗燦枝の手下・強漢らだった。親分を刑務所に送られた怨みからの犯行だったが、陳觀泰の動きをマークしていた[イ冬]林は、あくまで法の下による裁きを優先する。死刑確定と請け負って連行する[イ冬]林。 ウエイトレスの邵音音が帰宅途中にレイプされ彼女は自殺。町を自警する必要を感じた陳觀泰は、成記茶樓の面々と共にレイプ犯を追い詰めていく。レポーターに取り上げられ、インタヴューを受ける町の人々は口々に「大哥成のおかげで町は平和になった」と語る。「果たして"大哥成"とは如何なる人物でありましょうや?」 ひったくりにあった陳立品を助けたが、ひったくり犯はいつかの泥棒・黄志強。怪我を負わされたと過剰防衛で陳觀泰を告訴する黄志強。助けられた陳立品は、警察の面通しで容疑者として並ぶ陳觀泰の前を素通り。悔しがる警察だが、[イ冬]林は事が大きくなってきたことを警告。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーだが[イ冬]林の警告にも一理あることを察した陳觀泰、[イ冬]林と共同戦線を張り悪の壊滅を目指すのだった。かつての馮敬文のシマで悪質な賭場が開かれ、息子の落山も悪の道に。調べてみると陳觀泰が引退した間に馮敬文は死んでおり、現在はその手下の韋弘が実権を握っていた。そこへある情報がもたらされ、実は馮敬文がまだ生きていることを掴む。密かに会見し旧交を温めると、簒奪されたボスの座を奪い返すべく馮敬文を立ち上がらせた。ボスの登場に一斉になびくかつての子分たち。韋弘は己が腕を切り落とし詫びを入れるのだった。 死刑確定と思われた強漢たちは、死刑制度に反対する英国の横槍で釈放されてしまう。[イ冬]林に詰め寄る陳觀泰「人道措置だと!無実の人が殺されて、人殺しを釈放するのが人道措置か!?」事態は更に悪化し、彼らのボス・宗燦枝も娑婆へ出てくることになった。復讐を誓う宗燦枝は、陳觀泰の妻・葉靈芝を襲いこれを死に至らしめる。 葬儀の席で陳觀泰を諌める[イ冬]林に、「もはや俺を止めることは不可能だ」と宣言。それを聞いた汪禹は、ひとり宗燦枝の事務所を襲撃した。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー解体された豚のような無残な姿となって、成記茶樓に送り返されてきた汪禹の死体。怒りに燃える陳觀泰は宗燦枝とその手下を追い詰めるが、後一歩のところで逃げられ、重傷を負って陳立品のアパートへと転がり込んだ。過去の因縁からこれを匿う陳立品と[赤+おおざと]履仁。先手を打って攻めてくる宗燦枝一味。 陳觀泰を逃がそうと宗燦枝一味に立ち向かう陳立品、[赤+おおざと]履仁夫婦。初めは見ているだけだったマンションの住人たちも立ち上がり、狭いマンション内で次第に追い詰められていく宗燦枝一味。恐怖にかられた宗燦枝は追い詰められて転落、工事用コールタールの中で憤死した。駆けつけた警察に向かい、コールタールの死体が陳觀泰だと証言する住人たち。死体を検分した[イ冬]林はそれが陳觀泰のものではないと見破ったが・・・・。 町の平和は守られた。"大哥成"の生死は不明で、町のギャングやチンピラはこの名前を聞いただけで震え上がるのだった。今日も犯罪あるところ暗闇に浮かび上がる"大哥成"の姿が!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー[注意!ここからは驚愕のネタバレです]ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー場所は変わって警察病院内部。重傷を負った陳觀泰と、[イ冬]林、警察長官の3人が集まっている。「陳觀泰、よくやった!」と警察長官。陳觀泰は「市民の自警意識も高まり、"大哥成"の名前もシンボルとして生き残るでしょう」と語る。[イ冬]林は「これで潜入捜査の重要性も証明されましたな・・・」と延べ、長官に今後の身分の保証と秘密保持を頼み込むのだった。 このストーリーの変貌振りは一体どうしたことか?あくまで堅気の人間であり、自衛手段として暴力をちらつかせはしたものの、暴力そのものには否定的だった"大哥成"陳觀泰は復讐鬼と化し、あくまで警察の点数稼ぎに成記茶樓を利用しようとしていた[イ冬]林は人情家の刑事に。そればかりか"大哥成"はコードネームで、警察の潜入捜査官だった!?などという話があの前編から生まれる訳がないではないか!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこれには当時の警察側の事情も絡んでいる。警察官の腐敗問題はたびたび市民暴動の種となり、それを受けて公務員汚職追放のための組織「簾政公署」が設立されたのは前作『成記茶樓』公開の74年だった。まだまだ浄化はされず、市民にとっては汚職と腐敗の根源として見られていた警察ということを踏まえての前作の描写だったが、いちはやくクリーンなイメージを打ち出したい警察にとって、リアルに描かれすぎたヒット作の続編で、同じ扱いをされることは許されないことだったのだ。 もうひとつはショウブラ内部の事情だ。作家・桂治洪にとって娯楽映画と作家性の妥協点が前作のラストだった。明確な回答を暗示せず、自衛と暴力の中間地点で悩む主人公の心情を二又路の映像に込めた秀抜なラスト。そこにこそ『成記茶樓』のテーマが浮き彫りにされていたのだが、映画がヒットしたことから明確な回答(この場合、やっぱり復讐という暴力)を望まれてしまうのだ。 邵逸夫からは「あの訳の分からん映画がヒット?!ならもっと分かりやすい続編を作れ!」と尻を叩かれ、警察からは市民に優しい警察像を描くよう圧力がかかる。そうやって方向転換せざるをえなくなった桂治洪は、単純な娯楽作の中に『大哥成』を収めてしまったのだ。 桂治洪の心情や如何に?というところだが、『大哥成』は75年の興收第6位にして150万HKドルを越す大ヒットを記録。同年に公開された劉家良の『神打』を上回る結果だった。当人はさぞや複雑な心境だったことであろう。

『成記茶楼』 [2005年04月21日(木)]

『成記茶楼』'74年製作、監督:桂治洪、主演:陳觀泰ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー成記茶楼(レストラン)のオープン日、オーナー"大哥成"陳觀泰は出勤してこない汪禹を呼びつける。「いつまでもフラフラしてていいのか?」難しい年頃の汪禹は、何かにつけて反抗的だ。今日も悪友に強盗話を持ちかけられアベックを襲った汪禹だったが、裸に見惚れているうちに警察を呼ばれてしまう。 懲役一年と罰金だが執行を猶予される、少年ゆえの軽い判決だった。何かと汪禹を庇おうとする楊志卿だったが、成記茶楼に警察沙汰を持ち込みたくない陳觀泰は、汪禹放逐を決定。有志合弁により設立された成記茶楼は、楊志卿、李壽祺他の合議制により運営されているが、重要な決定権を持つのは腕一本で伸上がった陳觀泰なのだ。 汪禹のために厳しくしたのだが、これが面白くない汪禹は陳觀泰への反抗心だけで強盗を試みる。ラブホで襲った相手は訳有りだったため、儲けることに成功。銀行に立て篭もった汪禹は逮捕されるも、人権派の裁判官は甘い判決しか出さない。あくまで逮捕されたい汪禹、法廷で暴れ倒し一年の実刑を勝ち取った。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー店が軌道に乗ったところで言いがかりをつけにきたギャングを、楊志卿が毅然と追い返す。だがウエイトレスの劉午がギャングから逃げてきた事情を知らなかった。仕事終りを待ち伏せるギャングたちに襲われる従業員。逃げようとした劉午が車に撥ねられ死亡。 しかしそのギャングは過失致死にしか問われない上、やはり若年ということで放免されてしまう。劉午の弟が法廷から出てきたギャングを刺し殺し、その場で逮捕。若年だが殺人となれば話は別だ。 法の不平等に嘆く陳觀泰。法には法で、人権派弁護士に窮状を訴える劉午の父・[赤+おおざと]履仁、陳立品を病気の祖母に仕立てまんまと泣き落としで同情を買う。一年の感化院送りという判決を勝ち取り喜ぶ従業員。 成記茶楼に現れた乞食の子供・落山を助け、その病気の母・葉靈芝ごと引き取る陳觀泰。成記茶楼から金を取れないギャングたちは、客や近くの住人たちから通行料などを徴集していた。楊志卿からその事実を聞かされた陳觀泰、常連客の沈勞が襲われついに立ち上がる。 だが暴力は暴力の連鎖を生む。ギャングのボス・馮敬文が出馬、陣頭指揮をとるのは樊梅生だ。脅された従業員らは「誰がボスか?」と問われ、いつもの呼び方で"大哥成"と答えてしまう。"大哥"というのはギャングが使う言い回しで"兄貴"のことだ。「何だ、同業か。知らん名だが・・・・」同業なら同業の挨拶があるはずだと呼びつけられる陳觀泰。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー誤解しているならさせておこうと、ギャングの振りをして乗り込む。黒社会のしきたりに詳しい張作舟の機転で、自分より上のランクだと誤解した馮敬文と手討ちを済ませ従業員を解放。何時の間にか"その道"で名を挙げていく陳觀泰に、町の名士・李鵬飛から仕事の依頼が。 実は陳觀泰の台頭を不満に思う勢力の仕掛けた罠だったが、先を読んだ陳觀泰に裏をかかれてしまう。脅された李鵬飛は金で解決しようとするが、その金を寄付に回して驚かれる。農場が地上げ業者に狙われている王清河を助けるために人を繰り出す。陳觀泰は王清河に救われたことで成記茶楼をオープンした経緯があった。地上げの黒幕はまたも李鵬飛、以前の会合を録音したテープで脅し賠償金をせしめた。 チンピラに落山が襲われ、葉靈芝にはこれを機に結婚して暮らそうと申し込む。対立していた組織の揉め事を収めたが、宗燦枝との間に遺恨は残った。結婚式当日、ギャングの集会と目論んだ[イ冬]林の手入れがあり、陳觀泰の仕業と誤解した宗燦枝の襲撃を受ける成記茶楼。 狙っていた[イ冬]林はここぞとばかりに一斉検挙。弱り目に祟り目、馮敬文からは兄弟杯の申し入れが。「ちくしょう!俺は堅気なのに!」進退の窮まった陳觀泰は引退の決意を従業員に告げる。「ここは君たちだけでやっていける・・・」 葉靈芝らを連れて出奔するが「彼らを置いていくの?」と聞かれ、「俺が本当に望んでいるとでも?」と答える。その目前には、道を決めかねる彼らの行く末を暗示する二又路が・・・・。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー140万HKドルを上げる大ヒットで、その年の興收第10位に入った。これの続編が『大哥成』で、陳觀泰らのその後はここで描かれる。張徹と年輕人問題についての『憤怒青年』を仕上げた桂治洪は、若年化する犯罪と少年法の限界や、市民生活における社会正義と私刑の境界線などを盛り込み、テーマそのものを娯楽性の高いドラマの中に転換。極端に作家性に走ることなく手堅いヒット作をモノにした。 この映画と続編『大哥成』で、初めて70年代当時のストリートキッズの話す言葉がそのまま使われ、そのリアルな風俗描写が話題となった。 徐々に黒社会で名前を挙げていく陳觀泰の"大哥成"の姿には、ちょっとピカレスクロマン風の趣もあるが、根本的なところでこれはギャング映画にはならない。桂治洪が描きたいのは、法と正義の矛盾そのものであり、暴力を使わない自己防衛がギャングを演じることだったとしても、結局その先に流血が訪れるのであれば、そこに何の違いがあるのか?という問いかけである。 公務員汚職の最盛期でもあった74年は、法の執行官たる警察も当てに出来ないという時代でもあった。香港の市民にとって、"大哥成"の決断は身に詰まされる決断なのだ。続編『大哥成』

『影子神鞭/空中必殺 雪原の血闘』 [2004年10月31日(日)]

『影子神鞭/空中必殺 雪原の血闘』'70年製作('71年説有り)、監督:羅維、主演:鄭佩佩ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画は77/8/24に東京12チャンネルでTV放映された。日本題はその時のものである。ショウブラ作品がTV放映されていたというのも驚きですな。当時の状況ではショウブラ作品が劇場公開されるのも困難だったのだから。理由の一番は権利金の高さによるもので、このことが尾を引き、日本は長きに渡って東南アジアで最もショウブラと縁遠い国となってしまったのである。それにしても一体どういう経緯で輸入されたものか? テレ東が独自に輸入したものではなかろう。テレ東がせっせと放映していたB級作品ならばそれも可能だろうが、そのラインナップには他にショウブラ作品はなく、この『影子神鞭/空中必殺 雪原の血闘』のみをテレ東が買い付けるとは思えない。通常このケースはパッケージ(抱き合わせ)で行なわれるはずで、それならばテレ東は別のショウブラ作品も買い付けているはずだ。70年代のドラゴン・ブーム時でも配給会社が敬遠したショウブラだ、権利問題のややこしさからいっても、実際の買い付けはテレ東ではないだろう。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーブーム時にどこかの会社が買い付けていた、もしくはパッケージで買わされたものが何らかの理由でオクラ入りし、それをテレ東が買い取って放映した、これが一番自然な解釈ということにならないだろうか? この映画がTV放映されるまでに劇場公開されたショウブラ作品は全部で9本。(ブーム以前の60年代に『梁山伯興祝英台/梁山伯と祝英台』『江山美人』が公開されたことがある) 公開順と配給会社は以下の通り。『方世玉興洪煕官/嵐を呼ぶドラゴン』(WB)、『龍虎鬥/吼えろ!ドラゴン 起て!ジャガー』(日活)、『天下第一拳/キングボクサー大逆転』(東京第一)、『七屍金/ドラゴンVS7人の吸血鬼』(WB)、『三超人興女覇王/アマゾネス対ドラゴン世紀の激突』(ヘラルド)、『女金剛鬥狂龍女/ダイナマイト諜報部員 クレオパトラ・カジノ征服』(WB)、『金瓶雙艶/金瓶梅』(ヘラルド)、『一代巨星/実録ブルース・リーの死』(富士)、『蛇殺手/蛇姦』(富士)。 このうち複数以上輸入しているのは、WBの3本、ヘラルドの2本、富士(系列の「松竹」は後に『猩猩王/北京原人の逆襲』を公開)の2本。ヘラルド、富士がゲテモノ系を輸入していることからみて、WBが抱き合わせで買わされた様な気がしますねぇ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『影子神鞭/空中必殺 雪原の血闘』は鄭佩佩の引退作として71/8/6に香港で公開された。寿引退でアメリカに移住した鄭佩佩は、これを最後にしばらく香港映画界から姿を消した。ショウブラのライバル会社ゴールデン・ハーベストの要請に負けて、『鐵娃』で復帰するのは73年である。この映画が70年の製作というのには訳がある。それは監督が羅維だからで、この映画の公開された71/8月は羅維はハーベストで『鬼流星』を撮っているのだ。ハーベストが始動するのは71年からだが、69年に鄒文懐(レイモンド・チョウ)が飛び出してから旗揚げの準備は開始されており、71/1/22公開の旗揚げ作品『天龍八將』も羅維作品であることから、71年にショウブラで羅維が監督を務めることは有り得ないのだ。であるから、一部資料に記載されている『影子神鞭/空中必殺 雪原の血闘』71年製作説は脆くも崩れることとなる。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー15年前に秘宝を盗み、その時護衛をしていた羅維を殺し、江湖から姿を消した"影子神鞭"田豊。その技を受け継ぐ鄭佩佩が江湖に現れたことから、多くの人間がその行方を巡って彼女の回りに現れ始める。殺された羅維の甥・岳華、羅維と共に秘宝を護衛していた谷峯、事件の影で策動していた盗賊"燕雲十六盗"一味、王侠、李家鼎、高鳴などだ。育ての親・田豊が、江湖の極悪人として追われていることを知って驚く鄭佩佩だったが、あくまでその無実を信じ行動を開始。追われている田豊自身も真犯人を知らず、納得のいく説明が出来ないことが誤解を招くが、迫り来る敵を田豊譲りの鞭でかわしながら、江湖に秘められた謎に迫ってゆく・・・。全体のアクション場面は中々だが、導入部がもたついて話しに入り込み難いのが弱点だ。劇場公開が見送られたのはこの辺が理由だったのかも。そのもたつく理由だが、それはひとえに雪原ロケが原因だろう。西部劇タッチのオープニングから、香港映画には珍しい雪景色のロケがふんだんに登場する。"ふんだんに"とはいっても、同じロケ現場の"絵"が繰り返し登場するもので、非常に限られた"ふんだん"なのだ。雪景色が珍しかったのは解るが、そのために話の展開が疎かになっては本末転倒というものだろう。とはいえ、後半の急展開とアクションに次ぐアクションは、珍しい鞭の殺陣と共に一見の価値ある作品であることも確か。やはりTV放映がお似合いであったということか。なるべくしてなった結果、ともいえるのだ。

『清宮大刺殺/殘酷大刺殺』 [2004年10月24日(日)]

『清宮大刺殺/殘酷大刺殺』'77年製作、監督:程剛、華山、主演:狄龍ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画の英題は『FLYING GUILLOTINE 2』で、陳觀泰の『血滴子』の続編である。画質の極端に悪いアラビア語の海賊版が発見されたのもつい最近のことで、実際にはどんな映画か不明のままであった。今回新たに正規版が発売になり、ようやくその全貌が明らかになりました。この映画は長らく『連環血滴子』という題だと思われていましたが、香港題が『清宮大刺殺』で台湾題『殘酷大刺殺』になります。『連環血滴子』という題は製作期間に発表された仮の題で、一部宣材に使われていることからこの混乱が起こったものだと推察されますね。『血滴子』の続編といえば、同スタッフで作られた『血芙蓉』という作品もありますが、どっちも雍正帝をメインの悪役に据えたパラレルな続編なんですよ。ややこしい!製作順だとこの『清宮大刺殺/殘酷大刺殺』の方が早くて、公開は78/1/19でした。それに対して『血芙蓉』の公開は78/3/11。推測なのですが、勝手に自作の続編を作られた何夢華が、対抗して作ったのではないでしょうかね?ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画が完全に続編になっているのは、前作『血滴子』で陳觀泰が演じた主人公・馬騰の"その後"を描いている点にあります。ただし今回その馬騰を演じるのは狄龍で、前作から3年もたって作られた続編故の変更なのか、この時期に陳觀泰がショウブラと揉めていたからの変更なのかは不明。陳觀泰が揉めていたのは事実で、ショウブラを飛び出して『鐵馬[馬留]/鐵猴子』を製作したことで一時険悪にはなっていましたからね。7778年の間にショウブラにはほとんど出ていないんですよ。今回、雍正帝を演じるのは谷峯。前作の血滴子隊訓練教官から随分と出世しました。(笑) 血滴子部隊の隊長は羅烈と韋弘。韋弘は『血芙蓉』では雍正帝に出世しますが、羅烈は引き続いて血滴子部隊でした。主人公の狄龍はあまり出番がなく、主役はどちらかというと雍正帝です。ということは"雍正帝"物のジャンルに位置する訳で、当然のことながら雍正帝のライバル江南八大侠も登場します。役名で呼ばれるのは数人で、甘鳳池に史仲田、呂四娘に燕南希、白泰官に王鍾くらい。後は樊梅生、鄭康業、顧冠忠、劉陸華、元華などが出ています。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー相変わらず横暴を極める雍正帝、江南では甘鳳池を中心とする反乱軍が組織されつつあった。先走った白泰官は暗殺に失敗、一味のアジトを探知され、血滴子部隊の襲撃を招く。間一髪で救出に現れたのは狄龍。前作『血滴子』でも活躍した傘を改良した血滴子破りの秘密兵器で追い払った。"是非仲間に"という甘鳳池らの誘いを断ると、妻・陳思佳と息子が待つ平和な暮らしへと帰っていった。狄龍出現に激怒する雍正帝は、羅烈と韋弘に江南八大侠ごと殲滅するよう命令を下す。狄龍の義侠心に訴えたおびき出し作戦を展開、出頭した狄龍を今度は江南八大侠が助ける。数ある"雍正帝"物の中でも悪辣さでは一、二を争う谷峯版・雍正帝は、悪行を諌める長年の師匠・顧文宗をも暗殺対象に。これを助けたのは施思。兵部尚大臣・楊志卿の娘だが、漢族の母を殺された恨みから、密かに雍正帝の動きを探っていたのだ。施思は顧文宗を連れ江南八大侠と合流、共同戦線を張る。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー江南八大侠のひとり劉陸華は高麗使節に扮して宮殿に潜入する作戦に志願。密かに想い合っていた施思と別れを済ますと、毒の短剣を献上品に仕込み出発した。厳重なボディチェックの後、雍正帝に拝謁したが、高麗使節の習慣を知らなかった劉陸華は即座に雍正帝に見抜かれてしまう。白泰官が特攻をかけた時発見したのは惨殺された劉陸華の姿だった。度重なる暗殺騒ぎに怒り心頭の雍正帝は、宮殿内部で働くラマ僧を訪ねる。ラマ僧・井森は血滴子の開発者で・・・・って、おかしくねぇか?前作では谷峯の訓練隊長が自分で研究開発していたはずだぞ!雍正帝は血滴子が狄龍の傘戦法に破れたことで叱責に現れたのだが、井森は"そんなバカな"と取り合わない。証拠の傘を見せられると"これは素晴らしい装置ですな"と目を輝かせる井森。科学オタなのだ、こいつ。バカな事言ってないでこれに勝る新兵器の開発を急げ!雍正帝に怒られた井森、"やってみますけど、ローマは一日で成らずですよ"とのたまう。食えないおっさんだ。完成した新兵器を披露にくる井森。従来の血滴子が狄龍の傘に止められてしまっていたため、ネット部分を長くし、傘に絡みついた後に上部が離脱するように仕掛けてあるのだ。名づけまして"連環血滴子"でございます。なーるほど、ここでこの名前が出てくるのか。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー新兵器を使った新部隊の創設を下命された韋弘、兵部尚大臣・楊志卿を訪ね命令を下す。その様子を聞いていた施思、連環血滴子の秘密を探る必要を感じる。その頃、隠れ家を突き止められた狄龍は、妻子を人質にとられ縛についた。抵抗を止めた狄龍の目の前で妻子が殺され、救出に現れた江南八大侠と共に立ち上る決意を固めた。兵部省から集められた有為の若者たちが新血滴子部隊として選抜式に出席。目を細める雍正帝の前に現れた施思は、腕前を披露し女血滴子隊の新設を進言、これを受け入れられる。信頼を得た施思はラマ僧院を訪ね連環血滴子の設計図を入手するも、警備の山怪に後をつけられてしまう。韋弘に報告後見張りを続けていたが、気配を察知した施思に殺される。韋弘の注進で雍正帝も現れ、山怪殺しを詰問されたが、突然忍び込んだので驚いて殺してしまったと告げ、切り抜ける。以前より旋思を疑っていた羅烈らは、ラマ僧・井森を呼び出し、設計図は無事か?と問う。本当は紛失しているのだが、そんな事は告げられない井森は懐から設計図を取り出し取り繕う。結果的に救われた旋思だが、無実を晴らすためある裏切り者を始末するよう命令される。皇帝から聞かされた反乱軍を支持する裏切り者の名前は、父の楊志卿であった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー父に全てを話した旋思は、このまま雍正帝の横暴を見過ごせないと語る。娘の意を汲み取った楊志卿は自ら毒をあおり娘を助けた。雍正帝の信頼を得て側室にのし上がった旋思に、顎で使われて面白くない羅烈と韋弘。父親が毒殺だったことから完全には信用していないのだと、雍正帝に打ち明けられ引き続き動向を見張るよう命じられた。設計図を渡された狄龍は連環血滴子破りの新兵器開発に余念が無い。蜂起の日が近づいていることを知らされるが、開発にはまだ数日を要すると告げる。旋思の行動から甘鳳池の居場所がバレ、血滴子部隊と壮絶な相討ちを遂げる。遅れて駆けつけた狄龍に旋思らを救うよう言い残して息絶える甘鳳池。蜂起した江南八大侠は、旋思の手引きで宮殿に侵攻。衛兵に扮した袁信義、袁振洋、袁祥仁、袁日初、戚毅雄、錢月笙、徐忠信、黄志強、徐發、馮克安、元奎、元彪、元彬らと乱戦を繰り広げる。追い詰められる雍正帝だが、皇帝仕様の連環血滴子を駆使して呂四娘をバラバラにする。駆けつけた狄龍が新兵器・哨子棍でこれを破ると、奪い取った連環血滴子で逆襲に転じ、雍正帝の首は「清史遺聞・雍正外傳」の通りハネられるのだ。だがその狄龍たちも清朝正規軍の包囲から逃げることは敵わなかった・・・・。
| 次へ
trackback Blog by isao.net