旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
 なお日記に記載の内容は、無断転載、転用はお断りいたしております。ご理解下さい。(by fake)

 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

『密宗聖手』 [2007年11月29日(木)]

『密宗聖手』'76年製作、監督:黄楓、主演:茅瑛

 ・・・という訳でアンジェラ・マオです。まあ、こういうのは季節ものだから(笑)。

 間違いなく、この映画と『破戒』が彼女の代表作といえる完成度だろう。それは監督の黄楓にとっても同じことが言える訳で、アンジェラとの仕事はベスト・コラボだった。

 胡金銓によって武侠片新世紀の扉が開けられてから、張徹浪漫暴力路線、李小龍凱旋による功夫片ブームと続いた歴史にも、スーパースターの死によりひと段落がつけられる。
 ブームのピークは'73年まで、'74年〜'76年までの3年間は、功夫武侠片にとって雌伏の時代にあたり、製作本数も激減したが、ヒット作に恵まれないという現実が低迷を現していた。

 この『密宗聖手』はそんな時代の作品で、'76年の年間興行配収では18位、112万香港ドルは立派な数字だ。なにせこの年の興行記録を見ても、トップ20位に食い込んだ功夫武侠片は『流星・胡蝶・劍』の6位、『陸阿采興黄飛鴻』10位、『李小龍傳奇』の14位、『獨臂拳王大破血滴子/片腕カンフー対空とぶギロチン』の15位に『密宗聖手』の5本しかランクインしていないことがそれを物語っている。

 この年の『流星・胡蝶・劍』ヒットから古龍武侠片ブームが生まれ、翌年サモハンの台頭、'78年に『蛇拳』がヒットして練功小子片の時代が訪れる流れは、このブログでは何度も取り上げた重要な点である。よって再度の確認をしておきたい。

 ストーリーを紹介する前に正直に告白するが、実は完全版は今回初めて観た。以前持っていたブートは1時間30分くらいの短縮版(オリジナルは1時間50分)で、特にラストの対決がほとんどカットされたものであった。逆に言えばストーリー・ラインはほとんど残っているので、映画の全体像は掴めるのだが、肝心のアクションはズタズタになっていたのである。ジャッキー・チェンの登場場面(アップで映る場面)もカットされており、どこに出ているのだろう?と疑問だったのだが(苦笑)、今回FSから出たバージョンで全てを確認出来た次第。

 そのジャッキーだが、この映画と同年には『新精武門』に出演するのですよ。『密宗聖手』が'76/2/20公開、『新精武門』が'76/7/8公開、公開は'76/7/15と遅れましたが、『密宗聖手』と『新精武門』の間には『少林門』にも出演している訳で、何かジャッキーの身辺が慌ただしい時期に当たりますね。そんなことも考えながら『密宗聖手』におけるジャッキー出演場面を見て欲しいものであります。劇中、茅瑛の結婚式場面で、来賓を迎える韓英傑の後ろに元華と共に控えている場面でアップになります。アクション場面のスタントにも出ているはずですが、そちらは確かなことを言えるカットは少ないですね。

 さてストーリー、チベット密教の秘術が絶えて久しいことが説明され、ヒマラヤ山脈でのロケ場面に繋がります。この映画、ちゃんと現地で撮影されており、その丁寧なロケーションが素晴らしい効果を生んでいます。

 チベット国境付近に住む山岳地帯の漢民族・關山は、南七省水陸碼頭幇を統べる頭領で、娘の茅瑛が年頃になったたため、遊牧民系民族の頭目・陳星の弟・凌漢との婚礼の準備を進めていた。
 この冒頭部分の短いカットで、お互いの人物関係を理解させる黄楓の演出手腕が素晴らしく、關山の腹心・韓英傑、アンジェラに恋心を抱く譚道良、馬賊・洪金寶、魯俊谷(GH出演は珍しい!)、陳星の手下・楊威、元奎、李家鼎、陳會毅などの位置関係も全て解るようになっているのだ。

 遊牧民の誇りを大切にする凌漢はこの縁組に反対だ。というのも、兄の陳星は裕福な漢民族の資産だけが目当ての政略結婚に自分を利用しようとしているからだ。

 渋る凌漢を殺害する陳星。この展開にも驚かされるが、実は既に凌漢のそっくりさんを用意しており、あくまで財産目当ての悪辣な男であることが強調される。この映画と『四大門派』(監督は黄楓)における陳星の悪巧みは徹底されており、功夫映画中でも随一の悪人振りを見せている。
 殺しの現場を馬賊の魯俊谷に見られているさりげない演出が、後のストーリー展開に影響を与えるなど、脚本(倪匡)・演出共に隙は全く無い。

 關山の家には女中として王恩姫が入り込んでおり、彼女はスパイとして關山家の内情を知らせている。凌漢のそっくりさんは、家族にいい仕事が入ったと言い残し家を出るが、彼の妻は得体のしれない高額報酬の仕事に危惧する。そして彼女の杞憂はやがて現実のものとなる・・・。

 婚礼が近づき、凌漢殺しを脅迫にきた魯俊谷を殺すことで、陳星が恐るべき虎爪功・五虎斷魂拳の使い手であることが示される。その間に王恩姫は譚道良を誘惑、これも実は計略の一部なのだ。
 そして婚礼の夜、アンジェラの声帯を五虎斷魂拳で潰し眠らせた後、さらに凌漢にアンジェラが譚道良と密通していたと訴えさせる。探しに出た關山が暗がりで見たものは、アンジェラそっくりの衣装を着た王恩姫が譚道良と抱き合っている姿だった。

 逃げる際に飛刀(關山のもの)を飛ばし更に關山を怒らせ、あらぬ疑い(本人は王恩姫とのことを怒られていると思っているが)をかけられた譚道良に責任を迫る。その間に陳星は凌漢を殺害し、現場に飛刀と気絶しているアンジェラを残す。間一髪で逃げ出した譚道良だったが、その後屋敷で何が起こっているかは知る由も無かった。

 声帯を潰されて弁解出来ないアンジェラは、一族の掟に従い戸板流しの刑に。殺された弟の賠償責任を問う陳星に、娘婿の親族として財産を譲ることを承諾してしまう關山。戸板で流されている女性(服装は密会していた時の王恩姫と同じ)を助けた譚道良、それがアンジェラだったと知り二重に驚く。喋れるまでに回復したアンジェラの口から、陳星の卑劣な計略を知るが、二人の腕では歯が立たないことも事実であった。
 
 実は本物の凌漢には額に痣があったのだが、偽物はペイントで誤魔化していた。死体を検分していた韓英傑はトリックを見破るが、騒ぎ立てずに關山に知らせた。先手を打った陳星は、凌漢の首を切り川に流す。この首が流れて川下にたどり着く頃、アンジェラ一行もそばを通りかかっていた。首は偽物の出身村に流れ着いていた、これも運命か。変わり果てた夫の姿に泣き叫ぶ妻、凌漢だと思っていたアンジェラもショックで倒れ込む。
 全ての計略を知ってもどうすることも出来ない。陳星を倒すため、幻のチベット密教の秘術・密宗聖手を会得するため、寺院を目指すふたり。

 寺院では關仁館長の元、厳かな修行が続けられていた。修行させて貰えるよう頼み込むふたりに与えられたのは、石積みという地味な作業。地味とはいっても、篭に入れた石を頭にくくり付け山を昇り降りするのは並大抵ではない。知らず知らずのうちにだが、基本姿勢と呼吸法を学んでいく。ふたりの修行が実用段階に入る頃、陳星の悪事を疑う韓英傑は、証拠探しに奔走していた。病気がちな關山につけられる張景玻、ジャッキー、元華、杜偉和らの護衛。

 韓英傑の動きに先立って刺客を送った陳星は、ついに關山に対しても牙を向ける。韓英傑も陳星の手下に殺され、実権を握った陳星の祝いに馬賊の洪金寶が訪れる。サモの助っ人によって關山の命も風前の灯となった時、救出のため下山したアンジェラ、譚道良と陳星軍団との間に、最終決戦の時が訪れた!

 關仁から虎爪功破りの秘策を授かったアンジェラは楊威ら四天王と、譚道良はサモと闘う。彼らを倒しても次々と登場するザコ敵を倒し、陳星を追い詰める。かつてのブートはここからがズタズタであったが、今回はノーカットだ!(笑) 譚道良VS陳星なぞ、独立プロでも度々闘っているが、それらとは格段に素晴らしい闘いである。こうなると武術指導だけの問題ではなく、全体の構成力がものを言うな。ふたりの闘いを追うようなカメラアングルに、映画はつくづく総合芸術であることを思い知らされるのた。

 アンジェラも負けてはいない、かつて倉田とド突きあった頃の迫力を取り戻した感もある陳星相手に一歩も引かず、この映画が彼女の代表作になるであるだろうことを肌で感じているかのようだ。
 力の敵にはカウンターこそ重要!それが虎爪功破りの秘策だった。關仁のところでの修行を思い出したふたりによって、ついに最後を迎える陳星。

 關山を守る場面で陳星とジャッキーの絡みも実現するが、この数カ月後には主演スターとして君臨し、当の陳星を迎え撃っていることや、關山をいたぶるサモの姿に、何年後かの映画では娘にセクハラしている姿が目に浮かび、傑作の影に年月の重みを垣間見るfakeであった・・・。

『五雷轟頂』 [2006年02月08日(水)]

『五雷轟頂』 '73年製作、監督:羅熾、主演:茅瑛

 監督の羅熾は神怪武侠片時代から活躍するベテラン(日本ではTV放映された『洪熙官 方世玉 陸阿采/少林ブラザース』が見れる)で、彼がハーベストでメガホンを執るのは珍しい。73年頃のハーベストといえば、既にブルース・リーによる大ブームを起こした後であるが、同社にはまだまだ決定的に不足しているものがあった。

 スターならそれなりに育っていたが、映画を撮る側の人材不足も深刻な問題として圧し掛かっていたのだ。旗揚げから73年までの間に、ハーベストが制作した映画は32本(含む外注)。その内、10本が羅維というヘビーローテーションで、黄楓、徐増宏らが続く。

 同時期、ライバルショウブラの製作本数たるやハーベストの3倍近くである130本であり、監督の人材不足は深刻だった。撮影シーンごとに現場を掛け持ちできるスターと違って、監督が何本も現場を掛け持ちすることは不可能だからだ。

 そこで呼ばれたのが、羅熾や王天林(『追撃』)らのベテラン監督たちで、台湾外注組や、ブルース・リー、ジミー王羽らスター監督たちと共に、初期ハーベストを支えた。

 茅瑛(アンジェラ・マオ)とっては、韓国でのテコンドー特訓を経た後の作品で、アクションのレベルは格段に上達している。茅瑛といえば、これまでハーベストがデヴューであると言われてきたのだが、68年に台湾において『血戰八大盗』という映画に出演しているという資料を入手。未だその真偽は確認されていないが、これが本当だとすると、これまでの茅瑛のバイオグラフィは全く違ったものになってくる。台湾で少女の頃から京劇を学んでいた訳だし、七小福たちのように映画に出演していても決しておかしくはないが・・・・・。

 <ストーリー>
 武林の名門・飛龍寨。かつて龍・貝・洪・陳の四師弟が、義兄弟の契りを結び、宮中からの宝物を記した宝の地図を身体に刺青して、子々孫々に相伝しながら守り通してきたところだ。

 その内、洪家の人間だけが飛龍寨を去り、幾年か過ぎた・・・・。

 その洪家を継ぐ白鷹が飛龍寨を訪れたことからこの物語は幕を開ける。

 現在、飛龍寨を守るのは林蛟、田俊、李昆に、飛鷹劈雷掌の練習に励む茅瑛の四人だ。突然還って来た白鷹に疑問の声を上げる田俊だったが、林蛟の判断で迎え入れることに決まった。

 飛龍寨を襲った賊(古龍、陳觀泰)を退治して信用を得た白鷹、先祖の故事に倣い、改めて義兄弟の契りを交わす。
 飛龍寨に田俊らが治める地元が黒虎党に襲われているとの報が入る。それぞれの領地を守るため飛龍寨を留守にした間に、仲間を引き入れ寨を乗っ取る白鷹。
 ギリギリまで信用するなと田俊に念を押されていた茅瑛は、いち早くその陰謀を読み取るが、逆に捕虜になってしまう。

 白鷹は黒虎党の副首領で、首領の陳菁を引き入れると、田俊裏切りの流言を放つ。飛龍寨を乗っ取られた林蛟らはそれぞれ活動を開始するが、田俊裏切りの報告を聞き、お互い疑心暗鬼に。茅瑛を救出した田俊だったが、仲間からも追われ、やがてジワジワと追い詰められていく・・・・。

 急場しのぎの低予算作だが、アクションの出来は同時代のハーベスト武侠片では及第点以上。武術指導を担当したのは出演もしている陳觀泰。当時ハーベストには韓英傑か、サモ洪金寶くらいしかいなかったことから、出演も兼ねて単独で武術指導家としてクレジット。ハーベストはこの部門でも人材不足であった訳だが、韓英傑ら京劇系列の武術指導とは違う殺陣を構築して、物語の幅の無さをカバーしている。

『虎辯子』 [2005年12月30日(金)]

『虎辯子』'74年製作、監督:丁善璽、主演:鄭佩佩ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーはっきり言っておくが、この映画はあまり面白いものではない。しかし、いくつかの点から紹介しておきたい作品でもあるのだ。ある意味で珍品といえようか。 OPのナレーションで、この映画は中国秘史であり、戦争中に諸外国から美術品を守った影に、一人の少女の知られざる活躍があった・・・と語られる。 隠された美術品を捜して、その地方の地理に詳しい古老を訪ね、政府の役人・易原、武徳山が訪れる。古老の案内でとある洞穴に踏み入った一行は、そこで落盤事故に遭遇。一行の生死は不明のまま、場面は峠の酒場を経営する少女・鄭佩佩の姿に切り替わる。 鄭佩佩は先の古老の娘で、ひとり酒場を切り盛りしているが、彼女の趣味は武術の修練だ。山だしの少女は鞭を振り回してひとりトレーニングに励んでいるが、"鄭佩佩と鞭"といえば『影子神鞭』を嫌でも彷彿とさせるが、この映画の鄭佩佩はそのノスタルジーを拒絶しているばかりか、肝心の場面では鞭はことごとく役に立たない。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー鄭佩佩の酒場に無頼の男たち(蔡弘、谷應、矮子王など)が現れ、少女と見て侮った彼らは傍若の振る舞いを始める。必死の応戦を試みる鄭佩佩だったが、彼らが父のキセルを所持しているのを見て作戦を変更。 酒を振舞い、酔いつぶれた彼らを縛り上げると、そのキセルは何処で手に入れたのか?と詰問。死体から剥ぎ取ったという彼らに案内されて、問題の洞窟を目指すことに。 ここまであらすじだけを追ってみると、ちょっとアリステア・マクリーンを思わせる冒険小説といった趣だ。確かに冒頭の雰囲気はそうだが、酒場の場面からマカロニ・ウエスタン・タッチとなり、鄭佩佩が鞭を使って爽快に暴れまわるといった演出を拒否(では何故に鞭使いという設定にしたのか?)し、あえて狭い屋内での投げ技と立ち関節主体のアクションに切り替わる。 蔡弘たちを酔い潰す場面はミュージカルで、中国古典音楽の旋律に乗せて、クラッシック・バレエを踊り狂う鄭佩佩の姿が延々と繰り返される。この前衛描写で普通の観客は完全に置き去りにされるだろうが、更にこの映画はここからコメディになっていくのだ!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー縄で繋がれたままの蔡弘たちに案内され、洞窟までの珍道中は続く。何かと鄭佩佩を出し抜こうとする彼らと、先回りして逃亡を防ぐ鄭佩佩との間に奇妙な連帯感も生まれていくが、逃亡が失敗に終わった彼らは、先述のミュージカル場面の歌詞をリフレインして"オチ"をつける。 いい加減映画が何をやりたいのか解からなくなった頃、ようやく洞窟に到着。父の死体を発見した鄭佩佩は悲しみと怒りに狂い、やたらと深刻な絶叫を繰り返して悲しみを表現。この映画の鄭佩佩は演技が一貫しておらず、脚本と演出のせいであったとしても、左翼映画の主人公のような絶叫型演技で、見るものに陰鬱な気分を与えてくれる。 洞窟に到着した彼らは正体不明の敵に襲撃を受け、鄭佩佩と蔡弘らは共同戦線を張り洞窟に逃げ込む。姿なき狙撃者を交わしながら逃げ惑い、そこで数々の秘宝を発見。父の旅はそのための案内であったことを知る。しかし何のために殺されたのか? そこに武徳山と易原が現れ、秘宝は俺たちに渡せと詰め寄る。冒頭の落盤事故から生き延びた彼らは、目撃者である鄭佩佩の父を殺し、秘宝の独り占めを狙ったのだった!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーま、それは構わないのだが、落盤事故から鄭佩佩の到着まで彼らはここで何をしていたのか?さっさと秘宝を持って逃げればよかろうし、どうやら設定上は見つけられなかったということらしいのだが、それならそれで鄭佩佩たちがあっさり見つけたのは何ともご都合主義である。 一挙に鄭佩佩たちも殺そうとする易原たち、洞窟を逃げ惑う鄭佩佩たちは、ひとりひとり命を落としていく。そこへ正体不明の狙撃者が姿を現した。普通、この展開ならそれは易原たちであったで済む。そこに現れたのは熊兄弟と呼ばれる二人組で、彼らの登場は伏線も何もなく全く唐突で、ストーリー上何の必然性を持たない。 恐るべし怪力を誇る熊兄弟と鄭佩佩&谷應の間で死闘が展開され、やはり投げ技と立ち関節が主体のアクションを見せる。フライング・ヘッド・シザース、モンキー・フリップ、ドロップ・キックといったプロレスの技が多用され、それらをノースタントでこなす鄭佩佩。 しかし熊兄弟に足の関節を外されてしまい、対決は谷應がメインという主役不在の展開に。それ以前にそもそもの悪である易原はもはや置き去りである。 足の関節を外された鄭佩佩は、自らの関節を無理やり戻し、足を引きずりながら再び立ち上がる。泥にまみれ、痛みにうめく徹底したリアリズム演出が、もはやこの映画の描きたいものが何であったかなど超越してしまっている。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー異様な映画だ。個々の場面は良く撮れており、全体の統一感さえ保てていさえすれば、それなりの映画になったではあろう。職人監督・丁善璽とは思えぬ前衛描写の数々は、脚本のせいではなく意図的(不明だが)なもののようだ。 ハーベストはジミーをショウブラから引き抜いた後、裁判沙汰で苦い思いをしたため、既存のスターの引き抜きには慎重になった。ショウブラを寿退社してアメリカに移住していた鄭佩佩の復帰勧誘は、ハーベストにとって最重要課題であった。最初の説得には失敗するも、この時は第二案であるブルース・リー獲得に成功。ハーベストが躍進するきっかけを掴んだ。それでも鄒文懐は鄭佩佩獲得を諦めきれず、説得を重ねてついに契約に漕ぎ着ける。そして『鐵娃』と本作『虎辯子』の二作が作られるのだが、鄭佩佩はこれを最後にハーベストとの契約を更新しなかった。 この映画の出来が関係していたのかどうかは不明であるが、『虎辯子』は74年の興収では21万HKドルで75位。この年のヒット基準は最低でも50万HKドルくらいだろう。同年公開の1位は『鬼馬雙星/Mr.BOO!ギャンブル大将』の620万HKドルだった。

『戰神灘』 [2005年12月22日(木)]

『戰神灘』'73年製作、監督、主演:王羽ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーージミー王羽ハーベスト時代の作品。この作品の前後にジミーがハーベストで撮ったのは、ブルース・リーの代役で日本ロケした『冷面虎』(同時撮りの『海員七號』も)が本作の前、オーストラリア・ロケの『直搗黄龍/スカイハイ』がその後。つまりこの作品は、ジミーがハーベストでもっともブイブイ言わせていた時期の作品ということになるのだ。 映画は明朝・嘉靖年(15221566年)に起こった倭寇の中国進出を描いている。ということは胡金銓の『忠烈圖』と同じ題材だということだ。『忠烈圖』は公開こそ75年であるが、撮影は73年に行われており、胡金銓のプロダクションとハーベストの合作による。これは、『迎春閣之風波』と同じ時期にハーベストと契約したからで、撮影は『迎春閣之風波』と同じ時期に続いて行われたと胡金銓自身が語っている。 ハーベスト内で胡金銓のプロジェクトは公然であったろうし、ジミーがそのことを見逃すはずは無く、張徹の『馬永貞』に自身の『覇王拳』をぶつけたように、今回も同じ題材をぶつけて競作をアピール(便乗?)するつもりだったに違いない。 残念ながら胡金銓の『忠烈圖』は公開が75年となり、ジミーの目論みは崩れ去ったのだが。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『忠烈圖』と同じ題材とはいえ、歴史に造詣の深い胡金銓が倭寇の歴史を調べて作り上げた物語と、あくまで倭寇VSジミーという単純な図式だけで娯楽作品を作ろうとしたジミーとでは、当たり前のことながら映画の趣きは随分と異なる。 それでも一応は対倭寇で中国側の武将がとった戦法の一部が使われるなど、ジミーにしては気を配っている。やはり胡金銓を意識していたのだろうか? 倭寇にも前倭寇と後倭寇があり、前期と後期ではその組織も性格も大いに異なる。前倭寇は実際に日本の海賊船団であったとされているが、後倭寇は日本人の振りをした中国人の海賊だった。厳密には後倭寇にもフリーランスなあぶれ者の日本海族も混じっていたとされているが、前倭寇ほど組織だったものではなかった。 中国歴代王朝でこの時代だけ倭寇が中国に進出していたのには訳がある。この時代、日本は戦国時代であり、戦争で主家を失ったり、やがて統一に向って収束していくなかで、新たな戦いを海外に求めた水軍が倭寇化していった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっぽうの中国では、歴代王朝中でもっとも腐敗が進んでいたといわれている明朝で、倭寇と結託する中国海賊、盗品を売る商人、それを見逃す役人やその利鞘をせしめる官僚が結託。倭寇という名前の巨大悪事組織として成長していった。 まるで"国〇交〇省−自〇党〇派・伊〇公〇−財団法人・朝〇育〇会−奥〇税務会計事務所−総〇−木〇建設・平〇設計−ヒュ〇ザ〇−姉〇建築士(ヤバイので一部伏字)"のような構図は明朝にもあったのだ! 中国で倭寇と戦って有名なのは、戚継光、朱[糸丸]、胡宋憲、兪大猷の四人だ。そのうち、朱[糸丸]と兪大猷の戦いを描いたものが『忠烈圖』になる。 ジミーが元にしたのは戚継光のエピソードであるが、戚継光その人が出てくる訳ではない。戚継光編集した武術の名著「紀効新書」に対倭寇の戦術と戦法が示されている。現代にも戚継光の残した倭寇退治の戦法として"雙手刀(雙手帯)"という技が残されているそうだが、これは細身の刀を雙手で操る技とされている。 映画でジミーがみせるのがこの技で、ジミーなりに歴史に気を配っているというのはこの部分のことだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーストーリーは、倭寇が攻めて来てジミーがそれを退治する・・・・・ではいけませんかね?(苦笑) 中国版"七人の侍"と呼ばれた『忠烈圖』であるが、実はこの『戰神灘』こそ"七人の侍"なのだ。倭寇に狙われたとある沿岸部の村を舞台に、倭寇退治を頼まれたジミーが、四人の武芸者を集めて倭寇に立ち向かっていく。 この武芸者集めの場面から、村民の訓練、村を要塞化して倭寇との決戦に至る過程が、黒澤明の『七人の侍』のリメイクと言っていいくらい、ほとんど同じなのである。 集められる武芸者の顔ぶれは、稲葉義男チックな薛漢は大刀使い、ブラッド・デクスター+ジェームス・コバーンな田野はナイフ投げ(死に方がコバーンと一緒!)、雙短槍の關洪はマックィーンか?、意外に美味しい役どころの張義貴は盾使いで特定モデルは無し。 これに村の長老・閔敏と、土屋嘉男的な董今狐。対する倭寇軍団は、軍団長格に山茅、蘇真平、蔡弘、史亭根、王永生。その他の手下に潘村鈴、柯受良、謝興など。倭寇のボスには龍飛が扮しています。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー二刀を使うジミーの殺陣はいつになく格好が良く、動きにもひと工夫もふた工夫もされている。さすがにハーベスト作だけあってモブ・シーンなどには金がかかっており、砦の攻防戦は凄い迫力(武術指導は陳世偉)。だが、攻防戦が始まってからラストまで、ほぼノンストップで40分くらい展開されるアクションは、ややメリハリに欠けるのも事実。 最後はジミーと龍飛の一騎打ちなんですが、実物大のデカイ風車のセット(実際に動く)での立ち回りも中々魅せるため、全体のジミーの演出が今イチなのが残念なんだよなぁ。 ところでこの映画、脚本もジミーなんですが、まんま『七人の侍』なストーリーでオリジナル脚本と名乗られても・・・。ちなみに『七人の侍』の脚本を担当したのは、『日本沈没』や『砂の器』なども担当した橋本忍(黒澤、小国英雄と共同)。で、龍飛演じる倭寇軍団のボスの役名も"橋本忍"! ジミーさん、これって確信犯やん!(笑)

『金旋風』 [2005年12月19日(月)]

『金旋風』'72年製作、監督:羅維、主演:苗可秀、謝賢ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー宋末、丞相の羅維は元と密かに通じ陰謀を企んでいた。羅維の館を探っていた苗可秀は、羅維から密書を託された謎の人物・"金旋風"の後を追う。 羅維と金旋風の会話は暗闇で行われているため、苗可秀はその人物を確認出来ない。金旋風と呼ばれた男は覆面姿で、左右には石堅と馮淬帆が控えていたが、密書を受け取った石堅は、覆面の男が羅維に金旋風と呼ばれても否定はしなかった。 苗可秀は師匠の陳芝芝に金旋風の評判を聞く。「江湖では有名な達人だが謎は多い・・・」との馮毅の言葉を聞き、妹弟子の田蜜らを連れた苗可秀、"飛劍三鳳"として出発した。 江湖を流れ歩く金川、至る所で耳にする金旋風の後を追って旅が続く。とある宿場で巡りあった男・謝賢が、実は金旋風だった。「お前を捜していた」「何のために?」「殺す為さ!」しかし金旋風・謝賢は向けられた剣をものともせず盃を重ね、「飲み終わるまで待てないか・・」と余裕を見せた。器の違いを見せられた金川、金旋風を倒して江湖で名を挙げるという目標を失い茫然自失。「殺しはできなくても、仲間にならなれるかもな!」そう言い置いて金旋風は姿を消した。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーその金旋風を待っていたのは石堅とその一味(周小來、杜偉和など)。「何用だ?」「実は貴公にこの密書を運んで貰いたいのだ」そういって石堅が差し出したのはひとつの小箱。「重要な密書ねぇ・・・」剣を抜く金旋風は小箱を一刀両断。中は空だった。 「どういうつもりだ!?」実は石堅、羅維が金旋風の名前を出したので、その噂を利用し密書は金旋風が運んでいると囮に使う気でいたのだ。もちろん、失敗した場合、邪魔な金旋風は抹殺である。 事ここに露見したからには生かしてはおけぬ!刀を片手に、もう一方の手に梢子棍を構えた石堅が迫る。二種類の武器を同時に使いこなす石堅の動きはマジで凄まじく、映画でなければ金旋風に勝ち目はなさそう。窮地を脱した金旋風、また気まぐれな旅に戻った。 旅の途中で兄弟子の金川に再会した苗可秀、走狗・金旋風を追っている旨告げると金川はその噂を否定。「俺が出会った男はそんな奴では・・・」「でも私はこの耳で聞いたのよ!金旋風は羅維の手先よ!」納得のいかない金川、"飛劍三鳳"に合流して真相を探ることに。 その会話を偶然聞いていた馮淬帆、この誤解を金旋風潰しに利用しようと企む。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー休憩していた木上から、金川をつける馮淬帆の動きを不審に思った金旋風。更に後ろから追跡を試みる。石堅が待つ宿屋に帰った馮淬帆は、全てを打ち明けこの機会に彼らを罠に嵌めようと持ちかける。 客棧で知人の振りをして金旋風に声をかけ、苗可秀たちに存在を知らせ、彼らが争いを始めた隙に密書を苗可秀の荷物に混ぜた。"飛劍三鳳"の剣陣から逃れた金旋風は、馮淬帆を逆につけ石堅たちの企みを知る。単独行動の金川の助けを借り、逆に石堅たちを襲うふたり。多勢に無勢を切り抜けたふたり、実は馮淬帆は考えがあってワザと逃がしたのだが・・・。 馮淬帆の奇怪な行動にはふたりも気づいていた。金川の助けに感激した金旋風は、「友達にはなれなかったが、兄弟にはなれるかな?」と訪ねる。密書の委細を話し苗可秀の行方を追う。 始めは容易に信じなかった苗可秀だったが、密書を自分の荷物から発見した。陳芝芝がそれを開けると中は白紙、更なる誤解を抱かれる金旋風。陳芝芝は強く金旋風も負傷させられた。あくまで金旋風を庇う金川は、破門されながらも兄弟の契りを守る。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー金旋風負傷の隙を突き襲撃を掛ける石堅だったが、金川に助けられた金旋風は更にその裏を掻いて待ち受ける。石堅から全てを聞き、別の人物が密書を持っていること、元の密使との会合が迫っていることなどを知る。いったい密書は誰の手に?覆面の人物の正体は? ハーベスト初期の武侠片で、その作りは実にオーソドックスなもの。苗可秀売出しのためポスターは彼女のイラストが全面に使われたが、主役はタイトルロールの金旋風を演じた謝賢。 武術指導はベテラン陳少鵬が担当。映画ではNo.2の悪役を演じた石堅の存在感が凄まじく、謝賢、金川、苗可秀らを相手にたった一人で獅子奮迅の活躍をみせるのだ。 最後は密書の証拠を元に羅維を追い詰めるのだが、『鬼流星』のような大立ち回りは見せない。 中盤の襲撃場面で陳觀泰が出ているのがミソで、この時期フリー的な活躍でショウブラとハーベストを行ったり来たりしていたことが窺えるのだ。

『驅魔女』 [2005年12月11日(日)]

『驅魔女』'75年製作、監督:丁善璽、主演:李影ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー獨臂刀裁判で台湾に逃れたジミーを預かった丁善璽は、その伝でゴールデン・ハーベストでの仕事も任された。台湾映画界発展を願い、ショウブラへ出稽古に赴くほどの丁善璽にとって、それは願ってもいないチャンスだったろう。 義理を重んじるジミーは、自身の大作『鰐澤群英會』を任せてその恩に報いた。鄭佩佩ハーベスト契約作品『虎辯子』とこの『驅魔女』、それにジミー作品の三本が丁善璽のハーベストでの仕事だ。 74年に池玲子を迎えて制作した『心魔/悪魔の生首』でポルノとホラーに目覚めた・・・かどうかは不明だが、鄒文懐(レイモンド・チョウ)はこの手堅い台湾の職人監督にゲテモノ映画の監督を任せたのだった。 ところで、ハーベストといえば四枚のプレートがダンダーンと登場してGHと形作るOPが有名だ。初期のバージョンには別のものがいくつかあり、これは線画のアニメーションがGHとなる、ちょっとソウル・バス・チックなもの。このOPロゴ、同一作品でも違うバージョンが使われていたりするため、いまだその全容は不明なのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー10年前の惨殺事件から幽霊に呪われた町、そこへ事件の謎を探る李影が帰って来る。町の実力者・關山は、腹心の部下・王探(正字は玉へん)に命じて李影の目的を探らせるが・・・。 ミステリー・タッチの怪奇譚だが、ポルノあり、功夫ありのゲテモノ映画に仕上がっている。 殺された李影の母と祖父はかつて町を統べる人格者であったが、町の実権が關山に移ってから町は退廃の一途を辿っており、李影とその夫を名乗る盧國雄は、幽霊騒ぎから始まる町の暗部を暴きだすことに。 かつて李影の家に仕えた王莱が娼館を経営しており李影に協力する。薄幸の娼婦・森森には幽霊が取り付いているとの噂があり、彼女を買った客たちは皆帰り道に幽霊に襲われたりする。 10年前の惨殺事件で町に怪奇な事件が頻繁したのは事実だが、幽霊そのものは決して姿を現さない。幽霊騒ぎを利用する人物が跳梁し、更に話を複雑なものにしていくが、映画を見ている限りでは怪奇風味よりミステリー色の方が強い。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー10年前の惨殺事件が幽霊騒ぎに発展した背景には、関係者の死体を詰めた棺が運べずそのまま屋敷に放置してしまったことにある。この棺には事件後に關山の手で殺された李影の祖父たちも入っており、李影はここに秘密があると睨む。 關山の甥で、密輸家業の劉永が部下の石天を連れて帰国。この劉永、『唐山大兄/ドラゴン危機一発』以来のボンクラ二代目役だが、その狡賢さはパワーアップ。棺の秘密に気づいた劉永と、幽霊騒ぎの終幕を同時に見せていく手腕は流石だか、主役であるはずの李影が存在を薄くしてしまった感は否めない(終盤で彼女が消えているのには理由はあるが)。 10年前の回想場面で黄家達が、町の乞食に田俊が扮し、劉永と共にハーベスト旗揚げ時代を彩る男優陣が、一同に会して競演しているのがファンにはうれしい。 なおこの映画は3D(立体映画)として撮影されており、通常版でも随所にその名残りは感じられる。香港・台湾3D映画の草分け『千刀萬里追/空飛ぶ十字剣』は77年作品であるから、この『驅魔女』は随分と早くに登場していたといえる。一説には怪作『TIGER MAN』が最初の立体作品だというが・・・。

嘉禾電影'71(8)『追撃』 [2004年09月30日(木)]

嘉禾電影'71(8)『追撃』'71年製作、監督:王天林、主演:衣依、田俊ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『鬼流星』の公開は71/8/11、興収は88万HKドル。この数字は「嘉禾電影(ゴールデンハーベスト)」にとって久しぶりのヒットである。ライバル「邵氏(ショウブラザース)」が鄭佩佩の『影子神鞭』を8/6に公開、100万HKドルを越す大ヒットを達成。この数字は年間興収の第8位だった。井上梅次『我愛金龜婿』は8/18公開、興収48万HKドル。鄭昌和監督、羅烈主演『來如風』が8/25公開、興収83万HKドル。夏休み興行は鎬を削る闘いとなった。続く『追撃』の公開は10/7、39万HKドルでハーベストを失望させる。10月の興行も熾烈だ。張徹の『拳撃』が10/1公開、興収170万HKドル。年間興収の第2位という大ヒット、この時点で『拳撃』の立てた記録は、70年に『龍虎鬥/吼えろ!ドラゴン 起て!ジャガー』の持つ200万HKドルに次ぐ、香港映画歴代興収記録の第2位というものだった。この時点でハーベストの『追撃』は大惨敗である。高寶樹の『鳳飛飛』が10/15公開、興収45万HKドル。ショウブラ離脱前に徐増宏が撮った『蕭十一郎』が10/22公開、興収42万HKドル。さらに羅維の離脱前作品『冰天侠女』が10/29公開、興収47万HKドル。もはやハーベストは死に体であった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーージリ貧。この時点でのハーベストがまさにそれである。旗揚げ時こそまあまあの数字をキープしたものの、売上げは下がる一方。『天龍八將』92万HKドル、『刀不留人』73万HKドル、『獨臂刀大戦盲侠/新座頭市破れ!唐人剣』150万HKドル、『一夫當關』51万HKドル、『侠義雙雄』56万HKドル、『鬼怒川』34万HKドル、『奪命金劍』68万HKドル、『鬼流星』88万HKドル、『追撃』39万HKドル。71年の香港映画の総収入は4200万HKドルで、うちショウブラが稼いだのは2400万HKドルほどである。公開本数も多いとはいえ、台湾製の作品も含めて、恐ろしいことに全体の50%以上を稼ぎ出しているのだ。ハーベストのこの時点の総収入は650万HKドルほどで、市場占有率は15%ほどにしかならない。ジミー訴訟に関する裁判の費用を含めて、もはや勝負は見えていた。鄒文懐(レイモンド・チョウ)には邵逸夫(ランラン・ショウ)の高笑いが聞こえていたのではないか?ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーヒットはしていないが『追撃』は悪い映画ではない。「二本の剣が出会う時、剣はひとつになる」そんな言い伝えを持つ"血絲寶劍"を持つ田俊(ジェームス・ティエン)。彼は父の仇を探しているが、彼自身が剣を狙うものに追われていた。誰が?何のために?衣依(マリア・イー)もまた、兄弟子の金川と共に父の仇を探していた。田俊を狙わせているのは天龍幇の首領・唐菁(手下に白彪)。彼はもう一本の"血絲寶劍"を持つ人物と言われていた。田俊の叔父は彼に剣を託す際、もうひとつの剣を持つ人物こそ父殺しの犯人を知る男だと言うが・・・。任浩(手下に陳觀泰、彼は本作の武術指導)が、齋蓮奎(手下に李文泰)が、妖艶な方心と鍛治屋の呉家驤が、次々と田俊の剣を狙って現れる。そんな中、謎を知る唯一の人物・唐菁が殺され、犯人は金川だと疑いがかかる。兄弟子の無実を信じる衣依が問い質すと、彼は意外な真相を語り始めるのだ。「唐菁の口から"ある真実"が洩れないよう口を塞いだ」その真実とは、田俊の仇は衣依であり、衣依の仇もまた田俊であるという。果たしてこれは真実なのか?物語は更に二転三転し、全ての真相が明され「二本の剣が出会う時、剣はひとつになる」という伝説もまた事実であったことを知る。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「嘉禾三大玉女」として苗可秀(ノラ・ミャオ)や茅瑛(アンジェラ・マオ)と同じオーディションを受けた衣依の初主演作品だ。苗可秀が『天龍八將』『刀不留人』『鬼流星』と立て続けに映画を撮り、アンジェラも『天龍八將』『鬼怒川』があるのに比べれば、衣依の登場は随分と遅かった。結局この人は芸能界からも早くに足を洗ってしまうし、スターになる華が無いのだな。ハーベストとしても売り出し方法に困っていたのではなかろうか。田俊、劉永に続いて、この映画で金川が合流。コメディリリーフの李昆も加えて、女優陣を支える男優側も粒が揃ってきた。しかし決定的に欠けているものがあった。ショウブラには姜大衛、狄龍という絶対的なスターがいた。ハーベストが興行合戦に敗れたショウブラの大作、『大決鬥』、『新獨臂刀』、『無名英雄』、『拳撃』、いずれも姜大衛&狄龍のコンビ作である。スターは必要である、それも大衆を引き付けるカリスマ・スターが!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー1970年4月、ショウブラとの契約交渉に香港を訪れた李小龍(ブルース・リー)は、一本1万米ドルという出演料がネックとなり、交渉は物別れに終わる。引退してアメリカにいた鄭佩佩をスカウトするため交渉に赴いた当時の羅維夫人・劉亮華は、鄭佩佩獲得には失敗するものの、第二案であったブルース・リーとの交渉には成功。だが手付金の3千ドルこそ支払ったものの、残りの7千ドルは工面出来ない上に、ブルースを売り出す映画の企画も見つからないまま時が過ぎていった。その間ブルースはアメリカで待ち続けたのだが、アメリカで成功したといっても主役ではなかったし、彼が香港で映画に出ていたのは子供の時だ。いったい彼に何が出来るのか?何をさせれば良いのか?答えの見つからないまま71年を迎える。タイの映画館チェーンを持つ人物からコンタクトがあり、鄒文懐は出資を依頼した。出資は断られたが、タイの映画館で上映するという契約で前渡金を貰った。ロケ地もタイで決定、現地の製菓会社からのタイアップも取り付け、ブルースに支払う7千米ドル分を含む、10万HKドルの製作費を捻出。これがハーベストの用意出来る全てだった。この時点で金庫はカラになっていたのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー71年7月16日、タイへと直行したブルース・リーが鄒文懐の目の前に立っていた。ふたりはこの時が初対面である。「あなたの目の前に世界のスーパースターが立っていますよ!」この自身満々の男、この男がハーベスト最後の賭けなのだ。映画の内容すらロクに決まってもいない、見切り発車のロケが始まった。賽は振られたのだ。9月3日、タイでのロケを終えた一行が記者会見を開き最後の宣伝に努めた。71年10月31日、ついに運命の幕が開く時を向えた。映画『唐山大兄/ドラゴン危機一発』は、公開されるやそれまでの香港映画界が持っていたありとあらゆる記録を抜き去り、未曾有の金字塔を打ち立てた。香港映画始まって以来の初めての300万HKドルを越すメガヒットは、たった一本で年間興収トップ10のおよそ四分の一を稼ぎ出したのである。夢を抱いて船出した小さな映画会社「嘉禾電影(ゴールデンハーベスト)」は、60年代から連綿と続く「邵氏(ショウブラザース)」の独裁支配に、一本のクサビを打ち込んだ。それはクサビというにはあまりにも巨大な一本であった。(特集終わり)

嘉禾電影'71(7)『鬼流星』 [2004年09月29日(水)]

嘉禾電影'71(7)『鬼流星』'71年製作、監督:羅維、主演:苗可秀ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー明・建文帝から永楽帝へと帝位が移る時「靖難の変(1399)」というのが起った。これには明朝の成り立ちそのものに遠因がある。明の太祖・朱元璋(後の洪武帝)は漢の劉邦と並んで、一介の庶民から王朝の始祖にまで成り上がった人物です。孤児となり乞食として諸国を流浪後、元朝に対する相次ぐ戦乱の中から頭角を現し、やがては明の皇帝にまで成るのです。この洪武帝、肉親の縁に薄かったことから、我が子を思うこと尋常ではなかったそうです。自分が退位した後のことを考え、共に明朝を起こすために闘った忠臣・功臣たちを次々と粛清。有名な「胡惟庸の獄」などはこの時のものです。本来、洪武帝から帝位を受け継ぐのは皇太子の朱標でした。この朱標が病弱なればこその「胡惟庸の獄」だったのですが、肝心の朱標は即位することなく死んでしまいます。正妻の生んだ子は全部で五人(洪武帝自体には二十六人の皇子がいた)で、朱標亡き後は四男の朱棣が人物・実力共抜きん出ていたといわれています。いわれている、と断ったのには理由があります。この朱棣こそ後の永楽帝その人なのですが、彼は権力を握った後歴史を改ざんしてしまっているからです。自分に都合の良いように書き換えている可能性は高いですからね。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー話を戻します。すんなり朱棣が後継者に決まっていれば何の問題も無かったのですが、洪武帝の側近に長功の列を説く者が現れたのです。四男が後継ぎになると次男と三男の立場がない、ここは長男である朱標の嫡子・朱允[火文]に後を継がせるべきであると。これは儒教の倫理観に基づくもので、筋は通っています。しかし幼い朱允[火文]に後を継がせるとなると、洪武帝は心配になってきました。幼い孫の周囲に実力ある者は置いてはおけない、「胡惟庸の獄」で重臣たちを三万人も殺していたのですが、それでも足りないのではないかと不安になってきたのです。日本にも良く似た人物がいましたね。農民から身を起こし日本を統一しながら、肉親の縁には薄く、甥や養子を後継ぎに指名したものの、老いて実子が生まれれば甥であろうと殺した人物。豊臣秀吉と洪武帝は驚くほど良く似ています。洪武帝の四人の子供たちも、何かと理由をつけて辺境に追いやられてしまいます。実際、朱棣が派遣された"燕"は元朝から逃れたモンゴル人たちを食い止めるのに絶対に死守しなくてはならない土地で、朱棣の実力を高く評価していたればこその派遣だったのは事実です。その後も洪武帝は死ぬまで重臣たちを殺し続けるのですが、朱允[火文]が帝位を継いで建文帝になるころには、明朝には人物と呼べるほどの人は誰一人居なくなってしまうのですーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。建文帝の側近グループは学者・識者で構成されていました。彼らの分析では、この当時の状況は前漢時代の「呉楚七国の乱」が起こった時と酷似しているというのです。辺境にやられた建文帝の叔父たち(洪武帝の四人の子)は、各地で勢力を保ち反乱の温床となりうる、というのです。"燕"の朱棣以外はみな廃されてしまい、次はいよいよ朱棣の番なのは誰の目にも明白です。ここで朱棣が立ち上がり「靖難の変」を起こすのです。洪武帝は重臣たちの中から権力を簒奪するものが現れないようこれを誅殺しましたが、肉親同士の争いから皇帝を守ってくれるはずの人物まで殺してしまいました。朱棣は建文帝を倒し永楽帝と成った後、建文帝の時代は無かったこととして歴史を書き換えてしまいます。永楽帝とて建文帝の側近に追い詰められての行動であったかも知れませんが、彼が書き換えた歴史の中には、どれほどの真実があるのかは不明なのです。建文帝の帝位を歴史上復権したのは、その明朝を倒した清朝の皇帝・乾隆帝なのでありました。それは実に明朝が滅んで九十二年後のことです。建文帝は永楽帝の軍が南京の宮殿に迫ったと聞くや、宮殿に火を放って自殺したそうです。永楽帝は焼け跡を入念に調べたのですが、皇后の死体は発見されたが、建文帝の死体は発見されませんでした。洪武帝がもしもの為に用意した箱があって、その中に脱出経路と袈裟が入っていたといわれていて、建文帝は僧侶に変装して逃げ延びたという話が巷説に広まったのです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー映画『鬼流星』はこの民間伝承を題材にして作られていると、私が入手した宣材に書いてあったものですから、「靖難の変」について長々と書いていた訳です。北京語オンリーで字幕無しの映画なものですから、話の細部は判らないのですが、だいたいはこんな感じ。とある町で皆から鬼と恐れられている傴の人物・石堅がいた。姜南の宿屋に食料を貰いに来るが、酔っ払った客に絡まれこれを一撃で倒す。鬼の噂を聞きつけ町へ来た旅の夫婦も、翌朝死体となって発見された。この地方に調査に来た馮淬帆と部下の馮毅、劉永は、町の実力者・謝賢に協力を仰ぐ。謎の美女剣士・苗可秀と従者の李昆が現れ謝賢たちの邪魔をするのだが、どうも鬼の正体を探らせたくないようだ。どうやら謝賢は最初に殺された夫婦の息子らしいが、死体を保管していた宿屋の姜南のところで、柩から甦った死体に襲われ姿を消す。馮淬帆たちは都に帰り"錦衣衛"の隊長・羅維に報告する。この町を怪しいと睨んだ羅維は自ら乗り込み、建文帝の遺児を守るグループを発見。鬼の噂で人を遠ざけ、町に余所者がこないようにしていたのだ。殺された人物たちは、殺されることで鬼の噂を肯定し、その後は自らが幽霊に化けることで建文帝の遺児を守っていたのである。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー謝賢もその仲間となったのもので、死体を管理していた姜南もグルだから出来たことだった。最後は羅維率いる"錦衣衛"と石堅を中心とするニセ幽霊軍団との壮絶な闘い。"血掌拳"!を駆使する羅維VS石堅の闘いが凄まじく、苗可秀たちを向こうに回しての大立ち回りは、羅維一世一代の大悪役だろう。武術指導はベテラン陳少鵬、スタントでエディ高雄、杜偉和などの顔が見える。楊威が謎の男でゲスト出演、劉永と共にハーベストらしい陣容が揃い始めていることを伺わせるのだ。この映画には不思議なことがある。乞食に扮した苗可秀が姜南の宿屋に現れる場面で、苗可秀に給仕をしているのは陳觀泰。ショウブラではまだまだ端役だったにせよ、『追撃』『五雷轟頂』の武術指導と共に歴史の謎である。次に苗可秀が正装して姜南の宿屋で給仕をしているのは白彪。何でや?(笑)最も白彪は後で"錦衣衛"の側でも出てくるのでスタントだったんでしょうけど。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーハーベストの話は次回の最終回に持ち越し。ラストは『追撃』です。

嘉禾電影'71(6)『奪命金劍』 [2004年09月27日(月)]

嘉禾電影'71(6)『奪命金劍』'71年製作、監督:黄楓、主演:張翼ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「嘉禾電影(ゴールデンハーベスト)」の旗揚げには「台灣復興戯劇學院」出身者が多く参加した。茅瑛(アンジェラ・マオ)を筆頭に、田俊(ジェームス・ティエン)そしてこの映画の主演である張翼だ。オーディションで合格したアンジェラと違い、張翼と田俊は「邵氏(ショウブラザース)」からの移籍組である。張翼のデヴューは65年、泰劍監督作『痴情涙』。その後も鄭佩佩や何莉莉の相手役に抜擢、第二の"ジミー王羽"となるべくスター候補生としての待遇を受ける。だが、ショウブラ在籍の6年間に出演した13本の作品に、彼がハーベストへの移籍を決意するに至った原因が隠されているのだ。張翼を最初に抜擢したのが誰あろう徐増宏であった。67年の鄭佩佩主演作『神劍震江湖』を皮切りに、同年『七侠五義』、68年『玉面飛狐』、70年『大羅劍侠』、71年『蕭十一郎』と続けて張翼を起用。彼にとっては徐増宏はスターにしてくれた恩人だったのである。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそれだけではない。70年『五虎屠龍』では羅維と組み、71年『血符門』においては黄楓と組んだ。6年間13本中、実に7本の作品でハーベスト移籍組の監督と仕事をしていたのだ。張翼自身が移籍に関してどう思っていたのかは残念ながら定かではない。彼が新天地に目指したものが、自分自身のキャリアアップのためというよりも、恩義ある人物への忠節のためであったかのように読み取れるのは穿った見方であろうか?この張翼移籍に呼応するかのごとく、羅維監督を慕っていた田俊もハーベストへ移籍した。スター候補生ではあったかもしれないが、実績の点ではジミーに遠く及ばない存在の張翼と、新人に等しい田俊の移籍は、ショウブラにとって痛くも痒くも無いものでもあったろう。むしろ抜けられて痛かったのは徐増宏ら監督の方であったはずで、邵逸夫(ランラン・ショウ)から見ればオマケのような存在だった。オマケ移籍でもハーベストにとってみればジミーと並ぶ既製品のスターの存在はありがたいものだ。「台灣復興戯劇學院」時代の人脈からアンジェラを発掘し、韓英傑、洪金寶ら同じ京劇出身者でラインナップされた武術指導班体制も、唐佳"袁家班"ラインや、劉家良の作るショウブラとは違うアクションを構築するのに役立った。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『奪命金劍』は71/7/28公開。台灣のハーベスト下請け「嘉祥」の制作で、興収も68万HKドルと好成績を記録した。この時期ショウブラは、桂治洪の『女殺手』が7/1公開、興収45万HKドル。7/9公開の『紅髭子(髭は別字体で[髟/胡])』は47万HKドル。ここからが本領発揮だ。黄楓がショウブラ時代に撮った『血符門』を7/16に公開して『奪命金劍』にぶつけるという嫌味を展開、48万HKドルを売り上げる。トリを飾るのは張徹だ。姜大衛&狄龍のコンビ作『無名英雄』を7/24に持ってきた。『奪命金劍』も健闘したのだが、夏の書き入れ時を逃すほどショウブラも甘くはないのである。『無名英雄』は120万HKドルの興収をあげ、同年の興行成績トップ6に食い込む大ヒットとなったのだ。同時期公開の全ての作品で40万HKドルオーバーを達成したショウブラ、月イチでしか映画を制作公開できないハーベストにとって、崩すことの出来ない高い壁としてそびえ立っていた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーショウブラとの興行合戦には追いまくられっぱなしのハーベストだが、この『奪命金劍』は旗揚げイヤーの作品の中では文句の無い傑作である。苦しいながらも誠実な映画作りをしていたハーベストは観客の期待だけは裏切ることはなかった。父の仇・易原を倒した石雋だが、仇討ちを合法的に認められず、逮捕にきた"奪命金劍"張翼に立ち向かう。兄を慕う韓湘琴や、盲目ながら気丈な母・王莱に説得され都の法廷に出頭する覚悟を決める。易原の仇を討ちたい苗天は、次々と刺客(高鳴、洪金寶、雷峻、李強、呉明才、王翔)を送る。呉越同舟の奇妙な旅は、刺客の剣陣を共にくぐり抜けることで、互いに信頼感を抱くようになる。諦めない苗天は石雋の家族にターゲットを代える。奮戦する王莱と韓湘琴、盲目ながら杖術の使い手という設定の王莱が珍しいアクションに挑戦。奮戦むなしく捕らえられ、石雋と引き換えに返すと韓湘琴に言い残す。実は苗天こそ王莱の夫を殺した黒幕であることを知り、たった一人で決戦を挑む王莱。多勢に無勢、全身に矢を射かけられ絶命してしまう。大事な人質を殺してしまったが、予定通り人質交換の場に現れた張翼たちには、籠の中から姿を見せ石雋と交換。韓湘琴が駆け寄った時には後の祭りであったことを知る。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー苗天の卑怯なやり口に怒りを覚えた張翼、韓湘琴に協力して石雋奪還作戦を立てる。苗天の屋敷に乗り込んだふたりは、そこで高鳴から石雋が別の場所で捕らわれていることを聞かされた。実は高鳴は石雋たちの父の古くからの友人で、石雋たちの仇討ちをサポートするために潜入していたのだった。激しい拷問にさらされた石雋を無事救出、彼の快復を待つ間、この間の経緯を都に報告に行く張翼。都では石雋の仇討ちは合法と認められ、卑怯な振る舞いの殺人犯・苗天を捕らえるべく新たな命令が下った。「君も逮捕に協力してくれるか?」石雋に否やがある訳がなかった。既に屋敷も包囲され逃げ場を失った苗天を追い詰めていく。恐ろしいまでの強敵・苗天(彼がメインの悪役でここまで闘うのも珍しいが)との激闘は何時果てることなく続いた・・・・。最初に状況を説明しておき、最小限度の会話で緊張感を持続させながら展開していくところなど、胡金銓(キン・フー)映画を連想させる。実際、石雋や苗天などの出演もその点を考慮してのものだろう。この映画の北京語版はマカロニ・ウエスタン調の音楽だが、英語版はドラムロール主体の劇伴に差し替えられており、かえってこちらの方が銅鑼を効果的に使ったキン・フー映画のイメージを高めているのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー次回は『鬼流星』です。

嘉禾電影'71(5)『鬼怒川』 [2004年09月23日(木)]

嘉禾電影'71(5)『鬼怒川』'71年製作、監督:黄楓、主演:茅瑛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「嘉禾三大玉女」のひとり茅瑛(アンジェラ・マオ)初の単独主演作だ。『天龍八將』にて「嘉禾電影(ゴールデンハーベスト)」を支えるスターの1人としてデヴューしていたが、単独としてはこれが最初。瀕死の父を救う"黒霊芝"を求めて、炎の水が流れる鬼怒川を越え、鬼愁谷へと向かうアンジェラの冒険譚。"黒霊芝"を狙う太陰教教主・白鷹とその息子に雷成功。その手下には韓英傑、洪金寶、林正英らが。アンジェラを助けるのは"天山一剣"高遠と少林寺僧・馮毅。途中までは逃げ惑うばっかりのアンジェラだが、結局は太陰教に父を殺され、"黒霊芝"の力を借りて無敵モードへと変身。高遠の助けも借りて太陰教を倒す。アンジェラといえば、『合気道/アンジェラ・マオの女活殺拳』に代表される女功夫が連想される。だがアンジェラが功夫スターとしてのトレーニングを開始するのは『鐵掌旋風腿』に出演以後のこと。この映画では後年の彼女のイメージにはまだまだ程遠いのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画は71/5/12公開、興収は34万HKドルとやや低い。「邵氏(ショウブラザース)」の裁判攻勢に曝されているハーベストとしては、興行合戦を制するために、最低でも40万HK50万HKドルのラインはクリアしておきたいところだろう。同時期のショウブラ作品の興収も見ておこう。羅維監督、白鷹主演の武侠片『鬼太監』は5/12公開で『鬼怒川』と同日興行。興収70万HKドルは中以上のヒットだ。申相玉監督『千年狐』は5/22、28万HKドル。ベテラン呉家驤監督、凌雲主演『芳華虚渡』は5/28、19万HKドル。他のふたつはそうでもないにしても、同日興行だった『鬼太監』の70万HKドルのヒットは、ハーベストにとっては痛い。惨敗、である。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー黄楓は1919年に中国安徽省にて生まれた。意外なことに彼の映画人生は役者としてスタートしたのだ。古い映画では57年に彼が主演した『飛仙侠大破謀人寺(上下集)』という作品が資料に残っている。自作にもしばしば顔を出すことで知られており、ちょっと渋めの"左とん平"といった顔を見かけたら黄楓だと思っていい。ショウブラで嚴俊の下について映画作りを本格的に学び、嚴俊作品の脚本家として、李麗華主演の『游龍戯鳳』など多くの脚本を書く。68年、嚴俊監督、鄭佩佩主演『紅辣椒』という功夫片で助監督になる。黄楓もショウブラの旧体制に嫌気が射し、鄒文懐(レイモンド・チョウ)が旗揚げしたハーベストという新天地に夢を賭けて移籍したひとりだ。黄楓はハーベストで監督昇進したのではなく、実はショウブラからの移籍前に同社で監督として一本作っている。黄楓の監督デヴューとなる『血符門』は、黄楓が移籍後の7/16に公開され、48万HKドルという好成績を上げているから随分と皮肉である。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーアンジェラ・マオは終生の恩師として黄楓を崇めており、ハーベスト時代の彼女は優先的に黄楓の作品に出演。黄楓もまたアンジェラの個性をよく引き出した。前述したが、アンジェラを女功夫に変身させたのも黄楓の手腕だ。アンジェラはハーベスト退社後も黄楓に忠節を尽くし、同じくハーベストを退社した恩師が、台湾で活動を開始した時には真っ先に駆けつけ協力した。それが77年の『浪子一招』だ。ハーベスト時代にアンジェラとコンビを組んでいた黄家達(カーター・ワン)を育てたのも黄楓だ。黄家達をスカウトしてきたのは黄楓ではないが、当時現場では木偶の棒呼ばわりされていた黄家達を、黄楓は信望強く指導したのである。ハーベスト時代は芽の出なかった黄家達だったが、その後の活躍を見れば黄楓の眼は確かであった。自作の脚本を必ず自分で手がけていた黄楓は、功夫片きってのスーリーテラーであった。『四大門派』などその最たるものであろう。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー黄楓のハーベストへの貢献で最も大きいのは、サモ洪金寶を育てたことではあるまいか。自作の武術指導として参加していたサモに、現場で映画作りのノウハウや機材の扱い方を教えたのが黄楓だった。サモハンが監督昇進する際には、自ら脚本を書いて愛弟子の昇進に花を添えた。『三徳和尚興春米六/少林寺怒りの鉄拳』は師匠から貰った餞別の脚本だったのだ。ハーベストといえばスター監督のイメージが強い。ジミー王羽、李小龍(ブルース・リー)がそうだったし、許冠文(マイケル・ホイ)、サモ洪金寶、成龍(ジャッキー・チェン)らがそれに続いた。新興のゴールデンハーベストは、最初ショウブラのベテラン監督たち(羅維、鄭昌和、徐増宏)でスタートしたが、後のスター監督が育つまでの中興部分を支えたのは黄楓であった。この男がハーベストで果たした功績は限りなく大きい。ハーベスト退社後の黄楓は、台湾でプロデューサーとして良質の功夫片を送り出した。『龍拳蛇手鬥蜘蛛』『癲螳螂』、『睡拳怪招/秘法 睡拳』、『鷹爪螳螂』『獨臂雙雄』などが黄楓の台湾時代の仕事である。功夫映画史を語る上で、決して外すことの出来ない人物なのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー次回は張翼主演『奪命金劍』です。
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