『龍兄虎弟/サンダーアーム』 [2007年11月02日(金)]
『龍兄虎弟/サンダーアーム』'87年製作、監督・主演:成龍、初期監督:曾志偉
ジャッキー・チェンは、よくチャップリンやロイド、キートンなどのサイレント・スラップスティック・コメディアンと並び称されることがある。
別に間違いではない。
本人も意識しているのだし、欧米や日本でそう呼ばれても、決して悪い気はしないだろう。
ただ、ジャッキーの凄さは、サイレント・スラップスティックを現代に甦らせたことだけではなく、世界アクション・スターの真の系譜の継承者である点だ。
ここでいう“アクション・スターの真の系譜の継承者”とは?、主演スターがほとんどスタントを使わず、身につけた芸を極限までスクリーンに記録し続けた者たちのことである。
サイレント期の大スター、ダグラス・フェアバンクスは1910年代から'30年代まで活躍。主に西洋チャンバラ映画(海賊ものや宮廷史劇)において、高所からのジャンプや剣戟場面をノー・スタントで演じ、アクションといえばフェアバンクスといわれる時代を作った。
フェアバンクス路線を正しく継承したのがエロール・フリン。フェアバンクス死後の映画界('30〜'40年代)を引っ張り、彼も西洋チャンバラを得意とした。フリンの時代はトーキーに入っており、スタジオ撮影の多い西洋チャンバラだけでなく、映画の幅も西部劇や戦争映画などロケを多用するジャンルへとシフト。ヨーロッパ訛りの強かったフリンは、アメリカ映画での主演を悩んでいたらしいが、乗馬やガンプレイを颯爽とこなすフリンは人気を博した。
フリンの後、'50〜'60年代に物凄いスタントをみせるスターが登場。サーカス芸人あがりのバート・ランカスターである。少年時代にフェアバンクスに憧れ、自らアクロバット・チームを率いていたランカスターのアクションはまるで重力を感じさせない。スターとなってからは、フェアバンクス映画を当時の映画界で体を張って再現出来る唯一の映画スターとして君臨。『怪傑ダルド』や『真紅の盗賊』はその真骨頂であった。
アクション映画専門に歩いた人ではないのだが、前記の二本と『ヴェラクルス』『アパッチ』があれば、他は何もいるまい!
'60年代以降、映画組合の力が強まり、主演スターがスタントを演じることは少なくなったハリウッドを尻目に、アクション映画界の帝王として君臨したのが、フランスのジャン=ポール・ベルモンド。
このベルモンドこそ、ジャッキー・チェン以前のジャッキー・チェンである。
高所から飛び降りたり、高速で走る地下鉄の上でアクションしたりは当たり前、ドライバーとしても一級品の腕前(息子ポールはレーサーでしたな)で、カーチェイスはほとんど自分でこなした。極めつけは、空飛ぶ飛行機の上で、仁王立ちしてのコメディ演技だろう。ベルモンドはシリアスな演技も上手かったが、コメディをやらせても一級品で、フィリップ・ド・ブロカ監督との名コンビでは、『リオの男』『カトマンズの男』など無茶苦茶なアクション・コメディを連発。日本の漫画「ルパン三世」にも多大な影響を与えたが、アニメのようなアクションを現実にこなした、世界最初の人間だったのだ。
'33年生まれのベルモンドは、フランス最高のスターとして'60〜'70年代の牽引車として活躍。同時代のライバルであったアロン・ドロンはフランス以外ではウケたが、本国ではベルモンドに差をつけられた。ベルモンドに負けじとドロンも自作ではノー・スタントでアクションをこなすことがあり、二人の共演作共々、一見の価値ありです。
ベルモンドは'70年代いっぱい、作品によっては'80年代でもスタントをやり続けたが、彼の体力が衰え始めるのと交代するように登場したのがジャッキーだったのである。
“これって、アクション・スターの系譜を無理やりジャッキーにこじつけたんじゃないの?”
今回のタイトルが『龍兄虎弟/サンダーアーム』であることをお忘れなく!つまり、本題はここからなのだ!
ミッシェル・ジュリアンという名前を聞いてピン!と来る方は、古株の映画ファンでしょうな。
『龍兄虎弟/サンダーアーム』のフランス側スタント・コーディネーターとして、映画に彼の名前がクレジットされたのを劇場で見つけた時、私は思わず立ち上がって叫びましたよ。
それまでの功夫路線から、『A計劃/プロジェクトA』以降のシフトチェンジに、もしかしてベルモンドの路線をやる気なのでは・・・・と疑っていた。それが顕著に表れたのが『龍兄虎弟/サンダーアーム』という作品で、その作品がヨーロッパでロケをする以上、そこにミッシェル・ジュリアンの名前があることは必然であった。
ミッシェル・ジュリアンとは何者か? 父レミー・ジュリアンから親子二代のスタントマンで、フランス・アクション映画界を支えてきた功労者一族である。
ということは、当たり前だがベルモンドとは親子共々付き合いのあるポン友といっていい間柄で、傑作『恐怖に襲われた街』や、『おかしなおかしな大冒険』『華麗なる大泥棒』他、多数の作品でベルモンドのスタントをサポートしてきた親子なのだ。
この親子、今だ二人とも現役で、『TAXI』シリーズや『トランスポーター』などのスタント監督を務めています。
一説には、『龍兄虎弟/サンダーアーム』ロケでフランス入りしたジャッキーたちをミッシェル・ジュリアン・スタント・チーム側で迎えたともいわれており、その真偽ともかく、ジャッキー側で彼らを選んだにしても、ベルモンドを意識していない訳がないではないか!
フランス・ロケも終わり香港に帰る時、ミッシェル・ジュリアンからジャッキー贈られた渾名は“アジアのジャン=ポール・ベルモンド”であった。
ジャッキー・チェンは、よくチャップリンやロイド、キートンなどのサイレント・スラップスティック・コメディアンと並び称されることがある。
別に間違いではない。
本人も意識しているのだし、欧米や日本でそう呼ばれても、決して悪い気はしないだろう。
ただ、ジャッキーの凄さは、サイレント・スラップスティックを現代に甦らせたことだけではなく、世界アクション・スターの真の系譜の継承者である点だ。
ここでいう“アクション・スターの真の系譜の継承者”とは?、主演スターがほとんどスタントを使わず、身につけた芸を極限までスクリーンに記録し続けた者たちのことである。
サイレント期の大スター、ダグラス・フェアバンクスは1910年代から'30年代まで活躍。主に西洋チャンバラ映画(海賊ものや宮廷史劇)において、高所からのジャンプや剣戟場面をノー・スタントで演じ、アクションといえばフェアバンクスといわれる時代を作った。
フェアバンクス路線を正しく継承したのがエロール・フリン。フェアバンクス死後の映画界('30〜'40年代)を引っ張り、彼も西洋チャンバラを得意とした。フリンの時代はトーキーに入っており、スタジオ撮影の多い西洋チャンバラだけでなく、映画の幅も西部劇や戦争映画などロケを多用するジャンルへとシフト。ヨーロッパ訛りの強かったフリンは、アメリカ映画での主演を悩んでいたらしいが、乗馬やガンプレイを颯爽とこなすフリンは人気を博した。
フリンの後、'50〜'60年代に物凄いスタントをみせるスターが登場。サーカス芸人あがりのバート・ランカスターである。少年時代にフェアバンクスに憧れ、自らアクロバット・チームを率いていたランカスターのアクションはまるで重力を感じさせない。スターとなってからは、フェアバンクス映画を当時の映画界で体を張って再現出来る唯一の映画スターとして君臨。『怪傑ダルド』や『真紅の盗賊』はその真骨頂であった。
アクション映画専門に歩いた人ではないのだが、前記の二本と『ヴェラクルス』『アパッチ』があれば、他は何もいるまい!
'60年代以降、映画組合の力が強まり、主演スターがスタントを演じることは少なくなったハリウッドを尻目に、アクション映画界の帝王として君臨したのが、フランスのジャン=ポール・ベルモンド。
このベルモンドこそ、ジャッキー・チェン以前のジャッキー・チェンである。
高所から飛び降りたり、高速で走る地下鉄の上でアクションしたりは当たり前、ドライバーとしても一級品の腕前(息子ポールはレーサーでしたな)で、カーチェイスはほとんど自分でこなした。極めつけは、空飛ぶ飛行機の上で、仁王立ちしてのコメディ演技だろう。ベルモンドはシリアスな演技も上手かったが、コメディをやらせても一級品で、フィリップ・ド・ブロカ監督との名コンビでは、『リオの男』『カトマンズの男』など無茶苦茶なアクション・コメディを連発。日本の漫画「ルパン三世」にも多大な影響を与えたが、アニメのようなアクションを現実にこなした、世界最初の人間だったのだ。
'33年生まれのベルモンドは、フランス最高のスターとして'60〜'70年代の牽引車として活躍。同時代のライバルであったアロン・ドロンはフランス以外ではウケたが、本国ではベルモンドに差をつけられた。ベルモンドに負けじとドロンも自作ではノー・スタントでアクションをこなすことがあり、二人の共演作共々、一見の価値ありです。
ベルモンドは'70年代いっぱい、作品によっては'80年代でもスタントをやり続けたが、彼の体力が衰え始めるのと交代するように登場したのがジャッキーだったのである。
“これって、アクション・スターの系譜を無理やりジャッキーにこじつけたんじゃないの?”
今回のタイトルが『龍兄虎弟/サンダーアーム』であることをお忘れなく!つまり、本題はここからなのだ!
ミッシェル・ジュリアンという名前を聞いてピン!と来る方は、古株の映画ファンでしょうな。
『龍兄虎弟/サンダーアーム』のフランス側スタント・コーディネーターとして、映画に彼の名前がクレジットされたのを劇場で見つけた時、私は思わず立ち上がって叫びましたよ。
それまでの功夫路線から、『A計劃/プロジェクトA』以降のシフトチェンジに、もしかしてベルモンドの路線をやる気なのでは・・・・と疑っていた。それが顕著に表れたのが『龍兄虎弟/サンダーアーム』という作品で、その作品がヨーロッパでロケをする以上、そこにミッシェル・ジュリアンの名前があることは必然であった。
ミッシェル・ジュリアンとは何者か? 父レミー・ジュリアンから親子二代のスタントマンで、フランス・アクション映画界を支えてきた功労者一族である。
ということは、当たり前だがベルモンドとは親子共々付き合いのあるポン友といっていい間柄で、傑作『恐怖に襲われた街』や、『おかしなおかしな大冒険』『華麗なる大泥棒』他、多数の作品でベルモンドのスタントをサポートしてきた親子なのだ。
この親子、今だ二人とも現役で、『TAXI』シリーズや『トランスポーター』などのスタント監督を務めています。
一説には、『龍兄虎弟/サンダーアーム』ロケでフランス入りしたジャッキーたちをミッシェル・ジュリアン・スタント・チーム側で迎えたともいわれており、その真偽ともかく、ジャッキー側で彼らを選んだにしても、ベルモンドを意識していない訳がないではないか!
フランス・ロケも終わり香港に帰る時、ミッシェル・ジュリアンからジャッキー贈られた渾名は“アジアのジャン=ポール・ベルモンド”であった。








