みなさま本当に [2001年03月29日(木)]

Name:Leo
Email:kung-fu@nifty.com
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ありがとうございます。私はごく普通のブルース・リーファンでし
て、1年位前から他の香港映画に興味を持ち出した全くの初心者で
すので、皆さんの深い見識には本当に驚かされます。
>naoさん
水滸伝コム見てまいりました。濃い目の色使いのイラストがとても
力強くて良かったです。あれを見ると想像力が膨らみますね。
パンフで見た魯國慶はなかなか男前なので(三浦友和似なんて書かれ
ています)浪子燕青のキャラにダブらせて原作を読めそうです。
>fakeさん
お元気そうでなによりです。邪亜邪亜さんも仰ってみえましたが、コレ
クションされているビデオなどは大丈夫でしたか?私は地盤ユルユルの
場所に住んでいますので、地震と聞くと他人事とは思えないです。東海
大地震も懸念されていますし...
>TFさん
水滸伝も実に色々な映像作品があるのですね。大陸版以外未見ですが
「ジョイ・ウォンの水滸伝」だとレンタル屋で見かけたことがあるので
探してみます。

地震、お見舞い申し上げます。 [2001年03月29日(木)]

Name:邪亜邪亜
Email:
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25日以来日記が更新されてなかったので、かなりの被害かなあと思ってました。
火災にでもなれば、師父の貴重なコレクション・資料類が消失するところでしたが、
とりあえずはご無事でなによりでしたね。

水滸伝 [2001年03月29日(木)]

Name:TF
Email:fukuda@doho.ac.jp
URL:

地震、たいへんでしたね。私は阪神大震災のときに京都に
住んでいて、とにかく神戸がひどかったので大きな話題に
なりませんでしたが、うちも本棚が全部倒れたりしました。
ところで Leo さんたちが話題にされている『水滸伝』は
大陸制作の1983年版ですね。私は小学生のときに中村敦夫
主演の日本テレビ版『水滸伝』を観て、それから横山光輝の
マンガという順序でハマったんですが、映画で観てるのはレ
オン・カーフェイが林沖を演じた1993年の香港版だけです。
ビデオタイトルが『ジョイ・ウォンの水滸伝』という(笑)。
「『グリーン・デスティニー』のアクションは重力無視だ」
とか言ってる方々にぜひ観ていただきたいほど地に足のつか
ないワイヤー・アクションもので、私はけっこう好きです。
でも字幕がじつにひどかったなあ。

ご心配をかけました。 [2001年03月29日(木)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:

 心配して下さった方もいらっしゃるので、地震の報
告から。月曜位まで震度5クラスの余震があったため
ボロアパートから避難、今朝帰宅しました。よって家
の中はそのまんま。ドリキャスとDVDプレーヤーが、
倒れてきたモノ全ての下敷きになったためおしゃか寸
前。(何故か横向きの縦置きにすると動くようになる
myドリキャス。PS2への対抗作か?)
 
 龍拳小子さん、
 龍拳小子さんはその中華文化への思いをもっとス
トレートに発信してみるのもひとつの手ではないで
すかね?海のなんたるかまでは語れなくても、少な
くとも潜る楽しさくらいは教えられるんじゃないで
すかね。私も微力ながらそんなお手伝いが出来れば
イイな、そう思ってこのHPを作ってます。

 LEOさん、
 今年も愛知まで揺れましたかー!
 燕青役の魯國慶も含めて大半の人が大陸の"武術(
うーしゅ)"の人だったので演技的にも今イチだった
ですね。SB版ではデビット・チャンがやったのにな
ぁ。

 naoさん、
 管理人が書き込めない間、詳しい解説ありがとう
ございました。いやー、本当っお詳しいです。

更新! [2001年03月29日(木)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:

 3/29更新しました。
 『山東響馬』という映画の紹介だけの予定であった
のだが、一大功夫映画史となってしまいました。

『烈日狂風』 [2001年03月29日(木)]

『烈日狂風』'71年製作('70年説あり)、監督:クレジットは黄楓(巫俊雄説あり)、主演:張翼、白鷹ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの作品ストーリー的には取り立ててどうこういうほどの物も無く、作品自体の出来も平凡なのだが、アクション描写に非常に時代性が見てとれる点と、珍しいGHの初期作品であるので取り上げておく。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーストーリーをかい摘んで紹介すると、張翼の家は荒れ果てた田舎町で茶店を開いていた。そこへ山東から来た山賊が張翼の留守に家族を皆殺しにしてしまう。復讐を誓った張翼は仇の山賊どもを捜し出すも、今は都会で一家を構えた山賊は手下も多く手が出せない。単身切り込むも逆に深手を負って近隣の女性に助けられる。その頃、山賊の所にはナイフ投げの名人の白鷹がワラジを脱いでいた。この白鷹、一宿一飯の恩義に従い山賊一家の用心棒を努めるも、卑怯な手を嫌い内心では張翼を敵視していないことを伺わせるという、高倉健の『昭和残侠伝』シリーズにおける風間重吉(池部良)のような役どころ。最後はお約束通り張翼と白鷹が手に手をとっての殴り込み。(一人殴り込みをかけんとする張翼を、橋のたもとで傘を差して待つ白鷹。目と目が合って、かわす言葉も少な目に、通じ合うのは心意気。ここで主題歌のひとつも流れりゃそこは、嗚呼!懐かしき東映任侠映画じゃござんせんか!)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー功夫片が武侠功夫片から独立したのは'49年にスタートした『黄飛鴻』シリーズだが、それはジャンルの定義からの独立だけでなく、従来の京劇風立ち廻りからより中国武術本来の動きへと写実的に様相を代えた事でも特筆されておかねばなるまい。長期に渡って続いたシリーズだが、その人気のピークは'56〜8年頃でその前後には極端に制作本数は落ちている。('55年には5本だったものが、'56年には一年で25本も製作されるほど人気が高まり、'57年8本、'58年9本と製作されている。これが'59年以降だと年間14本にまで落ち込むのだ。)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー'59年からはショウブラザースの躍進もあり"黄梅調"(湖北省黄梅県に伝わる地方劇のスタイル)と呼ばれるミュージカル形式の映画が幅をきかせ、功夫・武侠片はお呼びでなくなってしまう。再び盛り返すのは、「文化大革命」の年('66年)に作られたキン・フー監督の『大酔侠』からで、その武侠片ブームは張徹監督、ジミーさん主演の『獨臂刀』とキン・フー監督の『残酷ドラゴン/血斗!竜門の宿』の公開された'67年をピークに'69年まで続くものとなる。(余談になるが、『黄飛鴻』のスタートした'49年は中華人民共和国の成立した年で、その『黄飛鴻』映画がもっとも人気のあった'56年は九龍暴動と呼ばれる大規模な反共デモのあった年だ。『大酔侠』は「文化大革命」の'66年で、翌'67年には香港暴動と反英暴動が起こっているし、『ドラゴン怒りの鉄拳』の製作が行われていた'71年には反日暴動が起きている。とても偶然とは思われない。)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー政情不安からくる国民の心理状態からか、より暴力的なものを求めるようになった観客のニーズに答えるべく一本の映画が製作された。それが近代功夫片の祖といえる作品『吼えろ!ドラゴン 起て!ジャガー』だ。徹底した暴力描写にこだわったこの作品は、『黄飛鴻』以来写実主義に傾いた功夫映画の行き着いた先で、功夫というよりはストリートファイトのそれにより近い。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー'69年に作られた『吼えろ!ドラゴン』の大ヒットは暴力映画ブームを呼び、張徹監督の一連の作品(『報仇』『大決鬥』『仇連環』『馬永貞』)などによって、この時代('6973年)の功夫片のアクション描写の主流となっていく。それはブルース・リー映画とて例外でなく、リー自身の意見があまり反映されなかった主演第一作『ドラゴン危機一発』のアクションが、この時代の他のそれと大差ないのはそのためだ。今日紹介した『烈日狂風』もそんな時代の映画であったのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー追記:功夫片はその後、劉家良によって功夫本来の中国的武術的動きを見せる方向と、サモハンやジャッキーによって京劇的動作の現代的アレンジという二方向の先祖帰りを見せた後、'90年代の古装片ブームの時にツイ・ハークの手により復活した『黄飛鴻』映画によって、武侠功夫片へと帰結した。なおツイ・ハークが武侠片『スウォーズマン』を公開したのは"天安門事件"からおよそ一年後の事であった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<追加情報>長らく不明であった『STORMY SUN(SUPER MANCHU)』の原題は『烈日狂風』であると判明。製作年度やスタッフも諸説あり。
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