旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
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更新 [2001年06月09日(土)]

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 6/9日記更新。倉田保昭の話題が出たところで20
01年度の新作『暗門』です。

『暗鬥』 [2001年06月09日(土)]

『暗鬥』'01年製作、監督:陸劍明、主演:何潤東ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー暗闇でハーモニカを吹く今風のロン毛。男が近寄り、メロディが気に入ったのかアレクサンダー・ハミルトン(アメリカ資本主義の父。米10ドル札の顔。)を足元に置く。さっそくいちゃもんをつける男達が現れる。そのチンピラどもを軽くいなすは、誰あろう日本が誇る功夫スター倉田保昭。'71年にショウブラザースのオーデションで張徹の目に止まり『悪客』に出演。当時アジアのスーパースターであった姜大衛、狄龍を向こうに回しての大立ち回りは、撮影を見物にきた人で埋めつくされたという。その後も孟飛、陳観泰、陳星、王羽、上官霊鳳、梁小龍ら'70年代のスターからジャッキー、サモハン、元彪の'80年代ゴールデントリオ、果ては'90年代の"功夫皇帝"リー・リンチェイに至るまで、この人の歴史がそのまま現代功夫史といっても過言ではない。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーロン毛の兄ちゃんは先頃千葉真一とも『勝者為王』で共演した何潤東。倉田がチンピラに銃を突き着けられたところで助けに入り、目にも止まらぬ早業でチンピラを始末、倉田に問われ過去を語り始めたところでいよいよ本編。アジア経済を支配しようとしている組織の一員だった何潤東は、組織から邪魔者を排除するようにいわれるが、ひとりフィリピンで殺しをやり刑務所へ。護送途中に他の囚人の脱走計画に巻き込まれ、便乗して脱走。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー場面変わって、何故か連れ込みのホテルで働いている何潤東と倉田。客の財布に手を出してトラブった売春婦を助けるが、嫌味をいわれてすげなくされた。実は何潤東には裏で殺し屋をやっているもうひとつの顔もあった。その日受けた仕事が、助けてやった売春婦を殺すことであったため、断ろうとしたが繋ぎ役の男に咎められ、逆に殺してしまう。殺し屋として仕込んだ師匠の倉田は、無鉄砲な弟子を怒りつつも諭した。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー巷では警官のかっこうをした殺し屋による連続殺人事件が発生していた。何潤東が断った殺しを引き受けたのを皮切りに、裏切り者の何潤東の身辺にも魔の手は伸びていた。倉田がやられ、恋人や友人を殺されついには自分にもせまってきた殺し屋。かつての組織の兄弟と協力して殺し屋を倒すと、父(梁家仁)の後を継ぎアジア経済の覇権を収めた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画は「家仁影業有限公司」の作品で、倉田と同じくSB張徹ラインでデビューした梁家仁の会社。監督はこれもSB功夫スターの陸劍明。『唐山五虎』における漁師功夫の師匠役や『侠客行』での"呉道通"役などが印象深い。SB功夫片に出演する傍らで、早くから功夫・武侠片などの脚本も手掛け、助監督もつとめていたマルチタレント。'85年に監督デビュー。日本でも見れる作品ではチョウ・ユンファの『相続ゲーム』は彼の作品。
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