旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
 なお日記に記載の内容は、無断転載、転用はお断りいたしております。ご理解下さい。(by fake)

 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

死亡的遊戯的電影 [2001年09月27日(木)]

Name:TF
Email:fukuda@doho.ac.jp
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無事だったジャッキー、8週目の週末は再び5位に浮上しました。
全米歴代興行収益(2001年9月23日現在)
28位 『プライベート・ライアン』(1998)$216,173,322
29位 『ラッシュアワー2』(2001)   $215,615,683
30位 『MI:2』(2000)      $215,409,889

伊東かんふー氏の『死亡的遊戯』評、読んでみたい。頼みます。
何か「死亡遊戯的映画」というのは、それだけでひとつの小さな
映画ジャンルみたいに思えます。私にとっては(いまは観るのが
辛いですけど)『タワーリング・インフェルノ』もこのジャンル
に入ると思うんだけどダメかな。スターリング・シリファントは
主人公たちが一団となって下から上へ上へと逃げる『ポセイドン
アドベンチャー』を裏返して、登場人物がバラバラに下へ下へと
逃げようとする(で途中で逆戻りしたりもする)『タワーリング
・インフェルノ』の脚本を書いた、と思うんです。あとSF風の
『サイレントフルート/超戦士伝説ジタン』も実はけっこう好き
だったりします。香港バッタもん系では、やはり『死亡の塔』が
私も好きで、でもあと観たのは『新死亡遊戯 七人のカンフー』
だけ。『101匹ドラゴン大行進』には『決闘死亡塔』と、日記
に出ていたブルース・レの『死亡魔塔』という作品が紹介されて
いましたけど、これも観てみたいなあ。

更新&レス [2001年09月27日(木)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
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 9/27日記更新。今日は正統派の傑作!『忍』です
。ジュディ・リー作品です。

 ジョン・レスリーさん、
 いやマジでシャレにならない事態になるところ
でしたね。無事でヨカッタ!

『忍(エスケープ)』 [2001年09月27日(木)]

『忍(エスケープ)』'72年製作、監督:楊羣、主演:嘉凌、楊羣ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画の製作は兪鳳至で、今回監督と主演を務める楊羣、それに主演の嘉凌(ジュディ・リー)とは名作『地獄から来た女ドラゴン』を製作したトリオである。'60〜'70年代の台湾映画界でスーパースターだった楊羣は'71年に自らの映画会社「鳳鳴電影公司」を設立。監督・プロデューサーとしても鳴らした。俳優としては'69年に『揚子江風雲』で台湾金馬奨の最優秀主演男優賞を授賞した他、主演作『路客興刀客』は'70の同賞で優秀作品賞を授賞している。妻であり女優兼プロデューサーの兪鳳至と『地獄』のヒットよもう一度として製作された本作『忍』は、'73年の金馬奨最優秀作品賞、同脚本賞、そして楊羣には最優秀主演男優賞を、嘉凌には優秀女優特別賞をもたらした。ところで俳優としての楊羣の日本での知名度はというと、『地獄』の嘉凌を助ける若者役や『金瓶梅』の西門慶役よりも、『燃えよデブゴン(肥龍過江)』における"横山ノックのソックリさん"というのが一番分かり良いのではなかろうか。おそらくほとんどの功夫ファンが目にしているであろうあの映画の彼こそ実に、台湾映画界の才人・楊羣その人であったのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー主演の嘉凌はアンジェラ・マオと同じ台湾の「復興戯劇學院」の同窓生で、同校時代に京劇の基礎や武芸などを修得。その当時の舞台公演を見た楊羣によってスカウトされ『地獄から来た女ドラゴン』でデビューを飾る。凛々しさの中にも可憐さを潜め、京劇ベースの殺陣は白刃の中に咲く花のよう。三つ編みにした後ろ髪をくるくると回しながら男達を血に染めて行く美しさは、いまもって海外のファンからも喝采を浴び続けている。男勝りという形容詞が似合ったアンジェラ・マオや上官霊鳳と違って、どの様な激しい立ち回りの中でも女性を失わない人であった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー独裁を強める袁世凱の軍閥時代、雲南の名将軍と呼ばれた蔡将軍(楊羣)は謀反の疑いをかけられ北京に留めおかれていた。しかし人望厚い蔡将軍の元には多くの人間が訪れ一刻も早い蜂起を促していたのだ。監視付の生活にうんざりした蔡将軍は、好きな芝居見物で日々の暮らしを和ましていた。そこで一座の花形・小玉(嘉凌)という女優と知り合いになる。小玉は横暴な官憲などものともせず、あくまで自分の自由意志を貫くたくましい女性だ。蔡将軍と小玉の関係に目を付けた警察所長は、北京での出世を餌に小玉に蔡将軍の監視を命じた。蔡将軍が雲南に帰ることをことのほか恐れていた袁世凱は、同志との接触はおろか北京からの脱出を防ぐ為多くの奸策を用いた。一介の芸人である小玉に深い信頼を寄せた蔡将軍は自分には蜂起の志があることを告げる。その蔡将軍の信頼に打たれた小玉は、蔡将軍のために命賭けで協力することを誓う。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー監視の目も厳しく中々踏み切れない蔡将軍であったが、自分の為に命を投げ出した多くの協力者達のためについに立ち上がった。しかし警戒厳重な北京を抜けて雲南に待つ同志の元へ行かねばならない、小玉はかならず逃がしてみせると約束した。夜、一座の師匠に別れを告げようとする小玉に、師匠は自分も何か手伝うおうといってくれた。翌日、将軍の影武者を務め敵の注意を引き受ける役を買って出た師匠は、役者としては脇役ばかりだった自分の人生で、最後に大きな役が巡ってきたと微笑んでみせた。そして、別れ際に小玉に向かって「この"舞台"は難しいが、しっかりと役を勤めなさい。」と決死の覚悟を持った愛弟子に花向けの言葉を送った。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー敵の動きも早く、追っ手を差し向けてきた。影武者役の師匠が命を捨てて時間稼ぎをしてくれたお蔭で蔡将軍を逃すことが出来た。しかし追っ手が迫るのも時間の問題であった。その事に気づいていた小玉は、一緒に行こうという蔡将軍への思いを振り切り、自分が盾になって退路を防ぐことを告げた。廃屋に陣取りあたかもそこに蔡将軍がいるかのごとく振る舞う小玉。すっかり騙された追っ手は何とか踏み込もうとするが、ことごとく小玉に遮られた。全ての追っ手を倒し十分に逃亡の時間を稼いだが、警察所長率いる本隊に取り囲まれてしまった。もはや逃げ場は無い、そう悟った彼女の脳裏に師匠の花向けの言葉が木霊する。「師父、私は立派に"舞台"を勤めあげました・・・。」そう呟いた小玉はひとり官憲の待ち受ける中へと斬り込んでいくのであった・・・。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの話は歴史的事実に基づいています。蔡将軍というのは実在の人物で名を蔡鍔といい、実際に袁世凱打倒の軍を起こしました。蔡鍔が北京に留め置かれた理由や、その後北京を脱出して雲南に行き、旗揚げするまでの経緯はおおよそ事実に即しています。嘉凌が演じたような人物が実在したのかどうかは分かりませんが、古来よりひとりの英雄の陰には多くの無名の人々が血を流しているものです。蔡鍔の元にもきっとそんな協力者がいたことでしょう。
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