旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
 なお日記に記載の内容は、無断転載、転用はお断りいたしております。ご理解下さい。(by fake)

 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

"The Invincible Kung-Fu Trio" [2001年10月30日(火)]

Name:mersey
Email:mersey@gin.or.jp
URL:http://www.gin.or.jp/users/mersey/

実は、ずい分と前にfakeさんのお薦めにしたがって
AMAZONを検索したら、アンジェラ関係のヴィデオは
拍子抜けするくらい、アッサリ発見。
で、とりあえず六本注文したんですが
なかなか届かんもんですなぁ。
やーーっと到着した一本が表題の作品です。

クレディットされていたのは
主演が、Chen Kuang Tai、John Lau、Lee Chung Ken、
Mao Ying!!で、監督はLo Chieという
ワタクシ的には知らない方々。

中盤に登場したアンジェラは・・・
かかかかか、可愛いーーっ!!!!!
特に、敵陣にのり込むときは
淡いピンクの功夫服に赤い帯をキリリとしめ、
その姿がなんとも清楚ながら艶やかでもあります。

彼女のファイトシーンはちょびっとだけで、
回し蹴りはなし。前方に蹴り上げるヤツが
一回あるのみ。でも満足っス。
『燃えドラ』以外でのアンジェラは
初めてなので、大感動です。
どうもありがとうございました。

この作品について情報はないかな、と
調べたら、「香港功夫映画激闘史」の119頁に
ありました。

劇中、初めてお目にかかる武器がありまして
それは、十銭硬貨をフリスビーくらいの大きさに
拡大したようなヤツです。
それを手に持ってパンチしたり、
回転させつつ投げつけたり、
また中央の穴に通した布をもってブン回したり
といった案配です。
なんて言う武器か、fakeさんはご存知ですか。

いや、しかし本当に感動。
重ね重ねありがとうございました。

ありがとー! [2001年10月30日(火)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
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 TFさん、
 燕党としては忘れもしない初優勝時の監督が広岡
さんですな。当時、今では珍しくなくなった"管理野
球"という言葉を最初に(厳密にはG軍V9時代の牧野
か?)持ち込んだのが広岡さんでしたね。
 でもあの時のスワローズは現・監督の若松を筆頭
に大杉・杉浦・船田・ヒルトン・マニエル(今のイン
ディアンスの監督ですね。)・水谷・大矢、投手の松
岡・安田などどちらかといえば無骨・無頼の集まり
でした。
 前年のシーズン('77年)に球団史上初の2位となっ
たところ、巨人ファンだった当時のヤクルトオーナ
ーに「そんなにしゃかりきに勝つ必要はないんだよ
。」といわれた事に腹を立てた監督以下選手一同の
意地が爆発した結果(by広岡達朗)というのがあの時
の優勝だったようです。
 この後スワローズの暗黒時代はこの巨人ファンの
オーナーが死ぬまで続くのですが、それでも一矢報
いることに成功した広岡スワローズは思い出深いチ
ームでした。
 ところで、映画『がんばれタブチくん』で広岡さ
んの声を担当していたのは羽佐間道夫さんでしたが
、ピッタリでしたねー!私は今でも広岡さんの顔を
みるとあの声を思い出します。安田投手役の青野武
さんとのコンビも抜群でした。

更新 [2001年10月30日(火)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:

 10/30日記更新。サモのオールスター作品『富貴
兵團』です。今月は梁小龍にはじまり、呉思遠・姜
大衛・陳観泰・芽瑛・胡金銓・李小龍・許冠文・成
龍そして洪金寶と意識して大物ばっかり書いてみま
した。(先月B級が多かったからなのですが)

優勝おめでとうございます [2001年10月30日(火)]

Name:TF
Email:
URL:

香港映画から話題外れます。ごめん。
優勝おめでとうございます。あの実は
私(ちょっと勇気をもってカミング・
アウトすると)広岡達朗が好きなんだ
けど、fakeさんは広岡ヤクルトが日本
シリーズをとった昭和53年(1978年)
をどう評価されますか?(何かみんな
忘れてるみたいなんで)

『富貴兵團』 [2001年10月30日(火)]

『富貴兵團』'90年製作、監督:鄭則仕・王晶、主演:後述ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー'86年に大ヒットした『富貴列車(上海エクスプレス)』の、夢よもう一度とばかりに製作されたオールスタームービーである。第二次大戦中の日本軍捕虜収容所を舞台に、レジスタンス組織の隠された資金の行方を探るサスペンスと、同時に練られる大胆な脱走計画が平行して描かれる。映画ファンならば誰もがスティーブ・マックィーンやリチャード・アッテンボローの出演した米英オールスターの収容所映画『大脱走』を思い浮かべるところだろう、だが脱走よりも収容所内での資金探しの比重が多く、それに絡んで暗躍する二重スパイの描写は、どちらからというとビリー・ワイルダーの『第十七捕虜収容所』を連想させる。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー出演者は収容所の捕虜達に、劉徳華・譚詠麟・陳百祥・樓南光・成奎安・鄭則仕など。後から収容される空軍のエリート達が莫少聰・苗僑偉・林國斌・惠天賜・林俊賢・曾志偉(!)。収容側の日本軍に龍方・鍾發・黄志強・曹査理など。関東軍将校に陳勲奇・劉家輝・白彪・盧惠光・朱鐵和など。外部から支援する女スパイに梅艶芳、中国側スパイの元締めがサモ洪金寶。他に何受良と陳観泰も。こうして並べてみると、やっぱ凄い面子だ!(これでも日本で馴染みの無い名前ははしょったのだが。) 収容所のメンバーのうち譚詠麟だけはサモハンが後から送り込む人間で、譚詠麟は初登場の場面では陳観泰とギャンブルをしているのだ。この場面は、'70年代のギャンブル映画で"賭王"と呼ばれた陳観泰と、'89年のギャンブル映画『至尊無上(カジノレイダース)』をヒットさせた譚詠麟との新旧ギャンブル王対決の場面である。ここでイカサマのバレた譚詠麟は陳観泰と乱闘になるのだが、そこに救出に入ったサモと陳観泰の対決場面が功夫ファンには最大の見せ場だ。(GH対SBだ!) この映画の共同監督のひとり王晶は『至尊無上(カジノレイダース)』をヒットさせた後、周潤發の『賭神(ゴッドギャンブラー)』を撮りギャンブル映画の人気を決定付けた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー夢よもう一度と製作された『富貴兵團』だったが、実際の成績は芳しくはない。『富貴列車(上海エクスプレス)』がその年の興収2位 (1位は『英雄本色(男たちの挽歌)』)であったのに比べれば、これだけの面子を揃えながらベスト10圏内にも入らなかったのではお話にならない。これにはサモハンの影響力の低下も関わっているのではないだろうか。実は『富貴列車(上海エクスプレス)』のあった'86年までがサモハンの全盛期であったのだ。ショウブラザース対ゴールデンハーベストの図式だった'70年代を引きずる形で始まった'80年代前半のGHを支えたのは間違いなくサモだ。'80年代に入ってSBの力が低下して第三勢力であるシネマシティが登場しても、サモは孤軍奮闘して闘ったものである。(CCCは多くの才能集団に支えられてヒット作を連発していたが、サモはひとりで監督作・主演作ばかりかプロデュース作を務めた作品までトップ10内に送り込んでいた。)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーだが全ては'87年に製作された一本の映画によって崩れていくのだ。その映画はサモが何年も暖めていた念願の企画で、同時期に製作がかち合ったジャッキーの『A計劃續集(プロジェクトA2)』への出演要請を蹴ってまで完成させた『東方禿鷹(イースタンコンドル)』だ。今記録だけを見ると'87年の興収10位(1位は『サンダーアーム龍兄虎弟』)である『東方禿鷹(イースタンコンドル)』はさほど悪い成績のように思えないかもしれないが、その製作期間と予算の割に比較すると、決して成功とは呼べない代物なのである。『東方禿鷹(イースタンコンドル)』一本に集中したこの年は、前年プロデュース作も含むと4本もの作品を興収トップ10入りさせたサモと、とりわけ自社ラインの映画館を埋めなければならない(そうしないとシェアが落ちる)GHにとって大きな痛手だ。その上オールスター映画の『東方禿鷹(イースタンコンドル)』は海外ロケに多数のスターを拘束し、他の映画製作ラインをストップさせた。そしてこれが一番大きな要因だが、ジャッキーとは違い中華圏以外からは採算が取れないサモの映画にしては予算がかかり過ぎたのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー'84'88年は香港映画界にとっても幸福の絶頂期で、これが'89年の「天安門事件」以降ならまだ少しは受けたかもしれないが、コメディ全盛の当時の香港の観客からは酷評されて当然だった。(ジャッキーの『警察故事(ポリスストーリー)』ですら暴力的であるとして、一部の観客には嫌われたご時勢だ。) さらにサモ個人はこの映画で後の夫人となる高麗虹との不倫スキャンダルが巻き起こるのだが、この件に関しては元彪ですら否定的見解を示すほどで、この一件もサモの人気の低下に拍車をかけるだけであった。この後のサモは作る映画作る映画、軒並みヒットせず('88年に『飛龍猛将(サイクロンZ)』があるが)ついには'91年にGH社から新作をラインナップより引き上げる通達を受けるに至った。そうしてサモとGHの蜜月は終わりを告げ、サモは香港映画界でのオルガナイザーとしての立場を失った。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこのような状況化で製作された『富貴兵團』は、顔ぶれの割にやっぱりさほどの出来ではない。当時は失敗作であったはず(ま、私はそう思わないのですが)の『東方禿鷹(イースタンコンドル)』の方が遥かに良い出来であるのは言うまでもない。しかしながらやっぱりオールスター映画というのはいつの世でも魅力的なもので、お気に入りのあのスターやこのスターが、まとめていっしょに見ることが出来るのは随分とうれしいものだ。製作から10年以上がたった今だからこそ、改めて見る価値のある、そんな映画かもしれません。
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