更新 [2002年07月31日(水)]

Name:fake
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 7/31日記更新。張徹監督追悼特集もこれで最後で
す。あまり馴染みのないことばかりだったかも知れ
ませんが、今後の皆様の鑑賞の手引きにでもなれば
幸いと存じます。

かんふーさん、許して! [2002年07月31日(水)]

Name:邪亜邪亜
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どうも!
「過ぎゆく時の中で」観てからカキコしようとおもっていたのですが、
またも貸し出し中! 3週間おあずけだなぁ・・。
以前は借りているところを観た事ないのに、人が借り様とすると、
これだもんなァ・・・、とグチから始まってしまいました(笑)。

>fake師父
>タスケン村虐殺はアメリカで作る以上あれ以上は無理でしようね。

そうなんですよね・・・。
でも、もうちょっとだけは観たかったですね。
いや無理に残酷にしろというわけではないですが、
アミダラとの愛の対比としても、ダークサイドの目覚めは重要では
ないかと。
でも、あれで「EP4」における、オーウェン叔父夫妻の惨殺の理由ってわかりましたよね(笑)。
R2探索が表向きの理由でも、実は恨みを晴らしたかった!

>全体での彼の出番がもう少しあった方が良かったのではないか

みんなの立ち話聞いて、一応動議を提出するか悩むカットが一瞬ありましたよね。
その後、すぐにあれですからね(笑)。
ジャージャーとジェダイ側の対立なんかもあったら面白かったですよね。
>ヨーダの罪は重いと思うけど。

クローン視察に行ったはずが、いつのまにか連れて来ちゃうし、
 「ジェダイは軍隊ではない」といいつつ、
クローンを指揮するヨーダはやけに戦術に詳しかったなぁ(笑)。

>それを陰で救っていたのがR2だった!?ということですか。

「EP4」のゴミ処理場の危機一髪シーン以来、常にピンチを救ってきたのは彼ですからね。
それにしても、3POって、オーウェン家で働いてたはずなのに、
ジャワから売買された時に、自分の売りこみに必死だったですね。
どうやらこの2体のドロイドは、「EP3」のラストで、
全ての記憶をリセットされないと、後の物語にまったく辻褄あわない
と思うのですが(笑)。


>伊東かんふー さん

毎度毎度サンクスでーす!!

>袁小田の“泣き"の場面や主人公をひとりではなく大人と子供のダブ ルに設定したこととか

ジャッキーのシリーズでは、拳法の奥義は完成していますが、
本作では、まだ未完ってのがいいですよね。
冒頭の登場時は完成してないから、まだかなわないって意外に
あきらめて逃げちゃうし(笑)。

また皮肉屋でイジワルだったオリジナルと比べて、
涙もろい人間的側面も出てましたね。

シルビア嬢の公開作品は、親切に1本1本レビューしていただき
ありがとうございます!

「ツインドラゴン」しか観た事ないです・・・。
しかも全く気がつかんというか覚えてないですね(笑)。

メルギブの作品もタイトルは知っていますが、
なかなかお目にかかれない逸品ですね。

>殺しのストッキング

うん、これ、やたらそそられるタイトルで気になります(笑)。

>上海ブルース
>コレ基本だよ!冗談抜きで

御意! またリストに加えさせていただきます!

>「アジアン・ムービー・ジャンキーズ」

こちらで伊東かんふーさんのお名前を見る以前から、
本書のタイトルは知っていましたです。
3年前ぐらい前まではよくどこの書店でも目にしていて、当時は、
立ち読み(ごめんなさい!ごめんさい! ホントすいません!!)
してました。
その後、次第に観かけなくなり、去年、
ブックオフで見かけ、すぐ後で買おうと思ったら、売れてしまいました!次回の機会あったら逃さぬよう心がけます(笑)。

ちなみに、「爆走! アクション・ムービー・ジャンキーズ」は、
持っているのですが(笑)、この本のカンフースターに関しての、
記述は伊東氏なんでしょうか?

追悼特集:張徹その10『撞鬼』 [2002年07月31日(水)]

追悼特集:張徹その10『撞鬼』'83年製作、主演:程天賜、李中一、江生、鹿峯ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー'82年にショウブラでの仕事を終えた張徹は'70年代の「長弓公司」に続いて、再び台湾に独立プロ「長河公司」を起こした。以前から張徹がより自由な映画作りを求めていたこと(ゴールデン・ハーベストへの移籍計画すらあった)、ショウブラの方も神通力の失われつつあった巨匠には戸外に出てもらった方が都合が良かったのも事実だ。両者の利害は一致し、小飼いの契仔(義理の親子の契りを結んだ俳優たち、この時従ったのは郭追、江生、鹿峯に程天賜。また狄龍のみは晩年の作品にまでよく出演した。)を連れた張徹は台湾へと旅立った。落日は確実に迫りつつあった、『師弟出馬/ヤングマスター』と共に始まった'80年代は功夫片最後の黄金時代であり、同時に張徹の映画人生にとっての最終章の始まりでもある。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー張徹の契仔はそれぞれの世代に応じて五代に渡っている。第一世代がジミー王羽、第二世代が姜大衛、狄龍、陳觀泰、王鍾、第三世代が傅聲、戚冠軍、第四世代が"五毒"組である郭追、羅莽、孫健、江生、鹿峯、第五世代が最後で錢小豪、龍天翔、程天賜である。こうして並べると役者のスケールダウンに併せて張徹の映画もスケールダウンしていくのが手に取るように解る。が、しかし契仔以外でも陳星、倉田保昭、王龍威、梁家仁、ダニー・リー(李修賢)、李中一等これだけの人材を育てあげ、他にもスタッフ出身ではジョン・ウー(呉宇森)、ウー・マ(午馬)、鮑學禮、劉家良らに監督の手ほどきをしたことは紛れもない張徹の功績だ。日本で唯一ビデオ発売された張徹作品『上海灘十三太保/上海13』は、そんな契仔たちが集まって張徹に捧げた感謝の印なのだ。(同様の企画でスタッフ出身者たちが集まって作ったのが『義膽群英/ワイルド・ヒーローズ暗黒街の狼たち』だ。こちらは呉宇森と午馬が監督を勤め、脚本に倪匡、出演はもちろん契仔の面々。)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー実際のところ'83年以降の作品は張徹監督とはいっても名義だけの場合も多く、江生や鹿峯が現場の指揮を執っていたといわれている。(共同名義でクレジットされた作品もあり) そんな中で『撞鬼』は晩年の張徹作品の中では『西安殺戮』と並んで最も張徹らしさが色濃い作品である。この作品は代表作『報仇』の発展的リメイクだ。京劇一座の花形に目をつけたパトロンの要求に答えるため、女優の恋人である男優(程天賜)を殺害、一座ぐるみでその死を隠蔽する。成仏しきれなかった程天賜は地獄から蘇り復讐を開始、京劇一座を恐怖に突き落とすのだった。サモ洪金寶の『鬼打鬼('80)』によって人気が出始めていたホラー映画の要素を取り入れているが、ここで注目したいのは劇中行われる京劇の舞台が"死"のイメージであること、女が男を破滅させる装置として配置されていること、そして『報仇』で狄龍の死が町ぐるみで隠蔽されたごとくそれは京劇一座によって行われ、裏切りは内側からやって来るという点まで踏襲しているのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーショウブラ晩年は意識的に避けていた"暴力"描写を全開させたアクションは、ホラー的要素を持ち込むことでマンネリズムに陥っていた前回の轍を踏まないようにしている。死してなお蘇り闘い続ける主人公はかつての張徹映画のヒロイズムの再現ではあるのだが、ひとりの作家が終生をかけて追い求めたテーマの執念の具現化にすら思えてくる。それはもう「中国人の生理感覚」としか表現しようのないものであるのかもしれない。この作品以後の張徹はさらに急速に求心力を弱め、先述したごとく共同名義の作品などを発表しつつ'89年の『西安殺戮』でそのキャリアの幕を下ろした。('93年に『江湖奇兵』という作品もあるが本当に張徹の演出によるのか定かではない。) 『西安殺戮』は文字通り張徹集大成のような作品であり、呉字森によって示された張徹映画の現代化が香港ノワールであったことを、巨匠自らの手で証明して見せた作品である。落ち込んだ晩年だったが最後は有終の美を飾ったのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこれだけ香港映画に大きな影響を与えた存在ながら、何故か日本では(一部を除き)生前のうちに評価されることはなかった。今回の特集では張徹その人の全体像が統一的によって語られるよう作品をセレクトしたが、まだまだ多くの傑作を残している。既に20〜30年前の映画ばかりになってしまっているが、今後ショウブラが解禁になったとすれば我々日本人の前に"新作"として御目見栄することになるではないか!それだけのインパクトとクオリティは持っている作品であると保証しても良い。今は張徹導演の御冥福をお祈りしつつ、"その日"が来るのを心待ちにしていようではありませんか。合掌。(終わり)特集トップへ
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