『刺客列傳』'81年製作、監督:鮑學禮、主演:姜大衛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「風、蕭々として易水寒し、壮士ひとたび去ってまた還らず。」古典に強い方ならばタイトルだけでもピンとくるであろう。司馬遷が表した「史記」は中国最初の歴史書である。冒頭に掲げた詩はその中の「刺客列傳」において、刺客・荊軻が秦の始皇帝を暗殺(映画『始皇帝暗殺』はこのエピソードの映画化)に向かう際に詠まれるもので、「刺客列傳」全体に捧げられたものでもある。「列傳」というからには荊軻以外にも他の刺客も登場するのであるが、有名な聶政(張徹によって
『大刺客』として映画化されている)や豫譲、曹沫などが登場する。一般に刺客というと暗殺者というイメージであるのだが、司馬遷は大事のために命をも投げ出した勇者のひとりとして彼らを書き残した。荊軻のために詠まれた詩は全体を貫くテーマでもあったのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー映画『刺客列傳』は「列傳」に登場する専諸が主人公だ。専諸といっても知らない人にはさっぱりなのだが、彼を取り巻く人物と時代背景を説明することが、映画そのものの紹介も兼ねている事になるので、まずは「刺客列傳・魚腸(蔵)剣」のお話しから。紀元前500年ころの呉に王寿夢がいました。この子に諸樊、余祭、余昧、季札の四人がおり、中でも四弟の季札は賢人として名高かった。王寿夢は季札に王位を継がせたかったが、長兄の順に従い諸樊が後を継いだのです。諸樊は父の望みを叶えるため弟たちに順に王位を継がせましたが、やはり季札はこれを受けず、最後に王であった三弟・余昧の子である僚を王位につけたのです。これに治まりがつかなかったのが長兄である諸樊の子・光です。公子光はそれでも将軍としてたびたび隣国の楚と戦い、随分と武功も立てたのですが季札が固辞した時点で、長兄の順に従えばこそ諸樊の子である自分が王位を継ぐべきであったと考えたのでした。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー公子光に転機が訪れます。楚の平王が太子健を讒言によって殺そうとするのですが太子健は逃亡、その後見役であった伍奢とその子・伍尚が殺されました。父と兄を理不尽に殺された伍子胥は復讐のために楚の敵国・呉へと逃亡、呉の力を利用して楚を攻め父と兄の仇を討とうと考えたのです。「孫子の兵法」で有名な孫子こと孫武と並ぶ呉の軍師となる伍子胥の名前は、ちょっと歴史に興味のある方なら誰でも知っている有名人でしょう。ここで伍子胥は王位に不満のある公子光に接近、これを王位に就けるべく奔走しました。現在の王である僚も次第に力をつけてくる公子光を随分と警戒していたのですが、とある宴席で料理人に化けた刺客・専諸によって殺されてしまいます。専諸を推挙したのは伍子胥です。専諸という人物を見込んだ伍子胥はたびたび使者や貢ぎ物を送りこれを迎えることに腐心しました。専諸はその度に断っていたのですが、専諸の家族が貢ぎ物の果物に手をつけてしまい伍子胥のために働くようになったといわれています。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー宴席当日、厳重な警護によって守られた僚が公子光の家を訪れます。公子光は気分がすぐれないからと断り退席します、そこへ料理人が公子光の代わりに焼魚を運んできますが、当然のことながら厳しいボディチェックを受けました。しかしこの料理人は身に寸鉄も帯びておらず、只の料理人として通されるのです。これこそ伍子胥の策なのですが、実はその焼魚の腹の中にこそ刀が隠してあったのです。専諸の暗殺は成功しますが、その場で専諸も王の護衛に斬り殺されてしまいます。そこへあらかじめ邸内に潜ませていた兵を引き連れた公子光が現れ、取り囲まれた護衛は戦意を無くし、公子光のクーデターは成功するのです。こうして呉王闔閭が誕生したのですが、呉王闔閭は専諸の遺族を手厚くもてなし、その子を臣下として取り立ててやりました。この焼魚の腹から専諸が刀を持ち出すくだりは「刺客列傳」をもとに多くの芝居を生みました、そのひとつが京劇の演目としても有名な「魚蔵剣」です。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー映画の方は伍子胥の父たちが楚の平王によって殺され、伍子胥が呉に逃亡してくるところから始まります。伍子胥を演じているのは高強で、この人はジャッキーの
『龍拳』で魏(ウェイ)を演じている他、
『電光飛竜拳』や日本映画『目撃者を消せ』に出演しています。公子光は李修賢(ダニー・リー)です、もともとは
張徹映画で売り出した人ですから時代劇はお手のものなんですが、"李Sir"と呼ばれるほど警察役が定着した今、彼の古装姿はちょっと違和感がありますね。王僚を演じているのは王清で、映画では殺されて当然の暴君として描かれていますが、王清ですから腕も立ちます。その警護隊長は蔡弘なのですが、この人を日本で確認出来るのは
『カンフーエンペラー』くらいでしょうか?映画では主人公になる専諸を演ずるのは姜大衛です。監督の鮑學禮は張徹の助監督をやっていた人で、そのせいか全体のタッチは張徹調です。李修賢、王清、蔡弘などみんなショウブラ人脈なのもその関係でしょう。姜大衛もまったくショウブラ時代に彼が演じてきたようなキャラクター作りをしています。その姜大衛と心を通わせる女性に施思が扮しており、映画はふたりの情愛を細かく描くことで刺客・専諸の悲劇をドラマチックにしています。