五毒・特集7『賣命小子』'79年製作、監督:張徹、主演:五毒ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーとある町を束ねる実力者の鹿峰、彼の父はかつて清朝政府にも仕えた護衛のひとりで、大金刀使いとして江湖にも名高い[金票]局の頭であった。二代目として後を継いだが、時代は新時代となり、人々の価値観も生活観も一変していた。この地方に威を張ったのも今は昔、偉大な父の死後、[金票]局に昔日の威勢は無かった。鹿峰本人も二代目の重責のプレッシャーから、満たされぬ日々を送っている。それでも父の代から使えてくれた人々は自分を立ててくれるし、町の名士も変わらぬ付き合いをしてくれる。そのことが却って鹿峰の心を鬱にしているのだが・・・。鹿峰は真の友を探していた、父に負けじと鍛えた功夫だが、自分と互角の腕前の武術家に巡り合うことはない。今日も就職希望の武芸者たちと手合わせをしたが、彼らの腕前は満足のいくものではなかった。「彼らにチャンスは与えた、生き残らなかっただけだ」皆殺しにしてうそぶく鹿峰。もっかの鹿峰の問題は、[金票]局頭・羅莽のことだ。町の支配権を全て掌中に収めたいが、昔気質の羅莽だけは言うことを聞かなかったのである。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー王撼塵、王清河ら父の代に使えていた人たちを交渉に立てたが、怒った羅莽に蹴散らされてしまう。喧嘩ばかりしている兄を心配して止めにきたのは妹の廖安麗。「お母さんに言うわよ!」母親に頭の上がらない羅莽にはこれが一番効き目がある。羅莽だけではない、新時代になって多くの人間が変革から取り残されていた、江生、孫建、王力の三人もそんな部類の人間だ。食い詰めた彼らは、食堂で食事を済ますと、ひとりを残して店を出る。残ったのは孫建、給仕を呼ぶと金の無いことを意思表示、黙って殴られることで許して貰おうとする。怒った店の人間は棒を持ち出して孫建を痛めつけるが、あまりの非道に声を掛けたのは郭追、自分が代わりに払うから許してやれ、という。「どうだった?」店から出てきた孫建に声をかけた江生たちに、「ある男に助けられた、彼がいなかったらもっと酷い目にあっていたかも・・・」その郭追、自分も食事を済ますと給仕を呼んで孫建と同じように殴ってくれのポーズ。何のことはない、郭追も文無しの無銭飲食であった。武術で鍛えた体だ、少しくらい殴られてもどうということはない。まだまだ動乱の時代である、使おうと思えば悪事にも使える武術の腕だ。たが、善良な彼らはそれを悪事には使わず、せめても無銭飲食を切り抜けるのに体を張るばかり。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「・・・腹減ったなぁ」職もなく、あてもなく、さすらう彼らには満たされるという日々は訪れない。訪れた町の食堂で、今度は江生が居残り番を務めることに。金は無い!開き直る江生に、店の主人・王清河は「どうぞお行き下さい」という。「えっ!?行ってもいいの!?」「ボスは二階の窓から飛び降りて無事だったら構わないと仰いました、それが出来るなら真の男であろうからと」「ボスって誰さ?」「鹿峰様で御座います」身の軽い江生、ピョンと窓から飛び降りて「じゃあね!」仲間のところに戻った江生「この町はちょっと変だぜ、ボスってやつがさぁ・・・」顛末を話して聞かせる。みんなかつては優秀な武術家として名をなした連中だ。今の境遇に満足している訳ではない。いつまでこんな暮らしを?腹いっぱいに飯も食えないなんて・・・。先祖伝来の刀を質に入れ、皆の食事代を工面する江生。質屋は出物の刀を鹿峰のところへ持っていった。「良い刀だ。次にその男が来たら是非知らせろ。これほどの刀の持ち主なら、さぞかし達人に違いない」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー鹿峰は羅莽の妹を見初めていた。求婚が受け入れられれば羅莽の家も吸収出来て一石二鳥だったが、羅莽はそれを受け付けない。郭追もこの町にやって来た。暴れている羅莽を見て止めに入る郭追、睨み合ったところで妹が止めにきた。孫建らとも再会したが、彼らは郭追を覚えてはいなかった。「待ってろ!腹が減った、話は後だ」飛び込んだ食堂は王清河のところ。「飛び降りて無事なら・・・」じゃあな!王清河またがっくり。刀をカタにまた金を借りようとする江生、うってかわって丁重な質屋の主人。「今度きたらボスがいくらでも都合しろと仰って」「ボスって誰さ?鹿峰・・・またそいつか」再会した三人と郭追、話をつけようとしていたところへ鹿峰が現れた。「俺は鹿峰、功夫の同士よ、ウチにこないか?」あんたが?一同驚いた。鹿峰に伴われ彼の屋敷へ。風呂に入り、着替えを貰い、葉巻に食事、刀も返してくれた。「鹿峰さん、何か俺たちに出来ることがあったら言ってよ」「友達になりましょう」普段の主人からは想像のつかない態度に、用人の余太平は疑問を投げかけた。「今に解るさ、羅莽のこともあるしな」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー目に痣をつけた余太平(鹿峰が殴ったのだが)をみた郭追たち、「どうしたの?」「実はご主人様に逆らう奴がいるんですよ」よーし、それなら俺たちが!さっそく乗り込んだが出てきたのは羅莽の母、「喧嘩はいけませんよ」「友達なんですよ、母さん」みんなで取り繕って後日の対決を約束した。古寺でそれぞれが手合わせ、闘ってみると羅莽は腕も立つが気持ちのいい男であることが判った。「やーめた、腹の減っているやつとは闘えん」鹿峰の横暴で仕事を取られた羅莽、彼も苦しい暮らしをしていたのであった。また江生の刀を売って金を工面、羅莽を食事に招待した。徐々に打ち解けていく五人、余太平は鹿峰に報告、郭追の棒を仕掛けのしてあるものと取り換えさせた。翌日は羅莽が食事の支度をして待っていた。「お前も生活苦しいだろうに・・・」事情を知らない郭追たちはあくまで決着をつけようとしていたし、羅莽もそのつもりでいた。鹿峰の細工は必要なかったのだ、本来なら。郭追と羅莽の対戦中に棒の中に仕掛けた火薬が爆発、折れた棒は羅莽の腹を突き破った。郭追を疑う三人、以前から棒には触らせなかったのも疑いを深める原因となった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーその場を逃げる郭追、江生たちは羅莽の死体を家へと運び、仇を討つことを誓う。江生たちを待っていたのは鹿峰であった。「羅莽を殺したな、俺が仇を討ってやる」彼らを羅莽殺しとして始末し、羅莽の家と妹ごと手にするつもりであったのだ。王力も孫建もやられ、江生だけは逃げ延びたが、羅莽の家では世を儚んだ母と妹が首を括って死んでいた。郭追も現れ無実を訴える、真相を探ろう俺を殺すのはその後でもいいだろう。得意げに仇討ちの報告に来た余太平を捕まえ真相を吐かせたふたりの前に、食堂の主人・王清河が現れた。昔はああではなかったのだ・・・偉大な父の陰が彼を変えてしまった。父を越えようというあまり武術に邁進したが、今の彼は腕を競い合うことにのみ気を取られ、心を見失ってしまったのだ。彼の父が残した大金刀の技は七手、シロウトの私には技は解らないが、その順番だけは覚えている。一定のパターンで技が繰り出されていることを見破れば、君たちなら彼を止められるだろう。孫建たちが殺された時の鹿峰の技は、確かにそのパターンで技が出されていた。それを想定して訓練に励む江生と郭追。合体技を編み出したふたりは、最後の決戦へと向っていくのだった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー時代の波に乗り損ねた、哀しい男たちの挽歌だ。どれほどの腕を持とうとも、時代にそぐわなければそれを切り売りして生活をする他ない。『賣命小子』の持つ切なさは、そのまま五毒たちの切なさでもある。かつてのホームラン王だった張徹も、年とともにリーディングヒッターへとスタイルを変えた。彼らの映画は当時のヒット基準は満たしてはいた。だが彼らの時代は香港での第三次功夫ブームでもあった。劉家良やサモハン、ジャッキーらが大ヒットを飛ばす陰に隠れてしまった感もあるのだ。私がどれほどの言葉を弄しても、彼らのアクションの素晴らしさばかりは実際に見てもらう他に伝える術はない。七小福に劉忠良と陳觀泰がチームを組んだのが五毒である、そう思っても差し支えないくらいの技量が彼らにはある。他の功夫スターが、基本的には個人技であるのに対して、五毒の映画はチームでのアンサンブルを第一に考えてアクションが構築されている。その点においては、他の誰も真似の出来ないレベルだったといえるだろう。しかし、だ。やはり時代の波には乗り損ねたのだ。この映画を見終わった時に感じる切なさの正体は、五毒たち自身の持つ運命の切なさでもある。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー彼らはよく闘った、彼らの映画に残した数々の闘いの様に。彼らが闘った相手は、功夫映画界最大の功労者・
劉家良に、トレンド・メーカーとして時代を引っ張り続けたサモハン、今や世界の武術指導家となった袁和平、そしてジャッキー・チェンである。これだけの面子が競い合った時代が面白くない訳がないではないか!五毒の出世頭は郭追だろう。五毒時代からヨーロッパでの評価が高かったためか、『007トゥモロー・ネバー・ダイ』や『ジェヴォーダンの獣』といったヨーロッパ作品も任されている、郭追のみはまだ世界を舞台に"あの時代"の第二ラウンドを闘い続けているということか。彼らがチームを組むことは、二度と無い。江生は若死にしたし、鹿峰は台湾へと帰っていった。羅莽や孫建は香港で俳優を続けているが、ショウブラ時代からソロではパッとしなかったユニットの弱点がモロに出た感じだ。78年から80年の間に残した8本の映画、それが五毒の全てである。海賊版でしか見ることの出来なかった五毒は、一部のカルト映画に過ぎなかった、今までは。ショウブラも解禁され、やがて世界の功夫ファンの元に彼らの実力が晒される時がきっと来る。正当なジャッジメントが下されるのは、実はこれからなのだ。The Venoms(五毒)よ、永遠なれ!