旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
 なお日記に記載の内容は、無断転載、転用はお断りいたしております。ご理解下さい。(by fake)

 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

Re:fake様へ、3つレス [2004年01月11日(日)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

>僕は小学生以下でした。でも李小龍のレコードや本を買ったり、他のドラゴン達の作品(TV放映のみ)にも付き合いましたし、李小龍作品は『危機一髪』『ありし日の・・』以外劇場で見ました。   

 『ありし日の・・』は私も劇場では見ていません
ね。痛恨だったのは『ドラゴン拳法』を見逃したこ
と。『グリーン・ホーネット』は見たのですが、名
画座だったため『ドラゴン拳法』は切られていたん
ですよ。 

>『ファイナル・・』は、オイオイ、『ファースト・ストライク』が、なんで「最後」になっちゃうんだよ?! 後々ヤバくならねーか? と心の中でツッコんでました(唐季禮とのタッグが最後って意味でしょうけど)。

 『簡単任務』っていうタイトルは一応ギャグになって
いるんだから、副題ででも残しておかないと。

>『インファナル・・』は英語の原題のまんまなんでしょうけど(でしたっけ?)、『無間道』(ムゲンドー)のままの方が内容をズバリ表していてイイと思う。でも仏教用語を知らなかったらイミわかんないっすからね。   

 カタカナよりは『男たちの・・・ナントカ』でも良
かったんでないかな?

>fake様も『審死官』を 推されてますかぁ・・・。 中&英字幕を精一杯頑張って読みましたが、語学力が足りず、結局ストーリーを把握できませんでした。  
>周星馳の古装片は日本語字幕が無いとツライです。豆腐の上を駆け抜けるアニタ姐さんしか覚えてませんねぇー。   

 『審死官』と『唐伯虎點秋香』は特に辛いですね。
名文や名詩をバロる『唐伯虎點秋香』は、たとえ日本
語字幕があっても本当の意味は不明なのでは?

>私生活でも姐御キャラだったらしいアニタ姐さんだったら、やりそうですね。   

 病気を早めに打ち明けられていた劉徳華なんか随分
と辛い思いをしていたらしいですよ。
 彼女が西洋治療を受けなかったのは、やはり子供を
生みたかったからだとか。(哀)

>「ガン・カタ」とゆーものにゴッツ興味あります。  
>fake様の9位ですから、期待度急上昇です!・・・って、殺陣(付けたのは非東洋人)に言及されてないのがチョット心配。

 殺陣師はジム・ビッカーズ、『マスク・オブ・ゾロ』
なんかを手がけています。ハリウッド式香港アクショ
ンよりはよっぽどオリジナリティがあって素晴らしい
ですよ。

Re:香港映画じゃないけど、みなさんも見てね! [2004年01月11日(日)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

>↑:いよいよ1/10公開「ミスティック・リバー」のことですよ!
>(私は○ーナーの回し者じゃありません・笑)

 いやいや、こういう宣伝はどんどんやりましょう!
私は火曜には見に行く予定です。その時はまたそちら
にお邪魔しますんで。

>彼等を徹底的にオモシロおかしく描いているでしょう?そんで最終的にそんな彼等を、無条件でアメリカ人男性が受け入れるのが、なんかアメリカ人の優位性を物語ってる感じで、なんかしっくり来ないんですよ。
>考えすぎだな(笑)。

 遠からずではないですか?

>>共和党政権の思惑も見え隠れしていて・・・
>そういえば「トゥーウィークス・ノーティス」(去年のワースト邦題・笑)のヒロイン、S・ブロックは福祉運動に熱心なゴリゴリのリベラル派でしたなぁ。
 
 ゴリゴリのリベラル!信用出来ねぇなあ・・・(笑)
 そういえばヒラリーは大統領選断念だとか。レズ疑惑
が原因ってのも凄い話です。

>>ノンポリの『クリスティーナ・・』
>ありゃノーパンでは(笑)

 ノンポリ、ノーパン、ノータリン!キャメ公は侮れん
な。

更新 [2004年01月11日(日)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

 1/11日記更新。本日は、李小龍童年往時(二)『苦
海明燈』です。第一黄金期の広東語映画を堪能出来る
名画です。

李小龍童年往時(二)『苦海明燈』 [2004年01月11日(日)]

李小龍童年往時(二)『苦海明燈』'53年製作、監督:泰劍、主演:李小龍ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー李小龍12才の主演作。『細路祥』出演時は9才で、まだまだ幼児の面影を残していたが、この頃になるとさすがに青年時に近い顔つきに変貌している。後年の香港映画と違って、この頃の広東語映画は同時録音が主流であった。(広東語映画の変遷については01/9/1日記参照)ここで興味深いのは李小龍の喋りだろう。通常、我々がイメージする彼の喋りは、『龍争虎鬥/燃えよドラゴン』でのセリフや、インタビューでの物であろう。他の主演作が既に吹き替え全盛期のものであるため、本人の声として残されているのは、英語以外はこの子供時代の主演作ということになる。李小龍といえば、甲高く早口で、非常に強弱を強調して喋るというのが後年の我々にインプットされている。だがここでの彼はあの特徴ある喋りはしていないのだ。思うにあの喋りはアメリカ時代に身に付いたのではないのだろうか?凱旋帰国した李小龍は、当時の共演者たちから「ちょっと変な広東語」と言われもしたが、案外ワザとそう喋っていたのかもしれない。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー監督の泰劍は後に『何日君再來』を監督する文芸映画の名匠。この『苦海明燈』は、広東語映画の質向上を目的として設立された「中聯電影」の作品だ。「中聯」設立には、当時の広東語映画のルーズな製作態度に反旗を翻した映画人らが多く参加、この運動は"伶影分家"と呼ばれたもので、舞台俳優の掛け持ち撮影による撮影の遅れなどを規制するものであった。「中聯」を設立したのは、この映画に出演している呉楚帆、張活游、張瑛、白燕、李清、容小意、黄曼梨、小燕飛、梅綺、紫羅蓮らで、彼ら自身名優として映画界に君臨したが、広東語映画の存続に多大な貢献を果たした人物たちでもである。呉楚帆は子役としての李小龍を非常に高く評価しており、そのほとんどの映画で共演している。中国五大俳優のひとりであり、"華南影帝"と呼ばれた彼は、戦後広東語映画最高の映画人であった。後に自ら主催した「新潮影業」では、香港初の本格的カラー映画といわれた『人海孤鴻』を製作。これは李小龍にとって渡米前に出演した子役時代最後の作品である。93年に移住先のカナダで死去、82才であった。彼の残した「呉楚帆自傳」は、サイレント期からの香港映画界について知りうる貴重な歴史の証言の書である。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー金持ちのプレイボーイ・張瑛の家で働いていた容小意は、主人に手を付けられ私生児・阿生を生む。子供の出来ない焼餅焼きの妻・林妹妹に家を追い出され、親切な病院長・李清の好意で子供を預けた容小意は、働いてお金が出来たら迎えに来ると言い残し姿を消した。妻を亡くし独り者の李清は阿生を引き取り育てるが、再婚の妻に子供が出来ると邪険にされ、子供を亡くした乳母の黄曼梨が手元で育てる。黄曼梨にはヤクザなヒモ亭主・呉楚帆がおり、黄曼梨が働いている間、子供の阿生は奴隷同然のドメスティックバイオレンスな日々を送る。この阿生を演じるのが李小龍ということになるが、赤ん坊、幼年期、少年期、青年期(張活游)をそれぞれ別の俳優が演じており、李小龍は少年期担当。映画開始から37分くらいで登場し、100分強の映画でおよそ30分くらいは出番がある。阿生が心配で度々家に帰る黄曼梨はクビになり、裁縫の仕事で生計を支えるも、ヤクザな亭主に稼ぎを全て吸い取られる。こんな暮らしにもかかわらず、家の近くに住む盲目の少女を助けるなど、優しい一面を見せる阿生。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーヒモ亭主にはさらに立ちの悪い兄貴・周志誠がおり、今日も稼ぎを巻き上げふたりで博打に出かけようとした。止めようとした黄曼梨と揉み合いになり、突き飛ばされた黄曼梨は打ち所が悪く死んでしまう。博打から帰った呉楚帆はさすがに呵責の念から真面目に働こうと決意するが、周志誠の策略で借金を重ね、子供を欲しがる金持ちの夫人に阿生を売り飛ばしてしまう。売られた先で待っていたのは林妹妹、夫・張瑛は別の愛人に手をつけ生まれた子を育てていたため、子供の出来ない本妻は養子をとって対抗したのだ。実の親子とは知らずひとつ屋根の下で暮らす張瑛と阿生。愛人に泣きつかれた張瑛が、あんな子供は追い出してやるからと言っているのを聞き、夜の闇に飛び出して行った。あてもなくさすらう阿生、雨宿りをしていた家の住人が帰宅して問い詰めると、行く当ての無い孤児だと判った。家の主は眼科医の黄楚山とその夫人・白燕。眼科医だけでなく、盲目の孤児たちを引き取って暮らしている夫妻は、阿生が初めて出会った善人で暖かい人たちであった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー初めて触れる人の優しさに戸惑う阿生。かつての盲目の少女とも再会し、夫人は本当に優しい人だと聞かされるが、今まで散々傷ついてきた阿生は容易にそれを受け入れなかった。その夜、ボロを纏っている阿生に新しい服が用意されたが、反射的にそれを拒否してしまう。呉楚帆も、張瑛も、みんな新しい服を用意しては彼を捨てたのだった。「おばさんは嘘つきだ!そんな優しさは信じないぞ!どうせ僕を売り飛ばすんだろ?」再び飛び出す阿生だったが、空腹のあまり盗みを働き、警察に追われ逃げ込んだのが白燕のところ。盗みはいけないことだと諭す白燕は、やさしく迎え入れてくれるのだった。人の優しさに触れることで、本来の優しさを取り戻した阿生は、黄楚山の後を継いで眼科医となるべく勉強を始めた。ここから阿生役は張活游に。月日は流れ立派な医者となった阿生は、黄楚山のライフワークである角膜移植の研究に取り組む。角膜移植の研究は、1789年のフランスで始まったとされる。ペリエ・ド・ケンシーによるガラスの角膜の実験から注目され、1930年のロシアでフィラトゥ教授により、死体の角膜を代用することが効果的であると発表されたことから、実用化に向けて動き出した。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー少年時代に「いつか君の眼を治してあげる」、そう約束していた阿生は、成長した少女(小燕飛)のため日夜研究に励んでいた。寄る年波から病に倒れた黄楚山が死に、ひとり研究を引き継いだ。ついには研究の成果に満足のいく結果を得、小燕飛の手術に取り組み成功させる。苦学の孤児・阿生の名前は大々的に新聞に取り上げられ、李清を訪ねてきた実の母・容小意、破産して没落した張瑛らの知るところとなる。医学界の表彰式に現れた容小意は、阿生が孤児の自分にとって、恩人・白燕こそ母だと呼んでいるのを目撃、ショックを受ける。白燕は言う「母の役割りは三つあります。ひとつ目は生むこと、二つ目は育てること、そして三つ目は教えることです。私はそのうちの二つしかしていません、母だなんて・・・・」会に出席していた李清は自責の念にかられて告白する。「阿生、私を覚えているかね?私は君を育てようとしていたが、実の子供が出来たら君を捨ててしまったのだ。白燕夫人の言葉を聞いて恥ずかしい思いだ、許してくれ。」過去は忘れましょうという阿生に、実の母が来ている事を告げる李清。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー突然のことに戸惑っている阿生に、金をタカリに現れたのは張瑛。「あなたという人は!実の息子に恥ずかしくないの!」容小意の言葉で真実を知り、いたたまれず姿を消した。「・・・お母さんよ、あなたの顔を見に来ただけなの。白燕夫人の言うとおりね、私はあなたを生んだだけ、彼女をお母さんと呼んであげなさいね」涙ながらに立ち去ろうとする容小意を呼び止めたのは白燕であった。「どちらがお母さんでもいいじゃない、本当に大切なのはあなたのその愛情よ」こうして二十数年振りにふたりは親子の名乗りを果たすのであった。ご覧のように良く出来ている。名画であると言ってもいい。李小龍の出番が1/3ほどであることを問題にするファンもいるが、この時期の出演作品の多くが、この映画のように主人公の少年時代を演じたものである。これは彼が端役だったからではない。ラサールカレッジ(溂沙書院)に入学していた李小龍は、国語の成績が悪く、李海泉の方針で映画出演を春休みと夏休みに限定していたのである。出番が少ないのではなく、出ずっぱりの出演は出来なかったのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー李小龍童年往時(三)へ続く
trackback Blog by isao.net