Toruさま&fake師父へ [2004年01月27日(火)]

Name:伊東かんふー
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>ふーむ。版元も関係しているのにどうして台湾なんで
>しょうね?映画版がコケたからかな。
公式サイトによると、原作に惚れ込んだ台湾のプロデューサーが制作に踏み切ったようですね。こうして日本でもオンエアされてるってことは一応筋は通したのでしょう。

>日本のTVで放映された『精武門』って見たことないん
>ですよ。当時私の住んでいた愛媛県松山市にはTBS局が無
>くってね、TBSが放映権を持っていた『精武門』は放送さ
>れなかったのです。
TVで放映された『精武門』は2種類ありまして、ひとつが「日曜洋画劇場」で初オンエアされた中尾彬吹き替えのもの。OPが香港版と同じで主題曲も例のコーラス。fakeさんがおっしゃってるTBS版は「月曜ロードショー」でオンエアさえた津嘉山正種吹替えによる新録版ですね。こちらは日本公開された英語版がベース、勿論レメディオスのボーカルです。

そしてToruさま、ごぶさたしております!!
>今、話題沸騰中(笑)の『壊小子』、昨年末に取り寄せを
>頼んだのが今年になってようやく手元に届いたので早速
>観ました、fakeさんの仰る通りかなり面白かったですよ
ご覧になりましたか『壊小子』!! 自分もなるべく早く見たいなとは思っております。

>ところで韓国製の『壊小子』まで置いてあるアジア映画、
>私は今のところここを利用した事ないのですが、
>侮れないなあ。(笑)
取りあえず国内発売ソフトはほぼコンプリートに置いてあります。Toruさまがどちらにお住まいかは存じ上げませんが、地方の方にも通信レンタルとかやってるんで、ご利用をお勧めします。高いですけど、ここ来たら「××ないよ」という言い訳は通用しません(苦笑)。だってここ来りゃほぼ揃ってんだから。何度も言うように料金は安くありません。でも本当に見たかったら、それは関係なくなりますよね。
韓国発売未公開香港電影ビデオは、粗悪なモノも混ざってますがfakeさんの日記で取り上げた作品もたくさんありますよ!!(って、別にオレ回し者じゃないけど。世話にはなってますけどね) 
サイトの方お邪魔するって言ってて、なかなか行けなくて申し訳ございません。落ち着いたら必ず伺います!!ではまた。

さらに続けてすいませんが [2004年01月27日(火)]

Name:なるこう
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OPで盗賊(?)どもを全て斬り捨てて、たくさんの真珠を聾唖剣が奪うシーン。
江湖を渡り生き抜くために綺麗事ではない部分が描写されているなと感心したのですが、
童老師との対決はこの真珠巡ってが起因なのかなぁ?
後々、敵が黄莎莉らに変わってからは真珠の争奪戦にはなっていないみたいに見えますよね?
後半はそれよりも聾唖剣が装備してた銀の腕輪に焦点が集まってます。
やっぱり先の争いで聾唖剣に殺された黄莎莉の兄弟の仇討ちだけなのかも・・・?

替身問題、日本版問題、他 [2004年01月27日(火)]

Name:白扇仔(SUGARCANE FOOT PAI)
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>> それから「麒麟掌」意外と楽しめちゃいました。  
> 色々な顔合わせやアクションはそれなりの映画でしたから。  

池漢載と黄仁植の師弟対決はスゴく興味あるんですよ。でも池漢載は3本しか見てませんが、肩書きで期待してしまう分いつもガッカリコちゃんなんですよ。  

> 『辣手神探』や『龍虎風雲』とそんなに違わないのも事実です。

上の2作は潜入捜査官モノです。汚職警官モノはありましたが、“黒社会構成員が警察官になって、黒社会の手先となる”とゆー人物を描いた香港映画は、過去にあったんでしょうか?  
考えようによって『無間道』は『フェイス・オフ』の翻案とも取れます。   

> ムエタイ系のアクションが主体で、試合の場面が多いんですよ。功夫アクションを期待する人には向かないかも。   

聞いといてよかったー、僕好みじゃなさそうです。まぁ、ムエタイでも殺陣師次第ですからね。『ブラッド・スポーツ2』(“2”ですよ!)のムエタイのシーンはヒジ打ち跳びヒザがビシバシでスゴかったっすから。   

> でも『ワンチャイ』だって・・・・。   

僕が替身とかを気にするよーになったのは、谷垣健治さんの本を読んでからなんです。
『ワンチャイ』シリーズは、ハナから“ワイヤーの映画”と見なして出演者の技量にはほとんど期待してなかったんで、替身だろうとどーでもよかったんです。しかし、『馬戯小子』は非ワイヤーの武打片と見なしてたんで、3人の実力派の激突が見たかったんです。  

> うーん、90年代以降の作品ではもう製作会社云々は効力を発揮しないかも。  

製作会社が弱小だと予算は少ないだろう → スターさんのギャラを安くあげるため拘束時間を少なくして必要最低限のショットだけ撮るだろう → よって替身の使用が多くなるだろう。と邪推してしまうんです。   

> 替身でも殺陣の構成が良ければ割り切って見る方が楽しめますよ。

割り切りたいんですが、目当てのスターさんじゃない分、替身なら余計にイイ物(殺陣)見せろ!って思っちゃうんですよ。   

> 実際には84年に香港映画界のスタジオシステムが変貌してしまいます。スタジオシステムの中で培われたノウハウこそが、功夫片を功夫片たらしめていた最大要因だったと思っています。   

スタジオシステムですか・・・ 僕にはさっぱり解らない話です・・・

> それにしても以前の錢嘉樂の映画といい、ひどい状態のものをヌケヌケと発売しているもんですね。   

fake様は件の日本版御覧になりましたか? 他の作品に収録されている予告篇でも、セリフを喋る俳優のアップで口が映ってない事が確認出来ます。もしかすると、中文英文字幕が出るスペースを切ったのかな?とも推測していますが。 
あと、メーカーさん側はクレジットとか切ってもイイって思っているのかなぁ? わずかな尺をケチらないといけない事情でもあるんすかねぇ。まあこれは原版(英語版とか)自体がそうなっていたとゆー事も大いに考えられるんですけどね。  
僕の個人的要望は、英語版の方が編集が良くても、オリジナル言語の漢字クレジット版にハサミを入れずに字幕を付けて欲しいんです。  

> いや格闘家ではないでしょ。その他の経歴は不明ですけどね。

格闘家でなかったらあのアダ名は何なんだ! 
惚れちゃった(女武打星とゆー括弧付きで)んで彼女ん事もっと知りたくて、かなり検索したんですが、まるで情報が得られませんね。 

> あんまり周星馳にダニー・ケイ映画のようなものを期待していなかったからかも知れません。  

谷啓さんの映画と言われましても僕わかんないです。チャップリン、キートン、ロイド以外のコメディの先人たちの映画は見た事無いんですよ。  

> アクションだけを求めている訳でもないんですよ。  

タイトルから勝手な先入観を持って見た僕も悪いんですが、あの作品は武打片的コメディじゃないと割り切ってもイマイチ面白さがわかりませんでした。『風雨同路』は日本語がついてなくてもナカナカいい作品だと思ったんですけどね。  

> 「蛇腹剣」はゲームの世界でも出色の武器だと思いますよ。以前はほとんど全ての格ゲーやってましたが、ビジュアル・デザインでも、動きでもこれほどのものは無かったんじゃないかな。  

機会があてば見てみたいもんです。あと、『モータル・コンバット』は某ライターさんが“ゲーム版『キングボクサー大逆転』”とか仰ってたんで、そのスプラッターな技の数々も見てみたいもんです。  

> ビデオ出ていましたよね?低予算映画ですが、『怒海威龍』や『龍在少林』『紅牆投影』などの作品よりはよっぽど面白いです。  

え? 出てるんですか!知らなかった。つい最近ビデオ屋巡りをしたんですが、ありませんでした。『紅牆投影』も出てるんですか? って実は原題自体初めて見るよーな・・・  

fake様は甄子丹の『精武門』を揃えられたそうですが、『大侠 霍元甲』は入手済みでしょうか。僕は昔、知野二郎大哥から最終話を録画したVを戴きまして見たんですが。かなり僕好みの作品でした。 
最近神拳さんの掲示板で小愛香さんと梁小龍は脚技手技ともにバランスが良くてイイよねとかいうやり取りをしていたんです。こっちの方をビデオ化すりゃイイのにぃー!   

最近「RARE KUNG-FU MOVIES」のビデオ・ク リップほぼ全部(出ないのもありましたが)見ました。 
『黒帯空手道』での李錦坤は相手役が梁小龍とゆー事もあって『死闘伝説』よりはマシでした。 
傘NOVAさんの『BIG BOSS 2』はツッコミ必至の描写の数々に笑わせていただきました。 
『冷面氷心血覇』は、fake様を急かせて書いてもらった“譚道良の借金踏み倒しの件”を読んだ後だけに、大木をつかんで引き抜こうとしている?戚冠軍を“背後から”数回蹴る譚道良に、あの件の事がかぶり、何とも言えない気分になりました。  

血海蟷螂仇! [2004年01月27日(火)]

Name:Toru
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fakeさん、皆さまこんにちは!
遂に石天さんの主演作・・・いや山怪の(違うって)、じゃなく張午郎の『血海蟷螂仇』を観る事が出来ました!
えー、一言感想を述べるなら、

衝撃的!!

と申しましょうか(これ感想とは言いませんかね(汗))、とにかく香港映画で衝撃を受けたのは『少林サッカー』以来でした。(別の意味で)
功夫アクションは登場する武器は多彩だし、例えば小さい酒ビンを奪い合ったりとバラエティー豊富で観ていて全然飽きませんですね!(張午郎が腰に装着している短刀をクルクル回して抜いたりするのはさながら西部劇のガンマンを意識しての事でしょうか)

「彼女強いじゃん!いつ拳法習ったんだ!」とツッコミどころが意外と多く(笑)、コテコテの70年代香港映画な感じが楽しめました!
功夫映画史に残る怪作の一本とfakeさんがレビューでズバリ評されてますが正にそうですね。

Re:キャリバー相当やりましたよ [2004年01月27日(火)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

>もっとでっかく特集したいのですが、如何せん自分の持ってるDVDの映像が酷いんですよね。

 私の持っている海賊VHSも冒頭部分の画質が悪く、
事の発端が良く解らないんですよ。

 そういえば以前プラネットさんのところでこの作品
の紹介をした時に、自分のHPがあったらなぁ・・なんて
思ったものです。

>今は格闘ゲームが廃れてしまったということと、大体自分の周りに対戦しまくる環境なんか無くなってしまいましたからね。

 これは私も同じですね。「バーチャ2」から「キャリ
バー」くらいまでが最盛期でした。

>ワンパンマイトアトラスは練習しましたよ
>ただ実用するには至らず、私の腕前はそこそこです。

 以前対戦したアイヴィー使いでマイトアトラスの鬼が
いたんですよ。ワンパンマイトアトラス、浮かせ膝
マイトアトラス、ダッシュマイトアトラスと、そりゃ
ー見てても楽しい闘いぶりで。(笑)

>タキちゃんは不必要に飛び回るのが好きです。勝利時に
>「消えな!」
>と相手に言っておきながらおっぱいをぷるんと揺らす、拒否と誘惑を同時にやってる矛盾がまた・・・失礼しました。

 飛んでるうちにリング外に落っこちたりね。(笑)
 おっぱいは・・・DOAのキャラほどではありませんが
揺れてましたね、彼女も。(笑)

更新 [2004年01月27日(火)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

 1/27日記更新。本日は、李小龍童年往時(六)『雷
雨』です。この作品の秘密は完全に解き明かしたとい
える自信作です。

李小龍童年往時(六)『雷雨』 [2004年01月27日(火)]

李小龍童年往時(六)『雷雨』'57年製作、監督:呉回、主演:張瑛、李小龍ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー子役時代の李小龍作品としては最も有名なものであろう。スチールも多く公開されているし、ブルース・リー関連の本では昔から紹介されてもきた。『死亡塔/死亡の塔』香港版や各種ドキュメント物では一番多くフィルムが使われている。子役とはいっても、この映画の撮影時、李小龍は16才。すっかり大人の顔を見せているのは皆もご存知のところであろう。この映画の大まかなストーリーは、存じている方も多いと思われるのでクドクドとは書かない。その後重要になる粗筋だけ紹介しておく。光緒年間から続く名家の当主・盧敦は、侍女・白燕に手を付け一子を儲ける。盧敦の妻はショックで自殺し、私生児の存在を知られた白燕は屋敷を追い出され、河に身を投げた。時は流れ、黄曼梨と再婚した盧敦、ふたりの間に生まれたのが李小龍である。白燕の子・張瑛が帰国、新たに雇い入れた侍女・梅綺を巡って三角関係が生まれる。問題はこの梅綺の存在だ。彼女は河に身を投げた白燕の娘で、張瑛とは兄妹、李小龍とも腹違いの姉弟になる。再び屋敷に現れた白燕から、全ての遠因を聞かされ、雷雨の晩に30年間の悲劇に決着がつく。この映画の紹介文には、必ずといっていいほど「『雷雨』は"五・四文学"を代表する・・・云々」という一文が書き添えられている。ではその"五・四文学"とはいったい何であるのか?ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「五・四文学」が「五・四運動」と関係あることは説明するまでもないだろう。「五・四運動」までの中国の流れは、今一度『千萬人家』の回を読み返して貰いたい。ここでは「五・四運動」そのものについて解説していく。毛沢東政権以前の文化大革命といわれる「五・四運動」は、孫文率いる国民党の力の無さから起こったといえる。辛亥革命を成功させた孫文だったが、旧清朝軍をそのまま自軍に引き入れる形を取った事が、袁世凱に軍閥を形成させる要因を生んだ。 東京に逃れた孫文は中華革命党を組織。真の革命成就に必要なのは、決死の覚悟を持った選び抜かれた人間のみであるとの認識を高める。中華革命党は多くの秘密結社と連絡を密にし同志を募ったが、秘密結社の構成員の多くは都市生活者である。孫文は、中国で多数派を占める農民の存在を忘れていた。ここら辺も誤算であったろう。第一次世界大戦が起こり、世界の目がヨーロッパを向いた隙に、日本がドイツの租借領土に進攻、これを占領し軍政を敷く。日英同盟を利用して、ドイツ領土に侵攻したというのが表向きの理由だが、日露戦争で得た旅順などの租借地返還期限の迫っていた日本は、何としても中国での利権の確保が必要だったのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの後の戦後処理で日本から突きつけられた理不尽な「二十一ヶ条の要求」を、袁世凱は自らの帝政実現と引き換えに受け入れてしまう。これに反対した農民層の愛国的蜂起が「五・四運動」へと流れていく。しかしその袁世凱も、夢を実現する前に病に倒れた。こうして軍閥混戦時代が始まりました。辛亥革命から、清朝崩壊〜国民党〜袁世凱〜軍閥混戦〜日帝の影と、これだけのことは僅か6年余りの間に起こった出来事です。この間"民衆"は全く置いてけぼりです。いえ、そもそもそれ以前に、中国という国は民意などというものが顧みられたことは一度もなかったのです。辛亥革命に期待をかけたのはブルジョア知識層です。封建時代の清朝政府では成しえない自由な民意の反映、それは主権在民と自由経済への道でありました。それは軍閥の台頭によって瓦解します。そこで知識階級がとった手段は国民性の改造であり、そのターゲットこそ孫文の視界に入らなかった農民層です。「論小説与群治之関係」を発表した梁啓超は、「一国の民を新しくせんと欲すれば、先ず一国の小説を新しくせざるべからず」という小説界革命を提唱。これが、抗日運動である「五・四運動」と「五・四文学」の関係だ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「阿Q正傳」の著者・魯迅は当時を述懐する。「辛亥革命を見、第二革命を見、袁世凱の帝政自称、張勲の復辟を見、見来たり、見去って疑い始めた。かくて失望し、落胆しきっていた・・・・・」これが当時の中国人民の全てを代弁している。しかしこの「五・四運動」は、後に続く抗日十五年戦争を戦い抜く基盤を為したもので、誰に強制された訳でもない中国人民による草の根運動であったことは見逃せない。「五・四文学」がもたらしたもの、それは封建時代には存在しなかった主観主義及び個人主義の開花だ。新文学運動は"浪漫主義文学"といわれ、それまでの古典派を退けて勃興した。"浪漫主義文学"の目指したもの、それは、模倣を駆逐し、創造を貴び、形式を打破し、感情を発露する。先述の梁啓超は、それを唯心派哲学および、政治的、経済的自由主義と同意語であったと述べているのだ。ここまで読んで改めて『雷雨』のストーリーを思い出して欲しい。いったい『雷雨』のどこが「五・四文学」なのか?実はその謎の解明のために、あえて他の『雷雨』紹介文と同等の内容しか書かなかったのだ。『雷雨』を実際に見た人間のほとんどが気づいていない部分、これなくして『雷雨』は「五・四文学」足り得ないのである。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『雷雨』の物語でキーになるのは、盧敦の後妻にして李小龍の母を演じた黄曼梨にある。彼女は帰国した張瑛にやたらきつく当たるのであるが、それは我が血を受けた次男の李小龍可愛さゆえであるように思われている。その後このドラマは、実の兄妹によるメロドラマに流れていくため多くの人が見過ごしてしまうのだろう。実は黄曼梨と張瑛は継母と長男という立場を超えて男女の関係にあったのだ。張瑛が家を出たのもそのためであり、帰国した張瑛が梅綺に思いを寄せるとヒステリーを起こすのである。当時の香港で直接的な近親相姦の描写は出来なかったためか、かなり遠まわしではあるが、ふたりの関係についてはちゃんと触れられている。ここを見逃すと『雷雨』は只の昼メロになってしまうのだ。黄曼梨の存在こそ「五・四文学」を象徴するものである。光緒年間から続く名家の盧敦は、旧弊な封建主義の象徴であり、彼の独裁的家父長振りは家族全体に屈辱的な忍従を強いる。全ての悲劇の遠因は彼にあるが、それを突き崩すのは、"形式を打破し、感情を発露"した"主観主義及び個人主義"の革命的女性・黄曼梨であった。これが本来の『雷雨』という物語である。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「五・四運動」とその後の流れに少し触れておきたい。それは「五・四文学」の終焉についても語ることであろうと思う。「五・四運動」は農民の間に広がり、これにより共産党が少しづつ力をつけていった。日中戦争を共に戦った国民党と共産党だったが、戦後は袂を別ち、敗れた国民党は台湾へと逃れて行く。毛沢東を指導者と仰ぐ共産党により中華人民共和国の成立がなされたのは1949年。農村共同体第一主義の共産党は、ブルジョア・知識人階層に弾圧を加え始める。"文化大革命"の開始だ。かつて梁啓超らと共に"浪漫主義"を追求した郭沫若は、後にマルクス主義へと転向、こう述べている。「最初の時代に革命的であったものが、次の時代には非革命的になる。最初の時代に革命文学であったものが、次の時代には反革命の文学になってしまう。したがって革命文学という名詞は固定していても、革命文学の中身はつねに固定していない。」のだと。ブルジョア知識人階層によって始められた「五・四文学」は、個人・自由主義を核心とした資本主義をもたらした。資本主義はプロレタリアート(貧民)という新たな階層を生み、別の階級闘争を生み出したのである。『雷雨』の作者である曹禺は、「五・四文学」に影響を受けた作家だ。文化大革命中、彼はブルジョア反動権威として激しい攻撃にさらされ、人民芸術劇院寮の門番をさせられていたという。このような経緯を見れば、現代人の目に『雷雨』が読み難いのも致し方ないことであろう。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー李小龍童年往時(七)へ続く
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