Re:楊斯も韓国で豊胸手術をしたのか? [2004年04月26日(月)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

>> 私は"日本整形真偽委員会第一級鑑定士"なのです。  
>初耳の資格名?です。簡単にゆーと“見破り師”って事ですか?

 (笑)もちろんこんな資格は本当には存在しませんが、
美容整形の先生にそう呼ばれるくらいに教わったので
すよ。

>それにしてもfake様は武打片のオーソリティーであり、実践もする格闘技通であるだけでなく、たたけばいろんなことが出てきそう(良い意味で)ですね。他にソムリエの資格とか、保母さんの資格とかも持ってたりして・・・  

 近いものはありますね。何やっても食べていく自
身はありますよ。

>ではfake様は胸の整形(豊胸)も見破れるのでしょーか?

 ヌードか水着なら一発ですね。

>それはともかく、『呆談肥者』が3位とゆーのは解せません、どゆ事っすか?   

 シナトラ一家の映画が好きだったんです。『7人の
愚連隊』とか『荒野の三軍曹』とか。だから『キャノ
ンボール』シリーズにはノスタルジーを感じるんです
よ。

>“十中八九”とゆーのが信じ難い、つーか、好きな女性タレントの場合はそー思いたくないっす。   

 妊娠も裸になれば一発でわかりますね。落ち目でも
水着にすらならないアイドルは出産経験者の場合が多
いとは、某TV局に勤めていたプロデューサーの言葉。
(母の同級生なんです)

>ここからは、レスとは関係無い話題   
>先日、関根勤氏がラジオで『ドラ道』で、最初に敵役をオファーした奴に「負ける役ならヤだ」と断られ、C・ノリスに頼んだらOKしてくれたらしい、とかC・ノリスは普段もとてもイイ人らしい。と仰ってましたが、その断った奴って誰すか? ジョー・ルイスですか?   

 ジョー・ルイスだったかなぁ?ちょっと調べないと
確かなことは言えないな。

 実はこの間、うちの職場で格闘トーナメントがあり
まして、そのゲスト兼審判としてチャック・ノリスが
来るという噂が流れました。実際に来たのはハワード
・ジャクソンでしたけど、またこういう機会はあるか
も。

>そこで時代劇にもお詳しいfake様に御尋ねします。ズバリ、鉄扇の殺陣(武打片のよーに、開いて使う)が見られる時代劇作品があったら教えて下さいませ(いつの日かで構いませんので)。

 そんな映画は存在しないと思います。

 日本でいう鉄扇は、武将の軍扇として使われたもの
なのですよ。
 鉄扇を使った古武道も存在しますし、実際にみた事
もありますが、中国の鉄扇と違って硬くて簡単には開
かない作りの日本の鉄扇は、そもそも開いて使うもの
ではないのです。(開いて使う技も無いわけではありま
せんが)
 中には扇を閉じた形をしているだけで、開くことの
無い鉄扇と呼ばれる武器もあるくらいです。どちらか
というと短棒術に近いものですね。

 日本の時代劇に鉄扇が出てきたかどうかは、全ての
時代劇を見ているわけではないので、言い切ることは
不可能ですが、以上のような理由から功夫片のような
殺陣をする映画は存在しないと言えます。

 新撰組の芹沢鴨は尽忠報国の士と書かれた鉄扇をい
つも振り回していたと歴史書にはありますので、新撰
組の映画には出てこないといけないはずなんですが・・
・・。

更新 [2004年04月26日(月)]

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 4/26日記更新。本日は、陳觀泰主演、ショウブラ史
どころか世界の映画史に残る怪作『血滴子』です。

『血滴子』 [2004年04月26日(月)]

『血滴子』'75年製作、監督:何夢華、主演:陳觀泰ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー空飛ぶギロチンとして有名な"血滴子"伝説の始まりは、そもそも雍正帝の政治姿勢にある。中国王朝史上最も腐敗していたという明朝を倒し、新興の王朝を建てた満州族は、腐敗政治の象徴たる宦官を本来の奴婢へと転落させた。清朝も末期の頃には宦官の威勢が復権するのだが、それでも初期の皇帝たちは明朝腐敗の中心たる宦官を重用しないだけの節度は持ち合わせていたものだ。雍正帝(在位1723〜1735)は、偉大な父・康熙帝と、清朝黄金期を飾る子の乾隆帝との間に挟まれ、冴えない皇帝の印象が強いが、中継ぎエースとしての役割りは十分に果たした人物といえる。映画では悪役に回されることが多いが、その一端が異常とも思える彼の政治バカ振りにあったことは間違いない。潔癖も度が過ぎると後世の人に与える印象は悪いということか。もうひとつ理由を挙げるとするなら、「文字の獄」に対する苛烈さ故であろうが、封建時代の権力者としては雍正帝は良い方の人物である。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー雍正帝はその皇位継承に問題があったことから、政敵だけでなく自分を擁立してくれた功臣たちをも断罪しました。ここにも彼の潔癖さが表れています。その代わりといっては何ですが、徹底した親政を地方行政にまで行き渡し、すべての書簡に自ら目を通した上、自分で親政書を書いていたといいます。平均睡眠時間4時間で、過労死ではなかったか?といわれる雍正帝は、やはり政治バカだったのでしょう。この雍正帝の親政を支えたものが、「軍機大臣」の存在で、既存内閣の機能を信用していなかった雍正帝にとって、自分の理念を最大限に発揮するための存在が「軍機大臣」だったといえる。そもそもは父の代から続くジュンガル、チベットとの戦いにおいて、前線に一切の機密が漏れることなく命令が届けられることから、大本営的な役割りを任されていたのですが、それを軍事以外の政治にまで応用したのが始まりでした。ここでも雍正帝の潔癖さは発揮され、末端の地方行政官に至るまで管理せずにはおれなかった雍正帝は、側近を変装させて各地に飛ばし、その全てに目を光らせていたのです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの雍正帝の秘密政治(あくまで既存内閣に対してですが)が、明朝に猛威を揮った「東廠」や「錦依衛」を思わせるに十分で、各地に潜入するスパイの存在とも相まって、謎の暗殺組織"血滴子"軍団という物語りを生み出したのです。「軍機大臣」の集まるところを「軍機処(=軍機房)」と呼ぶのですが、その所在がはっきりしなかったことも、この噂に拍車をかけました。「軍機処(=軍機房)」は乾清門というところにあったとも言われていますが、「軍機大臣」が集まれば即ちそこが「軍機処(=軍機房)」として機能したため、所在は常に明確でなかったとも。潔癖な雍正帝は、この「軍機処(=軍機房)」の設立・運営も国庫で賄い、新たに増税などをして国民を苦しめたりはしていません。乾清門にあったと言われている「軍機処(=軍機房)」も、廃屋同然の掘建て小屋で、非常に慎ましいものであった。まあ、漢民族にとっては憎い満州人皇帝のひとりなんでしょうけど、功夫・武侠片では度々悪役をやらされているのがちょっと可哀相でもあります。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーショウブラ史上に残る怪作の一本であるこの『血滴子』は、有名な作品であるため詳しいストーリー紹介などは不要でしょう。その雍正帝時代の"血滴子"伝説に真摯に取り組んだ作品で、あまりに真摯過ぎて却って怪作になってしまったあたり、誤解されっ放しの雍正帝らしいとも言えるか。(笑) 雍正帝から政敵の一掃を一任された大臣の谷峯は、暗殺団の設立に心血を注ぎます。血滴子の開発研究から丹念に描き、やがては暗殺団養成のための学校を設立。ここまででも十分に狂っている映画ですが、更に凄いのはここからです。この暗殺団養成所に集められた精鋭たち(陳觀泰、汪禹、韋弘)は、清朝への忠誠心から一心に血滴子の修得に励むのです。この様子をスポ根ドラマの様に描いているところがミソで、ライバルとの競い合いがあったり、恋に仕事に悩んだりしながら一人前の血滴子使いに成長していきます。暗殺団養成所という政治の暗黒面を、さわやかなスポ根ドラマにしてしまう前半部が、この映画を怪作にしている所以です。やがてはその仕事に疑問を持った陳觀泰が、組織を抜けようとすることから、血で血を洗う骨肉の殺し合いへと発展。血滴子使い同士の対戦という、やはり狂った展開に、宙を飛び交う数十個の血滴子という凄いビジュアルが、この映画を歴史に残る怪作の座へと押し上げています。『血芙蓉』へ
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