旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
 なお日記に記載の内容は、無断転載、転用はお断りいたしております。ご理解下さい。(by fake)

 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

Re:リンク更新 [2004年05月16日(日)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

 という訳でリンク更新です。

 DHSさんの「亞洲影帝 姜大衛☆陽中帯陰」を新たに
追加致しました。当HPともども御愛顧下さいね。

Re:狄龍と七小福 [2004年05月16日(日)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

>え、ここんところ、ご無沙汰気味の幇間でげす。
>こちらのお座敷からお声がかかりましたので参上したでげす。

 メールにしようかとも思ったんですがメールサーバ
ーの調子が悪くて・・・お手間を取らせてしまいました。

>fakeさんを悩ましくさせているのは「七小福は固定されたメンバーで
>はない」ということでしょうか?

 その通りです。そこが問題なのです。

>それとも、ティ・ロンと面子の異なる七小福の登場する映画が複数あ
>るのでしょうか?

 サモやジャッキー以外のメンバーならかなりあります
よ。ただ、七人一緒ということになるとちょっと限定さ
れるかな?いずれにせよマイナーな七小福メンバーは、
出ているかどうかはもう一度確認しようかとは思ってい
ます。

>いづれにしても私の能力に余る問題なので、fakeさんのご都合の良い
>ときで構いません。幸い、質問された方も回答を急がないとのことで
>したので、宜しくお願いします。

 狄龍作品は数本持ってないだけで、ほぼ全部ありますか
ら確認の時間も含めてお待ちいただければ、それなりの回
答は出せるかと。

Re:稚拙なサイトですが・・・。 [2004年05月16日(日)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

>ご覧の通り、まだ充分なコンテンツが揃ってるというワケでは
>無いので、今後とも精進してまいります。

 いやー中々のものでしたよ。姜大衛作品の発売も充
実してきているし、今後ともその情熱を注いであげて
下さい。

>ご挨拶かねがねで恐縮ですが、こちらのサイトをリンクさせて
>いただきたいと思います。ご報告まで。

 おおっ!これはありがとうございます。こちらから
もリンクのお願いにあがろうかと思っていたところで
あります。姜大衛のページを素通りは出来ませんよ。

 では宜しくお願い致します。

更新 [2004年05月16日(日)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

 5/16日記更新。片腕ドラゴンズ二番バッターは『新
獨臂刀』の登場だ。長くなりそうだったので二回に分
けてます。本日はその一回目ということで。

Re:狄龍と七小福 [2004年05月16日(日)]

Name:「電影王」管理人
Email:fwif0348@nifty.com
URL:http://homepage3.nifty.com/hkaction/topindex.htm

え、ここんところ、ご無沙汰気味の幇間でげす。
こちらのお座敷からお声がかかりましたので参上したでげす。

> 唐突なんだけど・・・あんまり放って置くのもどう
>かとは思ってるんだが、狄龍と七小福っつてもなぁ。
>その七小福の定義が問題なんだよ。これを説明するに
>はもの凄ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい
>量の文章を書かないと説明出来ないような気がするん
>だけど・・・。
fakeさんを悩ましくさせているのは「七小福は固定されたメンバーで
はない」ということでしょうか?
そのことについては、確か以前こちらの掲示板で話題になったような
記憶があり、私もかすかに覚えていたので、質問を受けたときにその
のことが頭に浮かんだのですが、それを説明するほどの知識が私には
ないので、あえて触れませんでした。ズルくて済みません。
それとも、ティ・ロンと面子の異なる七小福の登場する映画が複数あ
るのでしょうか?

いづれにしても私の能力に余る問題なので、fakeさんのご都合の良い
ときで構いません。幸い、質問された方も回答を急がないとのことで
したので、宜しくお願いします。

稚拙なサイトですが・・・。 [2004年05月16日(日)]

Name:DHS
Email:
URL:

fakeさん

ご無沙汰しておりますDHSです。
当方のサイトのお越しいただきありがとうございました。
ご覧の通り、まだ充分なコンテンツが揃ってるというワケでは
無いので、今後とも精進してまいります。

ご挨拶かねがねで恐縮ですが、こちらのサイトをリンクさせて
いただきたいと思います。ご報告まで。

片腕ドラゴンズ・2ndイニングス『新獨臂刀』 [2004年05月16日(日)]

片腕ドラゴンズ・2ndイニングス『新獨臂刀』'71年製作、監督:張徹、主演:姜大衛、狄龍ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーショウブラの製作部長を務めていた鄒文懐(レイモンド・チョウ)は、1969年に同社を退社、ゴールデン・ハーベストを旗揚げする。それにはいくつかの要因があった。まず、同族会社であるショウブラでは、どれほど有能であろうと邵氏の一族以上の出世は見込めないこと。60年代に最初の黄金期を迎え、香港最大手の映画会社に発展していたショウブラだが、それにも関わらず既に旧態依然と化したシステムで運営されており、経営も製作過程も円滑ではなかったこと。大会社でありながら、巨大な個人商店による家内制手工業であったショウブラは、恐ろしく給料も安かった。そして何より、有能過ぎるほど有能な鄒文懐に退社を決意させたもの、それは・・・・方逸華(モナ・フォン)の存在であった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー上海生まれでダンサーの母を持つ方逸華は歌手としてデヴュー後、キャセイ映画への出演をする傍ら、邵氏映画のサウンドトラックを吹き込む仕事もこなしていた。その仕事振りと美貌を邵逸夫(ランラン・ショウ)に見込まれ、愛人の座に納まった方逸華は、総務担当としてショウブラの金庫番に就任。それまで比較的自由に資金を運用していた鄒文懐にとって、社長の愛人に金を抑えられることは我慢のならない事であったに違いない。極秘裏に離脱計画を進めていた鄒文懐であったが、何者かの密告により計画は頓挫、石持て追われるごとくに退社せざるを得なかった。鄒文懐と共に退社したのは何冠昌(レナード・ホー)、蔡立昌(aka:蔡篤生)、ショウブラの機関紙「南國電影」の編集者で、後にハーベストの機関紙「嘉禾電影」の編集者となる梁風。彼はそもそも鄒文懐をショウブラに誘った人物でもある。これまで一緒に旗揚げに加わったとされていた羅維夫妻は、少し遅れての参加であったことが最近の資料から解っている。退社後の翌71年より活動を開始するハーベストにとって、決定的なものが欠けていた。それは"スター"である。そこで白羽の矢が立てられたのが、"獨臂刀王"ことジミー王羽だった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーージミーも会社に不満を抱いていた。張徹映画の主人公として大スターと呼ばれる人気を博し、出演映画の全てをヒットさせているジミーにとって、安月給のままコキ使われるのは許しがたいことである。決定的だったのは『龍虎鬥/吼えろ!ドラゴン 起て!ジャガー』のヒット時である。70年の興収No.1を記録したこの作品は、張徹の『報仇』と共に近代功夫片の礎を成したと呼ばれるほどの作品でもある。企画から監督まで含め、八面六臂の活躍でこの作品を成功に導いたジミーだったが、ショウブラが月給以外にくれたのは僅かなボーナスだけである。これではジミーでなくとも腹を立てて当然であろう。何故ショウブラはここまで子飼いに冷たかったのか?それはライバル社の不在が最大要因だった。60年代のライバルであるキャセイは闘わずして潰れ、一大帝国を築いていたショウブラからたとえ独立しても、狭い香港には働き口は無かったのだ。それもハーベストの設立と共に事情は変わった。事実ハーベスト設立以後は、許兄弟の離脱などもあって、ついにショウブラといえども賃上げに応じずには得なくなった。独立心の強いジミーの性格と、そんなショウブラの内情を見抜いていた鄒文懐が、この古巣にしてライバル社のスターに声を掛けないはずが無かろう。しかしこの事が後の香港映画界の運命を大きく左右することになろうとは、当事者達の誰もまだ気づいていないことだった・・・。(この項続く)
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