旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

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更新 [2004年07月18日(日)]

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 7/18日記更新。本日は、甦れ!ドラゴン世代の第
三弾。『硬漢/危うし!タイガー』です。

甦れ!ドラゴン世代(3)『硬漢/危うし!タイガー』 [2004年07月18日(日)]

甦れ!ドラゴン世代(3)『硬漢/危うし!タイガー』'72年製作、監督:江洪、主演:陳星ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー秘密捜査官・陳星は、姜南が支配する組織の壊滅を図るため、獄中にいる組織の武闘派・山怪に接近する。獄中で山怪の信頼を得て共に脱獄を試みるも、看守の銃撃に遭い途中ではぐれた。山怪とは別れたものの、姜南の組織に潜入するべく彼の支配する漁村を訪れ人夫として働く。人夫を差配する馮克安にいびられながら働く火星や于洋を助けて仲良くなったが、馮克安の怨みを買う。馮克安からの注進で姜南が乗り出してきた。"トーシロの他所モンがぁ・・"腕が立つと聞いた姜南、道場を経営する組織のNo.3を呼び出して陳星抹殺指令を出した。待ち伏せする刺客と闘う陳星、"おっ!兄弟じゃねぇか!?"ふたりは再会を喜びあった。武術家らしく意外に人の良い山怪の薦めで組織の用心棒に収まった陳星だったが、火星達からの信頼は失った。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー陳星が組織に関わることが気に食わない馮克安は、それとなく姜南の注意を促す。"ボス、兄貴はああ言ってますが奴は信用なりませんぜ" 陳星の変わりように失望する于洋ら村人の動向を、その頃村に訪れた謎の男・張力が釣り人を装いながらそれとなく探っていた。組織のNo.2・方野が帰って来た、それと知らずに街中で出会った陳星とさっそく火花を散らしあう。馮克安の厳しいマークをかわしながら、組織の情報を連絡員に届ける。その連絡員はもちろん張力だ。姜南の取り引き現場を襲撃した張力だったが、王青、袁日初、袁信義、袁祥仁、元奎らに阻止される。"俺が殺る!"姜南達の前で張力を海に沈める陳星だったが、それでも疑いを晴らすことは出来なかった。組織に捕まった張力を助けるため、倉庫に侵入する陳星は張力を逃がすものの、却って自分が捕まってしまう。彼を信じていた山怪の失望と怒りはひときわ大きく、激しい拷問にさらされる。逃げ出した張力は、火星や于洋の力を借り、陳星救出作戦を展開。多くの犠牲を出しながらも、恩讐を越えて対峙し合う陳星と山怪は、山河を血に染めながら果てしなく闘い続けるのだった・・・・・。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー日本で公開('74/4/13)されていながら、これまであまりちゃんと紹介されることの無かった映画だ。武術指導は袁和平であり、彼にとっても一本立ち後初期の作品である。いかにも!といった感じの無骨な陳星の立ち回りだが、『新精武門』以前にサイを使わせ山怪の胡蝶刀と闘わせたり、方野には九節鞭を使わせるなど殺陣には工夫を凝らしている。この'72年は陳星が大ブレイクした年である。ショウブラを離れ独立した陳星は、冴えない二番手の悪役から飛び級でスターの座を手に入れた。この映画もブレイク作『蕩寇灘』を踏襲したスタイルのもので、『K名單』『餓虎狂龍』『唐人客』など、同年に作られた陳星作品のほとんどが同様のものだ。『蕩寇灘』『餓虎狂龍』を監督した呉思遠が、後に梁小龍作品で展開する、走っては闘い、また走っては闘うというガチンコ・マラソン・バトルの原点は、全てこの時期の陳星映画にあるのだ。独立した呉思遠には三つの選択があったはずで、ひとつはブルース・リー・スタイルの映画、ショウブラが大予算で制作する南派少林拳的アプローチがふたつ目、もうひとつは神怪武侠片から続く京劇の伝統である。そのいずれも選択せず、新たなスタイルを構築した点に彼のプロデュース能力が証明されている。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー張徹は民初功夫片の導入を、「暴力のよりストレートな表現形態」にあったと語ったが、同時に彼はこうも語っているのだ。「民初功夫片は古装・時装片に比べて、衣装、小道具、ロケ地に金がかからず安上がりだ」と。(とはいえショウブラは民初功夫片にもそれなりに手間も金もかけていますが・・・) 『龍虎鬥/吼えろ!ドラゴン 起て!ジャガー』を、実質的監督として成功に導いた呉思遠は、これに自信を得て独立。『蕩寇灘』『餓虎狂龍』を連続して大ヒットさせる。ゴールデンハーベストという新興の会社がブルース・リーというスターでひと山当てたことも大きかったろう。持てる者(ショウブラ)と持たざる者(独立プロ)という闘いの図式は、持たざる者が知恵と体力で押し切ることで十分に対抗した。極端な話、実力のあるスターが空き地で殴り合うだけの映画でも、工夫次第では商売になったのである。結果、独立プロの隆盛を招き、功夫片の裾野を広げることに貢献した。'70年代の一時期、世界を巻き込んだ功夫片ブームの一端は、数百という独立プロの作品が支えていた。一握りの成功は、無数の映画が残した墓標の上に輝いていたのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー次回は『ドラゴンの逆襲』です。お楽しみに!
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