旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
 なお日記に記載の内容は、無断転載、転用はお断りいたしております。ご理解下さい。(by fake)

 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

Re:アテネ五輪 総括 [2004年08月30日(月)]

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 オリンピックも終わりました。閉会式は香港映画フ
ァンにはありがたい演出でしたね。

 次回開催国・北京のプロモーションビデオからスタ
ート。張藝謀の演出で中国の文化をアピール。
 女子十二楽房のような楽団のインスト・ショーに続
いては、太極拳長拳の集団演武。
 七小福のような子役たちによる京劇の後は、少女が
歌う中国ポップスの名曲「ジャスミン」。
 2008年の大会も今から楽しみです。

 日本選手団の大活躍が印象に残るアテネ大会でした
が、本当の意味で"戦後"が終わったなぁ・・・というの
が私の感想です。

 明治維新から先の大戦まで、日本という国は精神論
だけで国民にそれを乗り切ることを強要してきました。

 戦後、オリンピックで国を挙げての闘いが始まって
もそれは変わらなかった。

 アメリカやヨーロッパが早くから専任体制を敷いて
勝つための最大限の努力をしているなか、勝っても報
奨金もでず、共産圏のようにスポーツ一本槍で生活が
保証されている訳でもない。

 競技によっては勝って当然といわれ、負ければ戦犯
扱い。山下、斎藤や、瀬古などは悲壮な顔つきでテレ
ビに出ていたものです。

 当時社会人の日本選手のほとんどが、昼は会社で働
き、夜だけ練習という日々をこなしていたのです。そ
れを根性と精神論だけで乗り切れというのですから、
無茶苦茶ですよ。(あの当時にメダルを取った選手は本
当の超人でしょうね)

 そのような時代を経て、戦後の呪縛から逃れた選手
たちが指導者に回り、社会の体制も変化、専任体制で
スポーツに打ち込んだ選手たちが、根性や精神論とは
無縁の(いらない訳ではない)ところで、アスリートと
して花を咲かせたのが今大会の躍進であったろう。

 次回の北京大会は日本にとっていわば敵地。ロスの
後のソウルのような結果も待ち受けているかもしれま
せん。これを乗り越えるてこそアテネの結果も輝くと
いうものです。

Re:アテネ五輪 [2004年08月30日(月)]

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 レスリング日本男子は、フリースタイルの田南部、
井上がそれぞれ銅メダル。全敗のグレコ陣に変わって
メダル奪取です。よくやりました。

 テコンドー岡本選手は残念でしたね。最も、ちゃん
とした練習時間もとれないほどゴタゴタした中で、や
っと出場したわけですから。お疲れさまです。

 ハンガリーのアヌシュはドーピングで、室伏は繰り
上げ金。今大会ドーピング発覚数は過去最大だとか。
ということは発覚していないドーピングも過去最大と
いうことか・・・。
 室伏選手は胸を張っていいですよ。

Re:残り3本 [2004年08月30日(月)]

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>なんとか死ぬまでには見てみたいと思っています(苦笑

 同感です。(笑)

>昨今古いカンフー映画のDVDが色々と発売されているので期待したいですね。しかしフィリピン映画じゃ難しいかなぁ...。

 フィリピンでトニー・フェラーの映画はいくつか
見つかったのですが、『激突ドラゴン』は発見出来
ませんでした。

>公式にはそうですよね。香港のプレスにもSBマーク入っていたし。香港のSBシリーズから発売されればいいですね。

 期待したいところですよ。

>あとは「赤手空拳」ですね。

 これは更に厳しいでしょうねぇ。

更新 [2004年08月30日(月)]

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 8/30日記更新。本日は「Serafim Karalexisのパチ
もん人生」です。Serafim Karalexisなる人物は一
体如何なる人物であったのか?

「Serafim Karalexisのパチもん人生」 [2004年08月30日(月)]

「Serafim Karalexisのパチもん人生」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーエクスプロイテーション(Exploitation)映画と呼ばれているものがある。カルト・ムービーと同じく明確な定義は無いのが本当で、ジャンルのカテゴリーではないのだ。エクスプロイテーションの正しい意味は鉱山や油田などの"採掘"であり、口語にすれば"一発狙い"である。ポルノに便乗すればセクスプロイテーション(Sexploitation)と呼ばれ、黒人映画に便乗すればブラックスプロイテーション(Blaxploitation)になるのだ。こうして世界の映画界で"一発狙い"でひと山当てようとした映画人達が、モドキ映画を大量生産。ジャンル映画という名の"鉱山"は、"採掘"され尽くし、やがては廃坑への道を辿るのであった。香港映画界で最も"エクスプロイテーション"していたのはSerafim Karalexis(ギリシャ語なので発音の仕方は解りません)だ。この男が香港映画界に残したものとは何であったのか?ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー1934年、アメリカ映画界は連邦政府や特定の団体による圧力から映画を守るため"映画製作倫理規定"(プロダクション・コードもしくはヘイズ・コード)を導入した。近代文明における映画の位置付けがまだまだ不安定だった時代に、表現の自由を守るものとして登場したのだが、'50年代の後半には有名無実化し、"赤狩り"の影響もあって逆に"検閲"の手先と成り下がっていった。1966年にはヘイズ・コードの影響力はなくなり、'68年からは新たなレイティング・システムが導入。この'66'68年の間に検閲を巡る数々の闘いが繰り広げられたのであるが、Serafim Karalexisもこの闘いに大きく関係しているのであった。'60年代はありとあらゆる意味で"開放"への闘いが繰り広げられた時代だ。黒人は公民権を求めて闘い、女性はウーマンリブを求めて闘い、学生たちは反戦と自由を求めて闘った。1944年にギリシャで生まれたSerafim Karalexisは、アメリカのボストン・ユニバーシティに留学。Karalexisは激動の'60年代にアメリカで大学生となった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー芸術学科を専攻していたSerafim Karalexis、やがてアンダーグラウンドの映画製作者たちと親交を結ぶようになる。ヘイズ・コード弱体の間隙をついて勃興したのはセックスとバイオレンスである。ハリウッドが及び腰になっている間も、ポルノや暴力映画は作られ続けてはいたが、'60年代になると一気に表舞台に乗り出してきたのである。時代は"ドラッグ、フリーセックス"のヒッピー文化に押し流されようとしていた。学生たちは自由と平和を求めて全米で衝突を繰り返していたのだ、この流れと映画の表現に関する闘争は同一のものである。'69年、スウェーデン映画『私は好奇心の強い女(イエロー版)』が公開される。この激しい性描写(当時としては)を含む映画の公開に関しては、前年より裁判で争っていた。"猥褻か?芸術か?"連邦最高裁でまで争われたこの問題は、被告側(映画輸入業者)の勝利となり、米国内での合法的上映権を持つ。この裁判で司法省と争った被告、それがすなわちKaralexisだったのだ。彼も最初はアンダーグラウンド映画解放の闘士であった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーここからが違うのだ。(笑) "セックスは金になる!"この一大真理を発見したSerafim Karalexis、ヨーロッパからせっせとポルノを輸入する業者に成り果ててしまう。セクスプロイテーションのスタートだ。米国内でもハードコアポルノの量産が始まる'70年代初頭、そろそろ次の金脈はないかと考えていたKaralexisは、チャイナタウンで一本の映画と出合った。『天下第一拳/キングボクサー大逆転』である。"これだ!"彼はすぐさまショウブラザースと交渉すべく機上の人となった。Karalexisがポルノを輸入するために作ったディストリビュータ社の配給により、張徹作品『大決鬥』が公開され500万ドルを越す収益を上げた。"功夫だ、功夫は金になる!"時同じくしてハリウッドは黒人映画の解禁を決意。黒人観客層を取り込むブラックスプロイテーションを開始した。Karalexisはじっと成り行きを見守っていた。功夫を見に来る観客のほとんどは黒人・プエルトリカンの有色人種層だ。ならば黒人が功夫をやれば二倍に儲かるはずである!Karalexisの新たなるエクスプロイテーションが始まった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー全米から200人もの人間のオーデションで探し出されたのがロン・ヴァン・クリーフだ。試験的に作られたクリーフの作品で成功を確信したSerafim Karalexis、香港に渡って『龍争虎鬥精武魂』にクリーフを出演させる。チャールズ・ボネットの『La Pantera』に出演した雷小虎(ビル・ロウイー、彼の姿は『ブルース・リー恐怖の鉄拳 死の香り』にて確認下さい)を見たKaralexisは、そこに新たな金脈のヒントを発見した。その映画で雷小虎が演じていたのは"似ても似つかないブルース・リー"だったのである。"ブルース・リーだ!奴は金になる!"手始めに子役時代のリーのフィルムを買い取ると、再編集した映画を製作。新たに発掘した巨龍(ドラゴン・リー)の映画をくっ付けて公開。アメリカだけで25万ドル以上の売り上げを得る。こうしてKaralexisは自らの力でブルースプロイテーション(Bruceploitation)という金脈を掘り当てたのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーさっそく行動を開始したSerafim Karalexisは、香港に「フィルマーク」と「IFD」を設立。あの悪名高き『神威三猛龍/クローン人間ブルース・リー怒りのスリードラゴン』を製作した。ここからのKaralexisに恐いものなど何もなかった。香港映画界で彼とまともに付き合う人間など、何誌強(ゴッドフリー・ホー)以外にほとんどいなかったが、それでも構わなかった。韓国から巨龍の映画を買い付け、製作:Serafim Karalexis、監督:何誌強として公開した。ブルースプロイテーションもそろそろ陰りを見せ始めるとキョンシーを、ニンジャがブームになればニンジャを題材に取り上げた。他人の映画を買い付け、最初と最後にキョンシーとニンジャを付け足すだけでも、香港や台湾以外の海外では金になった。とうとう大掛かりな捜査の手がKaralexisの身辺にも延び始めた。「フィルマーク」は謎の失火と共に証拠を消し去り、「永盛娯楽」の向華強を怒らせヒットマンを送られた何誌強は海外へと逃亡、行方不明となる。Karalexisも映画製作からは手を引き、残った「IFD」はビデオ配給権だけで食いつないでいた。その「IFD」が近年映画製作を再開しているのだ。彼らがイチ押しでスターに仕立てた男・・・それが石天龍だ!懲りない男たちの新たなる挑戦が、21世紀の今!開始された。
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