旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
 なお日記に記載の内容は、無断転載、転用はお断りいたしております。ご理解下さい。(by fake)

 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

Re:はじめまして [2004年09月17日(金)]

Name:fake
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URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

>ということで同名同人です(笑)。

 やはりそうでしたか!

>某CS局が無くなる少し前にやっていた
>『五雷轟頂』や『龍虎金剛』などは途中解約したので
>残念ながら見れませんでした(泣)。

 かなり放送されたんですね。いったい何が放送さ
れたのかコンプリート・リストが判明すればありが
たいのですが。

>今でもあちらでは連日放送されているのでしょうね。

 スタープラスはまだ権利を持っているんでしたっ
け?

>こちらの監督さん(黄楓)は写真を見ると優しさが感じられますね。

 黄楓は今回の特集で取り上げますよ。お楽しみに!

>そして『刀不留人』電影日記拝見しました。
>旗揚げ間もないGHにSBの必死ぶりが伝わってきました(笑)。

 まだこの時は余裕はあったでしょうけどねー。出る
杭は叩こうというのは絶対に有りましたね。

>あと見ていてハッキリとは言えないですが、
>途中、血飛沫を上げて倒れるのは高雄ではないでしょうか。

 おおっ、そうですか。

>それから成龍が出ているらしいですが、ひょっとしたら赤い服の兵士の一人かも知れませんが、霧のシーンで田俊にスリーパーされる人が
>ちょっと似ている気もしました。真相や如何に。

 実は体型から成龍では?というのは何回かありまし
た。画質が悪くて断言できないのですけど。出ていて
もおかしくはないはずですから。

更新 [2004年09月17日(金)]

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 9/17日記更新。嘉禾電影'71の第三弾はジミー王羽の
『一夫當關』です。

嘉禾電影'71(3)『一夫當關』 [2004年09月17日(金)]

嘉禾電影'71(3)『一夫當關』'71年製作、監督:徐増宏、主演:王羽ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画は南宋の名将・岳飛についての映画だ。といっても中国史上最高の忠臣・岳飛その人が主人公ではない。これは、岳飛をめぐる人々を描くことで、岳飛その人を浮かび上がらせる手法で描いているのだ。何故、忠臣・岳飛は投獄され殺されたのか?それは宋という国の成り立ちに問題があるのだ。宋はもともと文官国家でありました。貴族制を廃し、皇帝に権力を集中させる方法をとりましたが、やはり実際に皇帝の政治を推進する支配階層の存在は必要でした。それが「官戸」と呼ばれる官僚たちです。富裕な地主「形勢戸」が科挙に合格して「官戸」になるのですが、宋代の面白いところは意外と実力主義だったところでしょう。被支配階層である小作人でも、優秀なら成り上がることも可能であったし、「官戸」であっても脆弱な後継ぎは家を没落させました。これが世襲の貴族制との最大の違いです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「官戸」が「官戸」であるためには、常に優秀である必要があります。こうなると皇帝はすることがありませんね。南宋、北宋を含む歴代の皇帝たちが絵画や創詩に溺れていったのには、優秀な「官戸」の存在があったのだとしたら皮肉です。政治というのは実に難しい。岳飛の生きた時代は1103〜1141年、北宋末から南宋初にかけてです。その頃の宋を悩ませていたのは遼で、その遼の属国であった女真族の金と同盟し遼を攻めるのです。未開の狩猟民族・金は遼の属国から解放されるために戦い、遼を倒せば中原から去るだろう。当時の宋の人たちはこんなバカなことを考えていたのです。そんな都合の良いことはありませんね。いくら自分達の開祖・趙匡胤が酔っ払っているうちに皇帝になったからといって、世間一般の普通の人ならば、力をつければ権力に対する執着が生まれるものです。流血の惨事を嫌った温厚な文治国家は、その成り立ちから軟弱な国家たるべく運命つけられていたといえます。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー金に対して楽観していたのには理由はあります。少数民族だった女真族が母体ですし、狩猟民族である彼らが、定着定住して中原を支配することは出来ないだろう。ま、甘いですわな。それこそ、「あっ」という間に首都は陥落。漢人を立てた傀儡政権を作ることで人心の掌握にも成功します。宋は捕虜になった前皇帝に代わって高宗が皇帝に。金に捕虜になっていた秦桧が脱走して帰国したのはこの頃です。金の勢いを間近に見ていた秦桧は、和平工作をするために帰国した、といわれています。高宗皇帝の福元帥・宗沢は長らく対金戦略の最前線で活躍した人物。この宗沢の一番弟子が岳飛で、この師弟が徹底的な主戦論派であったことから、和平派の宰相・秦桧との間に対立が生まれます。秦桧にとって都合が悪かったのは、岳飛が各地で金を破り始めたことです。金にとっても困ったことになりました。伸びた兵站線を維持するほどの力はなく、傀儡政権で凌ぐのが精一杯というのが実情でした。金でも和平派と主戦派が対立し、我が身可愛さが優先していた秦桧は、何が何でも岳飛を除いて和平工作を成功させねばならなくなりました。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー岳飛にも弱点はありました。異例のスピードで出世をした岳飛ですが、文武に優れた岳飛は文官と武官の両方から疎まれてもいたのです。宋はもとから文官政治であるといいました。軍隊のトップは常に文官です。勇猛だが戦略を持たない彼らを、力はないが知恵のある文官が統括することで、文官と武官のバランスをとっていたのです。岳飛はこの両方にとって非常に目障りな存在です。岳飛の軍隊は精強で統率がとれていましたが、宋の軍隊としては"異物"なのです。不遇に死んだ師・宗沢の思いを実現するべく、一大決戦を主張する岳飛は、次第に自分の居場所を失っていきます。作戦を取り上げて貰えなかった岳飛は、失意の内に官を辞し野に下る。これを不満に思った岳飛軍の将たちが不穏な動きを見せたところで、秦桧は岳飛を謀反人として投獄。これは思う壺だったでしょうね。獄中の岳飛は激しい拷問にさらされながらも、あくまで宋国への忠誠と金への抗戦を主張。これを秦桧の妻が獄中で毒殺したともいわれています。死んだ岳飛の背中には「尽忠報国」と書かれた刺青があったそうで、これで岳飛の謀反人としての疑いは晴らされたのです。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー長々と岳飛と南宋について書きましたが、ここまでを把握していなければこの『一夫當關』という映画は理解が出来ません。映画は岳飛(張冲)が秦桧(苗天)に捕まって移送されるところから始まります。何とか岳飛を助けたいと思うのは、岳飛の部下だけではなかった。民間の武芸者・ジミー王羽もそのひとりで、彼は岳飛の部下や[金票]局の人間と連携し救出作戦を練る。ここでジミーに協力する人物として陳鴻烈、張翼、雷峻らがゲスト出演。だが作戦は秦桧の手下である田野、龍飛、山茅、何佑民らにことごとく阻まれる。全てを失ったジミーを救ったのは大道芸の兄妹たち(魯平、薛漢、徐楓、龍吟兒)であった。南宋の未来を憂う彼らはジミーの志に感動。得意の軽業を生かし、鉄壁の守りを誇る牢獄から岳飛救出作戦を展開。多勢の牢番を斬り抜けながら闘う場面を、ワンカットの移動撮影で見せる演出が素晴らしい!龍吟兒という犠牲を出しながらも救出した岳飛だったが、何故か脱獄を渋る。気絶させて担ぎ出した岳飛を薛漢に任せ、魯平たちを逃がした後、城門に立ち塞がりひとり追手を引き受けるジミー。強敵・田野との死闘は、共演の多かった田野にとって終生のベストバウトとなった。相討ちで田野を制したジミー、全身に矢を射かけられながらも、弁慶の仁王立ち状態でなおも城門に立ち尽くしていた・・・。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー途中で意識を取り戻した岳飛は、牢獄に戻ると言い出す。説得を試みる魯平、近隣の村々からも岳飛を慕って人が集まってきた。逃げるよう懇願する彼らに、衣服を脱いだ岳飛は「尽忠報国」の刺青を見せこう語る。「私がここで逃げては終生謀反人の烙印を押されてしまう。皆の志はありがたいが、私は南宋国に弓を引くつもりはない。国を思う気持ちは皆と同じだが、ここで私が犠牲となることが将来の南宋国のためならば、私はこの身を捧げよう。」岳飛の高い精神に打たれた民衆は、牢獄に帰る岳飛を涙で見送る。城門に立ち尽くすジミーに黙礼を交わす岳飛。この映画のタイトルは「剣閣[山爭][山榮]而崔嵬、一夫當關、萬夫莫開(剣閣そうこうにして、崔嵬なり。一夫、關に當れば萬夫も開く莫し)」という、李白が詠んだ「蜀道難」の一節から採られているのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー次回はジミー再び!『侠義雙雄』です。
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