更新 [2004年11月21日(日)]

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 11/22日記更新。もう寝るので明日分アップしてお
きます。
 ブルース・リーという名の商売第五弾『THE GOLDEN
CHAKU/THE GOLDEN KARATE CHAKU』です。フィリピン
の知られざるブルース・リー映画。果たしてその実態は?!

更新 [2004年11月21日(日)]

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 10/21日記更新。本日は、ブルース・リーという名
の商売・第四弾『太極拳』です。

ブルース・リーという名の商売(4)『太極拳』 [2004年11月21日(日)]

ブルース・リーという名の商売(4)『太極拳』'74年製作、監督:鮑學禮、主演:陳沃夫ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーブルース・リーの死後、世界中が"ブルースプロイテーション"に沸いた。アメリカ、ヨーロッパは無論、中東、アフリカ、東南アジア、日本に至るまで、何らかの形でブルース・リーをビジネスにしたといっても過言ではない。とりわけ香港・台湾が熱心だったのはいうまでもなく、"そっくりさん"という特異なビジネスが、最も成立したのは皮肉にもブルースのホームグラウンドであった。 ブルース・リーを擁立していた嘉禾(ゴールデンハーベスト)も第二のブルース・リーを追い求めたし、独立プロに至っては言わずもがなだ。 ところで、アメリカから凱旋したブルース・リーが、最初に接触した映画会社は邵氏(ショウブラザース)であった。交渉は不首尾に終わり、ブルースは新興のハーベストと契約。大ブームを起こしたことは良く知られている。 その時ショウブラは何をしていたのか? その答えがこの『太極拳』の中にあるのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー70年代の大ブームの最中、それに背を向けた会社はショウブラくらいのものであったろう。それには理由がある。 胡金銓(キン・フー)によって武侠映画の新世紀を開き、ブルース・リー登場以前に"陽剛"ブームを起こしていたショウブラは、姜大衛、狄龍を筆頭に、陳觀泰、傅聲等々自前のスターにはこと欠かなかった。監督、武術指導もしかりで、皆が皆ブルース・リーの後を追うなら、老舗の意地にかけても安易に真似をしないだけの陣容は保有していたのである。 そのショウブラが作った唯一の"ブルースプロイテーション"は、李修賢(ダニー・リー)主演の『一代巨星/実録ブルース・リーの死』くらいのものであろう。これとて本来は自社の女優である丁珮(ベティ・ティンペイ)の側から見た伝記である。 実はこの『太極拳』こそが、ブルース・リー・ブームの影響下で作られた唯一の映画なのである。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー冒頭、鄭天熊による太極拳の演武がある。本編には登場しないこの人物は一体何者か? 武術に詳しい人ならばご存知であろう。呉鑑泉門派の太極拳師傳・鄭天熊は、楊露禅から受け継がれる実戦派太極拳の正統である。彼の著述「太極拳述要」は、太極拳の実戦要諦を説く武術の名著として知られている。現在も子息・鄭鑑恩に受け継がれた彼の理論は、香港太極拳協会で中心を成している。 この映画は香港太極拳協会の全面バックアップによって製作されたのだ。その理由はブルース・リーにある。 日本でもそうだったが、ブルース・リー・ブームの副産物として、空手や少林寺拳法の入門者が激増したことが挙げられる。それは香港でも同じであった。特に香港でブルース・リーが入門していた詠春拳は盛況で、太極拳協会がこの事実を見逃すはずはなかった。 武術家としてかどうかはともかく、競技人口が最も多い中国武術は、今も昔も太極拳であろう。映画製作者もこの事実に目をつけた。 "太極拳の映画を作ればその門弟達が大挙として劇場に駆けつけるに違いない" こうして両者の思惑は一致し、鄭天熊を映画の技術顧問に迎え、この企画がスタートしたのである。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーブルース・リー・ブームが起こしたもうひとつの副産物は、映画界で武術畑の人間に脚光が当たったところだろう。従来なら地味な俳優だったり、悪役面だったりした人間でも、武術の腕が確かなら主役が貰える様になったのである。陳星、梁小龍、李錦坤、譚道良、金剛・・・・・etc、"そっくりさん"とは違うが、彼らもまた間接的にはブルース・リーのフォロワーだったといえる。 この映画の主役・陳沃夫は実際の太極拳有段者で、香港太極拳協会からのお墨付きでデヴュー。実は、ほんのちょっとだけブルース・リーに似ている。(本当は"そっくりさん"俳優・何宗道の方に似ている) 映画もブルース・リーもどきだ。 不戦の誓いを立てた工員・陳沃夫、彼の働く工場では工場長・楊澤霖と工員との間で対立が続いていた。激派の工員・何漢洲は工員を指導する精神的支柱だ。工員のひとり沈勞の娘・陳美華は、病気の母のため資本家・韋弘の家にメイドとして働きに出る。武術オタクの韋弘は家に巣食うゴロツキ・森とその手下・王光裕から、太極拳の実戦性を聞かされ、その師傳である楊志卿に面会を申し出る。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーメイドの陳美華をレイプし、面会を断られた腹いせに森に楊志卿暗殺を指示。工場長の楊澤霖もヤクザの李敏郎に何漢洲殺しを依頼していた。だまし討ちに遭った楊志卿は瀕死の状態で帰り着くと、娘の施思と一番弟子の陳沃夫に逃げるよう命じた。逃げた陳沃夫は臆病者の謗りを受けるが、最後は施思と共に復讐に立ち上がり、呉池欽、雷龍、梁尚雲、鮑嘉文、利榕傑、袁信義、元奎らを連れた韋弘と対決する。 前半の工員と資本家の対立は『唐山大兄/ドラゴン危機一発』風、後半の復讐行は『精武門/ドラゴン怒りの鉄拳』風である。 呉派太極拳の実戦性と、ブルース・リーに似た容姿、ブルース・リー映画に似たストーリー、陳沃夫とこの映画は立派に"ブルースプロイテーション"の条件を満たしているのだ。ではこの映画は成功したのか? 74年の興行成績では21万HKドル、製作費の多寡にもよるだろうが、この年のヒット基準は最低でも45万HKドルであろう。(1位は『鬼馬雙星/Mr.B00!ギャンブル大将』の620万HKドル)とてもではないがヒットと呼べるレベルではない。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーその原因はひとえに太極拳協会の全面協力にあるのではなかろうか。劇中にも楊志卿と陳沃夫の練習場面で明示されるが、太極拳は専守防衛を基本とする技であり、あくまでその技は己の身を守るためのものだ。それゆえストーリー上で主人公の陳沃夫は全く闘わない男であり、その彼を復讐に立ち上がらせるまでにかなりの犠牲を強いることになる。この時代の功夫映画は、表面的にはどれもこの映画と同じようなストーリーではある。だが受動的な主人公を奮い立たせるためとはいえ、町中の人間はおろか、師匠の娘にまで腰抜け呼ばわりされるというのはどうかと思う。 陳沃夫はこの映画一本にしか出演していない。それは映画がヒットしなかったからでは、ない。撮影終了後、ショウブラの宿舎で風呂に入っていた彼は事故で死亡してしまったのだ。その事故がどういうものであったものかは不明(当時の映画雑誌でこの映画について書かれた記事にも事故としか書かれていない)で、転倒による殴打が原因か、入浴中の睡眠による水死か、心臓発作等によるものか一切わかっていない。彼はこの映画の完成上映にすら立ち会わずに世を去ったのである。このことが原因か、映画がヒットしなかったが理由かは不明だが、香港太極拳協会が全面的に映画に関わる事は以後なかった。次回へ
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