旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
 なお日記に記載の内容は、無断転載、転用はお断りいたしております。ご理解下さい。(by fake)

 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

私が『ラストサムライ』を嫌いな理由 [2004年11月30日(火)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

 まず公証面から。
 
 ※ガトリングガン

 ガトリングガンは江戸時代には既に日本に存在し、
戊辰戦争で実戦投入されています。使用したのは越後
長岡藩で、官軍に対してです。薩長の官軍が母体の陸
軍は既にガトリングガンの威力を身をもって知ってい
るのだ。

 ※アメリカが日本の軍事顧問となっている。

 日本が採用したのはフランス。ちなみに戊辰戦争自
体は、英仏の代理戦争でもあった。

 ※西南戦争がモデル。

 西南戦争がモデルでありながら、渡辺謙の戦い方や
衣装は鳥羽伏見だ。
 渡辺謙自体は西郷隆盛がモデルなのだから、あの戦
闘は田原坂から城山へと続く西郷軍である。というこ
とはある程度は近代軍の格好でなければならない。

 西郷軍が抜刀術に優れていたのは本当だが、その西
郷軍の抜刀隊に手を焼いた陸軍は、恥も外聞も捨て旧
徳川家の人間から抜刀隊の募集を募った。
 これは、陸軍の母体である官軍が既にサムライでは
なかったからで、明治以後更に近代化された陸軍には
刀の切り込みに自信がなかったため。
 職にあぶれていた旧徳川家の侍たちは、鳥羽伏見の
仇が討てるとこれに募集。中には元・新撰組の斎藤一
や、会津別選隊の佐川官兵衛などもいた。
 この抜刀隊に敗れた西郷軍は田原坂で敗走し、西郷
は城山で自刃をとげる。

 本当のラストサムライたちは、西郷軍ではなくそれ
を破った旧徳川家臣だった。


 ここから映画について。

 この『ラストサムライ』という映画はジャンル的に
は"スクォマン"ものというジャンルになります。

 セシル・B・デミルが1913年に撮った『スクォマン』
を元祖とするもので、インディアンと結婚した白人をス
クォマンと呼ぶことからこのタイトルになりました。

 転じて、未開の部族や異人種に理解を示す白人の物語
を"スクォマン"ものと呼ぶようになり、西部劇ではデル
マー・デイビスの『折れた矢』、『馬と呼ばれた男』、
『ダンス・ウィズ・ウルブズ』など全て"スクォマン"で
す。

 西部劇ではありませんがウイリアム・コンラッドの小
説『ロードジム』や『闇の奥』なども"スクォマン"系列
になります。

 この手の"スクォマン"ものは、基本的に社会のはぐれ
者が、異人種(部族)に触れることで成長(贖罪)を果たし
、異人種(部族)への理解と尊敬を得るというものです。
『ラストサムライ』も同じでしょ?

 これらは全て白人の視点から作られている、ここに問
題があるのですよ。いや、白人しか作っていないと言う
べきか。

 かつて七つの海を征服し、世界に植民地を築いたアン
グロサクソンは、かつての栄光にしがみつこうと必死で
す。(特にアメリカン・グローバリズムの推進者)

 しかし現実はなかなかうまくいかず、他民族や異人種
とも付き合っていく必要もあります。歴史も文化的成熟
もアングロサクソン以上のものを誇る民族などがたくさ
んあることもわかってしまいました。

 そこへのコンプレックスがこの"スクォマン"ものに裏
返しとして表れるのですよ。

 なるほど確かにすぐれている異人種(部族)もいる、し
かし我々アングロサクソンだけは彼らを理解し、また彼
らからも尊敬されるのだ。これが本音ですよ。

 逆を考えてみましょう。

 アジア人が白人の王になる話や、黒人やユダヤ人がイ
ンディアンの酋長になる話が存在しますか?

 しませんね。

 私たち日本人もそうですが、インディアンもアフ
リカン・アメリカンもユダヤも、中国人も、みーん
な最初から分かっているはずです。他所の国にも素
晴らしい文化が存在し、それぞれの民族を尊敬すべ
きだということを。

 だから我々からは異人種(部族)の王になる"スクォ
マン"なんか生み出す必要がないんです。

 白人だけですよ、こんなことやってんの。

 確かに『ラストサムライ』は尊敬し理解してくれて
います。でもそれは改めてやってみせなきゃならんこ
となんですかね?

 どうしてもそこに白人だけが理解できるという驕り
が見え隠れしていて、私ならそんな尊敬はいらんよ!
と言いたくなるのですよ。

 私にとって『ラストサムライ』は虫唾が走る下劣な
映画なんです。

Re:話題の流れが変わっているのですが [2004年11月30日(火)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

>それに対応するfakeさんがお手間かとも思いますが
>何卒ご了承ください。

 お気になさらずに、このHPは"ノーホールズバード"
ですから。禁じ手は目潰し、金的、噛み付きのみ。そ
れが何にあたるのか、私はそれを規定するのも好きで
はないので、各人の常識とプライドがルールだと思っ
てください。

>このへんはブルース・リー世代でもある人間としては
>何度も打ち合うのがジャッキー(とその他の武打星)
>のアイデンティティーであり、また「動作設計」の妙
>だと思うんですけどね。

 そうなんですが、ジャッキーの現在のスタイルはアメ
リカではピーカブーカンフー(Peekaboo Kungfu)と呼ば
れていて、強さを認められにくいんです。ピーカブーっ
てのは赤ちゃんをあやすときの"いないいない、ばぁ!"
のことです。
 熱心なジャッキーファンの若い衆はもっと強い役も望
んでいますね。

>香港で撮っていた作品群での何度も打ち合う、
>逃げる、物投げたり等、シチュエーション的には
>凝ってるのですけど飽きました。

 アメリカで『ヤングマスター』を上映した時、絶対の
自信があったラストの黄仁植戦にブーイングを飛ばされ
たんだそうです。
 これにショックを受けたジャッキーは、観客からリサ
ーチして、打ち合いが続きすぎると主人公が弱く見える
ということを聞かされ、スタイルの変換を模索し始めた
そうです。
 その模索の過程が『ドラゴンロード』であり、結果が
『プロジェクトA』だったのですが、『ヤングマスター』
がアメリカで一番受けた黄仁植脱獄場面のスタイルを、ジ
ャッキー本人がやるというのが、あのVIPクラブアクショ
ンになったとインタヴューで答えていました。
 ということは、本人もこの問題については分かってい
るわけなのですけど。

>そして「ヤマカシ」みたいな映画は一回見れば十分ですし
>何回も見れる映画かどうかって疑問ですし。

 一部の映画は闘いの要素がなくなってしまっていま
すからね。これもワールドワイドの人気ゆえの弊害だ
としたら、本人にとっては永遠に堂々巡りになります。

>それは凄いことなのですけど、その世代と人種間のギャップ
>が作品に特質を持たせるのではないかと思います。

 本当はそうですね。そのためのレイティングシステ
ムなわけですから。

>いや、どんな人間が見ても良い映画ってアメリカは作れる
>と思うんですけどね。ジャッキー(というかアジア人)主演
>だから映画的クオリティを下げて作ってるのかと
>被害妄想的にすら考えてしまうのです。

 それはないと思いますよ。マーケティングリサーチ
を間違えているんだと思います。

>しかし、商売人としては結構な出来事だったのでしょうけど
>それが作品のクオリティに貢献するわけではないので
>純粋に喜ばしいことなのかわかりません。
>事実、90年代2000年代にかけて同時期の
>ジャッキー作品よりも面白い香港映画はいくらでもあった
>わけですし。

 香港でだけでヒットさせるのならジャッキーにも出
来るのでしょうけど、どうしても一本の映画でグロー
バルな商売をしようとするので、作品にひずみが出て
しまう。ファンの数が増えれば増えるほど好みも多様
化し、それに応えようとすればするほど、更にそのひ
ずみが大きくなるという。

>こういった事情はよほどポルノか過激な残酷描写以外では
>規制されない日本人には実感できない面でもあります。

 アメリカ人の映画館にいくと身分証明書の提示を求
めれます。こんな時は"あぁレイティングだ"と実感し
ますね。(笑)

>もっと率直に言えば、ハリウッドが欲しているのは
>アメリカ国内の観客以上にジャッキーを通した
>中国本土の観客ではないかと・・・
>それでは毒にも薬にもならない無難な路線の作品
>でないと難しいのでしょうかね。

 中国の観客が欲しいのは確かですけど、ハリウッド
作品のジャッキーが中国で客を呼んではいないという
結果は既に出ています。

 ハリウッドは昔からそうなんですが、その国のスタ
ーの映画がハリウッド映画のその国での興行を邪魔す
るのであれば、ハリウッドで潰れてくれた方がありが
たいんです。

 現在作られている映画はやはりあくまで欧米用です
よ。(それと日本)

>というか、多少は見る人を選ぶくらいの要素がないと
>面白くないんじゃないかなと思いますが。

 そう、一度やってみればいいんですよ。
 ↓の意味もそういう意味でした。

>> 私がジャッキーたちに望むのは、いっそのこと東洋を
>>バッサリ切り捨てた映画に出演してくれることです。

>たとえ人種差別があってもアメリカ社会において、
>どの人種が存在しても何の違和感もありませんし、
>生活する分に出自云々は関係ないことだと思いますが。
>ただ、それが映画の場合どういったことになるのでしょうか。
>アメリカの映画は白人を描いていても、主人公がWASP以外
>だったりすると、大抵はそこに触れてましたし、
>とはいっても、触れてないのも多いですけどね。
>まあ、作品の意図が「アクションやってりゃいいよ」
>ってことなら、触れる必要ありませんけどね。

 触れる程度なら構わないのですが、背負う必要はもう
無いと思っています。それこそね、純粋にアクションや
ってりゃいいんです。


>私の好きなイーストミーツウェストものに「レッド・サン」が
>ありますが、これも少し歴史公証が適当でした・・・
>いえ、勘違いの面があるにしても、外人さんは日本の
>武士道を掘り下げようとする敬意が感じられるのに
>その他の東洋を描く際には一片の敬意も感じられない
>のは何故か(「ホワイトトラッシュが見るもん」なんでしょうね)
>ということなのです。

 ごめんなさい。『ラストサムライ』に関して公証面云
々というのは逃げてました。まあそれも嘘ではないんで
すけど。この映画に関しては別項を立てて嫌いな理由を
ちゃんと書きます。

>ジャッキーにはどういった作品が良いのでしょうかね?
>「燃えよカンフー」をジャッキーでリメイクするというのは?
>アメリカで製作されたものでは中国功夫に対する敬意はあった
>ような気がしますし、勘違い中国の描写を修正すれば
>COOLなジャッキー作品にもなり得ると思いますけど。

 『燃えよカンフー』とかだとやっぱり東洋を背負うこ
とになるので、どうかなー?私が『タキシード』を支持
する理由の最大の点が、あの映画の彼が何人であっても
構わない作りにあります。Coolという点ではアメリカの
観客にも不満でしょうけど。
 
 アメリカ人のファンが一番例題としてあげているのは
ジェットの『キスドラ』です。あんな感じのアクション
がCoolなんだとか。

更新 [2004年11月30日(火)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

 11/30日記更新。本日はねブルース・リーという名
の商売のラスト『決鬥死亡塔』です。

ブルース・リーという名の商売(7)『決鬥死亡塔』 [2004年11月30日(火)]

ブルース・リーという名の商売(7)『決鬥死亡塔』'78(79説有り)年製作、監督:陳天泰、主演:龍天翔ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー本物のブルースの写真にナレーションが被り、ブルースの死が説明される。OPから葬儀の場面へと繋がり、『大蛟龍/大天二』の製作発表、そしてまた葬儀の場面。これらは全て無断使用によるものだ。 映画の撮影現場、ブルースの役は龍天翔。張徹門徒のショウブラ・スターだが、この時の芸名は"Bruce Lee 小龍"、舐めた芸名である。 この撮影現場で羅維が夫人の劉亮華に、不審な電話が続いているからブルースの動向に注意するよう促す。撮影終了後リンダが迎えにきて、帰宅しようとするブルースにマフィアの手下・スタイナーが近づいてくる。彼らはブルースに新しい契約を迫っているのだ。 しつこく追いまわすスタイナーは、深夜家に忍び込みリンダに妥協案を出す。「別の会社のプロモーションが済むまで奴を眠らせてろ、さもないと大変なことになるぜ!」渡された薬が毒ではないと念を押されたリンダだったが・・・。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー何故か『ドラゴンへの道』の映像が延々と挿入され、深夜にも関わらずふたりで出かけていく。ナイトクラブではゲストの丁珮(ベティ・ティンペイ)が歌を唄っていた。電話で呼び出されたブルースが席を立つと、以前からリンダに言い寄っていた張崇陽がやってきた。「あの丁珮と旦那はデキているんだぜ」張崇陽を突き放すリンダ。またも『ドラ道』映像、意味判らん。 帰宅したブルースがシャワーを浴びていると張崇陽が銃を突きつけ例の薬を飲ませろと迫る。物陰から銃で狙われたリンダは渋々ながらコーヒーに薬を混ぜる。SEXの最中に突然苦しみ始めたブルースはそのまま死亡。後にはリンダがそのまま残された。 悲しみにくれるリンダのところへ新しい老召使が仕事の報告に。 その頃、ブルースの新作映画『死亡遊戯』(本物の新聞記事使用)がゴールデンハーベストから発表された。驚くランド社長はスタイナーに真相を探るよう命じた。アメリカの葬儀に使われた棺の中が空だったとの報告を受けたスタイナーは、リンダの後を追う。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー独り佇むリンダのもとへあの老召使が近づき、ブルースの死の真相を問いただす。悲しみにくれるリンダは全てを告白。「・・・私が殺したのよ!」ショックを受ける老召使。変装の下から現れた素顔は・・・・ブルースであった。どうやって毒を見破ったのか、どうやって今までリンダに死んだと信じ込ませたのかの説明は、無い! 騙されたと知って逆ギレのリンダは、車に飛び乗り去っていく。妻に殺されていたと知ったブルースは、李文泰のところで修行をしている唐家拳に因縁をつけてこれを倒す。唐突に行われるこの場面の説明はセリフひとつ存在しない。 リンダは張崇陽に捕まりレッドペッパータワーへと連れ去られる。リンダ救出に向かうブルースは、波止場で例のトラックスーツをきたバイカーと対決。バイクと一緒に黄色のトラックスーツを奪い、レッドペッパータワーへと向かう。イノサント、相撲取り、ボクサーを倒し、駐車場で手下を蹴散らしたブルースは、ランド社長を追い詰める。ランドをボコっているとパトカーのサイレンが聞こえ、ブルースが逃げ出したところで唐突にThe End。 場面は変わり龍天翔のトレーニング場面が挿入され、この映画の主役"Bruce Lee 小龍"が紹介される。「彼はこれからブルース・リーのように成功するでしょう」とナレーション。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー酷い、最悪かつ悪趣味である。ストーリーも酷いが、ほとんど無名の役者ばかり登場する画面の安っぽさ、陳腐でチープな演技、映画の演出技術も滅茶苦茶だ。この映画を製作したのは「和欣有限公司」、プロデューサーは張繼元と張宗陽。この映画が黒社会がらみであるとの噂は、映画の作りからいっても間違いないところであろう。 アクション場面は良く出来ている。それもそのはずで、武術指導はサモ洪金寶なのだ。 ハーベストでクローズ版『死亡遊戯』を撮影していたサモは、台湾の映画会社に大金で招かれ(拉致の噂あり)、クローズ版と同じアクションを作るよう強要された。 バイクチェイスからタワーへと至る場面、イノサント(本人ではない)戦の展開は本家とほぼ同じである。 これが拉致だという噂を裏付けるのは、いくら大金とはいえ、それだけでクローズ版撮影途中に台湾で映画を撮るとは思えないということだ。ハーベストは秘密保持のため何重にも契約書を書かせていたというし、ハーベストから貰っていた金も相当のものだろう。 サモが台湾でモドキ映画に関わったことが鄒文懐(レイモンド・チョウ)の耳に入らないはずはなく、それによってサモが何らかのペナルティをも受けてはいない事からも、この映画は黒社会によって拉致されたサモが、無理やり作らされたという噂を肯定するのである。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーブルース・リーという名の商売、それは今後とも半永久的に続けられる闇のビジネス、その闇は深く、そしてとてつもなく広いのである。
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