旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
 なお日記に記載の内容は、無断転載、転用はお断りいたしております。ご理解下さい。(by fake)

 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

Re:はじめまして [2005年01月13日(木)]

Name:もんさん
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 fake様
 早々のレスありがとうございます。

> この時期のショウブラ作品は基本的に北京語版のみの
>製作で、広東語版が製作されたのは後になってからのこ
>とが多いのです。ショウブラ封印前にTV放映されていた
>時期がありますし、ものによっては今回のDVD化に際して
>作られたものもあります。『三十六房』の広東語製作時
>期は特定出来ませんが、最近である場合、呉孟達の可能
>性は低くなります。
 
 そうでしたか・・・
 謎が解けて、スッキリ致しました。
 大変勉強になります。
 
 ショウブラ作品がTVの電波に乗って!
 過去の話といえど、タダでショウブラ!
 うらやましい・・・・。夢のようなお話です。
 
 
> 周星馳映画に出る以前の呉孟達には地声でないものも
>ありましたから、本人が声優をやっていた可能性はさら
>に低いと推察されます。
 
 そういえば、以前「香港エマニエル」を見たとき
 呉孟達の地声じゃなくて、随分寂しい思いをした
 記憶があります。声って重要なんだなぁとその時
 実感しました。

 fake様、
 無知な私のちっぽけな疑問にこんなに素早く、
 しかも丁寧にお答え頂きまして
 本当にありがとうございます!感激です。
 気になることがあった時は、またこちらに
 お邪魔するかもしれません。
 その時はどうぞ宜しくお願いします。

 周星馳特集の続き、
 今からゆっくり拝見させて頂きます。
 
 
 

 


The Butterfly Effect [2005年01月13日(木)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
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 この映画凄く面白かったです。春頃には日本でも
『バタフライエフェクト』の題で公開予定だとか。
お近くの劇場で上映の時は是非どうぞ!ビデオでも
どうぞ!損はさせませぬ。

Re:はじめまして [2005年01月13日(木)]

Name:fake
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 もんさん、はじめまして!

>周星馳繋がりで、呉孟達に関する事なのですが、どさくさに紛れて、質問宜しいでしょうか?

 質問はどんどんして下さって構いませんので、ご遠慮
なく!

>「少林三十六房」を広東語バージョンで見て、ふと思ったのですが、敵役の羅烈の吹き替えの声が、呉孟達の声そっくりだったんですよ。その他「楚留香」の凌雲・「千王門千覇」の陳観泰など、ショウブラ作品の広東語バージョンで、ちょくちょく呉孟達(に似た?)のおっちゃんの声を耳にするのですが、もしかして、TVBの役者さんは、映画の吹き替えも!?それとも単なる私の勘違い!?ずっとモヤモヤしている次第です。

 今まで広東語バージョンを見たことなかったので、改
めて確認しました。

 確かに呉孟達の声に似ていますね。

 ですが幾つかの理由によって多分否定出来ると思いま
す。

 この時期のショウブラ作品は基本的に北京語版のみの
製作で、広東語版が製作されたのは後になってからのこ
とが多いのです。ショウブラ封印前にTV放映されていた
時期がありますし、ものによっては今回のDVD化に際して
作られたものもあります。『三十六房』の広東語製作時
期は特定出来ませんが、最近である場合、呉孟達の可能
性は低くなります。

 あの声(羅烈の吹替)自体は昔から広東語版の香港映画
で良く聞く声です。香港映画がアフレコだった時代、広
東語版、北京語版、英語版を製作するさいにそれぞれの
声優の仕事は荒らさないという仁義があったと聞きます。

 この慣習を破ったのがTV出身で本人の声が茶の間に知
れ渡っていた許冠文によってで、これに周潤發、周星馳
が続いたのはご存知だと思います。

 周星馳映画に出る以前の呉孟達には地声でないものも
ありましたから、本人が声優をやっていた可能性はさら
に低いと推察されます。

 香港映画がアフレコから俳優本人の声に変わっていっ
たのは、声優さんたちの高齢化による引退(または死亡)
も関係しているといわれています。元々数人だけでやっ
ていたらしいですから、それを機に本人の声でやるよう
になったとか。

>周星馳特集の続き、楽しみにしています。 

 ご期待にそえられるよう、がんばる次第であります。

Re:re: [2005年01月13日(木)]

Name:fake
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>「悪漢笑撃隊/Mob Busters」は脚本の昇華次第で傑作に成り得た作品だなと思いました。

 紹介だけ読むとそれなりには面白そうなんですけど
ねぇ。

>それを踏まえて実際のテイストを考えると85%ぐらい陳俊良監督じゃないかと思われるような台湾テイストでした。ほんとにアメリカの監督が作ったのか?と疑いたくなるような感じです。

 実際こういうケースは名前だけである場合が多いの
で、間違いないんじゃないですか?

>まぁ色んなキャストは出てくるので、それだけでは楽しめませんがそれだけがウリになっちゃったかなぁ・・・

 全体の出来は悪くとも、顔ぶれ以外のサムシングが
あるともう少し乗れるんでしょうけど。

>ただもう1人気になるおじさんがいるんですよねぇ。
>あのジム・ケリーと賭けをする中条静夫さんみたいなおじさん。

 ああ、彼は私も知りたいんですよ。(笑)

 トーナメントの最初の方で、槍かなんかで闘ってい
るのが作家・落合信彦のお兄さん(落合秀彦氏)だと最
近知りました。ま、ノビィはともかく、お兄さんはア
メリカでは結構有名な空手家ですからね。

>なんか締めの部分だけで後のスピード・テンポが全然なってないなと思いました。
>全然迫力が出ないですよね。

 連続動作でリズムを作って行く功夫の殺陣と違って、
構えから斬ってまた構えるまでが、ひと呼吸の動作とし
て完成されていなければ、時代劇では良い殺陣にはなら
ないはずです。

>殺陣師スタッフに「暴れん坊将軍」のメンツを入れるべきでしたよ。冗談ではなくて。

 熟練の殺陣師と絡みの人材不足は日本に於いても深刻
な問題となりつつありますね。その点ではTV時代劇は最
後の砦なのですが、その砦もそろそろ・・・。

>結局、日本は王道時代劇を作れる人間がいなくなってるんですねぇ。

 そうなんですよ!だから今は作り続けなければならな
いんです。たとえ『あずみ』のような作品でも。そうし
ないと撮影に関する伝統技術そのものが途絶えてしまい
ます。それだけは避けなければ!

>原作からそうだったとすると、最初から
>"面倒くさいし描かないでおこう"
>ってところになりますね。

 私もそう思いました。

>だからこそアイドル映画としても成り得ると目を付けたのでしょう。

 穿った見方をすると、将来の映画化も見越して書いて
いたのでは?とも思えますね。

Re:ロバート・アルドリッチも「ハッスル」 [2005年01月13日(木)]

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>師父、なぜに急に「あずみ」なんですか?(笑)

 唐突でしたか!(笑) なるこうさんへのレスなのです。

>仏の「ニキータ」では、ヒロインが普通の世界に戻って、最初にすることは、セックスでしたな。

 これが普通だと思います。人間は食欲と色欲は我慢
し難いはずです。

>ちょっと前にリメイクされた、北大路版「子連れ狼」って、全然エロくないんですよね(笑)。昔は色仕掛けの柳生の刺客とか出てきたし、哀しき夜鷹のエピソードなんかもあったんですが・・・。

 エロもですが、第一シーズンで拝一刀がいつまでも
江戸をウロウロしていたのには困ってしまいましたな。
ロケの問題もあったんでしょうが、江戸で目明しふぜ
いに目を付けられる、なんてエピソードがあった日に
ゃ・・・。

>健全な世界じゃ大五郎は成長しませんよねぇ(笑)。

 旧TV版&映画版の大五郎は、立派に冥府魔道へ行き
ましたからね。(笑)

>「あずみ2」には、アドバイザーとしてユージン・レビィ氏を招聘しましょう。彼は親切ですよ!

 わははははっ!そうですね、理解のある大人でした
ね、彼は。

>しかし、ここらへんの事情に疎い私が、イチ作品として見ると、やはりイマイチかなという印象でした。

 仰る通りでございます。でもネタを踏まえてもう一
度見て欲しいですよ。功夫映画への溢れんばかりの愛
情だけは感じられますから。

>でも、シンチーが病院内の廊下で、“J・ニコルソン化”しますが、アレはウケましたね。

 洋画ネタは書きませんでしたが、アステア&ロジャ
ースやボギーの看板、チャック・ジョーンズ風追っか
け等・・・この辺がもう少し大きな扱いでも良かった
かと思いますね。

>世界公開を視野に入れてるのなら、ああいうクンフー以外のパロディをふんだんに盛り込んだ方がもっと楽しめると思うのですが、

 残酷描写も欧米では引っかかりそうですしねぇ・・・。

>しかし、かつて音楽家を目指し、一度挫折したが再び情熱を取り戻した、あのナイスガイが半ケツで理容師やってたとは思わなかったですね(笑)。

 いい味出してましたね。本当に変わり者らしいで
すよ、彼は。まさか野グソはしないでしょうけど・・・。(笑)

更新 [2005年01月13日(木)]

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 1/13日記更新。本日は、周星馳特集の第三弾。異例
の同一作品三発目『功夫/カンフーハッスル』、今度は
映画評です。

周星馳(3)『功夫/カンフーハッスル』 [2005年01月13日(木)]

周星馳(3)『功夫/カンフーハッスル』'04年製作、監督、主演:周星馳ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「もうサッカーなんかやめだーーーっ!」転がってきたボールを叩き潰した周星馳はこう叫ぶ。彼にとって世界的な成功をもたらした『少林足球/少林サッカー』だが、周星馳にとってこの完成度の高い娯楽作品は遺憾な大ヒットであったとしたら?これは案外と本音のこぼれた場面だったのかもしれないのだ。 正直にいって『功夫/カンフーハッスル』は『少林足球/少林サッカー』ほどの出来ではない。張り巡らせた細かい伏線をきちんと回収し、個性豊かな脇役たちのエピソードを描き分けた前作とは雲泥の差がある。相棒の林子聰は居ても居なくても同じ存在だし、唖の黄聖依のエピソードも中途半端だ。豚小屋砦の住人たちのキャラは立ちまくっているが、それであるが故に主人公との係わり合いの密度は薄い。 だがやはりこの『功夫/カンフーハッスル』は『少林足球/少林サッカー』を経ているからこそ作られたものなのである。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『少林足球/少林サッカー』以前の周星馳映画は、基本的に全て"オレ映画"であった。だからかつての映画は"周星馳+ヒロイン+ライバル+呉孟達"これだけで成り立っていたものである。もちろん他にも個性的な脇役も出てはきたが、ギャグとして機能するかどうかだけが最優先されていた。 『少林足球/少林サッカー』という映画の魅力のひとつ、というか成功の要因が、少林隊というチームそのものにあったのは間違いないところだ。主役が"チーム"である、というのは、実に周星馳にとって初めての試みであった。『少林足球/少林サッカー』以前の"オレ映画"では、そのいびつさを正当化するために"無厘頭"と呼ばれるナンセンス・ギャグが使われていたと言ってもいい。チームとして役割の大小を心得た上で映画の成功に貢献するアンサンブル演技は、『喜劇之王/喜劇王』で"オレ映画"に限界を感じた周星馳の模索した方向転換でもあった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそれが成功したことは周星馳にとって、新たな発見であると同時に、"オレ映画"との決別も意味していた。そこに迷いは無かったか? これを踏まえて『功夫/カンフーハッスル』を見れば、必要以上にエピソードが盛り込まれた豚小屋砦だが、そこには周星馳があまり絡まないという現象も、キャラが描ききれていない、ギャグにさえなっていない相棒・林子聰の立ち位置の中途半端さも理解出来てくるではないか。 自分が一歩下がることで脇役に出番を与え、それを魅力的に描くことで映画に深みを与えるというのは、娯楽映画における当たり前の方程式である。『少林足球/少林サッカー』においては"チーム"であった為、キャラを描き過ぎるという事も、逆に描き無さ過ぎるという事もなく、過不足無く纏まっていたものが、『功夫/カンフーハッスル』では完全にその匙加減を間違えるという結果になってしまったのだ。むしろこの映画の場合"オレ映画"である方が良かったのだが、『少林足球/少林サッカー』の世界的成功によって読み違えを起こしたのだとしたら皮肉である。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画のもうひとつの批判点は、周星馳覚醒までの展開にある。しかしここは功夫映画史の観点から、私は彼を弁護しておこう。 やはり多く聞こえる批判は、強くなるのが遅く唐突である、という点だ。功夫映画であるなら途中で特訓は欲しいという意見も多く目にするが、この映画の場合それは無い。いや、あってはならない。 ひとくちに言ってこの映画は、神怪武侠片から、胡金銓による武侠片の新世紀、張徹を代表するショウブラ暴力路線、李小龍フィーバー、独立プロ乱立、新派武侠片ブームという、60年代から70年代半ばまでの功夫・武侠片の歴史を包括しているものである。それは62年生まれの周星馳が、少年期に見た映画の総決算ということなのだ。 特訓場面が欲しいと言っているのは、日本の、それも第二次功夫ブーム世代、いわゆるジャッキー世代である。第一次功夫ブーム世代にとっては、特訓場面が無いことはあまり違和感のあることではない。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『蛇拳』『酔拳』に代表される特訓物は、正しくは「練功小子片」という。功夫映画史における「練功小子片」の原イメージは、武侠小説の元祖「聖朝鼎盛万年青」における方世玉にある。方世玉を映画化した際の特訓場面を独立させたのは張徹であり、その映画で武術指導を担当した劉家良によって、特訓場面の写実的描写というモダニズムが登場したのは76年『陸阿采興黄飛鴻』によってであった。ようするに功夫映画史に於いてこのジャンルは新しいものなのだ。 ジャッキーの『蛇拳』『酔拳』が、劉家良のストイックさに対する精神的アンチテーゼとしてパロディの役割を担っていたことは、公開当時から指摘されていたものだ。 今回『功夫/カンフーハッスル』で周星馳が総括しているのは、この「練功小子片」登場以前の世界観である。それ以前の映画ではあまり見られることの無い特訓場面を、入念に描いてしまってはブチ壊しではないか!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーそのために引っ張り出されたのが「如来神掌」という秘伝であろう。少年時代の回想場面で如来神掌・三式を使用していた周星馳は、第一の覚醒場面では見事に究極奥義である九式の刻印を残してみせる。これは主人公が死に物狂いで如来神掌を会得していたことを示す省略法だ。技は会得しているが、彼はその使用方法が解からないだけで、古臭い武侠片的作劇法を持ち出すことによって、覚醒という形で達人になることを納得させ得る記憶装置が、如来神掌という超有名な秘伝なのである。 秘伝の覚醒という線に沿って話を進める方法が、達人たちの危機的状況で、そこにシンパシーを覚える主人公の心象描写の方こそ旨くはいっていないものの、豚小屋砦のエピソードは恐ろしく魅力的に描かれるという結果は生んだ。この映画に特訓場面が描かれなかった理由はお分かり頂けたであろうか。(次回へ)  
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