周星馳(9)『唐伯虎點秋香/詩人の大冒険』 [2005年01月31日(月)]
周星馳(9)『唐伯虎點秋香/詩人の大冒険』'93年製作、監督:李力持、主演:周星馳ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『審死官』に続く周星馳古典劇シリーズ第二弾だ。第二弾とはいってもスタッフも製作会社も違うのだが、『審死官』の成功あっての企画なのは間違いない。その意味においてはやはり外国人にとって最も敷居の高い周星馳映画の筆頭で、この映画の真の面白さは広東人にしか解からないのが本当のところだろう。まあ、そこで投げ出しても何なので、ちょいとばかり解読を試みてみましょうか。 唐伯虎は実在の人物で、秋香とのロマンスは民間伝承として長らく伝えられてきた。それを粤劇にしたものが「三笑姻縁」という演目で、香港で映画化された唐伯虎ものは、基本的に粤劇「三笑姻縁」を元にしている。一番古い映画化は37年の[廣+おおざと]山笑&梁雪霏(左が唐伯虎役、右が點秋香役、以下も同)版、唐伯虎ものが大流行した50年代には、53年に何非凡&芳艶芬、54年に司馬緑郎&鄭碧影、56年に劉[王奇]&葛蘭、満を持して登場した57年の任劍輝&白雪山は、粤劇の名優ふたりによって演じられ決定版となった。69年にはショウブラによってカラー版が作られ、黄梅調映画として公開。凌波&李菁のカップルはその時考えうる最高の組み合わせであった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー江南第一風流才子として名を馳せ、明朝を代表する画家・詩人のひとり唐伯虎は、八人の妻を持ちながらも、金持ち夫人の召使い秋香に一目惚れ。その家の書生として入り込み、見事、秋香の心を射止めるというのが、良く知られた伝承で、映画『唐伯虎點秋香/詩人の大冒険』のストーリー。 本当の唐伯虎は、当たり前だがいささか違う。唐寅が本名だが、格好をつけて唐伯虎なんて名乗っているし、六如居士なんて号も持つ。1470年江蘇の生まれで、桃花庵という屋敷に住んでいた。30才の時、科挙の試験に主席で合格、解元となる。科挙の試験にも段階があり、県試−府試−院試−歳試−科試−郷試−挙人−覆試−会試−会試覆試−殿試−朝考で、朝考を超えると制科になる。会試を首席で合格すると会元と呼ばれ、殿試を首席で合格すると状元と呼ばれる。(時代によって違う場合もある) 唐伯虎が合格したのは郷試で、この首席合格者が解元なのだ。唐伯虎の住んでいた江蘇は教育熱の盛んなところだったとか。 この科挙の試験に絡んだ不正事件に関与したとして入獄、無実の訴えを起こして闘うが、この頃から通常の出世コースを歩くのが嫌になったようだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー詩人仲間の祝枝山、文壁、張靈(もうひとりは徐禎卿とする説有り)と共に"江南四才子"として持て囃されたが、唐伯虎は地方を遊歴しながら見聞を広め、貧しい人々のために画や書を切り売りして歩いたと言われている。画は始め周臣という人に学び、後年は沈周に入門。山水、人物画を得意とし、花鳥画はあまり得意ではなかったとも。 映画で見られる様に秋香を加えて九人の妻を持った、なんてことは無いが、結婚生活が不幸だったのは本当のようだ。最初の妻・徐氏娘(字は不明)との結婚中、相次いで両親に死なれ、妹夫婦にも不幸が相次ぎ、あげくには妻は流産。徐氏娘とは後に離婚し、何氏娘(字は不明)と再婚したが、入獄したのはこの直後のこと。 落魄し落ち込んだ唐伯虎は何氏娘とも離婚するが、彼を精神的に支えた友人の女性・九娘と結ばれる。この九娘が九人の娘と曲解されたもので、これに祝枝山と賭けをして書いた時の「九美圖」という絵が、後世の彼にプレイボーイというイメージを与えたのだ。九娘との間に一女を授かったが、疲労がたたったのか1524年に54才で唐伯虎は無くなった。その時九娘は37才だったと伝えられている。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーここからはギャグ解説。冒頭、唐伯虎(周星馳)を訪ねてくる友人・祝枝山(陳百祥)との会話は、セリフ回しから仕草までまるで"黄梅調"で、祝枝山が金に困って絵を書いてくれと頼み込んでから急に現代語になって笑わせる。 絵を書く方法はまるで武侠片タッチで、祝枝山の体に墨を塗りつけ、体の一部分をモチーフにして書き上げる。「乳首は花に、手足は岩木に・・・鷹は何?」問われた唐伯虎「用的是閣下的命根子(閣下のチンコを用いました)」それを聞いた祝枝山「雄壮にして熱情、伝うること神の極みだ」と喜ぶ。唐伯虎呆れて「我説的是鷹咀上吻的那修小蠱(私が説明したのは鷹が咥えているミミズの方でございます)」 不幸な結婚生活でいつも憂鬱そうな唐伯虎、八人の妻から「何でいっつもそんな顔してんの?あたし達に何か不満があんの?」と詰め寄られ、何も無いなら笑顔を見せろ!と要求される。笑いたくもないのに無理に笑顔を作った唐伯虎、もっと!と言われて、自分の指で頬の筋肉を持ち上げて見せる。 これの元ネタはバスター・キートン。笑わぬコメディアンとして有名だったキートンには、その売りとなる無表情を守るため映画の中で笑ってはいけないという契約条項があった。これを逆手にとったのが『キートンの西部成金』で、ガンマンに銃を突きつけられたキートンは、自分の指で頬を持ち上げ無理やり笑顔を作るのである。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー寧皇派の使者が自派への勧誘にきて仮病を使う場面。ここも"黄梅調"です。医者に聞かせる脈の音は、密かに修行した内功によって脈拍を操り誤魔化す。"ウイリアム・テル序曲"から"将軍令"までテクノ調なのが可笑しい。 実は唐家には仇敵がおり、その一人がその名も"奪命書生"(劉家輝)!回想場面で着ている服はまるで50年代の神怪武侠片のよう。この"奪命書生"に父が殺された為、武林武器名鑑には唐家の秘伝・覇王槍は三位として載っていると母から聞かされる。ちなみに二位は奪命書生、四位は李尋歡の飛刀、一位は李尋歡の母の飛刀だとか。李尋歡は古龍の武侠小説の有名主人公。武林武器名鑑云々・・という設定も李尋歡の登場する小説「多情劍客無情劍」(01/7/26日記参照)より。 回想場面で母の使う技・霹靂雷珠はありそうなネーミングだが恐らく周星馳オリジナル。この"有りそうな"というところがセンスの良さで、奪命書生が使う"面目全非脚"やそれに対抗する唐伯虎の"還我漂亮拳"などもそう。ただし秋香(鞏俐)の部屋に忍び込んだ唐伯虎に、秋香が見舞う棒術"十字追魂棍"は「水滸傳」の盧俊義の得意技。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーお参りにきた華夫人(鄭佩佩)のお供で寺院に現れた秋香に一目惚れ、御神籤を引いている秋香に唐伯虎が話し掛ける場面は粤劇の名場面。ここで粤劇なら歌になるのだが、唐伯虎が歌おうとすると僧侶の物凄いローリングソバットが。"寺院ではお静かに"だって、そりゃーそうだ!(笑) 門前で父が死んだと泣いて書生にして貰う場面は、これも粤劇にある場面から。もう少しで就職できそう・・・というところで更に不幸な人物が登場するあたりが笑わせるのだ。 雇われた唐伯虎が武状元(梁家仁)という書生頭に番号を付けられ、シゴかれる場面はスタンリー・キューブリックの『フルメタル・ジャケット』から。"ジェリー・ドーナツが好きであります!"とは言わされなかったけど。 屋敷に忍び込んだ盗賊たちは自称"江南四大淫侠"その頭目格は"小淫蠱・周伯通"。金庸先生が怒ってきそうなこのネーミングは、「射G英雄傳」より。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー忍び込んだ部屋で実は秋香が唐伯虎に憬れていたことを知る場面、秋香が思わず口ずさんだ詩に唐伯虎が続ける。「桃花塢裏桃花庵」「桃花庵裏桃花仙」これは唐伯虎の"桃花庵歌"より。 ここで秋香に何で私を追いまわすの?と問われ「あなたの三笑に情を感じた」運命の出会いを強調。これは唐伯虎が「九美圖」を書いていた時、町で見かけた豆腐屋の娘・阿娃が何気に微笑んだのを見て、九人目の美女として後を追った故事からきている。この"三笑留情"が、秋香が三度微笑んだ話から結婚に結びつく粤劇「三笑姻縁」になるのだ。 息子の家庭教師に昇進した唐伯虎が、バカ息子たちに何が出来ると問われて答える場面も「三笑姻縁」から。ショウブラ版だと「弾琴、焚香、對奔、做文章、吟絶首風花雪月、弾一曲鳳求凰、畫幾筆山水人物、奏一套簫管管黌、未卜占地、風流自明、竊玉偸香」となっているが、これが周星馳版では「吹口琴、玩玉簫、泡泡紐、看情、占卜相観人眉字、風流個償、竊玉偸香」となる。吹口琴とか玩玉簫とか、全然いい加減じゃん!ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー替わりに元の家庭教師は首になるんですが、オリジナルだと唐伯虎の方が有能なため老齢にして追い出されるちょっと可哀相な場面。"回歸田園養天年"とかいって歌もあるんですよ。周星馳版だと刺青だらけのヤクザで刃物を持ち出した上に勝手に死んでしまうんですがね。 鄭佩佩の華夫人と劉家輝の奪命書生が闘う場面は功夫ファンお待ちかねのところ。ショウブラの先輩後輩ですが、ショウブラ時代に共演はないレア対戦。唐伯虎が書生として雇われると華家のしきたりに従い"華"の字をつけた名前を拝命する。結局は"華安"に落ち着くものの、当初与えられそうになった名前は"華勝"。「その名前は・・・」といって固辞する唐伯虎だが、それもそのはずで、この映画を製作した「永盛娯楽」は向華勝と向華強の兄弟による経営。このふたりは・・・まあ、ヤクザ・・以下自主規制。 その華夫人、唐伯虎の父に振られたことをいつまでも怨んでいた。唐家のものは皆殺しとばかりに劇毒・一日喪命散を使う。それに対抗して唐伯虎も家伝の劇薬・含笑半歩癩を使用。このネーミング・センスは武侠小説の手段。七種類の毒虫が混合されるという一日喪命散だが、一緒に混ぜるのは"鶴頂紅"。普通、蓮の花のことだが、中国では丹頂という種類の金魚のことでもある。でもオイラはこれ古龍の小説「絶代雙驕」に出てくる秘丹・鶴頂紅のことだと思うんだが。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー谷徳昭との対詩合戦。「一郷二里三共夫子、不識四書五径六義」この後「意敢教七八九子、十分大胆」と続くことから、最初の一、二から数字を数えている語呂合わせだと解かる。意味があるのは"不識四書五径六義"のところ、"不識四書五径(四書五径を知らず)"というのは良くある詩文だが、そこに"六義"とつくところが捻ってある。四書五径というのは中国人にとって勉強をするならまず習わなければならないもので、四書=大学・中庸・論語・孟子、五径=書経・易経・詩経・春秋・礼記のことだ。"五径六義"は武侠小説のタイトルでよく使われる「三侠五義」とかの言い回しを真似たもの。 唐伯虎が四回目に詠む詩「賞花賞月賞秋香」というのは似たようなものはオリジナルにも多々あり。「思秋香愛秋香、日日夜夜想秋香」とか、これもショウブラ版から。 ついに結婚を許された唐伯虎だったが、華夫人の嫌がらせは続く。使用人としての契約書を持ち出し、最初に騙したのは唐伯虎の方だという。「契約書の行の頭文字を並べて読め」という唐伯虎に従って見れば"我為秋香"の文字が!これも粤劇に原点があって、戯れに書いた唐伯虎の絵を華夫人に詰問され、書き直しを命じられる。そこで絵の上に載せた詩文の頭文字を並べると"我為秋香屈居僮僕(秋香のために僕は書生になった)"と読めるように書き入れるのです。 ラストの花嫁選びで唐伯虎が使うのは"如来神掌・一式"でも何で"一式"かな?とどめは"萬佛朝宗"ではなく"カメハメ波"。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこれ日本語化不能でしょ?どうやったのかなークロックワークス?ということで、周星馳特集これにておしまい!








