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>「悪趣味洋画劇場」はインパクトありましたし、それ以降出版されたムックも割と勉強になって楽しく読んでましたのですが。
最初エド・ウッドが出たときは商売になんのかなー?と
思いましたけどね。
>現在はサブカルとか言ってそうなライターの文章に占められていますね。この人達、そんな自分がカッコいいとか思ってるんでしょうか。
気づいてました?版型の小さい頃と今では、ライター
陣の年齢が幾分と若くなっていることに。70年代生まれ
が随分と増えているんですよ。だから感覚的に80年代寄
りになってきているんです。今月号なんかビデオ時代に
ついてですもんね。
>あれほどの映画を撮れるのですから「神打」から同様の勢いが
>あったのかと思ってました。
『神打』はダレ場もあるんですよ。最初から上手くは
いかないでしょ。
>ドラマに深みを持たせいて、ファイトシーンにのみ全力投球すればよいという安直な功夫片と一線を画す良質な作品です。
結局ファイトシーンもストーリー部あって引き立つも
のでしょう。映画としてトータルに出来が良くなくては
褒められませんよ。劉家良だけでなくショウブラ作品は
このストーリー部分に力が入っていて、それは倪匡の力
によるところが大きいにしても、脚本、演出、演技(含む
アクション)の全部が揃わなければ、それはやはり映画と
は言わないんだと思いますね。
>張徹の長弓時代の作品は私自身開拓できていないため「洪拳与詠春」は未見でございますが、この時点から劉家良のビジョン、または青写真は出来上がっていたのでしょうね。
『洪拳興詠春』はかなり影響を与えていますね。これ
を下敷きにして自分のスタイルを構築していったのは間
違いないです。
>また、關徳興の「黄飛鴻」には関係していた人ですから「陸亜采与黄飛鴻」の成長した劉家輝が後の關徳興の黄飛鴻に繋がることを意図したストーリーとも考えられます。そんなところも李小龍とは異なる正統な「香港の」功夫片の系譜と解釈できて一層興味深くなります。
映画の作りと精神性が關徳興版の作りに近いんです。そ
れは『師弟出馬』も同じですよ。
李小龍は香港映画史では異端である、それは胡金銓も成
龍もそうでしょう。私のHPの出発点もそこから検証するの
がスタートでした。
>サモの残酷性は黄楓の意匠を継承したものかと単純に思っておりました。もっとも、その黄楓に興行師的側面が感じ取れます。私は虚構の世界に道徳を求めてはおりませんので残酷描写でも必然性があればよいのです。
黄楓はそれほどでもありませんがね。彼はストーリーテ
ラーであり、自分のビジョンのために必要か否かで使い分
けていたと思います。
サモは先祖から受け継いだものだと思っているんですが・・・。
>サモの場合、いや「賛先生」ですけど、決戦後から「劇終」までのシーンをコミカルに描いていることに対して、もう少し考えてほしかったのですが。
あの映画はコメディ功夫が確立されるまでの過渡期であ
ること、そこにつきると思います。全体のバランスの悪さ
というか居心地の悪さ加減は過渡期ならではのものではな
いですか?
>「陸亜采」鑑賞後の伊東かんふーさんが「師弟出馬」と「龍少爺」のルーツ的な印象を持たれたそうです。
更に遡ったルーツが關徳興の映画ということになります。
>羅維がジャッキーに采配を委ね、ジャッキーが理想とする黄飛鴻の映画が撮れたと仮定しても、従来の羅維影業の作品と大差無かったのではと思います。
ハーベストに移籍しなければ、いや『酔拳』が作られな
ければ『師弟出馬』の発送は出てこなかったはずですよ。
>むしろ私は「酔拳II」でジャッキーが演じた黄飛鴻に不満を感じます。やらされたのかもしれませんが。
本人ははっきりとチャリティのためだったと述べてます
ね。ギャラも貰わなかったのに・・・と言ってましたけど。
>「陸亜采」から「師弟出馬」と「龍少爺」の系譜は伊東さんに語っていただくことにしますのでそのうちに、よろしくお願いしますね。
そろそろ登場ですか?
>袁小田が演じた師父の造型まで、研究されているとは恐れ入りました。さすが探究心旺盛ですね。
この間京都のさる寺で中国から伝わった水墨画を見せ
て貰ったんですよ。そこで蘇化子そっくりの絵を見まし
てね、住職に聞いたらその人物の生活振りも同じようで
したし、そこにルーツがあるのでは?と閃いた次第で。
>OPの洪拳と将軍令は功夫だけでなく、広東文化のアイデンティティを表現した映像に思えてとても気に入っています。
それこそ劉家良の表現したかったことですね。
>「武館」では将軍令が流れていないことに気がつきませんでした。この作品は「陸亜采」路線を発展させ「師弟出馬」に対する劉家良の回答だと思っています。
私もそう見えましたよ。
>しかし、この映画はむしろ後の徐克の「黄飛鴻」に影響を与えたような気がします。個人的にはラストの劉家輝と王龍威の一戦が洪拳の魅力を最大限に表現している点に感動している次第です。
とにかくこの場面は素晴らしいですよね。徐克の黄飛
鴻は73年の谷峰版(02/9/20日記参照)から一番大きな影
響を受けていると思います。アクション場面へとつなぐ
場の盛り上げ方なんかは『武館』からの影響大でしょう
ね。
>60年代も見ないといけませんね?了解です。
欲を言えば50年代の黄飛鴻ものからでしょう。歴史は
"点"でなく"線"ですから。黄飛鴻神怪武侠片胡金銓
張徹王羽李小龍呉思遠劉家良楚原洪金寶
成龍ニューウエイブという流れから太局観を読み取
りたいですね。
>同様の新しい発見を求めて鑑賞していくつもりです。
時系列で見ていくのが一番だと思いますよ。香港映画
全体に興味が沸いたのならなおさらです。
>まあ自分の言語能力(または頭が良くないため)の問題で、別の映画でもいまいち理解できない点を教えてくれたりするので彼等には感謝はしております。
それはありますね。私も職場ではアメリカ人から教え
られることは多いです。
>香港映画で中国服もリアルに再現したのはジェットの「黄飛鴻」以降ではないでしょうか?
徐克は随分と資料を見たと言っていましたね。
>むしろ「細路祥」を意識したからではないか・・と。
阿祥ですか。それもいいかもしれません。(笑)
>サモの「林世栄」は袁和平が嘉禾で「酔拳」の続編を撮ろうとしたのではと推測しています。嘉禾電影の79年11月号(あたり)に
>当該作品のグラビアに普段着のサモと袁和平が蘇乞児の扮装をした袁小田と一緒に写った写真が掲載されております。
↓のスレで白扇仔さんにいってる写真と同じものでしょ
うね。私の見たのは別の本でしたが。
>しかし一人個の師父が弟子の弟子を鍛える発想からして「陸亜采」と同じですね。
ですね。『酔拳』『南北酔拳』と続く蘇化子シリーズの
三作目という位置付けはあったかもしれませんね。