Name:fake
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>お疲れのところ、相変わらずの長文で申し訳ありません。
いえいえ。
>また、ダメな作品について「ストーリーは滅茶苦茶だけど、アクションは凄い」なんて紹介の仕方を読んだ事がありますが、語る順序が逆だと思いますけどね。
それ以外に言うことない映画も存在するのも確かですが、
それを以てして映画の総合評価として欲しくはありません。
>当時の配給業者の選択の基準というのが理解できません。
基準自体がまだ無かったろうかと・・。香港映画が日本
の興行と観客を育て上げたのは、ようやく90年代になって
からですよ。
>当時の日本は80年代に突入したばかりで、これまた「軽ちゃー」の
>薄っぺらな時代でございましたから。当時公開されたヴァージョンが、好き嫌いに関わらず、日本人の評価だったというのは、成龍が抱いていたコンセプトと異なると考えると、彼の心中複雑だったかもしれません・・・
しかしいきなりドラマ性の高い映画を見せられても、当
時の観客も戸惑ったのではないでしょうか?『師弟』の公
開当時、日本の初期ファンからは批判も上がっていたのは
確かですし。
>(冗談も入っているでしょうけど)「みんなショウブラの真似じゃないか!」とさえ仰っているので、現在は非常にショウブラ作品にご満悦のご様子です。
随分変わられましたね!(笑) ショウブラにも目を向け
られたのなら良いことですよ。
>両作品の共通点は社会の底辺で鬱屈していた状態にある主人公達の描写と女性に対するドロドロとした情念(張徹では見られない)でしょうか。
女性に対するあからさまな性衝動は桂治洪のものでしょ
う。張徹作品では見られないものですよ。
>幼少時からのサディズム願望と現実の世界では虐待される立場という屈折した心情を抱いた甘國亮が蛇により、鬱屈した欲望が弾け、社会に対する復讐に目覚め、倫理観が蝕まれていく過程にあるでしょう。
破壊衝動が増していくにつれ内面も歪んでいき、結局は
己をも破滅させていくという心理描写は、欧米の作品に骨
子があるにせよ、80年代の香港映画にはほとんど見られな
いものです。
香港映画界自体のフォーマットが流動的な時代だったと
はいえ、こういう作品を生み出せていた時代があったこと
に、30数年を経て気が付かされますね。
>パナピジョン使用を謳っているだけあって
カラー映画のショウブラですからね。西本正さんが精魂
込めて育て上げた成果ですよ。
>戦国春秋時代清朝の時代までは違和感はなさそうですが勝手に想像しているのは宋とか明代です。上手く説明できませんが、漢文化が繁栄した時代に無頼な雰囲気がマッチしているかとも思えたりしまして。
なるほど。
>もっとも金銭的な要因が大きいのですが。
これは誰しもが感じていることでしょう。私だって25年
以上集めているから沢山所有しているのであって、毎月の
家計から購入に割けるのはしれていますよ。
>現在はボられることもなく、様々なソフトが納得できる画質と適正価格と入手できるからいまになって沢山見出しているということもあるのです。
20年前ははボられましたよ!(笑) でもやっとまともに
見れる時代がきました。私もまだまだがんばりたいです。
>やはり、復刻されたショウブラのソフトからですか?
「黄梅調」はそうですよ。セレステのものは毎月全部買
っているのです。功夫・武侠片こそブートでたくさん集め
ましたが、ブートの存在しなかったドラマものなどは初め
てみるものばかりで新鮮ですよ。
>日本人にとって未開拓なジャンルのようで楽しみにしています。私は確実に傑作だと思われる「三笑」あたりから手をつけようかとも考えています。
『三笑』面白いですよ。そもそもは先月の周星馳特集の
時に元ネタを探るため見始めたのですが、すっかりはまっ
てしまいました。
>私の場合、嘉禾作品と違ってショウの作品は何の脈絡も無くバラバラに公開されたり、ビデオを入手したにしても、個々の作品をのバラバラに見ていた状態でそれだけでショウブラザースの作風、張徹、劉家良に対して非常に不十分な認識をしていたものです。
最初はみんなそうでしょう。ある程度揃ったら、次は年
代別に見直してみるとまた新たな発見があるはずです。や
はり時系列は大事なのですよ。
>「憤怒青年」は桂治洪と共同監督のため「蛇殺手」と共通するテイストが感じられます。それ以前に格闘アクションが随所に散りばめられているとは思いませんでした。しかし、アクションはこの作品の本旨ではないような気がしますので特に触れません。
その格闘部分のマッチングだけでしょ、張徹が関わって
いるのは。ほとんど桂治洪の仕事ですよ。
>冒頭におけるセットを壊しながら走ってくる王鐘に鬱屈した青年の
>怒りが感じられます。これはラストを暗示するのですね。この破滅的予兆もfakeさんが仰る方世玉が現代に再生させた年軽人なのですかね?
そのとーーーりです!さすがっ!
>長年勤勉に生活しながらも貧困のため妻に逃げられた父と、やはり家庭環境からニヒルになり仕事を長続きできず喧嘩を繰り返す息子が本当はお互いを思いつつもすれ違い、最終的に破滅する物語が私の琴線に触れました。
ドラマ性豊かなんですよね。日本ではずーーっと香港
映画は筋立てがいい加減だとか、安っぽいとか言われて
いましたけど、ちゃんとした映画を輸入していないだけ
だったのに・・・。
>ディテール面も丁寧で、功夫道場で儲けた僅かばかりの釣銭に喜んだのも束の間、娼婦が客から容易に金をせしめる場に遭遇して落胆するシーンや、唯一心を開ける李麗麗に対して現状を嘆き、父に対する愛情を吐露する場面などはよく描けています。
貝蒂のキャラクターだけ紋切り型で深みがないのがチ
ト惜しいですけどね。それ以外は総じて丁寧な描写でし
た。
>個人的には、息子が裏切っているにも関わらず、父から「お前を信じてるぞ」と微笑まれた直後、良心の呵責に苦悩するシーンが一番気に入っています。
鍵のコンビネーションを探るためとは知らず、一緒に
泊まるといった王鐘に目を細める盧迪、この場面も好き
ですよ。
>幼少時に喧嘩している光景を回想したのは、当時からの行き場の無い怒りを感じていたのか、それとも人生に希望を持てる時代もあったのか如何ようにも解釈できます。
どちらにもとれるようにも見えましたが、私は前者で
はないかと思いました。途中で虐待を受けているような
描写もありましたし。外側に怒りを向けている時だけが
ニヒルな彼の本音が表れる瞬間だったと。
>ちなみに、アグネス・チャンによると香港における「憤怒青年」という言葉は、物事に対してニヒルな感覚を持った青年というニュアンスもあるようです。
憤怒は憤怒だけではないんですね。参考になりました。
>それでは方世玉と「憤怒青年」の関連性は次回の日記を楽しみにいたしております。
はい、『朋友』『叛逆』『年輕人』なども見直してい
るのでしばらくお待ちを!