横道に逸れます(すみません) [2005年03月12日(土)]

Name:愛香
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こんにちは。本来は#2791のfakeさんへの書き込みをすべきところ
、今週木曜に鑑賞したショウブラ作品について、私の想いを伝えたい衝動に駆られました。

購入したのは「八國聯軍」と「小雑種」でございます。
本来の流れから前者の話をすべきところですけど「小雑種」の方が私の心に響きまして・・・
楚原作品は「楚留香」「書剣恩仇録」「愛奴」の三作のみの鑑賞でどれも手堅い演出だとは思ってましたが、代表作としては名前が挙がらない「小雑種」が私にとって忘れられない作品となったのです。袁祥仁と袁和平が武術指導のようですけど、作品の本旨ではないように思えますので特には触れません。

両親を探しに下山した純粋で善良で功夫高手の私生児(英語タイトルのBastardですね)の小雑種が、父を探すことができても最後に知ったものは人間の不条理さだったという筋立てを丁寧に描いてまして、久しぶりに映画で泣きました。

丘の上で乞食の李麗麗に「将来私が死んだときはここに埋めてほしいな、死装束には絹の服に金のイヤリングを付けてね」というシーン(当然これは後の複線になります)と、全てに決着を付けた宗華
が去来する人間の不条理さと李麗麗の思い出を胸に街を去っていくシーンは一種の「はかなさ」を表現していて、使用されていた音楽と共に感動的なのです。もし「小雑種」を功夫片と呼べるのであれば、私としてはこれほど泣ける功夫片は存在しないと思います。

ジャケットの裏面の解説では「楚原はこのアクション映画で文芸と粤語片への情意(の融合)を表明した」と書いてありました。
文芸という点では納得できるのですが、粤語片という点では、まだ私には理解ができません。楚原の父は粤語片の大物、張活ヤウでしたでしょうか?この人は「孤星血涙」で後半の主役を務めていた人だったような気がします(前半の少年時代は李小龍が演じてましたね)。そうであれば、「小雑種」は父の姿を見て育った楚原の想いを反映した作品と解釈ができるような気がします。

失礼いたしました。次回は本来の話題に戻りますのでお許しください。

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