またショウ中心に行きますね [2005年03月20日(日)]
Name:愛香
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こんにちは。またまた失礼いたします。
>香港映画が日本の興行と観客を育て上げたのは、
>ようやく90年代になってからですよ。
私は90年代は少し離れていたのですが、90年代末に香港映画に戻ってきました。良い時期に戻ってきたと思っています。でなければ、いつまでも功夫片、許氏兄弟の思い出こそが香港映画と思い込んでいた可能性もあったのです。
または、黄秋生を「人肉叉焼包」のイメージのみで語るような中途半端な感覚になったり。
>しかしいきなりドラマ性の高い映画を見せられても、当
>時の観客も戸惑ったのではないでしょうか?
私は困惑した一人だったと思います。
あの作品が公開されたのは、私が中学生のときでした。
好きで好きで何度も劇場に足を運んだものです。
高校生のときにテレビ放映されましたが、思いのほか面白く感じませんでして、数年後ビデオリリースされた際レンタルしましたけどやはり駄目でした。「師弟」はその時の印象で止まっています。つまり・・・81年の公開時は多分あのバージョンでよかったのでしょうけど・・・と思っています。これは「龍少爺」も同じ感覚です。
>『師弟』の公開当時、日本の初期ファンからは批判も上がって>いたのは確かですし。
それは知りませんでした。ちなみにどのような批判です?
>香港映画界自体のフォーマットが流動的な時代だったと
>はいえ、こういう作品を生み出せていた時代があったこと
>に、30数年を経て気が付かされますね。
「蛇殺手」の主人公のような人間は、時代と国家に関わらず存在するはずですし、この手の作品は日本でも製作されていたと思います。80年代から映画とかドラマは「臭い物には蓋をしろ」的な方向にシフトした気がします。
しかし「蛇殺手」は桂治洪の抑えられない創造意欲とエログロで
観客を吸引しようという会社側の思惑が融合して産み落とされた作品と解釈してよろしいのでしょうかね?上層部は憮然としたかもしれませんけど。
>カラー映画のショウブラですからね。西本正さんが精魂
>込めて育て上げた成果ですよ。
ショウブラ作品はリマスターの画面に映えますよね。
当時からカラー効果を計算して撮っていたことも十分伝わってきます。西本氏の影響がショウブラの映像に大きく貢献したことも、私達日本の香港映画ファンには見逃せません。
>20年前ははボられましたよ!(笑) でもやっとまともに
>見れる時代がきました。私もまだまだがんばりたいです。
中学生のとき「ロードショウ」に掲載されていた西○商事の広告で「笑拳」のソフトが2万5千円くらいでした。
「分割で売ってくれませんか?」って電話して、断られた記憶があります。
>その格闘部分のマッチングだけでしょ、張徹が関わって
>いるのは。ほとんど桂治洪の仕事ですよ。
王鐘主演であることと破滅的な最後等で張徹の要素もあるかと思ってましたが、桂治洪をバックアップによるクレジットだったのですね。
>ドラマ性豊かなんですよね。日本ではずーーっと香港
>映画は筋立てがいい加減だとか、安っぽいとか言われて
>いましたけど、ちゃんとした映画を輸入していないだけ
>だったのに・・・。
上記の「90年代から観客を育てた」と「当時は基準が無かった」にもリンクする不満でもあります。
香港映画を心から愛するものとして、興味無い人間が言うならともかく、半端に知っている人間が言うと悲しくなりますよ。
>貝蒂のキャラクターだけ紋切り型で深みがないのがチ
>ト惜しいですけどね。それ以外は総じて丁寧な描写でした。
王鐘を悪に染めるキーパーソンだったのに何の因果応報もありませんでした。この映画での貝蒂のルックスは割りと好きなのですけど。
>鍵のコンビネーションを探るためとは知らず、一緒に
>泊まるといった王鐘に目を細める盧迪、この場面も好き
>ですよ。
こちらは王鐘の思惑を知っているだけに切なくなるのですね。
>外側に怒りを向けている時だけがニヒルな彼の
>本音が表れる瞬間だったと。
センシティブなアングリーヤングメンを表現するのに的確なご意見だと思います。若者の焦燥感と苛立ちは60年代末70年前半代の(イギリスでは76年のパンクの勃興もあります)に顕著だのでしょうが、「蛇殺手」同様にこういった感性は時代と国家を問わず普遍的なものですね。もちろん香港の若者の感情を表現した映画が作られてしかるべきなのです(香港にこの手の要素を求めない日本人もいますけど)。また、張徹が精神的なアナーキズムに共鳴し、新たな創作意欲の糧とした点も注目すべきです。
張徹から離れますが、fakeさんの日記を拝見して「霹靂十傑」で小候が演じた方世玉こそ「萬年青」を踏襲したキャラクターだったのではないかと思いました。映画では広東人を見下す満州人に
憤慨しているという設定ですが、基本的には無軌道でやりたい放題の方世玉は若者だけが持ちえる衝動性ではないかと。
>私なりの粤語片という解釈は、ちょっと左寄りのプ
>ロレタリアート派的文脈による、家族の繋がりや市井
>譚、世話物といったジャンルを広東ローカルに特化し
>たものという風に思っています。
そういった要素は昨年拝見した「細路祥」と「孤星血涙」にも感じられました。世話物と同時に左寄りプロレタリアートということは亥革命以後の支配階級の打倒といったテーマということですかね。粤語片に対するオマージュとしても傑作だった「月夜の願い」も同様の世界観があります。「月夜の願い」とfakeさんの解説がなければ、狭義の粤語片の概念が掴めないままだったかもしれません。やはり楚原つながりのネタになってりまいました。
「七十二家房客」は胡錦好きの友人のお土産に買ったのですけど、こちらもお願いして貸してもらわないといけません。
「小雑種」の英語解説によると、この作品はアレクサンドラ・デュマの「仮面の男」をベースにしているようですね。映画は見たことありませんが、いくつか共通した設定と場面があるようです。
ちなみにこの作品もカラー効果が素晴らしく、武打シーンでも何気なく背景に赤い花が咲いていたりで、このあたりも丁寧さも唸りました。
「八國聯軍」は中国人の視点から描いた「北京の55日」と言いましょうか。比較するとセコい面も多々ありますが、私は割りと面白く見れました。もっとも張徹が義和団というテーマをどう扱うかとなると評価は厳しくなりますけどね。詳細はまた次回にでも・・・
それでは「洪拳小子」のレビューを楽しみに待っております。
当時のポスターが悲劇的で、張徹に求める要素が見いだせそうですから。
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こんにちは。またまた失礼いたします。
>香港映画が日本の興行と観客を育て上げたのは、
>ようやく90年代になってからですよ。
私は90年代は少し離れていたのですが、90年代末に香港映画に戻ってきました。良い時期に戻ってきたと思っています。でなければ、いつまでも功夫片、許氏兄弟の思い出こそが香港映画と思い込んでいた可能性もあったのです。
または、黄秋生を「人肉叉焼包」のイメージのみで語るような中途半端な感覚になったり。
>しかしいきなりドラマ性の高い映画を見せられても、当
>時の観客も戸惑ったのではないでしょうか?
私は困惑した一人だったと思います。
あの作品が公開されたのは、私が中学生のときでした。
好きで好きで何度も劇場に足を運んだものです。
高校生のときにテレビ放映されましたが、思いのほか面白く感じませんでして、数年後ビデオリリースされた際レンタルしましたけどやはり駄目でした。「師弟」はその時の印象で止まっています。つまり・・・81年の公開時は多分あのバージョンでよかったのでしょうけど・・・と思っています。これは「龍少爺」も同じ感覚です。
>『師弟』の公開当時、日本の初期ファンからは批判も上がって>いたのは確かですし。
それは知りませんでした。ちなみにどのような批判です?
>香港映画界自体のフォーマットが流動的な時代だったと
>はいえ、こういう作品を生み出せていた時代があったこと
>に、30数年を経て気が付かされますね。
「蛇殺手」の主人公のような人間は、時代と国家に関わらず存在するはずですし、この手の作品は日本でも製作されていたと思います。80年代から映画とかドラマは「臭い物には蓋をしろ」的な方向にシフトした気がします。
しかし「蛇殺手」は桂治洪の抑えられない創造意欲とエログロで
観客を吸引しようという会社側の思惑が融合して産み落とされた作品と解釈してよろしいのでしょうかね?上層部は憮然としたかもしれませんけど。
>カラー映画のショウブラですからね。西本正さんが精魂
>込めて育て上げた成果ですよ。
ショウブラ作品はリマスターの画面に映えますよね。
当時からカラー効果を計算して撮っていたことも十分伝わってきます。西本氏の影響がショウブラの映像に大きく貢献したことも、私達日本の香港映画ファンには見逃せません。
>20年前ははボられましたよ!(笑) でもやっとまともに
>見れる時代がきました。私もまだまだがんばりたいです。
中学生のとき「ロードショウ」に掲載されていた西○商事の広告で「笑拳」のソフトが2万5千円くらいでした。
「分割で売ってくれませんか?」って電話して、断られた記憶があります。
>その格闘部分のマッチングだけでしょ、張徹が関わって
>いるのは。ほとんど桂治洪の仕事ですよ。
王鐘主演であることと破滅的な最後等で張徹の要素もあるかと思ってましたが、桂治洪をバックアップによるクレジットだったのですね。
>ドラマ性豊かなんですよね。日本ではずーーっと香港
>映画は筋立てがいい加減だとか、安っぽいとか言われて
>いましたけど、ちゃんとした映画を輸入していないだけ
>だったのに・・・。
上記の「90年代から観客を育てた」と「当時は基準が無かった」にもリンクする不満でもあります。
香港映画を心から愛するものとして、興味無い人間が言うならともかく、半端に知っている人間が言うと悲しくなりますよ。
>貝蒂のキャラクターだけ紋切り型で深みがないのがチ
>ト惜しいですけどね。それ以外は総じて丁寧な描写でした。
王鐘を悪に染めるキーパーソンだったのに何の因果応報もありませんでした。この映画での貝蒂のルックスは割りと好きなのですけど。
>鍵のコンビネーションを探るためとは知らず、一緒に
>泊まるといった王鐘に目を細める盧迪、この場面も好き
>ですよ。
こちらは王鐘の思惑を知っているだけに切なくなるのですね。
>外側に怒りを向けている時だけがニヒルな彼の
>本音が表れる瞬間だったと。
センシティブなアングリーヤングメンを表現するのに的確なご意見だと思います。若者の焦燥感と苛立ちは60年代末70年前半代の(イギリスでは76年のパンクの勃興もあります)に顕著だのでしょうが、「蛇殺手」同様にこういった感性は時代と国家を問わず普遍的なものですね。もちろん香港の若者の感情を表現した映画が作られてしかるべきなのです(香港にこの手の要素を求めない日本人もいますけど)。また、張徹が精神的なアナーキズムに共鳴し、新たな創作意欲の糧とした点も注目すべきです。
張徹から離れますが、fakeさんの日記を拝見して「霹靂十傑」で小候が演じた方世玉こそ「萬年青」を踏襲したキャラクターだったのではないかと思いました。映画では広東人を見下す満州人に
憤慨しているという設定ですが、基本的には無軌道でやりたい放題の方世玉は若者だけが持ちえる衝動性ではないかと。
>私なりの粤語片という解釈は、ちょっと左寄りのプ
>ロレタリアート派的文脈による、家族の繋がりや市井
>譚、世話物といったジャンルを広東ローカルに特化し
>たものという風に思っています。
そういった要素は昨年拝見した「細路祥」と「孤星血涙」にも感じられました。世話物と同時に左寄りプロレタリアートということは亥革命以後の支配階級の打倒といったテーマということですかね。粤語片に対するオマージュとしても傑作だった「月夜の願い」も同様の世界観があります。「月夜の願い」とfakeさんの解説がなければ、狭義の粤語片の概念が掴めないままだったかもしれません。やはり楚原つながりのネタになってりまいました。
「七十二家房客」は胡錦好きの友人のお土産に買ったのですけど、こちらもお願いして貸してもらわないといけません。
「小雑種」の英語解説によると、この作品はアレクサンドラ・デュマの「仮面の男」をベースにしているようですね。映画は見たことありませんが、いくつか共通した設定と場面があるようです。
ちなみにこの作品もカラー効果が素晴らしく、武打シーンでも何気なく背景に赤い花が咲いていたりで、このあたりも丁寧さも唸りました。
「八國聯軍」は中国人の視点から描いた「北京の55日」と言いましょうか。比較するとセコい面も多々ありますが、私は割りと面白く見れました。もっとも張徹が義和団というテーマをどう扱うかとなると評価は厳しくなりますけどね。詳細はまた次回にでも・・・
それでは「洪拳小子」のレビューを楽しみに待っております。
当時のポスターが悲劇的で、張徹に求める要素が見いだせそうですから。








