FOS  [2005年05月16日(月)]

Name:邪亜邪亜
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どうも!!
MDB公開まであと2週。
映画誌等にも少しずつ関連情報など掲載されるようになりました。
御職場に月刊PLAYBOYが置いてあれば(笑)、是非御覧あれ。


>今週映画見に行ったらまだ予告やってましたよ。(汗)

ですね。
「SW」の予告とポートマン祭り!


>「エクソシスト」の本は何か目新しいことがありました?

基本的には、25周年記念DVDのヴァージョンに収録されている特典映像と同じものですね。
本国では2000年より前に発行された本のようで、ディレクターズ・カット版の内容が、
加筆されていますが、日本での場合、25周年記念版、DC版と、
この本より先に公開されている関係でちょっとインパクトはないかもしれません。

ただ個人的に意外であったことは、クライマックスで神父が悪魔を呼び込み窓から落下する件が、本国では、悪魔の勝利と捉えている人がけっこういるということでした。
何でやねん(笑)。


>「SNL」はスワンク嬢が『MDB』ネタをやったこ
>とは確実だと思われます。テープに録画してもらった
>ので鑑賞しましたらまた教えますね。

ありがとうございます。
CE役は誰がやるんだか・・・(笑)。


>回りまわって港流ブームもきませんかねー?

ついでに(印)度流ブームも再び!

>個人的にはジェニファー・ジェイソン・リー(いつもか)が可愛くて良かったです。

あいかわらず“汚れ”なんですな。
彼女は派手に騒がれないですが、地道に活動してますよね。
今年ヴァージニア・マドセンが賞レースで話題になりましたが、
彼女も賞レースに絡んでもよい女優さんなんですけど。


>コンスタンちんもミッドナイトも彼がハーフブリードだって見抜けないなんて。

ああ! なるほど!!彼もハーフブリードなのか!
“ハーフブリード・クラブ”で入店お断りでしたが、覚醒前だったんですね。


>ハッセルホフはアメリカでもいかがわしさのアイコンですよ。

そうなんですか(笑)。ある意味、藤岡弘的ですね。


>ノリスは実際にこういう大会のゲストとかをよく務めていますね。

あの、質問ですが、ネットでの書き込みで、「ドッジボール」で、
“「ドラゴンへの道」のパロディをしている”というものがあったのですが、
そうなのでしょうか?
ただ、指を上げて“GOOD!”としかやってない気がするのですが・・・。


>「ロンゲスト・ヤード」
>これは私のフェィバリット洋画ですからねー。製作して欲しくはなかったな。

「ミーン・マシーン」のような形でのリメイクではなさそうですね。
サンドラーだから、かなりフザけた内容になりそうですね。

因みに、オリジナルを製作してるプロデューサー、アルバート・S・ルディは、
「ゴッド・ファーザー」、そしてMDBを製作していて、男泣き映画の巨匠かと思いきや、
一方で、「キャノンボール」シリーズや「メガフォース」などトホホ作も製作してる。
スゴイ落差のあるプロデューサーですよね(笑)。


>『トランザム7000Part3』が発売されるのが楽しみですけど。

確か『トランザム7000』BOXセットでしたか。
日本では「シャーキーズ・マシーン」「グレートスタントマン」「脱出」、「ブギーナイツ」ぐらいしかDVD化されていない気がしますが。


ええ、では英語のお時間です。
今回はフリーマン氏のインタビューなんですが、CEよりさらに遠回しというか、
けっこう嫌味ぽい(?・笑)発言が多くて、けっこう苦しんでおります。
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What are the pleasures of working with Cline Eastwood a second time?
(CEとの、2度目の共演は、どんな満足感がありますか?)

Morgan Freeman: It's a joy. It's a wondrous thing to work with Clint. You know what FOS means? Full of shit. You stood up and you said 'I'm standing up for you.' I'm standing up for you. I'm waiting for a response! Did he not say that? He said 'look at me- I'm standing up for you.' What did you think when he said that?


I think he was just joking.
(彼はただジョークを言ったのではないかと)

MF: (laughing) No no no. I'm kidding I know you don't know me so you don't know where I'm going at any one time.

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上記は、インタビューの一番最初の部分です。
単語そのものは特別難しいわけではないのですが、正直何をフリーマン氏が言ってるのかわかりません。
後半部に、"laughing" と "kidding" があるので、聞き手をからかってる気がするのですが・・・。

出来ればフリーマン氏の返答を全訳していただいた上で、解説していただければありがたいです。
よろしくお願いします。

Re:洪文定三破白蓮教 [2005年05月16日(月)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

>fakeさん、こんにちは。こちらに書きこみさせていただくのは初めてですが、なるこうさんのHP上ではいろいろ教えてくださりありがとうございます。

 ようこそ!これからもよろしくお願いしますね。

>「洪文定三破白蓮教」詳しく解説されていて楽しく読まさせていただきました。“鐵布杉”(防御技)が映像としてどうなっているのか気になりますし、「洪煕官」(こちらも未見)の続編ということで両方見てみたいと思います。

 『洪熙官』は日本の発売ラインナップに入っていた
ような・・・。
 "鐵布杉"の映像化という点では『洪熙官』に一日の
長がありますが、それでも『洪文定』のつるべ打ち
アクションは素晴らしいものですよ。

>SB作品は日本で発売されているものぐらいしか見られていませんでしたので(第二弾の日本発売を待ってたんですよね)、少しずつ見ていきたいと思います。(「冷血十三鷹」も見たい!!)

 『冷血十三鷹』は04/4/31の日記にありますよ。参
考にして下さい。

>しかし保管スペースがもう無いんですよ。LD,DVD(洋画、邦画、アニメ、香港映画)いれると1000枚ぐらいあるのでfakeさんはどうされてますか?

 保管問題は私も頭の痛いところです。私は70年代か
ら集め始め、本格的なDVD時代到来の前にほとんど集
めてしまったので大半がVHSなんですよ。
 功夫映画がおよそ1400本、一般の映画がやはり1500
本、実家のものを合わせると更に1000本は増えます。
ボチボチDVDに落としていかないと座るところもない
んですよ。(苦笑)

>他の作品のレビューもまた拝見させてもらいます。それでは。

 色々参考にして下さい。特にショウブラ関係はかな
りあるはずですよ。

更新 [2005年05月16日(月)]

Name:fake
Email:episodo1@iris.dricas.com
URL:http://myroom.isao.net/room164/0000001000019164

 5/16日記更新。本日は、劉家良特集の第三弾です。

劉家良(3) [2005年05月16日(月)]

劉家良(3)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー劉家良と唐佳は、"革新"と"改革"という両輪として武侠・功夫片を引っ張り続けたが、ついにこのコンビにも終焉が訪れる。張徹はショウブラ外活動を望み台湾に長弓電影を設立。この長弓電影が張徹と劉家良、唐佳、それぞれの運命を変える。 唐佳は台湾には行かなかった・・・との意見もあるが、『方世玉興洪熙官/嵐を呼ぶドラゴン』から『[口那]早xまでは手伝っている。唐佳が台湾を去った理由はドライなものだ。ショウブラの監督は張徹だけではなく、わざわざ条件の悪い台湾で苦労する理由は彼には無かった。それに、台湾で張徹が始めた南派少林寺伝説の編纂作業は、洪家拳出身の劉家良にこそ手伝う意義があれど、京劇出身で派手な画作りを得意とする唐佳には向かないものでもあった。 唐佳は香港に戻り、楚原と共に古龍武侠片のビジュアル化作業に没頭。小説世界で語られる秘技・秘術を、違和感無く映像世界に現出させえたのは、卓越した唐佳の武術指導理論の賜物だ。この時期に唐佳は、弟子の黄培基に助手として、かつての師傅・袁小田の子供たちである袁信義、袁祥仁をつけて学ばせている。更には同じ京劇閥を頼ってきた元華、元彬なども引き取った。唐佳の武術指導はこうして今の世に受け継がれたのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー劉家良の方こそ最初から台湾行きを渋った口だ。渋る劉家良を張徹が口説き落とせたのは、劉家良の監督昇進を約束したからだった。監督になりたいという劉家良の願望を見透かしていた張徹だったが、台湾に着いて一年がたっても昇進の機会は訪れない。焦れた劉家良が催促しても、何のかんのと理由をつけて昇進させて貰えない。 ここからは一方的な劉家良本人の弁であるが、台湾へと都落ちしてきたジミー王羽が『獨臂拳王大戰血滴子/片腕カンフー対空飛ぶギロチン』撮影のため武術指導を依頼してきた。その撮影に一旦は劉家良を貸す事を承諾した張徹は、途中から契約違反で訴えると言い出す。話し合いに埒が明かなくなった劉家良は、ジミーの方を手伝い張徹とは別れたという。 これがその昔、英国の雑誌インタヴューで語った内容になると些かだが事情は異なる。劉家良が最後に完成まで手がけた張徹作品は『洪拳小子』で、これは間違いない。『洪拳小子』の公開は75/6/28、英国でのインタヴューではこの後『馬哥波羅』の撮影に入り、この現場で意見が衝突した劉家良は、現場の混乱を避けるため台湾を去ったと答えているのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『馬哥波羅』の公開は75/12/5、香港に帰った劉家良が監督第一作『神打』を公開したのは75/11/28で、時期的にこれは繋がるのだ。ところが『獨臂拳王大戰血滴子』の公開は実に76/4/24のことで、こちらの方が先に撮影が済んでいたとしても、ジミーがここまで公開を遅らせた理由は分からない。 こうなると先の劉家良の話は時期が大幅にズレていることになる。ジミーにとって『獨臂拳王大戰血滴子』は起死回生の作品であり、そのために劉家良を雇ったはずなのだ。劉家良が香港に帰る前に完成していたとすると、一刻も早く公開したかったはずだろうし、だいいち製作元の「第一影業」が公開を遅らせるとは思えない。記憶は時と共に変化するとはいえ、辻褄が合わないのである。 香港に帰った劉家良は、その後も張徹の映画に参加していた劉家輝を撮影途中で呼び戻した。まあこれは当然のこととはいえ、張徹はこれにより多大な損害を被ったと手記に記されている。撮影済みのフィルムは使えず、劉家輝が出演していたパートは取り直しを余儀なくされた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー余談であるが、ふたりの和解は89年までなされなかった。"張徹エイド"としてかつての弟子たちにより企画された『義膽群英/ワイルドヒーローズ暗黒街の狼たち』の撮影に参加していた劉家榮は、現場に来ていない劉家良について記者の質問にこう答えている。「張徹先生が来いと言えば、兄は喜んで駆けつけるでしょう」と。しかし張徹はそれを聞いて「ありがたいが、ゴメンだよ」とふたりの関係がまだ修復していないことを匂わせた。過日、呉字森(ジョン・ウー)の撮影パートを見にきた張徹の眼に、セットの端で見学していた劉家良の姿が飛び込んだ。親愛の情を見せて歓待する劉家良に感激した張徹は、長い間の恩讐を払拭した、と言われている。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー続くのだ!次はそろそろ『神打』か!? 
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