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>劉家良のフィルモグラフィーに入ることがあっても、75年というのは判断材料として実に微妙な時期かと。
これはきちんと確認しないといけませんね。
>最近の香港の雑誌でショウブラ関連の建築工事に立ち会った
>方逸華が掲載されていました。
シネマシティ、D&Bが無くなり、ハーベストが身売
りした現在、彼女の有能さは証明された感があります。
結局、ショウブラを支えたのは彼女だったんですよね。
いつまでも元気でいて欲しいです。
>東映初体験が石井輝夫の代表作で、またリアルタイムで「徳川セックス」・・・これを幼少時に見せるとは、当時としては進歩的なお母様かと思います。
さすがに「にっかつロマンポルノ」と「洋ピン」は見
せて貰えませんでしたが、東映作品ならオールOKでし
たね。幼い私はまだ役者の顔が判別つかないため、すこ
しでも知っている役者が出ると母がスクリーンを指差し
て説明してくれるのですよ。
「ほらほら、セブンのアンヌ隊員が出てるわよ」
「・・・・・」
スクリーンには確かに菱見百合子さんが出ていました
が、そのとき上映されていたのは『好色元禄マル秘物語』で
した。
私が清純派という言葉を人生から消却したのはこのと
きからでしたよ。
>きっかけは杉本美樹ですけど、「エロ将軍」と同様、本格時代劇の風情を持ちながらエロ&コメディ&反体制を絶妙にブレンドしているようですからね。
サンドラ・ジュリアンのはバカバカしくて子供でも面
白かったですね。時代劇としては東映作品は他の髷物ポ
ルノを圧倒していますね。大蔵映画やにっかつには無い
ノウハウがありますから。
>昔の子供番組や映画が今でも心に残るのは、当時の時代の空気がその反骨精神にあると思っています。
日本が80年代に繁栄と引き換えに失ってしまったモノ、
それが反骨心なのではないでしょうか。今やこの国は完
全に去勢されていますよ。
>やはり、ご推薦は「地獄拳」シリーズですか?
>お噂はかねがね伺っており、私も中途半端に興味があっても
>近所にこの作品置いてないため拝見する機会がございませんでした。
東京だと上映会などで見れるのではないですか?この
作品だけは劇場で見て欲しいですよ。私は昭和40年代の
封切りから、50年代、60年代、平成と都合四度このシリ
ーズを劇場で見ていますが、いつの時代でもこれほど爆
笑している映画は他に存在しませんよ。あの一体感だけ
はビデオでは味わえないはずです。ビデオだと絶対にこ
の映画の魅力が半減します。最近の上映ではビンセント・
ギャロの『バアッファロー66』と同時上映で、ギャロ目
当てにきた婦女子全員を笑いで悶絶させていた姿は圧巻
でした。
>黒沢年男はトラック野郎で一番星のライバルを演じたこともありました
ああそういえばアメリカ帰りのコンボイでした。確か
サム・ペキンパーの『コンボイ』が公開された年で、そ
れでコンボイだったはず。
基本的に『トラック野郎』は寅さんですから、それを
「日活」テイストに味付けしなおして、東宝の役者を主
役に据える・・・・そうすると松竹を元にした東映の日
活化に東宝が出ているという物凄い構図が生まれます。
凄すぎてシュールだったのか一本しか作られませんでし
たが・・・・。
>子供としては、「トラック野郎」と同時上映で「しめた!」と思ったものの残念ながら、この時期の作品はテンションを失っていました。
シリーズとしては低調でしたが、当時、資生堂のキャ
ンギャルやっていた小野みゆきが好きでしたので。個人
的にはラッキーでしたね。
>まあ数ヵ月後の「蛇拳」と「処刑遊戯」の2本立てはちょっと得した感じがありましたけど。場所は銀座の丸の内東映で、東映配給の成龍作品は大抵そこで見たものです。
『笑拳』くらいからジャッキーがメインになりましたね。
同時上映は館ひろしの『薔薇の標的』、『拳精』は金田賢一
の『不良少年』、明らかにジャッキーの方が格上でした。
>今となっては、こんな銀座の一等地で「忘八武士道」とか「女番長シリーズ」を当たり前のように上映してたのか・・・という奇妙な感慨があります。
今ならタイトルだけで上映出来そうにない映画ばっかりで
すね。
>82年に「帰って来たドラゴン」がリバイバル上映された際の川口東映では同時上映が「少林寺木人拳」と「死亡の塔」
そんな時期にリバイバルがあったんですか。私は『帰って
来た』は『復讐のドラゴン』と一緒でしたね。封切りだったと
思うんですが、これは『復讐』の方が封切りだったのかな?
>失礼いたしました。池玲子といえば、やはり鈴木則史を連想いたしますので・・・。
いえいえ。(笑) 羅維はやっぱり凡庸ですよ。彼に鈴木則文
ほどの才能があればリーとも喧嘩せず、ジャッキーにも逃げら
れなかったんじやないかな。
>比較するジャンルは違っても「悪漢探偵」より「長輩」の方が
>ストーリーテリング、コメディ性でも遥かに上回っているとと思いますよ。劉家良が編劇にも携わっているはずですが、この方面でも非凡なセンスを感じさせます。
やはり"新しさ"を提供したんでしょうね。『悪漢探偵』は。『
長輩』がいくらシチュエーションコメディとして完成度が高く
とも、当時の観客にとっては時代を象徴する"新しさ"の魅力に
は敵わなかった。『長輩』は今改めて評価される時がきたんでし
ょう。
>そして「掌門人」での劉家輝の芝居もすっとぼけていて、思う存分ボケナスを演じていて実に楽しいです。当り役の三徳和尚まで披露するサービスぶり。でも弱いところがいい。
こっちはちょっとやりすぎではないか?と思いました
けどね。あと劉家良にとって初めてでしょ、ショウブラ
のスタジオ出て撮ったのは。同時期の他の監督の現代劇
に比べて今イチ練れてないんですよ。
>それは知りませんでした。確かに、それ以前の作品はどちらかと
>言えば、女優は花瓶の花程度の扱いだったような。
『神打』『螳螂』なんかは女性キャラもむしろしっか
りと描いてはいますがね。それはあくまでストーリー上
必要だったからで、女性を主役にという発想は昔は無か
ったそうですよ。
>通常の格闘アクションと違い、独特の意匠を持つ功夫の武打を演じられる点でも、元ダンサーという出自だけで結論を出せるものではないでしょうね。自ら「武術経験が無い」と語る梁家仁と同様に。
むしろ女性の場合、京劇や踊りから来た方が動きに柔
らか味が出ていいと思いますね。功夫スターが実際に武
芸の達人である必要はかならずしもありませんし。
>恵英紅前後にもアクションを売りにした女性は存在しますが、彼女ほど女性らしく、女性としての魅力に満ちた「本物の女性」は皆無と思われます。
作品には凡庸なのも多いですが、私は嘉凌にはそれが
出来ていると思いますね。女性としての好き嫌いはある
と思いますけど。
>劉家良にとっては、その点で自己の理論を変えざるを得ないほどの発見だったのかと推測したりします。
これはその通りでしょうね。
>「愛香」ってくらいですから、突きは猫パンチですよ。
実戦論から言えば、カウンターのストッピングに限っ
ては猫パンチも有効ですよ。(笑)
>香港に対し絶望し田舎に帰る決意をした両親と
>「城市の光」に最後まで希望を見出そうとする子供達
>の対象も上手いですね。ハッピーなのかアンハッピーなのかを
>考えさせる結末も心に残ります。
香港が返還された今でも見れる映画ですね。今の大陸で
も北京や上海に出てきた家族は同じことを味わうはずです
し。
>作品の充実度よりも、香港の観客が違うテイストを欲していたのでしょうかね?なんとなく、ニューカマーを応援したい心理とか。
>作品とは別次元での他社のマーケティング展開等もあったかもしれませんし。
それ以外に考えられませんよ。8084年までと、8488年
までの映画界の進化スピードはまさしく激動でした。ショ
ウブラ作品の質も上がっていたにせよ、観客の支持を集め
られる作品作りは出来なかったんでしょう。
>邦画は、子供のことから日常的にTVで放映してため、
>中途半端な年齢になった頃には、あまり興味が無かったことが悔やまれます。
80年代は邦画暗黒時代でした。これは間違いなくそうで
したよ。今は随分と持ち直して良い映画が増えてきたので、
邦画大好きな私としてはこの機会に古い作品も含めて見直
して欲しいです。
>張徹とか黄楓とか李翰祥も、これらの石井作品から引用したのではないか・・・という思いがよぎりました。さらに時代が下った王晶の「満精十大酷刑」の冒頭場面は明らかに「徳川女刑罰史」の引用ですし。
邦画の影響は言い出したらキリが無いほどあると思いま
す。特に1950年代までの邦画は世界最高のレベルにあった
訳ですし。斜陽になった60年代からでも人材的には黄金期
を支えていた人たちが作っていましたからね。
>最近は「女番長」シリーズの部分的なシーンに「帰って来たドラゴン」の原型を感じたりで。今になってですが、香港の映画人はプログラムピクチャーのB面作品まで、よく見てるなぁと感服した次第であります。
当時の映画人は全部見ているんでしょうね。6070年代
になるとB面という興行感覚は邦画には減っていたと思いま
す。大作の一本立てか、B面同士の二本立てという上映方式
が増えてくるので、当時の香港人がそれを正確に把握してい
たかどうか・・・・。