Name:fake
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>幼い時期に悟っちゃっいましたね。
そうなんですよ。(笑)
>丹波哲郎とひし見ゆり子の「ポルノ時代劇/忘八武士道」を借りようかと思っております。2作目は池玲子出てますし。
明日死能!この映画は無茶苦茶ですよ。お勧めです。
>東映の凄いところは、ジャンルがポルノでもセット、衣裳、メイク、カメラワーク、脚本、俳優の演技が「時代劇の東映」と唸らせるだけの職人魂にあり、これは当然公開当時から評価されていた事だと想像してます。
これはショウブラも一緒ですよ。『洋妓』とかポル
ノなんですが、功夫映画としてのレベルが高いので
驚かされますね。
>予定外の観客まで、その場で取り込んでしまうとは、本物の傑作と言えるのではないでしょうか。ちなみに昭和の封切時でも、やはり大爆笑でしたか???
本物の傑作です!(劇場限定)
昭和の封切りのときは『仁義なき戦い』のシリーズと同
時上映でした。当時の東映系映画館というのは、上映映
画と劇場がバーチャルな地続きでして、ようするに画面
上の人間そのままの人たちで劇場が埋まっていたんです
ね。
その時も、その手の人たちが椅子から転げ落ちんばか
りに爆笑していた姿はある意味衝撃でした。もちろん私
も大爆笑でしたけれどね。
>残念ながら東京方面では、そういった小粋な映画館が減少している模様ですよ。
そうですか・・・しかし地方でも定期的に上映があるくら
いだから東京ならもっとチャンスはありそうですけれど。
>同じ年には「戦国自衛隊」の出演もありました。
同じ年でしたかー。今はリメイクっつーか続編みたい
なのが公開されておりますが、ひと昔になってしまった
んだなと感じますね。
>東映セントラルの・ハードボイルド路線の「薔薇」・・・
>あの当時の館ひろしが完全主役では厳しく感じました。
『暴力教室』のセイガク(←昭和語)は悪くなかったすけ
ど、映画は優作のものでしたから。
>そんな丸の内東映では、観客にどちらを見に来たか、一応アンケートを
>取っておりまして、とりあえず「拳」という響きはあちこちで聞かれました。
わははは、「拳」という響きが良いです。このよ
うな出口調査は私個人もやったことあります。けっ
こう参考になる意見を教えてくれることがあります
ね。
>74年当時、ブルース・リー作品と「ドラゴン世界を征く」以外は
>劇場で見てないのです。やはり東映の映画館で
>イナズマンF(フラッシュ)とか熱唱しているのが関の山だったのです。バカだったので。
私もバカでしたので、唐獅子牡丹とか番長シャロ
ックとかを劇場で熱唱しておりましたよ。方向性が
違うだけで、同じようなもんスよ。(笑)
>そういえば「帰」と「復」は松竹富士の配給でした。fakeさんの地元での「復」封切りには、先に公開された「帰」と併せて「ドラゴン」と「倉田」で統一したマーチャンダイジングだったのかな・・・と深読みもしてみました。
そうだったのかもしれませんね。こういう粋なカ
ップリングは香港映画以外でも結構あったように思
うし。ビバ!愛媛県!
>リバイバルは82年で何故か東映配給でした。観客層は、泥酔者か(クソ)ガキにもかかわらず飛び蹴りとギャグは反応が良かったですよ。
それでこそ東映映画館ですよ!
>二人とも職人監督なのこうも違うと、羅維のキャリアというのは
>何だったのがろうかと・・・ショウブラ時代も非常に心配です。
いくつかのインタヴューで、現場ほったらかして
帰ってしまい、助監督が完成させた等の話が出てき
ますね。本当に監督だったのかさえ怪しくなってき
ますが、ペイペイさんはそれなりに褒めていたこと
があるので監督をやっていた時期もあるんでしょう。
(フォローになってない?・笑)
>成龍は置いといて、李小龍の場合はスターとしての資質を
>考えると、凱旋帰国してからは監督に恵まれませんでした。
でも張徹でも胡金銓でも使いきれなかったんじゃ
ないかと思いますね。当時の李小龍を本当に生かせ
られたのは、結局自分自身だけなのではないかな?
>そして羅維が不甲斐無いから、自己で編導した「猛龍過江」にしても、
>冷静に見ると五十歩百歩ですし。
演出力という点では疑問符はつきますが、なんの
勉強もしたことない初監督にしては上出来では?西
本さんの本を読んでも、助監督任せにはしなかった
ようですし。
>功夫の封建的側面を排除し、現代的手法で弟子を獲得
>しようと奔走する恵英紅と劉家良達、というアプローチが
>よく出来ていると思いましたが、練れてませんでしょうか?
これは済みませんでした。ちょっと説明不足でし
たね。私が練れていないと評したのは内容のことで
はないんです。
絵の問題なんですよ。
映画は総合芸術なので内容だけでも駄目で、現代
劇としてのせっかくのロケーション効果を生かしき
れていない、そこを練れていないといったんです。
『掌門人』の公開は83/3/31です。製作期間のこ
とはわかりませんが、功夫映画作家が現代アクショ
ンに以降するのは、82年からです。ひとつには『悪
漢探偵』の影響ですし、もうひとつはジャッキーの
影響です。サモが82年に『ピックポケット』を撮る
のは、『プロA』のためにハーベストのセットをジ
ャッキーが占拠していたからです。
『掌門人』と同じ年には『五福星』もあるのです
が、『ピック』から『五福星』に至るロケーション
効果を考えれば、『掌門人』はいささか場を使いき
れていません。そこが不満なんですね。
>しかし、そんな断片的側面で判断しては何の進展もございませんので
>もっと見てみるべきなのでしょう。凡庸な作品という枕詞が気になりますが。
つまんない映画にたくさん出ているんですよ。女
優としての資質は高い人ですがね。うちのページで
も紹介した『忍』や『酔拳女刀手』など、その女ら
しさの表現力に驚きますよ。
>功夫専門の女優ではないものの「霹靂十傑」の李麗華はビジュアルも魅力的で女性らしい殺陣をしておりました。
劉家良は李麗麗に股を開かせようとするのが好き
ですね。(笑) 『洪熙官』でもやってたけど、私生
活では落とせなかったのかな?
>さて、話に割り込んで申し訳ございませんが、日本における香港映画の旧世代の負の遺産ですけど、現在、香港で傑作、佳作があったにしても、受け手の感受性が欠落していれば、暖簾に腕押しのようなものでしょうね。
負の遺産を抱えているのは一番最初の世代で、
次がバカの時代から現在までみている人、ここ
までがその影響下にあります。
次は第三世代で、『秋天的童話』くらいから
王家衛映画世代。この人たちは、いつまでもバ
カ映画よばわりされていたのを一番嫌っていた
人たちです。
更にその下には第四世代がいて、この人たち
にはバカ映画といってもピンとこない人たちで、
それどころか昔の香港映画をむしろ楽しんでい
るくらいです。
受け手の能力もむろんであるのは、映画に限
らずどんなジャンルの娯楽にもいえることだと
思いますが、香港映画の特色は↑に示したファ
ン層の間に断絶があることですよ。
今のファンは我々旧世代が考えるより遥かに
柔軟でしたたかです。そういうファンの絶対数
は以前より増えたけど、世間に対する求心力を
香港映画というジャンル自体が失っているので、
これ以上の拡大が望めないんですよ。
アジア映画がひと口にされていた時代に比べ
て、韓流、台流と分割されたのも痛いですね。
これも多様化ではあるんですが、パイ丸ごとの
大きさ(市場)は変わらないのに、一人分は確実
に小さくなってしまった。
>私は「負の遺産」とは自己の思い出に由来するフェチズムと解釈しておりますが、その思い出抜きに旧世代のファンが現実に立つのは難しいような気がします。
旧世代にとってはそれも現実でしょうが、新
しい人にとっては化石に過ぎませんよ。自分が
化石だと認識することから新しいスタートがあ
るはずですよ。
>そして現実に向き合ったので、2ヶ月前に「胡蝶」という映画のDVDを購入したしました。
別のところでも誰かが話題にしていたのでタ
イトルに聞き覚えがあります。その節は是非見
るようにしますね。
>そんな女性として素敵な作品について触れさせていただきながらも、数日前に伊東さんよりお借りした鈴木則文と小林旭の「多羅尾伴内」のケレン味にすっかり魅了されたのでした。
アキラの実力はこんなもんではありませんよ
ぉ!日活時代から見て欲しいです。
それに、多羅尾伴内といえば千恵蔵ですよ!
爆笑しまっせ!