旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
 なお日記に記載の内容は、無断転載、転用はお断りいたしております。ご理解下さい。(by fake)

 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

横レスですみません [2005年06月22日(水)]

Name:愛香
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>これを使わずに骨や器官の破壊を表現した『酔拳』のラスト(黄正利の喉ぼとけを砕く時に、クルミ割りのシーンを挿入)はエライ! これにも元祖があるのかな?

「少林門」の最後で田俊の腕を折る時も、竹を割るシーンが挿入されてましたよ。


更新 [2005年06月22日(水)]

Name:fake
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 6/22日記更新。本日は、劉家良特集の第十一弾です。

夏興行近し [2005年06月22日(水)]

Name:邪亜邪亜
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どうも!
ナブーもすこしずつ暑くなってまいりました。
(まだ24度ぐらいですが・笑)


>そもそもが『グリーンディスティニー』論争にあるんですよ。
>HP立ち上げの動機も含めて、絶対書いて置きたかったんです。

なるほど!
確か『グリーンディスティニー』における武侠片の作劇法・ルーツを巡る論議でしたっけ。
最後の方は師父と某氏のマン・ツー・マン対談だった記憶があります。

あの当時は、私を含めた何人かがバカ話をする一方で、
ちゃんと実のある話題もあったのが魅力だったんですけどねぇ・・・。

>歴史というものは往々にしてそういうところから作られるということか。

例えば香港のコメディ映画における『Mr.BOO』なんかはどうなんでしょうか?

>ニコルソンだとその辺の演技はしつこそうですね。

そうですね。でも好演でした。
A・ペイン自体の視点はあまり好きじゃないですが、キャスティングが巧いので、
役者の魅力は楽しめる作品だとは思っています。

>最近の作品は場合によっては吹替え版の方が成績良いらしいですし。

ですね。うちの近所のシネコンも実写作品でも吹替え版の回が多いですね。

>信者が騒いで問題になりましたが、そうそう起こる問題ではないです。

いや、現在は「オペラ信者」なんですよ(笑)。
しばらくしたら「SW信者」かも・・・。

個人的にはナッチの字幕より、CEの "Paint Your Wagon" が未だに
「ペンチャー・ワゴン」になってる方が問題ですよ!(笑)。

>贖罪が宗教に根ざしていないのなら、それは生理的拒否反応だけですよ。

なるほどね。
常に罪背負ってる高倉健の映画、挫折と苦悩ばかりする主人公の梶原一騎のスポ根劇画、
複雑な家系が悲劇をもたらす横溝正史ミステリー、
いやあ70年代って、ホントにいいもんですね!(笑)。

>撃たれるのがハリスで、子供迎えに行くのはバートンの方ですよ!

うわあ、そうでしたね!最近アルツが・・・(笑)。

>それは確実にイマジネーションの欠落です。

ですね。画面がなくても師父の記述を読んでるだけで
思い出して切なくなってきますからね。


>見たいものを見たいだけ見る。そして自分の見方
を身に付ける。こんだけのことなのに・・・。

こっちは観たいものもロクに観れないにのさぁ・・・(泣)。


>「私はこれが嫌いですが・・・」と書くこと自体は別に構いません

そうですね。
誰が観ても完全につまらんという作品は別として、
ある程度評価を得ているものは、何か良い所があるわけですから、
好き嫌いと別なところでの発見が必要なんですけど。
いわゆる淀長方式ですね(笑)。

>彼はカソリックだから。天罰、好きなんでしょ。

ああ!なるほど、だから自分で直接手を下さないわけですな!
「キャリー」の場合は、母親が異教徒だったか・・・。


え最後に感想です。

・「クローサー」

しょうもない男女の痴話ゲンカを面白く見せています。
ジュード・ロウの演じるキャラがイマイチ面白みに欠けるのは、
「シャンプー」のベイティのような野心的なキャラは今時は流行らない
せいなんでしょうか。
幼児体型のアミダラのストリッパーというのはかなり無理がありましたね。
脱がないし(笑)。


・「最後の恋のはじめ方」

物語自体は面白かったです。
ただ主人公のクライアントの恋の成就と二本立てにした分
主人公の恋のパートが後半駆け足になったのがちょっと残念。
スミス氏も悪くないのですが、D・ワシントンでこういうの一度観てみたいですね。



・「戦国自衛隊1549」

たぶんイラク派遣を意識してることだと思いますが、
話の設定に戦国では自衛隊が実弾を使用出来ない等、
変な足枷がある分、物語が妙にちじこまってしまった感があり、
娯楽性に乏しいですね。
チャンバラも少ないし、“幕末自衛隊”という感じでした(笑)。
せっかくタイムスリップものやるなら、誰々のご先祖さまに偶然遭ってしまうとか
遊びを入れてほしいのに、真面目過ぎ。


というわけで、今週末行けたら、「エピ3」行こうかなと思ってます。

ではでは。

劉家良(11) [2005年06月22日(水)]

劉家良(11)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー75年の初監督作『神打』から、76年『陸阿采興黄飛鴻』、77年『洪熙官』と一年一作の映画作りをしていた劉家良が、78年から多作になった訳、それはショウブラとの契約内容にもよるが、そこにはもうひとつの大きな理由が隠されていた。 この78年に台湾から張徹が帰港、もともと早撮り多作の張徹は次々と新作を発表した。78年、それに対抗した劉家良は『少林三十六房』『螳螂』『中華丈夫』の三本を製作。 張徹は劉家良の監督としての師匠にあたる。「長弓電影」当時の経緯から袂を分かったが、劉家良の意識においてそれは変わらない。そのことが劉家良に過剰な反応を引き起こさせた。 そして二人のそんな関係を知ってか知らずか、火に油を注いで二人の対立を煽った人物が存在していたのだ。それは、ショウブラの製作部門を一手に握る女・方逸華(モナ・フォン)だ。 彼女は邵逸夫(ランラン・ショウ)と共に公衆の面前でこれ見よがしにこう言い放ったのだ。「みなさいよ!あの台湾から来た人たちを、あんたが一本仕上げるうちに、あの人たちは三本仕上げるじゃない!それも安い賃金で!」これが世に名高い"ショウブラ駐車場襲撃事件"直接の引き金だった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー方逸華のいう「台湾から来た人たち・・」というのは"五毒"(この時代につきましては03/11/6以降の日記参照)の主要メンバーとその武術指導スタッフだ。 台湾行きの前に唐佳に去られ、続いて劉家良にも去られた張徹は、優秀な武術指導スタッフを失うというハンデを負った。張徹が作りたいジャンルにはどうしても武術指導の力は必要である。おりしも香港では第三次武侠・功夫ブームが起きようとしていたところだ。武術指導の発見は急務といえる。古龍武侠片を引っ張る楚原には唐佳が、独立プロで台頭してきた呉思遠には袁和平が、劉家良、洪金寶はそれぞれ自身が武術指導家である。 一方の張徹には誰もいなかった。何も無い所から"五毒"映画というジャンルを築き上げた張徹だが、そのメンバーだけが台湾時代に手にした財産だったのだ。 劉家良に去られた張徹は、取り敢えずは台湾の武術指導家(謝興、陳信一)を動員して「長弓」時代の残りを乗り切った。その「長弓」時代に武師としてオーディションで拾われたのが鹿峰、郭追、江生の"五毒"たちに、武術指導として頭角を表わした戴徹である。残りの"五毒"メンバー、孫建、羅莽、韋白は香港へ帰ってからショウブラの大部屋で発見した。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー方逸華が何故そんなことを言ったのかは不明である。製作部長としては本音であったかもしれないし、二人の対立が良い方向に刺激を与えると判断しての叱咤であったかもわからない。だがこれに劉家良は激怒したのだ。 その日彼等はしたたかに酔っていた。ショウブラの宿舎を出て飲みなおしに出ようとしていた劉家良、唐偉成、汪禹は、張徹武術指導班を支える戴徹の姿を駐車場で発見した。どちらが口火を切ったものかは、今となっては当事者たちも明確に覚えてはいない。双方、激しく罵りあい、数で勝る劉家良らは戴徹を圧倒。チンピラ上がりの汪禹はナイフをチラつかせ、戴徹にこの業界で生きる道はないということを認識させた。命の危険を感じた戴徹は香港を去り、以後は台湾で製作された映画にしか関わっていない。 茅瑛(アンジェラ・マオ)らと同じ名門「台湾復興戯劇學校」出身、本名・戴其賢は当時をこう語る。「劉家良に憧れて、この業界に入った。彼の映画を目標としてやってきた。非常に哀しい出来事であったが、今でも素晴らしい映画人として尊敬している」張徹より"徹"の一字を拝命したほど愛された戴徹は、こうして香港映画界で働く芽を潰されたのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー張徹にとって救いだったのは、78〜9年までの間に製作した8本の映画で、戴徹が鹿峰や郭追たちを一人前の武術指導にしていたことだった。 劉家良と張徹の対立は、劉家良の契約が一旦切れる82年まで続いたが、ピークはやはりこの78〜9年だったろう。さすがの劉家良もこの二年だけは年間三本づつ製作しており、80年からはまた寡作に戻るのだ。 ところで、どうして劉家良はそこまで激怒したのか?当時ショウブラ最高のギャラを取る監督に伸し上がっていた劉家良は、台湾から夢破れて帰港してきたかつての師匠など、無視しても良かったのではないか?方逸華の言うことは、一面では真実を突いていたからではなかったか?ならば劉家良の映画は本当に儲かっていたのか?具体的な数字を挙げて検証してみたい。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー続く
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