旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
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 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

Re:死ぬかと思った [2005年06月28日(火)]

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>車で下り坂をずっとずっと走っているとブレーキが効かなくなるという話を以前聞いたことがあったのですが、今日それを体験してきました。

 それは大変でしたね。無事で良かったです。

>許冠文は全幅の信頼があったんでしょうね、スパンが2年3年と長くなっていますし。

 許冠文もスタジオとは闘っていたんですよ。結局彼
はこれが理由でハーベストと疎遠になりますし。

>「PTU」は公開中というかもう終わりそうな雰囲気ですが、そちらでは違うのかな?

 こちらはまだまだなんですよ。その時は感想書きま
すね。

>もう発売されていますよ。ただ買いの優先順位としてはもうちょっと先になりそうです。

 そうでしたか。発売時期は把握していたんですが。
『出籠馬[馬留]』はかなりお勧めの作品です。

>ことのついでで伺わせて頂きますが以前から気になっていた「背叛師門」という作品、これご覧になってますか?鑑賞済みの際はどんなもんなのかご意見下さると幸いです。

 『背叛師門』ですね。元徳の練功小子片ですが、同
時期のジャッキー、サモハン作品と比べてやや落ちる
のは仕方ないですね。ショウブラらしいストーリー展
開と、陳觀泰の師匠は格好良いんですが。

>「武館」のラストバトルは凄かったす!

 ですね!一対一の対決としては劉家良のベストだと
思います。

更新 [2005年06月28日(火)]

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 6/28日記更新。本日は、劉家良特集の第十三弾。

 今月中に終わらせようと、書いてない題材や項目
を書き出していたら、どうあっても終わらせられな
いことがわかりました。(^^;

 ということで、改めて書いていなかった小ネタな
ど全部盛り込んでこのまま進めることにします。も
うしばらくお付き合い下さい。

劉家良(13) [2005年06月28日(火)]

劉家良(13)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『螳螂』は会社の要請で作った作品だった。この映画と『少林三十六房/少林寺三十六房』は、ほぼ同時に撮影していたとは劉家良本人の弁。野外ロケなど全く同時進行だったと当時の映画雑誌にも記載されている。 では、自身のルーツを巡る渾身の企画である『少林三十六房』と、会社の要請で撮らされた『螳螂』のふたつを、同時に等分の力で撮影し得たものであろうか? これはあくまで噂レベルであるが、『螳螂』には劉家良は総監督として関わったのみで、全体の演出と武術指導は弟の劉家榮と、武術指導の共同名義としてクレジットされている唐偉成が担当したというのだ。 しかしこれが事実なら、この映画の持つ劉家良作品としての違和感も拭い去れるというものだが、今のところ真偽のほどは不明だ。 確かに映画全体の雰囲気、ストーリーのツイストのさせ方、途中の艶笑コメディ風の展開とラストの落ちの唐突感のギャップは、唐偉成も関わった「協利電影」のテイストを感じさせるものだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーところで『螳螂』の作中、姜大衛がカマキリの動きにヒントを得て、螳螂拳を編み出す場面がある。多くの文献が螳螂拳創始伝説として有名な"山東・王朗"の話を引き合いに出しているが、些か違うのではないか。 知らない方の為に王朗の話から書いておく。王朗その人は実在せず、反政府の拠点として知られる山東(水滸伝も義和団もここから始まった)に太極拳の王倫なる人物がいた。乾隆年間に農民を指揮して「清水教の乱」を起こしたが、乾隆帝の軍隊に鎮圧され、反乱に参加した1700名が処刑されたという。 その王倫の伝説が、口述で"王の何某"="王郎(最初は郎の文字)"として語り継がれ、更にはそれが近代螳螂拳の功労者・羅光玉によって改めて"王朗"とされたのである。 これが開祖伝説として定着したため、王朗の話が編纂され、少林寺子弟・王朗は反清復明運動家の衣を纏う。少林寺を出た王朗は單通という通臂拳の使い手と対戦するも、ロングレンジからの攻撃を得意とする單通に敵わない。草むらで休んでいた王朗はカマキリの動きに興味を持ち、そこから螳螂拳のヒントを得たというのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー劉家良が黄飛鴻直系の洪家拳使いなのは有名だが、彼が学んだ拳法は洪家拳だけではない。螳螂拳、蔡李佛、詠春、劉家拳(劉三眼創始、拳よりも棍で有名)、五郎八卦棍、北派の八卦掌、地堂拳、鷹爪拳、太極拳なども学んだとインタヴューに答えているのだ。 ここで思い出すのは南派螳螂拳の創始伝説である。一般には少林寺で修行した周亞南なる人物が、病気を治癒するために始めたともいわれているが、明の皇族・朱亞南の"朱"がなまって"周"として伝えられたものだという。朱亞南は反清復明活動の末に"太平天国の乱"に加わった人物として知られており、広東ではこちらの方が有名なのだ。朱亞南も螳螂拳を生み出す経緯は王朗とあまり変わりはない。王朗伝説の方が、王倫と朱亞南を取り入れたのだろう。 映画『螳螂』は反清復明運動家の家系だと知らされていない姜大衛が、清朝のスパイとして反清派の大物・劉家榮を探るべく、皇帝の命を受けて屋敷に孫娘・黄杏秀の家庭教師として忍び込むのだ。任務に忠実な姜大衛は劉家榮一家を潰したものの、父親の井森から処断される。 張午郎、徐小強、唐偉成、李麗麗、劉家榮と連続して闘い続けるクライマックスは圧巻で、ラストに至ってやっと映画も劉家良らしさを出す。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー続く
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