旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
 なお日記に記載の内容は、無断転載、転用はお断りいたしております。ご理解下さい。(by fake)

 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

Re:更新 [2005年07月19日(火)]

Name:旋子
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fake師父、こんにちは。
レスありがとうございます。

> それはフィジカルなものとして訓練の非合理性が納得いかないということですか?それとも精神性の面で描ききれていないということでし
ょうか?よければ参考のために理由をお聞かせ下さい。
 各房において、行われている訓練そのものは非常に合理的に描かれていると思います。ただ、一つの房で習熟すると次の房に移るっていうしくみが、その房にいる時はその房での訓練しかしてないようにみえるんで、例えば第25房目で訓練している時に124房までの訓練はどうするんだよ、退化しちゃうじゃんか!ってツッコミ入れたくなっちゃうんです。(私だけ?・・・かも)
 あと「眼力房」(でしたっけ?)で、動いている木製人形を打つ動作がまだ習ってないはずの功夫の型になってたりするのも?と思いました。
 最後にこれは好みの問題なんですが、あまりに仰々しい道具を使った訓練が好きではないってのがあって、そのへんにフツにある道具を使った訓練がリアルっぽくて好きなもので、例えば両手に水桶を持って運ぶ時に下がると刺さるように腕の下に刀をつけて、っていうのを見てると、何だかな?っていうのが先にきちゃうんです。(郭南宏「少林寺への道」の鐘に頭ツッこんで、鼻血出しながら耐えてるのよりは全然マシとは思いますが)

> 彼にとっても生涯で最も大きな役ではないですかね。
 京柱雰囲気からして、他に準主役クラスの作品があれば観たいと思ったんですが、あの作品が最も大きな役だったんですか、ちょっと残念です。この場を借りてすみませんが、他に京柱がそこそこ出演していておすすめの作品がありましたら、教えていただけますでしょうか?

> ありがとうございます!過去に何度かこの話題について別サイトでも触れたことがあるんですが、その都度"嘘つき"呼ばわりされてきまし
たよ。
 そんなことがあったんですか。自分の功夫映画鑑賞ノート(何だソレ?)に、1989年9月30日土曜日に岐阜市の映画館でとありました。併映の記録、記憶が全くないので、「少林寺拳道」だけ観て帰ってしまったんだと思います。

更新 [2005年07月19日(火)]

Name:fake
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 7/19日記更新。本日は、劉家良特集の第十八弾です。

Re:少林三十六房 [2005年07月19日(火)]

Name:fake
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>fakeさま、ごぶさたしております。周星馳特集の感想、なかなか書きませんで申し訳ありません(汗)

 ゆっくりでいいんですよ。書ける時に書いていただ
ければありがたいのですから。

>さて劉家良特集、本当に勉強になります。鑑賞作品が絶対的に少ない私ですが、やはり作品を観たうえで読むとよく理解できます。

 やはり理想はそうあるべきですね。見ていない人も
これを機会に興味を持ってくれればなおうれしいです。

>『続・三十六房』は『三十六房』のパロディという理解でいいのかなーとずっと考えていたんですが、はい、解決しました^^ありがとうございます(先日なるこうさんの掲示板でも少しふれました)。

 先週は友達の結婚式の準備でなるこうさんのところ
までレスつけられなかったのですけど、こちらも見て
いただいてありがとうございます。全くの偶然だった
のですけどね。

>『三十六房』の復讐は蛇足、とのご意見はまったく慧眼で、深く納得です。劉家良はそれを意識していたと思われますか?

 三徳が復讐を放棄しても納得のいく展開であったと
思っています。ご指摘にあるように当時の製作状況が
それを許さなかったんでしょうね。ここが、功夫映画
としての限界点という意味です。
 劉家良は意識していたと思いますよ。彼の根本には
やはり黄飛鴻映画の精神が根付いていますから。

>『阿羅漢』については今後ふれられるのでしょうか?好きな作品ですし興味あります。

 ある程度は触れる予定にしていますよ。もはや時間
との闘いあるのみです。(苦笑)

>先日『神打』も観ましたが、すごく新しい、と感じました。

 今の目で見ると"新しい"という感覚はあると思います
ね。この映画から始まったとはいえ、後の作品は練
れてしまった分ルーティーンの中で省略法されてし
まった部分があって、『神打』にはその原型がみれる
訳ですし。

>美男美女ではない主人公たち(いや汪禹は十分ハンサムですが^^)がなりゆきで「師父」となっていくという枠組みは、当時は「やむをえない」処置だったのかもしれませんが、結果的にはアンチヒーローの誕生という功績を残すことになったのでしょうね。

 サモの躍進とジャッキーの登場も、汪禹と『神打』
に影響されたのは間違いないですね。

>今それを追求している作家のひとりは周星馳じゃないでしょうか(と、ここで少し関連づけてみたりして)。周星馳という作家は非常なリアリストだと思うんですが、劉家良作品を観るにつけ、そのリアリズムに共通した何かを感じるんですよね。もっとも『少林足球』『功夫』で描かれる周星馳の"小子"たちは、もっと不器用で鬱屈してるかもしれませんが。

 周星馳が映画界で伸し上がったのには、当時絶対王
者として君臨していた周潤發の存在があります。周潤
發のヒーローを否定するパロディとしてのアイデンテ
ィティが、現在の周星馳の基礎(映画界での)になって
いますね。
 周星馳はリアリストというより、シニカリストでは
ないでしょうか?そこには勿論リアリストとしての側
面もありますが、シニカリストは本来ロマンチシズム
の憧れを否定してなっていくものですから。逆説的に
は彼の中にはロマンチックなものへの憧れがあるとい
うことになりますね。

>ところで、『功夫』の話題が出たのでちょっと確認させていただきたいんですが、最後に出てくる「鷹」、あれはやはり64年版『如来神掌』の金眼児をふまえているのでしょうか。

 『如来』との関連も考えたのですが、それを示唆する
ものは作中からは感じられませんでしたね。もう一度
ビデオで確認したいと思いますが、元ネタがあるので
はなく作品の象徴なんではないですかね。武侠小説や
武侠片における鷹は、強さとか自由のシンボルでしょ
う。

>話は変わりますが、fakeさんは、香港明星のプロフィールやフィルモグラフィーを調べる時、どのような資料を使ってらっしゃいますか。たとえばタレント年鑑のような、俳優を網羅した資料的なものは香港で出版されているのでしょうか。お差し支えなければ教えて下さい。

 それがロクな資料がないんですよ。「昨夜星光」とか
古い映画人についてのプロフィールが載ったものはあり
ますけど、香港にはまともな人名辞典があったためしが
ない。
 私は古い新聞記事や映画雑誌の記事を30年に渡って集
めているものですから。それがなければお手上げでしょ
うね。

Re:百恵&ワイルダー [2005年07月19日(火)]

Name:fake
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>主人公(?)のレスリー・チャンが山口百恵ファンというのは、
>何か所以があるのでしょうか?(笑)

 この映画大好きなんですよ。(笑)
 昔、百恵が人気あったから徐克が好きで挿入した
んでしょうけど、劇場公開時香港では受けていなか
ったと現地で見た人が書いていましたね。

>前述の研究本ではその点にページが大きく割かれ、ルーカスを糾弾してましたよ。
>ファンをバカにするなって(笑)。

 バカにはしていませんよね。金蔓と思っているだ
けですよ。(笑)

>作品以前に、製作会社のコンセプトが画期的ということなんですね。

 そうです、そしてそこへ時代の寵児達が参画した
ということですね。

>この感覚はやはり際立っていますよね。
>今の「ハリポタ」や「指輪」の盛り上がりとは明らかに違います。

 以前、公開には一年の間はマイナスに働いたと書
きましたけどファンにとっては濃密な一年だったの
には間違いないですからね。

>そのうち、「最終絶叫計画」のようなパロディコメディ作品で、
>動けない人間にボールペンを咥えさせるキャラなんか登場しそうですね(笑)。

 見たいな、それ。(笑)

>こちらで言えば、ラーメン店にサイン色紙と店主との写真を残していく、
>三流芸能人みたいじゃないですか!!

 "××様へ、サミュエルL"みたいな!

>「XMEN」、「ヘルボーイ」「サイボーク009」と、
>必ず“ファイヤー・スターター”のキャラがいますよね(笑)。

 ヒューマン・トーチ(人間松明)っていうんですよ、
こういうの。人間の想像力なんて同じようなもので
すかね。でも日本の特撮ものには出てこないですね。

>しかし『ビキンズ』での登場の仕方は(渡辺謙もそうでしたが・笑)、
>なんだかなあという感じでしたね。

 いてもいなくても構わない役でした。『ダニーザ
ドッグ』の"黒いおやっさん"は久しぶりに悪くない
演技でしたけど。

>・『宇宙戦争』
>「ジェット・コースター・ムービー」としては楽しめましたが、
>怖がらせる手法が『ジュラパ』と一緒というのがねぇ・・・。
>もう私、ひたすらポップコーン食べてましたよ(笑)。

 私、スピルバーグの映画って初期四本(『續激突』か
ら『1941』)までしか認めていないんですが、それ以
降の作品の中では面白かった方ですね。ちょっとニュ
ーシネマタッチの演出とかあったりして、その辺が気
に入ったところです。

>でも、イーストウッドの新作のために(製作費・約8000万ドル)、
>稼いでいただいてるわけですから、文句は言いますまい・・(笑)。

 トム様々ですな。

>・『電車男』
>お伽話に徹したオーソドックスな作りに好感がもてましたし、楽しい作品でした。

 そうでしたか。映画として面白いなら別に非難
することはないですね。私は隣りでやっていた『逆
境ナイン』の方を選択してしまったので未見です。

>ちなみにこの監督さんもビリー・ワイルダー好きとか。
>確かに主人公に注がれる視線は温かいですね。
>しかし、ワイルダー信仰は根強いなあ・・・。

 ワイルダーならもっとシニカルな視点も欲しい
ですけどね。ワイルダー信者のほとんどがそこが
欠けている。

>さて、上半期、劇場映画で観たいと思われる作品は、
>全て観ちゃって、今年はもうおしまいですねぇ(笑)。

 私は実相寺昭雄の新作(この年でまた見れるとは!)
とペンの『リチャードニクソン暗殺を企てた男』を見
に行きます。

>しばらくビデオ鑑賞に徹します・・・。

 お勧めあったら教えて下さい!

Re:哀愁のボロやん [2005年07月19日(火)]

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>そーでしたか。僕は『肥龍過江』で洪金寶を怒らせた偽リーそっくりな・・・いや、それより酷いヤツ(リ)の素顔を希望しています。

 実際あんなものでしょーねー。もっとタチが悪い
可能性もあるはずです。

>ギャハハハハ! そこまで言いますか!   

 でもコイツは本当に酷いですよ。作品もたくさん
見たのですが、そのほとんどがあまりフィルムのツ
ギハギ再編集で、まともな映画(この場合、全編撮り
下ろしということ)が少ないんですから。
 いち映画人としての彼の姿勢そのものが許せない
です。

>あと、偽リー作品の『秘録 ブルース・リー物語』に黄正利が出てるそーなんですが、主役とのタイマン・シーンはあるのでしょーか? 

 これは見ていないんですよ。ビデオが出たのはまだ
寛容になれなかった時期ですし、見ようと思った頃に
はレンタルから消えていました。実は借りたことはあ
ったんです。数分見ただけで返してしまいましたが・・・。

>それと、この作品って香港映画なんでしょうか? 舞台は韓国とアメリカらしいし、主演の BRUCE K.L. LEA ことジュン・チョンは韓国人だし。

 韓国映画でしょう。そうだと聞いていますけど。

>消えたんですか? fake様ですら知らないってことは映画界から引退したのかな?

 引退ならいい(?)ですね。(02/10/7日記参照)

>そーだったんですか。“晩年”って・・・ まだ御存命ですよね? 

 存命ですが、映画には出ていないでしょう。

>『福星高照』は覚えてませんし『最佳福星』は未見です。両作品それぞれどんなシーンにどんな役で出て来るのか教えていただけないでしょうか。 

 『福星高照』は歯科医と浮気している妻の夫で馮卒帆と
絡む役(出番正味一分以下)、『最佳福星』は映画館の観客
で一瞬です。

>そーゆえば、ボロやんが成龍と絡んだ作品ってあるんでしょうか?

 『燃えよドラゴン』『空手ヘラクレス』『大福星/福
星高照』いずれも直接の絡みはありませんね。

>ビデオ・スルーの作品はあまり見てないんですか・・・ 

 80年代の頃は熱心でしたけどね。今はビデオ
スルーまでは見ませんねぇ。

>最近入会した50円レンタルの店で、どこにもなかった作品を含め、この手の作品がたくさん見つかったんで、再見の作品も含め大量に見ていく予定なんです。

 そりゃ羨ましいですね。あんまりレンタルに
は行かないとはいえ、ロクなレンタル屋そのも
のが無い地域に住んでいるとビデオを捜すのに
苦労しますから。

>ボロやんのラスト、パトカーの中のボロやんのアップの表情にジーンと来てしまいました。  
>初めて?負けた事にショックを受けてるのか、やっと自分がやってきた事に気付いて深く反省しているのか、いっそのこと殺してほしかったと思っているのか、とかいろいろと想像出来る意味深な表情でした。

 映画そのものは楊斯で売るために作られたか
らでしょうね。でもその場面はちょっと見てみ
たいですね。

>13日TVで『ジェダイの復讐』(特別篇)を途中から見ました。ラスト、ルークがオビワン、ヨーダ、アナキンの幽霊?を見るシーンで、アナキンがヘイデン君になっててビックリしました。

 これは昔からのファンに不評ですよ。旧シリ
ーズは、最初の劇場版、特別編、特別編(DVD版)
と三種類あるのですが、古いファン(私も)は最
初の劇場版が好きですから。

>しかし、ルークは中年とゆーか爺さんになったアナキンしか見ていないんだから、ヘイデン君を見て「誰やねん、あの若造」と思うはずなんで、この新合成には大反対です。

 せめてヘイデンに老けメイクくらいはして欲
しかったです。

>それにしても、実際中に入っていたデヴィッド・プラウズが、アナキンとして顔を見せて欲しかったを当時劇場で感じました(ネタバラししたとかでルーカスを怒らせたため、ああなったと聞きました)。

 そうでしたね。契約を破ったのはプラウズの方
ですから仕方ないのかもしれませんが。一説には、
あまりにも演技が下手で使用に耐えなかったとも。

Re:更新 [2005年07月19日(火)]

Name:fake
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>fake師父、こんにちは。
>大変ごぶさたしております。ここしばらく、30年来の功夫映画への熱が下がっておりましたが、先日、久しぶりにこちらにおじゃましたところ、充実の劉家良特集がつづいているのを知り、一気にROMさせていただきました。

 こんばんは!お久しぶりですね。功夫映画熱が
下がってしまったんですか?それはいけませんね
ぇ。とにかく作品を見ることですよ、駄作も多い
ジャンルですが、面白い作品に出会うことによっ
てモチベーションも高まるはずですよ。

>自分の好みをいうと、『三十六房』は好き(ダメ)で、『拳道』はとても好きな作品です。

 私も初見から比べると評価は逆転しましたね。
今は『拳道』の方が好きな作品になりました。

>『三十六房』は評価の高い修行鍛錬シーンが自分的に納得できない部分が多く、今一つ乗り切れない作品なんです。

 それはフィジカルなものとして訓練の非合理
性が納得いかないということですか?それとも
精神性の面で描ききれていないということでし
ょうか?よければ参考のために理由をお聞かせ
下さい。

>そうだったんですか!まだまだ深いモノがあったんですね。私が観てるのは北京語字幕ナシ版なので、そのへんのニュアンスは全くわかりませんでした。中文英字幕広東語版ぜひ観たくなりました。

 以前、劉家輝本人も広東語版での鑑賞を奨励
していましたよ。

>個人的には京柱演じる三徳和尚が印象的で、とても気に入ってます。

 彼にとっても生涯で最も大きな役ではないで
すかね。

>その頃、1人暮らししていた岐阜の映画館(観客数人でした)で食い入るように観たのを覚えてます。

 ありがとうございます!過去に何度かこの話
題について別サイトでも触れたことがあるんで
すが、その都度"嘘つき"呼ばわりされてきまし
たよ。自分の知らないことが真実とは限らない
のに、調べもせず否定する人間が多くて困りま
す。

劉家良(18) [2005年07月19日(火)]

劉家良(18)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『武館』は実弟・劉家榮から持ち込まれた企画だ。設立された「劉氏兄弟公司」とショウブラの共同制作であり、配給はショウブラによる。新会社にとってはヒットが欲しかったこともあって、劉家榮は兄にヒット確実な題材"黄飛鴻"を依頼したのだ。 劉家良がこの企画に乗り気であったかどうかは分からないが、彼自身のルーツにも関わる題材ゆえ下手なものは作れないという気持ちはあったろう。しかし困った問題もあった。劉家良は既に自分なりの黄飛鴻像を『陸阿采興黄飛鴻』で描ききっており、新たに付け加えることなど残ってはいなかった。 『陸阿采興黄飛鴻』が作られた76年から、『武館』の81年までに劉家良以外の映画界を取り巻く状況も変わってきていた。ブルース・リーの死後、ホイ兄弟を獲得したハーベストは、サモハンの躍進もあって興行会社として力をつけてきていた。決定的だったのはジャッキー・チェンの登場である。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー独立プロでくすぶっていたジャッキーが、劉家良の作り出した練功小子片『蛇形刀手/スネーキーモンキー蛇拳』(78)でブレイク。『陸阿采興黄飛鴻』のパロディである『蛇形刀手第二集 酔拳/ドランクモンキー酔拳』(78)でその人気を決定つけた。 そのジャッキーが満を持してライバル社ゴールデンハーベストへと移籍、『師弟出馬/ヤングマスター』(80)で香港映画初の1000万HKドル突破という快挙を成し遂げるのだ。香港映画に新しい時代の波が押し寄せていた。 『酔拳』『師弟出馬』でジャッキーが描いたもの(後述)に対する対抗としての"黄飛鴻"、『武館』で劉家良に描くものがあるとしたらそれだけだったろう。『武館』のストーリーに新味は無い。そればかりか、基本的には『陸阿采興黄飛鴻』とあまり変わりがないといえる。 前作よりはやや成長している黄飛鴻(劉家輝)は悪友・王隠林(麥徳羅)と遊び呆けているが、強敵に出会って成長していく。王隠林のいるライバル道場との確執に加え、悪意の第三者が関わってくる点、その悪道場の客分とラストに対決があるという所まで含め展開に大差はない。言い換えれば『武館』には"陸阿采"がいないだけである。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画を最早通常の練功小子片にしたくなかった、という劉家良の心情は理解出来る。『陸阿采興黄飛鴻』以後、無数に作られた練功小子片の多くは、練功の本質と武術の精神性にも、鍛錬の合理性にも無縁なものがほとんどであった。 そのことへの批判は『武館』の前に一年がかりで製作した『少林塔棚大師/少林三十六房續集/少林寺拳道』でも描かれていることは前回の日記にも書いたが、『武館』に陸阿采的人物を登場させないことが劉家良の流行に対する挑発であった。 『武館』の黄飛鴻は、悪友・王隠林と青春を謳歌している。悪童たちはいたずらに技を見せびらかし、遊里通いも止めない。だが新興道場の姦計に嵌り王隠林は負傷、そこで出会った強敵の武術家・王龍威の存在が黄飛鴻を刺激するのだ。 この映画の黄飛鴻は、悪友の有様を反面教師とし、強敵との出会いで己を磨くという形で成長する。練功の本質は良師に学ぶことだけではないという劉家良のメッセージが、ストレートな形で込められているが、実は『陸阿采興黄飛鴻』でも伝えられているものであり、やはり重複の感は否めない。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー全体的な新鮮さを欠くという点を除けば、アクション映画としての『武館』はジャッキーやサモのベストな作品と比べても遜色はない。京劇に招待された黄飛鴻一行が、逃げ惑う群衆の中で闘うという場面も出色だが、全ての決着を付けるべく"九曲巷"で王龍威と対戦する場面は、劉家良作品中はおろか、功夫映画史上でも間違いなく十指に入る名場面だろう。 北方から来た武術家・王龍威は、悪の道場に客分として滞在しているが、根は純朴な武術家である。広東で言葉が通じないことから誤解を生み、悪い道場とは知りつつ昔の繋がりから黄飛鴻と対戦。悪役一筋できた王龍威にとって最も印象に残る演技を披露しているのだ。 南拳北腿の故事に倣い、洪家拳による手技の黄飛鴻と、足技の王龍威という対比を生かすため選ばれた舞台が"九曲巷"だ。九つに折れ曲がった通路"九曲巷"は、場所によって広かったり狭かったりするのだが、足技の得意な王龍威は当然広い場所で闘いたいし、相手の動きを封じたい黄飛鴻は狭い場所に誘い込みたいという心理戦から始まるのが素晴らしい。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー洪家拳の中でも鐵線拳の形(ジャッキーがやった笑拳の元の形)を駆使して王龍威を追い込む黄飛鴻だが、その実相手の技に舌を巻かざるを得ない。王龍威も狭い場所で動きを封じてから威力を発揮する鐵線拳の威力に目を見張る。やがて二人はお互いの技に感心し、闘いそのものに決着をつけることを放棄してしまうのだ。 闘い始めから途中の心理戦を経て、お互いの理解に至るまでは言葉で説明されることはなく、闘いの中で動きだけで示される。これは功夫映画の理想形だろう。功夫映画が功夫についての映画である以上、功夫そのものの動き、理念と共に言葉ではなくアクションの中で描くべきなのだ。 実際、ほとんどの功夫映画はそこまでのレベルには到達しておらず、闘いの真理は言葉で語られるのみだ。更に素晴らしいのは劉家輝演じる黄飛鴻に洪家拳の形を崩させていない点だろう。表演としての"対打"なら兎も角、アクション映画として虚飾された連続動作の中で、しかも約束組み手の通用しない異種格闘技戦的な相手との格闘である。その中であくまで洪家拳の動きを崩さなかったことは、『武館』が武術の映画としていかに高いレベルで構築されているかの証左である。これこそ正に「正宗國術片」の面目躍如といえるだろう。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー続く
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