旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
 なお日記に記載の内容は、無断転載、転用はお断りいたしております。ご理解下さい。(by fake)

 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

遅ればせながらレスです [2005年07月30日(土)]

Name:伊東かんふー
Email:kungfubaka@yahoo.co.jp
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(続きです)
>映画の中で全部がピーカブーだとね。そういうのも多いん
>ですが、シリアス・タッチにしてみたり、一発で倒したりと
>緩急をつけることはしてもいいはずです。
先日「日曜洋画劇場」でオンエアした『シャンハイヌーン』はそうした試みがなされてるなという印象はある程度受けました。『新警察故事』という香港での新展開を打ち立てたのですから、その後のハリウッド作というのは、逆に期待せざるを得ない思いもあるわけで。でも…、やっぱ『ラッシュアワー3』なの?

>共演の方法はあったはずですよ。それで潰れるなら
>彼等の個性もそれまでだったということですよ。イー
>キン、アーロン、小春、サム・リーetcそんなにやわな
>連中じゃないでしょ。
もちろんJCと競演するしないにかかわらず、彼らは彼らなりに自分の出演作では個性を発揮し、香港映画を支え続けてきたわけです。ただ彼らが実際JCと共演した場合、彼らの持っている個性を活かした演出がなされるかどうか、一観客としては一抹の不安を覚えたわけです。というのも数々の名演を重ねてきた女優陣がなぜかJCの映画ではさっぱりパッとしない、という事例がこれまでの作品でいくつか散見されますのでね。ロザムンド、ドゥドゥ、ジョイ、アニタ・ユンなど、いずれも見る前は"夢の共演"とワクワクしたものでしたが…。でも彼の映画の後は、また活き活きした芝居を見せてくれている。当時は正直何で? って思いましたよ。

>ジャッキーだっていつも刑事でも構わないと思うんです。
>要はその刑事でどう物語を作るのか?が一番大事な点
>であって。
JCも一時期は刑事役にてらいはなかったと思うんですよ。でもそれは李修賢のように役を演じるというよりは、アクション、いや成家班のスタントショウを見せるためのシチュエーション作りに躍起になってたゆえなのだと、今にして感じます。

>JCが彼らのキャラを描ききれてなかったのか?
>描ききれていないといえば言えます。これは当時の
>ジャッキー作品が共通して抱えていた問題点ですよ。
>彼等のキャラはちゃんと描けていると私自身は思って
>います。が、同時に彼等は成家班にしか見えないとも思
>っているんです。高度なアクションシークエンスの
>構築を維持するには、日頃から一緒にトレーニングして
>いる仲間とでなくては不可能。それは確かですが、
>この時期のジャッキー作品は明らかに顔ぶれのマンネリ
>感から新鮮味を失っていました。
確かにJCは「マイスタント」か何かで、fakeさんがおっしゃったのと同じ事を言ってたん
ですよね。高度で新味のあるアクション構築を目指した結果が、作品のマンネリ化を招いたというのは何とも皮肉な事実ですよね。まあ今では十二分に理解は出来るんですけど、当時は単に作品のマンネリさ加減ばかり目に付いて、少々ゲンナリした覚えがあります。

>顔合わせの新鮮さの大切さは『ゴージャス』や今回の作品が
>証明したでしょう。
ですから尚更周囲では評価の低い『雙龍會』が、私にはスゴく新鮮に見えたんですよ。前半でテディ・ロビンと登場しただけで「あ、なんか違うな!」といい意味での軽い驚きがあったんです。まあ確かにアクションはいつものJC節全開でしたけども、ドラマ部分の演出手法が片手間とはいえ、明らかにそれまでの硬直化したJC演出とは異なってましたからね。その後も『超級警察』でミシェールや曾江、顧美華、『城市獵人』ではチンミーら王晶組、『重案組』では鄭則士、そして『酔拳』では狄龍や劉家良といった御大連中との初共演を果たすなど、新味のある顔合わせはそれなりに行われてきたわけです。でもその新鮮さが本当の意味で観客に実感させたのは『ゴージャス』以降でしょうね。アクションから離れたドラマ主体の演出が効を奏したともいえます。公開当時はJCファン香港映画ファン両方からそっぽを向かれるというさんざんな有様でしたが、元々佳作というか作品自体のポテンシャルが高いので、最近は両者の間で再評価の機運が高いようですね。

ファーストミッション>
>私も日本版しか見ていないです。これサモが監督した
>台湾映画ですよ。日本の資本投下により日本公開を睨み、
>台湾での公開も視野に入れた当時の台湾向けテイストも
>混ぜ合わせた混血児でしょ。当時の香港映画らしくない
>奇妙な映画です。
この"台湾向けテイスト"というのは、やはり露骨な"泣かせ"の演出も含めたウェットな部分なんでしょうかね? でも情緒的な部分が少ない香港人の気質としては、こういう見せ方は当時としえてゃ不慣れだったんだなあ、と如実にわかりますよね。

>ニコラスについてはDVDで再確認後ということで。
まもなく出ますね。私は購入予定は現時点はありませんが、fakeさんの評論を楽しみにしております。

>見る機会を奪われてはねぇ。『トレース・・』はもう
>この辺での上映は諦めているので関西地区まで遠征に出
>かけなくてはなりません。でも小中学生にそれは出来ま
>せんものね。
『トレース』は幸い見る機会に恵まれましたが、fakeさんが未見ということであれば、この作品については御覧になってからあらためてお話したいなと思います。

>『ツインズ』はこちらではとうとう上映してくれません
>でした。『2』があるなら『1』もやってくれそうで
>期待しているのです。その望みが費えるまではDVDの封は
>切らないつもりですよ。やはり劇場で見たいですから。
東京では8月から銀座シネパトスで公開が決定しました。自分も1を見逃してるんで、ついでに上映してくれればいいんですが…。

というわけで今回はこの辺で。

遅ればせながらレスです [2005年07月30日(土)]

Name:伊東かんふー
Email:kungfubaka@yahoo.co.jp
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どうも、カエルです。前回は久々にfake師父とやり取りが出来て愉しかったです。またもやレスが遅れてしまい恐縮です。

>もうひとりのカエルはどうしたものか・・・・。
…(笑)。私が口出すとまたいろいろ波紋を呼んじゃいますから、あえてコメントはしません。ただ言えるのは、出るべき時には必ず出てくる、彼はそういう人です。今の私には待つことしかできません。まあ久々に旋子さんも来ましたしね。
 
>それだと自分なら『奇蹟』以降になりますかね。ジャッキーが
>全部を自分でコントロールした香港ロケの香港映画の最後は
>『奇蹟』だった。それに香港において、この89年以前と以降は
>随分と意味合いが違いますし。
確かにそうですね。fakeさんの尺度を自分なりに取り入れるとすれば、『奇蹟』直後の『飛鷹計劃』と『火焼島』は次段階への過渡期というべきでしょうか。そして取り合えず(あくまで表面上ですが)俳優オンリーのJCによる『雙龍會』へ流れ込むと。
89年の香港全体については論を持ちませんが、映画界について言えば周星馳の台頭とジェットの本格復帰が始まった。一方で『賭神』がヒットし王晶がトップ監督となった。そして80年代黄金期の象徴だったユンファ、JC、サモハンらがそれぞれの立場で時代の総括に入った…、とまあ、さまざまな形で新時代への橋渡しが進められた時期といえるでしょう。つい昨日のような気がするのですが、実はもう15年あまりも前の話なのですね。

>言葉は悪いんですが、ジャッキーの場合いつもジャッキーで、
>それ自体はジャッキー・チェンという俳優にとって最優先事項
>なのも解っています。でもジェットが、あれだけ統一感のない
>作品選びの中で、ジェット・リーという立ち位置を崩して
>いないのを見れば、ヨーロッパ映画におけるジャッキーと
>いうのは見てみたい気がしますね。
そうなんです! JC(とその主演作)って実はさまざまなジレンマを抱えた存在なんですが、そのひとつが"何をやってもジャッキー・チェン"という部分であって。でもおっしゃる通りそれが彼自身の俳優としての最大のアイデンティティでもあったりするんですよね。多分ファンもそれは常に求めてることでしょうし。
そのジレンマを解くカギはジェットのような節操のなさ=受動的な作品選択、なのかもしれないです。それが出来る可能性はやはりハリウッドよりもヨーロッパって気がします。出来ればべッソン一派からは離れて欲しいですけど。最近とんとごぶさたのレニー・ハーリンとかと組んでみたり…変わんねぇか!? ていうかハーリンもメチャメチャハリウッドやん(爆)。

>十分伝説としての存在感は持ちえているんですがね。
>一度客演でアクションも何もしない役を演じてみたり
>とか・・・・出来ないかなぁ?
実はプロデューサーとしても、いい作品たくさん送り出してんですよね。その辺ももっと評価されていいと思うんですよ。気になるのはかなり前の映画ですが『舞台姉妹』という映画。未見なんですけど、DVDジャケの裏に眼鏡をかけたJCのスチールが載ってるんですよ。どうせまたカメオでしょうけど、その一瞬の中でどんな芝居を見せたかったのかは気になります。『ジェネックスコップ』の出演場面はまたJC節全開で、気持ちはわかるんですけどほとんど武田鉄矢化してましたね(苦笑)。

>"香港映画=バカ"という偏見は旧世代の負の遺産で
>すね。王家衛世代の香港映画ファンはむしろ知らない
>でしょう。この知らないというのも不幸なことで、
>若いファンとは二重の意味で断絶があるんです。
>まず旧世代のファンがこの現実に立たねば。
全くもって耳の痛い話です。ファンの世代間(もしくはジャンル間そして好きなスター間)の断絶という問題は、香港映画という非常に特異なカテゴリーゆえに起こった悲劇?ともいえますが、やはりその大きな責任は80年代までの香港映画ファンにあるといわれてもしょうがない所です。
私や愛香さんも昨年位からこの現況を確認&改善の余地はないか(むろん我々自身の行動範囲の拡大も含め)と、他のサイトへ行ってみたりミニマムですがオフ会の場に顔を出してみたりもしたのですが、同じカテゴリー内でも所謂派閥めいたものが乱立し、その間の"断絶"ぶりもかなり根深いものがございました。本来もっともコアなファン層であるはずの方々がこの有様ですから、香港映画内の他ジャンルとの幅広い交流はもちろん、新若いファンへの伝播交流やそこから派生する新しいファンの開拓なぞ甚だ困難な話で、"知らないという不幸"は多くの香港映画ファンの中にこびり付き続けるのかなあ…というのが私の現在の心境でございます。そしてもうひとつ、こうした方々のなかにそうした世間の偏見や香港映画の日本における末期的状況を受け入れようとしない、いわば"知ろうとしない不幸"というべき気質が根付いてしまってるのも事実であります。
細々した事を言い出すとキリがないですけど、我々も含めた旧世代が残したイタイタしい負の要素から目をそむけず、認めた上で今の流れに目を向けるというのは真に重要なことだと感じます。この辺は愛香さんへのレスへの感想も含め、また機会をあらためて語りたいですし、我々には絶対避けては通れない命題だと思いますし。
私も最近、ミニマムな仕事でカンフーとは違う別ジャンルのファンたちに、こうしたアプローチも含めた試みを自分ありに行ってみたのですが、果たして受け入れられたかどうか…(苦笑)。
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