Name:fake
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>どうも、カエルです。前回は久々にfake師父とやり取りが出来て愉しかったです。またもやレスが遅れてしまい恐縮です。
たまにはいいでしょ?(笑)
>ただ言えるのは、出るべき時には必ず出てくる、彼はそういう人です。
もう出てくるも来ないも自己判断だと思うんで
すけどねー。
>『飛鷹計劃』と『火焼島』は次段階への過渡期というべきでしょうか。そして取り合えず(あくまで表面上ですが)俳優オンリーのJCによる『雙龍會』へ流れ込むと。
製作時の裏話も込みにするなら、『飛鷹』はハー
ベストに最後通牒を突きつけられての製作でした
からね。
『火焼島』はともかく、『雙龍會』以降は『飛鷹』
の結果がもたらしたものであります。
そうなるとやはり『奇蹟』が最後であったろうーな、と。
>さまざまな形で新時代への橋渡しが進められた時期といえるでしょう。つい昨日のような気がするのですが、実はもう15年あまりも前の話なのですね。
伊東さんが述べているのは、実際は90年からの流れ
ですね。全体の俯瞰としては確かにそういう流れにな
りますね。
うちのHPは別に懐古趣味でやっているのではないの
ですが、香港映画の全盛期が20年前のことだったとい
うことに改めて驚かされますね。
>そのひとつが"何をやってもジャッキー・チェン"という部分であって。でもおっしゃる通りそれが彼自身の俳優としての最大のアイデンティティでもあったりするんですよね。
でもこれはスターの最大条件ですから。ジョン・ウェ
インだってクリント・イーストウッドだって、何をやっ
ても常に自分自身であるわけですし。
演技派と呼ばれるロバート・デ・ニーロにしたところ
で、彼の演技は"スター"デ・ニーロの演技ですから、何
をやってもデ・ニーロに見えるという点では同じなはず
ですよ。ジャッキーだけが責められるのは間違っていま
すよね。
>そのジレンマを解くカギはジェットのような節操のなさ=受動的な作品選択、なのかもしれないです。
ベッソンでも構わないからまずやってみるべきではな
いでしょうか?違う風景でジャッキーが立ち位置をどう
修正するのかが見れるだけでもやる価値はあると思いま
す。
>気になるのはかなり前の映画ですが『舞台姉妹』という映画。未見なんですけど、DVDジャケの裏に眼鏡をかけたJCのスチールが載ってるんですよ。
『舞台姉妹』に出ているんですか?!これ持っている
けどまだ見ずにほったらかしにしてあるんですよ。
>やはりその大きな責任は80年代までの香港映画ファンにあるといわれてもしょうがない所です。
ニューウェイブ出現以降は、意識的に旧世代と差別(区
別?)した文章が多くて、配給会社や評論家の側で旧世代を
排除していました。ここが最大要因だったと思うのですが、
ファンの側でもこの流れに乗って断絶を生んでしまったの
が痛かったですね。
>、他のサイトへ行ってみたりミニマムですがオフ会の場に顔を出してみたりもしたのですが、同じカテゴリー内でも所謂派閥めいたものが乱立し、その間の"断絶"ぶりもかなり根深いものがございました。
李小龍世代の派閥抗争も凄かったですけどね。彼等は同
じ李小龍ファン同士で潰しあいをしていましたから。
まるで左翼の内ゲバやったな・・・。(苦笑)
>こうした方々のなかにそうした世間の偏見や香港映画の日本における末期的状況を受け入れようとしない、いわば"知ろうとしない不幸"というべき気質が根付いてしまってるのも事実であります。
日本における・・・?香港映画界自体が末期なんて完全
に越えてしまっているでしょ。かつて我々が楽しんだ香港
映画は、97年で無くなってしまっているはずですよ。(返還
されたから、という意味ではない)
>また機会をあらためて語りたいですし、我々には絶対避けては通れない命題だと思いますし。
↑の続きになるのですが、今ある香港映画の姿、そこを
きちんと認識しないと、未来の展望なんて絶対にわからな
いですよね。その上で次の世代に伝えていけることはある
はずです。
>私も最近、ミニマムな仕事でカンフーとは違う別ジャンルのファンたちに、こうしたアプローチも含めた試みを自分ありに行ってみたのですが、果たして受け入れられたかどうか…(苦笑)。
業界全体に韓国映画や台湾アイドルをプッシュするよう
な勢いは、香港映画には感じられませんね。一時代を築い
たから・・・・確かにそれもあるでしょうが、『少林サッ
カー』はあれほどヒットしたのだし、何がしかの仕掛けは
欲しかったですね。『インファナル・アフェア』にしても
『英雄』『LOVERS』にしてもそれなりにヒットしているは
ずですが、やはり単発扱いでは流れは絶対に起きません。
せめても我々が細々とでも語り継ぐ以外に今のところ手
はないでしょうね。残念ですが。