劉家良(28)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『酔拳2』の話をする前に、その当時のジャッキーを巡る状況から抑えておく。 89年の『奇蹟/ミラクル』の後、自分が思い通りに全てをコントロールして作った作品『飛鷹計劃/プロジェクト・イーグル』は、撮影前にハーベストから最後通牒を突きつけられた作品だった。そろそろ日本におけるジャッキーの人気にも陰りが見えており、配収5億を下回ることもしばしばになってきた。日本での人気を反映していたから、ハーベストはジャッキーに予算もスタジオもスタッフも使い放題にさせてきたのだ。 "これが当らなければ製作のあり方を変える"というのが最後通牒で、予算も撮影日数も大幅に超過した『飛鷹計劃/プロジェクト・イーグル』が、ジャッキーにとって最後の監督作品となったのは言うまでもない。 統括プロデューサーとして最終的な権限は振るうことで作品をコントロールはするものの、作品本数と製作スピードを上げ主演に専念せざるを得なくなった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー「香港電影導演會(香港映画監督協会)」は、監督同士横の交流を図りつつ、協会員の利益や権利を護るため設立されたものだ。89年、「香港電影導演會」の自己資金確保のため、映画を製作しようという動きが協会の間で起こった。その資金を事務所の建設費などに充てるという計画で、当初は爾冬陞(イー・トンシン)監督でスタート。この計画は頓挫し、南燕、劉徳華、洪金寶らに話が廻ったが、結局は徐克(ツイ・ハーク)のところで話が纏まった。 協会員は参加義務があるのでボランティア出演をし、製作費を抑えて儲けをプールするという概要が発表された。こうしてプロジェクトが動き出すと、協会員の中から目玉になる出演俳優が必要になった。白羽の矢を立てられたのがジャッキーで、協会の初代会長・呉思遠がハーベストと協議。ハーベストがフィルムの権利を有するという形で資金提供とジャッキーの貸し出しを了承した。 こうして製作された『雙龍會/ツイン・ドラゴン』は、最終的に3300万HKドルという当初目標の三倍を売り上げる結果を残したが、本来の目的であった協会本部は建設されなかった、といわれている。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー同様の企画として今度は「香港影視武師協会(香港武術指導・スタントマン協会)」から、協会本部設立資金を作るための協力要請が、今度は直接ジャッキーに持ち込まれた。 時あたかも古装片ブームである。このブームを苦々しく思っていたジャッキーは、ひとつの企画を実現するべく動き出す。 徐克によって銀幕に甦った英雄・黄飛鴻だが、撮影前にジャッキーは徐克に向けて「中国人の英雄・黄飛鴻を軽々しく撮るな、ワイヤーで飛ばすようなことだけはしないでくれ!」と懇願するも、徐克は自分のスタイルを貫いた。 映画自体は素晴らしいもので、これにより古装片ブームが起きたのは事実だ。スタジオ・システム崩壊後、改めて製作された武侠・功夫片だが、ブームの牽引車である徐克によって、北派の武術家・李連杰が南派の英雄・黄飛鴻を演じても構わないという既成事実を作り上げた。 映画の撮影技術が上がったこともあるが、功夫が出来なくても、踊りやスポーツの素養すらなくても、普通の歌手や俳優が高度な編集技術によって超人に変身した。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『バトルクリーク・ブロー』『プロテクター』は成功しなかったが、85年以降ジャッキーの下にはアメリカ映画界からの出演依頼が舞い込んではいた。そのひとつがフランシス・フォード・コッポラより持ち込まれた企画で、"中国の英雄が西部開拓時代のアメリカにやってくる"というものだった。 この時からジャッキーの頭の中には"黄飛鴻西部へ行く"という発想があったはずで、その延長線上に出世作『
蛇形刀手第二集 酔拳/ドランクモンキー酔拳』の続編という考えも生まれたのだろう。 「香港影視武師協会」から依頼があった際、過熱する古装片ブームに一石を投じる機会が訪れたと感じたジャッキーは、正式なプロジェクトとして『酔拳2』を始動させるのである。 『雙龍會/ツイン・ドラゴン』製作時と同じく、「香港影視武師協会」会員は参加義務があり出演は全てボランティアとして製作がスタート。前作『酔拳』の16年ぶりの続編というだけでなく、「香港影視武師協会」全面バックアップ体制により、監督:袁和平、主演:成龍、武術指導:劉家良という、考えられないような顔合わせが実現するのが当初のウリであったのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーところが、撮影が開始されてから監督の袁和平がかなり高額なギャラを要求したため、怒ったジャッキーは袁和平を解任(現場で指揮する袁和平のスチールがあるため、一部は彼が撮影したのは間違いない)。急遽ではあるが、現場の指揮を取る羽目になってしまったのが劉家良だったのだ。 ジャッキーが納得をして任せたのか、業界でのキャリアからいって任せざるを得なかったのかは不明だが、最初からこの船出では現場が上手くいくはずはない。 この映画は「香港影視武師協会」のために活動資金を集めるのが目的であること、そのために公開の日付だけは一番の書き入れ時である旧正月ということが最初から決定していた。 しかし劉家良は構わず自分の流儀を貫き通した。ジャッキーにとっても大事なものであるかもしれないが、劉家良にとっても黄飛鴻という題材は大事なものである。中国本土でのロケやショウブラの撮影所に組んだオープンセットの撮影こそ劉家良に任せていたジャッキーだったが、映画撮影が進まないことと、劉家良の古典的な武術指導スタイルに、ジャッキー・チェンの映画としての色が付かない事をジリジリとしながら堪えていたのだった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー公開期限は迫っていた。ハーベストに組んだラストバトルのための工場セットに戻った時、統括プロデューサーとしてのジャッキーは自分のスタッフだけを集め劉家良抜きで撮影を仕上げてしまう。 劉家良は当然これに怒った。ここからは二説あるのだが、怒った劉家良自身が監督としてのクレジットを外せと言ったとする説と、ジャッキーが外そうとしたとする説だ。 公開された映画は大ヒットを樹立し、94年に公開された映画の中では興収2位を記録した。映画公開後、批評家にも絶賛されたことから、詫びを入れたジャッキーを劉家良は受け入れた。第十四回香港電影金像奨・最優秀動作設計部門の授賞式には二人で出席し、壇上で賞を受け取っている。 他のノミネート作品は『精武英雄/フィスト・オブ・レジェンド』(武術指導は袁和平)、『東邪西毒/楽園の瑕』(武:洪金寶)、『中南海保[金票]/ターゲット・ブルー』(武:元奎、元徳)、『洪熙官/新少林寺伝説』(武:元奎)と錚々たる顔ぶれを抑えての受賞だった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーージャッキーは劉家良のスタイルを古臭いと言ったが、この映画が大ヒットした理由は正にその"古臭さ"である。後にジャッキーも謝罪した訳だから、その事を自覚はしたのだろう。 『飛鷹計劃』までのジャッキーもマンネリ化していたが、その後の主演作『雙龍會』『警察故事3/ポリスストーリー3』『城市獵人/シティハンター』『重案組/新ポリスストーリー』は、『警察故事3』を除きどの映画も結局ジャッキーが主導権を奪い返して完成させたため、中途半端な出来になってしまっていた。それにアクション部分はどっちみち成家班が担当するのだから、ハーベストにとっては製作スピードはあがったにせよ、マンネリ化からは逃れられないでいた。 『酔拳2』の武術指導はジャッキーから見て古典的ではあったとしても、ファンには新鮮に映ったのであった。それは久しぶりの古装片であったこともそうだが、ジャッキーにとって実質初めてと言っていい、劉家良の構築したショウブラ世界に起因しているのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー『酔拳2』で一番象徴的なのはこの場面だ。間違えて黄飛鴻(ジャッキー)が持ち去ってしまった印章を取り返しに来た劉家良と、ふたりが二階建ての食堂で闘う場面である。かつてのショウブラ全盛期の象徴が、ショウブラでしか構築できない巨大セットと、画面を埋め尽くす武師たちの群れだ。同時代のハーベストや独立プロでは、ここまでのセットを作ることも、これだけの人員を揃えてアクションを作ることも不可能であり、とりわけ張徹映画における破壊と殺戮の象徴として、斧を振り回す黒服男の群れは存在した。 その場面を武術指導してきたのが劉家良であり、それは
『報仇』『馬永貞』などの作品においてその完成型を見ることが出来るのだ。 『酔拳2』における食堂の場面は、そのショウブラ的シチュエーションの真っ只中に、たったひとりでジャッキーを放り込むという実験だ。映画の中でこそ劉家良と二人で闘うのだが、ショウブラ世界未経験のジャッキーにとって、過去のどんな映画よりも孤立無援感が漂っている。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの場面を成立し得ただけでも、この映画は劉家良が担当した価値はあったが、更に素晴らしいのは、そこからジャッキーが自分流の動きで闘いを成立させていく場面にあるだろう。 多勢に無勢で囲まれたジャッキーは、劉家良と共に否応なしにショウブラ世界に巻き込まれていく。高所スタントや落下、椅子の二刀流といったジャッキー的動きで活路を見出そうとするが、相手の数が多くうまくいかない。 そこでバラバラに闘っていた二人は、やがて竹を使った劉家良的武術指導で協力し合うが、映画上で劉家良が負傷すると、割れ竹を使った成家班的アクションに切り替えて窮地を脱するのだ。 功夫映画史上に残ると言っても良いこのスリリングな場面は、かつては決して交わることの無かったショウブラザースとゴールデンハーベストが、一体化して見せた歴史的瞬間であった。 この映画は、劉家良にとってもジャッキーにとっても90年代最良の仕事であると共に、長らく功夫映画を応援してきたファンにとっても夢に見た場面が現実となった至福の映画でもある。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
続く