旧myroom(香港電影的日常 '01/2/17〜'06/1/29)より移転。

 香港映画を中心に語っていますが、基本的には何でもアリです。
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 ・・・・あと、リンクもフリーではないんです。すんませんなぁ。

愛 [2005年10月28日(金)]

Name:愛香
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いろいろと、お気遣いくださり、ありがとうございました。
しかし、このような時は少し忙しい方が気が紛れるものなのですね。

少し前の話題ですが「龍的影子」に関しまして、遠い昔にラダルスキー氏の四畳半で断片的に見たことがあります。カリ・スティックを駆使して大暴れするイノサント氏の映像を見た師兄の一人(二十歳くらい)が「すっげー!これ日本で公開したらヒットするよ!」
と吼えておりましたが、さすがに童貞の私でも「(ヒット)するわけねぇ」と思いました。それよりも、そんな不甲斐無い映画に出演してしまったダンの軽率さを批判せずにはいられませんでした。

しかしながら、かなりの年月を経たいまだからこそ不肖の弟子であるジョニーの口車に乗ってしまった武道以外は目に入らないダンの純粋性とナイーブさを好意的に受け止めるべきだと思うようになりました。そう思いませんか?思いませんよね・・・・

その時はたくさんの功夫系映画のダイジェストや予告編を拝見いたしました。そんな中、東映の8ミリで売っていたダイジェスト版「けんか空手・極真拳」を肴に、やれ「実戦的じゃない」とか批判するJKDマニアが続出。ちなみに、私が通っていた武館の台湾人師父が何かの間違いで出演しておりました。太極拳を使う悪役という設定なのですが、この人、形意拳、八卦掌が専門ですので「太極拳は知りません」とフランクに言ったところ、山口和彦から「ああ、ゆっくり動いてりゃ何でも太極拳」と的確な指示を受けたのです。とはいえ初の映画出演に緊張したのか、こともあろうに千葉ちゃんの顔に入れてしまいNG。それ以降、千葉ちゃんがブルかんで撮影にならず、和彦から「キミは悪役が面白くないからわざとやったんだろう!」と罵られたそうです。そんなエピソードを聞いてしまったこともあり私など「ダッセ!だから千葉真一はダメなんだよ」と変声期の分際で千葉ちゃんを否定する始末。

嗚呼、物の価値が判らないとは恥ずかしいことです。私の思春期など美化するに値しないのです。今ではそんな時期の自分自身を抹消したく思っております。千葉ちゃんを筆頭に、多岐川裕美、室田日出男、成田三樹夫、由利徹という豪華キャストだけでも目頭が熱くなるのに、監督は東映を代表する職人"山口和彦"ですからね(監督としての力量を問うのは野暮ってもんです)。
その台湾人師父は現在でも日本に住んでいると思いますが、東映の映画に出られたこと、和彦直々に演技指導されたことの重大性を噛みしめていることでしょう。

千葉ちゃんで連想するのは当然"石井輝男"でございますが、明日から輝男追悼上映会が開催されます!一作品・一回上映につきの入場料ですので、そうそう何度も見に行くことはできませんが、取り合えず「恐怖奇形人間」「やさぐれ姉御伝・総括リンチ」「明治・大正・昭和/猟奇女犯罪史」の三本だけは押えたく思っています。輝男の急逝は遺憾なことであっても輝男の作品を映画館で見れるのはありがたいことです。とはいえ、劇場鑑賞で気になるのは、この手の映画の場合、エルメスと知り合えない電車男みたいのがスノッブで、明らかに笑う場面でないのに無理矢理空笑いすることなのです。一昨年の「片腕カンフー対空飛ぶギロチン」のイベント
がそんなのばっかりで。

どうでもよい話なのですが、岡田茂って東大出身なんですね。
「東大」と「東映」・・・いいですね。






更新 [2005年10月28日(金)]

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 10/28日記更新。本日は、ジャッキーの『新警察故
事/香港国際警察』(3)です。今日でこの項は最後。

『新警察故事/香港国際警察』(3) [2005年10月28日(金)]

『新警察故事/香港国際警察』(3)'04年製作、監督:陳木勝、主演:成龍ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの映画一番の特徴は謝霆鋒(ニコラス・ツェー)扮する"巡査1667"の存在だろう。意味不明との意見も多かったが、このキャラクターこそジャッキー映画と従来の香港映画を繋ぐブリッジとして生み出されたものだ。 ニコラスは当初、新米巡査として登場し、かつての事件で若い者を大勢死なせた経験を持つジャッキーのトラウマを刺激する。やがてニコラスはジャッキーにとって守るべき存在へと変わり、その結果としてジャッキーを立ち直らせる。 実はそのニコラスも、幼い時に父を事故で亡くし、事故現場に現れた警官ジャッキーによって優しくされた過去を持っていた。ニコラスは警察官に憧れるニセ警官だったが、そのきっかけを与えたのはジャッキーであり、結果としてそのことがジャッキーにとっての守護天使としてニコラスは存在することになるのだ。 この守護天使的役割がこの映画の肝だが、その現実感のなさを指摘する評も多かったと言う訳だ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの守護天使的キャラという役割が、ジャッキー映画における古き良きハリウッドのノスタルジーへのアイコンとして、ジャッキー側から香港映画への歩み寄りで生まれた結果だ。 手っ取り早く言えばこれはフランク・キャプラの映画におけるそれと何ら変わりのないもので、この映画におけるニコラスの立ち位置の透明感もそれに起因している。 ゲイリィ・クーパー扮する無垢な田舎者が、都会生活者に純粋な心を取り戻させる『オペラハット』、娘の婚約者の守銭奴な父親に、世の中金が全てではないと諭す貧乏人の家主ライオネル・バリモアは『我が家の楽園』、極め付きは、人生を儚んで自殺しようとするジェイムス・スチュワートを寸前で助けに現れる、文字通りの守護天使"クラレンス"が登場する『素晴らしき哉、人生!』だろう。 この映画のニコラスが、ジャッキー映画的役割を担っているのと同時に、極めて香港映画的であるのは、このキャラがそもそもキャプラだけではない別の映画からも仮借されたキャラだからだ。 香港映画界において、ジャッキーとは対極に位置するトレンドメーカー徐克(ツイ・ハーク)、その徐克2000年の作品『順流逆流/ドリフト』こそが元ネタだったからだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー徐克作品にしてはあまり評価の高くない作品『順流逆流』であるが、今こそ再評価の時ではあるまいか?この映画におけるニコラスは、映画本編を背負って立つ主役ではあるが、最後までその実体感の希薄な透明さを失わず、むしろサブキャラたち全員にとっての守護天使として機能する。 かなり特殊で訳有りな人物が登場するドラマの中では、むしろニコラスは普通すぎるくらい普通の人物造形だ。だがそのことが廻りの人間全てを立ち直らせ、最終的にはその中で自分自身をも成長させていくのだ。 『順流逆流』においては、始めバーテンとして登場する彼は何のバックグラウンドも描かれない、むしろ描かないことでどこにでも良くいる若者の典型であることを示唆する。店の客と一夜を共にし、翌朝その女が婦人警官であったことを知り驚くが、9ヶ月後の再会で彼女があの時の子を身ごもっていることを知る。 出産費用を稼ぐ為モグリの警備会社に就職するが、新米のニコラスは最後まで本物の銃は持たせて貰えない。台湾からきた訳有りそうな夫婦と友達になったニコラスは、そこで人生の転機となる決定的な出来事に遭遇するのだ。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー台湾から来た夫婦の夫は元・殺し屋で、かれらが巻き込まれた事件と警備員としてのニコラスが交わった時点から、この映画は加速度的にクライマックスへと向う。 一度は事件の関係者として疑われながらも、台湾の友人を助けるため奔走していくニコラス、ギリギリに追い詰められた状況下で事件関係者全員を救いつつ、生まれてくる我が子のため父親としての自覚を成長させていく。 『新警察故事』においてニコラスを動かす動機は、父の事故死と、その時の警官の対応に対する憧れであった。この『順流逆流』においては婦人警官の妊娠と、台湾の友人との出会いにある。どちらにおいてもキーを握る人物、それもニコラスにのみ関係のある人物として呉佰(ウー・バイ)がキャスティングされていることは意味があるはずだ。 『新警察故事』の種明かしの場面で、呉佰が登場した時点で『順流逆流』を連想しないということは、香港映画ファンであるなら有り得ないことだろう。 ではあえて連想させる意味でキャスティングしたのだとしたら、ジャッキー映画的フランク・キャプラの記憶と、徐克に代表される香港映画の記憶の両方を融合させる構成因子としての役割が、この映画におけるニコラスの立ち位置であったことが見えてくるではないか。 それらの点を踏まえた上で、『新警察故事』はジャッキー主演の香港映画であった、といえるだろう。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの項終り
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